「承、炎が、消える」
琴里は自室で痛みをこらえるように頭を抱え、勉強机に座っていた。ぬいぐるみなどが置かれた実に女の子らしい部屋はデスクライトのみで照らされ、少し薄暗く、不気味だ。
「……見てるんでしょ? 隠れてないで出てきたら?」
琴里がそう言うと、天井の板が一枚外れ、そこから鈴木が飛び降りて来た。
「バレてましたか」
「そりゃあ、ね。伊達に秘密組織の司令やってないわ。アンタはどこの人間?」
鈴木はいつものふざけた様子とは違う、真剣な顔をしている。
「言うと思いますか?」
「まぁ、そうなるわよね……ねぇ、〈ラタトスク〉に入らない? 意味は、知ってるでしょ。精霊のこと、私の事も」
「………」
「いいけど、もし、もしだよ。私が死んだら……士道の事、頼める?」
「らしくないですね」
琴里は自嘲するように小さく笑う。
「そうね。何かバカらしいわ」腕で顔の辺りを拭うふりをする。
琴里が振り返ると、そこに鈴木の姿はなかった。
「第四の精霊の出現ポイントが分かったのか?」
艦橋で一未はリーダーに訊ねる。
「ええ、〈イフリート〉の正体は分かったし、今日ははターゲットと士道君がデートすることも分かってるからその条件をイザヤ、エレミヤにかけたところ、〈イフリート〉は必ず出現する事が分かったわ。場所は、オーシャンパークよ」
「……らしい所だな」
黒いジャケットを着た一未は腕を組む。
「今日は黒乃も同行してるから、タイミングを見計らって一未を出すわ」
「了解した」
一未は踵を返して艦橋を出るところで腕を掴まれてリーダーに止められた。
「……あの悪魔の力は決して多用しないで。何が起こるか分からないから」
「……分かった」
一未は艦橋を出た。
第一格納庫に入ると天話と複数人のスタッフが何かを囲んで作業していた。
「ん、来たか。一未」
「主任、完成したんですか」
天話は二、三歩下がる。
「ああ、〈イェーガー改〉だ」
そこには〈イェーガー改〉があった。前よりも少し装甲が厚くなり、右肩には「改」と白くペイントされている。
「次回の出撃に間に合うように作ったんだ。飛行システムは試作だから制限時間があってあまり使えないが、出力は上昇している。もちろん、機動性は変わっていない」
「いい出来だ。出撃準備に入る」
「ああ」と天話が頷くと「総員、出撃準備だ!」と叫んだ。
ジャケットを脱ぎ、アンダースーツを着用する。これは肉体と〈イェーガー〉の整合性を高める為に使うもので、通常の衣服の上でも着装できるが、こうすることでさらに快適に使うことができる。
ヘッドセットを嵌めると通信機からリーダーの声が聞こえた。
『今、天宮駐屯地から〈ホワイト・リコリス〉が無断出撃して戦闘を開始したわ。出来るだけ破壊しないようにそれを援護しつつ〈イフリート〉を討伐する。それが『社長』の意向よ。今回も、叩くわよ』
「了解」
カタパルトに立ち、両足を固定する。
「立花一未、出撃する」
足元が光り、一瞬体に負荷がかかると同時に空に投げ出される。飛行システムを起動し、両脚、背部のスラスターが起動する。オーシャンパークのすぐ隣にある遊園地施設からはもうもうと煙が上がっている。どうやら戦闘が始まっているらしい。
腰の刀を引き抜く。画面に現場の状況がポップアップされる。
精霊は〈プリンセス〉、〈イフリート〉の二体。どちらもかなり厄介だ。
飛行限界時間が残り二分を切る。
「〈ホワイト・リコリス〉、聞こえるか」
『……何?』
通信機から返って来たのは少女の声だった。
「〈イフリート〉はお前に任せたい。しかし、〈プリンセス〉は任せてほしい」
『分かった』
了承の意を確認すると〈プリンセス〉の方に軌道を変える。
そして刀を構えて〈プリンセス〉――十香に斬りかかる。
「ッ!」
十香はとっさに〈鏖殺公(サンダルフォン)〉で防ぐも、一未の勢いが強すぎて十香は地面に跡を付けながら後ろに飛ばされる。
「キャアァァァ!」
いくら霊力を解放したといえ、それは一部のみだ。そこまで脅威ではない。〈イフリート〉――琴里は〈ホワイト・リコリス〉の火力に押されている。士道は〈ホワイト・リコリス〉が作り出す結界に閉じ込められているようだった。
一未は跳んで十香を斬る。
それを十香が防ぐ。
そして反撃。
攻防の応酬が続く。
「貴様はッ、何者だッ! 何の為に戦う!」
十香が一未を吹き飛ばす。一未は宙返りして着地し、刀を鞘に収める。
「確かに、力はあるな」
右手を鞘の口に当てて一気に間合いを詰める。
「だが、それだけだ」
鞘のトリガーを引く。
加速した切っ先は十香の天使を破壊した。
砕け散った〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は光と成って消滅した。
「なッ……!」
十香は自分の両手を見る。すると一未の斬撃が十香に迫る。十香はそれを腕を使って逸らす。しかし、逸らした瞬間に腹を蹴られ、メリーゴーランドの中心の柱に激突した。メリーゴーランドは音を立てながら倒壊した。
一未が近づくとメリーゴーランドの屋根がこちらに向かって飛ばされる。一未はそれを縦に切断した。十香は怪我をした右腕を庇いながらよろよろと立ち上がる。
「私は、負ける訳にはいかない……だから、来い! 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!」
「無駄だ。〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は破壊された」
その瞬間、世界が、揺れた。
地面だけではなく、空気も一緒に震える。霊波が急上昇していく。
十香の体が光り輝き霊装の形が変化する。豪華だった霊装は十香の身体に纏わりつくように凝縮され、騎士の鎧のような形に変わった。
「来い! 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉【シャッダイ】!」
十香の足元から金と紫の細かい装飾が施された盾が現れ、十香はそれを掴む。
「まさか、天使が、『進化』した!?」
凄まじいエネルギーの奔流が一未を襲い、一未は後ずさる。
十香は盾から両刃の剣を引き抜く。
「より素早く、より硬く、より強く!」
十香が剣を掲げるとまばゆい光が放たれる。そしてそれを構え、跳んだ。地面に蜘蛛の巣状のひびが入る。
「クッ……!」
それを防いだ一未は吹き飛ばされ、地面に転がる。目の前には、倒れ込んだ士道がいる。上を向くとこちらに飛びかかろうとする十香が見えたので後ろに跳ぶ。それと同時に〈ホワイト・リコリス〉が十香に向かってブラスタークを放つ。
十香は〈ホワイト・リコリス〉の掃射を避けるべく、後ろに跳ぶ。しかし、その際に発生した爆風が士道は吹き飛ばした。
「大丈夫か!? シドー!」
「あ、ああ。なんとかな」
士道は十香の肩を掴みながら立ち上がる。
「なぁ! もう止めてくれよ! 戦いはもう……」
折紙は俯く。
「………」
「分かってくれ……!」
折紙はキッ、と十香を睨んだ。
「夜十神、十香ァァァァァァァ!」
そう叫んだのと同時に夥しい量のミサイルが士道達めがけて降り注ぐ。
「分けてもらうぞ! シドー!」
そう言って盾を構えると目の前に大量の光の円が出現し、そこから十香の盾と同じ物が現れる。
ミサイルが着弾し、爆発する。
「ハァ、ハァ……」
折紙は肩を上下させて呼吸する。精神へのダメージがひどい。
煙が晴れると大量の盾は消失した。士道はがっくりと膝をつく。なぜか急な疲労感が襲う。
「すまない。シドー。こうするしか、なかったのだ……」
十香も体力が限界に近付いていた。
しかし、それは折紙も同じ事だったようで随意領域(テリトリー)が強制解除され、〈ホワイト・リコリス〉が元の重量を取り戻して落下するとそれと同時に折紙も崩れ落ちた。
そして、琴里の方で爆発音が響いた。
一未と琴里は向かい合う。
「久しぶりね。黒男」
「………」
一未は刀を構える。
琴里も戦斧を掴む。
そしてぶつかりあう。衝撃波が放たれ、建造物を破壊し、吹き飛ばす。
「アンタの目的が何か知らないけど、士道はもう、悲しませない!」
琴里は一未を強引に吹き飛ばす。着地するとスーツから蒸気が噴き出る。
地面を踏みしめて跳ぶ。刀を振り下ろすも斧に防がれ、砕ける。
「ッ!」
琴里の方を見ると斧が変形し、右腕に収まっていた。狂三を倒したあの一撃だ。
「【砲(メギド)】!」
炎の柱が一未に迫る。一未は左腕を掲げる。
「サタン!」
そう叫ぶのと同時に左腕が変形し、悪魔と成る。
悪魔にぶつかった柱は四散し、辺りに長い傷跡を付ける。
煙が辺りを覆う中で琴里は鼻を鳴らす。
「ふんっ! 結局この程度――」
煙から一未が現れ、悪魔で掴み、地面に叩きつける。
「しまった……」
琴里は必死にもがくも、拘束からは抜け出せない。それどころか、悪魔から放出される反霊波によって力がでない。
すると十香を背負った士道がこちらに気づいたのか、叫ぶ。
「琴里!」
「来ないでっ! おにーちゃん!」
「ッ!」
士道は立ち止まる。
一未の腕が元に戻る。そして右腕を琴里に刺す。
「ガアッ……」
腕を引き抜くとブチブチッという嫌な音と共に赤い宝玉が引き抜かれた。
「琴里ッ!」
一未は宝玉を握りつぶす。宝玉はガラスがはじけるように破片をばら撒いた。
琴里は士道に笑いかけた後、その生命活動を終了した。
「琴里ィィィィィィィィッ!」
士道の意識はブラックアウトする。十香も地面に投げ出された。
一未はしばらくその光景を見た後、スラスターを噴射して帰還する。
全国の琴里ファンの皆様、申し訳ございません。琴里の出番はここでいったん終わります。
すいません。デートシーンを期待していた方も、すいません。そこは原作で読んでください。
作者にはデートシーンを書く勇気と技術が足りなかったのです。
では、次回からは八舞編、スタートです。