逡巡する光景があった。タイムラインはダービーの直後、控室に戻った時。小さな空間で、そこにいるのは私とトレーナーの二人だけ。あの時の、私と。あの時の、トレーナー。
「……キング、あれはどういうこと」
その言葉からその光景は始まる。赤縁の眼鏡を瞳孔と共に揺らしながら、冷ややかな口調で私に問いかける女性の姿。艶やかな黒髪はすっぱりと首元で切り揃えられ、眼と合わせて彼女の意志の強さを覗かせる。それが当時、私のトレーナー「だった」人。新進気鋭のチーム<サドル>のトレーナー、だった。
「もう一度聞く。さっきのダービー、あの『逃げ』はいったい何」
そして、トレーナーは私に問うていた。決して低くない四番人気で挑んだダービーは、ライバルに気を取られての暴走でペースを乱し大敗。それがキングヘイローにとっての日本ダービーで、それはきっとトレーナーもわかっていた。……きっと私の涙痕さえ、わかっていた。何もわかっていなかったのは、その時の私だった。
「……あれは、私の判断よ。勝つためなら、手段は選ばない」
一つ。私には、誰の気持ちもわかっていなかった。
「それで負けていたら、世話はない。理由はそれだけ?」
一つ。私を慮る彼女の気持ちは、わかっていなかった。
「次は勝つ。それで、いいじゃない」
一つ。自分自身が焦る理由すら、わかっていなかった。
「……今回の敗因だって、次に活かさないと勝てない。キング、そのまま次に行っちゃだめ」
「なんで、なのよ」
そうして、何もかもがわからないまま。私の感情は、爆発した。本心と虚勢と激情の差も、一つとしてわからなかった。
「なんで貴女は、いつもそんなに冷静なのよ。私は負けを見つめたいなんて思えない。でも貴女が言うことが正しいのはわかる。だから、ここまで耐えてきた。負けても折れないって決めてきた。……でも、いつまでそうすればいいの」
「……キング」
「負けて、負けて、また負けて! 貴女はそれを分析して私に伝えて、私はそれを踏まえてまた走って! ……それでも、届かないじゃない。それならもう、いいじゃない」
私の叫びだけの空間だった。私を見る顔が戸惑いを浮かべていたのは、覚えている。そこに私が、最後の一言を叩きつけたのも。
「私と一緒に、悔しがってよ」
そう吐いた弱音が、心からのものかさえわからなかったけど。突き刺さってしまったのは、記憶している。どうにもならないくらいの亀裂だったと、突き刺した後に思ったことまで。そこで会話は途切れた。貴女が悔しがってくれないという認識が、真実かなんて確かめないまま。事務的な会話だけで帰路につき、別れのあいさつにもなんの感情もこもらず。いつもあった彼女の敗因分析も、その日はひとつも聞かないで。
そこで、道は途切れた。
※
回顧する光景があった。タイムラインはあの敗北の後、何度も何度も重ねた夜全て。すぐ横で寝ているルームメイトには話せない悩みだった。それを独り、うわばみのように食んでいた。一息で呑み込むことに固執して、いつになっても誰かに見せれる顔にはならなかった。必死に目を瞑るふりをして、布団の中にだけ吐き出せていた。そうして、今の私と同じように。過去を見遣り、それ越しに現在を見ていた。その時思い返していたのは、トレーナーとの出会いだった。そうしている間はまだ、彼女が私のトレーナーだった。
「キングヘイロー、私のチームはどうかな」
そうチーム<サドル>のトレーナーに声をかけられたのは、トレセン学園に入ってすぐのことだった。その頃の私は、一刻も早くチームを決めようと息巻いていた。幸い引く手あまただった。母親の血からくる期待が、私に求められていたから。だから多分、誰でもよかったはずだった。だけどもし、その中からあえて彼女を選んだ理由があるとしたら。
「私は新人トレーナーだけど、それを負ける理由にしたくない。だからあなたのような有力なウマ娘の力が欲しい。勝つためには、遠慮なんてしていられないから」
その誘い文句が、私にとっては殺し文句に等しかったのかもしれない。単に有力だと言われて嬉しかったのか、あるいは勝つためには手段を選ばないという点に親近感を覚えたのか。そうでもないとしたら、あと一つとっかかりとして思い浮かぶ点はあった。理由を外部に求めたくないという、彼女の姿勢そのものだった。負ける理由も、勝つ理由も。とはいえそんな実力主義に魅力を感じたのだとしたら、結局ありきたりな理由ではある。言語化してみれば、他の誰でもいいような気がする。それでも彼女の言葉は、他の誰のものより私に突き刺さっていた。だから自分は、彼女でなければ駄目だった。理由はそれだけでよかった。それまでは、それでよかった。
それなのに。その時の私が考えていることは、ダービーの日の会話だった。それきり途切れた、彼女と自分の最後の会話だった。あなたは一緒に悔しがってはくれないのだとか細く叫んだ私は、本当は別のものを否定していた。彼女が常日頃からやってくれている敗因分析をこれっぽっちも活かせない、一人の馬鹿で哀れなウマ娘。彼女が私にふさわしくないのではなく、私が彼女にふさわしくない。有望な新人トレーナーという存在に、咎より深い重りを着けているのは、私。そこまでわかっていて、その時点で結論は導き出せて。それなのに導かれた答えを口に出す段になって、私はやっぱり弱かった。
結局、そのままだった。
そこから、道は先へと進まなかった。
※
変遷する光景があった。タイムラインは夏合宿について同期と話したあと、正確には彼女の言葉を受けた直後。踏み出すことが変化だと、挑発と激励を受けた直後。放課後、久方ぶりにチームの部屋へ向かった。トレーナーはそこにいて、あるいは私を待っていたかもしれない。私が散々悩んで口にする言葉の内容さえ、待ち構えていたかもしれない。そういう意味で彼女は、どこまでも私のトレーナーで。
「トレーナー。……別のチームへの移籍を、希望しに来たわ」
その時までそこに確かに存在した関係を断ち切ったのは、私の側なのだろう。けれどそれも含めて決意だと、その時からの私は思っている。私が本当の意味で甘さを捨てれたのは、その時が初めてだったはずだから。一見綺麗に噛み合っていたけど、その歯車の中に互いを削る摩擦を見つけてしまった。互いにとってかけがえがないからこそ、その歯車はぶつかり過ぎてしまうのだとしたら。大事だけど、離れるべき。そんな一見矛盾した結論が、やはり導き出されるものだった。そうしてきっとその結論は、トレーナーも一致していて。
「……何処に行くか、当てはあるの」
「チーム<アルビレオ>よ。負けたくない相手がそこにいるから、その一番近くに行きたいの」
「そう。これ、チーム変更届。名前だけ書いてくれたら、変更手続きまではトレーナーの仕事。あなたは新しいチームのトレーナーに挨拶することだけ考えればいい」
だから、受け入れてくれる。拒んでは、くれない。けれどそこで拒むことを相手に求めるのでは、どこまで行っても私は甘えたままになってしまう。それは、その時点で既にわかっていた。なれば、私に取れる手は一つだった。たとえ泥の中を進むようなものだとしても、私たちにはそれが正解だった。
「……いままで、ありがとう」
そうやって、私も結末を受け入れる。自分からの提案なのに相対する彼女よりも受容に時間がかかったのは滑稽かもしれないけど、それは気にならなかった。無様さや愚かさは、いくら被っても気にならなかった。ようやく事象を呑み込めたこと、ようやく前へ踏み出せたこと。私に内在する世界が変化したことこそが、なによりも重要だった。そして、「かつての」チーム部屋を後にした。どれだけゆっくり扉まで歩いても、あちらからの別れの言葉はなかった。それでよかった。
「話は聞いている。キングヘイロー、歓迎するぞ! チーム<アルビレオ>に!」
そして地図のとおりに「新しい」チーム部屋まで歩くと、大声で小さな部屋を占拠する男性がいた。太い眉が斜めに吊り上がっていて、いかにも威勢が良さそうだった。そこから始まる暑苦しさ全開の自己紹介を聞いて、果たして本当にあのセイウンスカイがこのチームでやっていけているのか、などと心配になったのを覚えている。けれどこちらにこう問われたことも、はっきりと覚えている。
「キングヘイロー。君は何故、このチームに来た」
そして、自分がどう答えたのかも。
「当然。私はスカイさんに勝つために、手段は選んでいられないの」
勝利のために、よりそれを手にするのに近いチームを選ぶ。すなわち勝利のために、自分と相性のいいチームを選ぶ。すなわち勝利のために、ライバルとより近い関係を選ぶ。すなわち勝利のために、今までと同じ道を、選ばない。私の発した言葉は、そういう意味だった。それだけの覚悟が、祈られていた。
「……そうか。あいつは強いぞ」
「そう。トレーナーのお墨付き、というわけね」
「だが、だからこそ歓迎しよう」
「あら、私がチームの柱を負かしてしまっても?」
「それも大歓迎だ。できるものなら、な」
幾許かの会話から、セイウンスカイとそのトレーナーの信頼関係が読み取れた。私がその時何も思うところがなかったと言えば、きっとそれは嘘になるだろう。だから私は、嘘は吐かない。かつて進んでいた道を横目で見ながら、それでも新たなゼロ地点を選ぶ。そうやって再確認を重ねて、私はチーム<アルビレオ>に移籍した。
そこには、別の道があった。
※
想起する光景があった。タイムラインは夏合宿後、皆が一歩踏み出した後。<アルビレオ>にそれなりに馴染んで、菊花賞が近づいていて。そんなトレーニングの始まりにも終わりにも慣れてきて。そのタイミングで私には、一つ気になるものがあった。その相手とは殆ど関わりはなく、むしろ避けられている可能性すらあったのだが。
「みなさん、今日もお疲れ様でした!」
そう彼女、ニシノフラワーが締めるのが、<アルビレオ>と<デネブ>の合同トレーニングのお約束。そしてその時の自分にとって気になるものは、まさにその少女のことだった。けれど夏合宿初日の一件から、なんとなく彼女とはぎこちない関係のままだった。そうやってぎこちない関係を継続したくないというのも、意識する理由の一つだった。
撤収が告げられて、それでもニシノフラワーは練習用のコースに残ってトレーナーたちと会話していた。各チームのトレーナーとの連絡事項の確認にそうやって時間を割くように、彼女は深くチームに貢献していた。ニシノフラワー自身が所属するチーム<デネブ>だけでなく、外部の存在であるチーム<アルビレオ>に対しても。かけがえのない、中枢を担う歯車のように。それなのに、誰とも摩擦を起こしていなかった。それも多分、意識する理由の一つだった。
そして、他にも理由があるとすれば。すっかり暗くなった空の下、ニシノフラワーはようやくトレーニングの後処理を終えたようだった。とは言っても考え込んでいるばかりで、手助けできるようなことは何もなかったのだが。けれどそうして思考をやめて顔を上げた少女に近づいて、自分が話しかける理由があるとすれば。
「お疲れ様。ねえ、フラワーさん。ひとつ質問いいかしら」
「あっ、はい。えっと、キングヘイローさん、もしかして私を」
「別にいいのよ、私の勝手だから。それより、貴女」
皆の期待を全て受け止めようとする彼女。そして誰とも摩擦を生もうとしない彼女。彼女について、気になる点があるとすれば。
「貴女、今の立場に不満はないの」
彼女自身が道を選べているのかと、そういうことだった。
「どういう、ことでしょうか……?」
「たとえば、チームを移籍したいと思ったことは?」
「私は<デネブ>のリーダーですから」
「スカイさんから聞いたわ。一時期貴女のチームにいて、その時から仲がいいって。それならそのあと、一緒にチームを移ればよかったんじゃないかしら?」
「それは、えっと」
詰問のようになってしまっていた。けれどその時の自分は、それだけ焦ってしまっていた。目の前の少女がかつての自分と同じように道を違えていたら、それをどうにかしないといけない気がしていた。あるいは、単に自分と重ねていた。自分は彼女ほど優秀でないと、わかっていたはずなのに。だから選べなかった道があるのだと、本当は知っていたはずなのに。それでもニシノフラワーは、数刻の思考を挟んだのち。答えを、ゆっくりと返してくれた。
「私は確かに、スカイさんが<デネブ>から居なくなって。その時寂しかったんだと、今は思います。もしその時ちゃんと寂しいと思っていたら、キングさんの言うようにチームを移っていたかもしれません」
「でも、貴女はそれを選ばなかった。選べなかっただけかも、しれないけど」
「はい。そしてそれは多分、<デネブ>のことが大事だったからです。チームのみんなも、トレーナーさんも。私にとっては、それも大事だったんです」
大事なものが二つ。だから、選べなかった。そうだとしたらそれは残酷な板挟みで、やはり解消すべきはずなのに。彼女の口調は、それを望んでいなかった。私にも、それが正解な気がした。
「貴女、見た目より欲張りなのかもしれないわね。……私には、無理だったもの」
「無理、とは」
「私には、優劣をつけるしかなかった。<アルビレオ>に来る前のトレーナーは、私のことを心の底から考えてくれていた。彼女に落ち度はなくて、私が噛み合わなかっただけ。そして私が彼女より、勝利を優先してしまっただけ。……どちらも大事なんて、言えなかった」
大事だった。かけがけがなかった。それでも、私はチーム<サドル>を捨てた。それは事実としてあって、決意と覚悟を塗り固めても消すことはできない。どうにか美化して昇華して、思い出として閉じ込めるだけ。私が選べなかった道の先に、未来は存在しないのだから。
きっと、それが本当に最後の一つ。全てを選べた彼女が羨ましかったから。一つしか選べなかった自分が憎かったから。それが、自分がニシノフラワーを気にしてしまった理由だ。みっともなく歳下に弱音を吐いて、一度は定めたはずの道が揺らいでいた。今選んでいる道も間違いで、またやり直さないといけないんじゃないか。そうだとしたら途方もなくて、私はいつまでも一歩目のまま。積み重ねられず、成長はない。何度も卵を割るところからやり直す雛鳥など、物珍しさ以外に価値はないのに。どうしようもない。私はもう、どうしようも──。
「無理なんかじゃ、ないです」
──強い否定の言葉を彼女の口から聞くのは、それが初めてだった。今後あるとも限らないが、彼女の強さを見れたこと。それはきっと私と彼女の関係において前進の意味を持っていたと、少なくとも私はそう思っている。そして、彼女は続けた。否定の後に、私を肯定する言葉を。
「まず、一つ。キングさんが本当に一番大事なもの以外を捨ててしまうとしたら、私に話しかけることなんかないです」
「きっと貴女が羨ましかっただけよ。捨ててしまったから、捨ててない人が」
「それならなおのこと、捨てられてないです。きっとそれがまだ大事だから、覚えていてしまうんです」
「未練なんてみっともないものよ。きっとそれが私にあるのなら、足枷になっているだけ」
「それが、もう一つ。前のチームのことを考えてしまうのは、きっとまだ大事だからです。もちろん未練とか、割り切れないとか、いくらでも悪く見てしまうことはできますけど」
まだ、大事。考えてみれば、当たり前のことだった。思い出にして鍵をかけて、風化させまいと仕舞っていた。それほどまでに丁重に扱っている限り、私はそれを捨てられてなどいなかった。捨てずに、ここまで来れていた。つまり、私はまだ。
「私はそれを、諦めていない。そういうことかしら」
「……はい。多分、そうだと思います」
なるほどそれなら道理は通る。全ての道を選ぶことは、私には出来ないとしても。諦めが悪いこともまた、翻せない私らしさだから。そうこの時気づいたことはきっと、未来にずっと繋げられるのだろう。
「ありがとう、フラワーさん。……本来なら、歳上の私が相談に乗るべきなのでしょうけど」
「いえ、こちらこそ。キングさんと仲良くできたならって、ちょっと思ってたので」
「こちらこそ。これからも、よろしくね」
すっかり帷の下りた夜空を背に、会話はそこで区切られた。けれどそれは区切りであって、当然完全な断絶は意味しない。そしてそれは、今までの全てにも言えることだった。
そこから、来た道を振り返った。
※
そうして、顕在する光景があった。タイムラインは菊花賞の後、言い換えるなら今この瞬間。興奮冷めやらぬレース場の外で、私は人を待っている。呼び出したのは先程、敗北が確定した後だった。けれど返答はあった。それは彼女もこのレースを観に来ていたということで、それは。
「久しぶり、キングヘイロー」
「ごきげんよう、トレーナー」
それは、彼女も私の思い出を捨てていないということ。赤い縁の眼鏡も、首を隠さないようさっぱりと切られた黒髪も。鋭い眼光も、かつて見慣れたものと変わらなかった。彼女は変わらず、チーム<サドル>のトレーナーだった。
「元トレーナー、でいい。でもまずは、お疲れ様。とは言っても、今のチームメイトやトレーナーから散々労いの類は言われた後だろうけど」
「そうね。今日も負けてしまったから」
結局私は、負けている。チームを変えてその上で苦悩して、それでも負けている。そこから脱却するにはやはり、敗北を糧にするしかない。かつて目の前の女性と共にやってきたことだ。今の自分のやり方とは、趣は違っているのだろうが。
「でも、いい顔してる。負けは負けだけど、キングは成長してる。私には、わかる」
「なによ、それ」
「元トレーナーとして、キングのことはそれなりにわかる」
「……おばか」
その肩書きを振り回されたら、私には成す術がない。なんだかんだと言ったって、彼女は私をきちんと見ていてくれていた。それを実証する言葉。そして同時に、今の私の道を肯定する言葉。それを投げかけられることこそが、彼女が私を大事にしていた証なのだろう。なら、私がそれに応えられるとしたら。
「……あの時は、ごめんなさい」
途切れていた会話を、諦めずにまた浮かび上がらせることだけ。きっとその断絶は区切りに過ぎなくて、いつからでも未来に開いていけるから。
「今となっては、あれでよかった。だから、謝ることじゃない」
「でもあの時、謝れなかった。それは事実なの」
「そうだね。そして私がそれを止めなかったのも、事実」
「……そうね」
「なら、どちらにも落ち度はない。その時点を回顧しても、今となって逡巡しても」
少し話せば、分かり合える距離だった。だけどその距離を繋ぐには、時間が足りなかった。今なら、足りていた。足りていたから、私の元トレーナーは次の言葉を述べる。道の先を、描いていける。
「だから、このまま進むといい」
「……戻ってきてほしいとか、言わないわけ」
「その道は、もう試した道だから。キングにとっての『このまま進む』は、色んな道を試すこと」
「おかしくないかしら、それ」
選んだ道を切り替えることは、とても普通に道を進んでいるとは言えない。私が今までそうしてきたのは、事実なのだけれど。そんな私の疑問は、やはり切って捨てられた。
「キングにとっては、おかしくない。一つをじっくり分析するよりも、手段を選ばず道を広げていくほうがいい。多分、あなたにとっては」
「それ、結局大変じゃない?」
「多分大変。でも、キングなら出来る。途切れ途切れの道でも、あなたなら繋いでいける」
私らしさがあるから、私だからこそ。そう私を見ていてくれている人が言うのだから、私には他に道はない。すべての道を繋ぐという、大それた道しか選べない。
「……ありがとう、トレーナー」
「元、だから。そうだ、最後にお願い」
「何かしら」
しばらく話し込んでしまったけれど、これが最後の会話になるということか。けれどそれも今途切れるだけで、時間が経てばまた繋がる。そうであるなら、最後の言葉も納得して受け止められるだろう。珍しく言葉を選んでいる様子の元トレーナーが、やがて話し始める。そこにあったのは、更なる未来の話だった。
「今、チーム<サドル>はそれなりに順調。一人抜けた穴も埋まって、前より強いかもしれない。いつかはGⅠだって、夢じゃない」
「なにそれ、嫌味かしら」
「だから、キングにはひとつお願いがある」
そう言って、彼女はふらつかせていた両手を身体の側面にぴったりと付けて。鋭い眼光がこちらを捉える。言葉で表現するならば、それは「敵視」と呼べるものだった。
「いつか、私たちがGⅠに手が届きそうになった時。そんな最高の、ギリギリのタイミングで」
そうしてそんな敵意の塊から、告げられる言葉は。
「私に思わせて。『一番いて欲しくない奴が、前にいた』って。私を、悔しがらせて」
「……それは」
「簡単じゃないよ。でもキングならできる。あなたはGⅠを取れる器だと、私は信じている。最初から」
もちろん全力で阻止してみせるけどね、とそのあと付け加えたけれど、彼女が私にかけた言葉は本物だった。敵対する関係からしか言い表せない、本物の激励。私が彼女を悔しがらせる、いつかの意趣返し。当たり前のように、彼女から私にも道が繋がっていた。途切れてなど、いなかった。
「当然、じゃない」
そして私にできるのは、その道も繋いでやること。何度も諦めず、幾度も道を迷おうとも。途切れたように見える道を全て繋ぐことが、私だけに歩める旅路だ。
「だって私は一流のウマ娘、キングヘイローなんだから!」
そう、高らかに宣言しよう。いつものように、されど悩みつつ。どんな道を選択しても私らしいのだと、その基準さえあればいい。選んだ道が途切れているのなら、それを繋いでいこう。繋げば一つの道になり、きっと積み重ねることが出来る。
たとえ大地と天空のように、それぞれがどうしようもなく乖離していても。
それさえ結ぶ雷光の如く、全てをひと繋ぎにして歩んでいこう。
そこにあるのが、私の征く道だ。