仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーテンユウ 作:春風れっさー
守護者の資格 前編
試される北の大地、北海道。
そこではかつて、世を転覆させかねない恐ろしい魔の企みがあった。
不浄の気より生ずる妖魔・化神。人を守るために影ながら戦う集団・御守衆。
化神に唯一対抗できる戦士である御伽装士の活躍によって、人々の平穏は保たれている。
その御守衆の壊滅を画策して生み出された巨大な化神・バケイカヅチ。
見逃せば社会を化神の世界にしてしまいかねないそれと対峙したのが、鼬の怨面を携えし三つ子の御伽装士であった。
死闘の末に、御伽装士たちは勝利。
世界は救われ、そして三つ子は、それぞれの道へと一歩を踏み出す──。
これは、その一歩目の話である。
※
「……出張? アタシが?」
高天原家の広間にて、長女たる霞澄は首を傾げた。
バケイカヅチの討滅からしばらく。事後処理が落ち着き、付き人であった内人が旅立った後のある日。
霞澄は頭目であり祖父である雪蔵に一人呼び出されて、そう告げられた。
「うむ。……といっても、そこまで遠くはない。隣のエリア、かつては
「川緑のおっちゃん? 確かにそれは、すぐ近くだね」
御守衆に所属する御伽装士にはそれぞれに管轄が存在する。広大な北海道を個人の手で守り切ることなどできはしない。それゆえ、支部の命によってそれぞれに割り当てられたエリアを守り切ることに全力を尽くす。
北海道支部の存在する高天原家近隣のエリアの一つは、かつて
しかし、
「でも川緑のおっちゃんは、引退したんじゃなかったっけ?」
「その通り。現在、鹿将の怨面は弟子に引き継がれている」
歴戦の御伽装士、川緑はついこの間引退した。
御伽装士は命を賭し、血戦を日常とする職業。つまりは肉体を酷使する戦士であり、その職業寿命は基本的に短い。
川緑は四十代。勇退してもおかしくない年齢である。
霞澄も、次期頭目の義務として引退式に立ち会ったばかりだ。
「なのに、そこに出張?」
「うむ……どうやら、その弟子とやらに問題があるらしい。そこで川緑は、支部の応援を頼めないかということだ」
「話は分かったけど、それでアタシ? 日依や静久じゃなくて?」
霞澄が次に疑問に思ったのは、人選だった。
現在高天原家には三人の御伽装士がいる。
長女たる霞澄。多彩な技を持つ御伽装士テンユウ。
次女たる日依。不屈なる闘志の御伽装士キュウユウ。
三女たる静久。術に長ける御伽装士メイユウ。
いずれも頭目一族たる高天原家に相応しく、厳しい鍛錬を積んだ一流の御伽装士だ。
しかしその中で霞澄は、一番意外な人選だと思っていた。
「二人に押し付けたいワケじゃないけど……次期頭目であるアタシが支部に残るのが普通じゃ?」
三つ子の中で雪蔵の跡を継ぐのは霞澄だ。
長女だからというよりは、三つ子の中で一番適性があるからだ。
あるいは他二人がないと言うべきか……。
一つの怨面を三人で共有する特殊な状況は終わった。
となれば、三人は別々の場所で任に就くのが筋だ。
今はまだ、色々とドタバタしていたこともあって明確にどこへ配属されるのかは決まっていないが……。
それでも唯一確定していることは、次期頭目たる霞澄がこの高天原家のエリアをそのまま継続するということだ。
ならば霞澄が残り、出張に向かう……このエリアから離れるのは日依か静久が適当である。
霞澄の疑問は、なんら的外れなことではない。
「それだが……まず静久は総本山へ一度呼ばれている。その準備があるゆえに、そちらにかかりきりだ」
「あ、そっか」
静久は御守衆総本山へと招かれていた。
術の天才であり優れた感覚を持つ静久は、総本山では得難い存在らしい。
まだ本格的に召集されると決まったワケではないが……一度顔を出すように誘われ、静久はそのための準備をしているところだ。
そこへ出張を重ねるワケにはいかない。
「静久については分かったけど……じゃあ、日依は?」
「それについてだが……川緑の頼みなのだ」
「へ?」
「『寄越して欲しいのは、霞澄か静久』。……それが奴の依頼だ」
それは何とも……奇妙な指定だった。
「……日依、川緑のおっちゃんになんかしちゃったっけ?」
「そのような報告は受けておらんし、この間の引退式では朗らかに挨拶しておっただろう」
雪蔵もどうやら困惑しているようだ。厳しい顔つきをさらに険しくしている。
三人に実力差はほとんどない。わざわざ指定される謂れはないハズだ。
「まあ、とにかく奴の頼みだ。このエリアの守りは日依、そして何かあれば静久もいる。であれば各地の御伽装士を扶け、支えるのが頭目の務め。頼まれてくれるか」
「うん。そういうことならお任せくださいっ」
霞澄は胸を叩き、大きく頷いた。
「次期頭目として恥ずかしくないよう、ぱぱっと解決してくるよ。シシッ!」
※
北海道は、いまだに自然の息吹が色濃く残った地域である。
特に本土からより遠く、北に向かえば向かうほど、その傾向は顕著になる。
霞澄が今歩いている森の中も、そうして現代日本に残された大自然の一つだ。
「……ん〜! 気持ちいいな〜!」
束の間の森林浴に、思い切りのびをする霞澄。
ちなみに森の様子はろくに人の手が入っていないのか、鬱蒼として歩きづらい。
しかし常人には険しい森の行き道も、御伽装士として日頃の鍛錬を欠かさない霞澄にとってはピクニックと変わらない。
とはいえ、疑問はある。
「川緑のおっちゃん、なんでこんなところに居を構えてるんだろ。街で異変が起こったら間に合わないんじゃ……」
御守衆は化神の脅威から人々を守る組織だ。その性質上、戦闘の場は人里になるのが基本である。
森の中に化神が潜むということもなくはないが、やはり何かあった時にすぐ駆けつけられるよう、街中に拠点を作ることが一般的だ。
現に高天原家も、郊外とはいえ急行できるよう道路などの整備は怠っていない。
しかしこの森の深さ。地の利があっても簡単には走り抜けられそうにない。鍛えられた御伽装士であってもだ。
式神ビークル、特にトライユキオロシがあれば、どうにでもなりそうではあるが……。
「あ、着いた」
そうこうしている間に目的地へ辿り着く。
森の中。ほんの少し開けた間隙に、それはあった。
サラサラとした清い水が流れる沢。そのほとりに寄り添うように、倉庫を併設したロッジのような山小屋がある。
そこが、川緑が家族と共に暮らしている家だ。
「ごめんくださ〜い」
ドアをノックし、伺いを立てる。ほどなくして開けられたドアの先には、若い美女が立っていた。
「は〜い……あら、高天原さんの……確か緑は、えーっと」
「霞澄です。川緑のおっちゃ……
髪の組紐を揺らし、霞澄は挨拶した。
女性は、元御伽装士であった川緑野太郎と祝言をあげた二十歳年下の若妻、川緑せせらだ。嫋やか、を絵に描いたような美女である。
「あら、そうなの。じゃあ、どうぞ上がって」
「お邪魔します」
会釈して、霞澄は玄関に上がる。
「あなた、霞澄ちゃんが来ましたよ」
「お、そうか」
ちょうどリビングでくつろいでいたのか、ソファに座ったままテレビを見ていた男が振り返る。
色褪せた髪の壮年。青磁色の甚兵衛に包まれているのは鍛えられた骨太な体躯。印象として刻まれるのは、頬についた爪痕めいた三本線の傷跡か。しかし笑顔は好々爺のように人懐こい。
川緑野太郎。勇退した歴戦の御伽装士だ。
傍には飼い犬だろうか。毛深いシープドッグが寝そべって舌を出している。
霞澄は気さくに手を挙げ挨拶した。
「よっ。久しぶり、おっちゃん」
「馬鹿言え、こないだ会ったばっかりだろうが」
「若者の尺度だと十分前なんだよ、おっちゃん」
「生意気言いやがって」
軽口を叩き合い、霞澄はテーブルを挟んで向かいの椅子に座った。すぐにせせらによって茶が出される。
「どうぞ」
「ありがとうございます。……いまだにおっちゃんがこんな気立のいい美人さんを貰ったなんて信じられないなぁ」
「なんてこと言うんだ。人徳よ人徳。なぁ?」
「あらあら。ふふ、どうかしらね」
「おいおい、明言してくれよ……」
眉を下げる川緑に、ころころと笑うせせら。やり取りは自然で気安い。どうやら夫婦生活は順調のようだ。
「では、ごゆっくり」
そう言ってせせらは奥へと下がっていく。
「行っちゃうの?」
「あれは一般人だからな。俺が言わない限り、御守衆の話には関わらないようにしているのさ」
「へぇ……気が効く奥さんだね。やっぱり、おっちゃんと結婚したのはなんかの間違いじゃないの?」
「たわけ。熱愛結婚だよ」
川緑は茶菓子をつまみながら、霞澄へとじっとりした目を向ける。
「俺よりお前さんはどうなんだ」
「え?」
「そろそろいい人の一人や二人いてもいい年頃じゃねぇか。いねぇのか?」
「うーん……別にアタシはなぁ」
首を傾げ、霞澄は眉根を寄せる。
それは照れ隠しではなく、本気で思い当たる節がないようだった。
「あんまそういう願望がないんだよね。別に恋愛も結婚も……」
「おいおい。そしたら高天原家が断絶しちまうじゃねぇか。次期頭目だろ、オメェ」
「そしたら日依か静久の子を任命すればいいかなって。ほら遺伝子的には一緒でしょ?」
「そういう問題かい……若いのに枯れちまってよぅ……」
「やな言い方だなぁ」
霞澄に恋愛願望はない。
本当にないのだ。そんな時間があるならば、鍛錬や勉強に費やしたいと考えている。
他人の恋路なら興味も湧くが、自分のこととなるとスンと失せる。
それが霞澄という少女だった。
「あ、でも日依とかはちょっといい報告できるかも。近々、いやまだ先かもだけど」
「ほお? そりゃ楽しみにしておこう……さて」
閑話休題。
世間話モードから一点、川緑の視線は真剣味を帯びる。
霞澄も茶を置き、背筋を正して向き直る。
「頼みを聞いていただき、感謝する、次期頭目」
「蝦夷支部を預かるものとして勇士の期待に応えることは当然のことです。……それで、何があったのおっちゃん?」
本題に入る。
わざわざ雪蔵に働きかけてまで霞澄、あるいは静久を呼ぼうとしたワケを。
「ああ。……どこまで言っておいたっけな」
「弟子に関して困っている、とだけ」
「ああ、そうだ。俺の弟子……つまり鹿将の怨面の継承者なんだけどよ」
御伽装士は年中人手不足だ。一地方における御伽装士の数は平均で十人前後。それだけの数で日本全土を覆おうとするならば、一人一人に分かれてカバーするしかなく、それゆえ欠ければ大きな穴が開く。
その上怨面は再生産不可能。数に限りがある。
ならば、遊ばせておくワケにはいかない。
余程クセの強い怨面以外ならば、すぐに次の継承者を選ぶのが普通だ。
修行に年月がかかるならば、尚更。
「もう活動してるんだよね? 報告書で化神の撃破報告も届いてたし」
「なんだ、知ってたのか」
「お爺さまのお手伝いをしてるからね〜」
霞澄は三つ子の中で唯一祖父の仕事を手伝っている(日依は書類仕事が苦手で、静久は興味ない仕事はやりたがらない)ので、北海道支部の内情には強い。それゆえ、鹿将の継承者が既に御伽装士としての活動を始めていることを知っていた。
「そうだ。アイツは……
川緑は自身の膝をぱしんと叩いて言った。
「思いの外ガタが来るのが早くてな。四捨五入すれば五十代だ、それも仕方ないが……穴を開けるのは本意じゃなくてな。ちょうどいいところに奴と出会ったから、弟子にしたのさ」
「へぇ……」
「もちろん、届出はしたぜ。……アイツは鹿将を扱うのに必要な才能を備えていた。化神と戦う動機もある。尖ったところは、徐々に矯正していければ、と考えていたんだが……」
川緑は深いため息を吐いた。
「少し、問題があってな。それを解決して欲しくて、お前さんを呼んだんだ」
「なるほど……事情は分かったけど、まだ二つ疑問がある」
「ああ」
「まず、解決してほしい問題は何か? それと……」
霞澄はキョロキョロと周囲を見渡した後、言った。
「その、角矢くんは?」
「………」
再び深いため息をした後、川緑は答えた。
「家出した」
「へ?」
※
しばらく後、霞澄は再び森の中を歩いていた。
目指すは川緑宅のあった場所の、さらに奥だ。
『修行のこともあって、ソイツにはここに住み込みさせているんだが……数日前から帰ってこなくてな』
そう語る川緑の表情に、霞澄は覚えがあった。
静久がどこかへふらふら言ってしまった時の、内人の表情だ。
『森の気配や、化神の撃破報告は義務的に届くから無事であることは分かっているんだが……帰ってくる気はないようでな。連れ戻してほしいってのが一つある』
「いや家出先が森の中って、童話じゃないんだから……!」
木々を掻き分け、霞澄は苦い顔をして呟く。
森は更に深まり、今度こそ人の手が入った気配は一切なくなった。
あるのは天を遮る木の壁。足元を隠す薮草の覆い。か細い獣道だ。
そして猛獣の気配も、色濃くなってくる。
「……ヒグマだぁ」
霞澄は木に残された爪痕を見て呟いた。北海道なのだ。熊は当然の如くいる。
御伽装士として鍛錬を積んだ霞澄にとっては出会い=死ではないが、それでも生身では中々の激戦を覚悟しなければならない相手だ。
好んで遭遇したい相手ではない。
「こんなところでサバイバルしてるって、どんだけ野生児なんだよ、その継承者」
霞澄は愚痴を溢し……その中で呟いた己の言葉に気付いた。
「……継承者、後継者、か」
思えば、自分に近しい立場だ。
探しているのは鹿将の継承者。このエリアを守護する御伽装士の役目を背負う者だ。
対して自分もまた、いずれ北海道支部の頭目となる身である。
奇妙な偶然を覚え、霞澄は思案した。
(受け継ぐって、実感ないな)
受け継ぐ。それは誰かから託された物を受け入れ、そのために生きるということ。そしてそれを次代へまた受け継がせる時まで、守り続けるということ。
雪蔵から高天原家当主と北海道支部の頭目という役割を受け継ぐ。霞澄もまた、それを望んでいる。
しかしその重みはまだ、実感したとは言えない。
北海道支部は明治以降の入植でできた御守衆全体としてはまだ新参の支部だ。
しかし高天原家は御伽装士としてそれ以前から民衆を陰ながら守ってきた。
自分が生きた、十倍以上昔より受け継がれてきた使命。
その重みを、十五歳の身空で理解するという方が難しいのかもしれない。
どれほど重要なことなのかは、分かっている。
人の負の情念がある限り湧き上がる人喰いの怪物、化神。その脅威から人々を守るという使命を持った御伽装士。そして頭目という立場は、その頂点の一角に立つ存在だ。
人員の采配。事故事件の解決。双肩にかかる責任。
御伽装士が全力で戦えるように全力を尽くす。それが頭目の使命であり、長年の手伝いでその大変さも理解している。
……それでも、手伝いは手伝い。次代は次代だ。本当に背負ったワケではない。
今はまだ、ただの一介の御伽装士なのだから。
重責、その実感を知らずに継いでいいものなのか。
理解しないことは、真に受け継いだと言っていいのか。
それで──守りたい人たちを、守れるのか。
霞澄は悩みを深める。
考え込んだ霞澄は、しかし唐突にその思考を打ち切った。
──鋭い殺気を感じ取ったからだ。
「──っ!」
直感に従い身体を仰け反らせる。一瞬前まで頭があった場所。その近くの木に、一本の矢が突き刺さった。
避けなければ、こめかみに突き立っていたことだろう。
「あ、っぶな」
「へぇ、避けるのか」
声が降ってきた。視線を向ければ、そこには枝の上で矢を構える少年の姿が。
ポニーテールのように纏めた黒い髪。北国には珍しい日に焼けた肌。服装は森暮らしをしやすいようにか、レンジャーを思わせる野戦服。
左手に弓を、背に矢筒を背負う少年は、まず間違いなく矢を放った張本人だ。
「い、いきなり何するのよ!」
霞澄でも流石に怒った。悪戯好きでも不意打ちされるのが好きというワケではない。
それに対して少年は、怪訝そうに顔を顰める。
「はぁ? 俺のテリトリーに入ってきたそっちが悪いんだろ?」
「動物か! 聞いていた以上に野生児だ……あなたが角矢!? おっちゃんの弟子!?」
「……デキる奴だと思ったら、やっぱり師匠の弟子だったか」
「違う! アタシは支部から来た御伽装士だよ!」
「何?」
少年、角矢は弓を背負うと、猿のように軽快な動きで降りてくる。
目の前に立つと、角矢は中々の身長であることが分かった。平均より低めの身長である霞澄は見上げる形になる。
「む……」
「こんなガキンチョが、御伽装士ぃ? 弟子じゃなくてか?」
「ムカ。そういうアンタは何歳だよ」
「俺は十六だ」
「一個しか違わないし! ほら怨面はここ!」
バレッタとなっている鼬の面を指差し、霞澄をぐいと食ってかかる。
「そういうアンタの鹿将の怨面はどこよ!」
「ここだよ」
言って角矢は腰元を示した。そこにはポーチに混ざって青緑色をした鹿の面がぶら下がっていた。
「むぅ……本物だ」
「それで、支部の御伽装士が何の用事なんだよ」
「……川緑のおっちゃ……先代ロクショウから、要請されてやってきたんだよ」
「あぁ? ……クソッ」
思い当たる節があるのか、角矢は顔を顰める。
霞澄は川緑の要請内容を詳らかにした。
「ロクショウの本領を一向に発揮できないから、見てくれってね!」
それが、川緑が霞澄を呼んだ理由だった。
ロクショウ。つまり御伽装士としての実力を十全に発揮できていない……。その改善を求めて呼ばれたのだ。
『アイツは鹿将を扱う才能はある。それこそ俺以上にな。……だが、今のアイツはその才の半分も発揮できちゃいねぇ。鹿将の力に至っては二割がやっとだ。当然、使えるようにならなきゃそのうち化神との戦いで死んじまうが……情けねぇことに、俺の言うことを聞いてくれなくてよぉ』
山小屋で川緑は頭を掻きながら頼み込んだ。
『しばらくアイツの親代わりをしてたもんだから、素直に聞いてくれねぇんだよな。こういう時、上から頭ごなしで言うよりも同年代から言われた方が聞くと思ってよ。だから霞澄、お前を呼んできたもらったんだ。……いっちょ、しごいてやってくんねぇか?』
「チッ……師匠の奴、頭目にまで告げ口しやがったのかよ」
舌打ちをして毒づく。角矢のその様子を見るに、川緑の言ったことは真実であるらしい。
「それで、むくれて森に逃げ込んだってワケ?」
「別に、むくれてなんかねぇよ。師匠が分からずやなだけだ!」
角矢は木に拳を叩きつけながら言った。
「俺は十分戦えるって言ってる!」
「でも、能力全部を使えないって言ってたよ」
「何が問題なんだ! 現にもう何匹も化神を倒してる! 何の不足もない!」
吠えるように怒鳴る角矢の瞳には激情が宿っていた。
やり場のない怒り。苛立ち。そして無力感を感じさせる表情。
霞澄は、その顔に覚えがあった。
姉妹ではない、しかしそっくりな顔をした、その表情に。
己の力不足に嘆き、拳を打ちつけたあの日に。
(能力全部を使えないってのは、アタシにも覚えがあるし。……仕方ないな、一肌脱ぐか)
「へぇ? そうなんだ。……じゃあ」
霞澄は悪戯げな笑みを浮かべ、自身の怨面を手に取った。
「その実力、見せてもらおうかな」
「何?」
「直接やって、アタシに勝てたら引き下がるよ。川緑の師匠にも、大丈夫だって報告する」
御伽装士同士による私闘は当然御法度……しかし鍛錬目的の模擬戦ならば許される。
これもその範疇だ。少なくとも霞澄はそれで通すつもりだった。
角矢は目を細め、霞澄を見定めるように見つめる。
「……本気か?」
「手っ取り早いでしょ? それとも……同業とやって、本当の実力が炙り出される方が怖い?」
「ハッ! 上等だ」
好戦的に歯列を剥き、角矢も弓矢を捨てて怨面を手にした。
それを合意と取って、霞澄は軽やかにバック宙して距離を取った。
「勝利条件は、相手の怨面に手をかけたら。参った、って言っても聞いてあげるよ」
「抜かせ。退魔道具は?」
「ありありだよ。言い訳なしにね」
「オーケー。やってやるよ」
互いに、構える。
「泣かせてやるよ、ガキンチョ」
「言ってなよ、青二才」
啖呵を言い放った瞬間、森の中に一陣の風が吹く。
その風が木々を揺らし、一枚の葉を枝よりもぎ取った。
ひらりと舞う木の葉が二人の前を横切った一瞬──両者は同時に動いた。
「オン・ルドラ・ラン・ソワカ」
「オン・シシズ・カカカカ・ソワカ」
赤い痣が互いの肌を覆う。
同じ御伽装士。それゆえ、受ける苦痛もまた等しい。
「く、あぁぁ」
「グゥゥ……」
霞澄は空を泳ぐ雲。角矢は樹木の枝めいた紋様。
苦痛に耐えぬき、両者は唱える。
同じ言葉を。
「「変身!」」
雲に包まれ変じたのは、着流しのような布を纏う灰色の志士、御伽装士テンユウ。
「御伽装士テンユウ! さあ、天誅よ!」
そして対面の角矢は、出現した光でできた巨大な牡鹿に包まれるように変身した。
光が晴れて現れたのは、まるで武者。
青緑色の甲冑。それそのものは博物館に展示されていてもおかしくない昔ながらの武者甲冑だ。腰には刀を佩き、帯の中央には渦巻く青い霊魂の細工。
特異なのは、面頬の代わりに緑の肌に青い筋の入った鹿の面を被っていること。
そして兜から立派な鹿角が聳えていることだった。
「御伽装士ロクショウ。テンユウとやら、相手してもらおうか」
「へぇ、それが……御伽装士ロクショウか」
変じた姿を見て感嘆の声を上げるテンユウ。
疑問を覚えたロクショウは質問を投げかける。
「師匠のを見たことあるんじゃねぇのか」
「共闘したことあるのは、実は姉妹の方なんだよね」
川緑が務めていた任期の間、テンユウは怨面を三つ子で共有している状態だった。
その間、川緑と共に戦う機会があったのは日依と静久のみ。
個人的な友誼はあっても、霞澄が直接川緑の変身する姿を見たことはなかった。
「だったら、初見でぶっ潰れな!」
腰の刀を抜き、切り掛かるロクショウ。
不意打ちに等しい打ち込みだったが、テンユウは素早く反応し上空へ跳んで逃れる。
「チッ!」
「おっと。いきなりはやられないよ。……その刀は、退魔道具じゃないみたいだね」
枝の上に着地したテンユウは抜き放たれた刀を見て呟く。打刀のほどの長さをした刀はある程度の破魔の力は感じるものの、御伽装士がメインで使うほどの力は感じ取れなかった。おそらくは、手甲やマントのような、基本形態の付属品だ。
「慧眼だな。その通りだ。本命はこっちだ……退魔道具・
「! 射撃系の退魔道具!」
刀を避けるために距離を取ったことが仇となった。
ロクショウの左手に身の丈に迫る長弓が出現する。弓柄は水色。弦は青白い光を纏っている。
これこそがロクショウ唯一の退魔道具。
幽響の鳴弓。
「喰らえ!」
ロクショウが弦を引くと、その手の中に元からつがえられていたように矢が出現する。矢の切先は、テンユウへと定められていた。
「おっと、退魔道具・浮雲の脚絆! とう!」
テンユウはその矢が放たれるより早く退魔道具を召喚。脚絆から緑のしめ縄を伸ばし、別の枝に巻きつけて縮める。
結果テンユウは別の枝へと飛び乗り、ロクショウの手より放たれた矢は空を切った。
「なっ!」
「シシッ、機動力には自信があるのさ!」
特にこの森は、霞澄のテンユウにとっては最大限の実力が発揮できるフィールドだ。
しめ縄をあちこちへ伸ばし、テンユウは得意の立体機動でロクショウを翻弄する。
「小癪なことを! シュッ!」
「おっと」
縦横無尽に舞うテンユウ。
しかしロクショウはそんなテンユウに狙いを合わせて矢を放つ。その照準は、怨面の頬を掠めるほどに鋭かった。
テンユウはロクショウの目の良さに感嘆した。かなりの弓の腕前だ。
だが、疑問もあった。
(この矢……)
飛び回りながらテンユウは飛んできた矢の一本を掴み取る。
(普通の矢だ。わずかな力も感じない)
矢を眇めて見ても、変哲のない代物にしか見えなかった。弓道で使うような、あるいは行事に使われるような。
破魔の力も、爆発するようなトリックもない。
これでは現代兵器を物ともしない化神を仕留めるには、急所を狙っても何十発とかかるだろう。
果たしてこれが、御伽装士の武器なのか?
(早撃ちは本当に見事なのに……)
分析をしているうちにも矢は放たれている。それも瞬時につがえ狙いをつけ、正確に撃ち放ってくる。
それでもテンユウは避け続けている。おそらく、このままずっと当たらずに避けられる。ロクショウの目が次第に慣れていっても、テンユウもまた矢に慣れるからだ。
矢はどこからか転送されてきているのか、無尽蔵に見えた。だがこのままでは千日手。御伽装士の体力では日が暮れる。
状況を変えるには、どちらかが動く必要があった。
「チッ!」
先に動いたのはロクショウの方だった。テンユウに背を向けるようにして森の奥へと走り出す。
「逃亡? だけど、逃がさない!」
なるほど、距離を開ければロクショウが有利だ。テンユウの探知範囲からの遠距離狙撃に徹すれば、仕留められる可能性はグッと上がる。
だが、テンユウの機動力は甲冑姿のロクショウより遥かに上だ。追いつくのはワケない。
枝と枝を飛び、アッサリとテンユウは上空からロクショウの背を捉える。
「スピード勝負で負けるもんか!」
「……!」
すぐ近く。全力疾走している所為か無防備な背中。
テンユウは、その背に向かって流星のような飛び蹴りを放った。
「喰らえ……っ!?」
だが放った瞬間、何故かテンユウ、霞澄を猛烈な悪寒が襲った。
何らかの危機感知。第六感が火花を散らす。
その直感は、果たしてどこから来たものか?
霞澄の脳裏に浮かんだのは……内人を悪戯に嵌める光景。
「っ、あぁ!!」
飛び蹴り中、テンユウは無理やり脚絆から綱を発射。木の幹に巻きつけて軌道修正する。
運動エネルギーの結果、テンユウは幹に叩きつけられる。
「あぐっ!」
「何!?」
ロクショウは驚愕の声を上げた。その理由は、すぐに判明する。
逃げていたロクショウの足元……テンユウの飛び蹴りが着弾するハズだった地点には、巧妙に隠されたトラバサミが存在していた。
「シシッ、やっぱりね」
「何故分かった……!」
「悪戯には、一日の長があってね」
狩猟用の罠なのだろう。つまり角矢が森暮らしの最中に仕掛けたもの。飛びかかってきたテンユウの攻撃を寸前で躱して、動きを止めるつもりだったのだろう。
当然、ロクショウは位置が分かる。この森そのものがキルゾーンということだ。
「だけどこれでタネが割れた! トラップを駆使した戦法ってワケだ」
慣れた行動だ。咄嗟のアドリブではない。
ここにある罠は狩猟用だろうが……おそらくは街中の化神にも同じような戦法で挑んでいるのだ。
それならば、何の仕掛けもない矢でも動きを止めている間に何発も打ち込める。
狩りと同じ。実戦的な戦術だ。力が無いなりの工夫。だが……。
「アタシには、通用しない!」
悪戯でトラップを仕掛けることもある霞澄は、心得がある。
その位置を、自分が隠しそうな位置、あるいはロクショウの動きから読み取ることができる。
霞澄なら見分けることはそう難しくはない。
ロクショウはそのまま逃げ回りながらトラップを何度もテンユウへ嗾ける。
しかしテンユウはその度に見切り回避した。
落とし穴を飛んで躱し、仕掛けボウガンをはたき落とし、ワイヤーはむしろ縄を巻きつけて利用する。
無数のトラップを、ことごとく回避してみせる。
「な……お前も森暮らしかよ!?」
「失礼な。由緒正しきお嬢さまだよ!」
距離は取らせない。弓矢の射程には持ち込ませない。
「このまま決める──退魔道具・旱天の両面大鎌!」
テンユウは、両手の中に長柄の鎌を召喚する。
あの決戦──テンユウ・サンカイに合体変身した日から、霞澄は全ての退魔道具を使用することができるようになった。
それが天鼬の怨面が心開いた結果なのかは分からない。だが今のテンユウは、三つ子の戦術全てを再現できる。
「ハァァアァァァッ!!」
裂帛の呼気と共に、両面大鎌を掲げる。
すると長柄の先についた二つの三日月型の鎌刃は、柄から分離して浮き上がった。
「セイヤァァァァ!!」
「なっ」
二つの刃は真っ直ぐに飛び、ロクショウに迫る。
神通力を使って刃を分離して自在に操る。
それが両面大鎌の能力。
三日月状の刃は太い木の幹に突き立った。
ロクショウの両腕を、サスマタのように磔にして。
「う……!」
「動かない方がいいよ。そのまま腕が落ちる」
ハッタリではない。かつての三つ子で最大の攻撃力を誇った鋭い刃は武者鎧ごと筋骨を断ち切る。
地に降りたテンユウは罠がないことを確認しながらロクショウの前に立った。
「これでアタシの、勝ちだね」
動けないままのロクショウの怨面へと手を伸ばす。
引き剥がして、それで決着。
──しかし手がかかる寸前、何か殺気めいたものが突き刺さった。
テンユウは何者かの気配を感じてその手を引っ込める。
「っ、誰!?」
周囲を見回してみるが、誰の影もない。人間は愚か、野生動物すらも。
(おかしい。今、確かに誰かの気が──)
何者かの存在に気を取られるテンユウ。しかしそれは明確な隙だ。
「っ、うおおおぉぉっ!!」
「! しまった!」
自分から気が逸れた瞬間、ロクショウは最後の賭けに出た。
至近距離にいるテンユウ目掛け、頭を振り下ろす。
ただの頭突きではない。兜には立派な鹿角がついている。
野生の鹿よろしく、それは十分武器として使用できる代物だ。
「負けられねぇんだよおおおぉぉっ!!」
両手が封じられて使える最後の武器。それを渾身の力を首に込めて叩きつける。
だが振り下ろされた角は……テンユウが横に掲げた長柄に受け止められていた。
「ふぅっ、危なかった」
「く、畜生……!」
隙間に引っ掛かるように食い止められた角は、完全に止められている。まるで物干し竿のようにカッチリと。
「この退魔道具が使えるようになった際、当然日依へ真っ先に教えを乞うたさ」
鍛錬を怠ることのない霞澄。その性質は一人だけのテンユウになっても変わらない。
使える退魔道具が増えたとしても慢心することはなかった。すぐに元の使い手である日依に頼み、両面大鎌の使い方を習得した。
もちろん、鎌を飛ばしてただの長柄になった場合の扱いも。
「これでもう、本当に終わりだね」
「あ……」
「ほい、取った」
怨面に手をかけ、取り外す。
決着だ。
テンユウの勝利である。
変身解除されたことで腕も抜けた角矢は崩れ落ちるようにその場に座り込み、木の根へと拳を振り下ろした。
「クソォ!」
「これで少しは話を聞いてくれるようになったかな。……それにしても」
自分もまた変身を解除した霞澄は怨面を手に森を見つめる。
あの時感じた気配は、確かに他者のものだった。
殺気めいた気。だがそれほど刺々しくはない。
どちらかというと、アレは──、
「……護ろうとした?」
霞澄の問いは森のざわめきの中に消える。
視界にはやはり、何もいなかった。