その日にトレーニングがないことは、前日のうちから通達があった。私とキングとトップロードさんの本番を二日後に控える超直前のタイミングでお休みというのは、一度気持ちを落ち着けるみたいな意味合いでもいいことだと思うし、それはもちろん大歓迎なんだけど。
トレーナーさんが言うには、今回のお休みは<デネブ>のトレーナーさんの提案らしい。つまりチーム合同で行われる「お休み」であり、それはもはや「お休み」ではなく。十二月二十七日の二日前、十二月二十五日にトレーニングを返上してでも行うイベントといえば。
豪勢なディナーを皆で囲む。つまりそれは、クリスマスパーティであった。
……<デネブ>のトレーナーさん、そういうの結構好きだったんですね……。
※
「ほら、早く行くわよ!」
「ちょっと待ってよキング、焦らないでよ。それとももしかして、結構楽しみだったり」
「……なによ。楽しみにしてちゃ悪いわけ」
「べっつに〜?」
授業が終わって放課後になった瞬間、そんな感じで私は暖房の効いた心地よい教室から引き摺り出された。いや、ちゃんと行きますよ? わざわざ二チーム合同で貸し切った家庭科室に行けばいいんですよね? キングの"かかり"っぷりにはちょっと引き気味だけど。
「家庭科室ってどっちだっけ」
「一階の南棟ね。そんなことより、もっと早く! 『廊下は静かに走りましょう』よ!」
「はあ。今更だけど、お嬢様はなんでそんなに急いでるんです? パーティって夕ご飯なわけだし、その時まではどっかで寝っ転がっててもいいんじゃないの?」
改めて、昨日の練習終わりに伝えられた今日のクリスマスパーティの概要を思い返す。<デネブ>のトレーナーさん主導で行われる、チーム<アルビレオ>とチーム<デネブ>の合同でのクリスマスパーティ。家庭科室でご馳走をみんなで食べましょう、の会。つまるところ、ご飯をわいわい食べて解散する以外のイベントはない。だからこんな早くに会場たる家庭科室に行ってもなんの意味もない。……と思うんだけど。
そんな疑問を私より早足ながら私に速度を合わせてくれているキングにぶつけてみると、返ってきた答えは知らない情報だった。あちゃー、みたいな表情のおまけ付きだった。
「まさか貴女、いや貴女なら見てるわけなかったわね。チームの連絡用LANEに、昨日帰ってからトレーナーが載せてた話なんだけど」
「……ひょっとして、練習終わりに言い忘れたことがあったりとか」
「そういうこと」
「まあ見てなかった私は他人のこと言えないんだけどさ、トレーナーさんって定期的にどっか抜けてると思いません?」
「……貴女の言う通り、お互い様、でしょうけどね」
そう呆れた風のキングが「抜けてる」率は一番高い気がするのだけど、私は努めてそんなことは口にしない。我ながら友達想いの優しいウマ娘だなあ、などと思いました。
閑話休題、そういうわけでキングが(ついでに私も)今家庭科室に急いで向かっているらしい。二人でゆらゆら、耳と尻尾を同じリズムで揺らしながら。揃える必要のないはずの足並みも、同じリズムで踏み締めながら。そのまま私の横にいる女の子は、やっぱり私の知らなかったことを教えてくれる。こんな小さなことだって。うん、君も優しいねえ。
「確かに今日の本番は、夜のお食事会だけど」
「うん。なら今向かってるのは、その前の時間のため?」
「そう。その準備も、私たちがするのよ。<デネブ>のトレーナーさん主導でね」
「え。その準備って、つまり」
言われてみれば確かに納得で、だけど若干口にするのを躊躇ってしまうような本題。けれどキングはほどなくして、私たちが今家庭科室に向かう目的を述べる。いや、まさか。
「料理よ。食事の準備なんだから、料理をするのよ!」
「……クッキングヘイロー?」
「おばか! 私だけじゃなくて、貴女もよ!」
まさか、だけどやっぱり。茶化してやる場合でもなく、私も巻き込まれているらしい。
いや、料理? それも<デネブ>のトレーナーさんが主導? 思ったよりこのクリスマス会に入れ込んでますね、あの人。でもクリスマス料理なんて派手で手間のかかりそうなものを、私たちで? 言っちゃなんだけど、女の子の集まりなら料理ができるなんてのは古いステレオタイプではないでしょうか? でも当の主導者が女の人だった。まあそれはともかく、そんなことより。
え、料理しなきゃいけないんですか?
「スカイさん、貴女今『料理しなくちゃいけないんですか?』とか思ってるでしょう」
ぎくっ。ああ神様、どうしてこのすっとこお嬢様はこう時折鋭いのでしょうか。
でもだって料理なんて根気と時間の必要なもの面倒くさいし、それなら後で行って「いやー知りませんでした」みたいな顔でご馳走にありつくだけありついた方が、セイちゃん的にはベターだったなあ。
「どうせ『面倒くさい』とか。『後で料理だけ食べたい』とか。思ってるんでしょう」
ぎくぎくっ。こういう時だけ妙に私を手玉に取ってくるキングヘイローというウマ娘を、なんらかの罪でしょっ引けないだろうか。そんな私の悪巧みは、内心の自由に留まりけり、という感じで。ここまでずばずば言われてしまえば、私としてはどうしようもない。万事休すとはこのことだ。
「ほら、行くわよ。貴女一人じゃ行かないんじゃないかと思ったから、わざわざ私が引っ張ってるの」
「なにそれ、本当は一人で行くのが寂しいだけなんじゃないの」
「……おばか」
「あ、図星だ。にゃはは、じゃあ今回はこれでおあいこということで」
「はあ。じゃあ、今更逃げないでよ」
「まあ、仕方ないねえ。他ならぬキングの頼みなら」
そうやって、なんとか一矢報いてみて。だけどやっぱり、痛み分け以上にはならなくて。互いを互いに追い越し合うなら、どちらかが一方的に抜きん出ることはない。相変わらず早足に、同じリズムで駆けながら、私と君はそうやって語らっている。こんな小さな会話でも、確かな繋がりがそこにあった。イベントとイベントの合間にある道のりも、私にとっては必要な時間の一つなのだろう。そう、思った。
それはそれとして、目的地についてからまた思ったのは。
「ほら、入るわよ」
「ねえキング、やっぱり」
その先は言わせてもらえなかったので、慎ましやかに思うだけなんだけど。
やっぱり、料理しなきゃダメですか……?
※
「よく来たわね、セイウンスカイ、キングヘイロー」
「スカイさんもキングさんも、授業お疲れ様です!」
家庭科室に入って、いの一番に私を出迎えたのはそんな二つの声だった。声の主はもちろん<デネブ>のトレーナーさんと、<デネブ>のリーダーたるニシノフラワーである。二人とも白いエプロンと頭には三角巾を既に着けていて、よく見れば彼女らの後ろにはおそらく人数分のそれがあった。はあ、私ももれなく着なければならないのか。
「にしても、お二人を除けば私たちが一番乗りですかね。たとえば我が<アルビレオ>のトレーナーさんとか、こういう時に率先して来てくれたりとかは」
「それについてはあらかじめ連絡があったわ。『有マに向けての作業が残っているから、一人の時間が欲しい』とね」
「なるほど。それでトレーニングに出来てしまう穴を埋めるために、貴女はクリスマスパーティを企画した」
キングの言うとおりの成り行きなら、なんとなく辻褄は合う。それで納得しようと思ったのだけど、それだけではないのだろう。たとえば今<デネブ>のトレーナーさんの横にいるフラワーは、やたらと手をもじもじさせているし。あとは、たとえば。
「それもあるわね。……でも」
「でも?」
「……私、もしトレーナーになれなかったら、トレセン学園の食堂で働きたいと思ってたの」
たとえば、この人も。少し茶色がかったロングヘアは、今日は三角巾の中に隠れていた。そんな戦闘態勢からも、やる気が満ち溢れている。それにしても、あなたともそれなりに長い付き合いな気がしますけど。
そんな話、初めて聞きましたね……。
なんて、やっぱりまだまだ知らないことはたくさんある。誰かについて、たとえば一年で全てを知ることなどできっこない。そしてそれはもっと知るための期間を伸ばしても変わらないことだ。どれだけの時間をかけても、人を知り尽くすことは叶わないことだ。
なぜかと問われれば、理屈は簡単。人は常に変化しているから、常に知らないことが生まれる。常に成長しているのは、きっと大人になってでも。誰かと関わり繋がる限り、私たちはどこまでも広がっていけるのだ。
「さて、では早速着替えてもらうわよ。メインディッシュにオードブル、締めのデザートまで。材料は午前中のうちに私が運び込んで置いたから、あなたたちは指示の通りに材料を片付ければいい。簡単ね」
「頑張りましょうね、スカイさん、キングさん! 私、クリスマスのご馳走なんて作ったことないから、すっごく不安ですけど……頑張ります!」
すみません、お二人とも。簡単ね、と言われてもそんな気はしませんし、不安です、な口振りにはとても聞こえません。そんな共感を呼ぼうとキングと顔を見合わせようとしたが、残念なことにもはや彼女は躊躇っていなかった。この人も、スイッチが入るとノリノリになるタイプである。
「……やあってやろうじゃない! 一流のウマ娘は、料理のテクも一流! それがこの私、キングヘイローなんだから!」
そのままおーほっほっほ、と付け加える必要性を感じない高笑いを付け加えて。これで料理に乗り気な人は三人で、いや多分最初からずっと3:1だったのを見ないふりしてただけなんだけど。とどのつまり、私にできるのは降伏の姿勢のみである。まあ、そもそも。
和気藹々、気合十分。よく知る人たちがそうやって盛り上がっているのを見て、心が高鳴らないほど薄情ではない。もしかしたら昔はそれを目指していたかもしれないけれど、今はそうじゃない。
私には、みんなが必要だ。だから、私も。
「じゃ、私もやりましょっかねえ」
そう言って、腰を上げた。それは重いつもりだったけど、動かしてみれば羽が生えたみたいだった。白鳥の羽は、星の繋がりでできていた。
……とはいえやっぱりというか、なんだけど。
「さて、ならそろそろ担当料理を決めていこうかしら。早めに来てくれたから、必然的に手間と時間のかかる料理を皆には任せることになるけれど」
「私は構いません。トレーナーさんの期待に応えられるように頑張ります!」
「当然、私も。一流にふさわしい割り当てを頼むわよ!」
「じゃあ、まあ。文句は言いませんけど」
なんとなくこの時点で、今更引き返せないだけで、嫌な予感はしてたんだけど。
「ありがとう。なら、まずはセイウンスカイ」
「はい」
何故か真っ先に指名された時には、もう手遅れだったんだけど。
「あなたには、これをお願いするわ」
そう言って、トレーナーさんは背後のテーブルに山ほど積まれた料理本の一つを開く。開かれたページに写っていたものは、私でも見覚えのあるものであり。つまりそれくらい、メインどころの料理というか。
「8号ホールのショートケーキ。クリスマスケーキの担当。それがあなたの仕事よ、セイウンスカイ」
およそ私に想像できる中で、一番の大役だった。
……やっぱり、料理しなきゃダメですか……?