【完結】セイウンスカイは正論男に褒められたい   作:春華ゆが

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セイウンスカイによる「エンディング・オア・エクステンディング」

 まあ、滅多なことではないのだろう。これだけの荘厳な場所において、みんなに見守られながら中心に立つ。そんなことは、きっと一生に一度あるかないかのことなのだろう。いやまあ、それこそ私だって一生でこれきりにしたいけど。今から私たちが誓うのは、生涯末永く永遠に、未来を共に歩むということなのだから。

 それにしても、なんとも慣れない格好だ。肩から背中まで大胆に露出した上半身、そして対照的に大きなスカートで足元の先まで隠された下半身。真っ白なワンピースみたいなもの、と考えれば「あの日」に着たものと似たようなものなのかもしれないが、これもやっぱり今日くらいしか着ないものに違いない。きっと、そうしたい。

 頭の先から背中まで伸びたホワイトヴェール、それに覆われているのはセミロングまで伸ばした髪の毛を纏めたローシニヨン。……いやあ、やっぱりこの格好は慣れないなあ。髪の毛を伸ばしたのに慣れないのは、単に中高の頃と髪型を変えたというだけではあるのだが。この方が大人かな、なんて心境の変化があったのだ。トレセン学園を卒業してから四年、私はまた一つ大人になれたから。

 まあ、でも。ゲストの入場は済ませているし、主役の入場も済ませている。ちらりと横を見ると、あなたは露骨に緊張している。せっかくのタキシード姿なのに、その様子じゃ私くらいしかときめいてあげられないぞ、なんて。まあそれなら、とっととイベントを始めてあげよう。一生に一度の、最高に特別な一日を。

 軽く深く、鼻から息を吸って。吐き出す息は、言葉に乗せて。私は誓う。

 そう、永遠に誓う。今この瞬間私が発する言葉が、新たなはじまりの合図だ。

 

「私たちは今日、皆様の前で夫婦の誓いをいたします」

 

 次の一言は、あなたと声を揃えて。

 

「辛い時も、楽しい時も、互いを思いやり、励まし合い、愛し合うことを誓います」

 

 心の底から、あなたと重ねて。

 

「これから二人で、幸せでかけがえのない、笑顔の絶えない特別な家庭を築いていくことを誓います」

 

 そうして、最後はあなたが結ぶ。

 

「未熟な二人ではありますが、これからも末永く見守っていただければ幸いです」

 

 ──こうして。

 こうして私たちは、夫婦になった。

 今日は、私とあなたの結婚式。あの日の新しいはじまりからまた繋がった、次のエンディングだ。

 

「じゃ」

 

 誓いの言葉を終えた私は、それだけ小さく言ってあなたの方に向き直る。すーっと、真っ白なグローブに包まれた指を持ち上げる。胸元まで持ってきた左手の指先を包む布を、丁寧に右の手で外してやる。ちなみに当然、ここの左右を間違えるわけにはいかない。まあこんな大事なこと、間違えるわけなんてないけど。

 そうして外したグローブを、近くにいる介添人に渡す。ちなみにそれを買って出てくれたのはフラワーだ。……まあ、一番最初に私の気持ちを見抜いてしまった人だし。それがここまで到達したのを自分のことみたいに喜んでくれたのは、得難い縁を持ったなあ、という感じ。

 そうして右手のグローブも同様に外して、ようやく向き直る。まだまだ動きの固い、あなたの方に。まさかですけど、何するかわからないなんてことないですよね? いや、ちゃんとこっちは向いてるし、緊張してるだけか。私のドレス姿なんてまじまじと見たら、そりゃあ緊張してくれちゃったりするか。とはいえ結婚式なんて、受け入れることはとっくのとうに決めたものなのだから。

 さあ、一つずつ儀式を進めていこう。一つずつ、真実の愛を確かめよう。式場のスタッフさんの司会に合わせて、私とあなたは次のステップへ。とっても小さくて、でも艶やかに光る指輪が、司会からあなたに渡された。あなたはそれを受け取って、ゆっくりとそれをこちらへ差し出して。

 指輪の交換。今日は本当に、人生で一度きりの経験ばかりだな、と思った。

 左手を差し出す。グローブを外した、少し細長い私の指。すらりとしているといえば聞こえはいいけれど、棒っきれみたいと言われたら否定はできないかも。まあ、否定する必要もないし。あなたが魅力を感じてくれるのなら、それだけで十分だ。

 そっと、私の左手の下からあなたの手を添えられる。ちょっと汗ばんでいた。緊張しているのかもしれないし、愛しい人のこれ以上ない晴れ着にどきどきしているのかもしれない。どちらにせよ、互いの手は僅かに震えていて。だからちょっとぎこちなくて手こずったかもしれないけれど、確かに。

 私の薬指に、今までなかったものが嵌められていく。嵌めやすいように力を抜いていたけれど、その分指輪の感触とあなたの力を感じていた。丁寧に、労わるように。愛されているのだと、感じた。

 

「……ありがとうございます。じゃ、次はこちらからですね」

「ああ、頼む」

 

 今までの人生より、少しだけ重くなった薬指を操りながら。この重量はきっとあなたの愛を示すものの一つなのだと、そう感じながら。次は、あなたが手を差し出す番だった。私が、手を差し伸べる番だった。そう考えると、私は結構すんなり指輪をつけられた。あなたの薬指に、煌々と光る永遠の象徴を託せた。だって、ある意味いつも通りのことだから。互いに手を伸ばして、支え合うということは。これからもずーっと、変わらないことなんだから。

 そうして、再び向き直る。変わったものは、小さく二つ。小さいけれど、恒久に輝くもの。

 互いの薬指からすべてを繋ぐ、私たちだけの二重星(アルビレオ)

 

「はい、では」

「……そうだな」

 

 儀式の一区切りは、あと少し。ほんのワンアクション。また向き合う。あなたと目が合う。どうしようもなく、愛しく想う。そしてこれからの行為が、きっと一番その愛を示してくれる。

 一歩ずつ、あなたがこちらへ近づいてくる。どき、どき。こうなると、緊張するのは多分こちらの方。どうしたって私は、攻め立てられるのには弱いのだ。

 数センチまで近づいて、ゆっくりと私の頭を包むヴェールが捲られる。別に顔なんて普段から隠しているわけじゃないのに、その瞬間はたまらなく恥ずかしかった。まあ、そりゃそうか。これからすることはわりかし大勢に、みんなの前でするわけだし。

 そして、あなたの手が私のむき出しの肩に添えられて。ぐっと、僅かに残っていた二人の間の距離はゼロまで寄せられて。これで何度目だっけ。え、三度目くらいじゃない? あの日のデートでちょっと無理矢理二回やってやった以降、さっぱり許してくれなかったし。ああでも、そっかあ。今日からは、あなたからも求めてくれるのかあ。ならばやっぱり今日も、一つの終わりではあるけれど。これ以上ないくらい、一つのはじまりではあるのだ。

 そうして、目を閉じた。ほんの少し、少しだけ待った。だけどほんの少し。もう今更、どちらも思い悩んだりしないもの。

 ……んっ。……ふぅ。

 僅かに四秒ほど。多分本当はそれくらい。那由多のようにすら感じられた、幸せはその一瞬で私の全身を満たしてなお溢れそうなくらい。

 そんな、キスだった。儀式の最後、もっとも互いが愛しく思える瞬間。

 契りを交わす、誓いのキスだった。

 

 

「じゃ、次は披露宴ですよ。結婚式は忙しいんですから」

「そうだな、本当に忙しい。ウマ娘の体力が羨ましいくらいだ」

「えー、あなただってそれなりには体力がある方でしょう。それに今日の幸せを存分に堪能するには、多少以上に忙しくないと」

「……そうか。今、スカイは幸せか」

「もちろんです。あなたも、そうですよね」

「それこそ、もちろんだ」

「……ほんと、素直になっちゃって」

 

 結婚式というものは、夫婦の契りを交わせば終わりってものじゃない。ちゃんとその後に披露宴といって、二人の結婚を祝うパーティーみたいなものがある。まあその存在くらいは中等部の頃の私でも知っていたけれど、いざ自分がその立場になるとその重要性がわかる。厳かな雰囲気だけじゃ、この幸せを味わい切るにはまるで足りないってこと。

 

「ここか」

「はい。あの一番奥の目立つ席が、私たちの座る場所です」

「目立つな」

「そりゃもう。今日の主役ですからね、みんなにお祝いしてもらうんですからね。ちゃーんと、実感してくださいよ? 私と結婚できた、幸せを」

「……全力を尽くす」

「若干固いですけど、こちらこそ。ここまで何年待たされたんだって感じですしね、お互い。今までのぶんを取り返して余りあるくらい、今日からは幸せになっちゃいましょうか」

「わかった。じゃあ、早めに座っておくか。披露宴は長い。腰を落ち着けられる時間は多い方がいい」

「あははっ、もうトレーナーさんはアラサーですもんねえ」

「仕方ないだろう、それは」

 

 まあ私を待ってたぶんその歳まで恋人もいなかったわけだから、私から何か言えることはない。むしろ感謝しなきゃいけないんだろうけど、それで年齢を突っつきすぎるのも申し訳ないし。……ならとりあえず、今日のことだけ考えようか。

 披露宴会場の奥、一番目立つところに座る。広い空間に二人きりなのはあっという間で、すぐに見知った顔がずらずらと会場に入ってくる。概ね、チーム<アルビレオ>の繋がりだ。考えてみればチームメイトとそのトレーナーがいきなり結婚、だなんて、相当驚く要素だよなあ、一応隠してたわけだし。いや、本当に完全に隠せてたかはわからないのだが。まあそれはそれとして、大勢の人が私たちを祝福している。私とあなたの幸せを、願っている。

 それは紛れもない事実。それさえわかれば、十分だった。

 そうして披露宴は始まる。素敵な時間は、いくらあっても構わないのだから。

 

「へーえ、あれがトレーナーさんの幼少期ってやつですか。昔から可愛い顔してますね」

「なんだ、まるで今も可愛いみたいに」

「可愛いですよ? 目がくりくりしててまつ毛長くて。暑苦しいくせにそれなので頭が変になりますね」

「褒められてるのか貶されてるのかわからない。……おっと、あれは……」

「あー! あれ私の芦毛がまだ色変わりする前の写真じゃないですか! うわあ、絶対じいちゃんの仕業だ。来れないって言ってたのに、こんな写真だけ送りつけてきてー!」

「……いや、あのスカイもかわいいぞ。あの頭の色はあれか、生え代わりで今の色が少し出て来てるのか。幼い顔立ちだけど面影があって、それに茶色の髪の毛がついてるのは新鮮だ。うん、可愛いぞ」

「存分にお褒めいただいているところ悪いですけど、そういうのはロリコンって言うんですよ」

「えっ、しかしだな」

「うるさいうるさい、いくら私を褒めててもロリコンはロリコンです、このへんたい」

 

 そんなこんなで、披露宴はまず二人の思い出の写真、みたいなのを流すところから始まった。当然だけど知らない頃の写真ばかりで、私の知らないあなたはまだまだ多いのだ。だけどこれからは、きっと私しか知らないあなたが増えてゆく。ここに流れるすべての過去の積み重ねの上に、今の私とあなたがいる。なーんて感慨に耽りながら、たまにさっきみたいな軽口を叩きながら、二人で互いの過去に目を向けていた。いや、正確にはここにいる全員が見ているのか。ちょっと恥ずかしいなあ、これ。

 まあ、それもしばらくすれば終わった。そして休む間もなく、次なるプログラムが始まるのである。式場のスタッフさんが、私たち二人に声をかける。今までスライドショーが映し出されていたスクリーンから少し視線をずらすと、声をかけられた理由はすぐにわかった。

 大きな、大きなウエディングケーキ。わかりやすく例えると、いつかのクリスマスに私が作ったのより二倍か三倍かのサイズ。それがある方へ向かうよう促されているのは、二人ともわかった。結婚式で一番神聖な儀式が誓いのキスなら、一番盛り上がるのがこれ、らしい。

 新郎新婦による、ケーキ入刀。初めての共同作業、というやつだった。

 

「……じゃあ、行きましょっか」

「……ああ」

 

 なんだかさっきまでの誓いの流れより恥ずかしい気がする。一旦一つの区切りが終わって落ち着いたから? 明らかに観客様がたの空気が違うのもあるだろうか。さっきの厳かなのとは違って、色めきだってるのを誰も隠してないし。ちょっとキャーキャー言ってるのが聞こえる気がする。ええい、こうなりゃ存分に見せつけてやる。そう思って立ち上がると、そんな私の細っこい腰に添えられるものがあった。がっしりと大きくて暖かい、男の人の手。私の、愛する人。先程私の夫になったばかりの人の、手のひらだった。

 

「なんですか、びっくりするじゃないですか」

「新婦を支えて連れて行くのが新郎の務めだ。ウエディングドレスは歩きにくい」

「そーですか、ありがとうございます」

 

 本当に、かっこよくなっちゃってさ。いやきっと、ずっとかっこいいって思ってたんだろうけどさ。かわいいなあとか面白いなあとかからかうけど、やっぱり頼りにしちゃってさ。

 本当、本当に。本当に、むかついちゃうくらいなんだけど。

 ベタ惚れって、こういうことかあ。なんて、それも随分と今更なんだけどね。

 ゆっくりと、ケーキのある方へ。二人一緒に、二人で共にする行為のために歩いて行く。渡されたナイフはとっても大きくて、これは二人のためのものなのだと思った。新郎新婦、愛し合う二人のためのものなのだと。

 さあ、いよいよケーキ入刀。二人で、長い長い持ち手を握る。確かに長い持ち手だけれど、二人がかりなら狭いくらい。触れ合う感覚で、胸がいっぱいになるくらいだった。

 そして、その時になってだった。そういえばそうだったなあとすぐに思い出したのだが、ケーキ入刀というものは盛り上げるための音楽が流れるものなのだ。ドレスから突き出た二つの耳に、この状況を演出するためのバックグラウンドミュージックが突き刺さる。……いや、これは。

 これはさあ、あなたの選曲でしょう。私のために、あなたが選んだ、ばっちりしっかり聴き覚えのある曲。ため息混じりに、それを指摘してやる。やられたなあ、と思った。

 

「これ、クラシック三冠の時のウイニングライブの曲でしょう。なんでこんなの今流すんですか」

「そりゃ、スカイはクラシック二冠ウマ娘だからな」

「あっ、やっぱりあなたが選んだんじゃんか。ここはねえ、色々古典的なクラシック音楽とかが定番なんですよ? 知ってます?」

「それでもスカイらしい曲がいいと思った。他のレースの時の曲とも迷ったが、俺にとって君の勝利を初めて印象づけてくれたのは、皐月賞の時だからな」

「……そんな昔の話を」

「それでも、嬉しいだろう」

「はいはい、セイちゃん感激ですー」

 

 そう雑にあしらって、さっさと入刀だ。こちとらウマ娘だ、一人の力で切りきってやろうか。こんなところでなお心を掻き乱してくるあなたへの、せめてもの反抗として。流石に懐かしささえあるのに、それでもそんな過去を大事にしていると示してくれたことへ、せめてもの感謝として。

 なーんて、そんなのはやっぱり叶わない。叶わなくて、いい。あなたの力がナイフに添えられるのを感じて、二人でゆっくりと力を込めていけるのを感じて、どうしても、やっぱり。

 やっぱり、幸せになってしまうのだから。詰め込んでも詰め込んでも、幸せが溢れてもまだ求めてしまう。求めていい。今日は、そういう日だ。

 

「ちょっと無理矢理すぎです、もうちょっと丁寧に」

「すまん、こうか?」

「はいそうです、こっち側にもうちょっと力を入れる」

「……スカイは上手だな」

「そりゃまああなたよりは器用ですよ」

 

 と、そんなこんなで。ぐい、ぐい。ちなみにケーキにナイフを入れる間、何度か写真を撮るために止まらされた。こんなただただイチャイチャしてるだけのを写真に撮って、みんな一体何が楽しいのやら。そんなふうに幸せが漏れ出て感じ取れてしまうほど、みたいなことなのかもしれないけどさ。

 で、なんとか。最後の方が一番難しかった。崩してしまったら流石に困る。ぐるりと回したナイフの端っこが元の位置に戻ってきた時、ふう、と一つため息が漏れた。ひと仕事終えた気分。……いや、もう一つやることが残っているのだが。

 

「はい、切れましたね」

「ああ、切れたな」

「じゃあ、次ですね」

「ああ、次だな」

 

 いやにそっけないけど、多分これは緊張しているからだな、と私にはわかる。とはいえもちろん逃げられないので、覚悟してほしい。私も結構いいようにやられたし、というかこれはお互いやり返すことだし。

 ケーキのそばに置いてあったスプーンを持って、ケーキの端っこを一口分掬う。もちろん、自分が食べるためじゃない。あなたの口に、あーんってしてあげるためだ。

 ケーキ入刀、最後のイベント。新郎新婦が互いにケーキの一口目を食べさせあう、ファーストバイトというやつである。

 

「はい、どうぞ。あーん」

「わかった。……うん、ほら」

「いやに素直ですね」

「いつかのバレンタインと同じだと思うことにした」

「おっと、それより十倍は大ごとですよ? 一生に一度、生涯を誓い合う人同士の食べさせあいなんですから」

「そう言われると、困るな」

「そう言われても。はい、あーん」

「……わかった。今度こそ、わかった」

 

 ぱくり。衆人環視の中、とびっきりの甘い行為を見せつける。恥ずかしいよなあ、これ。いやあなたを恥ずかしがらせるぶんには構わないのだが、問題はその後だ。今度はトレーナーさんがスプーンを持つ。若干嬉しそうな顔をして。お互い攻められると弱いから、こうなれば従うしかない。

 

「ほら、次はスカイの番だ」

「はい。優しく、してくださいよ?」

「バカなことを言うな。ほら、食べろ」

「そうじゃなくて、優しく。あーん、って、言ってくださいよ。ほら」

「わかった、わかったから。……あーん」

「はい。いただき、ます」

 

 ぱくり。私も、食べた。あなたに、食べさせてもらった。ありったけの幸せが、何周も何周も身体を駆け巡る。これだけですべてがどうでもよくなる気がするのに、身体と心はもっともっと元気になる。ケーキ入刀は、これで終わり。なるほど、確かに盛り上がるものだ。でもこれで終わりじゃないのだから、より一層幸せなのだろう。

 席に戻り、披露宴は中盤へ。食事と歓談、新郎新婦との触れ合いの時間だ。

 今までのつながりが、私とあなたを祝福する。

 それも、最高に楽しみだ。

 

 

 食事は当たり前みたいに美味しかった。と同時に、そういや結婚して二人で住むなら私がご飯を作らなきゃなのか、などと思った。いや実は最近は練習というか自分のぶんくらいは作っているのだけど、人に食べさせるのは……あんな昔のクリスマスのあれをカウントしていいのかな。それは初めての試みなので、失敗したらごめんなさい。

 まあ、それはともかく。あなたと食事をしながら、少しずつおしゃべりをする。滔々と、なんでもなく。今はそういう時間。言葉を交わす時間。そしてそれは、私とあなたの間だけという意味ではない。ほどなくして、お皿を片手に一人のウマ娘がやってきた。まずは、一人。今でも変わらず、私の大切な人の一人、ニシノフラワーだった。

 

「おめでとうございます、スカイさん。本当に、本当におめでとうございます」

「ありがとう、フラワー。今日は介添人を引き受けてくれてありがとね。まだフラワーはトレセン学園の生徒なのに」

「それでももう、高等部ですし。飛び級した分長くいられるとはいえ、それだけ後輩が増えちゃって困ってます」

「あはは、フラワーもすっかり大人になったもんねえ。背を抜かされないか、実はずっとヒヤヒヤしてたよ」

 

 そう言ってやると、その少し伸びた背の先端に昔と変わらない微笑みを浮かべるフラワー。フラワーは、いまだにトレセン学園でチーム<デネブ>のリーダーをやっているらしい。あの頃でさえあれだけ頼りになったのだから、今はどれほどの人物になったのやら。フラワーのトゥインクル・シリーズを応援したのすら結構昔になってしまったけど、それでも変わらずつながりがあるのはありがたい。過去も、今日も、未来でも、私を支えてくれるのは、きっととてもかけがえのない人だ。

 

「あっそうだ、<アルビレオ>のトレーナーさんも、ご結婚おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

「ただそれに関連して、私のトレーナーさんから言伝です」

「……なんだろうか」

「『新婚生活にうつつを抜かしすぎるなら、<アルビレオ>は乗っ取るわよ』って」

「……それは困るな」

「あははっ。確かに、それは困りますねえ。妻としては、職を失ってもらっては困ります」

 

 <デネブ>のトレーナーさんは、相変わらずところどころ容赦ないというか。その人とフラワーが結構気が合うのは、今更ながら意外な気もする。でもここまで来て違和感なんて感じるわけないし、その二人の関係も特別なものなのだろう。ついでに言伝とはいえあの人も元気そうなのがわかって、私もちょっと安心した。縁は切れない。つながりは、これからも積み重なっていく。

 

「……じゃ、お邪魔しました。新婚夫婦、仲睦まじくしてくださいね」

「ありがとう、と言いたいところだけど。まあその時間はこれからいっぱいあるわけだし、もうちょっと話していってもいいんだよ?」

「それこそ、これからも話せますから。今日は、この辺でいいですよ」

「そっか。これからも頼りにしてるよ、フラワー」

「はい。こちらこそ、スカイさんのことは頼りにしてますね」

 

 そうして、去って行く。ゆらりゆらり、昔よりも少し大きな背中を向けて。だけどやはり変わらないものがあるから、今日彼女はここにいる。私と、つながりを持っている。これからもまた会えるからこそ、私たちは笑顔で互いを見送れるのだと思った。

 それが、まず一人。過去を振り返り未来を切り拓く、私の大切な一人目だった。

 

 

 セイウンスカイという人物は、私にとってわた雲のような人。スカイさんはいつだって、ふわふわと捉えどころのないそぶりを見せる。けれど必ず見えるところに浮かんでいて、私にとっての目印になってくれる。時には消えてしまいそうになるけれど、見えているから捕まえられる。いつも私を見守りながら、だけど私を優しくそーっと包むだけ。わた雲のような、そんな人。

 それが私にとっての、ニシノフラワーにとっての、セイウンスカイという人物像。

 だから、大切です。

 

 

「ご結婚おめでとうございます、トレーナー、あとスカイさん。……本当、困ったカップルね」

「あはは、キングもいい人見つけなよー。いつか言った通り、嫁の貰い手には苦労すると思うけどさー」

「おばか! ……それ、ちょっと前私の元トレーナーと飲みに行った時も言われたのよ。気にはしてるから、放っておいて」

 

 次に私たちの前に現れたのは、キングヘイローだった。彼女とももちろん色々あった。ライバルとして、友達として。ぶつかり合うことが一番多かったからこそ、彼女も私の大切な人。現在は就職活動中で、その合間を縫って私の結婚式に来てくれたらしい。そりゃまあ、私みたいに大学卒業直後に結婚する奴はなかなかいないだろうな。

 

「最近はお母さまが、『向いてる仕事がないなら、デザイナーの修行くらいはさせてあげる』、ですって。本当、死んでもお断りよ」

「あら、なんでよ。それだけお母さんと仲良くなれたのにさ」

「それとこれとは別よ。私は私の手で、私なりの未来を掴んでみせるの。……まあ、あなたほど無謀なことはしないかもだけど」

「なにそれ。『黄金世代』随一の策士を捕まえて、無謀呼ばわりとは」

「無謀でしょうよ、自分のトレーナーと恋愛結婚なんて。……そうね、トレーナー」

「なんだ?」

「スカイさんのこと、よろしく頼むわよ。貴方も知ってると思うけど、手のかからないみたいなふりをするのだけは得意な、相当面倒な子だから。……友人代表として、お願いさせて。しっかり、この子を幸せにしてあげて」

「当然だ。だが、ありがとう。それだけ大切にしてもらえるのなら、スカイは幸せ者だ」

「……私が聞いてるの、わかってるくせに」

 

 そんなストレートな会話、目の前でやるか、普通。まあでもそれくらい言葉をぶつけ合えるだけ、この二人もちゃんと担当ウマ娘とトレーナーなのだろう。その関係になったのは少々の波乱を含んでいたけれど、そこからしっかり積み重ねられているのだ。……なーんて、他人の関係に嫉妬しないくらいの余裕はありますよ、セイちゃんにも。そもそもどっちも大切な人なのだから、その二人が仲良くしていて嬉しくわけがないのだ。

 

「じゃあ、こんなところかしら。ちゃんと仕事が決まったら、貴女たちのマイホームにお邪魔しに行くこともあるかもね」

「まあそれくらいは大歓迎。ベッドは用意しないから、地べたで寝てもらうけど」

「おばか。泊まり込みなんてしないわよ、私にもちゃんと私の生活があるんだから。しっかり私の道を見つけてから、それからちょっかいをかけに行くだけ。覚悟しておくことね」

「はいはい、ありがとねー。……なんて、本当にありがとう」

「何よ、急にしおらしく」

「ありがとう。これからもよろしくね」

「……こちらこそ、よ」

 

 そうしてまた一人、去って行く。やっぱり行儀のいい歩き方で、変わらないといえば全然変わらなくて。だけど積極的に変化を望むのが、彼女らしさというものでもあり。濁流のような変化の中に身を置くからこそ、その底にある汚泥からすら揺るがない己を見つけ出せる。それが、キングヘイロー。私にとっての、ライバルで友達だ。永遠に、これからも。

 それが、二人目だった。過去の苦悩を肯定し、未来の不安も打ち払う、私の大切な二人目だった。

 

 

 セイウンスカイという人物は、私にとってうす雲のような人。スカイさんはいつでもなんでもないって顔をしながら、私に何度も苦い思いをさせる。悪い天気の予感をさせるような、ある意味では苦々しい思い出の象徴だ。だけどその先には、必ず広い空を透かしている。私と同じものを目指して競い合うのだと、それを必ず見せてくれる。いつも目の前に立ち塞がりながら、決して道は閉ざさない。うす雲のような、そんな人。

 それが私にとっての、キングヘイローにとっての、セイウンスカイという人物像。

 だから、大切だ。

 

 

 こつ、こつ。そうして、最後の一人になるだろう人がやってきた。雰囲気は随分大人っぽくなって、いや元々ずっと頼れる先輩だったけど。……近づいてくるその姿をよく見ると、左手の薬指にきらりと光るものがあった。なるほどなあ、そういう意味でも先輩なのか。でもそんな変化を経てもやっぱり、私の大切な人。最後に私たちのところに来たのは、ナリタトップロードさんだった。

 

「おめでとうございます、スカイちゃん、トレーナーさん! 本当にもう……なんと、なんと言っていいか……すごく、すごく色々言いたいことはあるんですけどっ」

「ありがとうございます、トップロードさん。まあ、まずは落ち着いて」

「はい、はいっ……。でもでも、すごく嬉しくてっ、今まで知ってた人が、幸せになるのが、すごくてっ……」

 

 あはは、この人もやっぱり相変わらずだ。素直すぎるくらいの気持ちを、取り繕うことなんて考えもせずぶつけてくる。だいぶ、いやかなり語彙がすごいことになっているけど。とりあえず落ち着かせるためというか、別の話題を振ってみよう。

 

「そういえば、もしかしてなんですけど。トップロードさんの、その指輪……」

「あっそうなんです、これはですねっ、その……他人の結婚式で言うことじゃないんですけど、私結婚しまして……」

 

 ほら、やっぱり。いやかなり、やっぱりで流すにはかなり衝撃の事実だけど。

 

「ええーっ、やっぱりですか。いやいや、結婚式に呼ばれた記憶がないんですけど、ねえ?」

「……そうだな。俺も呼ばれてない。いや無理にとは言わないが、せめて連絡してくれてもよかったのに」

「ごめんなさいごめんなさいっ、職場の人をちゃんと残さず誘わなきゃ〜とか思ってたら、頭がそれでいっぱいになっちゃってまして……本当、本当皆さんのことを忘れてたわけではないんですよっ! ただ結婚って色々大変で、うっかり……」

「そりゃまあ結婚の大変さはわかりますよ、そりゃ。いや、本当色々ありますよね。手続きとか家とか式場とか、なんかもう他にもたくさん」

「そう、そうなんですっ! って、それじゃ言い訳になりませんよね……すみません」

「いいんですって、それよりトップロードさんが幸せを掴めたってことの方が、私的には大事です。遅ればせながら、結婚おめでとうございます」

「ああ、結婚おめでとう、トップロード」

「ううっ、ありがとうございますっ……」

 

 まあ何よりそれが大事なのは、紛れもない事実だった。ここにも一つの変化があった。トップロードさんは私の知らないところで新しい世界を見つけて、素敵な人と恋に落ちた。やっぱり、恋はありふれている。そしてそのすべてが、なにものにも代え難いほど素敵なのだ。

 

「でもでもっ、その上で言わせてくださいっ! お二人とも、本当にご結婚おめでとうございます!」

「はい。ありがとうございます。長く長く元を辿れば、トップロードさんのおかげでもありますからね」

「へっ? 私、ですか?」

「そりゃもう。トップロードさんが必死にチームの勧誘してなかったら、<アルビレオ>に入ってここまで来たかわかりませんもの」

「そういえば、そうだな。ありがとう、トップロード」

「あっ、えへへ……。そんな光栄なこと言ってもらって、いいんでしょうか……?」

「いいんですよ、トップロードさんにはいつもお世話になってますから。もちろん、これからも」

「そう、ですね。そう、そうですねっ!」

 

 心底元気に、心底嬉しそうに。人の言葉をこんなに喜べるのは、やっぱりトップロードさんのいいところだ。

 

「じゃ、私はそろそろ退散しますけどっ。これからも、なんでもお二人の力になりますからっ!」

「はい。では、また」

「はい、また!」

 

 また、と言って、最後の一人は去っていった。あれから結構な時間が経って、多分一番の変化をその薬指に見せてくれた人なのだけど。それでも全然変わってないなあ、と思わせてくれるのだから、人の関係は揺るがないものなのだ。積み重ねによる変化と成長があっても、揺るいで壊れてしまうことはない。悩んでもなおいつでも真っ直ぐ人を労われて、心の底からのエールを届けられる人。私にとって最高の、頼りになる先輩。きっとどんな変化も、それだけは揺るがせられないのだ。

 それが、最後の一人。過去にあるものが時に取るに足りない偶然だとしても、未来においてそれは素晴らしい結末を呼ぶのだと教えてくれる、私の大切な三人目だった。

 

 

 私にとってのセイウンスカイという人物は、入道雲のような人物だ。スカイちゃんはいつも、私の憧れだった。学園の先輩として教えられることはあるけれど、それでも大きな大きな存在。すごいなあって、そう見上げてしまう人。だけど、弱さを吐き出してくれる。大きな大きな存在だけど、その繊細な細部までを見せてくれる。どれほど強く揺るぎなく見えても、内側には不安の嵐を抱えていると教えてくれる。だからこそ強くなれるのだと、そうも伝えてくれる。その力になれたことは、私の誇りだ。大きくてだけど不安定で、そしてだからこその強さを持つ。入道雲のような、そんな人。

 それが私にとっての、ナリタトップロードにとっての、セイウンスカイという人物像。

 だから、大切だ。

 

 

 さて、食事の時間も大体終わり。式場のスタッフさんが、いそいそと準備を始めているのが見える。そうなると、私たちにはやることが生まれる。私とあなただけの、また一つ特別なイベントが。

 ちょいちょいと、隣に座る人のそのご飯を詰め込んだばかりの脇腹をつついて、こっそり耳打ちする。やれやれ、本当に結婚式とは忙しい。

 

「トレーナーさん、そろそろ行きますよ」

「おう? ……ああ、そうだったな」

「よかった、ちゃんと覚えてたんですね。そうですよ、祝電の間にですからね」

「そうだな。なら、急がないといけないな」

「急ぐけど、しっかりはしてくださいよ。まあ、結構楽しみにしてるんですから」

「そうか。それならじっくり、急がないといけないな」

「なんですか、それ」

 

 そうやって二人で示し合わせて、こっそりと披露宴会場を出る。向かう先は控室。二人別々の、控室。目的はもちろん次のイベントの準備で、それまでの控室にいる時間は暫しのお別れ。だけど、それも楽しみなのだ。だってこれから待つイベントは、愛する二人をもう一度見違えさせるもの。新しい愛しさを発見できる、私とあなたのためのイベント。

 ウエディングドレスとタキシードからの、お色直し。どんな姿のあなたも素敵だけれど、次見るあなたはまた違うあなたなのだ。もう一度、恋をし直すのだ。

 

「じゃあ、とりあえずここでお別れだな。俺の控室はこっちだ」

「はい。私は、こっち」

「……どんな格好なんだ」

「えー、色合いはちゃんと伝えたじゃないですか、合わせるために。それ以上は後の楽しみにしときなさいよ、絶対聞いちゃダメですって」

「すまん、つい気になって」

「まあそりゃ、私も気になりますけどね。大好きな人が素敵な格好をして、また違う顔を見せてくれる。そう思うだけで、今からすっごく楽しみです」

「恥ずかしいことを言うな、君は」

「そりゃもう、夫婦ですから。どんな恥ずかしい気持ちでも、包み隠したりなんかしませんよ」

「そうか。なら、俺もそうする。……後でスカイの綺麗な姿を見れるのが、楽しみだ」

「それは、よかったです。……えへへ」

 

 こんなやり取りだけで、ずっとずっと続けてしまえそうだけど。でもこの先にはもっともっと幸せな時間がある。だからたとえ、会話を途切れさせなければいけないとしても。だからたとえ、ここにあるものが暫しの別れだとしても。未来はもっと幸せなのだから、進む以外の選択肢はあり得ないのだ。

 こつ、こつ、こつ、こつ。二人分の足音が、別々の部屋に向かっていく。次に会うのは披露宴会場に再度入る時。その扉の前で、待ち合わせをする。一つのデートのようなものなのだから、おめかしには気合を入れなくては。

 音も無く、控室の扉を閉めた。一人の部屋で、深呼吸した。もちろんこれから着る服は決まっている。それをあなたがどう見てくれるのかは、ちゃんとは決まってないけれど。

 でも、大丈夫。あなたが惚れ直してくれることだけは、絶対に絶対に決まっているんだから。

 そんな軽い覚悟を決めて、ウエディングドレスを構成するパーツを一つずつ身体から外していく。これもきっと、やっぱり変化。いつも通りの、私が前に進む方法。

 生まれ変わろう。あなたのために。

 

 

 まあそれから、それなりにはお色直しに時間はかかった。多分流石にあなたの方が先に着替えているだろう。男女の着替えの煩雑さの違いは、どうしようもないところだし。ということはつまり、これから向かう先には既にあなたが待っているということである。そこの角を曲がって、階段を少し降りて、その先にはあなたがもういるのだ。見たことのない姿の、あなたが。

 大丈夫だろうか。私はそれに見合うだろうか。私があなたにもう一度恋をするように、あなたもこの私を新しいものと思ってくれるだろうか。今までの私と変わらないように感じてくれるけれど、一方でまったく違う魅力を見つけてくれる。そんなふうなわがままを、願ってしまっていいだろうか。

 だけど、それほど不安でも歩みは止まらない。だって楽しみなんだもの。あなたを見るのが。あなたにまた会えるのが。私とあなたは夫婦なんだから、一寸の別れさえ切なく思ってしまうんだ。

 こつ、こつ。足元の乱れはないように、だけど歩くという程度では最大限の速さで。一歩一歩を大切に、けれど待ち遠しさ故に立ち止まらず。

 そして、そこに。

 そこに、あなたはいた。

 こちらを見るなり、目を見開いて。私があなたを見るのと同じように、見開いて。それだけで、それだけのことではっきりわかった。

 私とあなたは、恋に落ちたんだ。

 今まで積み重ねた恋から、さらに深く深く。

 もう一度、恋をした。

 

「……素敵,

です」

「ああ、ありがとう。スカイの方も、綺麗だ。その、すごく綺麗だ。びっくりするくらいに」

「この期に及んでびっくりさせられるなら、トリックスター冥利につきますねえ。でもそれなら、あなたにもびっくりしました。……ああ、かっこいいなあって」

 

 そもそも、新郎のお色直しはそれほど劇的じゃないし、一般的でもない。式で着たままのタキシード一着だけで過ごすことも多いらしい。それでも今日のトレーナーさんは、わざわざ私と一緒にお色直しをしてくれた。多分その事実が、何より素敵に思えたのだろうけど。

 それでも、見違えていた。先程までの白のタキシードとは違う、ネイビーカラーのそれに身を包んでいた。下から覗くシャツもシンプルなものから柄付きのカジュアルなものに着替えていて、装いを新たに、といった感じ。そんなふうにきっちりおしゃれをしたあなたを見るのが、たまらなく新鮮。たまらなく、大好きでいっぱいになる。

 ああ、かっこいいなあ。恋の深みがまだまだ尽きないなんて、こんなに素晴らしいことはあるだろうか。少なくとも私の世界では、きっとこれが最高のもの。今までも何度も抱えた最高の思い出に、今日は一気に色んなものが増えてしまう。まったく、つくづく結婚式は大変だ。

 

「しかし、スカイ」

「なんですか、あなた」

「本当に、綺麗だよ。素敵だ。その、言葉で言うのが下手で申し訳ないが」

「気持ちは十分伝わるので、大丈夫ですよ。私も結構どきどきしてたんですから。きちんと似合うかって。あなたに見合う私になれてるかって」

 

 そう呟きながら、私は私の格好を見遣る。あなたのために、また新しい私を見せるために選んだコーディネートを。髪の毛は、首の横から流すサイドダウン。今の私は肩くらいまで髪を伸ばしていたから、こういうこともできる。きっと絶対あなたに見せたことのない髪型だ。お姫様みたいな、あなたのお姫様になれるような。

 そうして全身に纏うのは、淡いピンクのカラードレス。ウエディングドレスが厳かで神聖なものなら、このカラードレスが与える印象はきっと、綺麗さと愛らしさ。ウエディングドレスとは違ってふんわりとしたした装飾が、女性らしさというものを強調してくれる。昔の私なら絶対こんなの頼まれても着なかっただろうけど、今の私はあなたにそうやって見てほしい気持ちもあるのだ。一人の、女の人として。あなたの、生涯の伴侶として。綺麗で愛らしくて、守ってあげたくなるような、あなただけのお姫様。

 そう、これはきっといつかのデートの発展系。あの時気づかせてやったあなたの私への気持ちに、もっともっと花開かせたい。

 可愛い。綺麗。女の子らしい。お姫様みたい。抱きしめたい。それくらいそれくらい、今までになかったいろんな感情を抱かせたい。だけど、それが集約されるのはただ一つの結論だ。

 大好きって、思ってほしい。

 それを末永く願うのが、恋というものなのだ。

 

「じゃあ、そろそろ入場しましょうか。みんなびっくりしますよ、あなたのかっこよさに」

「それを言うならスカイの可愛さにもだ。むしろ、そっちがメインだろう」

「なら、二人でびっくりさせましょうか。いつか二人で作戦を立てたみたいに、これは私とあなた二人の作戦です」

「なるほどな。じゃあ、行こうか」

「はい。……あの、最後に一つ」

「なんだ、スカイ」

「愛してます。これからずっと」

「……俺もだ。君を、愛してる」

 

 ここでこんなことを言うのは少し変だったかもしれないけれど、二人きりになれたタイミングだったのだからしょうがない。言いたくて言いたくてたまらなくって、ずっと我慢してたんだから。それにちゃんと返事をしてくれたのだから、きっと気持ちは同じだった。

 愛してる。

 二人で同時にそう思い、二人で同時に扉を押した。心地よいざわめきが、わたしたちを出迎えた。

 今日は本当に、幸せな日だ。

 すべてが、これまでのすべてが、最高のかたちで終わる日なのだから。

 

 

「スカイさん、トレーナーさん、おめでとうございます!」「本当に、二人とも素敵ですー!」「これから、幸せになってくださいねー!」

 

 披露宴会場に再び足を踏み入れて、ぐるりとすべてのテーブルを周る。横を通るたびに色んな人が祝福してくれて、認められているという実感が湧く。かつて誰からも期待されていないと思い込んでいた私が、今はこうやってみんなにその幸せを祝ってもらえる。そして何より、すぐ隣に特別な人がいる。私のことを他のどんなものより特別だと、そう思ってくれる人がいる。

 ……ダメだ、言葉じゃこの気持ちは言い表せないや。幸せってことだけは、こんなにはっきりしているけどね。

 そうやって全部のテーブルを周ったあと、私たちは再び新郎新婦の席に座る。まだまだ披露宴は終わらない、ということらしい。横に座った途端にあなたがため息を吐いたのは、残念ながらちゃんと聞き取ってしまったけど。さて、ならどうしようか。一応席には戻ったけど、というか戻ったばかりだけど。これからはしばらく単純な歓談の時間や余興の時間で、まあ結構ごちゃごちゃしている。どこもかしこも好き勝手に楽しんでいるという感じだ。

 つまり、今がチャンス。釣り人かつ気まぐれなセイウンスカイとしては、こういうタイミングは外せない。自由が許されるわずかな隙間を逃すなんて、私に限ってあり得ない。

 ぐいっと、無言でその手を握った。握り返されるのを確認して、ゆっくりと上に引っ張った。どうやら私の意図はあなたに伝わったらしい。そのまま立ち上がって、かつりかつりと歩を進める。まあそりゃ今日の主役二人だからそんな行動をしたら目立つのだけど、誰もがそれを見送ってくれた。こういう人の優しさに甘えちゃうのも、やっぱり私らしさかな、なんて。

 扉を開けて披露宴会場を出る。まだ、足を進める。引っ張っている手は、だんだんと追いついて隣に来る。二人で並んで、この先へ行く。

 最後に、式場の扉を開けた時。青い青い空の下へ、場違いなドレスとタキシードで踏み出した時。やっぱりその時、思ったことがあった。今までも何度も思ったことだけど、その度に新鮮な感覚で受け入れたもの。世界の見え方がそのたびに変わっているから、何度でも飽きないこと。

 今日も、最高にキレイな青空だ。

 今日というはじまりの日にふさわしい、キレイな青空だった。

 

「ありがとう、スカイ。連れ出してくれて。正直疲れた。ヘトヘトだ」

「それは同感ですから、連れ出したんですよ。お互い体力はあるはずなのに、それでもこれは凄まじいですねえ。春天の3200mより疲れたかも」

「懐かしいな。あの時はすまん」

「あれは私が悪かったでしょう。それにそれも経験したから、今私たちはこうしていられるんですよ」

 

 懐かしい話だ。あの天皇賞(春)の時、全部が壊れたと思った。それで今までが全部無駄になると思って、そうしようとした。だけど、そうはならなかった。そして結果だけ見ればむしろ、壊そうとしたことでより一層強固なつながりを得た。はじめての恋さえ、してしまうほどに。

 

「まあ、本当に色々ありましたけど。本当に、本当に色々ありましたけど。どれも無駄じゃなかったって、この結婚式があるだけでそう思えませんか? 私はあなたが大好きだから、そう思っちゃいますけど」

「そうか。それは確かに、そうかもしれない」

「やった、あなたも私のこと大好きなんだ。流石、言った通り大人になったらちゃんと迎えに来てくれましたね」

「もちろんだ。好かれるのは嬉しいし、その」

「その?」

「多分、俺もスカイのことが好きだったんだろう。……あの日に初めて、気づかされたというだけで」

「ありゃ、それは結構な発言ですね。未成年に恋をするのは犯罪ですよ、あなた」

「そう仕向けたのは君だろう」

「それは確かに。なので許しましょう。法律は許さないかもしれないですけど、我慢してたから許されます」

 

 やっぱりこの人は真面目だ。正論ばっかり、頑固で時々子供っぽいけど、どうしようもなく真摯だ。かわいらしいくらいに。そりゃあずっと好きだったって言われた方が嬉しいって、ちゃんとわかってるんだから。私の好きって気持ちを、これ以上ないくらい肯定してくれるんだから。

 

「それにしても、これから人妻かあ。早く良妻賢母をやりたいので、さっさとマイホーム見つけてくださいね」

「それは一緒に探すべきだ。もちろん、早めにだが」

「そうそう。結婚式を挙げてはい終わり、じゃ夫婦なんて呼べないんですから。誓った通り、これから幸せな家庭を築くんですよ」

「幸せな家庭、か。どんなものかわからないな」

「それは私にもわかりませんけど、わかることは一つありますよ」

「……なんだろうか」

「見えない未来でも、あなたとなら絶対に幸せだってことです。末永く、ずっと」

「そうか。そうだな」

「はい。楽しみですよ、とっても」

「俺もだ。スカイとなら幸せだと、思う」

 

 そう、やっぱり未来はわからない。わかるのは、今日はとりあえず大きなものが終わりを迎えるということ。始まって、終わって、その繰り返しの一区切りだということ。だからこれからも必ず始まるということ。行き止まりではなく未来はある、それさえわかれば十分だ。

 

「そうだ、あなた。子供は何人欲しいですか?」

「バカ。その、そんなことをいきなり聞くな」

「えー、ムードたっぷりがいいってことですか、このへんたい」

「あのなあ、そういうことじゃなくてだな」

「ふふっ、やっぱりあなたをからかうのは楽しいですね」

「スカイが楽しいなら何よりだよ。……そうだ。それよりちょっと、今なんとなく気づいたんだが」

「はい。なんでしょう」

「今日、一度も『トレーナーさん』と呼ばれてない気がする。『あなた』、とばかり」

 

 ……はあ〜〜。

 結構意識して聞かせてたつもりなのに、今になってやっと、なのか。この人、やっぱり鈍い。結婚までしておいて、やっぱり鈍い。こりゃあこれからの結婚生活も、苦労が絶えない気がするよ。まあでもちゃんと気づいてはくれたから、百点満点の反応には違いない。

 

「そりゃあ、そうでしょう。だってもう、そういう関係ですから。『トレーナーさん』は終わりです。トレーナーと担当ウマ娘の関係は、今日の結婚を区切りに終わりでしょうが」

「それはそうかもしれないが。その、むずむずするな」

「だから、『あなた』なんですよ。いけませんか、あ・な・た?」

 

 くるりとこれ見よがしにあなたの目の前に立って、青空を背にその顔を見つめる。私が恋をしたあの時よりは、ちょっぴりくたびれた顔かもしれない。成長というより、老化。まあでもそれは身体だけで、気持ちはこれからも未来へ進めるのだ。たとえば、今日みたいに。

 

「これからずっと、あなた、なのか」

「そうですよ、あなた? ダーリン、とかの方がいいですか? 子供が産まれたらパパとかでもいいですね」

「だからその、そんな気の早いことを言うな。なんとか、なんとかならないのか」

「えー、強情。……まあ、一つ案がないこともないですけど」

「なんだ。言ってみてくれ」

 

 自分から気づけばいいのに、とも思うけど。振り回され始めたらなすすべがないんだから、本当にこの人はしょうがないなあ。

 

「そうですね、まあ対等に、というやつです。私とあなたがトレーナーと担当ウマ娘じゃない、大人と子供じゃないって示すにはぴったりの。それで、いいですか?」

「対等、か。わかった。俺も、スカイとそうなりたい」

「そっか。じゃあ、言いますね。……心の準備は」

「問題ない。しっかり、これからの呼び方をしっかり聞こう」

 

 うん、うん。なら、言ってしまおうか。こんなふうに呼んだこと、一度だってないわけだけど。『トレーナーさん』が今日で終わりなら、これは今日始まるもの。

 だから、まるで初めて出会うかのように。はじめてのものが、これから先にあるように。そんなふうに、教えてあげよう。

 

「はじめまして────」

 

 少しおどけて少しかしこまって、そんな私らしく曖昧な感じで告げた、はじめまして、の後。

 私が、呼んだのは。

 

「……俺の名前、知ってたのか」

「そりゃ知ってますよ、知る機会がないとでも思ってましたか」

「いや、そりゃそうなんだが。なんだろうか、すごく新鮮だ」

「……嫌ですか?」

「……嫌じゃ、ない」

 

 そりゃよかった。なら、これからはできるだけそう呼んであげよう。今まで散々名前で呼ばれた分、私もあなたの名前を呼ぶ。対等だから。大人と大人だから。愛し合う、夫婦だから。

 

「えへへ、でもこれくすぐったいですね。なんだか恋人なんだなあって、そんな気がします。まあ、すっ飛ばして結婚しちゃいましたけど」

「……これから恋人らしい思い出を作ればいい。いや、たくさん作ろう。約束する、君を必ず幸せにする」

「本当ですか?」

「ああ」

「私よりかわいい子供がたくさん産まれても、お互いシワだらけのおじいちゃんおばあちゃんになっても」

「もちろんだ」

「……そりゃあ、嬉しいなあ」

 

 そう言って一瞬、私は後ろを振り返る。ドレスの合間をすり抜ける風に沿って、澄んだ青空に目を向ける。繊細な白を浮かべた雲が美しい。どこまでも果てのない青がキレイだ。今日という日を彩るものとしては、こんないつでもありふれたものが最高だ。

 そして一瞥ののち、あなたをまた見遣る。大好きな人の顔。愛する人のすべて。生涯を誓い合ったあなたの、これまでの過去とこれからの未来。積み重ねた変化と成長と、積み重ねてゆく未知と幸福を見た。

 そして、もう一度だけ。もう一度だけ、言わせてほしい。とりあえず、今日はもう一度だけ。

 

「愛してますよ────」

 

 もう一度、あなたの名前を呼ぶ。始めたばかりのそれと同時に、何度も何度も思ったその気持ちも口にする。だからこの言葉は、二つの意味を込めたもの。コインの裏表のようにその本質は同一だけど、それを端的に、最高に表した私の精一杯のメッセージ。

 今日は、すべての終わり。はじまりの出会いから、全部を諦めようとした挫折から、恋の成就から、何度も何度も繰り返した、積み重ねの総決算。今まであった変化と成長を、たびたび私は振り返ってきた。その時点での、結論を出した。だから今日もきっと、その一つなのだ。

 幕引きを告げる、エンディング。その、一つなのだ。

 だけど今日は、すべてのはじまりでもある。これからの人生にあるものを定めた、重大で大切な最初の一歩。そう、私たちが何度も終わりを迎えるのは、時には決断し時には挫けるのは、そこから一歩新しく踏み出すため。子供の私の結論も、大人になろうとして出した結論も、恋を叶えるための結論も、生涯を誓うための結論も、すべてがはじまりのために結論を出す。だから結論は常に未熟で、そして未熟だからこそ考える意味があった。やっぱり、今日もそう思った。だから今日もきっと、その一つなのだ。

 幕開けを告げる、エクステンディング。その一つなのだ。

 これが私の、私というコインの裏表。私の人生を形作る、曖昧故に強固な指針。

 始まりと終わりは、表裏一体(エンディング・オア・エクステンディング)

 世界の見え方は、私の気分次第なのだ。

 

 

セイウンスカイは正論男に褒められたい

                             了




これにて、本作「セイウンスカイは正論男に褒められたい」完結となります。
セイウンスカイとそのトレーナー、そして周りを取り巻く仲間たち、彼女たちの物語が、少しでも心に残るものであったら、そして原作のキャラの魅力を少しでも伝えられるものであったとしたら、これに勝る喜びはありません。
最後に少しこの作品のコンセプトについてお話しさせていただくと、大きく分けて二つのものがありました。
一つは、「企画の立ち消えたセイウンスカイの公式コミカライズを勝手にノベライズすること」。
もう一つは、「ゲーム原作、アニメ原作におけるセイウンスカイのキャラクター性、そしてそこに欠かせない他のキャラクターとの関係性、それらをすべて盛り込むこと」。
なかなか大それた目標を立てたと我ながら思いますが、それを達成できている、ともし一人でも多くの方に思っていただけるなら嬉しいです。
最後にお知らせをひとつさせていただいて、後書きを終えさせていただきます。
この連載小説について、大幅な加筆、修正、および表紙を描いていただいたくるみるみ(Twitter ID@sakusenbest)さんのたくさんの魅力的な挿絵を挿入した同人誌版「セイウンスカイは正論男に褒められたい」を、後日発刊予定です。
連載版より更に良いものになるようこれから頑張って作業していきますので、もしそちらの方も手に取っていただけるなら、とても嬉しいです。
本当に、ここまでお読みくださりありがとうございました。
感想評価、完結記念にくださればとても嬉しいです!
それだけめちゃくちゃ催促させてください!
では、今度こそありがとうございました!
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