仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーテンユウ   作:春風れっさー

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最終片 虹の麓を目指していこう

「ななな、何コレ!? アタシたち合体した? の?」

「いやでも、二人とも目の前にいるけど……アレ?」

「ここどこだろ~?」

 

 天鼬・溟鼬・丘鼬。三枚の怨面による三身合一の儀によって生まれた御伽装士テンユウ・サンカイ。その変身によって一つになった三つ子はというと、何故か三人で向き合っていた。

 ただしそこは暗闇の中のような真っ黒な空間。お互いの姿はよく見えるがそれ以外は何も無いように見える場所だった。いや、正確にはもう一つ。三人が向かい合うその中心に、ルーレットめいた円形の盤が置かれている。そこにはそれぞれの怨面の意匠が描かれていた。

 それは光る仕掛けになっているのか、今は天鼬の怨面だけが灯籠めいて光っている。

 

「これってどういう……」

「いや、何となく分かった」

 

 戸惑う日依を余所に身体の具合を確かめた霞澄は、自分たちがどういう状況になっているか朧気ながら理解した。

 

「ここは精神世界で、現実のアタシたちは本当に合体してる。二人も集中すれば分かる筈」

「……うわ、本当だ。どうなってるの」

「慣れないと気持ち悪いね~」

 

 言われた通りにしてみると、確かに今自分たちが向き合っているのが精神世界であり、そして外に三人が重なって生まれたテンユウ・サンカイが存在しているのが分かった。

 

「肉体の主導権は、今はアタシにあるみたい」

 

 霞澄が身体を動かそうとすると、手も足も思い通りに動く。それどころかテンユウに変身した時よりも軽い。肉体のスペックが上がっていることが手に取るように分かる。

 

「これ……二人もできる?」

「んーと、取ろうと思えばできる、っぽい~」

 

 試しに静久が動かそうとしてみると、霞澄から取り上げるような形で主導権を得ることができた。その際、円盤の溟鼬が点灯する。

 それを見て日依も大体の事情を理解した。

 

「なるほど、ここは操縦席みたいなものなのね」

「ロボットじゃないけどね~」

 

 別に巨大ロボットという訳では無いが、三つ子が今いる精神世界はコックピットのようなものだ。三人で肉体の主導権を受け渡す相談をしたりするところらしい。

 

「こりゃ難しいね~。一人で動かすんじゃなくて三人で息を合わせなきゃ駄目なんて。静たちは仲が良いから大丈夫だけど~」

「今までサンカイをうまく扱えなかったのも頷けるね」

「……っと、おしゃべりをしている時間は終わりみたいよ」

 

 三人がそう額を突き合せている間も、外の時間は流れている。テンユウ・サンカイは雲人の軍勢にすっかり囲まれていた。

 雲霞の如く埋め尽くす雲人たちという光景は、まさに雲海を眺めているような心地になる。だが感じ取れる圧力はまさしく化神のもの。いわばバケイカヅチが生み出した簡易型の化神だ。

 普通の状態であれば、一体一体を倒すのにそれなりの苦戦を強いられただろう。だが今は違う。三つ子の間には不思議な万能感が満ちていた。先程呑気なやり取りをしてみせたのも、それが理由だった。

 何でもできる。そんな価値観を、三つ子は自然と共有していた。

 

「――行くよ!」

「うん!」

「お~!」

 

 三人は頷き合い、テンユウ・サンカイは動き出した。

 

 最初に肉体の主導権を得たのは霞澄だった。

 

『退魔道具・浮雲の脚絆!』

 

 テンユウの口から迸ったのは霞澄の声。呼応するように脚部へ緑色の縄が巻き付いた脚絆が装着される。普通のテンユウであればここで終わりだ。だが。

 

『退魔道具・崔嵬の鎖鎌!』

『退魔道具・狂濤の三叉槍!』

 

 日依と静久の声が響き、右手に槍が、左手に鎖鎌が現われる。テンユウ・サンカイに退魔道具の制限は無い。全てが、いくらでも使える。

 

『はああぁぁぁっ!!』

 

 そのままテンユウは両手の武器を振りかざし、迫り来る雲人を迎え撃った。三つ叉の槍は躍りかかる者を的確に貫き、鎖鎌を振り回せば持っていない方の鎌刃が唸って軍勢を切り裂いた。両手に武器を持つ動き辛さは、脚絆の機動力でカバーした。

 テンユウは素早く正確に、それでいて豪快に雲人たちを薙ぎ払っていく。

 

『すごい! 強くて、速い!』

 

 まるで埃を払うかのように雲人を蹴散らしていけるのは退魔道具を制限無く扱えるからでもあるが、もう一つ。テンユウ・サンカイのスペックが向上していることも挙げられる。テンユウのように素早く、メイユウのように淀み無く、それでいてキュウユウのように力強い。三人の御伽装士、その利点を全て兼ね備えたかのような万能の肉体だった。

 

『これなら、イケる。全部倒せる!』

『オオオオォォォ!!』

 

 軽快に薙ぎ倒され、次々に穢れへ還っていく雲人たち。テンユウは自らが生み出すその光景を見て確かな手応えを得たが、その頭上ではバケイカヅチが唸りを上げた。自ら嗾けたそれらが何も為せず倒されていくのを、ただ見送るだけのバケイカヅチでもない。

 暗雲の身体。その内部からの瞬き。身体から生えた鉄塔より、落雷が迸る。

 

『来た……けど!』

 

 テンユウでは先程為す術無く打たれた稲妻。だが今ならば。

 周囲の雲人を巻き込んで落ちる雷。だがテンユウに叩き落とされたそれは、彼女を感電させること無く一点に吸収されていた。

 黄色い穂先を持つ三つ叉の槍が封じているのだ。

 

『火や雷を吸収する三叉槍! そしてぇっ!』

 

 帯電した槍を持ちテンユウは飛び上がる。そして露を払うように振るい、閉じ込められていた雷を解放した。迸った雷撃は雲人たちへ降り注ぎ消し炭に変えていく。

 波の力を持つ狂濤の三叉槍。その力は火や雷といった超自然の攻撃を槍刃に封じ込めて反射するという物。この槍を持っている間、雷に対しては無敵と言っていい。バケイカヅチの落雷は無意味だ。

 

『いける! けど、流石に……』

『数が多い!』

 

 日依の言う通り、問題は数だった。雲人の群れ。先程から軽快に薙ぎ払ってはいるものの、軍勢は未だ採石場跡を埋め尽くしている。一向に終わりが見えない。このままの戦い方では、先にコチラの体力が尽きるだろう。

 

『もっとペースを上げなきゃ。バケイカヅチも控えているんだから』

『だったら静に任せて~』

 

 そう言って静久は、肉体の操作権を霞澄から奪取した。身体の持ち主が切り替わる……だがその隙を晒さないのは姉妹の妙と言うべきか。

 主導権を得た静久は雲人の軍勢を前にし手にしていた退魔道具を全て消した。その代わり、新たに二つの道具を召喚する。

 

『退魔道具・溟渤の錫杖~』

『退魔道具・慈雨の癒鈴!』

 

 両手に握るは錫杖と神楽鈴。瑠璃と青の二つの退魔道具を手にしテンユウは――踊った。

 

『天に雨。海には潮。流れ流れて果てに征き、泳ぎ泳いではまた昇る。そして降ってはまた流れ、途絶えることはなし。万象森羅を巡るもの。それは――水』

 

 錫杖を鳴らし、鈴を奏で、テンユウは舞う。雲人を躱しながら続ける舞踊は美しく、そしていつの間にか、その周囲には昏い青色の雫が浮かんでいた。

 

『水よ、母なる水よ。其は命を育む。青に染まれば喉を潤し、赤に染まれば血潮となる。水よ、大いなる水よ。其は命を奪う。豪雨となりては全てを流し、津波となりては全てを攫う。水よ――全てを司る水よ』

 

 錫杖で雫を生み出し、鈴の音で制御する。水底に横たわる深海の如き色の霊水を、音色は泡状へと変えた。膜となったことで色は薄くなり、黒ではなく虹色へ。見る間に変幻自在に色を変えていく幻想的な泡はさながら惑星のようにテンユウの周りを回って数を増していき、やがて――無数に。

 

『泡沫となりて世界を映し、夢の如く儚く散らせ』

 

 それをテンユウは――舞いの終わりと共に解き放った。

 

『――大仙術・夢幻抱影(むげんほうよう)

 

 一斉に飛び散り雲人たちへ降り注ぐ泡。それは触れると同時に、爆散した。巻き込まれた雲人は木っ端微塵となったが、それだけに終わらない。

 泡は爆弾のような勢いで爆ぜ、雫を撒き散らした。その雫が降りかかった雲人もまた、のたうち回った後内から盛り上がるように爆発した。それは泡沫の数だけ起こり、連鎖する。気付けば雲人は全滅していた。

 何者もいなくなった大地にテンユウだけが一人立つ。

 

『錫杖で作った毒を、癒鈴で操って爆弾にする。ぶっつけだけど上手くいったね~』

『えげつな……』

『やっぱ静久を敵に回しちゃ駄目だね、うん』

 

 静久が即興で作り上げた新たな仙術。その威力を目の当たりにした二人は改めて誓う。

 それこそ水で洗い流したかのように綺麗さっぱりとした地面に立ち、テンユウは上空のバケイカヅチを見上げた。雲人は全滅させたが、本題であるバケイカヅチは以前健在だ。断った腕も、もうすっかり直っている。

 

『さて、改めてアレをどうす、る……か……?』

 

 霞澄の声が戸惑う。目線の先にあるバケイカヅチは、ゆっくりとその身体を浮かび上がらせていた。上昇している。

 

『やばい……上空へ逃げる気だ!』

『もう穢れが溜まったの~!?』

『早く追いかけなきゃ!』

 

 そもそもバケイカヅチの戦いは空高くまで上がる為に暗天を利用して穢れを溜め込むための時間稼ぎに過ぎなかった。それを為せたのなら、もう用はない。

 バケイカヅチは見た目にはゆっくりと空へ上がっていく。だがそれは巨体からそう見えるだけであり、実際のスピードは速い。テンユウが気付き追いかけようとした時には既に、手が届かないところまで上がってしまっていた。

 

『ど、どうする~?』

『浮雲の脚絆で届かないの!?』

『無理! もう伸ばすスピードより上昇が速い!』

 

 焦りを浮かべ、三つ子は手立てを話し合う。しかしこれといった妙案は出てこなかった。

 このままでは逃がしてしまう。そうなれば、御守衆の壊滅……三人の精神体に冷や汗が流れる。

 

 それを、離れたところから二人の人間が見ていた。

 トライユキオロシに乗った内人と海莉だ。

 

「……バケイカヅチが上昇を始めた。悲願成就の瞬間だな……」

 

 海莉はそう呟くが、言葉とは裏腹に喜びは微塵もなかった。眼差しは迷いと悔恨で満ちている。

 一方で内人はチラリとだけそれを見ると、手元にある冊子のページを捲ることに集中した。

 

「……何をしている? 内人くん」

「足掻いてるんだよ。少しでもアイツらの手助けになる手段を探して」

 

 内人はトライユキオロシのマニュアルに目を走らせながら言った。

 

「このままじゃ終われない。俺もアイツらも、そして貴女も。だからその為に、今俺にできることを全力でやっている」

「内人くん……」

「……あった」

 

 内人は目当てのページを指でなぞった。該当の箇所に思い通りのことが書いてあることを確認し、笑みを浮かべる。

 

「これなら、いける筈だ。……海莉さん、貴女に覚悟はまだあるか?」

「覚悟?」

「アイツらの助けになる為の覚悟だよ。あるいは、前に進む覚悟」

 

 海莉に向き直った内人は、真剣な表情で問う。

 

「貴女の悲願とやらを、貴女自身の手でぶっ壊す。そしてアイツらとまた向き合う。その覚悟だ」

「……できている、とは言えないな」

 

 息を吐いた海莉は呟くように言った。

 しかし、続ける。

 

「それでも、もう逃げたくはない。あの子たちからも……そして、君からも」

「……分かった」

 

 海莉の覚悟を聞いて頷いた内人は、操縦席にあるスイッチなどをマニュアルに従って操作していく。するとダッシュボードが割れ、助手席に座る海莉の前に手形のような物が現われた。

 

「これは?」

「神通力を引き出すもんらしい。俺と戦ったとはいえいくらかは残っているだろ、少なくともド素人の俺よりは。……つまり、燃料になってもらうってこった」

 

 内人は最終確認をするかのように海莉に言う。

 

「場合によっては生命力まで搾り取られるかもしれない。……それでもやるか?」

「……なんだ、そんなことか」

 

 問いを聞いて、海莉は迷わず手形の上に手を乗せた。

 

「それで償いの一つにでもなるのなら。……私はやるよ、内人くん」

「……そうか」

 

 その答えに、内人はどこか嬉しそうな表情を浮かべ、また別のレバーを引いた。途端トライユキオロシは震えるように鳴動し、変形する。タイヤが回転し外側がしたを向く。そしてそれが回転すると……ヘリコプターのようにゆっくりと地面から浮き上がった。

 

「! 飛んだ……ぐっ!!」

 

 地面から離れるところを見た海莉は、自分から容赦無く力が吸い取られていくことに顔を顰めた。思った以上に強く持って行かれている。

 トライユキオロシに隠されていた機能。それは飛行。自在に空を舞う機構。それは今こそ三つ子に必要な力だった。

 しかし今まで使わなかったのには、理由がある。

 

「空を飛べるが、デカいからか燃費は悪いみてぇだ」

「らしいね……」

「大丈夫か?」

「問題ないよ……そう答えた、でしょ?」

 

 不敵に笑う海莉。それが痩せ我慢であることは内人も分かった。

 しかし意地を張ってでも前に進もうとする彼女の覚悟を認め、今は何も言わずスロットルを踏み込む。

 

「なら行くぞ! 今度こそアイツらを――助けに!!」

 

 トライユキオロシは空を舞う。それこそ、雪下ろしの風のように。

 

 自分たちの目の前に飛び込んできた空飛ぶトライユキオロシに、三つ子は目を瞠った。

 

『ええ!? 何コレ! 車が空飛んでる!』

『み、未来だ……』

「いや御守衆の技術だからむしろ古いんだろ! そんなことより、乗れ!」

 

 内人は運転席から顔を出しテンユウに訴えかける。

 

「行くんだろ、世界を守りに!」

『! ――うん!』

 

 テンユウは頷くと、即座にトライユキオロシの上に飛び乗った。屋根の上に戦士を乗せ、トライユキオロシはバケイカヅチを追いかけて上昇する。

 スピードは速い。テンユウは浮雲の脚絆を召喚し振り落とされないよう縄を張り巡らせた。しかしふと聞こえた苦悶の声に、下を覗き込む。

 

「ぐ、うぅ」

『海姉ぇ!?』

「大、丈夫だよ」

 

 手形に手を当てたままの海莉は脂汗を浮かべながらも笑顔を作って答えた。

 

「今はみんなの力になる。させて、欲しい」

『……うん、分かった』

 

 深くは聞かず、テンユウはまた上空のバケイカヅチへと向き直る。もう、近い。

 

『バケイカヅチ!』

『……もう追って来たのか』

 

 鉄仮面を剥がされ露出した醜い素顔でバケイカヅチは、追い縋るテンユウたちを見やる。人ならざる醜悪な顔だが、そこに辟易とした表情が浮かんだのはテンユウたちにも分かった。

 

『しつこい。我は御守衆を滅ぼしに行くだけだ。お前たちは害さないと、何度も繰り返しているというのに』

『だったらアタシたちも繰り返すよ!』

 

 その鬱蒼とした視線を真っ向から受け止めてテンユウは吠える。

 

『そんなことはさせない。絶対に――止める!』

 

 そしてテンユウは脚絆の縄を操り、トライユキオロシからバケイカヅチへと飛び移った。

 

『さて……どうしようか』

『とにかくバケイカヅチを引き摺り下ろさなきゃ。いつまでもトライユキオロシは飛んでいられないと思う』

 

 相談を持ちかける霞澄に答えたのは日依だった。その視線の先には安定を失い始めたトライユキオロシの姿があった。万全の状態ならともかく、傷を負った現在の海莉では荷が重い。

 上昇を食い止め、引き摺り下ろす必要がある。だが暗雲の巨体はあまりに大きい。

 どうするべきか――案を出したのは静久だった。

 

『……アレを使おう』

『アレ? ……まさか』

『うん。今なら……使える気がするから~』

 

 精神世界での静久は二人を見つめて言った。そこに悲嘆や後ろ暗い色はない。心の底からできると信じている表情だった。

 二人も頷き返す。

 

『オッケー。じゃあ静久が制御、アタシがこのまま脚絆。そして一番動ける日依が身体担当ね!』

『分かった、やろう』

 

 丘鼬の怨面が輝き、肉体の主導権が日依へ移る。

 そしてテンユウ・サンカイは構え、それを呼び出した。

 

『退魔道具――大銀世界(だいぎんせかい)の、皚皚鎧(がいがいがい)!!』

 

 装着されるのは、忌々しき鎧具足。凄まじい冷気を噴出させる最強の退魔道具だが、同時に使用者の身体までも冷気で蝕む、静久のテンユウを凍死寸前にまで追いやった諸刃の武装だった。

 氷の輝きを持つ紫の甲冑を全身に纏い、テンユウは脚絆を繰りバケイカヅチの身体を駆け上がった。

 

『性懲りもなく! しかもそれは制御できない呪われた甲冑だろう!』

 

 先程もテンユウがやった身体の上を駆け上るという行動。同じようにバケイカヅチは迎撃すべく雷を放つ。

 だがそれは、空中で凍り付いた氷の盾が受け止めた。

 

『何だと!?』

『――できる、操れる、冷たくない!』

 

 ただのテンユウの時は扱えなかった退魔道具、大銀世界の皚皚鎧。強力過ぎる冷気が自分の身を襲い、敵味方問わず凍らせる凶悪な退魔道具であった甲冑が、今は意のままに操れた。氷も冷気も自在で、身体も冷たくない。フルパワーを出しても傷つかない。

 それを為しているのは静久の尽力だった。

 

『う、ぐぐ~。制御はできてるけど結構辛い~! 掛かり切りだよ~!』

『なるほど、誰か一人が制御に集中して他が戦う。それが前提の退魔道具だったのかもね』

『サンカイ専用の道具か。納得ね』

 

 何故暴走してしまうような退魔道具があるのか。その疑問が晴れた瞬間だった。

 使い手を諸友に殺してしまう程強力な凍気。それこそ天然自然の吹雪を操るが如き無茶な力。人の領域を外れた御伽装士であってもなお扱えないその具足を如何にして使うのか。その答えがテンユウ・サンカイだった。

 一人が制御に集中し、もう一人が戦う。そうすれば、制することが叶う。

 たった一人では決して使えない退魔道具。それが大銀世界の皚皚鎧であった。

 冷気の自傷が無ければ皚皚鎧はただひたすらに強力な武具だ。テンユウ・サンカイは雷を氷で防ぎ、時折足場にしてはバケイカヅチの身体を昇っていく。背中から吹雪を放出し、加速すらして見せた。

 そして軽々と頭へ到達する。

 

『テンユウゥ!!』

『雲は空へと浮かび上がる。だけど――』

 

 自分を憎々しげに睨み付ける巨大な視線。それを物ともせず、テンユウはバケイカヅチの額に手を突き込んだ。

 

『雹になれば、落ちるしかない!』

 

 そこから広がっていく、霜。強力な冷気によってテンユウはバケイカヅチを凍り付かせ、その巨大な全身を氷で覆い尽くす。凍ったことで浮力を保っていられず、バケイカヅチは落下を始めた。

 

『これでもう、空へは上がれない!』

『グオオオォォ!!』

 

 悔しげに吠えるバケイカヅチだが、徐々に高度が下がっていく現実をどうすることもできない。そのまま採石場まで落ち、大きな地響きを上げ地面に伏した。

 落ちる寸前で吹雪を噴かせて離脱したテンユウは降りてきたトライユキオロシの隣に立ち、凍り付いたバケイカヅチを指差した。

 

『さぁ、観念しなさい。もうその身体じゃ御守衆をどうこうできないでしょう』

『ググググググ……』

 

 全身を霜が覆い尽くした姿でバケイカヅチはゆっくり身を起こす。ビキビキと音を立てて罅割れる氷だが、その全てが剥がれ落ちるという気配はない。浸透した冷気はかなり強力なようだ。しかし巨体故の膂力は健在であり、関節を砕いてバケイカヅチはまだ動くことができた。

 

『ここまでするか、テンユウよ。こうまでして我を止めるか。狙われてもいない命を賭け、安寧の道を捨て去ってまで、我を討つか』

『そうよ。人々を守る為に化神を討つ。それが御伽装士テンユウの使命』

『……なれば我もまた、化神の宿命に従おう!!』

 

 バケイカヅチは一つ目を光らせ、全身を震わせた。氷はまた音を立てて割れ――否。

 

『っ!? 変形している!?』

『氷を……取り込んでいるんだ!』

 

 全身を凍らされたままでは満足に動けない。ならばどうすればいいか。

 凍らされたその身体を、自分の新たな身体にしてしまえばいいのだ。

 

『グオオオオォォォ……!!』

 

 凍らされた鉄塔はサスツルギのように尖り、全身はマクシミリアン甲冑めいて整っていく。醜い顔面も、また仮面に覆い隠された。変化が終わりそこに立っていたのはどこかバケイカリを彷彿とさせる、新たな巨人だった。

 バケイカヅチ・アラレ。氷の甲冑纏いし穢れた雷神。

 

『これは……さっきとは別ベクトルにまずいね』

『うん。もう空には浮かび上がれそうにないけど……純粋に強そ~』

『シシッ、二人とも怖じ気づいた?』

『『まさか』』

 

 からかう霞澄の声に、二人は即座に答えた。

 ここで立ち止まるのなら、最初から立ち向かってはいない。

 

『でもどうするの。私たちの所為だけど、硬そうだよ』

『残った力を一点に集中させよう。アタシたち三人分の力と怨面三つの力。そうすればあの鎧を貫くだけの一撃が放てる筈』

『待って~、その集中の時間をどうやって工面するの~? けっこー掛かると思うけど~』

 

 相談するテンユウ・サンカイの隣でトライユキオロシから顔を出した内人が言う。

 

「ならその時間は俺たちで稼ごう」

『内人!』

「引っ掻き回すだけだ、無茶はしない」

『海姉ぇは、大丈夫~?』

「はは……多少グロッキーだけど、何とか保たすよ。これでも、みんなの師匠だからね」

 

 助手席で海莉はニコリと笑った。その笑顔はどう見ても無理をしていたが、決して譲らないこともまた見て取れた。故に今は、信じることにする。これからまた、信じる為に。

 

『分かった……気をつけて!』

「ああ!」

 

 頷いて内人はトライユキオロシを発進させる。砂煙を上げて爆走する車体をバケイカヅチ・アラレの一つ目は捉え、そちらを向いた。

 

『オオオォォォォ……!』

「氷を無理矢理取り込んだ所為で理性を失っているね……」

「馬鹿になってるってことか。都合が良い!」

 

 採石場を派手に走り回って、トライユキオロシはバケイカヅチの目を惹き付ける。バケイカヅチの目は狙い通り釘付けになった。だがただ見ているだけには終わらない。

 

『オオォォ!!』

 

 バケイカヅチ・アラレが吠える。すると、いくつもの巨大な氷塊が空中に凝結した。それは隕石のようにトライユキオロシ目掛け降り注ぐ。

 

「やっべ!」

 

 ハンドルを切って内人は車体と同じだけの大きさがある氷塊を躱していく。ドリフト。ターン。付き人生活で培ったドライビングテクニックを遺憾なく発揮し氷の障害を回避していった。

 しかしバケイカヅチの攻勢はそれに終わらない。それに気付いたのは海莉だ。

 

「雷が来る!」

「!!」

 

 氷塊を降らせたバケイカヅチは、次にはサスツルギの先から雷を発生させた。地上目掛けて降り注ぐ落雷。氷の力を得ても雷の化身としての力は失ってはいなかった。

 しかもそれは、厄介な特性を帯びていた。

 

「! 氷に吸収されて……!」

 

 地面に叩きつけられ半ば埋まった氷塊。障害物レースの置物のように邪魔なそれに雷は吸い込まれていく。そして内側で閃くと、周囲に向かって迸った。

 

「ぐあああぁぁっ!!」

「きゃあああぁぁっ!!」

 

 まさか横から雷が来るとは思わず、直撃してしまうトライユキオロシ。しかし車体はまだ健在だ。三つ子の内戦えない二人を匿う用として設計されたトライユキオロシは防御力が高い。だがそれもこの強力な攻撃相手では長持ちしないだろう。

 

「クソッ、どんな無茶苦茶だよ!」

 

 悪態をつく内人を余所に、再び雷は落ちる。また氷の中へ吸収され、雷撃は周りへと放たれた。しかし今度は当たらない。

 

「? 俺たちを狙っている訳ではない……?」

 

 そう判断してハンドルを緩めかけた瞬間、今度は先回りしていた雷撃へ衝突するように当たってしまう。

 

「ぐあっ!? 一体どうなってるんだ!」

「……そうか、この氷は」

「分かったのか、海莉さん!」

 

 そのトリックに気付いたのはやはり海莉だった。バケイカヅチを作り上げた張本人。それ故の直感。

 

「この氷塊はただの氷じゃない。バケイカヅチの雷を吸収放出する機能を備えている。御守衆襲撃の際に使う予定だった機能の一つだ」

 

 バケイカヅチ・アラレが放つ氷は雷を受け止める避雷針であり、放出する放電機でもあった。それによって更に広範囲の破壊を試みる兵器のような能力だ。御守衆を壊滅させるために仕組んだ海莉の設計した力。それは上空に昇り外敵のいなくなった後の成長で得る能力であったが、それを氷の力を吸収することで前倒ししたのだろうと海莉は推測した。

 

「つまり?」

「電撃は氷の間を通る」

「なるほどトラップか! だが種が分かれば!」

 

 氷は電気の吸収放出を繰り返す。それは裏を返せば電撃は必ず氷塊に吸い込まれる、つまり電撃の通るルートが決定しているということ。通り道が分かれば、如何に素早い電気といえど躱しようはある。

 内人はドラテクを駆使し電撃を回避していく。それでも当たりかけるが、海莉がルートを指示して補佐した。

 

「内人くん、そこを右だ!」

「よし! いっけぇぇっ!!」

 

 タイヤを滑らせながら氷塊が作った急カーブを曲がりきり、氷塊が落とされたゾーンを離脱するトライユキオロシ。その姿を見下ろしたバケイカヅチ・アラレは更に氷塊を作り出し再びトライユキオロシを押し潰そうとする。

 それをミラー越しに見た内人は笑みを浮かべた。楽観できない状況ではある。いつまでもこの超人的なテクニックの集中を維持することはできないだろう。いずれは致命的な被弾を受ける。

 だが、もういい。それ以上の希望が、目に入ったから。

 

「――悪戯の準備はもういいだろ、テンユウ!」

 

 内人は天へ吠える。

 空に、円を描く虹が浮かんでいた。

 

 時は少しだけ遡る。

 テンユウ・サンカイは、氷で作った足場に乗りながら集中を続けていた。腰を深く落とし、息を整える。そうしながら、三つ子は語り合っていた。

 

『内人、頑張ってるね。海姉ぇも、やっぱり頼りになる』

『うん。また色々教わりたいね~』

『……でも、心配。内人、怪我とかしてなきゃいいけど』

 

 そう日依が心配そうに呟いた言葉に霞澄と静久が反応する。

 

『おやおや~? 日依ちゃん、もしかして~……』

『ほーほー、なるほどそういうこと? 日依も隅に置けないなぁ』

『な、何!? 違うし、失敗されたら迷惑ってだけだから!』

『いやいや、いいと思うけどね、お姉ちゃんとしては!』

『妹としても応援するよ~』

『だから違うもん!』

 

 きゃっきゃと姦しくする三つ子。内人が聞いていれば何をやっているんだと呆れかえるだろうが、当人は下で決死のデッドヒート中だ。

 

『そういう霞澄と静久はどうなの! 憧れたりしないの!?』

『それは自白じゃ……うーん、静はもうちょっと静だけを見てくれる人がいいな~。二人だけの世界っていうか~』

『あはは、静久も乙女だねぇ。アタシはあんま興味ないなぁ、人の恋路ならまだしも自分はね。……そんなことするなら鍛錬してた方がずっといいし』

『……霞澄、アンタそれワーカホリックじゃ……いや、それは後でいいや』

 

 恋の話。溜息。笑い声。一か八かの賭けを前にしても三つ子はいつも通りだった。

 そう、これが三つ子の日常なのだ。化神と戦い命を掛けて。人々を守る為に全てを賭して。それでもなお笑える。それが普通だと笑い飛ばせる。

 だからこれも御伽装士としての一幕に過ぎない。世界の命運を賭けていようと変わらない。これから幾つも続けていく、日常の一幕。

 霞澄も。日依も。静久も。これを日常として選んだのだ。自分の意志で。

 これからも、そうして前に進んでいく。

 

『……霞澄、全部預けるよ』

『静たちの命も、想いも。お願い、霞澄ちゃん』

『うん、任された』

 

 テンユウ・サンカイの身体に光が漲っていく。陽炎を纏うように満ちていく光は色を付ける。赤。橙。黄。緑。青。藍。紫。七色の輝きは身体から溢れ、背後で円を描く。

 虹を背負い、テンユウは跳んだ。

 

『退魔覆滅技法――』

 

 それを内人が見上げる。海莉が見上げる。バケイカヅチが見上げる。

 輝けるテンユウは、脚を突き出した。虹の光を纏って、真っ直ぐに。

 

『――彩虹一条!!!』

 

 まるで赤い空を裂くかのように。

 美しき虹が迸り、バケイカヅチ・アラレに向かって降り注ぐ。

 

『デン゛ユ゛ウ゛ゥウゥゥ!!』

 

 濁った声で叫び、バケイカヅチは氷塊を空に向かって放つ。その上雷を放ち、氷塊の吸収放出によって更に増大させた。テンユウを食い止めるべく作られた電気の網。躱しきれない雷撃がテンユウの行く手を阻む。

 

『ッ!』

「しゃらくせぇ!」

 

 雷の網の起点である氷塊。そこに衝突するのは空を飛ぶトライユキオロシ。体当たりで氷を割り砕きテンユウの通る道を無理矢理開ける。

 

「行け!」

「行って!」

『――うん!』

 

 二人が開けた空間を、テンユウは真っ直ぐ通り過ぎる。もう何の障害もない。目の前には己を見上げるバケイカヅチの姿。

 

『オオオオオォォォォッ!!』

『これで、終わりだ!』

 

 三つ子の声が重なる。

 そして虹の蹴撃は、バケイカヅチ・アラレの胸を貫いた。

 

『――ア、ガ……ギ、ギギギ』

 

 氷の鎧は罅割れ砕け、胸の中央には巨大な穴が開いていた。明らかな致命傷。傷口から血の如く暗雲を噴出させてバケイカヅチは断末魔を上げる。

 

『これで終わり……? 我は、我は一体何の為に……! 何も為せず死する我が、生まれた意味とは……!!』

「……すまないな、バケイカリ」

 

 海莉は一瞬だけ切なげな表情を見せ、目を瞑った。冥福を祈るように、言う。

 

「化神に地獄があるのなら、そちらで遭うだろう。その時には、また謝らせてくれ」

『――ギ、ガアアアアアァァァァッッ!!!』

 

 暗雲を掻き消すように光が溢れ、バケイカヅチは爆散した。その存在の強大さを示すかの如く爆発は重く、膨大な爆炎が地を舐めた。トライユキオロシに隠れて内人と海莉はやり過ごす。

 炎が消えた時。そこに立っていたのは――。

 

『……あぁ、やっぱり天気は綺麗な方がいいね』

 

 赤い空は晴れ、元通りとなった空を見上げてテンユウ・サンカイは呟く。

 その天気は、曇りか晴れか、はたまた雨か。

 いずれにしろ、それぞれの美しさがあるのだろう。

 だが、今は。

 

『――天誅、完了!』

 

 清々しくそう宣言して。

 ここに全ての因縁は決着がついた。

 

 

 ※

 

 

 ある日の高天原邸でのことだ。

 

「あー? なんだ誰もいないのか」

 

 俺はいつも三つ子がたむろしている部屋を覗き込んで落胆した。いつも学校のない休憩中はここにいるのに。

 

「おや、内人さん」

「あぁ、麦さん」

 

 廊下で頭を掻いていると、老執事である麦さんが話しかけてきた。そして俺の背負った荷物を見て目を瞠る。

 

「おや、今日行くのですか。荷造りはもう終わりましたかな?」

「ええ。ま、元より旅の空でしたから。それに必要ない物は置いていきますから」

 

 俺は小さなバッグ一つ持ち上げ麦さんに笑った。この人にも色々世話になったな。生活の面倒を見てもらったり、三つ子の注意すべき習慣とかを教わったりした。流石はあの曲者たちをお嬢さまと慕えるくらい心の広い人物だ……。

 

「三つ子を探してるんですけど」

「ああ、それで。……申し訳ありませんが、私に心当たりはありませんなぁ」

「そうですか。……仕方ない、今生の別れでもないし……」

 

 俺は諦めた。せめて挨拶ぐらいはと思ったが、いないなら仕方ない。何か用事があるのかもしれないしな。

 

「じゃ、麦さん。そういうことなんで」

「はい、いってらっしゃいませ。部屋はそのままにしておきますよ」

「助かります。じゃあ」

「ええ、お気を付けて、ふふ」

 

 麦さんに手を振って別れる。別れ際の意味深な笑顔が気になったが、まぁ、いい。

 俺が次に訪ねたのは雪蔵さんの執務室だった。襖の前で伺いを立てると、不機嫌そうな声が返事をする。

 

「入れ」

「失礼します」

 

 襖を開いて入室すると、そこには忙しそうに書類と格闘する雪蔵さんの姿があった。

 

「……忙しそうですね」

「まぁな。今回の顛末や特例措置なんかで方々からせっつかれている。しかも同時期に内地で色々あったらしくてな。その後処理に応援を求められたりでてんやわんやだ」

「それは……不運ですねぇ」

「そんな忙しい日にここを去ろうとする奴もいるしな」

 

 ギロリと鋭い眼差しが俺を睨む。身を縮こまらせつつ、俺は肩を竦めた。

 バケイカヅチの討伐から少しの時間が経っていた。それまでに世間では色々な事件があったらしい。なんでも術師崩れが大妖怪に変じたとか、封印されていたヤバい化神が復活したとか、化神の大量発生にはぐれ御伽装士が介入したとか……本当に色々だな。大忙しにもなろう筈だ。

 海を越えた先でも御守衆は必死に戦っている。その邪魔をさせないようバケイカヅチを討伐できて本当によかった。

 ……まぁ、だから俺は出て行こうとしてるんですがね。

 

「すみません。でも決めたことなんで」

「フン……紹介状は書いた分でいいか?」

「充分です」

「では行け。精々見聞を広めてくるんだな」

「はい。……お世話になりました」

 

 俺は頭を下げ、執務室を退出した。雪蔵さんには色々無茶を聞いてもらったから、もう頭が上がらない。刀で斬られるのは勘弁だが。

 そのまま俺は高天原邸の玄関を出た。もうすっかり元通りになった正門。そこを出ると、掃き掃除をしていた人が振り返った。

 

「内人くん。待ってたよ」

「ええ――海莉さん」

 

 箒を手に巫女服を着た女性は、海莉さんだった。藍色の瞳を細め、俺に笑いかけてくれる。

 

「もう出発かぁ。寂しくなるね」

「別に、そしたら通話でもすればいいでしょ。スマホとかで……そういえばそれで出し抜いたことがありましたね」

「うぅ! お、思い出させないでよ。ハイテク気取りでイキったクセに普通の手段で出し抜かれた黒歴史を……」

 

 海莉さんは恥ずかしげに顔を伏せる。その際に、首元に覗く赤い筋が見えた。

 傷のように刻まれた赤い線。それは首だけでなく巫女服から垣間見える手首などにもあった。そして、顔にも。海莉さんの左半面には入れ墨を彫ったかのように色濃い赤線が幾重にも走っていた。

 まるで怨面を被った時に現われる痣のような赤い線。それは海莉さんに施された術式だった。

 俺の視線に気付いた海莉さんは首をなぞりながら小さく笑った。

 

「まぁ、のたうち回れるだけいいんだろうけどね……」

「それ、痛くないんですか?」

「全然。普段の生活に支障はないよ。術は使い辛いけど、それも許可を取って緩めてもらえば充分使えるし。静久ほどは無理だけどね。アレはすごかったなぁ」

 

 御守衆に拘束された海莉さんは、当然罪に問われた。

 怨面を持ち出し出奔した罪。それを悪用し化神を改造した罪。更に北海道を混乱に貶めた罪……。それらは裁かれてしかるべき物だ。

 だが俺と三つ子たちはできるだけ減刑するように嘆願した。勿論、無罪とまでは言わない。だが命を取るとか、そういうことにはならないで欲しいと雪蔵さんに訴えかけたのだ。

 雪蔵さんは難しい顔をしていたが、最終的には頷いてくれた。可愛い孫の頼みと、もう一つ。あの人も意外と海莉さんを気に掛けていたのだろう。孫たちの姉代わりに、何の感情も持たないという方がおかしい。

 そうして総本山に掛け合った結果、海莉さんに下された刑罰。それは呪印を施した上で監視下に置かれることだった。

 

「心配しなくても、逆らわなきゃ何もないよ。まぁ、そんなことをした瞬間血煙になるんだろうけど。あはは」

「笑えないですよ……」

 

 御守衆に伝わる秘術によって刻まれた呪印。それが赤い入れ墨の正体だ。海莉さんの全身に彫られ、今は隠れて見えない肌の上にはビッシリと刻まれている。一度見せてもらったが、かなり痛々しかった。

 その呪印は海莉さんの再犯防止に彫られた物だった。もし不穏な動きをした瞬間、呪印を励起させる術を受け取った人間によって海莉さんはその場で処刑される。死刑囚に爆弾付きの首輪を付けているような物だ。

 理屈では分かる。牢に入れられるよりマシかもしれないというのも。だが身内としては心穏やかではいられない。

 しかし海莉さんはまるで気にしていないようだった。

 

「処刑されてもおかしくないことをした私がこれだけで済んでいるんだもの。君の尽力でね。だから気にしないでほしいな」

 

 そうは言っても命を握られていい心地はしないだろう。それでも海莉さんは朗らかに笑っていた。

 

「君たちが命をくれたおかげで、私はまた進める。してしまったことに償える。……まだどこに進むのか、進めるのかは分からない。けど与えてくれたこのチャンス、絶対に生かすよ」

「海莉さん……」

「……それにしたって軽すぎてビックリしたけどね。特に、監視下のところ」

「あぁ、それは、まぁ」

 

 俺は頷いた。

 呪印に関しては思うところはある。だが監視下に置く……というところは確かに拍子抜けした。

 何せその監視員に選ばれたのが、三つ子と雪蔵さんなのだから。

 

「これじゃ昔と変わらないよ。ちゃっかり付き人に戻されているし」

 

 呆れたように言いつつも、海莉さんは嬉しそうだ。

 そう、三つ子が監視員に選ばれたということは海莉さんはそのすぐ傍にいなければならない。それに罪人として御守衆に奉仕する必要もある。となるとどんな仕事がいいか。常に三つ子の傍にいられる、御守衆の仕事。そんなものは決まっている。付き人だ。要するに元鞘に収まったという訳だ。雪蔵さんも中々の剛腕である。三つ子は嬉しそうだったが。

 

「全部が昔通りになったみたいだ」

「そうです、ね」

 

 その困ったような、だけど晴れやかな顔を見た俺は。

 

「………」

 

 ……いや、終わったことだ。何もかも。

 昔と変わらないと言っても、違うこともある。それはやはり彼女を取り巻く複雑な状況で、そして決着を付けた筈の俺の気持ちだ。

 今更自分の幸せを追い求める選択肢を彼女が選ぶはずもない。このまま償いに身を尽くすつもりだろう。なら俺もこの気持ちは、胸にしまっておこう。

 男の未練なんて、女々しいだけだ。

 

「さて、長話はここまでにしようか」

 

 俺の葛藤を余所にそう言って海莉さんは身体をどける。その陰に隠れるようにあったのは一台のバイクだった。

 白と灰色のカウル。マフラーは金色。全体的なフォルムは細身な印象を受けた。フロントは、どことなく鼬に似ている。

 御守衆謹製の式神ビークル。その名も――。

 

「『フブキホッパー』。ちゃんと仕上げておいたよ」

「普通のバイクでいいって言ったのに……」

「何を言ってるの。このくらいの贈り物はするに決まってるじゃない」

 

 海莉さんは腰に手を当てて言った。更に捲し立てる。

 

「元々成長したあの子たち用にと用意されていたモデルだけど、君でも扱えるようにリミッターを掛けているから充分操れる筈だよ。内地の夜舞家から技術供与を受けたことで悪路でも走れるし何だったら雪の上だって走破できる。不凍液も完備で冬場も安心! 式神だから意思もあるよ。前もって渡していた金属板で呼び出せるから無くさないよう注意ね。この機体ならではの特徴としては内部の小型最適化を重要視していることかな。量産化を視野に入れたコストダウンを図っているんだ。こちらも夜舞家野技師による設計が関わっていてかなり機械部分が凝っていてね。特に拘ったのがエンジン周りの回路で最新の偵察型式神の最適化を利用した――」

「わ、分かりましたから、分かりましたからもういいです! ……この人、元から何かを改造するのが好きなんだな……」

 

 通りで化神を改造できた訳だ。この辺りの能力も今回の減刑に作用したのだろう。開発者タイプなんだな。

 

「有り難く受け取っておきますよ。今までみたいなフラフラした旅じゃなく、目指す先がある旅なんですからね」

 

 これからの俺には足が必要だ。だがトライユキオロシは使えない。アレはあくまで三つ子のサポートビークルだ。私用に使っていい物じゃない。だから代わりとなるバイクとかが欲しいと相談したのだが……まさかこんなことになるとはな。

 

「目指す先……御守衆巡りか。大変そうだね」

「自分で決めたことですから」

 

 そう言って俺は肩を竦めた。俺が旅に出る目的。それは各地の御守衆を回ることだった。

 今回の件で痛感した。俺は御守衆に身を置くにしてはあまりにも経験が足りない。特に御守衆に関しては何も知らないと同義だ。

 それに……純粋に、知りたくなったのだ。

 他の御伽装士はどんな人なのだろう。此処では無い支部はどんな風に御伽装士を支えているのだろう。きっと違う筈だ。違う戦い。違う絆。それを知りたい、見てみたい。

 だから各地の支部を巡って、見識を深めることにしたのだ。かつてのように、旅の身空となって。

 

「まずはどこに行くつもり?」

「取り敢えず北海道を回った後は、東北に。なんでも最近大騒動が起こったところが二箇所もあるみたいですから。前に寄った美味い飯屋にもまた寄りたいですし」

 

 美味かったんだよなぁ……日向食堂。まだやってるかな。

 

「色々見知ったらまた日本を一周して、ここに戻って来るつもりです」

 

 前にこの街に戻ってきた時は、探す宛てがなくなったというネガティブな理由で帰ってきた。そこから今みたいな感じになるとは想像もしていなかったけれど……。だから今度は、もっと晴れ晴れしく帰ってきたい。

 ここは俺の帰る場所なのだから。

 

「じゃ、行きますね。……そういえば、三つ子を知りませんか? 今日会えていないんですよね」

「ん? ふふっ、さて? どうだろうね?」

 

 俺が問うと海莉さんはどこか愉快げにはぐらかした。怪訝に思うが、まぁ、いいや。

 バイクを押しながら俺は海莉さんに別れを告げた。

 

「ではいってきます」

「うん、いってらっしゃい。そうだ、通り雨が来るかも知れないから街まではバイクを押していくことをオススメするよ」

「? はい」

 

 不思議なアドバイスを受けながら俺は高天原邸を旅立った。忠告通りフブキホッパーを手で押していく。意思があるっていうけど、本当かな。

 そのまま街を目指して歩いて行く。そして森の中の道へ足を踏み出した瞬間だった。

 ズボッと、地面を踏み抜く感触。

 

「え、落としあ、なぁ!?」

 

 巧妙にカモフラージュされた地面を踏み抜いた俺はそのまま穴の中に転がり落ちた。中には落ち葉が布かれていた為怪我をすることはなかったが、俺は逆さに空を見上げることになってしまう。

 天にぽっかり空いた穴。そこから覗き込むのは三人のソックリな顔だった。頭にはこれまたソックリなバレッタを付けている。天鼬、溟鼬、丘鼬の怨面だ。

 

「シシッ! また見事に引っかかってくれたね! いやぁ内人のそういうところ、好きだよ!」

「いい気味だね」

「あはは~。ごめんね~内人。あ、フブキくんはこっちね~」

 

 どうやら俺は三つ子の作った落とし穴に引っかかったらしい。っていうか、フブキホッパーめ。俺が引っかかる直前に飛び退いてちゃっかり落ちるのを回避したな? バッチリ意思あるじゃねぇか。

 

「いてて……いや痛くはないけど。何すんだよ! 主に霞澄!」

「えー? でも今日の主犯はアタシじゃないよ?」

「は?」

「日依だよ日依」

 

 いつも通りの悪戯げな笑顔を浮かべた顔からその隣の不機嫌そうな顔へ視線をシフトさせる。

 

「当然。私たちの元から離れようっていうんだから。お仕置き」

「お仕置きってなぁ……訳は話しただろ!? お前らだって一応は納得してくれたじゃねぇか」

「それでも。付き人辞める奴には罰を受けてもらわなきゃ」

「り、理不尽なぁ……!」

 

 三つ子には前もって相談していた。その際にまた必ず戻ってくるという条件で了承も取っていた筈なのだ。それなのにこの仕打ち。酷い。というか麦さんと海莉さん、それに多分雪蔵さんも知っていたな!? 通りで街までバイクを押して行けなんて奇妙なアドバイスが出るはずだ!

 

「ったく、俺結構お前から懐かれてたと思うんだけどなぁ……!」

「……ふんっ」

「ふふふ~」

 

 鼻を鳴らして顔逸らす日依の隣でニマニマと笑う静久。何だと言うんだ。

 

「ま、静たちなりの選別だと思ってね~。ほら霞澄ちゃんロープロープ~」

「はいはーい」

 

 霞澄の手でロープが下ろされ、俺は這い上がる。結構深くて苦労した。これを一日で用意したのか。御伽装士としての身体能力を落とし穴掘りに使ってるんじゃねぇよ……。

 

「はぁ……ったく、最後までわがまま娘だったなぁ」

 

 忙しい筈なのに、こんなこと。人騒がせにも程がある。

 今回の件で、三つ子を取り巻く環境もかなり変わった。

 一つの怨面を共有する珍しい御伽装士……という通り名は最早当てはまらない。

 丘鼬の怨面は日依が。溟鼬の怨面は静久が。そして天鼬の怨面はそのまま霞澄が受け継ぐことになったからだ。今では三人は、それぞれ別の御伽装士として活動している。戦力は三倍。しかしそれは、彼女たちにとって必ずしも良い話でもない。

 三つ子が三人一緒にいられたのは当主の娘であるのともう一つ、怨面を共有していたからだ。そうでないのならば各地に散って化神討伐をする義務が発生する。つまり、三つ子はそれぞれ別れなければならない……かもしれないのだ。

 今はまだいい。海莉さんのやったことでこの地域の化神出現率はまだ高いままだ。数年は人手が必要になる見込みなので、それまでは三人一緒にいられるだろう。だがその後の事は分からない。

 霞澄は次期当主の第一候補なので、この街を離れることはまずない。だが日依と静久はそうではなかった。特に静久は術の腕前を認められ、総本山で専門家にならないかとお呼びがかかっているらしい。数年後、三つ子はそれぞれバラバラの場所にいるのかもしれない。

 しかしそうと分かっても、三つ子は顔を曇らせもしなかった。

 

「最後、じゃないでしょ?」

 

 霞澄は言う。

 

「確かにアンタが戻って来るまでにアタシたちの何人かは家にいないかもしれない。別々の場所で役割を背負ってるかもしれない。それでも絶対、また会える。だってここがアタシたちの帰る家で、居場所なんだもの!」

 

 二人も頷く。

 

「姉妹だし、離れていてもずっと繋がってるもん。えと……内人も一応、ね」

「寂しくなったら普通に帰ってくるし~。周囲の状況とか知ったことじゃないし~」

 

 まったく、コイツらは。本当に自由だな。

 わがまま娘ぶりはしばらく直りそうにないらしい。

 

 三つ子は同じ顔で、三様に言った。

 

「だから戻ってくるときは三人でお迎えしてあげる! 帰ってくるまでにはとびっきりの悪戯用意しておくから!」

 

 歯を見せて愉快げな霞澄。

 最初から彼女は前だけを見据えていた。全部を助ける。その為に邁進してきた。元はきっと悪戯好きな普通の少女で。でも何もかもを守り失わない為に擲って。

 後悔して自分を追い詰めた。だけどまた立ち上がった。

 誰かの為に笑顔を絶やさない。

 長子としてそのままテンユウを受け継いだ少女はそんな子だ。

 

「……早く帰ってきてよね。その、ケーキ……食べられないし」

 

 不機嫌に唇を尖らせる日依。

 戦いと鍛錬の日常でも彼女は少女らしい感性を失わなかった。恋に恋して、大切なものは大切で。冷静ぶってもコロコロと変わる感情は隠せない。

 誰かが傷つくことが自分より苦しくて。だから戦える。

 愛情深く寄り添える。

 俺からキュウユウを受け継いだ少女はそんな子だ。

 

「ふっふっふ~。いやぁ面白くなってきましたね~。海姉ぇも交えて拗れることを静は希望で~す」

 

 よく分からない生温かい眼差しをした静久。

 初めに受けた不思議な感触は、まだ彼女の中がグチャグチャだったからだと今なら分かる。呪いに苦しんで自分で何も分からなくなっていた少女。

 自分だけが不純なことに悩んでいた。でも本当は、とっくのとうに並べていた。

 辛かったから癒やせる。

 海莉さんからメイユウを受け継いだ少女はそんな子だ。

 

 三つ子は変わらない。取り巻く環境が変わろうとも。変身する姿が変わっても。

 変わらず、少しずつ変わって、前に進んでいく。

 

 まるでいつも通りのそれを見た俺は、つい安心して笑ってしまった。それで気付く。自分で言っておきながら気負っている部分があったのか。

 霞澄の言う通りだ。俺は永遠に別れるんじゃなく、また帰って来る為に旅に出るのだから。

 

「あぁ。……必ず帰って来るよ」

「じゃあお土産よろしくね!」

「甘い物がなきゃ許さない」

「各支部の術とか興味あるな~」

「帰りの荷物しんどくなりそうだな……」

 

 相変わらずのわがまま娘ぶりに辟易する。これを相手する海莉さんは忙しそうだ。

 俺は静久の手からフブキホッパーのハンドルを受け取り、三つ子に向かって手を挙げた。

 

「……じゃ、いってくる」

「うん!」

「……ん」

「はいは~い」

 

 霞澄は快活に。日依は寂しげに。静久は朗らかに。言ってくれる。

 

「「「いってらっしゃい!」」」

 

 別れじゃなく、また戻ってくる為の言葉。

 それを背に、俺は今度こそフブキホッパーで走り出した。

 

 

 ※

 

 

「意外と軽快じゃないか。免許取っといてよかったな」

 

 フブキホッパーに乗った俺は街を抜けて山道を走らせていた。いい乗り心地だ。さっきは俺を置いて逃げたとは思えない程。

 アスファルトの上をタイヤが回る感触に、後方へ流れていく木々。移り変わっていく景色を楽しみながら灰の車体を疾駆させ、俺は風切って進む。

 

「どんなところがあるかなぁ、御守衆って。どんな御伽装士がいるんだろう。それをどんな人が支えているんだろう」

 

 北海道支部とは違う御守衆へと思いを馳せる。俺は何も知らない。だから楽しみだ。きっとこういう気持ちはいつまで経っても変わらない。知らないことがある。故に前に進める。それはなんと楽しいことだろうか。

 

「……げ、本当に降ってきた」

 

 山の斜面。見下ろす景色がよくなってきたところで通り雨に襲われた。さっきの海莉さんの方便が本当になってしまった。俺は雨を身体で受けながらやり過ごしていく。

 幸い範囲は広くなかったのか、すぐに通り過ぎてまた晴れる。

 

「はぁ、ついてないな……お?」

 

 濡れてしまった不運を嘆く俺は、すぐにそれを撤回した。

 斜面から見える空。そこには雨のおかげでハッキリとした虹が浮かんでいた。

 

 赤。橙。黄。緑。青。藍。紫。七色に美しく輝く奇瑞の橋。

 見惚れるように綺麗なそれは気まぐれな山の天気がもたらした贈り物だ。狙って見られるものじゃない。だから貴重で、面白い。

 

「……丁度いいや」

 

 だから俺は、進路を変更した。別に焦る旅じゃない。持ち帰れる土産話が多いに越したことはないのだから。

 

 虹の麓を目指していこう。

 俺は希望を胸に、前へと進んだ。

 

 

 

 

 

 これは怪異譚。空模様のように気まぐれで、だからこその物語。

 御伽装士テンユウ。それは一人だけの称号になったけれど、やることは変わらない。

 人を守り、胸がすくような活躍を。

 三つ子の御伽装士は、誰かの為に戦い続けている。

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