【完結】セイウンスカイは正論男に褒められたい   作:春華ゆが

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第三章 杞憂とデクレタム
星雲相墜つサイレントデイ


 春と秋は似ている。暑い時期と寒い時期の間にあることとか、どちらにせよ天皇賞があることとか。つまり何が言いたいのかというと、私とトレーナーさんが春ぶりに「ここ」に来ているのもある種当然、みたいな話だ。

 

「トレーナーさん、今日はいくらでも釣っていいですよ」

「何を言ってるんだ。釣り堀で釣りすぎると後でお金を払う段になって困る」

「おお、それに気づくとは。前回の教訓が生きてますね」

 

 ひらひらと水面に落ちる紅葉。それが作る波紋の下には、相変わらず所狭しとニジマスが泳いでいる。そんなここはもちろん、春以来にやってきた釣り堀だ。十一月の初日になってようやく、私はトレーナーさんからの菊花賞祝いを頂くことになり、例のごとく行き先に釣り堀を指定した、というわけ。当然トレーナーさんの奢りだけど、むしろ安上がりな女の子だと感謝してほしいくらい、なんて。釣具を受付から貰ってこちらに走ってきたトレーナーさんに、そんなことを考えながら一つ聞いてみる。ちょっとした推測。

 

「そういえばトレーナーさん、キングとはどこ行ったんですか?」

「……キングと出かけたこと、スカイに伝えた記憶がないぞ」

 

 ほら、的中。そこでしらばっくれることを出来ないのが、トレーナーさんが不器用たる所以である。とはいえ二股とかそういう関係でもなんでもないので、私の質問も単なる好奇心によるものなのだけど。

 

「そりゃ、言ってませんから。でも予想はできます。トレーナーさん、私だけ贔屓とかできないでしょ。菊花賞に<アルビレオ>から出たのは、私だけじゃないんだから」

「そうだな。……とりあえず、釣りを始めるぞ」

「いいですけど、誤魔化すの下手ですね」

 

 ちゃぽん、ちゃぽん。二人の釣り糸がほぼ同時に水面に落ち、ほどなくして手応えが返ってくる。川釣り海釣りならのんびり並んで会話しながら、なんてシチュエーションは作りやすいのだけど、釣り堀となるとやはり休む暇はない。

 

「おっ! 釣れた!」

「よっ、と。こっちもですね」

 

 それでも竿を振って引いて獲物が手に入るという、釣りの原則的な楽しさは保たれている。忙しなくても入れ食いでも、釣りは釣り。二度目の釣り堀で思うのは、案外こういうのも悪くない。トレーナーさんの奢りなら、だけどね。

 

「で、キングとはどこ行ったんですか? 気になるじゃないですか。そんな人に言えないようなところに行ったんですか?」

「そうだな、隠すことではないな」

「そうですよ、単純な話です。別にどんな話をしましたか、とか、そんなとこまでとやかく聞きません」

「……それは、ありがたいな」

 

 まだ釣り糸の先端で暴れるニジマスの口から針を抜きながら、その間ですかさずトレーナーさんに追撃。とはいえ実際本当にそれくらいの意味合いの質問で、菊花賞の後のキングがどうだったか、ということはあまり気にしていなかった。あのレースの翌日からの彼女がかつてとは明確に変わっていたのは、私でも感じ取れたから。それでも念のため元気づけのためのお出かけなんかが欠かせないとしたら、つくづくトレーナーというのは大変な仕事である。そのことを他の担当に突っつかれるのも含めて。そんな同情にもならない同情をしていると、ようやくトレーナーさんが話し始めた。

 

「有名なオーケストラの演奏会、だった」

「なるほど、それはそれは。流石キング、というべきか」

 

 やっと話に出てきたそれを聞いて、トレーナーさんが話を渋っていた理由にもなんとなく察しはついた。良家のお嬢様の要求と庶民の私の要求じゃ、レベルが違う。この場合のレベルとは、金額的な問題である。自分もコンサートなど聴きに行ったことはないからわからないが、少なくとも釣り堀よりはだいぶ高級だ。キングのことだから結構いい席を取らせただろうし、それにもちろん嫌な顔をしないトレーナーさんまで想像できる。気を遣ってとかではなく、多分この人は本当に嫌な顔をしないはず。素敵なものを見たあなたは、まるで子供みたいに目を輝かせてしまうから。

 

「それが、昨日だ」

「昨日ですか。二日連続で女の子を取っ替え引っ替えとは、トレーナーさんもなかなかやり手ですねえ」

「……そうだな」

 

 そしてその後になって二人を並べてしまうことに、やっぱりこうして悩んでしまっている。片方だけのフォローは良くないと、不器用な大人がとった手段。そして双方同じ扱いをするべきだなんて、無茶な正論を通そうとしてしまう。それはこうやって私が突っついてしまえば、すぐに解けてしまうような正論。やれやれ、難儀なトレーナーさんだ。

 

「何で元気なくすんですかトレーナーさん、せっかくのお出かけなのにセイちゃん悲しいです」

「元気はある。まだまだ努力が足りないと思っただけだ」

「努力、ですかあ。相変わらず好きですね、そういう熱血」

「当然だ! 諦めないことが、やはり勝利への近道だからな」

 

 けれど、こうやって頑固で変わらないから。だから私は、あなたを信頼しているのだろう。私たちは互いの影響を受け、けれど本質は変化しない。限りなく重なり、されど同一にはならない二重星。

 ぽちゃん。再び水面に落ちる波紋も、やはり干渉し合うのだ。

 

 

 やがて手が疲れてきたあたりで、バケツいっぱいのニジマスと共に移動する。釣り堀併設の食事スペースも、春ぶりだ。なんだかんだとトレーナーさんと私は自重せずに釣り続けたので、これから大量の焼き魚を二人で食すことになる。これでもウマ娘の私はこれくらいの量なら食べ切るつもりだけど、トレーナーさんの財布は大丈夫なのだろうか? テーブルでトレーナーさんを待ちながらそんなことを考えていたのだが、焼き魚の山を手に帰ってきたトレーナーさんの言葉はこうだった。

 

「これだけ釣れば、少しはキングに負けないな」

 

 ……本当に、難儀な性格だ。

 

「そうですね、キングとおあいこです。ありがとうございます」

「ああ! 俺も楽しかったぞ!」

 

 自分で連れていって自分でキングと戦っていたら世話はないのだが、それだけチームメイト同士に優劣をつけたくないということなのだろうか。私たちが身を置いている世界はむしろその対極で、勝敗を互いの存在に刻むために走っているのに。たとえば今日も、そう。周りのテーブルは食事をする人たちでそれなりに埋まっていたけれど、皆の視線は一つの場所に釘付けだった。私とトレーナーさんも含めて。備え付けの大きなテレビ。そこに映し出される、今日のメインレースの特集。

 

「十一月一日11R、『一』づくしの今日の東京レース場のメインレース、天皇賞(秋)! それを目前に控え、既に観客席は大盛り上がりを見せています!」

 

 テレビの中の実況の人は、そう画面越しにまで届きそうな大声で現地の興奮を伝えていた。ウマ娘にとってのレース、それはさまざまな意味を持つ。もちろん走るのは楽しいし、そうでなきゃ走る意味はない。けれど同じくらい、私たちは雌雄を決することに拘る。多分そうでなきゃ、やっぱり走る意味はないから。

 

「今日の天皇賞、エルコンドルパサーが出るんだったな」

「はい。エルには二度と負けたくない相手がいるので」

 

 焼き魚の山を少しずつ処理しながら、自然とトレーナーさんと天皇賞の話になる。レースの話。勝ち負けの話。トレーナーさんがトレーナーである限り、私たちウマ娘がウマ娘である限り。どんなに並び立つことを願っても、勝者は一人だけ。そんな何度も直面した現実を、今日は横から二人で眺めていた。やがて本バ場入場が始まり、最後の一人になって一際大きな歓声が聞こえた。先ほどまでの誰よりも、出迎える声は大きい。今日の一番人気は、エルじゃなくて。

 

「さあ、最後に登場したのは、サイレンススズカ!」

 

 一枠一番一番人気、サイレンススズカ。かつてのチーム<リギル>、エルやグラスちゃんのチームの先輩であり。今はチーム<スピカ>、スペちゃんのチームメイトで、憧れだ。そんなスズカさんと私の接点は殆どない。けれどそのほとんどないうちの少しの接点を作った人がいるとしたら、それは今横にいる人。私のトレーナーさんだ。

 

「なるほど。エルコンドルパサーにとっては、毎日王冠以来のサイレンススズカへのリベンジというわけだな」

「はい、だから燃えてましたよ。私にとっての毎日王冠といえば、京都大賞典の同日って感じですけど」

「あの時か」

 

 そう、食事の合間に二人で確認する通り。きっとあちらは私のことなどまだ何も知らないけれど、私はスズカさんのことをそれなりに認識している。異次元の逃亡、未来に繋がる夢を見せる走り。同じ「逃げ」でも、私とは違う。だからこそあの京都大賞典では、私なりの逃げを見せた。東西逃げウマ並び立つ、そう言わせてみせるために。そしてそんな意識のきっかけは、紛れもなくトレーナーさんの一言だった。「サイレンススズカに負けるな」、この人はそう言ったのだ。

 

「はい、トレーナーさんもご存知のあの京都大賞典です。スズカさんに負けないよう、ひいひい言いながら走りましたとも」

「そうだな! あの時のスカイはサイレンススズカに負けていなかった!」

「そんな急に大声出さないでくださいよ。だから個人的に、スズカさんのことは気にしてるんですよね」

 

 ウマ娘が、他のウマ娘を気にする。その言葉は色んな意味を持つだろうけど、主だった一つは──。

 

「私、いつかあの人と走りたいです」

 

 ──滾り昂る闘争本能。欲深く獰猛で、されど眩しいくらいに前向きな、私たちが走る理由の一つ。やっぱり私は、全てに勝ちたい。そんな言葉の後の沈黙は、互いの魚を食べる手すら止まるほどのものだったけど。トレーナーさんはやがて喋り出す。少し嬉しそうに。

 

「そうか。なら、もっとトレーニングだな」

「はい。頑張らないといけませんねえ」

 

 こうして素直に返すのは、我ながら随分変わってしまったというか。けれど多分、ある意味では素直になっただけ。やりたいことをやりたいと言えることは、ありふれた幸せの一つだろう。

 

「さあ、十二人のウマ娘がゲートに入りました! サイレンススズカを捕まえることは果たしてできるか!」

 

 ……と、そうこうしているうちにゲートイン。果たして今日のサイレンススズカは、どのような走りをするのだろうか。皆が彼女に期待しているからこその、断然一番人気。期待と不安はコインの裏表ではあるけれど、そんな私の理屈なんて吹き飛んでしまいそうなオーラさえ感じる。伏兵贔屓としては、エルを応援したい気持ちもあるかな、なんて。テレビの外で私含めた大勢が見守っていて、テレビの中でも観客席は満員御礼。一番人気の重みとは、どれほどのものなのか。勝って当たり前とさえ言われてしまいそうな状況で、なおも驚きを与えられるとしたら。

 

「今、ゲートが開きました!」

 

 それを与えられる存在の一人が、サイレンススズカ。常識や限界さえ置いていくような、異次元の逃亡者だ。

 

「サイレンススズカがすーっと上がって先頭! 二番手にはエルコンドルパサー!」

「エルはスズカさんを突き放させない作戦、だね」

「そうだな。スカイでもそうするか?」

「そうですねえ、逃げ対決で競り合うのは嫌ですからね。でも、逃げはどこまでも自分のペースなんですよ」

 

 そう私が言ったのを知ってか知らずか、画面内のスズカさんはどんどんエルを突き放していく。突き放させないと後続が狙いを定めても、それすら気にせず逃げることができてしまえば。俗に言う大逃げ。私の場合はそれは一種の釣りとして使うものだけれど、スズカさんの場合は違う。最初に引き離し、最後までトップスピードを保ってしまう。同じ逃げウマの私には、その異常さが他の人よりもよくわかる。

 

「まもなく三コーナー! これだけの差が開いています!」

 

 誰よりも速く風を切り、何バ身も差を付けて。サイレンススズカの脚色は衰えない。誰がどう見ても絶好調で、後は「誰が勝つか」ではなく「どう勝つか」だった。どれほどの驚きを以て、このレースを終えるのか。期待は裏切らず、予想は遥かに超えてゆく。悔しいけど、私の目指すような走りだ。ああ、本当にすごいなあ!

 

「あれに勝つのなら、本当に大変だな」

「……はい」

「だが俺は君を信じている。いつか必ず」

「うん。なら、私もそう思う」

 

 トレーナーさんと二人で圧倒されながら、それでも私の勝ちたい気持ちは変わらなかった。それはトレーナーさんも同じ。「信じている」、だなんて。何度か聞いたけど、やっぱりその言葉はくすぐったい。でもそうやって、チームメイトを贔屓してこそのトレーナーさんだ。時には二人のチームメイトに優劣を付けたくなくて悩むこともあるけど、それも含めて。この人はきっと、チームメイトが最高の存在でいて欲しいのだと。そういうことなら、やっぱり嬉しい。応えないと、そう思う。

 

「サイレンススズカが飛ばしに飛ばしている! もう何バ身離しているのか! 会場の盛り上がりは最高潮に達しています!」

 

 レースは中盤で、更に加速するスズカさん。この後に失速するなんて有り得ないように見えた。つまり逃げウマの死角である最終コーナー以降のスパートを彼女は克服し、最初から最後まで加速し続ける。そんなことを考えるうちにも、先頭を走るスズカさんは更に踏み込んで。

 

「おーっと、更に加速した!」

 

 速度を増すたびに、呼応するように更に巻き起こる大歓声。独壇場という表現が相応しかった。テレビカメラの範囲ではもう後続を収められず、スズカさんだけが画面いっぱいに映し出されていた。更に更にスピードを上げて、大ケヤキを超えて出てくるところまで。

 だから。

 だから、誰もが見ていた。

 だから、誰もが気づいた。

 だけど、誰もが願ったのは。

 

「サイレンススズカ、サイレンススズカに故障発生です──」

 

 目に映るものが嘘であってほしい、それだけだっただろう。




第三章 杞憂とデクレタム 開始です。
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