「承、愛おしきモノ」
「本当にここか?」
渡された地図を頼りに来た場所は自衛隊病院。白塗りの建物でいかにも普通の病院だった。
門を潜ってロビーに入る。白い清潔感あふれる部屋だ。自衛隊というからもっと重い雰囲気だと思っていたのだが、案外そうでもないらしい。
受付に向かおうと一歩踏み出した時、誰かと肩が当ってしまった。
「あっ、すいませ……」
士道は目を疑った。ぶつかったのは、『十香』だった。いや、正確には『十香にそっくりの少女』だった。病的に白い肌で長い銀髪を後ろで束ね、赤い眼を持つ来禅高校の黒い制服の少女。外見は少し違うが、ほとんど双子だと思ってしまうくらいそっくりだった。
転校生だろうか。士道は見た事が無かった。
少女はハンカチを差し出す。
「落したぞ」
「え?」
少女の手の平に乗っかっていたのはかわいらしいピンクのハンカチだった。こんな物を持って外に出た覚えはない。
「落したぞ」
「いや、それ俺のじゃ……」
「落したぞ」
「………」
士道はしぶしぶ受け取った。ハンカチを受け取ると何も言わずに少女は踵を支点に半回転し、病院から出て行った。
少女を見送った後、それを頭を掻きながらポケットにしまい込んだ。
外に出た少女は駐車場を横切り、路地裏に入って行った。それを追う影が二つ。
路地裏で少女は唐突に立ち止まった。
「……出て来い」
すると物陰から二人の黒服を着た大男が現れ、何も言わずに腰から刀を引き抜き、少女に斬りかかる。
少女は軽い身のこなしで宙返りしてそれを回避しつつ大男たちの背後に回る。両腕を引き、腕に魔力を集中させる。両腕にエネルギーが溜まり、スパークする。独特のイオン臭が漂い始める。
そして突き出した。腕は男たちの腹部を貫通する。
「あ、がっ……」
引き抜くと青白い人工血液が吹き出し、その場に崩れ落ちた。
「サイボーグか。なら死なないな」少女は両腕についた血を蒸発させる。
少女は倒れた男たちを一瞥すると、裏路地の闇に消えていった。
「その……申し訳ありませんが、祟宮真那さんは今特別処置室で特別な治療を受けてますので面会はご遠慮していただいてます」
「家族なんですけど……ダメですか?」
受付に着いた士道はそんなやり取りをしていた。どうしても行かせたくないらしい。
「えぇ……ご家族の方でしても、現在は『特別な機材』を用いていますので一般の方は面会できない決まりでして」
士道は『特別な機材』という言葉が頭に引っかかった。それはきっと医療用顕現装置(リアライザ)のことだろう。魔法を現実に顕現させるような機械、顕現装置(リアライザ)は精霊と並んで秘匿事項なのだ。何故かは分からないが。
思わず肩を下ろした。この調子じゃあ、しばらく会う事ができないだろう。聞きたい事が山ほどあるというのに……。
「――士道?」
その時、どこかで聞き覚えがある声がした。
「折紙か?」
そこに立っていたのは点滴のスタンドを持って立つ、折紙の姿があった。華奢な体躯には湿布がところどころ張られていてどこか痛々しい。
「無事だったのね」
「え、あ、ああ」
そう言われるとなんとなく気恥ずかしい。紛らわすように頬を指で掻く。
「夜十神十香は?」
おお、十香のことも心配してくれているとは。
「ああ、無事だけど」
「チッ」
「どうした?」
「いや、何でもない。気にしないで」
今なんかいつも冷静沈着な折紙らしからぬ言葉が出たような気がするのだが、士道は気にしないことにした。
「そ、そうか」
「今日はなぜここに?」
士道ははっとなった。そうだ。ここには真那の見舞いに来たんだった。
「いや、ちょっと真那の見舞いにな。でも、行けないらしい」
折紙は眉を少し顰める。普段から感情の乏しい彼女だが、長い間いっしょにいたりすると感情の変化が何となく読む事が出来る。
「それは無理。恐らく機密性の高い機材が使われている。彼女は今特別棟で処置を受けている。無理矢理立ち入ろうとすればその場で拘束される。場合によっては射殺もあり得る」
士道は背筋に悪寒が走る。
「そうか。分かった。出直すよ」
士道は踵を返してロビーから出て行く。
「待って」
折紙が出ようとしていた士道の腕を掴む。
「ん?」
「士道、教えて。あなたは何がしたいの?」
折紙の顔は真剣そのものだ。
「……ごめん。言えないや」
手の拘束が解かれる。
「……そう」
士道は胸を撫で下ろす。
「でも、無茶しないで」
「ああ、絶対死ぬもんか」
士道はそう言って病院を出た。
「……守るんだ。今度こそ、絶対に」
士道は胸に固く刻み込んだ。
ちなみに銀髪の少女はアイギスではないです。念のために言っておきますよ。