【完結】セイウンスカイは正論男に褒められたい   作:春華ゆが

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流星よ高く在れ、星空さえ射落としても構わないから

 あれだけ寒かった世界は、いつの間にかぽかぽかしている。ずっと冷たいままなのかと思われた空気は、いつの間にかのどかうららか極まれり。生まれてから何度も経験した変遷だけれど、その度に小さく感動してしまう。

 春が、来た。今までと同じように、けれど今までとは必ず違う春が。そんな春が、来た。

 トレセン学園にも春休みくらいはあった。けれど私の場合は日経賞に向けてのトレーニングと本番で潰してしまったように、他の子もこの時期にまともに休んだりすることはあまりない。なので三月と四月はトレセン学園のウマ娘にとって限りなく地続きであり、季節の変化だけがその差を色濃く印象付けてくる。

 まあ、とはいえ時間が経ったのは事実。たとえば正月やバレンタインは終わったし、たとえばここから先にはファン感謝祭や新しいレースがある。去年は弥生賞や皐月賞で色々と考えてしまったなあ、などと懐かしむこともできるし、今年は春の天皇賞かあ、などと未来に想いを馳せることもできる。やっぱり、世界は変わってゆく。

 そしてその一つが、今繰り広げられている会話にもあった。私にスペちゃん、キングにエルにグラスちゃん。いつもの五人でいつもの昼食中のお話である。今日の話題の中心はエル。「世界最強」を掲げる彼女が、遂にそれを実現させんと息巻いているという話題。それすなわち。

 

「ええ〜っ、エルちゃん海外行くの!?」

 

 そんな感じでスペちゃんが驚いた通りの、海外遠征の宣言である。ちなみに最初にこの情報を喋ったのはグラスちゃん。話を聞けばそれなりに前から決まっていたのに、エルは話すのを忘れていたらしい。もうあと二週間もしないうちに日本を起つというのに。

 

「はい! アタシが世界最強だってこと、証明してきマス! 期待しててください!」

「でもそれならちゃんと、ちゃーんとみんなにお別れの挨拶はしておくんですよ? それまで忘れちゃ駄目ですからね〜?」

「わ、わかりました……。ごめんなさい、グラス」

「いえいえ、エルがおっちょこちょいなのはいつものことですから。ちゃんと反省してるなら、大丈夫ですよ」

「……始まる前からグラスさんにいいようにやられて、先が思いやられるわね」

「それは同感かも」

 

 確かにキングの言う通り、エルが海の向こうで一人でやっていけるのかはなかなか疑問の残るところではある。一時的な遠征で帰ってくるとはいえ、グラスちゃん抜きでやっていけるのか、この子は。無論、能力的には問題ないのだろうけど。去年のクラシック最優秀ウマ娘として比類なき戦績を収めたエルコンドルパサーには、これからも勝ち続けられるだけの力があるだろう。慣れない海外の芝だって、思いのままに蹴散らしてしまえるほどの。

 そういえば、クラシック最優秀の対抗バは私セイウンスカイだったか。クラシック二冠はそれなりの偉業だったらしい。まあもちろんエルの方がすごかったから、エルの方が選ばれたわけなんだけど。エルとはダービーの一回戦って、それきり。あの時よりお互いだいぶん変わってはいるだろうけれど、それを互いに披露する機会には恵まれていない。それなのにエルが海外に行ってしまうのは、少しばかり寂しいというか、歯痒いというか。勝ち逃げされたなんて思ってしまうのは、そこまでは烏滸がましいのだろうけど。

 

「まあエル、頑張りなよ。くれぐれも、向こうで打ちのめされないように」

「それは、もちろんです。アタシは勝つために、世界最強を証明するために行くんですから。負けてもいいから胸を借りるだなんて、そんな甘っちょろい考えじゃないですよ」

「うん、それならセイちゃんも安心かな、なんて。エルがそういう子なのは前からわかってることだし、だからこそ海外遠征もそんなにみんな驚いてない。そりゃ、少しは寂しくなるけどね」

「……ハイ。実はエルもちょっと、寂しいデス」

 

 周囲のそれも聞こえるほどの喧騒飛び交う食堂の片隅で、けれど透明な壁で私たちの会話は区切られていて。だから、少しだけ。少しだけ素直に、その言葉は漏れる。透明な壁が、私たちにだけそれを聞かせてくれる。その壁を作ってくれたのは、私たちがこれまでずっと続けてきた繋がりだ。

 だから少しの弱音から続く決意だって、私たちが支えてあげよう。私たちはきっと、互いを互いに支え合える。もうそんなふうになっているのだから。

 

「トレセン学園に編入して、<リギル>に入って。そしてみんなと会えて、みんなと走って。楽しかったデス。楽しいから、もっと先に行きたくなりました。……アタシが世界に宣言するのは、『世界最強』デス。それはアタシだけじゃなくて、アタシたち『黄金世代』が最強だって示したいんデス。だから寂しいけど、寂しくないです。フランスでも気持ちはみんなと一緒ですし、それに」

 

 しかし、なかなか嬉しいことを言ってくれるね。「黄金世代」とは、私たち五人をまとめて指し示す時にニュースやファンが呼んでくれる呼び名だ。それをエルは大切にしてくれている。だからこそ、より高みを目指そうとしている。

 

「それに、必ず帰ってきます! そうしたら、またみんなと走りたいデス! 絶対に、一緒に走りましょう!」

「うん、もちろん。応援してるよ、エル」

「ええ。帰ってきた時は負けないわよ、エルコンドルパサーさん」

「頑張ってね、エルちゃん! また走れるの、楽しみにしてるから!」

「そのためには、こちらも頑張らねばなりませんね〜。エルに負けてはいられませんから」

 

 思い思いのフレーズを、寄せ書きのように旅立つ少女に手向ける。言葉で全ては語れないけれど、それでも尽くせる限りを尽くす。そうすれば、私たちなら残りも伝わるはずだから。そしてその言葉たちを、彼女は笑って受け止めて。いつもとは少し違う照れ臭そうな笑顔だったのは、マスクの上からでも見て取れた。

 

「……はい! みんな、ありがとう!」

 

 そうしてコンドルは、遥か空へと飛んでいった。もちろんそれまでの二週間弱はいっぱい遊んだ。これきりじゃないと知っていても、それはそれとして別れは寂しいものだから。けれどそれを寂しいと思えたからこそ、見送る時は笑顔で見送れたのだろう。私たちも、エルも。

 行ってらっしゃい。また会おう。次会う時はきっと、世界はもっと華々しい。

 

 

 我らがエルコンドルパサーがフランスへ旅立って数日。教室は少し静かになったけど、それにもすぐ慣れてきた。かく言う私が今いるのは、もっともっと静かなところだけど。校舎からだいぶ離れたところにある校門近くの木陰。前フラワーに紹介したところともまた違う私の居場所。

 まあ、私は何個かこういう場所を持っている。一人になる場所。一人がいい時の場所。たまにはこういうのんびりした日が必要なのだ。のんびりするなら自室でいいじゃないかと言う人もいるかもしれないが、個人的には外でだからこそのんびりできるというもの。空を見て、雲を見て、流れる人影もわたぐもに重ねて、吹き抜ける青空に私を重ねて。

 どこまでも広がって果ての無い碧空は、きっと私の憧れの一つ。まさかそれになりたいなんてことは子供でも言わないが、子供の頃から空を眺めるのは好きだった。今とは違う私でも、昔から好きなものはある。たとえば他には釣りとか。だからまあ、昔の私のことも尊ぶべきなのだろう。今日はそんなことを考えていた。こういう日はなんであれ、ぼんやりとした思考を重ねる日だから。

 子供の私。大人の私。今はきっと、その中間。過渡期であり、変化そのもの。だから極めてアンバランスで、こんなに何度も悩み惑う。ぼんやりと、けれど確実に。情熱に焦がれる子供の私から、灰のように積み重なっていく別の何かが。あるいは私を、未だ苦しめているのかもしれない。

 日経賞は快勝した。次は春の天皇賞だ。先の勝利から順調にステップアップしているようにも見えるし、有マ以来の「黄金世代」対決に不安が残るとも言える。天皇賞(春)。3,200mというトゥインクル・シリーズでも随一の長距離レースで、私は再びライバルと相見える。相手はクラシック三冠を奪い合った優駿、スペシャルウィークだ。

 菊花賞では勝った。あのレースは今でも色褪せない、最高のレースだったと思う。けれど一度では決着はつかない。いつか私が言っていたように、最高は増えてゆくものだから。そしてまたいつか誰かが言っていたように、最高は更新されていくものだから。ここでまた、私と君の勝負はもう一度決着を付けることになる。

 そしてもちろん、このレースはスペちゃんだけと競うわけではない。シニア級に進んだ私たちは、歴戦のウマ娘たちと同じステージに立つことになる。私が逃げ切りを狙うのは、その全員からだ。無謀な野望かもしれないけれど、それに耐えるだけの策謀を練るしかない。本当の勝負は、きっとここからなのだから。

 ……それにしても、いい天気だ。上を見上げれば青空と浮雲、下を見渡せばめくるめくトレセン学園のウマ娘たち……おや、あれは。

 

「やっほー、スペちゃん」

 

 校門まで歩いてきた人影の中に、見知ったそれが一つ。声をかけてみる。……反応はない。よくよく見るとその影は、もう一つと連れ立っていた。なるほど、二人で仲良く喋ってるわけね。ちなみにそちらにも見覚えがあった。直接見るのは、もしかしたら初めてかもしれないけれど。

 そっか、学園にまで通えるようになったんだ。となれば私はスカートの土を払い、立ち上がってそちらへ行く。どうも初めまして、と言った感じで。

 

「ちょっとそこのおふたりさん、お時間よろしいですか」

「……えっと、どちら様かしら」

「あっ、セイちゃん! そっか、二人は初めて会うんですね」

 

 そんなふうに私ともう一人の間に立ったのは、先程一人で密かに話題にしていた栗毛のウマ娘、スペシャルウィークちゃん。あわあわぴこぴこ、耳からは若干の緊張が読み取れる模様? セイちゃんを紹介するのはそんなに覚悟のいる行為ですか、スペちゃんさんや。

 しかしやがて意を決したみたいで、いやそんなに意を決するほどのことじゃないと思うんだけど、スペちゃんは喋り始めた。まあ憧れの先輩の前では、なんでも緊張してしまうということにしておこう。

 

「えっと、スズカさん。この子が、セイウンスカイ。セイちゃんって呼んでます。スズカさんと同じ逃げウマで、すっごく強くて」

「ちょっとスペちゃん、そんなに褒めても何も出ないよ? ……まあ、ご紹介に預かった通りです。私はセイウンスカイと申します。初めまして、サイレンススズカさん」

 

 そして私も、やっぱり緊張しているみたい。綺麗にすーっと伸びた栗毛の長髪を見るだけで、テレビで何度か見た彼女のレースが思い起こされる。もちろん、あの秋の天皇賞も。けれどそれを超えて、彼女はここにいる。だから私も、この言葉を送れる。

 初めまして、スズカさん。

 

「……初めまして。セイウンスカイさんのことは、何度かレースで見させてもらったわ」

「そりゃ、スペちゃんとはクラシック三冠を奪い合った仲ですからねえ。何度かご覧になったりしたでしょう」

「ええ、スペちゃんあなたに負けるたびに泣いてたもの」

「ちょっと、スズカさんったら!」

「あら……言っちゃいけなかった?」

「恥ずかしいですよぅ、そりゃ……」

 

 ……これ、スズカさんは相当天然だな。ぱっと見の印象だとスペちゃんがボケ担当だし多分普段もそうなんだけど、いつこっちがボケてもおかしくない。そうなるとスペちゃんがツッコミをやる時もあるのか、今みたいに。私の知ってる繋がりでは見せてくれない顔だから、少し新鮮。それはさておき、この二人に任せていたら会話が進まない気がする、なんとなく。とはいえ私が呼び止めた理由もそれほどないような、あるような。

 それでもまあ多分、一つは分かりきっている。

 

「ところでおふたりさん、先程も聞きましたがお時間はいかがですか」

「えっと、私は大丈夫だけど。スペちゃんは?」

「私はスズカさんが大丈夫なら、全然! 何かな、セイちゃん」

「それは良かった。いやなに、ちょーっとお二人さんとお話がしたくて」

 

 多分、これだ。一度スズカさんとは話がしてみたかったし、スペちゃんとも話したい。内容も決まっている。

 

「春の天皇賞に向けての話。ちょいとそこの木陰で、ゆっくりと語らってみませんか」

「……構わないけど、私が居ていいのかしら」

「そりゃもちろん。スズカさんにも聞いてほしい話です」

「……私、春の天皇賞は走ったことないわよ?」

「秋のはあるじゃないですか」

「それは、そうだけど」

 

 丸め込みやすすぎるのは、いささか心配だけど。スズカさんにも聞いてほしいのは、本当だ。まあ、色々と。それにそもそも今のスズカさんを一人で帰すのは、スペちゃんが絶対許さないだろうし。最近毎日一緒に帰っているのは、実はなんとなく把握している。主に教室でのスペちゃんの態度から。最近ぼーっとしてることが多いのは、多分学校に来るようになったスズカさんのことを考えているから。そもそも病院にいた頃は毎日早く帰ってリハビリの付き添いに行っているのが側から見てもバレバレだったから、そりゃ今もそんな感じだろう。

 まあだから、今のスペちゃんはスズカさんにつきっきりだ。そういう意味でもスペちゃんと話す時にスズカさんを分けることはできないし、私もそうするつもりはない。誰かとの繋がりを大切にしているのは、多分私も同じだから。だけどその上で、私が君に話すこと。スズカさんを交えた上で、君に話すことがあるとすれば。

 木陰に寄って、木洩れ日の下に三人で座って。うん、準備は万端。そして私は、口を開く。

 

「じゃあ早速、話をしましょうか。とりあえず一つ、スペちゃんに聞くね」

「私? 何かな、セイちゃん」

 

 けろりと笑いながら、至って平静を装って。全てを雲の影に隠しながら、私の言葉は宙を飛ぶ。

 

「スペちゃんにとっての、走る目的は何」

 

 それは、遠い昔のリフレイン。それは、きっと私も返さねばならない言葉。それは、きっと常に変化していくもの。そしてそれは、成長とは限らない。

 だって、君の返事は。

 

「いつか、スズカさんと一緒に走りたいから」

 

 やっぱり、大切なものを忘れていたから。たとえそんなところまで、今の私と同じだとしても。私が誰かに救われたように、私も君を掬い上げる。私がどうにかならなくても、君はどうにかしてやりたい。

 だって、私たちはライバルで。友達、なのだから。




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