【完結】セイウンスカイは正論男に褒められたい   作:春華ゆが

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セイウンスカイは正論男に・7

 寮の門限にはまだ時間がある。晩御飯は別に寮に置いてあるなにかしらを食べたって特段変なことじゃない。そうは言ってもやはり、トレーニングも全部終わった後にそのまま帰らないのはなかなか珍しい。少なくとも、私にとっては。

 それでも今の私は一応の理由を持って、寮とは少し外れた場所へと向かってアスファルトにてこてこと足跡をつけている。本当に、珍しい。

 そんな大それた場所にはいかない。大それたこともしない。多分これもありふれていること。だけど私にとってははじめてのこと。少し前までは縁があるとは思わなかったのに、今は無性に気にしてしまうこと。

 

(本当、まいっちゃうなあ)

 

 自分で自分に呆れる。この行動がどれだけ有益かなんて、さっぱりわからないまま一目散に向かっていたから。それでも、このままは嫌だったから。切なさと苦しみがいくら幸せなものでも、あなたを理由にそれを想いたくはなかったから。

 だから、行動するのだ。なりふり構わず、とびきり慣れていないことでも。だって一番奥のゴールにあるものこそ、そんな裸の私だけしか届けないものなのだから。

 そして、すぐに辿り着いた。ほんの少し駆け足になってしまっていたから、すぐに。本当に、大した場所じゃない。何度も入ったことはあって、こんな目的じゃないってだけで。私の世界の見え方が、また少し変わっているというだけで。

 すーっと、音もなく自動ドアが開く。入店を知らせるぴこぴこの電子音がなって、私はそこに足を踏み入れる。トレセン学園から一番近い、多分誰でも一度は使ったことのあるなんてことのない場所。ありふれたコンビニエンスストアに、今までにない緊張を秘めて歩を進めた。

 いらっしゃいませー、と形式通りの挨拶が聞こえた。私以外の世界は、何事もなく回っている。

 

 

 うろうろ、うろうろ。コンビニなんてそんなにうろうろするところではない。さっさと目的物を買えるお手軽さが売りに決まっている。なんだけど、うろうろ、うろうろ。店員さんに不審がられてやしないか、と思いながらも、うろうろ、うろうろ。

 お菓子コーナー。よく知ってるブランドの甘味がたくさんあって、所謂食玩というやつもある。へー今のお菓子はこんな豪華なおもちゃがついているのかあ、なんて現実逃避の思考をする。いや、買うつもりは毛頭ない。うろうろ、うろうろ。

 ご飯コーナー。うどんとか弁当とかスパゲッティとかおにぎりとか。コンビニ飯というやつだが、最近のはなかなか美味しい。作る手間が値段に入ってることを考えれば、なかなかリーズナブル。私みたいな面倒くさがりにとっては尚更。……これだけ買って帰る? いやいや、それはダメだダメだ。さっきから私、買う予定のないものばかり見ているじゃないか。思い直そうと首を軽く横に振りながら、うろうろ、うろうろ。

 うろうろ、うろうろ。コンビニ内の配置的に、目的のものから一番離れたあたりを行ったり来たり。逃げてしまっているな、という感じである。ここに来てやっぱり怖気付くところがあるのは、なんとも私セイウンスカイらしいといえばそうなのだが。

 でも、それではダメなのだ。些細なことだし、深刻に悩みすぎてる割に大したことはしない。店員さんに手渡して、ギョッとされるようなことはしない。そんなに、変じゃない。多分、ありふれたこと。うん、そうだ。

 これは、私にとって必ずしも必要じゃないかもしれない。だけど試行錯誤をすることは、絶対に大事なことで。今ある現状を動かしたい、その気持ちには嘘は吐きたくなくて。もやもやする、動かなきゃいけない。その焦りを前向きに解決するためには、やっぱり。

 くるり、静かに踵を返す。店員さん以外誰もいない店内を、少しずつ見慣れない方へ移動する。普段近寄らない空間。見知ったコンビニであっても、知らない世界はあるということ。私が、触れていなかっただけだということ。まあでも、やっぱりそこもなんてことのない空間だ。

 漫画、パチンコ、週刊誌。色んな層向けの本が全部雑多に詰め込まれた、雑誌コーナー。そこが、私の今回の目的だった。上から順に、横一列に並ぶ本たちを確認して。大体派手な表紙で、大仰な文句がその上に踊っている。どれもこれも、私みたいなゆるゆるな人間には合いそうにない。今探している雑誌も含めて、だけど。……って、端っこの方は成人向けコーナーじゃないか。いやいや気にならない、気にならないったら。いくら今のセイちゃんが恋する乙女でも、そこまでふしだらじゃないったら!

 なんて耳を真っ赤にしながら、自分にだけ聞こえる言い訳をして。それでもじろじろじっくり本棚を見ていくと、目的物らしきものはあった。流石コンビニ、なんでもある。まっピンクのキラキラした表紙、私と同い年くらいだろうに、ものすごく大人びた化粧とファッションの読者モデル。そしてその写真の上にデカデカとポップな文字で、

 

『秋は恋の季節! 大人びたあなたにあの人も胸キュン!?』

 

 とかなんとか書いてあるので、これはまあそういう雑誌なのである。そう、これが今日の私の目的物。私くらいの年齢で、恋に浮かれてしまったふわふわガールのための雑誌。全く、こんなの一生縁がないと思ってたのにね。それでも、今の私はこれを求めていたのだ。わざわざ帰り道に寄り道するくらいには。本当にありふれた、なんてことのないものだけど。

 ティーン誌なんて、私が買っちゃうんだ。それを改めて実感すると、微かに心臓の奥に火が灯った気がした。

 

(うわ、なんか重いなこれ)

 

 手を伸ばして、目的のものを取ってみる。雑誌の分厚さじゃないな、と思って横を見てみると、何やらページの間に付録らしきものが挟まっていた。改めて表紙を確認すると、オリジナルポーチが付属しているらしい。なにそれ、そんな大仰な付録がついているものなのか、ティーン誌とは。仮にも私もティーンなのに、全然全く知らないなあ、ほんと。そのまま表紙を軽く確認すると、真ん中のデカデカしたやつ以外にも謳い文句は何個か載っていた。『秋のおすすめコーデ』、とか。全然知らない。『グッとくるあの人の仕草』、とか。これはまあ……私にも身に覚えがあるのかも。『あなたのファーストキスは? 体験談集めてみました!』、とか。……これが一番、気になっちゃうのかなあ。

 はあ、本当に本当に、我ながら変だけど。ちょっと前まで興味も縁も認識もほとんどなかったようなティーン誌なるものが、今の私には強烈に突き刺さる。やっぱり買うしかないのかなあ、ちょっと手汗ついちゃった気がするし。見てるだけで、どきどきするし。ここまで来たら仕方ないし、そもそも最初からそのつもりだ。少しくらい悩んで時間を稼いでしまうくらいは、まあ許して欲しい。

 それでもちゃんと、進むから。あなたのために、前を向きたいと思っているのだから。

 

 

 店員さんには何も言われなかった。当たり前と言えば当たり前。いや、そんないかがわしいものを買ってるわけじゃないし。ティーンがティーン誌買うのなんて、普通だよ、普通。その割に私が明らかに挙動不審だったのは、おそらくバレバレだったんだとは思うけど。うっかり袋もらい忘れたし。でも今更レジに戻れないし。

 うぃーん。再び、自動ドアを出る。それなりの時間が経っていて、道を照らすのは夕日から月と電灯に変わっていた。まあでも、それくらいで世界は変わらない。今の私にとって世界が色づいて見えるとしたら、それは私の目が変わったのだろう。また一つ行動を終えて、おっきな雑誌を両手で抱えて。どんなすごいことが書いてあるのかなんてさっぱり見当もつかないけど、買ったからには読まねばなるまい。そんな前向きなんだかそうじゃないんだかわからない決意をして、帰路に着こうとしたところだった。

 白い灯りの下、少し離れたところに一人の影を見つけた。見知った顔であることは、その距離でもわかった。お互いに、だった。

 

「……あれ、スカイちゃんですか?」

「……あ、お疲れ様です、トップロードさん」

 

 先に言った通り、トレセン学園から一番近いコンビニだ。だから他のウマ娘と鉢合わせるのは、全然不思議なことではないんだけど。

 何も知らずに、いや何を知れというのかという感じで、当たり前みたいにトップロードさんは足早にこちらに近づいてくる。まずい、と思って反射的に雑誌を後ろ手に隠した。付録のポーチとやらの横幅が、両手で隠すことを強要した。いや、なんで隠すのかって誰かに問われたら返答に詰まっちゃうんだけど。色々恥ずかしいだろう、色々。万一トレーナーさんへの気持ちを察されたりなんかしたら、恥ずかしさで死んでしまうに違いない。我ながら逃げウマ根性が染み付いているな、とは思った。

 というわけで、後ろ手に何かを隠したいかにも不自然な格好で。まああり得る程度のアクシデントとして、秘密の買い物の後に知り合いとエンカウントしたのである。知り合いというには、私のとてもよく知る人。いつも頼れて時に頼られる、ナリタトップロードさんという人だった。

 

「お疲れ様です、スカイちゃん! えへへ、偶然ですね」

「そうですね、偶然。びっくりしました」

 

 いや、かなり。かなりびっくりした。冷や汗が流れてるかもしれないくらいに。まあそんな素振りは決して見せないのは、日頃からポーカーフェイスを嗜んでいたおかげだが。いつも素直なトップロードさんとは対照的だ。それはこの人のいいところだと思うから、それをちょっと利用してこのエンカウントを誤魔化し切るくらいは許してほしい。

 まあ何も知らないトップロードさんも、流石に私の不自然な体勢にはすぐ気付いたみたいで。しっかりそこは、聞いてきた。

 

「スカイちゃん、何買ったんですか? いや、そんなにすごく気になるわけじゃないですけど、何か持ってますし」

「ああー、これはですね……その」

 

 さて、何と言おうか。僅かな時間で頭を動かす。出てきた答えはこうだった。我ながら、下手な答え。

 

「ファッション誌です、ファッション誌。いや、ガラじゃないよなあとは思うんですけどね……秘密にしといてくれませんか」

「それは、いいですけど。スカイちゃんの頼みなら、断れるわけありませんよ」

 

 もっとがっつり外した嘘を吐いてもいいのに、何でかそうはできない中途半端な罪悪感があった。ガラじゃない、なんてまるっきり本音だし。ちゃんと私っぽい買い物を装うべきだったろうに、嘘を吐ききれなかった。まあ、この人相手だからなのかなあ。そんなふうに自分に呆れる。随分取り繕うのが下手になったな、なんて。

 だけど、だった。トップロードさんは、そこから言葉を繋げる。私の半端な嘘に乗っかって、それなのに私に届く言葉を。真摯で響く、この人ならではの言葉を。

 

「でも、ガラじゃないなんて言わないでくださいよ。スカイちゃんは可愛くて、素敵な女の子です。ちゃんと女の子らしいことをしたいって思ったって、全然変じゃありません」

「そうですか? 私なんてがさつで面倒くさがりで、女子力なんてないですよ」

「そんなことないですよ? 人に優しくて、きちんと悩めて。レースで真剣に走ってる時のかっこいいところもあるし、笑ってる時の顔は年相応って感じで可愛くて」

「あーもういいです、わかりましたわかりました。……本当、トップロードさんが人気者の理由もよくわかりました」

 

 ここまで言われたら折れるしかない。本当に私の周りには、一筋縄ではいかないくらいずるい人が多いなあ。それで嬉しがっちゃう私も、なんだかなって感じではあるけどさ。

 

「スカイちゃんも、人気者ですよ。みんなスカイちゃんのことは好きです。だからおしゃれに気を使うくらい自分に自信を持ってくれるなら、嬉しいですよ」

「もう、これ以上照れさせないでください」

「あははっ、すみません」

「……でも、ありがとうございます。それじゃ、また明日」

「はい。また、明日」

 

 そうやって、少しの会話の後に別れた。無事切り抜けられた、とは言い切れないかもしれないけど。でも何事もないよりは、意味のある時間だった。

 私は、変わってもいい。私は、みんなに支えられている。私は、恋が出来るんだ。

 今まで一人で抱えていたものに、少し手を添えられた気がした。少しだけど、しっかりと。

 私は、その先へ行けるんだ。

 

 

 帰宅してシャワーをさっさと浴びて、緩い長袖のパジャマに着替えた。秋も終わり頃、夜になると寒くて布団にすぐ潜り込んでしまう。だけど今日は布団の中で、一つ場違いなものを広げていた。

 

「このポーチ……こんな小さい割に派手なのなんに使うのさ」

 

 まずは付録を開けてみて、ラメ入りでキラキラのそれを見遣る。これ、使い道あるのかな。ひと目見て思ったのはそういうことだった。ティーン誌の付録なのだから、並のティーンならおしゃれに着こなせるのかもしれない。でもこれを私がつけてみて……うーん。

 パジャマのままそれを肩から下げてみて、姿見の前に立ってみる。くるりくるり、ちょっと身体を揺らしてみて。そうして、わかる。とんでもなくむずむずする。パジャマだからとかじゃなくて、やっぱりこれは私に似合わないや。

 ベッドに再び飛び込んで、持て余したポーチだけ乱雑に机に投げ捨てる。机の上でもそれは浮いて見える気がした。ふんだ、どうせ私みたいな子には一般的なティーンの小道具なんて似合わないもん。トップロードさんはああ言ってくれたけど、やっぱり私にはガラじゃないと言えばガラじゃない。この本先行き怪しいな、と少し思った。

 そんなふうに少し不貞腐れながら、ペラペラと雑誌をめくっていく。女の子を体現したみたいな可愛らしい読者モデルが身に纏う、秋の着こなしの一覧が目に入った。一つずつ、なんとか自分が着ている姿を想像してみる。……うーん、わからない。この写真は可愛いけど、それは元がいいんじゃないかって。こんなごちゃごちゃした小物とか、私が着ても着られてるようにしか見えないんじゃないか? それじゃ、あなたに届かない気がする。あなたを振り向かせたいのに、そのための答えをそのものずばりは、やっぱり書いてくれてなかった。恋はありふれているけれど、誰かの恋は誰かにしかわからないものだから。

 異性の仕草の特集は、なんというか身につまされるものがあった。そういえば、トレーナーさんのその仕草が目に焼き付いている。そんな例ばかりが載っていた。そのページを見ているだけで思い出してしまって、枕に顔を埋めて悶える。本当に好きなんだなって、そんなもう当たり前のことを再確認するばかり。最後の方はちゃんと読めていたか怪しい。目に映っていたのは、いつかのあなたの残像ばかりだったから。

 そして、最後に読んだのが、ファーストキスの体験談だった。どれもこれも、特別なものに見えた。私の知らないものだった。多分、私が一番欲しいものだった。眩しくて、それでも手に取りたくて。やっぱり、胸が苦しくなった。これをいつか幸せだけに、またそう願った。

 その中でも一番印象に残ったのは、ある一つの友達グループの中の話だった。仲の良い友達みんなで出かけて、食事やカラオケやいろんなことをしてみんなで街を渡り歩いた。だけど、その中の一人と恋人同士だった。そんなふうにみんなでいる時間でも、恋人の二人だけは特別で。だからふと出来た隙に二人で抜け出して、建物の陰でキスをした。それがはじめて。そういう話。それが、無性に焼き付いた。

 ティーン誌なんて薄くて読み終えるのはあっという間で、全部読んでも深夜と呼べるような時間ではなかった。ただ、色々なものは刻まれた。特に最後の、キスの話。私はずっと知らないものが、ありとあらゆるリアリティで語られていた。この世に確かに存在するのだと、それがわかった気がした。

 まだ、日付も回っていないけど。明日の用意くらい、明日の朝にすればいいし。心がいっぱいで暖かくて、全身にその熱が回っていて。やがて目を閉じて意識が落ちるその刹那まで、安らかな甘さに浸っていた。

 白い、白い。やっぱりどうしようもなく幸せな、そんな眠りだった。

 

 

 夢を見た。いつも通りのトレーニングの夢だった。

 夢を見た。いつものみんな、いつもの場所。前の夢と違って、これ以上ないくらいリアルだった。

 夢を見た。そして、あなたもいた。それも当たり前。それも鮮明な夢だった。

 夢を見た。きっと私にとって、これが幸せな光景なのだと思った。

 夢を見た。みんなといて、その中にあなたがいて。それが、今日のトレーニングで。それが本当に幸せだったのだと、改めて感じる夢だった。

 夢を見た。だけど、それは夢だった。

 夢を見た。トレーニングの終わりに、あなたの手を引く私がいた。手を引く感覚は、少しだけ知っているものの再現だった。

 夢を見た。そうしてみんなから離れたところで、少し背伸びをする夢だった。

 夢を見た。あなたの口元に私の口元を重ねて、誰にも見せない秘密の口付けを交わす夢だった。

 夢を見た。やっぱり、唇の感触はなかった。トレーニングまではあれほどまでにリアルなのに、周りの景色もリアルなのに、そこだけはどうしても夢だった。

 夢を見た。そこに唯一ある欠落を埋めよと、私の深層心理が私自身に訴えかける夢だった。

 夢を見た。いくらみんなといるだけで幸せでも、その先の二人きりの幸せを求めたいと願う夢だった。

 夢を見た。今の幸せの、その先を見る夢だった。

 夢を見た。日常から、一歩踏み出す夢だった。

 夢を見た。幻想より現実に近い、夢だった。

 夢を見た。恋は、止まらず。一歩ずつ、結末へ進んでいた。




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