【完結】セイウンスカイは正論男に褒められたい   作:春華ゆが

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新たなる好敵手

 変化は続くもの。何かが変わって安定したなら、またその後に何かが変わる。繰り返す日常だって、毎日全部ぴったり同じじゃない。時折ハレの日があって、そこからまた。だから今日も──。

 

「キングヘイロー、一着でゴールイン! 見事なデビューを果たしました!」

 

 ──今日という日もまた、変化のきっかけとなる。ターフの上で輝かしく笑う彼女自身にとっても、そこに憧れを見る私たち観客にとっても。

 

「キングちゃん、流石ですね」

「そうだね。グラスちゃんのデビュー以来、ずっと私も私もって息巻いてたもんね」

 

 そう言うと、私の横にいるグラスちゃんは少しおかしそうに笑った。キングに見られたら怒られそう。いや、グラスちゃんなら躱しちゃうか。

 

「私も負けてはいられませんね〜」

「来週レースだっけ。いやはや大変ですなあ」

「はい。いつかはキングちゃんとも走ることになるかもしれませんね」

「そりゃ、そうじゃない? 二人とも強いし。GⅠとかで、派手にバチバチやっちゃってよ」

「セイちゃん」

 

 げ。グラスちゃんがちょっとマジトーン。軽々しくGⅠとか言ったのがまずかったかな。そう思ったのは束の間。すぐに、言の葉は開かれて。

 

「私は、貴女とも。そう、思っています」

 

 それは宣戦布告。それは信頼の証。それは、覚悟が花開くが如く。私と走りたい。そんな彼女の言葉には、何もかもが込められていて。互いを見据え、数瞬の逡巡。きっと私にはまだ足りない。彼女が魂に焚べているそれほど、決意を固めるものが足りない。けれど私は口を開く。それくらいは、できる。

 

「……うん。ありがとう」

 

 その先は、これから言えるようになるよ。キングやグラスちゃん。そしてまだ見ぬライバルに向けて、いつか。だけど、必ず。0が1へと変わるのは、初めの大きな第一歩。

 見上げてみれば、その日の青空もキレイだった。

 

 

 次の日の教室は、当然キングのデビューの話で持ちきり。……だとよかったんだけど。

 

「ねえ聞いた? 編入生だって。今日このクラスに来るんだって」「編入生って、特別実力を認められて入ってくるんだよね?」「すごい子なんだろうなあ」

 

 聞き耳を立ててみれば、クラスは別の話題で一色。私も確かに気になるけど、今はとりあえず……。

 

「なんでなのよ」

「まあまあ、そういうこともあるんじゃない? あれだったら言ってきたらいいじゃん、私の話してーってさ」

「おばか! そんなみっともない真似、一流の私に相応しくないでしょう!」

「恥ずかしいから?」

「……もう!」

 

 そんなふうに、かわいそうなキングを適度にからかってやるのが先だ。編入生の子ともそれなりにうまくやっていけたらな、とは思うけど。そんなことを考えていると、また一人教室に入ってきた。グラスちゃんだ。

 

「おはようございますキングちゃん、改めてデビューお疲れ様でした」

「ぐ、グラスさん……!」

「どうしたんですか? なんであれそんなに喜んでもらえたなら光栄ではありますが」

「はっ! べ、別に喜んでなんか」

「キングはもうちょいポーカーフェイスを覚えた方がいいよー。グラスちゃんにも説明すると、教室の誰も自分の話をしてないから、この子拗ねちゃって」

「スカイさん! 私は拗ねてなんか」

「はいはい」

 

 グラスちゃんがデビューした時はそれで話題が一色だったし、キングにだってそれこそその権利はありそうなものだけど。逆に言えば、それだけ『編入生』というワードは強烈なのだろう。そんなことを口に出しても慰めにもならないので、黙っておく。そののちグラスちゃんとキングが喋っているのを横目に、私は一人別のことを考えていた。周りの皆が実力を示し始めていること。鳴り物入りの実力者が、新たに編入するということ。ならば、それならば。

 私の、セイウンスカイというウマ娘の実力は、一体。その問いは、かつて幼い私が世界に問いかけたものと似ている。私が諦めることを覚えたあの日。あの時は誰も私に答えを返さなかった。誰も私に期待の眼差しなんて向けていなかった。

 けれど今は違う。キングもグラスちゃんも、私と走りたいと言ってくれている。自分に自信を持っている彼女たちのその言葉は、裏を返せばそのまま私への期待になる。そして何より、この学園で最初に私に期待を寄せた人のこと。暑苦しいのも根性論も、意地っ張りな正論も何もかも、やっぱり苦手だけど。

 トレーナーさんの期待に、応えたい。そして、願わくば。「よくやったな」と、あの頑固者の口から褒め言葉を引き出せれば、それはとっても愉快なんじゃないかって。そんなことを思うのだ。

 

「ねえスカイさん、聞いてるの?」

「え、ごめん。聞いてなかった」

「もう。始業のチャイム、鳴ったわよ」

「セイちゃん、真剣に何か考えてましたね〜」

「まさかあ。私に限って真剣なことなんてないよ」

 

 そう言って自分の席に着く。クスッと笑って去っていくグラスちゃん。なんだか私、嘘が下手になってるかもな、なんて。それも変化かもしれないとも、思った。

 そして程なくして、編入生の紹介が始まる……んだけど。その顔を見た瞬間、思考がフリーズする。いやいや、確かにこのトレセン学園にはどんな癖の強いキャラが入ってきてもおかしくないとは思うけどさ。

 

「みなさん、コンニチハ! アタシの名前はエルコンドルパサー! よろしくお願いシマース!」

 

 ハイテンションな挨拶。大袈裟な身振り手振り。そして何より、その覆面はなんですか……? そんなここにいる人全員の疑問も意に介さず、エルコンドルパサーさんは自己紹介を続ける。

 

「アタシが目指すのは世界最強のウマ娘! そのためにアメリカから日本にやってきまシタ! だから……グラスワンダー!」

 

 びしっ。そうやってエルコンドルパサーさんは初対面の人を呼び捨て、指差し。これがアメリカ流か。いや、グラスちゃんもそういえばアメリカ生まれだった気がするな。なら波長は合うのだろうか。今のところまるっきり別物に見えるけど。

 

「手始めにこのクラス最強のアナタを超えて、アタシの最強を証明してみせマス」

「……それは、臨むところですね」

 

 その会話は、クラス全体に緊張感を走らせる。なるほど、そういう負けず嫌いなところは噛み合うのか。そんなふうに他人事風に聞いてたんだけど。

 

「でも、このクラスにいるのは私だけじゃないですよ? 私には他にも負けられないライバルがいるつもりですので」

「それは興味深いデス! あとでその子たちのこと紹介してくだサイ!」

 

 そこまで言って、とりあえずエルコンドルパサーさんは自分の席に着く。ライバルの紹介って、まさか。その後の波乱を予感しつつ、今は『ライバル』という言葉を噛み締める。ライバル、私たちはライバル。そのフレーズは荒々しくて刺々しいのに、咀嚼するたびに心が澄んでいく気がした。

 

 

 お昼は結局、私とキングとグラスちゃん、そしてエルとで一緒に食べた。最初はだいぶトンチキな子だと思っていたけど、喋り方と謎の覆面以外は割ととっつきやすいこともわかった。むしろグラスちゃんの底知れなさがより鮮明になったというか。いや、デスソースを自分の皿にかけられたら私でも怒るかも。グラスちゃんを怒らせてはいけない……肝に銘じておくことにした。と、それはともかく。

 

「頑張れ! あと十周!」

 

 今はいつものようにトレーニング。いつものように同じコースを何度も走っているところ。関係ないことでも考えないと、やってられないよね。同じことをやっていても日に日に楽になっているのは、きっと成長の証ではあるけどさ。

 

「よし! 今日はここまでだ!」

「みなさん、お疲れ様でしたー!」

 

 トレーナーさんはともかく、毎度あれだけ走った後に元気に締めるトップロードさんはすごいと思う。私は体力が残ってても、あんなに元気は出せないや。

 

「スカイちゃんも、お疲れ様です」

「ありがとうございます、トップロードさん」

「本当、見違えちゃいましたね! 私も負けてられないなあ……」

「あはは、そうですかね?」

 

 練習はやっぱり苦手だけど、私の中に芽生えた気持ち。走りたい、ライバルと走りたい。それが私を変えているのかもしれない。……そうだ。

 

「ねえ! トレーナーさん!」

「どうした、スカイ」

 

 チームの部屋に向かう途中から、翻ってこちらへ歩いてくるトレーナーさん。距離が近づく一歩一歩、僅かなその時間で私は心を整える。

 

「トレーナーさん、あのね」

 

 そこで、一呼吸。私が伝えるべきことは決まっているけど、伝え方はどうするべきか。また少し、悩んで。

 

「……私、デビューしたい。……なんちゃって」

 

 私の気持ちを、決意を伝える。最後に誤魔化してしまったけど。これだけトレーニングを積んできて、トレーナーさんの期待に今なら応えられる。そのつもりだった。

 

「スカイ」

 

 けど。

 

「まだだ、デビューはまだダメだ」

 

 どうして、なんで。そう言うより先に、私の口から出た言葉は。

 

「ですよね」

 

 いつもの諦めだった。それきり、笑って私は会話を閉じる。「まだ」、そう言った本当の意味には気づかずに。

 

 

「セイちゃん、今日も元気ないですね」

「そうかな? 私は気まぐれだからねー」

 

 あの日以来、私はデビューの話を考えなくなった。それがやっぱり態度にも出てしまっているのだろうか。自分にはわからない。いつものようにしているつもりでも、他人からしか見えない変化がある。

 

「そういえば、また編入生が来るみたいですよ」

「そうなんだ。またエルみたいな濃い子かなあ」

「仲良くできたらいいですね〜」

「……そう、だね」

「やっぱり、不安ですか?」

 

 不安、かあ。そうなのかな、この心のもやもやは。新しい子が私にとって脅威となる。それはライバルとしてだとしたら、きっと喜ぶべきことなんだろうけど。今の私はそれを喜べない。

 

「良かったら、その子と話してみるのはどうですか? 不安な相手とはまず仲良くしてみる、私の時にキングちゃんにそう仕向けたのは誰でしたっけ?」

「誰だったかな、覚えてないや」

「今度は私が仕向ける役をやりましょうか? セイちゃんのためなら大歓迎、ですよ♪」

 

 そうして見事に外堀を埋められて。

 

「誘ってくれてありがとうございます! 私、スペシャルウィークって言います!」

「よ、よろしくスペシャルウィークさん。私はセイウンスカイです……それにしても、すごい量だね」

「はい! 私、ついつい食べすぎちゃうんです……えへへ」

 

 それにしたって限度はある。私の五倍は食べてそう。これはまた、キャラが濃いなあ。

 

「スペちゃんはさ、どうしてトレセン学園に来たの?」

「す、スペちゃん!? あわわ、都会の子は積極的だべ〜!」

「方言出てるよ、落ち着いて。よかったら、私のことも気軽に呼んでほしいな。……それより、どうして来たのか教えてよ」

「あ、はい! あのね、私には夢があるの」

 

 そうしてスペちゃんは、赤裸々に夢を語る。お母さんのために、自分のために。『日本一のウマ娘』になるって決めてここに来たこと。そしてこっちに来て最初に見たウマ娘、サイレンススズカさんに憧れたこと。誤魔化しも躊躇いもなく、まっすぐに夢を語っていた。

 

「なるほど。ありがとう、スペちゃん」

「ううん、聞いてくれてこちらこそありがとう! それならセイちゃんは、どうして走るのかな」

「私、かあ」

 

 私は、走るのかな。そのためにはデビューしなきゃいけない。みんながもう当たり前みたいにしているそれが、私には出来ていない。

 

「私は……また今度話すねー、それじゃお先に失礼」

「え!? 待って、待ってよー!」

 

 その後スペちゃんは当然のように、チーム<リギル>への加入テストを受けていた。エルと一緒に。スズカさんに憧れたから、スズカさんと同じチームに入りたい。そう言えるのは立派だと思った。……テストではエルに負けてニ着だったけど、結局<スピカ>というチームでスズカさんと一緒になれたらしい。スズカさんと同じチームに入り、スペちゃんは見事に最初の夢を叶えたことになる。すごいなあって、思う。スペちゃんとエルがそれぞれのチームからデビューしたのは、程なくしてのことだった。

 残るは、私だけ。追い立てられているのに、逃げ場は無くなってきているのに。私はまだ、踏み出せないでいた。




次回は明日20:00更新です。
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