【完結】セイウンスカイは正論男に褒められたい   作:春華ゆが

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天空は万物を睥睨せど、人は黙するそれにただ祈るのみ

 クリスマスが終わって、すぐに有マ記念だった。そしてそれもあっという間に終わって、四日後には大晦日。さらに大晦日から一日も経たずにお正月なのだから、年末年始というのはなんとも忙しいものである。いや、やろうと思えばずっと寝て過ごすことの出来るラインナップなんだけど。

 

「ふぃ〜、寒いなあ」

 

 なのに私は、いや私たちは年始早々から外に駆り出されている。もちろん自分の意志ではなく、<アルビレオ>のチーム全員に下されたトレーナーさんからの命令だ。ああ、やだやだ。何故人はこんなに寒い一月の初日に、わざわざみんなで出掛けるのか。でもたとえばトップロードさんとか乗り気な人が結構居たので、このイベントは遂行されることになったのだけど。

 ちなみに有マ記念と同日、トップロードさんのデビュー後二戦目は無事勝利に終わった。けれどそれで上機嫌のところを有マの負けで気遣う側に回させてしまったのだから、私としては少し罪悪感を感じずにはいられないのだが。まあ、それはキングと一緒においおい反省するとして。

 

「……あれ、みんなはどこだろ」

 

 おかしい。そう気づいたのは小一時間待ってようやくだった。集合時間は過ぎたのだが、一行に誰一人現れない。チームメイトも、あの見た目だけでうるさい気がするトレーナーさんも。うーん? 考えてもピンとこない。どうしようか、このまま帰ってしまおうか。それも悪くないな、とは思うのだけど。

 

「まあせっかくですし、一人で初詣しちゃおっかな」

 

 なんて、誰も聞いてないんだけど。一人言い訳をして、神社の中へ入っていく。そんな私の尻尾と耳に向けて、視線がちらり、ちらり。いやまさか振袖とか、セイちゃんそんな目立つ格好はしてないですよ? ただいつも通りの普段着で、強いて言うならコートとマフラーを着けてるくらい。

 まあそんな私が注目されてしまう理由があるとしたら明白で、ここにいるのが「セイウンスカイ」なのはバレバレだった。くそう、チーム合同ならこんなに注目を浴びることもなかったのに。

 

「セイウンスカイさん、いつも応援してます!」「これからも頑張ってください!」「セイウンスカイちゃん、あの、私大ファンで……!」

 

 人通りは多い、そして注目の的がある。そうなってしまうと瞬く間に私の周りに人溜まりが出来上がる。ああ、一つずつ応対できるだろうか。……あの有マ記念を終えても、私には皆が期待してくれている。この状況はその証左だ。けれどそれでは一番にはなれなくて、私は投票の結果僅差で「年度代表ウマ娘」の座を逃した。クラシック二冠を制したけれど、一番人気には応えられなかったから。そう言われた気がした。

 もちろん、エルが選ばれたことに文句なんてつけようもないけど。世界最強を目指すという彼女の言は、いよいよ伊達ではなくなってきた。ダービーで一度走ったきりだけど、もう一度戦えたらいいな、と思う。

 

「セイちゃーん、こっち向いてー!」

「はいはーい、なんですか〜?」

「うわっ!? ……えーと、ほんとに向いてくれるとは思ってなくて……」

「そんなに驚いてくれたのなら、私もとっても嬉しいかな、なんてね♪」

 

 そうやって精一杯の笑顔を見せてみるのに、私の心にはまだしこりが残っていた。もう一度、その先。そこに進むために必要なもの。グラスちゃんが私に突きつけた、ナイフのようなあの言葉。

 

(次に戦う時までに、やらなければいけないこと、か)

 

 今までだって、何度も壁にぶつかってきた。だけど、それを乗り越えてきた。もちろん自分だけの力じゃない。チームメイトや、トレーナーさん。私が今ここにいれるのは、周りの人たちのおかげだ。それはわかっている。

 けれど、とも思う。今私の目の前にある壁は、朧のように掴めなくて。けれど先は見えなくて、だからそのまま進めば取り返しのつかないことになる。壁だと無理矢理形容するなら、そんな形に近いと思った。だから正しく表現するのなら、これは私にとっての壁ではないのかもしれない。

 負けた。けれど折れていない。まだ勝ちは狙える。勝ちを期待してくれる人がいる。そして、次へと歩み始めている。なら、それでいいんじゃないか? そう思ってしまうのは私の弱さなのだろうか。変化や成長、期待と不安。今の私はそれらを織り込み済みだ。それらを越えたから、ここまで来た。なのに、その先にまだ壁があるのだろうか? 

 あるいはそう己に問うことこそが、得体の知れない不安の原因かもしれないけれど。それでも問うのはやめられない。答えを求めるのはやめられない。まだまだ周囲から激励の言葉をかけられながら、それでも心に雲が張る。

 たとえ、どれだけ他人の言葉があろうとも。

 私の心の内側までは、届かない気がした。

 

「ではみなさん、これからも末永くセイちゃんをよろしくお願いしますね〜、なんちゃって」

「はい! シニアでも、またあの『逃げ』が見たいです!」

「私も! セイウンスカイさんの走りは、本当に魅力的でっ」

「はいはいそこまで。ご愛顧、誠にありがとうございます」

 

 ファンの人たちをなんとか振り払い、私は境内をひたり、ひたり。もちろん元旦の神社なんてとても人が多いので、そのうちに紛れればなんとか追っ手に区切りをつけることはできた。

 出店が立ち並び、人々は行き交う。その様を見て、そういやトレセン学園のファン感謝祭もこんな感じだったか、などと思い出す。確か次は春、天皇賞の直前にあるはずだ。ちなみに春の天皇賞と言えば、有マ記念の直後にトレーナーさんから告げられた私の次の目標でもある。イベントは目白押し、というわけだ。これから先、その先だって。

 それにだってもちろん備えるし、それなりにわくわくだってしている。なのになんなのだろうか、今抱える不安というものの正体は。先程から、いやあの有マからずっと、私はそれに取り憑かれている。そこにあるのは形容さえできない、ぶ厚く仄暗い靄だけ。

 空はまだ晴れているけれど、空と私の間に何かが挟まっている。はっきりとは見えないのに、しっかりと視界を覆う何かが。そんなことしかわからなかった。

 ……さて、そんなことより、だろう。何故だか他のみんなは一人たりとて来ていないが、今日はチーム<アルビレオ>の初詣、というイベントのはずである。ならば私が代表して、何かお願い事をしてやらねばならない。やれやれ、手間のかかるチームである。

 神社で初詣となれば、流石の私も幼い頃の経験がある。まだ自分は才能に満ち溢れていると思っていた頃の私だ。そんな私だったから、神様にお願いすることだって決まっていた。そしてじいちゃんに手を引かれて連れていかれた先で、一通りの作法を教わったのだ。

 そして私はその記憶の通りに、ゆらりゆらりと歩を進める。まず手水所へ行き、ひしゃくを使って心身を清める。この心、というのが重要らしく、そのためには両手だけでなく口も水で濯がないといけない。

 確か昔の私は、これをすれば神様に褒められるのだ、と小さな手を丁寧に水で清めていた。多分今の私がそうしているのも、その残滓のようなものなのだろう。新年を迎えても、何年が経とうとも。人は変化しようとも、どこかで過去と繋がっている。なら今の私の悩みも、きっと今までのどこかに解決の糸口があるのだろう。そんなことを思いながら、祈りを込めて手水所を後にする。

 そうなれば、あとは拝殿に向かうのみ。それなりに大きな神社で、それなりに大きな拝殿だった。ここに願うことがもし決まっているのなら、私の抱えるものはどんなにか楽だっただろう。わからない。空を切る感覚だけで、何も掴めない。それなのに、何かがあることだけはわかる。たとえ全能の神であっても、知らないことはどうにもできないものだろう。

 けれど私はそこへ歩を進める。集まる人だかりはここまでで一番多くて、少しずつしか賽銭箱の方へは進めない。まったく、どうして私一人でこんな苦労をしなければいけないのだろうか。そんな愚痴をこぼす隙間さえない密集状況。それでも少しずつ歩けば、漸く賽銭箱の前にたどり着いた。さて、何を願おうか。

 幼い頃の私は、初詣の前から願い事を決めていた。「もっともっとすごくなって、トゥインクル・シリーズでデビューする」そんな当時としては現実を知らない大それた願い事を、あけすけに神に祈れていた。

 そしてきっと今は、その願いが叶ったといっていいのだろう。あの頃思い描いていた通りの姿なのかは、わからないけれど。人はどうしても成長する。けれど変わらないものもある。そんな何度も反芻した事実を証明するものの一つが、今の私なのだろうとも思う。それでも、だった。

 成長を実感し、その歩みに今までの重みを乗せることができたとしても。それでも私は、まだどうしようもなく子供なのだろう。無邪気に褒められたいとだけ願っていたあの頃と、何も変わらずに。

 そんな私の思考は濁流の如く。一瞬で流れるけれど、止まる気配はさらさらない。だから強引に打ち切って、改めて拝殿を眺める。真正面に見えるのは大きな扉だった。

 確か神社の建物は私たちが今見ている拝殿の後ろにまだ本殿があって、拝殿はその窓口に過ぎない、だっけ。幼い私にじいちゃんが教えてくれたことは、朧げになりながらもまだ覚えている。やっぱり未来は、過去の先に続いている。それなら。

 ちゃりん。お賽銭を投げ入れて、垂れ下がった鈴をちりちりと鳴らして。かつて教えられた通り、二度のお辞儀を深々と重ねて。ちなみにお賽銭は豪勢に百円だ。これくらい入れれば、チームと自分の両方をお願いしても許されるだろう。

 ぱん、ぱん。私なりに考えて考えて、それでも時にはわからないことはある。たくさんある。そういう時に、人は何かに祈るのだろう。人事を尽くして天命を待つ、というやつだ。

 声なく空に響かせる、大切な、大切な願い事は。

 

(これからもたくさん走って、期待に応えられますように)

 

 そんな私の、未来に繋ぐ願いごとと。

 

(いままで通りみんなと、一緒にいられますように)

 

 きっと私たちみんなの、過去から届く願い事だった。

 未来は今から描き出すもので、過去は今を作り上げたもの。だから今を生きる人でさえも、離れた時間に想いを馳せることができる。どちらも今の自分自身に、そこから一秒進んだ先の自分自身にも、深く深く関わるからこそだ。一年の初日からその一年全てを予見するなんてできっこないけど、そう願うことそのものに意味があるのだろう。

 なんとなく、そう思った。それもまた新しい発見。たとえば幼い私がいくら初詣に出向いてもわからなかったけれど、今の私ならわかること。それも成長だ。

 うん、少し気持ちは晴れた気がする。未だ消えない鈍色の霞。昔の私なら、きっとその先に進むのを諦めてしまっていただろう大きな迷い。だけど今の私なら、諦めないという選択ができる。恐怖に瞳が震えても、前を向く顔を逸らさないことができる。これまでやってきたように。これからも歩み続けられるように。

 人の流れは相変わらずごった返していて、参拝を終えた後に出ていくのも一苦労だった。ウマ娘として少し大変なのは、そんな人混みで尻尾にうっかり触れられるとびくっとなってしまうことである。いや、痴漢とかじゃありませんよ? それくらい大賑わいで、初詣というものは沢山の人のお願い事が詰まっているんだなあというだけで。

 なんとか抜け出したあと、目の前に沢山立ち並んでいたのはおみくじ屋さん。「屋さん」という表現が正しいのかはわからないが、出店のようなものではあるはず。

 参拝して気持ちが神妙になっているところに漬け込んで、気が乗ってる客からおみくじ代を頂戴する。そんな悪徳な出店だ。なんて罰当たりな冗談は心のうちに留めておいて、私もこつこつとそちらへ歩いて行く。なんとなく気持ちは高揚していて、着て来た冬着も若干汗ばんでいた。いや、さっきの人混みが暑すぎただけかも? まあ、それはともかく。

 

「すみません、おみくじひとつお願いします」

「はい、ではこちらを振ってください」

 

 がしゃがしゃ、がしゃがしゃ。振って振って、きっと願いや祈りを込めて。信心深いとかそういうことはかけらもない私だが、こういった行為に儀式的意味合いがあることはわかる。  

 多分お金を払ってはいあなたの運勢はこうです、と言われるのとは違うから、ある程度自分の力が関わるから、普通の占いとは一味違うのだろうけど。

 ……ほどなくして、おみくじの番号を示す棒が出て来た。巫女さんがそれを読み上げる。そういや巫女さんって、こういうイベントの時だけバイトで募集してるんだっけ。グラスちゃんとかひょっとしてどこかの神社でやってたりして。私はいいや、正月から仕事したくないし。

 

「はい、十七番ですね、こちらをどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 まあそういうわけで、おみくじをうやうやしくいただいて。少し人の少ないところに移動してから、恐る恐る開いてみる。そりゃそれなりに緊張しますよ、一年の運勢なんて言われたら。えっと……わお。

 

「大吉」

 

 まさかまさかというか、日頃の行いの賜物というか。適切な表現が思い浮かばないが、なんと、大吉だった。いや、素直に喜ばしいことだろう。もちろんそれだけで喜びすぎてもいけないのだが、頬が綻んでしまうのも無理はない。うん、仕方ない。

 とはいえそれだけではいけない。おみくじというものは運勢をただ書いてあるだけのものではなく、多方の行動における指針のようなアドバイスのようなものも書いてある。待ち人とか、失せ物とか、恋愛とか。これも流石に大吉と言った感じで、大体いいことが書いてあった。どこまで信用するかは本人次第なものではあるが。

 けれど総評として、おみくじに一番大きく書いてあった文言。それが一番、私に勇気をくれた。神社のものなので堅苦しい言葉遣いだったけど、私らしく言い換えてやると、こうだ。

 

「決して焦らず、今まで通りゆる〜く歩むべし」

 

 少し砕きすぎただろうか。とはいえそういうことならば、私はやはり、私なりにやるしかない。有マからずっと揺らいでいた気持ちが、何かの支柱を見つけた気がした。……そうなってもやはり、グラスちゃんの言葉は気になるけど。

 グラスちゃんの人を見る目は、鋭い。私たち同期の中では、一番か二番を争うくらいに。ちなみに対抗バはスペちゃんだ。そんなグラスちゃんが私に感じた違和感は、きっと確かに正しいはず。なにせ私もずっと感じている。歪な感覚。取り返しのつかないところまで、ぎりぎりに迫っている感覚。

 それでも私にできることがあるとすれば、いままで積み重ねて来たものを信じること。期待されたいと願ってトレセン学園に来て、いつか諦めた褒められたいなんて願いまで思い出して。それでもそれを捨てずに積み上げて、クラシックでは二冠を果たした。そして、そこから先へと走り出している。みんなのおかげだ。そして、私自身が打ち立てた成果だ。

 境内の人の流れを逆向きに歩いて、私は初詣を終える。神頼みのおかげと言えば身もふたもないのだが、今日で少し何かが見えた気がした。この先に進むための手がかりとなりうる、何かが。

 未来は刻一刻と迫っている。過去は秒刻みに手元から離れていく。けれど今現在があるから、私たちはそれらを結びつけられる。結び繋げて連ねることができるのなら、私たちはきっとどこまでも舞い上がることができるのだ。今は、そう信じていた。目を背けられない恐れになんとか立ち向かうために、そう希っていた。

 ……ちなみに、なんで初詣に他の誰も来なかったのかというと。

 

「ええ、トレーナーさん腰痛めたんですか!? いやすみません、全然LANE見てなかったです」

「そうなんです、それで今日はお流れに。……ちなみに一応後日ということになってるんですけど、スカイちゃんは」

「いや、流石に二回も行かないですよ。若干申し訳ないですけど」

 

 と、いうことらしい。行って帰ってチーム部屋でのトップロードさんとのエンカウントで、ようやく気づいた真相であった。後で私も見舞いに行こうかとかそんな気持ちの余裕も生まれていたので、一人でこの寒い中初詣に行かされた恨みつらみを吐くこともなかった。

 まだ、余裕はあった。

 だから、それでよかった。




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