バレンタイン・デイ。その名を聞けば誰もがときめく、心を込めたチョコレートと共に、甘い甘い恋の想いを伝える日。……なーんてのは大昔の話で(いやそもそもバレンタインのチョコレート自体が由緒正しくもなんともない風習らしいけど)、今や義理チョコから始まり友チョコやらなんやらバリエーションはたくさん。一貫しているのは女の子が誰かにチョコを渡すという点だけで、それ以外はなんでもあり。いやはや、この催しを最初に考えた人は商売がうまいですなあ。
というわけでバレンタインとは年頃の女子のためのイベントであり、そうなればつまりはウマ娘集うトレセン学園でも重要なイベントとなるわけである。学園中どこを見渡してもチョコを渡すか渡されてる、そんな光景が当日は予想されるのだ。
ちなみに、こんなふうにバレンタインを遠目に見ているつもりの私セイウンスカイはどうなのかというと、やはりというべきかチョコレートを用意する人間になってしまったのだが。いや、正確に言えばさせられたのだ。故にこうしてトレセン学園近くのデパート前で待ち合わせをしている。事の始まりは三日前、つまりバレンタインの六日前に遡る。今週末がバレンタイン、そんなタイミングだった。
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まず最初にその話を持ち出したのは、トップロードさんだった。しかも私一人に対して。トレーニングの合間、私がからからの喉を潤しているタイミングだったのに、そんなことを気にもせず藪から棒に。
「今度のバレンタイン、トレーナーさんにチョコを渡しませんか」
むせた。吹き出しはしなかったけど、むせた。何故なら純情乙女のセイちゃんには、バレンタインにチョコをあげるなどという一大イベントの経験はなかったからである。それも誰かと合同でなんて、なおさら経験のないことである。なので私はすかさずというか、とりあえず浮かんだ疑問をぶつけた。
「ええそれ、どういう意味ですか」
「そのままの意味ですよ? 日頃の感謝を込めて、チームを代表して義理チョコを」
「なんで私が巻き込まれてるんですか」
「だって、みんなからもらったほうが嬉しいじゃないですか! でも流石に、数は絞らないといけないし。私は毎年、食べるのが大変なので……」
その発言で私は即座に、トップロードさんがバレンタイン慣れしている方の人種だと察知する。チームでも慕われているし、確かクラスの委員長やってるらしいし。そりゃ、モテますわ。まあ、それはそれとして。ちょっと考えて、私は答えと一つの問いを同時に投げかけた。
「……まあ、いいですよ。私とトップロードさんで、ですか? 実はもう一人くらい、当てがあるんですけど」
私が乗っかったのには、気分転換を含めたそれなりの打算があるのだけど。それはさておきそういうわけで計画に加わった私は、早速一つの提案をする。立案トップロードさん、進行私セイウンスカイ。となれば残るはあと一つ、実行役が必要だと思われた。
「あと一人くらいなら、別に増えてもいいと思います。あんまり増えると渡すチョコも増えちゃいますが、合同でという形なら。……で、誰でしょうか」
「それはせっかくなら、きちんとした贈り物とかそういう高級品に詳しい人がいいと思いまして。実際にチョコを選ぶタイミングでのリーダーですね」
「ははあ、なるほど。……で、つまり?」
あれ、ピンときてないか。この人は思いのほか察しが悪いというか、私の持って回った言い回しが悪いというか。しかしそうなると逆に、軽いサプライズにしてもいいかもしれない。二人ともにとって、だ。
「まあ、買いに行く日に呼んでおきますから。その時のお楽しみ、ということで。後で買い出しの日、教えてください」
「あっスカイちゃん、なんでそこで隠すんですか!」
「にゃはは、たまにはトップロードさんをからかいたい時もありますよ〜」
かくして、計画は実行に移されたのである。ちなみに該当約一名には、「十一日十時にトレセン学園近くのデパート前で」としか伝えていない。トップロードさんが来ることとか、そもそもの集まりの目的とか、そういったことは何も。
先に言ったように私がこの計画に乗っかったのも、それなりに真面目な事情はある。相変わらず晴れることのない、未来を塞ぐような不安についてだ。だから、何か意味のあることをしたかった。トレーナーさんにプレゼントをするのは、前のクリスマスの再現に過ぎないかもしれないけど。それでもこの不安は杞憂だと、そう証明できるに越したことはないから。
そしてそれはそれとして、別の思惑はあるのだけど。だけどそれは、今日の話だ。今日今からの、これからの話。間近に近づくバレンタイン、それに向けての話。これはチョコレートを送ることそのものではなく、その日そのものに込められた想いの話。
バレンタイン・デイは、たとえどれだけあり様を変えようと。
乙女たちのときめく日だと、そう決まっているのだから。
※
「おはようございまーす、スカイちゃーん!」
「あっトップロードさん、こっちですよー」
そうして今日、バレンタインの三日前。私とトップロードさんともう一人は、こうして待ち合わせをしているわけである。今トップロードさんが来たところだ。大体十分前きっかりといった感じで、この人の真面目さが垣間見えるというか。
ちなみにそれに比べて不真面目な私が、どうして彼女より先に待ち合わせ場所に着いているのかというと、だが。
「スカイちゃん、今日は早いですね! やる気たっぷりって感じです!」
「いや、そーいうわけでもないんですけど。ほら言ったじゃないですか、もう一人」
「言いましたね、結局誰なんですか?」
「それはいずれわかるとして、多分あの子はめちゃくちゃ早く待ち合わせに来ると思ったんですよ。だけどそれで誰もいないままだったら、そのまま帰っちゃうかもしれない」
「ええ、それは困りますね」
「まあこれは私が待ち合わせ場所と時間しか伝えてないから、それで不安になってしまわないかという話なんですけど」
「……なんでそんな無茶振りしてるんですか!?」
無茶振りと言われるとその通り。まあでも、多分あの子なら来てくれるし。今日何が必要かもよくわかってないし伝えてないけど、多分それも用意してくれるし。それくらいには、彼女のことは信頼している。良くも、悪くも? 悪いのは私の性根か。まあ、ともかく。
「あ、来たっぽいですよ。おーい、こっちこっちー」
そうやって手を振る先にあるのはいつも見慣れたその姿……? いや、何あの服。記憶にある限り彼女の私服姿を見たのは夏合宿くらいだけど、その時はもっとラフな格好だった。あれは重ね着というやつか、いやもっと高尚にコーディネートというべきか。
更にあちらから近づいて来たので見てみると、その手首にはアクセサリがあったり、首にはブローチを付けてたり。なるほど、これが今日の遅刻の理由か。いや、ちゃんと五分前には到着できているのだけど。これだけのおめかしをしながら時間にも間に合う、流石「一流」だ。
そう、何を隠そう、私の呼んだ助っ人とは。チーム<アルビレオ>のお嬢様担当、キングヘイローその人である。まあ、そんな隠すつもりもなかったんだけど。そこはトップロードさんが律儀にクエスチョンマークを浮かべてくれるのが悪い、うん。
「おはよ、キング」
「おはよう、スカイさん……って、トップロード先輩!?」
「おはようございます、キングちゃん! えっと……すごく、すっごく綺麗ですよ!」
「それは当然! です! なにしろスカイさんが用件も告げずに待ち合わせの連絡だけして来たので、服装だけでもどんな状況でも粗相のないようにと! 何を考えてくるかわかりませんものね、スカイさんは!」
「えー、そんな理由なのー? 私はてっきり、愛しのセイちゃんとのデートだからって張り切っちゃったのかと思ってたけど」
「お、ば、か! ほんとにそんな用事で呼びつけたのなら、今すぐ帰るわよ!」
「まあまあ落ち着いて、ちゃんと真面目な話もするからさ。実はこれは元はと言えば、トップロードさんの発案なんだけど」
そう言って気性難真っ盛りのキングを若干強引に宥めながら、私とトップロードさんで今回の企画についての説明をする。日頃の感謝を込めて、チームを代表してトレーナーさんにチョコレートを渡す。私たち三人で。そして今日はそのチョコレートの買い出しに、このデパートまでやって来たこと。順に説明すると、キングは大体納得しつつも。一つ、疑問を口にした。至極真っ当な疑問。
「……で、何故私が呼ばれたのかしら」
「そうですね、私もちょっと気になります。スカイちゃんの人選の意味、というか」
何故、か。そう疑問が浮かぶのも無理はない。なにしろキングは<アルビレオ>においては新参者で、言ってしまえばトレーナーさんとの付き合いも浅い。それなのにチームの代表の一人として出てきていいのか、という考えはあるだろう。私にもそれくらいはわかる。
わかっていて、私は君がふさわしいと思ったんだ。
「そうだね、どこから説明しようかな……なんて、もったいぶるのもそろそろやめとこうかな。まず前提としてキングはさ、<アルビレオ>では新入りなわけじゃない?」
「そうよ。新入りがでしゃばることにならないわけ、それ」
「まあ一見、そうだけど。そもそもでしゃばりだなんて思うような子、<アルビレオ>にはいないと思うし」
「それくらいは分かってるわ。それでも、意図としてそぐわないでしょう。日頃の感謝、という意図に」
そう言うだろうことも、多分わかっていた。わかっていて、私はキングを呼び出した。何故か。それはきっと、私がキングのためになりたいから。それをストレートには言えないから、いろんな理由はつけてしまうけど。
「……見方を、変えればいいんだよ」
「見方?」
「そう、物事の見方。何事も表裏一体、コインの裏表なんだから」
「意味が良くわからないけれど。私があえてチームの代表なんて立場を取ることに、何かしら有意なことがあるのかしら」
「そうそう、その通り。要はさ、これまでだと仲良くないのなら。それじゃ自分は相応しくないと、そう思うのなら」
「……なるほど。その逆」
「そう。これから仲良くなるのなら、これ以上のイベントはないと思わない? そもそもトップロードさんと私だって、チョコレートに込める想いは違うんだから」
その私の言葉を聞いて、うんうんと頷くトップロードさん。だから多分、その通り。
たとえばチームリーダーのトップロードさんにとっては、トレーナーさんへの感謝とはこのチームそのものを包括したもの。きっとチーム<アルビレオ>結成から今この時までを見てきたトップロードさんだからこそ、想う気持ちがあるはずだ。
そしてたとえば私にとっては、トレーナーさんへの感謝とは……少し、言葉にするには恥ずかしいくらいのもの。第一印象では散々なことを思ってしまったのだから、尚更だ。だけどこのトゥインクル・シリーズを走る上で、たくさんの大事なものをトレーナーさんからはもらってしまった。だから多分、それを伝えたくて。そしてこれから先も、あなたなら道を示してくれると信じて。きっとそう想って、私はチョコレートを渡そうと決めたのだろう。
そして、キングにもキングなりの気持ちがある。私たちとは違うからなんて、それを否定の理由にする必要はない。むしろきっと違うから、この場には君が必要なんだ。
「キングがこれからも<アルビレオ>でうまくやっていきたいなら、きっとこれは意味のあることだよ」
「……否定できないわね」
「なんで否定する必要があるのさ」
「私は自分の考えを簡単には取り下げたくないの。まあその上で、今回は貴女の言い分に納得するわ」
なんだか奥歯に物が挟まったようなというか、悔しさ全開というか。まあそれもキングらしさだ。そこまで私が捻じ曲げる必要はないし、そのままでいいこともあるに決まっているのだから。
「……じゃ、これで無事キングちゃんも参戦ということで!」
「すみませんトップロード先輩、私としてもどうしても気になって」
「わわっ、いいんですよキングちゃん。スカイちゃんは時折、何を考えてるか隠す癖がありますからね〜」
「うわっ、トップロードさんも私をなじるんですか。セイちゃん、ショックです……」
「ああごめんなさいスカイちゃん、そんなつもりじゃ」
「……そういうところよ、スカイさん」
「いやはや、反省せねばなりませんなあ」
話はようやくまとまって、私たちは足並みを揃えて一歩ずつデパートの中へ入っていく。その合間にも会話は絶えなくて、まさしく姦しいといった感じ。けれどそうやって皆が同じ方向を向く中で、それでも皆見えているものは違う。どこかは重なりどこかは補えるから、私たちは一緒にいるのだと。
そしてキングの次なる言葉も、そんな思考と重なっていた。立ち止まりおもむろに翻って、彼女は私に声を託す。
「スカイさん、一つだけ」
「なに、キング。一つなら、いいよ」
「私は正直、今日ここに来るか迷っていたわ。だって私はきっと、それどころじゃない。クラシックで勝てなくて、そのままシニアに突入する。より厳しくなる戦線で、どうにか勝つ方法を見つけなければいけない。どんな道を通っても、あらゆる手段を使っても」
「……じゃあ、どうして来てくれたの」
「あなたが私を呼んだのも、同じ理由だと思ったからよ。あの日グラスさんに指摘された、あなたが克服しなければならないもの。それをなんとか探すために、貴女は行動を起こそうとしていた。……もっとも、もっとストレートに話し合いか何かだと想っていたけどね」
「なるほど、そこまでお見通しかあ。流石キング、ってとこかな。やっぱり君はすごいよ」
「貴女も、立派なものよ。自分をみくびるのは、止めた方がいいわ」
「それはお互い様」
「そうかもね。否定はしないわ」
私がキングを呼んだ、正確にはトップロードさんの誘いを受けるところから、ずっと心の隅で考慮していたこと。考慮せずにはいられなかったこと。今私が抱える、得体の知れない不安の正体。それを取り払うきっかけを誰かから掴めたら、というのが、私が独りで悩み抜いた後に出した結論だった。
結局私は誰かを頼るしかない。今までそうして来た中で、それが染み付いてしまっていた。だけど直接は言えない難儀な性格なので、こうしてプライベートな時間を共有する方法を取った。トップロードさんと、キング。<アルビレオ>でも特に私と親しくて、いつも力になってくれた二人。
そうやって誰かを素直に頼ってしまうのも、昔の私からすれば考えられないことなのだけど。そんなふうに変われたからこそ、私はここまで来た。ならやっぱり素直に、これから先も誰かの手を借りて。みんなで、一緒に。
「まあでも、私のことは気にしなくていいから。勝手に二人の方を見て、盗んじゃうからさ」
「よく言うわね。そもそも私を誘ったのも、半分くらいはこちらのことも気にしてたでしょうに」
「……さあ、どーだか」
「まあいいわ、それについては追及しない。……でも、それにしても」
「まだ小言? お嬢様、それじゃ将来嫁の貰い手がつきませんよ」
「おばか。……そうじゃなくて、やっぱり貴女はすごいわね。そう思っただけよ」
「何それ、なんか怖いんだけど」
「裏も何もない、褒めただけよ。たまにはいいでしょう、バレンタインはそういうイベントなのだから」
キングはそう、少し照れ臭そうに言い残して。呆気に取られた私を置いて、何してるんですかー、とこちらにぶんぶんと手を振るトップロードさんの方へと歩いていく。
……そっか、キング、私を褒めてくれたのか。やっぱりすごい、って。いつも認めてくれていると、言葉で見せてくれたのか。それは、あのプライドの高いお嬢様にはなかなか珍しいことかもしれない。あるいは私の不調に発破をかけるための、そんな意図だからこその滅多にない発言の可能性もあるけれど。
それでも、その言葉は本物だ。彼女のことが私にはわかるから、私にも彼女のことがわかる。そう、まさしく彼女の言う通り、今日はバレンタインに連なる日。当日だけじゃなくその準備からだって、その気持ちは抑えられない。
バレンタイン・デイは、たとえそこにあるものが不安や恐れだとしても。
乙女たちの想い伝わる日だと、そう決まっているのだから。