【完結】セイウンスカイは正論男に褒められたい   作:春華ゆが

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閉じよ天蓋、全てが終わるその時まで

「あけましておめでとうございます、セイちゃん」

「アタシもあけおめ、コトヨロデース! 初夢にマンボが出てきました!」

「二人とも、あけましておめでとー。エル、それは実はとんでもない初夢かもよ」

「えっ!? そうなんデスか!?」

「スカイさん、新年早々大嘘を吐かない。……みなさん、あけましておめでとう」

「キングちゃんも、あけましておめでとうございます〜」

 

 正月休みが明けて、トレセン学園も新学期。そうなればクラス中で年明けの挨拶が行われていて、放っておけば溢れてしまいそう。もちろん私たちも類に漏れずといった感じで、いつものメンバーで今年初めてかつ相変わらずの掛け合いをしている。正確には、一人足りないけど。

 

「ええ、おめでとう、グラスさん。……私が最後かと思ったけど、一人足りないわね」

「スペちゃんデスね! キングは同じ寮だから、一緒に来るかと思ってました」

「なんで私がそこまで面倒見なきゃいけないのよ。一流には一流の登校というものがあるの」

「なにそれ、キングも適当言ってない? まあ初日から遅刻なら流石に心配だけど……っと、来た来た」

「ええ、来ましたね〜」

 

 ここからでも、その慌てた表情はよく見える。廊下の外から教室の中へ、チャイムぎりぎりにやってくるその子がよく見える。ギリギリセーフ、だね。

 

「みなさん、あけましておめでとうございます! 今年もスペシャルウィークをよろしくお願いします!」

 

 そう教室に入るなり思いっきり叫ぶという奇行については、ギリギリアウトかもしれないけど。なんかスペちゃん、今年はますます気合い入ってるなあ。

 そうなるともちろん、私も負けてられないのだけど。いや、あんなふうに大宣言するところに張り合おうという意味ではないのだけど。クラシック三冠を獲り合ったライバルとして、スペちゃんと私はこれからも良き仲を継続していきたい。もちろんスペちゃんもそう思っていてくれたら嬉しいけれど、待っていてくれるわけがない。必死に走って、それでも並んで。それが、私たちの関係だろう。

 だから私は、このままではだめなんだ。それはわかる。それだけはわかる。けれど、それだけだった。暗雲とまではいかない薄雲は、絶えず青空を遮っている。いつか消えるだろうか。膨らみ続けてけれど触れない、そんな不安は私を決して満たさない。

 ただ、抱えてゆくだけ。ようやく鳴り響くチャイムと共に、私たちはそれぞれの席へと帰って。

 独りに、なった。

 

 

 そして新年最初の授業なんてのも、うとうとしていればあっという間に昼休みまで時間はすすむ。そして私たちの昼食といえば食堂で集まるというのも、やはり年を明けても変わりなく。スペちゃんが一人だけこんもりとご飯を盛っているのとか、しばらくぶりに見ると懐かしさも感じられたり。

 新年でも変わらないそんなルーティンの中で唯一法則性のないものといえば、会話を切り出すのが誰からかということ。そして、その話題の切り出し方でその日の会話は大きく変わる。

 ではたとえば誰がどんな話題を出すのかというと、私だってたまにはくだらない話題を提供することもあるし、エルもどっちかというとくだらない寄りの話題が多いかな、という感じで。そしてグラスちゃんとキングの話が真面目よりとはいえなかなかノンジャンルなので、私たちの中で切り出す話題が一番実のある話? な子といえば。

 

「あの、そういえば! みんなにすぐに報告しようと思ってたんだけど、私すっかり忘れちゃってて」

「あらどうしたんですか、スペちゃん」

 

 実は、それはスペちゃんなのである。こんな感じでスペちゃんは私たちの中でも一番真面目な子なので(ちなみに一番不真面目なのは当然私だ)、スペちゃんが話題を切り出すと真面目な話の展開になることが多い。まあ大前提として、誰が話題を切り出してもそれを嫌がる人がいない、みたいな仲なのはあるんだけどね。

 とはいえ、そんなこんなで。グラスちゃんが促すと、スペちゃんは意気揚々と話し始める。跳ねる耳、揺れる毛先。うん、今年もスペちゃんは元気いっぱいだね。

 

「実は、<スピカ>で新年会をやったんです! それもスズカさんも一緒に! リハビリが順調で、ギプスも取れて、それで」

「ちょっとスペシャルウィークさん、もう少し落ち着いて喋りなさいな」

「スズカさん、ギプス取れたんデスか!? やっぱりアタシの初夢初マンボ、吉兆デシタね!」

「こらこら、エルも落ち着いて。……でも、チーム<リギル>としても。スズカさんがまた走れるようになるのは、嬉しいことです。スペちゃん、また走れるのを楽しみにしていますと、伝えておいてくれませんか?」

「うん! スズカさん、きっとグラスちゃんがそう言ってたって聞いたら喜ぶと思う!」

「エルもよろしくお願いしマース!」

「うん! 二人ともありがとう!」

 

 なるほど、スペちゃんの盛り上がりはそういうことか。きっとそれで昨日は疲れ果てて、今日は寝坊しそうになったに違いない。それにしてもスズカさん、相変わらず後輩たちに慕われてるなあ。なんて、遠巻きに眺めつつ。

 

「よかったね、スペちゃん」

「……うん、セイちゃんもありがとう」

 

 私に言えるのはそれくらい。やっぱりスズカさんのことを知らない私に、尽くせる言葉は殆どないけれど。

 その一言に込めた気持ちは、嘘でも誇張でもない。私の本心。言葉にできないとしても伝えたい、きっと心に秘めたもの。

 私はまだ、スズカさんのことをよく知らない。だから、これから先知ることができる。そのチャンスは、スズカさんの手で掴み取られた。ならば私も、いつかその場所に追いついて。だから私は、これからも走り続けるんだ。

 最強最速の「逃げ」を相手に、私の「逃げ」を見せてみたい。たとえば、そんな動機。あるいは同期のみんなが憧れるその人に、私も親しくなってみたい。たとえば、そんな動機。我ながら柄にもなくミーハーだけど、そういう動機で私はスズカさんのリハビリを応援する。

 

「私はスズカさんのことはあんまり知らないけとさ。スペちゃんがそれだけ大事にしてる憧れなんだってことは、もう十分知ってるから」

 

 そしてもしかしたら、そんな動機。親愛なる君のことだから、私はそれがうまくいってほしい。そんな笑っちゃうくらい単純で、だけど揺るがせないくらい純粋な気持ち。だから多分、これは今の私の道標になるものだ。

 

「それに、次の春の天皇賞。スペちゃんも出走考えてるって、聞いちゃったからね」

「うん、トレーナーさんもそう言ってた。……セイちゃんとは、菊花賞以来だね」

「そう。だからそれまでにスペちゃんには、心身共に健康になっててもらわないと。そうじゃなきゃ、張り合いがない」

「……うん。もちろん、だよ」

 

 もっとも、それは私にも言えることだ。私もその日までに、霞がかった何かを打ち消さないといけない。

 実はそれについて、一つわかりやすい手はある。私の中の迷いを見出した張本人に、なりふり構わず聞いてしまうこと。たとえばこの場でもいい。後でもいい。グラスちゃんは多分、まだ私がそれを解消できていないと知っている。

 だから多分、話せば聞いてくれるのだけど。それでも私はその手段を選ばなかった。私がそうしない理由は二つある。一つはやはり、自分で解決すべきという気持ち。頼るばかりではなく、頼られる私になりたい。もっと私は、成長したい。その点ではグラスちゃんが上を行っていて、私はまだまだ子供なのだろう。けれど、そこで終わりじゃないはずだ。

 そしてもう一つ。それに思考を移すタイミングで、ちょうどその彼女が話題を切り出した。昼空に涼しげな陰を落とす静かな茶飲み話として、だけど皆が聞き入る話題として。そんな彼女の態度から、私が導き出すもう一つの理由がある。

 

「そういえば、今年のウインタードリームトロフィーも素晴らしかったですね。<リギル>からも、多くの先輩方が出走していました。……本当に、素晴らしかった」

 

 グラスちゃんは、何気なしにその話題を切り出す。けれど私には、いやおそらくこの場の全員にわかるのは。その言葉は、憧憬や羨望などではないということだ。グラスちゃんの視界は、既に遥か高みまで開けている。その目の前にあるもの全てを、見据えている。

 それが、私がグラスちゃんに聞けないもう一つの理由だ。彼女は既に、あまりにも多くのものを抱えている。彼女が勝利を願うのは、前回の自分が超えられなかったもの全て。そのために、彼女は強く在る。

 スズカさんが故障したあの日、私はグラスちゃんと電話で話をした。あの時決壊したようにとめどなく言葉を流していたのも、きっと紛れもなくグラスちゃんだ。グラスちゃんは強いけれど、だからこそぎりぎりまで抱え込んでしまう。他の誰かの不調さえ捉えてしまえるその眼は、きっと見ようと思えば何もかもを見えすぎてしまう。

 それなら、背負うべきでないものまで背負わせられない。それが、私の結論だ。

 

「ドリーム・シリーズのレースの一つ、新年を祝うウインタードリームトロフィーね。ドリーム・シリーズのレースなんて滅多に観れないものだけど、錚々たるメンツだったわね」

 

 と、グラスちゃんの発言にキングが補足説明を入れる。ドリーム・シリーズとはその名の通り、夢のレースが繰り広げられる舞台。私たちが今競い合うトゥインクル・シリーズで相応の成績を残したウマ娘だけが、秘密裏に招待されるものらしい。つまりそこにあるのは、世代を代表するウマ娘同士の、世代を超えた勝負。まさに、夢の舞台だ。

 

「はい〜。おかげで<リギル>では、新年会のタイミングが無かったのですが」

「あ、それは私もだよ。<アルビレオ>で初詣に行くって言ってたのに、トレーナーさんが連絡もなしに、腰痛めたからって日程ずらして」

「それは貴女がLANEを見てないからでしょう、おばか」

 

 うわっ、キングが拳を飛ばしてきた。私は隣に座っていたので更に隣のエルのところまで思わず逃げる。そこまで全力で逃げなくてもいいじゃない、とキングに呆れられた。遺憾だ。あのげんこつはちょっと本気だったでしょ、絶対。

 そんな一瞬のわちゃわちゃの後、また会話が再開される。スペちゃんからだった。今日はいつにも増して元気に見えるね、うん。

 

「ドリーム・シリーズかあ……。<スピカ>でも新年会で観たんだけど、すごかったなあ……」

「アタシはいつか、あそこで走りマスよ! みんなもあれを見て、そう思いませんデシタか!?」

 

 そしてそれを引き継ぐのはエル。そういえばエルの目標は、「世界最強」だったっけ。そうなれば世代の最強としてドリーム・シリーズに名乗りを上げるくらいは通過点なのかも。けれど多分エルの言う通り、それを狙ってる子はここには多い。グラスちゃんは当然として、スズカさんと一緒に走りたいスペちゃんも。

 そして、他にもいておかしくなかった。

 

「そうね。一流に最もふさわしい場があるとしたら、ドリーム・シリーズはそうであってもおかしくない」

 

 ほら、キングも。そうすれば私の中に生まれるのは、なんとなく置いていかれていく感覚。私は、どうなんだろう。何気なく会話を重ねているが、ここにあるのはハイレベルなウマ娘の集まりだ。私含めて。ならばその目標は高めあい、競い合うものであってもおかしくないのだろうけど。けれど、私は。

 そんなふうに考えていた時だった。キングはまだ、言葉を続ける。流れに反して、されど自分らしく。キングらしい、言葉で。

 

「……でも、私はまだまだね。貴女たちと今の段階で同じ目標を持つには、私には積み上げてきたものが足りない」

「キングちゃん、それは」

「慰めは不要よ、スペシャルウィークさん。これはただの事実。たとえば私は貴女より弱いなどと思ってはいないけれど、戦績の上では歴然とした差がある。それだけのこと」

 

 それはきっと、言い方次第では弱音になるはずの言葉なのに。キングのそれは違った。ただ彼女が見ているものは、他の誰かとは違うということ。それを伝えていた。たとえばグラスちゃんが目の前全てを捉えて見るのとは違って、キングは自分の視界を極限まで絞っている。一つ一つの物事に、己が全身全霊を割いている。それが、キングの戦い方なのだろう。もちろん私とも、違う。

 

「……なるほど。キングは流石だね」

「スカイさん、貴女も首を洗って待っていることね」

「おお、怖い怖い」

 

 ふと漏れた賞賛に、返されるのは鋭い言葉。けれど彼女はこう言いたいのだろう、「それまでは、私たちはライバルだ」と。グラスちゃんも言っていた言葉だ。私たちはどこまでも、競い合うライバルで友達なのだろう。

 

「さて、そろそろ食器を下げましょうか。スペちゃん、その量一人で持てますか?」

「うわっありがとうグラスちゃん! でも平気、慣れてるから! ……とぉっ!?」

「はい、キャッチ。スペちゃん、無理は禁物だよ」

「ごめんセイちゃん、ありがとう」

「セイちゃん、ナイスキャッチ、デス!」

「まったく、スペシャルウィークさんったら……エルコンドルパサーさんも、見てる暇があったら手伝いなさいな。一人だけ五倍は食べてるんだから、この子」

 

 さて、そうして新年最初の昼休みは終わりだ。久しぶりにみんなと話して、少し肩の荷は下りた気がした。初詣の時は一人の時間を有意義に感じたけれど、やっぱり誰かと過ごす時間が必要な時もある。そのバランスで私たちは成り立っているのだろう。

 だから、私もそのバランスを取らなければいけない。この先の道を一人で進む時と、誰かと共に進む時。たとえば次の春の天皇賞は、当然トレーナーさんたちチームのみんなに支えられるだろうけど、最後にものを言うのは私一人の力だ。私が、頑張らなければいけない。

 けれどそれだって、今までやってきたことのはずだ。やっぱりそれでは私に足りないものの解答にはならない。それでは、この先にはいけないのだろうか。

 ウインタードリームトロフィーを観た時、私はそれを遠くに見てしまっていた。そのことは今日言い出せなかった。「あれはすごいけど、私たちは私たちで頑張ろうね」そう言うことはできなかった。みんなは、もっと違う視点を持っていたから。みんなと同じで私も未来を見ていたはずなのに、どうして同じように「私もあそこで走りたい」と思えなかったのだろう。

 それはキングが出した結論と、果たして同じような理由だろうか? 目の前に集中するため。そんな前向きな理由だろうか? 自問自答を繰り返し、それでもあるのは歩んだという感覚だけ。それが前に向けてなのか後ろに向けてなのかはわからない。結局その日もどこまでも、得体の知れない不安が残った。

 その日からのトレーニングも順調にこなせた。授業の感覚もすぐ取り戻した。ありふれた日常は、いつものように戻ってきた。

 私だけが、どこかへ行っていた。

 




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