【完結】セイウンスカイは正論男に褒められたい   作:春華ゆが

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セイウンスカイは正論男に・10

 まさか、と思うような出来事は、意外とありふれているものである。それは自分自身の行動でも例外はない。ちょっと前は予想どころか可能性の一端も感じていなかったようなことでも、その時になったらやらなきゃいけないというふうに思うもの。まあなにしろ私の場合は特に気まぐれだし、そういう気持ちの変化は大して驚くことでもないといえばそうなんだけど。

 それでも、まさか。まさかまた、ほんの数ヶ月でここに再び来ることになるとは思わなかった。そんな私が今いるのは、トレセン学園近くのデパートの前。バレンタインのチョコレートをトップロードさんとキングと私で買いに行ったのと同じところ。しかもあの時は自分一人じゃ絶対縁なんてないなあ、と思っていたのに、今日は一人でここへ来ている。練習のない貴重な放課後、いつもならのんびり過ごしているような時間に。

 ……いや、一人じゃなきゃダメなのだ。流石に今回の買い物は、誰にも秘密じゃなきゃいけない。とはいえやっぱり、まさか私が一人でこんなところへ来るなんて。そう何度も思ってしまうのもまあ仕方のないことではあるけど、それでも気後れはしていなかった。何故ならこれも、変化と成長。そして私が望むのは、それを積み重ねた頂点にあるもの。だから一寸先が何も見えない闇だとしても、一歩踏み出せばそこから光は溢れてくるものなのだ。

 さあ、行こう。大きな大きな自動ドアをくぐり、私は私のために未知の世界を見遣る。とはいっても、目的くらいは決まっている。ここが360度全面に広がる大海原だとしても、羅針盤くらいはあるということだ。壮大でもなんでもない方針だけど、私にとってこれ以上大切なものはない。やっぱり、あなたのためなのだから。あなたと過ごす二人きりの時間、デートのための下準備なのだから。

 デートに着ていく、服を買うこと。シンプルだけどそれなりに重大な、それが今日の私の目的だ。

 さあ、作戦を進めよう。煌びやかなモールの内側へ、揺るがない決意と共に進んでゆく。世界は、きちんと私を出迎えてくれていた。

 

「さて、どうしようかなぁ〜……」

 

 というわけで、デパート全体のマップを見る。前チョコレート屋がたくさんあったように、服屋もたくさん、そりゃもうたくさんあった。チョコの時はキングにかなり頼ったことを考えると、私一人じゃ下手すりゃここで挫折しかねない。いや、そんなわけにはいかないんだけど。

 そういえば、チョコレートを買う時は一悶着あった気がする。店の一覧をとりあえず眺めたり紙のガイドに書かれた説明を読んだりしながら、今の気持ちに連動して思い起こすことだった。私がトレーナーさんにクリスマスプレゼントを渡した、なんて言ったら、トップロードさんとキングがにわかに色めきだって。あの時は勘違いだって若干必死に否定したし事実その通り、だったんだけど。……本当、まさかなんてことはありふれているものだ。

 でも、こうも思った。あの時のクリスマスもバレンタインも、その時点なりにあなたのことを想って渡したことには変わらない。恋心は存在しなかったわけじゃなくて、芽生えていなかっただけ。今の気持ちに確かに連なるものはあの頃から、いやもっとずっと、ずーっと抱えていたのだろう。そこから変化した、それだけのこと。

 恋は、今までとは違うものではあるけれど。今までを壊す振って沸いたようなものということも、やっぱりあり得ないのだ。空はいくら色合いを変えるとしても、決して墜ちてはこないのだと。……まあ、そんな感慨はともかく。

 ほんと、どんな服を買えばいいのやら。たくさん買って全部着るなんてことができたらいいのだが、あいにくそこまで金持ちじゃないし。そもそも、今度のデートの一回で着れる服は一着だけだし。店もたくさんあれば、それぞれの中に売ってる服もたくさんある。それを思うと目が回ってしまいそうだ。ちゃんとした女の子なら苦もなく選べるものなのだろうか? うーん、悩ましすぎる。

 とはいえ流石に私も下調べくらいはしているし、流石に服に種類があることくらいは知っている。いや、流石に。ボーイッシュなパンツスタイルとか、ティーン誌に載っていたようなガーリーなやつとか。要はその中から、どれを選択するかということ。……前トップロードさんとコンビニ前で鉢合わせた時は、私ならどんな服でも似合うなんて言ってくれていたけど。お世辞のつもりなんかじゃないんだろうけど。それでもやっぱり、似合わなかったら怖いのは事実でもあり。なんといっても練習なんかなくて、ぶっつけ本番なんだから。その一回であなたの心を揺らせなきゃ、何の意味もないんだから。

 でも、それなら。そんなつもりもないだろうあなたをどきどきさせる、そのためなら。その大目的を再認識すると、選択肢は次第に絞られてくる。いくら悩んでも、やっぱり時間と思考さえあれば解決は近づく。うん、いつも通りの私だ。

 いつも着ているような服は、ナシだ。緩いやつ、動きやすいやつ、いつも好んでいるようなそんなのは、ナシ。それじゃあ、あなたの受ける印象はいつも通り。それじゃあ、届かない。

 かといって女の子女の子した、ガーリーなやつも、ナシ。それは可愛らしいという意味であなたの印象を変えられるかもしれないけれど、その程度の意外性じゃトリックスターの異名が廃る。もっともっと、あなたを惑わせなきゃ。今の私を最高に見てもらえる服を、選ばなきゃ。

 予想を超えて、だけどしっかり私を見せる。今までの私も変わった私も見せられる、そんな。なんだ、案外やりたいことを言語化すれば簡単だ。これしかないのかは若輩者の私にはわからないけれど、私なりの正解を見つけた気がする。ジャンルは決まれど実際どんな服を着れば、なんてのは後から決めればいいだろう。店に行って、その目で見てみて。あんまり考えてばっかりでも始まらないし、ちょっと決めてみたら早く服を見てみてたまらなくなったし。

 こういう時は、心に正直に。どんなに重大な一歩でも気楽に捉えてやるのが、私らしい生き方ってものだ。

 そう、最後まで。デートの終わりの運命の時まで、とびきり楽しく行こうじゃないか。

 こつ、こつ。向かう店さえ決めてしまえば、とびきり足取りは軽かった。

 

 

 まさか、と思うような出来事は、意外とありふれているものである。こんな短いスパンでそんな言葉を復唱すること自体も、多分。……いや、でもさあ。偶然に理由を求めるのは意味のないことだし、まあ何があってもなんとかなるさ、の精神で今まで生きてきたわけだけどさあ。

 

「……えっと、スカイさん?」

 

 店に入るなり、私にかけられた聞き馴染みのある可愛らしい声。声のする方を見ればやっぱり、見覚えのある黒鹿毛のショートカット。彼女と目を合わせるために少し視線を落とすのも、やっぱり何度も経験のある感覚で。

 

「ああ、こんにちは。……こんにちは、フラワー」

「こんにちはスカイさん、こんなところで会えるなんてびっくりですね」

 

 誰にも秘密にしたまま服を買いたいな、なんて私の願望は、あえなくここで断たれたのである。よりにもよって、身内でもとびきり察しのいい女の子に見つかって。いやあ、なんで鉢合わせるかなあ。嬉しくないわけじゃないけど、流石に今日はちょっと困っちゃう。フラワーには、非常に申し訳ないけど。

 

「……フラワーは、なんでここに?」

 

 とりあえず、私の口から素直な問いが出る。いや、服屋にいるのだから服を買いに来たのだろうけど。とはいえそれだけではあんまり説明がつかないといえばつかないのだ。フラワーが、この店にいる理由としては。

 だって、このお店はフェミニン系。所謂大人の女の人、そんなファッションを取り扱う服屋さん。別にフラワーが大人びているところやしっかりしているところがあるのは重々承知だが、多分そもそもサイズがあんまり合わないはず。だから、なんで。そう問うた。当然の疑問だった。

 そして、返答は至極真っ当なものだった。答えたのは、フラワーじゃなくて。

 

「私の服を買いに来たのよ。フラワーの息抜きがてら、ね」

「なるほど、腑に落ちました」

 

 いつものスーツ姿ではないけれど、やっぱり見知った顔。薄いブラウンの長髪を讃えた、まあここで服を買うのも極めて納得の女の人。その顔を見るなりこの人がフラワーをここに連れてきた元凶か、などと思ってしまった。いややっぱり偶然で、責めることなんてできないんだけど。

 チーム<デネブ>のトレーナーさん。フラワーと二人がかりで、私の秘密の買い物を暴き立てる人だった。

 

「あっトレーナーさん、どうですか? いい服ありました?」

「そうね、大体見繕えたかしら。まあそんなことより、気になることができたけれど」

「そうですね、同感です」

 

 そう二人で即座に意気投合し、四つの目玉が私の方に向けられた。まさに阿吽の呼吸、流石トレーナーとそのチームのリーダー。いやー、でもそれをここで発揮しないで欲しかった。

 

「スカイさんは、どうしてここに来たんですか?」

 

 ほら、やっぱり聞いてきた。服屋に来る理由なんてわかりきっているのに、時々フラワーは意地が悪い。

 渋々答える。尋問じゃんか、こんなの……。

 

「そりゃまあ、服を買いに。セイちゃんだって女の子だから、そりゃ服だって買いますよ、そりゃ」

「あら、貴女が買うには珍しいタイプの服じゃないかしら」

 

 うわあ、やっぱりそれを指摘されるかあ。<デネブ>のトレーナーさんの追撃が、一切の容赦なく私を襲う。まあそりゃそうだ、それは私が一番よーくわかっている。クローゼットにあるのは若干子供っぽいくらいの服ばっかりだし、ここにあるものとは真逆だ。大人の女性のため、なんて服は。

 だけど、ここにはちゃんとした理由がある。私の熟慮の結果が、この店という選択を取らせたのだ。まさか知り合いと鉢合わせるとは、まったくもって思わなかったが。

 

「イメチェンってやつですよ、いけませんかー?」

「なるほど、イメージチェンジねえ。じゃあ、イメージチェンジをしたいと思った理由は」

 

 <デネブ>のトレーナーさんって、こんなに人のプライベートに踏み込んでくる人だったのか。いやあ、それなり以上の付き合いではあるけどさ。それでも流石にこれを言うわけにはいかない。だけど誤魔化しも効きそうにない。ええい、なら強行突破だ。

 

「ノーコメントで。一切の質問は受け付けません。はい、諦めてください」

 

 完全な逃げとも言えるけど。そう言って退けたら、フラワーと<デネブ>のトレーナーさんは顔を見合わせて。……あっ、今笑った。二人でふふって笑った。ひどい。ひどすぎる。二人がかりで私を揶揄ってるんだ。もしかして、いつも私が人をおちょくってる罰なのか? だとしたら甘んじて受け入れるしかないのだろうか。うう、それでも絶対言わないからね。何かを察されたとしても、自分からバラすのとは大違いなんだから。この気持ちは私だけのもの、そこだけは絶対に守らせてもらうからね!

 

「じゃあ、ちゃんと一人で選ばせてあげましょうか、フラワー」

「はい、そうですね。じっくり選んでくださいね、スカイさん」

 

 そう言って、なんかさっきよりちょっとにこにこしながら。<デネブ>のトレーナーさんとフラワーは、店の中に散らばっていった。私の完敗である。まあでも、これも応援の形の一つではあるのだろう。だからうん、不貞腐れずに受け取って。ちゃんと、これも力にして。

 私も、店の奥へと入っていく。これもある種の勝負服、それをただ一つ選び取るために。

 

「うーん……」

 

 さて、やはりいろんな服があった。フェミニン系、と一口に括れるだけの共通点はあるのだけど。どちらかといえばシンプルな装飾と、淡い色合い。それでいて、少し女性的なボディラインをさりげなく浮き立たせる。まさしく、大人の女性の魅力を引き立たせるものだ。そういう服が、様々に並んでいた。どれもきっと魅力的なのだろう、そう思った。

 けれど、なんとなくピンとこない感覚があった。理由は簡単で、やっぱりそんなの着たことないから。そしてなにより、そんな目線で服を選んだことがないから。私の女性らしさ、なんて。そんなものちゃんとあるのか、なんて思ってしまう気持ちもある。それを引き出せる素敵な服を、ちゃんと選び取れるのか、そんな不安も。

 ざわざわ、ざわざわ。どれも素敵に見えてしまって、かえって決める勇気が出ない。情報量の多さに混乱するというか、圧倒されているというか。店を二周三周して、それでも答えは出なかった。初めてのことだから当然ではあるけれど、服を選ぶというのはこんなにも大変なことなのか。そう思って、軽くため息を吐く。でも妥協は絶対したくないし、もう一回見て回ろうか。この店で買いたい理由は、しっかり持っているのだから。

 そうして、また最初から。店の端までまた戻った、そんな時だった。

 とんとん、と後ろから肩を叩かれる。小さな手を、私に差し伸べる人がいた。誰なのかは、振り向く前からわかっていた。君はいつでも、私の頼りになる人だから。

 

「迷ってますか、スカイさん」

「そうだねえ、その通り。なんかどの服も素敵に見えちゃってさ、逆に決めれないっていうか」

 

 そう素直に告げると、ニシノフラワーは口元に手を持っていってくすりと笑う。嬉しそうに、笑っていた。それでいいのだと、私を肯定する笑みだった。

 

「それはきっと、楽しいんですよ。服を見て、ワクワクして。これを着たら、自分はどうなるんだろうって。そのどきどきが大きすぎて、不安になるくらいってだけです」

「楽しい、なのかな。そんな気持ちで服を選んだことなんてなかったよ。知っての通り、おしゃれなんて全然わからない」

「それでも、わかり始めてます。だから、楽しめてるんです。悩んで、悩んで、服を選ぶ時間って、すごく楽しいものなんです」

「そっか。フラワーは流石、しっかり可愛い女の子だね」

「もう、スカイさんったら」

 

 フラワーに教えてもらえることが多いのは本当だ。もちろんこちらからもたくさんのものを上げられたと思うけど、その分しっかり返ってきてる。今日もそうなのだと思った。そしてそれはフラワーだけじゃなくて、色んな人が私を何かをくれる。私が何かをあげていたからこそ、くれる。

 そしてフラワーは、その紫の水晶で私の顔を隅まで見つめて。しっかりと私を捕まえて、改めて問うてきた。

 

「……スカイさんは、どうしてここで服を買おうと思ったんですか? 色んなファッションがある中で、なんでここを選んだんですか?」

「言わなきゃダメかな」

「言える範囲でいいですよ」

 

 はあ、なら仕方ない。こうなったフラワーには、私は逆らえないもの。観念して、少しだけ言葉を選んで。私は私の気持ちを伝える。大人の女性のファッション、それを選んだ理由を。

 

「フェミニン系、って言うんだよね。大人の女性の、派手に着飾らない魅力。ここにあるのは、そういう服」

「はい。落ち着いた、ありのままの印象を引き立てるものですね。私もいつか、こんなのが似合う女の人になりたいなあと思います」

「そう、そうなんだ。私は、私にこれが似合って欲しい。私のありのまま、それを引き出せるような。それを引き出した時、そこに大人を感じれるような」

 

 それが、ここに拘った理由だった。ありのままの私に、魅力を感じて欲しかった。そして何より、大人だと思って欲しかった。私の成長を、何より実感して欲しかった。もう子供じゃないんだって、そう伝えられる服を選びたかった。なによりシンプルだからこそ、大人の私を見てもらえるのだと思った。

 その結論が、ここのどこかにある。どれか一つの服を選べば、必ずまた前に進めるはず。けれど、だからこそ悩んでいるのだろう。フラワーの言う通り、ワクワクしてしまっているから。

 そんな私の、ささやかな告白。それを聞いたフラワーは、少し考え込んで。でもやっぱり、私に言葉をくれる。確かに背中を押してくれる、心からの言葉を。

 

「大丈夫ですよ、スカイさん。確かに、素敵な服はたくさんあります。目移りしちゃって、悩みます。でもそれはやっぱり、ワクワクしてるからです。自分を変えてくれる、その可能性を見れているから」

「自分を、変えてくれる」

「はい。服は、人を変えるものです。もちろん着ることで見た目も変わるし、着飾ることで気持ちも変わります。だから、スカイさんは服を買いに来たんですよね。自分を変えて、それだけじゃない。それを見て欲しい人が、自分への見え方を変えて欲しい人がいる」

「……参ったな。ほんと、フラワーには敵わないや」

「まさか。スカイさんにはまだまだ、追いつけないことばっかりですよ」

 

 フラワーにはどこまでも見透かされてしまうな、それくらいの関係になってしまったな、なんて思いつつ。それでもだからこそ、その言葉が正しく私の助けになるのだとわかる。そう、簡単なことだったのだ。

 デートのための、あなたのための服を選ぶ。それは私のすべてを伝えるためでもあり、あなたの心をひっくり返すためでもある。私とあなたが、変わるためのもの。だから、私はそれを見てワクワクしていた。この服がどんなふうに私を変えてくれるのだろう、そう期待していた。そしてあなたは今までと違う私を見てどう思ってくれるのだろう、それがたまらなく楽しみだったのだ。

 つまりここにある不安や緊張は、とめどない期待の裏返し。あなたとのデートは、それだけ楽しみだってこと。じゃあ、やっぱり幸せだ。重大な決断をすることすら、今の私にとっては幸せを膨らませてくれるもの。それなら、じっくり選ぶのは間違いじゃない。デートまでにあるすべての時間と出来事を、結末に繋がる楽しみにしていこう。

 

「フラワーお待たせ、やっと選び終わったわ……あら」

「お疲れ様ですトレーナーさん、ちょうどスカイさんと話をしてたところでした」

「そうね、なら時間をかけて正解だったかも。……貴女の顔つきもちょっと変わったみたいだしね、セイウンスカイ」

「そうですか? ならそれはチーム<デネブ>のリーダー、ニシノフラワーのおかげですね」

「そう言ってもらえると、そのチームを率いる人間としては鼻が高いわね」

「……それにしても、買いすぎじゃないですか? その袋の量」

「大人はこんなものよ。貴女もいずれ、そうなるかもね。……さて、私たちは帰りましょうか、フラワー」

「はい、トレーナーさん。もうスカイさんも、大丈夫そうですし」

 

 なんだかんだでおんぶに抱っこで、一人でしっかり服を選べるまで二人に見守られていたのかもしれない。最初はみんなに秘密にするつもりだったのにこうなってしまったのは気恥ずかしくはあるけれど、助かってしまったものは感謝せざるを得ない。いくら大人といっても、誰かに支えられることで前に進めるのは変わらないのだから。そしてそれは、あなたも同じ。いくら頑固で意固地な正論男でも、私はあなたを支えたい。一番特別な位置で、あなたの日常を彩りたい。だからちゃんと、今日はそのための準備をこなすのだ。

 どの服も魅力的に見えるのは、やっぱり変わらない。そして目移りしてしまうのも、やっぱりやっぱり変わらない。だけど、心持ちは少し変わっていた。どれも素敵なのだから、きっとどれを着ても私の心は満たされる。それでもやっぱりちゃんと一つは選ばないといけないけれど、この胸の高鳴りが間違いを起こすことはあり得ないのだ。私の恋が過ちじゃないのと、まったく同じ理屈で。

 もう一周、店の中に立ち並ぶ服を眺める。さっきまでよりずっと、気楽な心持ちで。好きな色合い、ちょっと目を引くデザイン。そんな、感覚的なものでいい。楽しんで、選べばいい。気楽で素直で、自分の心に正直になることが、いつもの私のやり方なのだから。

 それからまあ、一時間くらいはやっぱり悩んだんだけど。それ以上は、悩まなかった。一つの服を手に取って、店員さんに頼んで試着して。本当に似合ってるのかな、みたいな心配がゼロだと言ったら嘘になるけど、多分慣れてないだけだろうと思った。これから毎日こっそり自分の部屋で着れば慣れるだろうと思った。それに自分でも疑うくらい新鮮な印象なのだと思えば、その日にあなたがどんな顔をしてくれるのかはより楽しみなものになっていった。

 デパートを出れば、すっかり夕暮れといった時間帯だった。鮮やかなオレンジが私の足元から耳の先まで照らして、少し眩しかった。だけど、怯むことはなかった。とっておきの服の入った紙袋を揺らしながら、私は軽くステップさえ踏んでいた。それくらい浮かれている。その日を楽しみにしている。あなたの反応を期待している。恋を、している。

 寮に着く頃には日も落ちていたけれど、対照的に私の気持ちはどんどん晴れやかになっていた。この服を着た私をあなたに見せるその日が、私がまた変わるその日が、ワクワクして待ちきれなかったから。

 それが、私の心の輝き。陽光によって青空の青が浮かび上がるものなら、今の私はきっと。私の全身は、心の隅の隅まできっと。

 果てのない透き通る青空で、満たされているのだろう。そしてそれは、まだまだ更に鮮やかな青に染まるのだ。

 あなたに想いを告げる、その日に向けて。

 最後の仕掛けが、完了した。




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