仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーテンユウ   作:春風れっさー

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第一片 天高く、姦しく

 それはチラホラとした細かい雪が降る曇り空の日だった。

 暗澹とした灰の空を、舞い散る白い蛍ような粉雪が彩っている。乾いた空気が喉に痛く、冷たい風が乱雑に肌を撫で上げて。香りには常に水の気配が滲み、耳に聞こえる音はどこか少しだけ遠い。

 北国であるこの街では晩秋から初春までよくある空模様だ。見飽きるほどに眺めたつまらない、いつもの、常通りの天候だった。

 でもその日は、その時の空は、よく憶えている。

 

『……私は、私はね……』

 

 あの頃の俺は、自分より年上の大人が泣くということに慣れていなくて。それが自分より一つ二つしか違わなくてもやっぱり大人は大人で。だから粉雪が舞う無人の神社で、俺はその女性を前に慌てることしか出来なかった。

 

『みんなに、笑顔でいてほしかったんだ。でもそれは、世界が許してくれないの。あの子たちが笑うことを、ただ健やかに過ごすことを、この世界は受け入れてくれないの……』

 

 美しい人だった。

 艶やかな黒髪も濡れた眼差しも綺麗だけど、それ以上に内面から芯の通った気配が伝わるような、凜とした立ち姿が素敵だった。

 

『どうしよう。どうすれば、みんなを――幸せに、出来るんだろう……!』

 

 そんな人がまるで、幼子のように泣きじゃくっているのは、どうしても受け入れがたくて。

 

『分かんないよ……分かんないよ……!』

『■■さん……』

 

 でも俺は、どうしようも出来ず立ち尽くすだけ……。

 だったなら、せめて良かったのに。

 

『泣くのをやめてくれよ。その……』

 

 泣き止んでほしかった。純粋に、悲しんでほしくなかったから。

 笑ってほしかった。微かに口の端に浮かべた涼やかな微笑が、何より素敵だったから。

 

『俺は、禄に事情も分からないけどさ』

 

 よせ、だったら余計なことを言うな。

 どこかから声が響く。それは俺の声だ。

 でもその口は、止まらなくて。

 

『嫌だったら――』

 

 そこで、その光景は止まる。

 俺の言葉を聞いた女性が、何かに気付いたように固まって、そして。

 

 ――何かを諦め切り捨てた、壮絶な表情で顔を上げる。

 心中に巡った迷いも憂いも、その全部を焼き払い、更地となった心の荒野で一人立ち上がった、そんな顔。どんな思いを抱けばそんな顔が出来るのか。どんな決意があればそれを選べるのか。分からない。その時も、今も。

 

 分からない。だけどそこで、終わるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はっ」

 

 ガタン、と一際大きな揺れが俺を微睡みから呼び起こす。頭を振って眠気を晴らせば、そこが電車の中であることも思い出した。

 人気の無い、田舎の普通電車。詰めるまでも無く空いた席の一角に座りながら、俺はうたた寝していたようだ。

 

 ――寝ていた、のか。まぁ昨日はベンチで夜を過ごしたからな……。

 

 蛍光灯の明かりで夜の迷信が払われ、宿泊施設が充実した現代でも、意外と野宿というのはあり得るのだ。昨日はホテルの受付時間がとっくに過ぎていたので、仕方なく公園のベンチで夜を明かした。まぁ、長いこと旅を続けているので慣れたことだ。慣れてはいるが、やはりベッドよりも寝心地は悪い。その疲れからか、電車の中で眠りこけてしまったらしい。

 

「しかし、悪い夢見だ……」

 

 俺は長い嘆息を吐き、少しでも気を静めようとする。

 嫌な夢だ。餓鬼だった俺の、阿呆なやらかし。何も知らない馬鹿野郎が、誰かの人生を無知故に台無しにする話。

 過去は過去だ。だけど過去こそが、人を作る。

 だから俺は今も、あの日のことを忘れられないのだ。

 

「でも夢に見るほど思い出したってことは、やっぱり思うところがあるんだろうな」

 

 そう呟いた時、丁度アナウンスが流れる。

 

『えー、間もなく――』

 

 それは聞き覚えのある駅名を伝える声。

 何度も何度も、昔は自分の名前に次ぐくらいに聞いていた、忘れるはずも無い名前。

 

「……帰ってきたか。こういう時は、なまら懐かしい、くらいは言っておくか」

 

 窓の外に見え始めた景色は紛れもなく――蝦夷地にありし故郷の風景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 改札を潜ると、懐かしい香りが鼻をくすぐった。あまり変わっていない駅前の街並みが運ぶその匂いに苦笑しながら、俺は取り敢えずとある場所を目指すために歩き始めた。

 掲示板に『水難事故多発。川辺に行く時は注意!』と書かれているところを、過ぎ去って。

 

 俺、丑川(うしかわ)内人(ないと)は旅人だ。日本中を歩き回っている。

 高校を卒業してからずっとだから……もう五年になる。短いようで、長い時間だ。国内だけだが、もう結構あちこちを回ってきた。

 そして今日、麗しの故郷を訪ねてきたのは帰郷のためじゃない。正直言うとネガティブな話で、旅に行き詰まったのだ。

 

 俺は、探し人をしている。

 そして五年、見つかっていない。

 

「変わらない、か。この場所も」

 

 辿り着いたのは石階段を登ったところにある神社だった。降り積もった落ち葉を踏みしめ色褪せた鳥居を潜ると、敷地が広い割に小さな本殿が出迎えてくれる。社務所はあるが、人はいない。住宅街や大通りから奥まった、辺鄙な場所にあるせいだろう。寂れたこの社に初詣以外に人がいるところを見たことが無い。……五年、いや八年前までは。

 

「いない。……まぁ、そりゃそうか」

 

 俺はやはり、と予想通りながらも失望を覚え、小さく嘆息した。

 この場所は、あの人と最後に出会った場所だ。俺がここを訪れると、あの人はいつもここにいた。八年前のあの日、この街から消えるまでは。

 だから縋るようにしてここへ足を運んでしまったが……やはり、空振りだったな。

 

 仕方なく鎮座していた賽銭箱へ、まぁどうせだからと小銭を放る。折角神社に来たのだから、参拝ぐらいはしないとな。

 一礼し、目を瞑る。そして心の中で願いを思い浮かべる。

 俺が神様にまで願うような事柄は、一つだけだ。

 

 ――会えますように。

 

 瞑目して真摯に願う。だが心のどこかでは、神頼みでどうにかなったら苦労はしないと自嘲する自分もいた。

 

 ――やれやれ、大分気鬱が入ってきてしまったな。

 

 潮時なのかも知れない。そろそろ。切り替えるには、いい区切りなのかもな。

 そう、どこか諦めた気持ちで顔を上げる。

 

 ふと、目が合う。

 あり得ない筈だった。ここには自分一人きり。しかも前には拝殿しかない。

 こんな状況で目が合うなんて、神様ぐらいにしか考えられない。

 

 だが紛れもなくそこには、真ん前から覗き込む、逆さの少女の顔があった。

 

「――うわぁ!?」

 

 驚いて仰け反った俺はバランスを崩し、盛大に転がった。積もった落ち葉が派手に舞い上がる。

 

「い、いてて」

 

 ドシンと尻餅をついてしまい、呻く。強かに腰を強打した。

 そんな俺を見て、少女は笑い声を上げた。

 

「シシシッ! 驚き過ぎだよ!」

 

 本殿の屋根裏に、コウモリのようにぶら下がった少女だった。カジュアルな恰好をした、中学、高校生くらいの少女。緑の組紐で二つ結びにされた明るい茶髪は重力に従い、藤の花めいて下へ長く垂れていた。

 少女は腕の力と足を引っかけただけの姿勢で、悪戯げな笑みを浮かべていた。

 

「お、お、お前っ、誰だよ!?」

 

 動転したまま俺は少女に問いかける。見たことも無い少女だ。年齢も離れていて、少なくとも故郷の古馴染みではあり得ない。

 

「んー、シシッ! ま、それは別にいーじゃん!」

 

 だが少女は俺の質問にも答えず、パッと屋根の淵から手を離した。

 あっ、と俺は声を上げそうになる。だがそんな心配を余所に、少女はクルリと翻ると音もほとんど立てずに綺麗なフォームで着地した。

 

「フフン。このくらい朝飯前よ」

 

 俺が呆然としている前で、少女はそう言って胸を反らす。

 確かにすごかった。だがそれは脅かした理由にはならない。

 俺は抗議した。

 

「い、いきなり何をすんだよ!」

「えー、気付かない方が悪いじゃん。だってすぐ近くに忍び寄っても何も反応しなかったよ? ふつーあそこまで近づいたら気付くでしょ!」

「うっ……」

 

 確かに、すぐ目の前まで、しかも逆さになった状態で気付かないのは俺の不注意か。それだけ祈ることに夢中になってしまっていたようだ。

 

「ぐっ……で、でも、何か用かよ。別に、放っておけばいいだろ。おどかしたかっただけか?」

 

 ばつ悪く目を逸らしながら俺は言う。そうとしか思えなかった。縁もゆかりの無い相手へわざわざ近づいてビックリさせるだなんて、ただの悪戯心の発露にしか見えない。少女の幼げな態度もそれを示唆した。

 だが少女はゆったりと首を横に振る。

 

「んーん。それは半分だけ。もう半分は……」

 

 そう言って少女は、俺の後ろを指差した。

 

「あ?」

 

 俺は疑問に思いながらもその指先へ追従する。グルリと首を巡らせ、そこにあった風景を目に映す。

 また、目が合った。

 

『あ?』

 

 そこには奇しくも俺と同じように呆けた声を上げ、同じように首を傾げる存在がいた。だが、それ以外は全く俺と似ていない。

 例えるならそれは、鮭の化け物だった。人間サイズにまで大きくなった鮭に、鱗と似た質感の銀色の手足が生えた異形異類。両腕には何かを巻き付けて、身体の一部には何かおどろおどろしい紋様が入っている。

 魑魅魍魎。

 そうとしか形容の出来ない化け物がそこにいた。

 

「は――は、はぁ!?」

 

 現状を認識し、一転パニックに陥る。

 だって一目で分かる。その鱗の光沢も、首を傾げた生々しい動きも、放たれるこの世為らざる妖しい存在感も――その全てが、ソイツが本物だと告げていた。

 

『ギ、ヒヒヒッ! あんだよぉ、こんなところに獲物がいるじゃねぇか!』

 

 ソイツは下卑た笑みを――鮭頭だけど、妙によく伝わった――浮かべると、俺らへ向け歩き出す。

 

『丁度良いや。術士共の変な技でちょっかい出されて気が立ってるんだよ。俺を殺す技もねぇくせにチクチクチクチクうざったらしくてよぉ。面倒だから逃げてきたが、こいつら喰ったらいっちょ仕返しに行くかぁ!』

 

 べらべらと何か喋っているが、訳が分からない。だけど、いい感情を向けられてはいないのは分かる。

 

「やべぇ……! おい、逃げるぞ!」

 

 だから俺はパッと立ち上がり、後ろにいた筈の少女の手を掴んで逃げようとした。だが、その手は空を切った。

 少女が既に、すれ違うようにして怪物の前へ一歩踏み出したからだ。

 

「な……おい!」

「フフン。一つ訂正しておくよ」

『あ……?』

 

 鮭頭が怪訝な表情をする。対する少女は自信満々だ。

 

「ちょっかいでも、アンタが逃げてきた訳でも無い――追い立てられたのさ」

 

 そう言って少女は、頭に手をやる。そして俺は気付いた。

 さっきは逆さまで髪型が崩れていた所為で見えなかったが、彼女の髪にはバレッタに似た髪飾りがついていた。掌に収まる程度の大きさの――(いたち)の顔めいた、飾り。

 少女はそれを髪から取り外すと、手の中で玩びながら。

 

「オン・ルドラ・ラン・ソワカ」

 

 そう、意味不明な呪文を唱え始める。するとその髪飾りが見る見る内に大きくなった。そうなると、その正体が見えてくる。

 それは、仮面だ。鼬を模した、古めかしい意匠の仮面。

 

「やるよ、天鼬(てんゆう)()怨面(おんめん)

 

 少女は語りかけるように言葉をかけると、その仮面を顔に被せる。その瞬間、俺は空気が変わったのを感じた。

 冷たいような、張り詰めたような――訳も無く緊張してしまうような、そんな空気感。それは直感で、あの仮面が発している物のように思えた。

 

「ク、アァ、ウアァァ……!」

 

 少女が呻く。それは先程までの溌剌とした様子からは考えられない、苦痛に満ちた声だった。まるで荒縄で四肢を締め上げられているような、耐え難い痛みを堪える声音。

 袖から見える手に、うなじに痣が浮かぶ。絵屏風に書かれる雲のような紋様だ。それらが恐らくは全身を這い回った辺りで少女は、低く呟いた。

 

「――変身」

 

 直後、淡く色づいた霧のような物が少女を包む。それが渦巻いて散った頃には、少女は全く別の姿へ変じていた。

 

 薄暮のような白いアンダースーツ。曇り空の如き灰色の布鎧。

 腰元のバックルには金細工の点が三つ、三角状に並んでいる。

 そして腰背部からは、白い毛に覆われ、先端だけが墨をつけた筆めいて染まった長めの尻尾が生えていた。

 

 鼬の面を被ったその出で立ちは、まるで着流しの浪人のようにも見えて。

 少女の声で、高らかに名乗りを上げるのだ。

 

「我が名はテンユウ! 退魔の担い手、御伽装士(おとぎぞうし)が一柱! ――なんてね」

 

 末尾へ悪戯気に付け加えた少女――御伽装士・『テンユウ』は、凜とした構えを取って化け物と対峙した。

 

「さあ、天誅よ!」

『御伽装士、だったのか……だが!』

 

 その姿を見た鮭の化け物は苦々しげに呟く。どことなく恐れている様子だ。しかし逃げることも無く、真正面から躍りかかってきた。

 

『テメェを喰っちまえば名が上がるってもんよぉ!』

「鮭……いや、バケジャケに食べられるなんて、洒落にもならないね!」

 

 腕に何かを巻き付けた鮭頭、バケジャケの拳をテンユウは掌で難なく逸らす。そうして崩れたところを鋭く蹴り上げ、銀色に光る不気味な躯体を吹き飛ばした。

 

「やぁ!」

『グギッ!』

 

 バケジャケは地へ落ち、背中を強かに打ち付ける。あぁ、痛いってよく分かるのが何となく嫌だ。

 

『グ、小娘ぇ……!』

 

 怒りの声を上げながらバケジャケは再度格闘戦を挑む。だが流麗な構えで受け止めるテンユウはその悉くを逸らし、カウンターで痛打を与えていた。

 多少の護身術は心得のある俺だから分かる。鍛え上げられた格闘術だ。あの年頃でどんな荒行をすればそこまで至れるのか、想像も出来ないほどに。

 

『ゲッ、ガッ!』

 

 バケジャケは何度も何度も挑みかかっては反撃を貰い受け、テンユウにまるで敵っていなかった。やがてバケジャケは格闘で圧することを諦めたのか、後ろへ飛んで大きく距離を開けた。

 

「フゥン、逃げる気? 平装士からもアタシからも逃げて、じゃあ今度は人間から逃げるのかしら?」

『舐めるなよ……!』

 

 バケジャケは憤怒を滲ませながら、両腕を交差させて構えた。そして、一気に突き出す。

 すると腕に巻かれていた物が解けて伸び、テンユウに向かって素早く巻き付いた。

 

「むむっ!」

「これは……網?」

 

 テンユウの背後で状況を見ていた俺はその正体に気付いた。それは網だ。漁業に使われるような、灰色をした投網。

 放たれた網は細く綱のようになってテンユウの両側から巻き付き、両腕の自由を奪った。

 

『ゲゲゲーッ! これでもう手も足も出ねぇだろ!』

「……一つ、訂正しておくよ」

『あ?』

 

 先程の台詞を挑発するかのようにリフレインさせ、テンユウは不敵に呟く。

 

「手は出ない。でも、足は出るよ。――退魔道具!」

 

 テンユウが叫べば、その足に緑の何かが巻き付くようにして現われる。

 緑色の布地に白雲の意匠があしらわれたそれは、同じく緑と白の螺旋に染まった縄が巻き付いた脚絆(きゃはん)だった。

 

浮雲(うきぐも)脚絆(きゃはん)!!」

 

 名を呼んでテンユウが宙を蹴り上げる。鋭いハイキック。しかしそこには何もいない。バケジャケを蹴りつけるには距離が開いている。

 だが、攻撃は届いた。

 縄がほどけ、意志を持つかの如くしなってバケジャケの鱗を打ったからだ。

 

『ゲギャ!?』

 

 脚絆から伸びた縄は鞭のようにバケジャケを叩く。そして拘束が緩んだところを、テンユウはスルリと抜け出した。

 

『あっ、クソぉ!』

「残念、足癖は悪くってね!」

 

 してやったりと言わんばかりに嬉しげにそう言うと、テンユウはもう一方の縄も操りバケジャケへ猛攻を仕掛けた。

 

「やっ! とおっ!」

 

 宙空を蹴るようにすれば、ボクサーパンチのような勢いで縄が伸び、バケジャケへ叩きつけられる。何かの力が籠められているかのように、縄は自在に動いた。まるで蛇のようだ。

 打たれる度に銀色の鱗が飛び散って、バケジャケは汚らしい悲鳴を上げる。

 

『グギッ! ――テメェ!!』

 

 一方的に攻撃されていたバケジャケだが、怒りで痛みが麻痺したのか縄を無視して両掌を突き出す。もう一度網を放つ気だ。

 

『今度は両脚も縛り上げてやるよぉ!』

 

 そう吠えて、バケジャケは網を放った。今度は広がっている。テンユウの全身を包むつもりのようだ。

 

「おい――!」

 

 不味いと思って、俺は叫んだ。テンユウに警句を発しようと思ったのだ。だがテンユウは、微かにこちらを振り向いて。

 

「――シシッ」

 

 仮面越しで、悪戯げに笑った。

 

 直後、縄が蛇のようにのたうつ。

 

『なぁっ、なんだぁっ!? ――ゲッ!』

 

 突然鎌首をもたげた二本の縄にバケジャケは面を喰らうが、次の瞬間には何が目的だったか身を以て思い知る。バケジャケが広げた網――それを押し返すように縄が巻き付き、バケジャケごとに縛り上げたからだ。

 

『ゲェッ!?』

「お笑いぐさだよね。自分の投網で捕まっちゃうなんてさ!」

 

 そう言い捨ててテンユウは巻き付けた縄の端を操って逃がさないように結ぶと、決着をつける為に脚へ力を溜めた。

 

「オン・ルドラ・ラン・ソワカ!!」

 

 高らかに叫ぶと同時、テンユウは地を蹴って舞い上がる。縄がそれを阻害する事は無い。彼女の意思に従って、どこまでも伸びるからだ。

 北の街の冷たい空。高く高く飛び上がったテンユウは足を突き出し、一直線に降り注ぐ。

 狙いを違えることは決して無い。何故ならその縄が、今度はピンと張って標的へ真っ直ぐ導くからだ。

 

「退魔覆滅技法! 暗雲一破!!」

『ゲ、ギャアアア!!』

 

 必中の蹴技はやはり過たず炸裂し、テンユウはクルリと着地した。伸び縮みする縄はもう拘束している意味も無いとばかりに素早くほどけては、主人たる少女装士の脚絆へと舞い戻る。

 そんな一幕の、一瞬だけ後。

 

『畜、生ォォォ!!』

 

 バケジャケは爆風と共に粉々に吹き飛んだ。

 

「――天誅、完了!」

 

 最後にそう、宣言して。

 俺が初めて目撃する装士と化け物――化神の戦いは、終わった。

 

 

 

 

 

 

 

「――なっ」

 

 俺はしばらくポカンとしていた。目の前で繰り広げられたあまりに常軌を逸した出来事に、魂消ていた。

 だがテンユウが変身を解除し少女に戻ったところで我に返り、すぐさま詰め寄った。

 

「な、な、な、なんだ今の!? 何が起きた!?」

 

 俺は大分動転していたが、それは、そうもなるだろう。

 いきなり化け物に襲われたと思ったら、今度は見知らぬ少女が変身してソイツをやっつけたのだ。あまりに非現実的な現象で、訳が分からない。

 しかし少女は問い質そうとする俺の鼻先に指を立てて制止して。

 

「別に、大したことじゃないよ。ごくありふれた日常。だから、ラン――」

 

 何かを唱えようとして、ふとそれを止めた。

 そして逆に、訊いてくる。

 

「そういえば、なんでここにいたの?」

「え?」

「人があまり来るところじゃないと思うよ? だから此処に誘導したんだし」

「あ、あぁ、それは……」

 

 何を言われてるか分からないが、それでも訊かれたことで反射的に答えてしまう。

 

「思い出、の場所だったから」

 

 淡く、そして苦い思い出だが。

 俺がそう答えると少女は少し思案するような顔をして。

 

「……ふぅん」

 

 指をしまった。

 それが何を意味するのか分からない。だが彼女は俺に背を向けると、独り言のように呟く。

 

「……なんだろう、懐かしい匂いがする。結構、好きだな……」

 

 小さく漏れた言葉。一方で俺の困惑は晴れない。

 

「で、さっきのなんなんだよ。説明を――」

「……シシッ」

「え」

 

 もう一度説明を求め、しかし少女がもう何度も見た悪戯げな笑みを浮かべたのを見て、嫌な予感がした。

 

「お、おいまさか」

「説明して欲しかったら、さ」

 

 少女は急に走り出す。軽やかなステップを踏むとぴょん、ぴょんと境内の端まであっという間に行ってしまった。動物のように俊敏な動作に、俺は反応できない。

 

「――アタシを探し出してね、おにーさん♪」

「おい!」

 

 そう言って少女は、パッと飛び降りるようにして鳥居の向こうに消えた。慌てて追いかける俺は唯一の出入り口である石階段を見下ろすが、そこにはもう少女の姿は跡形も無かった。

 

「なんだったんだ、一体……」

 

 結局少女の正体も化け物との戦いも何も分からず、俺はしばらくそこで立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 数時間後、俺はオープンテラスのカフェで溜息をついていた。

 あのままあの場所で呆然としても埒があかないので、俺はすぐさま行動に移した。シンプルに、あの少女を探したのだ。

 とはいえ顔しか分からない少女だ。街を駆けずり回るぐらいしか探しようが無い。そしてそれは徒労に終わった。

 なので俺は取り敢えず、休憩の為一息つくことにしたのだ。溜息だったが。

 

「まったくアレは、本当に現実だったんだろうな」

 

 時間が経てば、何でも実感は薄れていく。現実離れした光景なら特にだ。

 考えれば考える程、あり得ない。よく出来たCGだと言われて、映画の撮影だと言われたら信じてしまうかもしれない。それくらい、現実である訳がない光景だった。

 化け物の実在も、それと戦うヒーローも、とても人に言われては信じなかっただろう。

 それを探すのはどうにも、客観的には馬鹿なことをしているようにしか見えなかった。

 

「何をしてるんだろうな、俺は……」

 

 コーヒーを飲みながらそう呟いていると、信号が青に変わったのかテラス前の歩道を人々が通り過ぎていく。堰を切ったように流れ出す人の川を眺めていると……。

 

「……ブッ!?」

 

 俺はコーヒーを勢いよく噴き出した。

 何故なら今通り過ぎた制服を着た女子学生が、あの少女だったからだ。

 

「ちょ、ちょちょ、店員さんごめんお会計!」

 

 慌てて俺は会計を済ましてその背を追いかける。幸いそれ程のスピードで歩いてなかったおかげで走れば簡単に追いつけた。

 

「おい、お前!」

 

 声を掛けると、少女は振り返った。

 明るい髪、茶色い瞳。あの時の少女だ。怪訝な表情を浮かべているが、間違いない。

 

「は? 何ですか?」

「何ですか、じゃねぇよ」

 

 俺は不機嫌に問う少女へと詰め寄る。

 

「キッチリ説明してもらうぞ……さっきのことを!」

「……貴方なんて知りませんけど。人違いじゃありません?」

「んな訳……!」

 

 あり得ない。だってその少女は神社で見たままだ。髪型がポニーテールで制服を着ているが、それだけで見間違うはずも無い。すぐ目の前で見たのだから。逆さまだが。

 

「しらばっくれんなよ! 忘れたとは言わせねぇ……!」

「いや本当に知らないんですけど……懐かしい感じはしますし、昔会いました?」

「昔は会ってねぇよ! ……いや故郷だからそういうことももしかしたらあるかもしれねぇけど、少なくとも憶えはねぇし……」

 

 途中そう考えてしまうが、いややっぱり会ってない筈だ。俺たちが会ったのは、ついさっき。

 しかしなんでコイツ、そんなすぐバレるような誤魔化し方を?

 

「はぐらかそうったってそうは行かねぇぞ。さっきのこと、教えやがれ!」

「マジでなんなんですか。警察呼びますよ」

「はぁ!? 何でだよ!?」

 

 挙げ句そんなことを言われてしまう。

 いやどう考えたって、理は俺の方にあるだろ!?

 

「いい加減――」

 

 堪えきれず怒声を浴びせそうになって、ふと目に入る。

 少女の背後。俺たちが揉めている間も通行人は行き過ぎている。中には俺たちのやり取りに目をやる人もいるが足までは止めない。だから人の流れは途切れないでいた。

 だが、その遙か向こう。

 そこに、ある背中が見えた。

 

「――な」

 

 背筋のピンと張った、黒いコートを着た女性の背中。

 俺はそれを認めた時、遮二無二に駆け出した。

 

「は? ちょっと貴方――」

 

 後ろで少女が何か言っているのが聞こえたが、俺は構わずに走る。

 背中は遠い。しかも角を曲がり、路地裏へ消えてしまう。

 

「待ってくれ! おい!」

 

 呼びかけるが背中は振り返りもしない。そのまま俺も路地裏へ駆ける。背中は辛うじて見えたが、また遠くなっていた。

 必死に追いかけた。息を切らせちっとも縮まらない距離に辟易しながらも、見失ってなるものかと懸命に。

 

 そして気付けば俺は街を飛び出し、森の中の川辺にいた。

 

「はぁ、はぁ……あの人、は」

 

 荒い息を吐きながら俺は辺りを見渡す。だがあの人の影は無かった。川のせせらぎと、木々の擦れ合う音だけ響く。それだけで、誰の息づかいも無い。

 

「……見失った、か」

 

 俺は溜息をついた。だが、幾分か絶望は浅い。

 いたんだ。あの人が。この街に。

 ずっと探しても会えなかったあの人の、後ろ姿だけでも見れた。

 それを知れただけでも俺は溢れる希望に満足していた。

 

「よし、そうとなれば――」

 

 実家にはもう誰もいないから、ホテルの長期滞在を予約しなければならない。

 そう思い立って街の方向へ戻ろうと一歩踏み出す。

 その瞬間、森の音が変じた。

 

「!? なんだ」

 

 鳥の群れが飛び立ち、木々のざわめきが一層強くなる。川の音は変わらないが、マイナスイオンを纏った心地よい涼気は、まるで墓場のそれのように寒々しく一転していた。

 俺は川向こうの森を注視する。正確には、その奥の暗闇。更により正確に言うならば、そこにある気配。

 

「誰、だ」

 

 その誰何に、答える声あり。

 

『ゲッゲッゲ……食いでがありそうな男前だなぁ。こりゃあついてるぜ』

 

 現われたのは、見覚えのある風体だった。ついさっきに、見た姿。

 

「また、魚人間かよ!?」

 

 そこにいたのは先程神社で遭遇した魚の面をした怪人だった。腕に網らしき物をつけているのも一緒。違うのは身体を覆う鱗が金色をしていて、縞模様があることくらいだ。

 俺のリアクションを見た金色魚人は首を傾げる。

 

『あん? おいおいテメェ、まさか俺の弟と遭ったのか?』

「弟って、あの鮭野郎かよ」

『そうだ。同じ場所で生まれた魚の化神だ! ウマもあってな、意気投合した俺らは義兄弟の契りを――って』

 

 金色の魚人はそこで言葉を止め、瞼の無い瞳で俺を見つめた。

 

『――なんで、弟を見たテメェは生きてんだ?』

「……まずっ」

 

 しまったと俺は顔を顰めた。どう見てもコイツらは、人間に好意的じゃ無い。コイツにとっても弟たるバケジャケのリアクションは想像できただろう。そしてその結果俺が生きているとなれば、その結論には容易に辿り着く。

 

『テメェ、まさか弟を……!』

 

 魚人が気色ばむ。身体から殺気を立ち上らせ、俺へ近づくために川へと一歩踏み込む。

 やばい。俺は背を向け逃げようとするが、先の戦いを思い出し踏み留まった。あの戦いの身体能力を見れば、容易に逃げられないことは予想がつく。しかもさっきまで俺は全力疾走していた。絶対に走り合いじゃ勝てない……!

 万事休す。怒りに身を滾らせる魚人を前にゴクリと生唾を飲み込む。

 ここで、死ぬのか……?

 そう覚悟する俺に、それは届いた。

 

 風、ではない。

 だが明らかに、空気が変わった。陰気な空気が吹き払われ、元の清涼な水気が戻って来た。重苦しさは晴れ、肺を通って心の中にまで澄んだ空気が染み渡ってくる。

 まるで世界ごと一変してしまったような感覚だった。例えるなら怪人による猟奇殺人ホラー作品から、それを退治する――

 

「やっぱりここにいた~」

 

 ――ヒーローの、舞台へと。

 

 声のした方を振り返れば、少し高い位置にある岩棚に腰掛けた少女の姿があった。

 

「お、お前……」

 

 また会った。そしてまた、恰好が微妙に違っている。髪は頭の後ろでお団子に纏めていて、森ガールだとでも言うような甘い配色のワンピースを着ていた。

 少女は岩の上へスカートを叩きながら立ち上がると、魚人を指差した。

 

「もう、朝からずっと川をパトロールしていたのに出てこないんだもん。挙げ句霞澄(かすみ)ちゃんの方に出た時は外れかと思っちゃいましたよ。でも勘に従ってよかった~。おかげで獲り漏らさずにすんだもの」

『何を言ってる、テメェ……?』

 

 怪訝にそう呟いた魚人へ向けて、少女は断言した。

 

「貴方を倒すって言ってるんですよ~、金鮭くん」

 

 そう、まるで世間話のように。

 少女は化け物退治の確定事項を宣告する。

 

『テメェ……俺は、俺は……!』

 

 それを聞いた魚の怪人は、俯いて身をわななかせた。

 

『俺はヤマメだぁぁーーっ!!』

 

 そう叫んで少女へ向かって爆走する化け物――バケヤマメを、しかし少女は恐れることなく冷静に見下ろして。

 

「怨面、パスしてもらっといてよかった~」

 

 鼬のバレッタを、取り外した。

 

「――オン・ルドラ・ラン・ソワカ」

 

 そう唱えては、大きくなった仮面を身につける。

 再び襲う赤い痣。それを少女は多少呻いて耐えると、続けて呟いた。

 

「変身」

 

 そして少女は姿を変える。

 先と全く変わらない灰色の鎧を見に纏いし、若武者の姿へと。

 

「御伽装士、テンユウ~! さて、天誅しますか~!」

 

 前よりも幾分か呑気な宣言で、テンユウは岩棚から飛び降りた。

 落下のままに繰り出された蹴りが、丁度下まで来ていたバケヤマメを襲う。

 

『グギッ、御伽装士め。お前がやったのか! よくも弟を!』

「う~ん、それ正確には(しず)じゃないんだけど、まぁ『テンユウ』であることには変わりないから、いいか~」

 

 戦いながらも呑気な口調は崩さない。だがその戦いぶりは、裏腹に鋭かった。

 掌底で攻撃を受け流す戦い方は変わらず、合間合間の隙を縫ってカウンターを喰らわせる。同じ戦い方だ……しかし俺はどうにか、少し違っているように見えた。

 

「はい、はい、ていっ!」

『ギッ、テメェ!』

 

 ……そうか。攻防のバランスが違う。

 神社の時よりもカウンターの頻度が少なく、逆に受け流しは多い。より防御的なスタイルに思えた。

 だがそれが何を意味するのかは分からない。少なくとも現状では、戦い方を変えるメリットがあるとは思えないが……。

 

『ガハッ! 畜生……!』

 

 しかしスタイルが違ってもテンユウの優勢は変わらない。何度も強かに拳や蹴りを叩きつけられたバケヤマメは早くも手痛いダメージを受けているように見えた。

 弾き飛ばされたバケヤマメは川の浅瀬へ水飛沫を上げて着地する。割と近くて、水滴が俺の顔にもかかった。

 

『御伽装士……! 人間を守る厄介なお邪魔虫めェ! ……そうだ!』

 

 憎々しげにバケヤマメはそう呟くと、その瞼の無い不気味な視線を向けた。

 俺へと。

 

『人間を、守るんだよなぁ!』

「! しまった!」

 

 テンユウの焦った声。だがバケヤマメと灰色の志士、どちらが近いかといえば、どちらが速いかといえば。

 

「――がっ!」

 

 バケヤマメ、だった。

 怪人の繰り出した拳がもろに俺の腹へと突き刺さる。

 

「がはっ!!」

 

 人を大きく超えた、尋常じゃ無い威力。俺は大きく吹き飛び川の中へ叩き込まれた。その冷たさよりも腹部に広がる痛みが俺を苛む。痛い。まるで比喩じゃ無く腹に何か突き刺さったみたいだ。いや、まさかこれは……。

 

「……げほっ! げほっ!」

 

 咳き込む。そして俺は川の水面に滲んだ色に目を見開いた。赤。血の色……吐血の色だ。

 

「げほっ! ……これ゛、まさか」

 

 腹部の痛みは増していく。さながら取り返しのつかない物が広がっていくかの如く。

 もしかしてこれは……内臓破裂、か。

 

『ゲゲゲーッ!! 人間を守るテメェらに、これはキくだろォ!!』

「貴方……!」

 

 バケヤマメの勝ち誇った声も遠い。目が霞む。これは、本当に……。

 

「げほっ、かはぁっ!」

 

 ……嘘だろ。やっとあの人を見つけたんだぞ? 五年間探し回って、ようやく背中だけ見つけられて、これから会えるかもしれないのに。

 それなのに、ここで俺の人生は終わり? こんな訳も分からず、呆気なく?

 歯を食いしばって、血を流しながら呟く。

 

「……嫌、だ」

 

 嫌だ、嫌だ!

 まだ死ねない。まだ、死ぬわけにはいかない!

 拭いがたい過去の記憶を、俺の罪を、精算するまでは――!!

 

「まだ、生きなきゃ――!!」

 

 そんな俺の心に、応えてくれた訳ではあるまいが。

 声が、響いた。

 

「――退魔道具」

 

 耳は遠くなった筈なのに、その音は耳に届いた。

 凜とした声。何かを諦めていない意志。どこか、少しだけ憶えのある声音だった。

 

「――慈雨(じう)癒鈴(ゆすず)

 

 直後、鳴り響く鈴の音。

 神聖で、清らかな気配に満ちた響き。それがどこまでも波紋のように冴え渡るのを聞きながら、俺はいよいよ意識を失おうとしていた。

 だが、落ちない。それどころか、腹の痛みが引いていく。

 最初は遂に痛みも感じなくなったのかと思ったが、しかしこみ上げる鉄臭さも無くなって、あり得ないとは考えつつも、俺はこう思わざるを得なかった。

 傷が、癒えている。

 

「……させません。静の前で、いや――」

 

 そして少女の声が蘇った耳に染み入るのだ。

 

「――この『テンユウ』の前では、誰も死なせません」

 

 見上げるとそこには、青い布をたなびかせる神楽鈴(かぐらすず)を手にしたテンユウが立っていた。

 バケヤマメを前にしながらシャン、シャンと為らず度、青い雫が弾けるようにして空気に舞う。そして俺は気付く。その雫が俺に吸い込まれるごとに痛みが引いていくのを。

 

『チィ、だが……!』

 

 目論見外れたバケヤマメは両腕に巻かれた網を解いた。だがそれを広げてテンユウに放つ訳でも無い。むしろ合わせ、撚って一つにしていく。

 

『だったら真正面から突き殺してやらぁ!』

 

 そして出来上がったのは一本の銛だった。とても網を纏めたとは思えない程鋭い切っ先を持つそれを向け、バケヤマメは鈴を振るテンユウの元へ突撃した。

 

「やば、逃げっ……」

 

 声を出そうとするがまだ完全には癒えていないのか掠れてしまう。だがもし届いたとしても、テンユウは逃げなかったかもしれない。

 何故なら槍は届くことも無く、川から伸びた()がバケヤマメの身体を持ち上げたからだ。

 

『なっ――!?』

「運が悪かったですねぇ、ヤマメくん」

 

 テンユウは鈴を振るだけだ。それだけで川の水が太い触手のように操られ、バケヤマメを絡め取っていく。バケヤマメは逃れようと藻掻くが、ビクともしない。

 

「静を前にして水辺で挑んだのが、君の敗因ですよ~」

 

 そう言って鈴を左右に揺らせば、水流の(かいな)はバケヤマメを振り回す。上下に振れば、叩きつける。

 

『ギャハァッ!!』

 

 自在に水を操って充分にバケヤマメを痛めつけたテンユウは、鈴を仮面に触れる程に近づけ、祈るように紡ぐ。

 終の言葉を。

 

「退魔覆滅技法・大澎湃(だいほうはい)

 

 水が引き締められる。バケヤマメを巻き込んで。

 

『ギ、ギ、グギュッ』

 

 透明な水の中で鱗に包まれた身体はみるみる内に細くなっていく。まるで絞られる雑巾のようだ。

 

『馬鹿な、奴から力を受け取って、これからという時にぃぃーーっ!!』

 

 そして断末魔の声を上げ、バケヤマメはグシャリと潰れきった。

 爆発。それでようやく彼を拘束していた水流は弾けて、水の花火となって舞い散る。

 

「――天誅、完了~」

 

 その天気雨のような輝きの中で、テンユウは仮面を外し、ゆっくりと振り返る。

 まるで一枚絵のような風景に見惚れていた俺に少女は微笑を湛え、俺の身を案じた。

 

「大丈夫ですか? 傷はちゃんと癒やしたから、もう立てると思いますけど」

「あ、あぁ……」

 

 言われて俺は、蹲ったままの浅瀬から立ち上がった。痛くない。少し疲弊している感はあるがそれは怪我による物と言うより、戦いの緊張から抜け出た弛緩だ。怪我は完璧に治っている。あれは、明らかに死に至る傷だったのに。

 

「大、丈夫だ」

「それはよかった~」

「あぁ……いや、それより今度こそ説明してもらうぞ」

 

 少女の朗らかな笑顔に俺は頷き、しかし思い出して問い質す。

 今日、二度目だ。街中ではぐらかされた時を含めれば三度目。いくらなんでも説明してもらわなきゃ収まらない。

 

「え? 今度こそ……ですか? 何のことだか……」

「また誤魔化すのか? いやもう逃がさないぞ」

 

 神社で逃げられた時のことを想起した俺は、逃亡させないようにする為近づき、少女の肩を掴もうと手を伸ばす。

 だがその手は、横合いから伸ばされた別の手に掴まれた。

 

「は? いでででで!?」

 

 手首を捕らえられた俺はそのまま後ろ手に捻られ、川辺に跪かされる。

 

「気になって探してみれば……貴方、私の姉妹に何する気?」

「あ、日依(ひより)ちゃん~」

 

 背中から二人のよく似た声が降ってくる。し、姉妹?

 更に、もう一つ。

 

「あちゃー。アタシは見つけられなかったけど、別の方は見つかっちゃったみたいだね」

「え? その声……」

 

 腕を捻られる痛みを堪えて顔を上げれば、また俺を近くから覗き込む少女の姿。

 だが、あり得ない。体勢的に。目の前の少女はしゃがんでいて、それなのに腕はまだ捻られたまま。

 そしてよく似た声がさえずり合う。

 

「何コレ。霞澄(かすみ)の知り合い?」

「知り合いっていうかー、さっき会った?」

「記憶消さなかったの~? 術士じゃないよね~」

 

 同じ声、三人分。

 

「取り敢えず、痛そうだから放してあげたら~」

「……まぁ、静久(しずく)を襲おうとしたんじゃなければいいか」

「がふっ!」

 

 パッと解放され、俺はつんのめって地面に顔面を着地させた。鼻の頭がザリッと削れる。だが痛みに悶えている暇は無い。即座に顔を上げ、少女……たちを見上げる。

 

「まさ、か……」

 

 見下ろすのは、全く同じ顔、同じ背丈をした少女三人。

 髪型はそれぞれハーフツインテール、ポニーテール、お団子。

 髪を結ぶ組紐の色は緑、赤、青。

 鼬のバレッタは気付けば、お団子の少女だけがしているが。

 もしか、しなくても。

 

「……三つ子?」

「「「そうだよ(~)」」」

 

 三人は揃って答える。

 一人は悪戯げに。一人は不機嫌を隠すこと無く。一人は朗らかに。

 

「アタシたちは御守衆!」

「一つの怨面に、三人同時(・・・・)に選ばれた」

「世にも珍しい、三つ子の御伽装士だよ~」

 

 ソックリな少女たちは、ソックリな声音で語る。

 それを聞いても俺は、ただただ困惑していた。

 

「え……」

 

 川のせせらぎは変わりなく流麗に流れ、澄んだ空気はどこまでも響き渡る。蝦夷の広い空は普段と同じ冷たい様子で。まるでいつも通りだと言わんばかりに。けどこの瞬間はやっぱり、常通りならぬ一瞬だったのだ。

 

 悪戯好きな霞澄。

 つっけんどんな日依。

 ぽやっとした静久。

 

 そう、これが、

 俺と奇妙な三つ子――高天原(たかまがはら)家の三姉妹との出会いだった。

 

「ええええぇぇぇーーーっ!?」

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