「それでは、<デネブ><アルビレオ>合同のクリスマスパーティを始めます。みんな、グラスを持って」
そう音頭を取るのは、当然<デネブ>のトレーナーさん。エプロンを外して見慣れたスーツ姿になったのに、今日一日でこの人の印象はすっかり変わってしまった。いやはや、人は見かけによらないというか。
「乾杯!」「かんぱーい!」「乾杯」
そしてそのまま、なんとなくまとまったような散らばったような乾杯の合図と共に。クリスマスパーティが始まった。聖夜の晩餐。みんなで行う一大イベント。
あるいは、私たちの繋がりのための。
「いつもお疲れ様です」「いえこちらこそ、あなたとは一度じっくり喋りたかったんだ!」
わいわい、がやがや。立食パーティというものは、皆で立ちながら料理を囲んで談笑するものである、のだろう。今の状況はまさにそれで、<デネブ>と<アルビレオ>のみんなが混ざり合っておしゃべりしながら、ご飯を食べながら。キングの言っていた通り、これがクリスマスの団欒、いつもの繋がりに感謝を伝える時間なのだろう。ならば私もその作法に則るならば、ただ黙々と食べるわけにはいかない。
「お疲れ様です。<アルビレオ>代表として、<デネブ>のトレーナーさんに感謝申し上げに来ました」
そんな理由か、あるいは私らしい気まぐれか。立ち並ぶ料理にも流石に興味をそそられる腹の空き具合ではあったが、パーティが始まってそんなご馳走にも目もくれずまず私が向かったのは<デネブ>のトレーナーさんのところだった。なんと言っても今日のMVPであるわけだし。
たとえばあのチキンも、フライドポテトも、あの……名前のわからない料理も、あとおにぎりも、そして私の作ったショートケーキも、とにかくこの人なしでは作れなかったのは間違いない。そんなこんなで挨拶に行くと、ため息混じりに返答された。
「好きでやってることに、感謝される筋合いはないわね。……と言うと冷たく聞こえるけど、好きでやってることだから気にしなくていいのよ」
「そう言われるとそうなんですが、まあやっぱり気になっちゃいまして」
「それならあなたが代表してるらしい、チーム<アルビレオ>の本当の代表に気を配ってあげたら? ほら、あそこでちびちびサラダを食べてる」
そう言われて彼女の視線の先を見ると、そこにいたのは我らがトレーナーさん。ええ、食欲ないんですか、せっかくのご馳走なのに。
「せっかくのご馳走なのに、あんなふうに食べられたら私としてはショックだから。セイウンスカイ、よろしく頼むわね」
「はいはーい、セイちゃん喜んで承ります」
<デネブ>のトレーナーさんの言うことには全く同感で、果たしてあの正論男はなにをしょぼくれているのだろう。それじゃあキングとトップロードさんの作ったおにぎりひとつたべられないんじゃないか? ケーキなんてもってのほかだ。それは困る。今日料理人の端くれになった者として、作った料理は食べてほしい。
ずん、ずん。そんな思いやらなんやらを胸に、真正面に目的地へ向かう。あちらは相変わらずしょぼくれていて、こちらに気づく様子もない。本当に、やれやれだ。黙々と輪に加わらず食べるんだか食べないんだかの食事に留めるなんて、クリスマスパーティに対する冒涜ではなかろうか、なんて。
「どうしたんですか、トレーナーさん」
そうやって、私は。
「おお、スカイ」
私はまた、歩み寄る。
油断するとすぐに正論で心を隠す、頑固で真摯なトレーナーさんに。
こうやって私が話しかけると、すぐに返事をしてくれるあなたに。
空の変遷に従って、部屋の明かりは対照的に強くなる。眠るべき夜にはまだ遠い。今日という日であるのだから、尚更。
クリスマスの本番は、まだまだ始まったばかりだ。
「トレーナーさん、元気ないですねえ。おつかれですか?」
「そんなことはない。これくらいで疲れていては、トレーナー業は務まらないからな」
「はあ、またそんなこと言って。本当に元気な人は、サラダばっかりちまちま食べないんですよ」
「野菜は大事だ。俺も君たちを見習って、健康管理には気を遣っている」
「なんか今日のトレーナーさん、ああ言えばこう言うって感じですね」
元気がないと見せかけて、妙に今日のトレーナーさんは口が回る。具体的にはくだらない言い訳が多い。まったく、誰に似たんだか。私相手に口八丁で勝負とは、かなりいい度胸しているなという感じだが。
「そんなことはない。俺はいつも通りだ」
「はい、『そんなことはない』二度目。トレーナーさん、知ってますか。何か後ろめたいことがある人は、語彙が少なくなってすぐ否定するんですよ」
「……そうなのか」
「なんちゃって、今私が考えました。でもそこでうっかり素直に納得しちゃうあたり、やっぱり今日のトレーナーさんは変じゃないですか」
「参ったな」
あっさり陥落。張り合いがないと言えば張り合いがないのだが、この融通の効かなさがトレーナーさんらしいというのもその通り。なので、私的には満足だ。あとは、トレーナーさんの悩みを根こそぎ暴き出して──。
「よし、スカイ。食べるぞ。俺は今から大量に食べる。スカイと競争だ」
──え。この人は急に何を言い出したのでしょうか。人が変わったように壁にもたれかかっていた背中を持ち上げ、今にもパーティの中心へ踊り出さんとするトレーナーさん。私は完全に面食らって、なんとか口を挟もうとするばかり。
「なんですかいきなり、競争って」
「食べた量での競争だ。今日の俺は腹が減ってるから、いくらでも食べれるぞ」
「いやいや、いくら私が食の細そうなか弱い女の子に見えたとしても、れっきとした育ち盛りのウマ娘なんですけど。人間が大食いで勝てるわけないでしょ。そもそも意味がわかりません、何の意味がある競争なんですか」
「なんだ、諦めるのか?」
ぐう〜〜、こいつ! 元気がないからちょっかい、もとい励ましに来たのに! クリスマスパーティは大食い競争の場でもなんでもないとか、そんな常識的な判断もあらかた吹っ飛ぶ。完全にトレーナーさんのペースだ。やられた。そしてやられたとわかっていても、私の返せる返事は一つしかない。曲がりなりにも勝負を仕掛けられた以上、「諦める」なんて選択肢は。
「……やってやろうじゃないですか。ただし、他の人の食べる分がなくなって怒られない程度に。あと、もう一つ」
「あと、なんだ?」
「ちゃんと、クリスマスケーキのぶんのお腹は残しておくこと。私とトレーナーさんで作ったケーキ、ですからね」
「諦める」ことはありえない。そんな思考が当たり前のように紡げたことは、きっと私にとってはじめてのもの。トレーナーさんが私にくれた変化の一つで、はじまりだった。
すっかり遠くなった気がする、あなたと出会ったあの日のこと。それを昨日のことのように思い出せるのも、クリスマスの魔法かもしれない。
※
「スカイさん、トレーナー! 一流のおにぎりの味はいかがかしら! 私が丹念に塩を振り、具を込め……」
「うん、おいしいよ。流石クッキングヘイロー」
「おばか! そろそろ忘れてきてた駄洒落を繰り返さない!」
「しかし本当にうまいな、このおにぎりは。俺もおにぎりぐらいなら作ったことはあるが、もっと雑なものしか出来なかったぞ」
「おーほっほっほっ! そうよ、ただのおにぎりと侮っちゃいけないの! 形のバランス、そして立体に満遍なく塩を振るテクニック……これぞ一流なのよ!」
とりあえず私たちが最初に食べ始めたのは、キングとトップロードさんの作っていたおにぎり。いや、クリスマスパーティとしては結構外れた食品なんですけど。あれから色々レギュレーションのようなものを取り決めて、普通に全種類の料理を食べよう、ということになった。普通とは言ったが、十人以上のためのご馳走の山。全種類ちゃんと食べる、となると結構大変である。
「……何個食べます?」
「あと、五個だ」
「上等。ま、私はへっちゃらですけど」
ちなみにキングは全部のお米を完璧に使い切っておにぎりの山を築いたらしいが、<デネブ>のトレーナーさんはまさかそこまでやるとは思っていなかったらしい。やり遂げたキングの根性、恐るべし。というわけでおにぎりは若干余り気味なので、私たちが少し多めに食べるぶんには大歓迎だ。
つまり、ここが大食い競争の分水嶺である。他の料理はそんなにがつがつ食べるわけにはいかないし。
「……なんとか食ったな」
「ふう、ごちそうさまでした」
あっという間ではあったのだが、この時点でほぼ勝敗は決しているみたい。隣の人の脂汗を見ればわかる。おにぎりを十個も食べて、ここからチキンやらポテトやらカロリーの高そうなものを果たしてトレーナーさんは食べられるのか? 流石に心配になってきた。
「トレーナーさん、大丈夫ですか? やっぱり変ですよ、さっきから」
はしっこで縮こまってたかと思いきや、急に私に大食い勝負を仕掛けて、案の定の結果。そこに至るまでの言動も、何から何までいつもらしくないような。そんな私の疑問に対して、ようやくトレーナーさんは観念した様子で。
「居ても立っても居られなかったんだ」
「なんですかそれ。それでここまでの奇行の説明をつけるつもりですか?」
「今日、色々な書類を見た。過去の有マ記念の記録も、有マに向けてのたくさんの手続きも。特別なレースは多々あれど、年末の中山は別格だ。それは知っていたが、改めて実感したんだ。……俺のチームから、二人もそれに出走する」
その言葉を聞いて、ぴくぴくと反応する耳が二組。私と、側で聞いていたキング。トレーナーさんが忙しなかったのは、そのことがあったからだった。トレーナーさんも、緊張している。言われてみれば当たり前のことだった。私のレースは、私一人で走るものではないのだから。
「……そういうことなら。私のおにぎりでよければ、いくらでもやけ食いしていきなさいな」
「そうか、ありがとう。応援しているぞ、キング」
「トレーナーさん、私も応援してくださいよ。……あ、私は他の料理食べてくるから」
「えっ、スカイさん貴女」
いや、なんで二人してそんなじとっとした目で見るんですか。私には<デネブ>のトレーナーさんが作ったチキンとか、フラワーが作った名前もよくわからないお洒落な料理が待ってるんですよ。おにぎりだけでクリスマスパーティを終えるなんて、ちょっと残念すぎるでしょう。
というわけで、なんとか退散。言うに及ばず、逃げました。いや、これからは逃げてもいいでしょう。セイちゃん逃げウマですし。それでなんとか、ゆったり美味しい料理を食べることができた。
フラワーが作っていたのは、カナッペ、というものらしい。くり抜いた食パンをトーストして、その上に色とりどりの具材が載せてある。うーん、流石フラワー。チーム最年少ながら、一番女子力を感じる。<デネブ>のトレーナーさんが任せたわけだが、この小さな彩りはフラワーの趣味の花畑にも似ていて、適材適所の仕事配置といった感じ。
「あの、どうですかっ、スカイさん」
「ああフラワー、これ、すごいね。すっごくかわいい盛り付け。いや、焼き魚しか能のない私からしてみれば雲の上のような存在だね」
「何言ってるんですかスカイさん。スカイさんは今日、一番すごい料理を作ったんですから」
「……そうかな」
「そうですよ」
そう言われると、そうなのだろうか。ちなみにトレーナーさんが最後にいちごを載せたあと、完成の感慨に耽る間もなく家庭科室最大の冷蔵庫に我がクリスマスケーキは仕舞われた。なので全体へのケーキのお披露目は先送りになっているのだ。それはつまり、また柄にもなく緊張しているということである。
けれど、それこそトレーナーさんの与えた試練、というのも確かで。一番人気のプレッシャーというものが、本当にこれでなんとかなるものなのかはわからないけれど。それくらいあなたが私のために考えてくれたというのなら、私はそれに応えたい。期待に応えて、あっと言わせて。そして私の子供じみた欲求は、きっと暖かく満たされる。褒められたいって、胸を張って言える。
「……さて、みんな。そろそろデザートを出すから、机の上に残ったものを食べてしまってちょうだい」
と、そんな声が聞こえた。<デネブ>のトレーナーさんの声だ。見ればキング印のおにぎりさえ、ほとんど完売といった感じ。結構な量を用意していたはずだけど、ウマ娘の食欲恐るべし、といったところか。私も最後に一つ残ったカナッペを、ぱくり、と口に入れた。
「ごちそうさまでした、フラワー」
「はい、お粗末さまでした。次は私が、スカイさんのケーキ、頂いちゃいますね」
「うーん、お手柔らかにお願いしますね」
フラワーの口に合うだろうか。いや、そんな間違った手順はしていないのだけれど。クリームを塗っていちごを載せただけ。そりゃそう他人に一言で切って捨てられたらむっとするだろうけど、自分で言う分にはそんなもんかという気もする。……でも、だ。
「さ、これが今日、クリスマスを祝うショートケーキ。作ってくれたのはみんなもよく知るチーム<アルビレオ>のエース、セイウンスカイよ」
そう紹介されて、ケーキがいよいよ皆の前に出てきて。ぱちぱちと、拍手で出迎えられて。それはきっと祝福されていた。それはきっと皆に期待されていた。素敵な、ドレスで着飾った花嫁のように。
その結実を見て。
それを成し遂げたのは私なのだと、改めて実感して。
そうなれたら、私もそう花開くものになれたらと。
そう、思った。
※
ケーキは無事、美味しかった。最初に<デネブ>のトレーナーさんが言った通り、一人当たりは若干小さかったけど。いちごは多めにあったので、一人当たりのいちごはちゃんと確保されていた。みんなが美味しい美味しいと言ってくれると、自分のことのように嬉しかった。努力が報われる、それは嬉しいこと。それも当たり前だけど、実感して初めて意味のあることだ。
そういえば、「努力は裏切らない」って、トレーナーさんの口癖だったっけ。最初の頃はそんな言葉も、鬱陶しいくらいに思っていたけど。今では私を支えている。あなたに、私は支えられている。そういった日頃の感謝を込める日なのだと、またそのことを実感した。
……って、あれ。
「あれ、トレーナーさんは」
「あの人ならさっき、『まだやることがあるから先に寮に帰る』って言ってたわ。片付けなら準備と同じく私が指揮を取るけど」
「……すみません、私も先帰っていいですか」
「もちろん。行ってらっしゃい」
なら、決まりだ。そう<デネブ>のトレーナーさんと、他のみんなに後を任せて。私は一人、こっそりと聖夜の下を行く。正確には、二人。前を行く人影は、すぐに見つかった。トレセン学園を出てすぐ、だった。
「トレーナーさん、こんな遅くに一人で帰っちゃ危ないですよ」
「どうした、スカイ。俺はもう寮に帰るところだぞ。実はまだ、やり残したことがあってな」
そうけろりとした、けれどくたびれた表情で言うトレーナーさん。まったく、それはこちらの台詞だ。ともあれ立ち止まらせることには成功したのだから、その後にやるべきは単純だ。
「寮まで、送ってあげますよ」
そう言って、私はトレーナーさんの後ろから、隣へ。まずは一つ目の仕掛け。先程までのパーティとは打って変わって、聖なる夜は静かな空を見せていた。冷たい空気も、今なら神秘的に思えた。そんな今なら、これくらいはしてもいい。
「トレーナー寮は君らの寮ほど遠くない。そもそも子供が大人を見送るなんて、あべこべだ」
「なら、今日のトレーナーさんは子供です。ご馳走を食べて、いっぱい笑って。迷子にならないようお見送りまでされて、サンタさんからのプレゼントも貰っちゃう」
そう言ってやると、呆れたような、呆気に取られたような。さっきのパーティじゃ、自分がそんな無茶な理屈を並べていたくせに。ともかくそんな表情が、私の見たいトレーナーさんの顔だ。仕掛けに引っかかった顔。そうしたら、二つ目の仕掛けの出番だ。
「……プレゼントって」
「なんだトレーナーさん、期待してるんですか。子供ですねえ」
今度は少しむすっとする。手を差し伸べて、それでも最後はそちらから手を伸ばさせる。それが二つ目の仕掛け。そしてそれもやっぱり、見たい顔。今まで見てきた大人のあなただけじゃなく、私はその先も見ていたい。
だから私は、こつんと軽く、地面を蹴って。
そして私は、ひらりと白く、あなたの前に立ち止まり。
きっと私は、にかりとはにかみ、制服のポケットから包みを取り出す。
それが私の、最後の仕掛け。
「メリークリスマス、トレーナーさん」
うん、その顔。
その顔が一番、見たかった。
「……これは」
「中身ですか? ルアーですよ、セイちゃん一押しのメーカーのやつです」
「そういうことじゃなくて」
「あ、根がかりとかですぐに失くさないでくださいよ。いくらトレーナーさんが初心者だからって、それは流石にショックです」
有無を言わさず、みたいな喋り方、結構楽しいかもしれない。ぐいぐいとお腹に包装の下のパッケージの角を押しつけてやると、流石のトレーナーさんも受け取らざるを得ないらしい。うん、女子のプレゼントくらいきっちり受け取れる男になりなさい。なんちゃって。
「その、なんで」
「なんでって、クリスマスだからですよ。まあ多分誰からも貰ってないだろうと思って、びっくりさせたかったって感じかな」
トップロードさんはそんな発想しない感じの天然だし、キングはなんかそういうの案外躊躇いそうだし。というわけで今回は、私セイウンスカイがその穴埋めをしてやったというわけである。まあ私も、昔ならそんな気安く人にプレゼントなんてあげなかったんだろうけど。心境の変化、というやつかもしれない。
「さっきも言いましたけど、今日のトレーナーさんは子供でいいんですよ。クリスマスプレゼントに飛び上がって喜んだら、このまま寮に着くまでくだらない話をしてあげますし、帰ったらすぐに寝ていいんです。たまには休んでください」
「俺は大人だ。君らが頑張ってる時に」
「今日は、子供です。たまには、子供もいいじゃないですか」
そう、特別な日とはそういうこと。いつも頑張って、それを今日だけは忘れていい日。だからいつものみんなで集まっても、いつもと違うことができるのだ。
たとえばがんじがらめの大人でも、その日だけは何もかもを忘れられるような。きっとそうやって重荷を下ろせるから、人は更にその先へ進んでいける。大人になったって、成長が止まるわけじゃないんだから。
「そうだな。今日は少し、頑張りすぎたかもしれないな」
「トレーナーさん、いつも元気いっぱいですからね。そうじゃなかったらすぐ気づきます。きっとみんな気づいてて、心配してますよ」
「心配をかけてしまったか」
「それも今日なら、いいんです。いつもみたいに頑張りを隠さないのも、子供らしさってことですよ」
それが今日のトレーナーさんの異常の根本。ずっと抱えていたレースへの不安が、ハレの日とばかりに破裂しそうになっていた。いつもは隠して暑苦しく振る舞うけれど、今日の空気がそれをむき出しにした。そしてそれは多分、私たちの方も同じことだ。それをクリスマスを通して、少なからず消化できた。今日じゃなきゃ話せなかったことだ。だからやっぱり、これも正解だ。
ふうっと、二人で息を吐く。白い跡を引いたそれは、聖なる夜に溶けてゆく。やがて、トレーナーさんは語り出す。今日まで抱えた、彼の不安を。
「有マ記念、相手はあのグラスワンダーだ。復帰戦の不調もあって四番人気だが、俺は間違いなく人気以上の実力があると見ている」
「なるほど。たとえ一番人気でも、油断はできない」
まあ、それは今更だけど。今更だけど、肝に銘じなきゃいけないことだ。それにしても、グラスちゃんか。やっぱり、ライバルは近くにいる。それは何度も立ち塞がり、時には打ち倒せないこともある壁だ。けれど私たちは勝ちたいから、その壁にぶつかってゆくのだろう。
「勝てるか、スカイ」
「おやおや、トレーナーさんらしくないですね。いつもは『スカイなら勝てる』って言ってくれるのに」
「……すまない」
本当に今日は素直だ。あまりいじめないであげよう。
「勝てるかは、わからないです。もちろんいつもそうです。私は才能がそんなにあるわけじゃないし、期待だってされていなかった」
でも、ここまで来た。一番人気さえ掲げられるくらいに、今の私は成長した。
「だからこそ、勝ちますよ。だってそうすることが、今背負った期待に応える方法ですから」
才能がないからこそ。期待されていなかったからこそ。それを超えて寄せられた期待は、私の実力そのものだ。なら、もっとそれを超えたい。もっと驚かせたい。
そしてそれはもちろん、トレーナーさんのことだって。だってトレセン学園に来て最初に期待してくれたのは、紛れもなくあなたなんだから。
「そうか。応援しているぞ!」
「おっ、元気が戻りましたね」
「ああ。スカイには負けてられないな!」
負けてられないなって、まだこの人は大食い競争を引きずっているのだろうか。けれどこれで、トレーナーさんは回復したみたい。もう少し子供でいてくれてもいいんだけど、やっぱりこの正論男に融通は効かないか。
「じゃ、ここまでですね」
「わざわざすまないな。ありがとう、スカイ」
トレーナー寮まではあっという間。別にここから先はウマ娘立ち入り禁止とかはなかった気がするけど、私にも寮の門限がある。クリスマスはここまで。また明日からはいつものトレーニングだし、明後日には有マ記念だ。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
だから、暫しのお別れ。そう言葉を交わして、私たちはそれぞれの場所へ帰る。きっとまた明日、これからも何度も会う。けれどそれはいつも同じじゃなくて、変化と成長をそこに連ねている。
私たちの未来には、何が待っているんだろう。そんな青臭くてくすぐったい問いかけが、心の芯から吹き抜けた。
聖夜は終わる。
けれど、夜空の先は広がっている。
どこまでも。
どこまでも、蒼く。
──そらがおちてくる。
だれかが、そらがおちてくるといった。みんながあわてて、だけどこわがることしかできなかった。
けっきょく、そらはおちてこなかった。ありえないことをこわがるなんて、ばからしいことだ。きっと、そういうはなし。
でも、もし。もし、そらがおちてきたら。ありえないとおもっていたことこそが、まちがいだったら。どこまでもそらがひろがっているなんて、うそっぱちだとしたら。
──空が堕ちてくる。
変化には終わりがある。成長には限りがある。世界を閉ざす絶望がある。
それを、私に知らせるために。