ついに士道の精神が、崩壊する。
第14話
「承、夢」
真っ暗な空間、そこに士道は漂っていた。
「狂三……」
狂三があの『手』に握り潰される瞬間が瞼の裏に焼きついて離れない。
『まだあの娘の事を気にしてるの?』
そこに響いた女性の声。姿は見えないが、口調と声音で何となく分かる。
「〈ファントム〉、か……」
『おお、覚えててくれたんだ』
「まぁな」
『さぁ、君も分かったろ? 精霊の事はもう諦めた方がいい。それが君のためでもあるんだよ』
「でも――」
『――諦めたくない、だろ。分かってる。君なら必ずそう言うよ。でも、悲しい思いはもうたくさんでしょ』
「じゃあ、俺がやらなかったら、精霊は? 十香はどうなる?」
『死ぬね。確実に』
士道は影に飛び付いた。
「俺は、精霊を助ける。絶対に」
「はっ……夢か」
目を開けた瞬間、頭に鈍痛が走った。まるで痛みが頭から湧くように痛む。
「いつつ……」
額を押さえながら起き上がると自分がベッドで横になっていることに気づく。軽く側頭部を叩きながら意識を覚醒させると、十香がベッドにもたれかかるように寝ているのにも気づいた。
「――そういえば、俺、どうしたんだっけ……」
「ん、起きたのか。シン」
不意に医務室のドアが開いたので士道は一瞬ビクッ、となった。
「令音さん、俺……」士道は俯く。
「何も言わなくていい。大丈夫、琴里は無事だ。だが……狂三は――」
「――分かってます。死んだんですよね? また。今回は本当に」
令音は頷いた。
「そうなるな。だが、私の知る限り死傷者は出ていない。おかげで付近の病院はパンク状態、校舎はボロボロ、学校が再開するのには時間がかかるだろう」
「そうですか……」
「前回のこともあるが、今回も見事にやられてしまった。気にするなとは言わないが、深刻に受け過ぎても精神が壊れていくだけだ。何かあれば、相談してほしい」
「……琴里、琴里はどうなってるんですか!」
士道は立ち上がろうとするが、体の痛みで一瞬力が抜け、床に落ちた。
「話せないことはないが、無理しない方がいい」
「無理なんて! そんなんじゃ――」
そこで士道は言葉を止めた。いや、止められた。令音がうろたえる士道を頭を抱え込むように抱いてきたのだ。
「んーんー」
「とりあえず落ち着きたまえ」
士道が令音の腕をタップして降参を示すも、止まる気配が無い。
「んーんーん……」
令音が腕のホールドを外すと昇天しかけていた士道が顔を真っ青にして肩を上下させながら深呼吸を繰り返した。
「……すまなかったね」
「い、いえ、大丈夫です……生きてますし」
「で、琴里の元に行くんだな?」
「はい」
「ついてきたまえ」
士道は令音と共に医務室を出た。
「俺の腕は、治るのか」
〈ミズガルズ〉の大型後方格納庫の中層部に位置する『特別施術室』。その中心にある無機的なベッドに立花は横たわっていた。もぎ取られた右腕を再び『付ける』ためだ。右腕の切断部には人工血液を通す為のチューブが挿入されている。
「安心しろ。すぐにくっつけてやる。しかし、その左腕は不思議だな。さっきレントゲン写真を見たんだが、サイボーグの機構ではなかったぞ。完全にな」
部屋の隅では白衣姿の天話が施術の用意をしていた。
「ああ、夢で見たんだが、これは『悪魔の力』らしい」
「ふ~ん。悪魔ねぇ。じゃ、麻酔を入れるぞ」
そして立花の意識はゆっくりと闇に沈んでいった。
士道達は金庫の鈍重な扉を思わせるドアの前に立っていた。士道は思わず息を呑む。
「音声認証、村雨令音」
ピッ、という電子音と共に小さな戸が横に開き、そこからカメラが現れた。令音はそこを覗き込むようにしてかがむと、再び電子音が開き、ゆっくりとした動きでドアが開いた。奥にはさらにスモークガラスがあり、その横にはドアがある。
「……この奥に、琴里が」
「ああ、ここから先は君一人だ。ゆっくり話すといい」
士道は再び息を呑み、ドアを開けた。
そこには鉄の椅子に座った琴里がいた。しかも優雅に紅茶を飲んでいる。
「琴、里……」
「あら、どうしたの。早く座りなさいよ。案山子志望ならその夢応援するけど」
「いや、そんな夢ねぇけど」
士道は琴里の向かい側にある同じ形の鉄の椅子に座った。
琴里は紅茶のソーサーとカップを鉄のテーブルの上に置く。鉄の椅子、鉄のテーブル。壁は全て真っ青で部屋の四隅には監視カメラが設置されている。殺風景で冷たい。まるで監禁室のような有様だ。
「で? ここに来たってことは何か話があるんでしょう?」
「琴里、お前は人間で、俺の妹なんだよな?」
「じゃあ、それ以外私は何? 宇宙人? それとも地底人?」
「いや、真剣に」
士道は真剣なまなざしで琴里を見つめた。
「……人間だと思うわ。自分ではそのつもり。でも五年前、私は『精霊』になった。人は、精霊になれる。そしてあなたも、その精霊の力を使った」
「え……? 『なった』って、しかも精霊の力を使った?」
「そ」と琴里は足と腕を組んだ。
「あなたのその驚異的な治癒能力。それはわたしの能力なの。そして五年前、ある時をきっかけに私は精霊になった。詳しいことは覚えてないけどね」
「………」士道は俯く。
士道は思わず膝の上で手を握りしめていた。
「さ、質問はもうおしまい?」
「……最後に、一ついいか?」
「ええ、いいわ」
士道は顔を上げた。
「何度も訊くようだけど、俺たちがやっている事は本当に正しいんだよな」
「……正直、私も迷ってるわ」
「え?」
「だって、あなたも見たでしょ? 私は、狂三を殺そうとしたのよ? 全てが終わった後、本当に寒気がしたわ。それに、悲しかった――」
琴里は俯いた。頬には一筋の光が見えた。
「――精霊は、どこまでいっても、世界の災厄だって……」
「ッ!」
その瞬間、琴里が軽く頭を押さえる。
『シン、すまないが。ここまでだ』
「え、あ、はい」
士道は部屋を出た。内部の様子はスモークガラスのせいで見えていなかった。
(――精霊は、どこまでいっても、世界の災厄だって……)
士道の頭には琴里の先ほどの言葉が焼き付いていた。