仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーテンユウ   作:春風れっさー

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第二片 それぞれの色彩(ひとみ)

 俺、丑川内人は旅人だ。旅というのは出会いの連続で、予想外の知己を得ることもある。

 探し人をして全国中を回って旅をしていた俺は、とある資産家を助けたことがあった。まぁ別に、大したことでも無い。しかし身の上話をしたところその人にいたく気に入られ、俺は旅を続けるための資金援助を受けた。今日まで旅を続けてこられたのはその人のおかげと言っても過言では無い。

 何が言いたいのかというと、つまり俺は特別なことが無い限りお金を払ってホテルに泊まっているということだ。

 

 スイートという程ではないが、高い位置から海が見下ろせる一室。間取りも広く、一人でしばらく暮らすには充分ないい部屋だ。

 だがそんな俺のプライベートエリアは、邪知暴虐な三体の悪魔に踏み荒らされていた。

 

「うーん、荷物の中に面白い物無いなー。エロ本とか持ち歩いて無いのー?」

「ルームサービスどれにしようかな……ケーキあるんだ……」

「この備え付けのゲーム機古いですね~。静たちが生まれる前の物かな~」

 

 部屋の中を所狭しと勝手気ままに漁りまくるソックリな顔をした三人の少女。その正体は当然、あの日出会った三つ子たちだ。

 

「お前らホント、いい加減にしろよ……」

 

 頭を抱え絞り出すようにしてそう呟く。

 あの日以来、俺はこの三つ子に妙に懐かれてしまったのだ。

 結局あの日、俺は大したことを教えてもらえ無かった。あの姿が御伽装士・テンユウと呼ばれる姿であることや、あの化け物が化神というらしいこと、そのくらいで、後は少女たちの名前を教えてもらった程度で他ははぐらかされてしまっていた。どんなに聞いても教えてはくれない。何か事情がある気配は察したが、理不尽なことには変わらない。

 にも関わらず、俺は三つ子たちに付きまとわれていた。探し人をする為に街中を調査するのに絡まれることから始まり、食事中勝手に奢らされたり、しまいにはこのように借宿にまで押しかけてきやがった。

 奔放すぎる三つ子たちに、俺は困り果てていた。

 

「ったく……おい荷物は開けても良いがちゃんと戻せよ。ケーキは1ホールまで! ドリンクは自由! ゲーム機は壊すなよ人様の物だからな」

「「「えー」」」

「えーじゃない常識だろうが!」

 

 コイツらホントわがまま放題だな!

 

「うーん、お……何コレ、御守り? 変な顔ー」

 

 漁った荷物から取り出したシーサーのキーホルダーを見て笑っているのは、長女の霞澄(かすみ)。緑の組紐で髪をハーフツインテールに括った、最初に出会った少女だ。

 コイツは悪戯好きで、隙あらば俺のことを驚かそうとする。しかもこのように人様のスペースを踏み荒らすことに遠慮が無いため、一番俺に迷惑を掛けていると言ってもいい。ただどうにもその無邪気な様子には、真剣に怒る気が湧かない。気付けば気の置けない仲にまで近づいてくる、不思議な少女だ。

 

「……1ホール。イチゴか、チョコか……メロンも捨てがたい……」

 

 テーブルでメニューを握り締め唸っているのは、次女の日依(ひより)。ポニーテールを纏める組紐は赤い。二番目に会った、俺のことを警察に通報しようとした奴だ。

 俺のことをいつも鋭い眼差しで見つめ、心を許していない様子だ。しかしその割に他二人と一緒に俺を訪ねたりと、よく分からない。三人の中では一番凶暴で、俺が触れようものなら容赦無く腕を捻ってくる。いや纏わり付いてくるのを引き剥がすくらいはいいだろ! 向こうから触ってんだから!

 

「どうやったらつくんだろ~。あ、これかな。……???」

 

 三色の端子を前にして首を傾げてるのが、三女の静久(しずく)。お団子にした髪に、青い組紐を巻き付けている。最後に出会った少女だ。

 どうにもぽやぽやとしていて、掴みづらい少女だ。穏やかなのだが時折突拍子も無いことをしでかす。昨日は蝶を追って川の中に落ちかけていた。迂闊に目が離せない奴なのだが、目を離した隙に何か悪戯を仕掛ける長女とコンボを決めてくるので厄介だ。

 

 これら謎めいた三つ子の名字は高天原(たかまがはら)というらしい。どこかで聞いた名前な気がするのだが、思い出せない。この街のことなのだから、旅に出る前だろうが……。

 

「ドタドタはすんなよ、下にも人がいんだからな。はぁ、ったく……」

 

 俺は三つ子たちに忠告しつつ、止めさせても聞かないのが分かっているのでベッドの上に胡座をかいて頬杖を突いた。そして懐から手帳を取り出す。そこには俺が街で聞き出した探し人の情報が載っていた。

 

「……いる。それは間違いない」

 

 何日か掛けて町民に目撃情報を問えば、幾度かそれらしき人影を見たという情報が得られた。近日中に見かけたという話も、俺が目にした日以降に見たという話も聞いた。この街にいることは確実だ。だが親しく話をしたという人間は皆無で、目撃されたエリアもバラバラ。どこに住んでいるかというような情報は、全く得られていなかった。

 

「まぁ、いるならそれでいい。じっくり進めていけばいいさ……」

「何見てるのー?」

「うおおっ!?」

 

 手帳を覗き込んでいた俺は、耳元で囁かれて跳び上がる。バッと振り返れば、そこにいたのは霞澄……三つ子の長女にして俺と一番最初に出会った、二つ結びの少女だ。

 

「お、お前、毎度毎度気配を消して話しかけてくるの止めろよ!」

「シシシッ! だって脅かし甲斐があるんだもーん」

 

 悪戯げに笑うその表情は全く悪びれていない。緑の組紐で結んだ髪を揺らして楽しげに笑っている。

 

「まぁ、別に、お前らには関係のないことだよ」

 

 そう言って俺は手帳を胸ポケットにしまう。コイツらの前であまり広げない方がいいかもな。俺の個人的な話だし、見てもつまらんだろう。

 

「で、今日はどうしたんだよ。遊びに来ただけか?」

 

 そういえば今日訪ねに来た理由を聞いてなかったと思い出し問う。霞澄はベッドの上にちょこんと座りながら首を傾げた。

 

「えー、と、なんだっけ? アタシらはふつーに遊びに来ただけなんだけど……」

「後から人をやるって言ってなかったっけ」

 

 霞澄の疑問に日依が答える。人をやる? 誰が?

 問い質そうとすると、ピンポーンとインターホンが鳴り響いた。

 

「あぁ、はいはい。ルームサービスが届いたかな」

 

 日依の頼んだケーキが来たのかと思い、俺は立ち上がってドアへと近寄る。

 

「え、私まだ何も……」

 

 そう呟く日依の声が届くと同時に、俺は鍵を開ける。

 ドアを開いた先にいたのは、白い髭を蓄えた清潔感のある老人だった。

 

「へ、誰?」

 

 一瞬ホテルマンかと思ったが、制服が違う。老人の着ているのは燕尾服……とよく似た、執事服だ。

 老人は片眼鏡をクイと持ち上げ、言った。

 

「お迎えに上がりました。丑川様」

「は、え……」

 

 何事か分からず目をぱちくりさせていると、老人は指を鳴らす。

 すると後ろから出てきた屈強な男たちが、俺の両脇を持ち上げ拘束する。

 

「え? え? え?」

「では参りましょう。お嬢さまたちも」

「あー、そっか。こういうことかー」

「……ケーキ食べれなかった」

「は~い、(むぎ)~」

 

 連行される俺に続いて、三つ子もゾロゾロ後に続く。そしてそのままホテルの外まで運ばれ、車に乗せられる。

 その間、誰にも何も言われなかった。ホテルの従業員が何人も目撃していたが、全員揃って目を逸らして見なかったことにしていた。な、何故!?

 連れてこられた黒塗りの車も、大きい。ていうかこれ、リムジン……?

 

「わー、これ車大好きお爺さま秘蔵の車じゃない?」

「それだけ気合い入れてるってことかな」

「静これ広くて好き~」

 

 着いてきた三つ子はあまり驚いていない。しかし両脇を逃げられないよう男たちに挟まれている俺は目を白黒させるばかりだ。

 そうして困惑している内に、車は停まった。

 

「着きましたぞ」

 

 執事にそう言われ、俺は外へ連れ出される。そして目の前には、巨大なお屋敷が広がっていた。

 いや、大きい。北海道は土地が広いだけあって内地よりは大きな建物が多い印象だが、それを含めてもなお巨大な印象を受ける。武家屋敷といった感じだが、立派すぎていっそ城のようだ。

 どうやら郊外に建てられているらしいその屋敷の中へと、俺は導かれていく。

 

 そうして連れられやっと解放されたのは、畳が何畳あるか数え切れない程の広間だった。

 

「お連れいたしました」

 

 隣で執事が慇懃に頭を下げている。そんな俺たちの目の前には、厳めしい面構えの老人が座っていた。

 六十を超えているでろう風体。それでも背筋はピンと張って、衰えを感じさせない佇まい。髭は無く、白髪は撫で付けている。袴を履いたその姿は、初見の俺でもその正体が窺えてしまう風格を備えていた。

 恐らくは、ここで一番偉い人だ。というかぶっちゃけヤク……。

 

「……其奴が、そうか」

「はっ。その通りでございます」

 

 執事が何やら報告している。だが俺には何が何やら。

 

「お、おい。これどういうことだよ」

「ん、えー、どうしよっかな。教えて欲しい?」

 

 俺は隣で寛ぐ三つ子に訳を聞こうと小声で話しかけたが、相手が悪かった。霞澄が意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「いやマジで頼むって。何コレ、俺ハラキリでもさせられんの?」

「それは流石に無いよ……多分」

「多分!? 多分って何!?」

 

 怖えーんだよ! この圧倒的権力! ホテルの様子を見てると埋められても知らんぷりされそうなんだけど!?

 って、思い出した!

 

「高天原家って、婆ちゃんから逆らっちゃいけない家って教わったところだ……!」

 

 小さい頃、まだ存命だった婆ちゃんから教えてもらったんだった。「あの家はとてもお偉いから、何か物言ったりしてはいけないよ」と。当時はよく分からず素直に頷いていたが、まさかこんな形で関わるとは……。

 で、そんな家に捕まったんだけど? 何をされるの? どうすればいいの? 教えてくれ婆ちゃん!!

 

「……おい」

「は、はいっ!?」

 

 そんな風に独白していると、老人が話しかけてくる。その顔と視線は厳しい。その表情は、どことなく日依を彷彿とさせた。

 そして遠雷の如き低い声音で言う。

 

「お前が……」

 

 くわり、目をかっ開いて。

 

「お前が儂の可愛い孫たちをたぶらかしたのかぁぁーーっ!!」

「あっっ、そういう!!??」

 

 そういう感じの奴なの???

 いや全部誤解だけどね!!!

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺は……」

「問答無用だ!」

 

 そう言うと老人は立ち上がった。その手には……日本刀!?

 

「ぶっ殺してやる!!」

「待て待て待て待って、MA・TTE!!」

 

 すらりと白刃を抜き放ち迫る老人から俺は広間を逃げ回る。やばい風切る音で分かる旅の途中で握ったことのある俺には分かるアレ本物!!

 

「おー、お爺さまから逃げれてる。内人、中々やるねー」

「結構逃げ足速いね。旅してたからかな」

「がんばれがんばれ~」

「見てないで助けろぉ!」

 

 遁走する俺に呑気な声を掛ける三つ子へ吠えた。全部お前らの所為なんだが!?

 

 逃走劇はしばらく続き、お爺さまとやらが息を上げ始めたところでようやっと三つ子による説明が入った。

 化神に襲われていたところを二回助けたこと。それから気に入って付きまとっていること。

 それらの説明がされたところで老人はようやく落ち着いた。

 

「ふむ……そしてそれを幸いとして粉を掛けようとしているのでは無いか?」

「違います」

 

 訂正、やっぱちょっと落ち着いてない。

 しかし俺がキッパリ言うとそれで安心してくれたのか、老人はようやく元の席へ戻った。俺も礼儀正しく正座し直す。

 

「ふん……では改めて名乗ろう。儂は高天原雪蔵(せつぞう)。霞澄、日依、静久たち三人の祖父にして高天原家当主だ」

 

 当主……というと、やっぱり一族の一番偉い人か。俺は納得して、今度は自分が名乗った。

 

「丑川内人といいます。彼女たちには命を助けてもらいました」

 

 それは本当に、感謝している。命の恩人であることは紛れもない事実だからだ。その後たっぷり過ぎるほど迷惑を掛けられているのは別として。

 

「うむ。御守衆、蝦夷エリアの者として当然のことだ。特に孫たちは、頭目である儂の血筋だからな」

「……御守衆、とは?」

「む? おぬし知らぬのか?」

 

 不意に出てきた単語を俺は問うた。三つ子からそんな名前が出た気がするが、詳細は一切説明されなかった。三つ子たちへ目を向けると、俺たちの話も聞かずめいめいにスマホをいじったり執事に持ってこさせた茶菓子を頬張ったりなどしている。

 俺は雪蔵さんへ目を戻して頷いた。

 

「はい、一切訊いておりません」

「そうなのか……三つ子たちが記憶を消していないからてっきり関係者だと思っておったが」

「記憶?」

 

 物騒な言葉に俺は眉根を寄せる。そんなことが出来るのか?

 

「そうだ。関係ない者の記憶は消し、人知れず化神を狩り人々を守る守護者の集い。それが御守衆だ」

「化神を狩る……あの、御伽装士とかいう力で」

「左様」

 

 雪蔵さんは頷き、俺はこの世の裏側の説明を受けることになった。

 

 曰く、化神とはこの世の負の情念が凝り固まって生まれる怪異であること。

 曰く、御守衆とはそんな化神から人々を守るべく陰陽庁の下で働く秘密組織であること。

 曰く、御伽装士とはその化神に対抗すべく、怨面と呼ばれる魔道具の力によって変身した戦士の姿であること。

 

 それらこの世の裏の真実を、事細かに教えてもらった。

 

「そして我が高天原家は代々御守衆として働いてきた名家。それは明治以降この地、蝦夷へ封じられても変わりない。我々は無辜の人々を守るために夜を駆り、化神を誅する一族なのだ」

 

 雪蔵さんはそう語り終え、俺は溜息をついた。

 まさかこの世界にそんな怪異が存在したとは……。

 旅の途中、何度か不思議な出来事には遭遇した。森の精だの、幽霊騒ぎだの。しかしそんな危険な怪異が世に巣くい、人々を喰らっているとは知らなかった。

 そして三つ子たちが、そんな崇高な使命を帯びていることも。

 

「あの子たちが、ねぇ……」

 

 つい胡乱げな目で三つ子たちを見てしまう。三人は完全に飽きて、だらけきっている。部屋からリバーシを持ってきて対戦しているくらいだ。

 

「えい、角取り」

「あ、ずるーい!」

「霞澄ちゃん弱~い」

 

 ……そうは思えないけどなぁ。

 

「……ふむ、内人くん、だったか」

「はいっ?」

 

 そんな目で見ていたのがバレたのかと、居住まいを正す。しかし雪蔵さんはまったく違うことを切り出した。

 

「三つ子たちの付き人をやってくれんかね?」

「は?」

 

 突然の申し出に、俺は面食らう。

 

「御伽装士は戦う時一人だが、だからといって活動の全てが賄える訳がない。避難誘導や、記憶消し、怪我の介抱など、サポートする人員が必要不可欠だ」

「それは……しかし、その御守衆の中から選べばいいのでは」

 

 俺は当たり前の問いを放った。確かにあんな恐ろしい力を持った化神を相手を出来るのは同じぐらいの力を持つ御伽装士でなければならないのは分かる。そしてそれを扶ける人間が必要なことも。しかしならばサポートメンバーだって相応の対応力が試される筈だ。ずぶの素人より慣れた人員を選ぶのは当然のこと。

 だが雪蔵さんは首を横に振った。

 

「確かにそういう人員は、普通御守衆の平装士の中から選ぶ。しかし……」

 

 雪蔵さんはチラと三つ子を見やる。三つ子はリバーシにも飽き、おしゃべりに興じていた。

 

「日依ちゃんもネイルやろ~よ~。絶対可愛いよ~」

「嫌よ。私より霞澄誘ったら?」

「霞澄ちゃんは戦うときに邪魔だってつけてくれないの~」

「だってパンチするのに気にならない?」

「むしろなんで静久はしてるのよ……」

 

 真面目な話をしている一方できゃいきゃいと姦しくしている三つ子たち。こちらの都合などは一切お構いなしなその姿に、今まで付き纏われた様子を思い出す。

 

「……いつもああなんですか?」

「うむ……」

 

 ……確かにいつもあんな調子なら、付き人も大分苦労しそうだ。

 

「それだけでは無い。孫たちは気に入らん人間は特にキツく当たってな。今まで十人近くが辞退を申し出た」

「十人! それはまた……」

「うむ。しかもそれで噂が広がり、もうなり手がいないのだ」

 

 まぁあのわがままぶりを直でぶつけられれば、然もありなん。だけど……。

 

「それで何故、俺に白羽の矢が?」

 

 その事情は分かった。だがそれでどうして、俺が付き人になるという話に繋がる?

 

「……おぬしには、懐いているようでな」

 

 雪蔵さんは孫たちへの慈しみと俺への妬みが混ざった複雑な眼差しで俺を見た。

 

「歴代の付き人に対する態度とは、どうも違く見えるのだ。まるで、最初の……」

「最初の?」

「……ゴホン。とにかく、おぬし相手にならば孫たちもそう無体な真似はしなかろう」

「はぁ……」

 

 付き人、かぁ。

 ……ぶっちゃけ、嫌だ。別に三つ子たちは嫌いでは無いが、あんな荒事に巻き込まれるのは御免だ。実際一度死にかけたし。

 まだ死ぬわけにはいかない。俺にはやるべきことが、会うべき人がいる。だから断りたいのが正直なところだ。

 でも一応聞いておこう。

 

「ちなみに、断った場合は?」

「その場合は、化神や御伽装士の記憶を消させてもらうことになる」

「え!?」

 

 記憶……それは、どこまでの範囲だろう。

 俺は二回、化神と遭遇している。その二つを消された場合、その間の記憶は? あの人の背中を見つけたという記憶はどうなる?

 もし、それも消えたら……。

 

「まぁ、無理にとは言わん。こちらも無理な申し出をしていることは分かっている。断ってくれても……」

「いえ、やらせていただきます」

 

 俺はキリリとそう答えた。

 あの記憶を失うわけにはいかない。

 

「尊いお仕事であることは重々分かりました。その手助けになるならば、そのお役目お引き受けいたします」

「そうか……やってくれるか……」

 

 雪蔵さんは苦々しい顔で頷いた。大事な孫娘を胡乱な人間に預けることが心配なのだろう。だが同時に、付き人のいない今の状態をよく思っていない。おそらくは苦渋の末の判断。しかし俺は開き直って、渡りに船だと思っていた。

 高天原家は明らかに郷士だ。そんな名家なら、きっと情報も集まるに違いない。それなら、あの人に繋がる話もきっと――。

 

「はい。俺も、あの三人は嫌いじゃありませんから」

「――内人、付き人になるの!?」

「おふっ」

 

 俺がそう頷くと、唐突に背後から衝撃。頭の重みに顔を上げると、正座する俺に霞澄がのし掛かっていた。顎を俺の旋毛に乗せる彼女の頬を、優しく撫でる。

 

「あぁ、面倒見ろってさ。お前ら家でもわがまま放題なんだな」

「……別に、アンタなんかに面倒見てもらいたくないんだけど」

 

 そして俺の左肩に、今度は日依が寄りかかる。いや重いんだが。お前らが小柄で俺が大柄な分無理ではないが、それでも重いんだが。しかもなんか抓ってくるし。

 

「静は賛成かな~。なんか面白そうだし~」

 

 で、静久は右肩ね。はいはい分かってた。仲良いのは分かるけど都合三人は骨が軋むんだが。付き人になったらこれからこんなことばっかになるのかな……。

 雪蔵さんはそれを複雑そうな眼差しで眺めている。いやうん。孫たちが異性にのし掛かっている光景は、そりゃ祖父としては微妙な心境でしょうね。

 

「……そうか。引き受けてくれるのは助かる。だが、くれぐれも……」

「誓ってありませんよ」

 

 流石に恋愛対象としては小さすぎる。だって中学上がったばかりの高校一年生らしいし。

 

「なら良いがな……」

「ははは」

「何々~?」

「今失礼なこと言われた気がしたんだけど」

「悪戯されたいか~?」

「おいやめろ体重掛けるな折れる折れる骨がヤバいって!」

 

 こうして俺は三つ子の付き人として決定した。これから五月蠅い日々が待っているのだと思うと気が滅入るような……どこか楽しみでも、あるような。

 まぁ多分、退屈だけはしないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 付き人になることが確定して、俺は屋敷へ住み込むことも決定した。ホテルの解約は後でするとして、自分の部屋へと案内される。

 先導してくれるのは老執事だ。

 

「いやぁ安心しております。お嬢さまたちの面倒を見てくれる人が現われてくれて……」

 

 老執事――確か麦という名で呼ばれていた――はハンカチで目を押さえながらしみじみと呟いた。だが俺はそれを見て一つの疑問が浮かぶ。

 

「貴方では駄目だったんですか?」

「無論、身の回りの世話なら私が為さいます。もっとも最近のお嬢さまたちにはあまり喜ばれませんが……しかし特に駄目なのはお役目の時です」

「あー……」

 

 麦さんは歳の割にはピンシャンとしていて元気に見えるが、飛んだり跳ねたりが出来るようには見えない。

 

「ですがお嬢さまたちはうら若き乙女。傍で助けてくれるお人が来てくれてこの麦、ようやっと心より安心出来ます」

「いやぁ……いいんですかね。自分で言うのも何ですが、相当怪しいでしょう」

 

 正直言って、見ず知らずの人間をいきなりお家の大切な令嬢たちの付き人に据えるのは理解しがたい。不審者だったらどうするんだと問いたくもなる。

 だが麦さんはゆるゆると首を横に振った。

 

「いえいえ。貴方を見ていれば分かります。私は何人もの善人を見てきましたが、貴方には彼らと同じ、真っ直ぐな気性が感じられます」

「善人?」

「御伽装士たちですよ」

 

 あぁ、と俺は納得がいく。

 化神と戦い続ける戦士たち。人助けを生業とする彼らは、そりゃ善良な心根を持っていることだろう。

 

「蝦夷エリアは極北ですが、それでも幾人もの御伽装士たちを抱えています。貴方には彼らと共通する印象を受けます。もしかしたら、御伽装士となれる資質を持つやも……」

「それは喜んでよいものか……」

 

 テンユウの姿を思い出す。その戦いが激しい物であることも。もし御伽装士となれても、戦う決意が持てるだろうか。

 

「ははは。まぁ老人の戯言と流してください。……あぁ、お喋りしている内に到着したしました。ここが今後、貴方の部屋となります。ご自由にお使いください」

「あぁ、ありがとうございます」

「では私はこれで」

 

 そう一礼し、麦さんは去って行く。丁寧なお爺さんだったな。流石執事。やっぱあんなわがまま娘の面倒を見ていると自然と人格者になるんだろうか……。

 俺は案内された部屋を開け、中へと入る。うん、綺麗な部屋だ。旅館みたいだな。これならあのホテルの部屋とも遜色ない。少なくとも暮らしぶりは変わらなそうだ。

 

「後は調査の時間をどう確保するか、か……」

「何の調査ー?」

「うお!? お、おま、お前またか!?」

 

 背後からの声に、俺は飛び上がる。振り返ってそこにいたのは、やはり霞澄だ。他二人もいる。

 

「やめてくれよ……心臓に悪いだろ……後なんで勝手に入ってきてるんだよ……」

「だってアタシたちの家だし、どこに入ったって良くない?」

「住んでるのはお前たちだけじゃないだろ……」

 

 ドキドキ跳ねる心臓を押さえながら、問い質す。

 

「で? 何のようだよ」

「んーとね。内人、アタシたちの付き人になったんでしょ?」

「あぁ、そうだな」

 

 頷く。それはさっきも聞いたはずだよな?

 

「だったらさ、一つ大事なことがあるよね?」

「ん?」

「アタシたちの、見分け方!」

「ん、あ、あー……」

 

 言われてみれば、と俺は三つ子たちを見下ろした。

 何度見ても相変わらずソックリだ。髪色も顔の造形も、背丈まで寸分の狂い無く同じといっていい。そりゃ多少の誤差はあるだろうが、傍から見ては分からない。

 組紐の色があるおかげで辛うじて判別がつくが……。

 

「あ、勿論紐は無しで、だよ!」

 

 俺がそう思うと同時に、霞澄は緑の組紐を抜きするっと髪を解いてしまう。パサリと茶色の髪が落ちる。

 

「ん」

「へへ~」

 

 それに日依と静久も習った。髪型はそれぞれだったが、髪の長さは同じだ。一瞬で見分けが付かなくなる。そしてついでに気付く。部屋で着替えてきたのか、今の三人はお揃いのワンピースだ。

 

「そして~」

「わー!」

「お、おい……」

 

 そして三つ子はわちゃわちゃっと集まると、その場でグルグルと回転を繰り返した。そして俺の周りもクルクル回り出す。まるでボールをコップで隠し、シャッフルするクイズのようだ。

 

「んー、じゃん!」

「じゃん……」

「じゃ~ん」

 

 そして再び停止した時には、俺には誰が誰か分からなくなっていた。

 

「あ、え~と……」

「「「誰が誰?」」」

 

 そう問いかける三つ子たちは、一斉に表情を消していた。あ、くそ。それが分かれば多少は見分けが付くのに!

 指を彷徨わせ、それを一点に留め、俺は自信なく答える。

 

「……日依」

「それ無表情だからって理由で言ったよね~。静久だよ~」

「ぐ」

 

 俺が外したことで、三人の表情が不機嫌になる。

 

「ちょっと内人ー?」

「最低……」

「し、仕方ないだろ! ソックリすぎて訳分かんねぇよ!」

 

 店頭に並んだ量産品を見ている気分なんだよ! 紐と表情を消したらホントに寸分の違いもねぇ!

 そう見苦しい弁解をする俺を尻目に三人は囁き合う。

 

「こりゃ付き人としては……ねぇ?」

「うん、不適格」

「見分けつかないのは駄目だよね~」

 

 という訳で、と。

 三人の内の一人が俺に告げる。

 

「今日の夜までに誰が誰か分からなかったら、夕飯抜き!」

「なっ!?」

 

 いきなりそんな!?

 

「文句は言わせないよ~? お爺さまに言ったって頷く筈だし」

「それは……そうだろうな……」

 

 雪蔵さんの様子を思い出す。あの溺愛ぶり。「孫の顔を見分けられんとはけしからん!」とか言いそうだ……。

 

「だから~、これは確定事項! じゃ、頑張ってね~」

「え、いやおい! お前らがいなきゃやりようがないだろ!」

 

 そのまま出て行きそうになる三人を呼び止める。対象がいなきゃ学びようが無い。

 

「は? 私らもやりたいことがあるんだけど」

「あ、じゃあ来るのはいいですよ~。静たちみんな別々になるけど~」

「ぐ……分かったよ」

 

 このわがまま三つ子を引き留めることは出来ないだろう。ここは言う通り、それぞれに訪ねて学ぶしか無い……。

 そして夕飯を賭けた、俺の試練が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に来たのは霞澄のところだった。今は組紐をつけているから分かる。

 やっぱり、順番に覚えた方が分かりやすいからな。

 

「お、来たね」

 

 屋敷に勤める使用人に話を聞いてやって来たのは資料室だった。

 高い天井まで届く本棚にはビッシリと本が並んでいる。恐るべき蔵書だ。もはや図書室……いや図書館と言った方が良い規模だった。

 素直に呟く。

 

「すごいな」

「これ? まぁね。御守衆全体で見れば蝦夷エリアの歴史は浅いけど、高天原家自体は古くから続く退魔の名家だからね」

 

 霞澄は資料室の一角に用意された机の上で、いくつかの本を広げて軽く目を通しては横に積んでを繰り返していた。

 

「何してるんだ?」

「部屋に持ってく本の選別。この間二体出たでしょ?」

「あぁ」

 

 俺はバケジャケとバケヤマメを思い出す。今思うと間抜けな風体だったが、一回殺されているようなものだ。化神は恐ろしい存在だと改めて思い直す。

 霞澄は本から目を離さず答える。

 

「同系統とはいえつるむのは割と珍しいから、類似例が無いか調べようとしてるだけ。もしかしたら百鬼夜行の兆候かもしれないし」

「お前……霞澄か?

 

 その真面目な返答を聞いて、俺は本当に霞澄かと疑った。もしかしたら組紐を入れ替えた日依なのかと。普段の悪戯げな態度を見れば、そう思っても仕方ない。

 

「ん? シシッ、何? 文学少女なアタシにドキドキしちゃった?」

「あぁ、霞澄だな。間違いなく」

 

 振り返って歯を見せながら笑う彼女の顔で、ようやっと俺は確信できた。この笑顔は霞澄だ。俺はバツ悪く頭を掻く。

 

「いや……悪戯ばっかやってのかと思ってた」

「シシッ、もちろん悪戯は大好きだけどね。でも……」

 

 霞澄は笑顔を消し、また真剣な表情となって本へ目線を落とした。

 

「お役目は、ちゃんとやらなきゃ人が死んじゃうから」

 

 ハッとなる。俺はまだどこかで、化神や御伽装士をナメていたと自覚したからだ。

 命がけの仕事だ。一つのミスが命取り。真剣になるのは当たり前。戦う自分は元より、守るべき人々が死んでしまうのかしれないのだから。

 普段の無邪気な態度から、誤解していたが――。

 

「『テンユウ』の前では、誰も死なせたくないから」

 

 この少女たちは、背負っているのだ。人の生き死にを。

 そしてそれを、霞澄はちゃんと理解している。

 

「……そうか」

「ん、よし! 取り敢えずこんな感じかな!」

 

 霞澄は最後に読んでいた本を積み、振り返ってその本の山を指差した。

 

「じゃ、運んで」

「は?」

 

 俺はその指の先を見つめた。結構分厚い本が、十冊以上積まれている。本屋でもワゴンが必要になる数だ。これを俺が?

 

「レディに重たいもの持たせる気? 付・き・び・と、さん?」

「ぐ……」

 

 やっぱりわがままはわがままだろ!

 

 

 

 

 

 

 

「あーくっそ、痛ぇ……」

 

 結局押し切られ運ばされた俺は、軋んだ腰に手を当てながら次の目的地を目指して廊下を歩いていた。

 次は次女である日依。だけどちょっと、気が重いんだよなぁ……。

 

「アイツ、俺に一番当たり強いし……」

 

 いつも冷たい目で睨むし、すぐに暴力も振るう。御伽装士やってるだけあって腕力あるんだよな。だから正直、一番苦手まである。

 

「あ、いたいた」

「……げっ、来た」

 

 ほら現に、俺を見て顔を顰めている。

 日依がいたのは縁側だった。淵に腰掛け、何やらスマホを弄っている。外には見事な造りの中庭が広がっていた。

 木々や敷かれた砂利まで整然と整えられたその光景に俺は感心する。

 

「こんな景色を眺めずにスマホを覗き込むとは、なんともはや贅沢なことで」

「別に……見飽きてるし」

「ま、そりゃそうか」

 

 庭の整備をしている人には申し訳ないが、屋敷に住んで毎日見ていれば見飽きるか。俺もいずれ、そうなるかもしれない。

 俺は肩を竦め、日依のスマホの中を覗き込んだ。

 

「で、何見てるんだよ」

「ちょっ」

 

 慌てて隠そうとする日依だが、間に合わない。俺の目には画面がバッチリ映った。

 とある有名ホテルの、スイーツバイキングについてを書いたサイトだった。

 

「勝手に見ないでよ!」

「悪ぃ悪ぃ。でも案外、可愛いもの見てるんだな」

 

 頬を膨らませる日依に詫びながら、俺は意外に思っていた。激しい性格に見えて、甘い物好きなのか。そういえば、ホテルでもケーキを頼もうとしてたっけ……。

 

「行きたいのか?」

 

 スイーツバイキングへ。そう問うと、日依は少し残念そうに目を伏せた。

 

「これ、内地のだし。道外へは流石に行けないよ」

「あー……」

 

 ……そっか、お役目考えれば旅行とかは無理か。日帰りでも厳しいだろう。湯治とか、そういう特殊な理由付けが無いと眉を顰められそうだ。

 だがそれは、普通の御伽装士の場合。

 

「でもお前ら三人いるんだろう? 他二人に任せれば、一人くらいは行っていいんじゃ?」

 

 日依たちは三つ子だ。三人とも御伽装士にはなれるが、結局怨面は一つ。戦えるのは一人だ。ならその中の一人くらいは、遊びに遠出しても許されそうだが。

 

「は? 何言ってんの?」

 

 だがそんな疑問を発する俺を、日依はどこか呆れた目で見た。

 

「何がだよ。変なこと言ったか?」

「三人一緒じゃなきゃ意味ないじゃん」

「あー……そういうことか」

 

 合点がいく。日依は三つ子一緒に行きたいのだ。そしたら確かに、難しいだろう。

 

「……私たちは特殊だから、いっそ難しいんだよ。これが普通の御伽装士だったら休暇で行けるかもしれないけど、なまじ三人も適格者だから……」

「いっぺんには出られない、か。それも分かるけどな」

 

 例えばお巡りさんが休みを取るとして、その間は誰かが穴を埋める必要があるだろう。だがその代わりを呼ぶコストも只じゃ無い。その点、三つ子は怨面を預ければ済む話なのだから、だったら誰か一人が残れば解決という理論にも頷ける。

 でもそれじゃ、三人揃っての旅行は中々難しい。

 

「……よし! それじゃあ」

 

 俺は少し悩み、思いついて手を打ち合わせた。

 

「俺が作るか」

「……え?」

 

 日依はきょとんと目を丸くした。お、珍しい顔が見れたな。

 

 

 

 

 

 

 

「お、お~……」

 

 そしてテーブルの上に並んだ物を見て、また目を丸くしていた。今度は心なしか、輝いているように見える。

 そこにはピンクのクリームで彩られた、イチゴのホールケーキが鎮座していた。

 俺が厨房を借りて作ったものだ。

 

「す、すごい……サイトで見たのと同じだ」

「お前が見ていたホテル、俺も数日滞在しててな。味はバッチリ憶えてる。素材で多少の違いはあれど、概ね再現できている筈だ」

「内人……料理出来たんだ」

「まぁな」

 

 俺は少しだけ自慢げに鼻の頭を擦った。旅をしている道中で、流れの料理人の弟子を務める機会もあったのだ。なので結構料理は得意な方だ。

 

「食ってみろよ」

「うん……あむ」

 

 ホールを1ピース切り取って、そこから更にフォークで掬い取って口に含む。すると途端、日依は興奮したように手を上下させ叫んだ。

 

「んー! すごい! ホントにおいしいよコレ!」

「はいはい喋るのは飲み込んだ後にしなさい。美味いと思ってくれてるのは嬉しいから」

 

 俺は苦笑してそう宥めつつ、内心では喜んでいた。ここまで美味しがってくれるとはな。

 

「全部食べていいからさ」

「うん!」

 

 そう頷きつつも、日依はショートケーキ一個分食べたところでフォークを止めた。

 

「あれ? もうお腹いっぱいか?」

「ん……まだだけど……」

 

 日依は名残惜しそうにしながらも、ケーキの載った皿を持って俺を見上げた。

 

「これ、他の二人にもあげていい?」

「……そういうことか」

 

 日依は、このケーキを霞澄、静久にも食べさせてあげたいのだ。そういえば、スイーツバイキングにも三人で行きたがったっけ……。

 そうか。コイツは、姉妹思いなのか。だから三つ子で行動したがる。思えば俺を嫌いつつも他二人にくっついてやってきていたのは、二人と一緒にいたかったからか。

 案外可愛いところがあるものだと嬉しくなり、俺は提案した。

 

「なら他二人の分も1ホールずつ作るから、それは食っちまったらどうだ?」

「え、いいの!?」

「夕飯入るならな。後材料を勝手に使って良いなら」

「大丈夫! まだまだお腹は二分目だし、ここは私の家だし!」

 

 それはそれで問題な気がするが。まぁそれならいいか。

 ……ここでコッソリ自分の夕食を作れば勝負が無意味になることは、秘密にしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっかり夕方になっちまったな」

 

 屋敷に連れてこられた時は午前だったのに、もう今は空がオレンジ色に染まっていた。ケーキ作りに結構時間が取られた……。

 結局作ったケーキは夜食に食べるため冷蔵庫に入れておくそうだ。太るんじゃないかと俺が危惧すると、日依は元通りの冷たい視線に戻った。いや太るだろ寝る前に1ホールは。

 

「で……広いな」

 

 そして俺は三つ子の三人目、静久を探して庭を彷徨っていた。高天原邸は本当に広く、庭も広大だ。小さい頃巨大駐車場で迷子のなった時のことを思い出す。というか下手したら遭難しそうだな……。

 

「はぁ……」

 

 俺は傍に立った木に手を突いて溜息をつく。歩き回って疲れた。

 使用人から庭にいると聞いたのだが、こりゃ広すぎて探すのは無理だな。

 

「……仕方ない、諦めるか」

「ちょっと~」

「ぬおっ!?」

 

 どさっと、突如上から落ちてきたものが覆い被さる。それは静久だった。俺の型に腰掛け、肩車する形で乗っかっている。

 

「おま、お前もか。お前も心臓に悪いことするのか」

「だって~、折角見つけてもらえるかもしれないのに帰ろうとするんだも~ん」

「かくれんぼじゃねぇんだぞ。ってか、重いし」

 

 グラグラ揺れる静久の身体を落とさないように足を持ち、俺は問うた。

 

「んで、こんなとこで何してたんだよ」

「何って~、お昼寝?」

「もう夕方だぞ……」

 

 相変わらずぽやぽやと答える静久は掴み所が無い。まるで水の上でゆらゆら揺れる木の葉のようだ。捉まえたと思ったら手をすり抜ける。話しているとそんな錯覚を覚える。

 

「内人は~……なんで来たの?」

「お前……三つ子を見分けろってお前らが言ったんじゃねぇか!」

「あ、そうだった~。うっかりうっかり~」

 

 にゃははと笑う静久はまったく悪びれない。コイツ……本気で忘れてたんじゃねぇだろうな。有りげだぞ。

 俺は静久を肩車したまま、屋敷への帰り道を往きすがら話を続けた。

 

「いつもこんなことやってんのか?」

 

 俺の上から見る景色が珍しいのか、周囲に目を配らせながら静久は答える。

 

「ん~、いつもは他のことしてるよ~。ゲームしたり~、走ったり~、釣りしたり~」

「つまり、いつもバラバラな訳だ」

 

 やはり掴み所がない。気まぐれな奴だ。何というか、一番分かりづらい。

 霞澄は悪戯好きだが、パターンはある。日依はつっけんどんだが性格自体はまともだ。しかし静久は何をしでかすか分からない不安定さがある。

 まるで、今にも気化して消えてしまいそうな……なんて、馬鹿げた不安を抱くほどに。

 

「付き人したら、お前に一番苦労しそうだよ……」

「………」

「ん、どうした?」

 

 反応が無かったので、上を向いて表情を確認する。無言の静久はどこか遠くをぼーっと、呆けながら見つめていた。さながら何かに耳を澄ませているような。

 

「おーい?」

「……あっ」

 

 目の前で手を振って見ると、そこでようやく気付いたように我に返った。

 

「あはは~、ごめんごめん。ついつい」

「どうした、調子悪いのか?」

「違うよ~。ちょっとぼーっとしただけ~」

 

 そういう静久はいつも通りに戻っていた。……何だったんだ。風邪とかじゃなきゃいいんだが。

 それからはとりとめも無い会話を続けながら、屋敷へと帰還した。静久が黙りこくることは、その日はそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、運命の夕飯時がやってきた。

 

「ふっふっふ~」

「ふっふっふ~」

「……私はしないからね」

 

 口に手を当て愉快げに笑っている二人とそれに乗らない一人。流石にこれは分かる。乗らないのが日依だ。

 俺たちはまた大広間に戻ってきていた。今日はここで俺の歓迎を兼ねた夕食会を行なうらしい。雪蔵さんもいる。

 

「ふむ。孫を見極められないと夕飯抜きだそうだな」

「あぁ話しちゃったかー……はい、そうです」

「面白いではないか。見間違えたら……分かっているな?」

「うっす……」

 

 これで当主公認となってしまった。もう逃げられない。そして間違えたら、歓迎されているのに夕飯抜きという間抜けな構図になってしまう。

 

「じゃあ準備はいーい?」

「……よし、始めてくれ」

 

 三つ子に問いかけられ、覚悟を決めた俺は頷く。意を得た三つ子はその場で組紐を取って髪をほどいた。

 

「ん」

「は~い。じゃあ、後ろ向いてね~」

 

 言われた通り、三つ子に背を向けた。背後からはドタドタと畳を走り回る音が聞こえる。

 

「もーいいよー」

「よし……」

 

 合図と共に振り返り、三つ子と向かい合う。そこにはお揃いのワンピースでまったく同じ表情で顔を固めた、寸分も違わない三人の少女が立っていた。

 じっと観察する。昼間での俺なら、全然見分けが付かずに諦めていただろう。

 だが今は分かる。三つ子と交流して、人となりを知った今なら、少しだけ。

 

「………」

 

 俺は端から順番に指差した。

 

「日依、静久、霞澄」

 

 少女たちは目を丸くした。驚きでだ。一瞬遅れて、その一人――霞澄が口を開く。

 

「せ、正解……」

「よっし!」

 

 ガッツポーズ。どうにか夕飯は確保できた。

 表情を取り戻した三つ子がわらわらと寄ってくる。

 

「どうして分かったの!?」

「予想外なんだけど」

「わ~、すご~い」

 

 俺は聞きたがる三つ子に対し、鼻の頭を擦って得意げに答えた。

 

「目だよ、目」

「目?」

「あぁ、この屋敷でのお前らを知ったら、それで分かるようになったんだ」

 

 感覚的な話だ。しかし、確信できる感覚だ。それぞれの性格。それを知れば、自然と見分けられるようになった。

 

 霞澄は、一見悪戯好きのわがまま娘に見えて、実は真面目な部分が多い。

 御伽装士のお役目対して真摯だし、人が傷つくようなことに対して敏感だ。思えばコイツは、俺が被害を被るような悪戯はしない。不意を突いて驚かせるだけだ。多分コイツの中で明確な線引きがあるんだ。だから、瞳には芯の通った感覚がある。

 

 日依は、俺に対して厳しく当たる。しかしそれは、姉妹への愛情の裏返しだ。

 二人が大切なあまり、それ以外へ刺々しい態度を取る。愛情深さ故に、だ。そして三つ子が揃っていることを重視する。なるべく一緒にいようとするし、三人で楽しめる物を優先するのだ。それは何よりも姉妹を大切に思っている証左。だから、目線には柔らかいものが混ざっている。

 

 静久は……正直、まだよく分からない。言ってしまえば消去法だ。

 掴み所が無い性格は、多少の付き合いで読み解ける程簡単なものじゃ無いのだろう。もしかしたら、関係が長くなっても完全には読み解けないかもしれない。これからも振り回されることになるのだろうが、しかし嫌な気分にはならなかった。何をするか分からないその仕草はワクワクを覚えさせてくれる。これから知っていくことが楽しみだ。だから、その光彩は水底のように複雑だ。

 

 これが、俺式の三人の見分け方だ。

 

「で、どうです雪蔵さん」

「むむむ……合格だ」

 

 ピッタリ全問正解には流石に文句も言えないようで、雪蔵さんは渋々といった様子で頷いた。

 

「よっし、これで夕飯にありつけるな。あー、楽しみになってきたな!」

「けっこー期待してていいよ! 御守衆は身体が資本だから――」

 

 なんて、緊張が解けたことで空気が朗らかになった、その時。

 

「当主様!」

 

 それを裂くように、スパァンと襖が大きく開かれた。そこには慌てた様子の男性がいた。

 

「どうした」

「化神の出現が確認されました!」

 

 ピリッ――と、その場の空気が張り詰める。

 素人の俺にも分かる。これは緊急事態だ。

 

「場所は?」

「東郊外の森の奥! 錯乱した様子のキャンパーより証言を得ました、雲丹(うに)の姿を持った化神です!」

「バケウニか……」

 

 その報告に、三つ子たちが頷き合う。

 

「「「お爺さま!」」」

「うむ。テンユウ、出動だ」

「「「はい!」」」

 

 三つ子は一斉に頷き、走って広間を飛び出そうとする。戦いに行くのだ。御伽装士として。それを知りながら少女たちの華奢な背中を見ていると少し心配な老婆心が出てきてしまう。だが戦う力の無い俺が出来ることは何も無い。そのまま見送ろうと――。

 

「――いや、待て」

 

 して、雪蔵さんが呼び止めつんのめるのを目撃した。あ、一人はずっこけた。あれは霞澄だな。

 

「お、お爺さま!?」

「何を待つんですか、早く行かないと」

 

 焦った様子を見せる三人を余所に、雪蔵さんは報告に来た男性へと告げる。

 

アレ(・・)を使おう」

「アレ……ですか? しかし運転手が……」

「それなら丁度」

 

 雪蔵さんの鋭い目が俺へと向けられる。

 

「いいのがいるではないか」

 

 ……え、俺?

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬱蒼とした木々が視界を流れていく。夜の森は昏く恐ろしげで、ただ一人で歩いていたなら大の大人の俺でも怖じ気づいていただろう。

 だが今は、そんな余裕はない。

 

「前前前! 前見て前! ひたすら前だよ前!」

「ちょっと、今掠らなかった? 安全運転してよ安全運転!」

「ごーごー♪ もっとスピード出していこ~よ~」

「うるっっっせぇ!!!」

 

 姦しい三つ子たちに叫ぶ。それどころじゃねぇんだよ! 運転に集中出来ねぇ!

 俺は今、ハンドルを握って森を疾駆していた。三つ子と共に乗り込むのは一台の車。それも、ただの車じゃ無い。御伽装士を補助するために作られた、専用のサポートマシン。

 その名もトライユキオロシだ。

 

 化神が出現した場所へ飛び出す前。俺たちは高天原家の車庫へと案内された。そこにはいくつもの車が並び――雪蔵さんの趣味らしい――そしてその一つへと、導かれた。

 

 そこに鎮座していたのは白と灰色を基調とした、一台のスポーツカーだった。フロントカウルやドアには、緑、赤、青の鮮やかな三本線が描かれている。

 

『これは、孫たちの為に儂が開発させたサポートマシンだ』

 

 曰く、御伽装士としての活動を扶ける為に御守衆の技術と高天原家の財力を注ぎ込んで建造された専用の車らしい。

 バイクにも車にも乗れない三つ子の為に専属の平装士、すなわち付き人が乗り込んで運用することが想定されていた……が、俺も知っている経緯のようにすぐ辞めてしまうので、中々日の目を見なかった。

 それが今、俺の存在によって本来の役割を取り戻した。

 

 故にこそ俺は、このトライユキオロシのハンドルを切って現場に急行している。三つ子を乗せて。

 

「早く行かないと被害が出ちゃう! 速く早く速く!」

「ちょ、今ぶつかりそうになったけど!? 化神じゃなくて事故にやられるなんて御守衆の笑いものになるよ!?」

「わー、すごい景色~」

「黙ってろマジで! 今集中してるから!!」

 

 俺はめいめいに口を挟む三つ子に吠えつつ、ハンドルを握る手に集中する。

 このトライユキオロシは一見スポーツカーのように見えて、実際には悪路を走るためのオフロードカーに近い性能を持っているとのことだ。馬力もそんじょそこらの重機より遥かにあるらしい。だから森の中を突っ切るなんて荒技が出来ている訳だが、それと運転技術は別だ。

 くそ、こちとらペーパードライバーなんだぞ。免許は旅に出る前に取ったけど、基本徒歩だったから。チキンレース代行をした時ぐらいしか運転した憶えが無い。当然森の中を走った経験など皆無で、しかも夜間。人生でトップクラスの集中が求められているのは言うまでもない。

 

 どうにかこの荒々しい鉄の悍馬の手綱握りながら、俺は叫ぶ。

 

「で、どこまで行けばいいんだ!」

 

 森は広い。一応地元なだけあってある程度の地理は把握しているが、どこに化神が出たかなんて分かるもんじゃない。

 俺の怒鳴り声に、助手席の静久が答える。

 

「ん~、このまま真っ直ぐ……あ、ちょっとだけ右かも~」

「右だな、よし!」

 

 言われた通り俺は進路を微かに右に寄せる。答えた静久は両手を握り、何かに祈るような仕草をしていた。実は、化神の気配を探っているのだ。静久は三つ子の中で一番仙術などに長けているらしく、こうした感知能力はずば抜けて高いのだと、他二人が言っていた。素人の俺はその言葉を信じるしか無い。

 そうして走らせていると、不意に目の前が開く。

 

「ここだよ!」

「っ!」

 

 その言葉に俺はブレーキを踏み、車体を横に滑らせながら急停止する。地面を焦がしながら停車したそこは、森の中にぽっかりと開いた隙間地帯だった。

 そしてその中心、車のライトに照らし出されるのは見るからに森の生き物では無い存在。

 

『な、なんじゃぁ!?』

 

 黒い棘の集合体、という表現が最も相応しかった。まるで焦げたサボテンのような人型のそれは、事前に聞いていたとおり雲丹の怪異他ならない。

 アレが出現した化神、バケウニだ。

 

「いたぞ、どうする!?」

 

 俺は背後の席に座っている二人を含めた三人に問いかける。ここから先は、俺の手助けが及ばない三人の管轄だった。

 

「私が行く」

 

 答えたのは日依だった。霞澄と静久は目線を交わして頷き合い、バレッタを受け渡す。

 

「はい、しっかりね!」

「頑張って~」

 

 二人の激励を受けた日依は、ドアを開ける直前に俺へも視線を飛ばす。

 

「……なんだ?」

「――別に」

 

 そして何を答えることも無く、ふいと顔を逸らして飛び出した。

 

 まるで円形にくり抜かれたかの如き森の間隙で、バケウニと日依が対峙し合う。バケウニは突然現われた俺たちにまだ面食らっている様子だ。

 

『なんじゃあ面妖な……! はっ、まさか貴様ら、御伽装士か!』

「ご明察。話が省けて助かるわ」

 

 そう言うと日依は、バレッタから怨面を取り外し呪文を唱える。

 

「オン・ルドラ・ラン・ソワカ」

 

 途端大きくなる天鼬の怨面。そしてそれを被ると、日依の肢体に痣が浮かび上がる。

 

「ぐ……あぁぁ……」

 

 詳細を聞きかじったからこそ分かる。あれは決して、いい物では無い。

 だが日依はそれを受け止め己の身に留めると、高々と言い放った。

 

「変身!」

 

 霧が少女の身体を包む。痛みを覆い隠すが如きそれは、振り払われると同時に消え失せる。

 そこに在ったのは刺々しくも愛情深い少女、日依ではない。呪いを受け入れ戦い続ける、宿命の戦士――御伽装士だった。

 

「いざ、天誅!」

 

 凜々しく吠えるのは暗闇になお映える灰色の戦装束を纏いしテンユウ。澄んだ空気を弾けさせるような声音で高らかに言い放ったのは、宣戦布告他ならず。

 未だ混乱の残っていたバケウニも正体を取り戻し身構える。

 

『面妖な、面倒な。だが今宵は少々猛りたいと思っていたところよ!』

 

 バケウニはボクサーグローブのように両拳を叩きつけるとファイティングポーズを取った。

 

『さぁ来るが良い! 我が新たなる力、試させてもらおうか!』

「新たなる力……? まぁいいわ。どのみち上から叩きのめすのみ!」

 

 テンユウは右手を翳し、何かを引き抜くようにして宙を握った。

 

「退魔道具・旱天(かんてん)両面大鎌(りょうめんおおがま)!」

 

 その瞬間、テンユウの手には長柄の得物が握られていた。身の丈ほどもある長い棒の先端に、三日月状の刃が背中合わせに取り付けられた凶悪な武器。その形はさながら中国の方天戟だ。刃の下からは、赤い一本の布地がたなびいている。

 あれが、テンユウの扱う三つ目の武装。

 

「せやぁ!」

 

 テンユウは両面大鎌を勢いよく振り回して切り込んだ。鋭い刃が空を裂く音がここまで届く。

 

『むんっ!』

 

 だがバケウニは、それを腕一本でガードした。火花が散り宵闇を微かに照らし出すその様は、まるで鉄と鉄が克ち合ったかのようだ。

 

「何っ!?」

 

 予想以上の硬質な手応えに仮面の下から驚きの声を漏らすテンユウ。それに構わず、バケウニは反撃に転じた。

 

『ぬうっ、せいやぁっ!』

 

 もう一本の腕で、ストレートの拳を放つ。テンユウは身を捻って躱すが、その拳にビッシリと生えた棘に引っかかったのか鮮血が宙に舞った。

 

「日依!」

 

 負傷した彼女を心配する声が車の中で響いた。俺も奥歯を噛み締める。

 

「あの身体、厄介過ぎる」

 

 全身に生えた棘は見た目通りの凶器で、そして甲殻は刃を受け止める程に強靱。攻防どちらにも優れていると素人目にも分かる。

 その状態で先に負傷してしまったのは、かなりの痛手だ。だが……。

 

「でも、あの鈴で傷は癒やせるか」

 

 俺はかつて見たテンユウの戦いを思い出して言った。俺の傷を治してくれたあの神楽鈴。内臓破壊すら治癒したあの力があればあの程度の傷、どうとでもなる。

 だがそんな俺の呟きを聞いた霞澄は戸惑うような反応を見せた。

 

「え、あ、内人はまだ知らないんだっけ」

「何?」

「アタシたち、退魔道具は一つしか使えないんだ」

 

 ハラハラと見守りながら、霞澄がそう教えてくれた。

 

「何だって!?」

「アタシたちは三人とも怨面には適合できたけど、完全じゃない。使える退魔道具には限りがあるの」

「じゃあ、あの、俺を治した鈴は……」

「静だけしか使えないんです~……。日依ちゃんは」

 

 姉と同じように見詰める静久の視線は、テンユウが構えた赤布を泳がせる長柄へと注がれる。

 

「あの両面大鎌だけ~……」

「そうだったのか」

 

 つまりそれは、この戦闘中はあの傷を癒やせる手段が存在しないということだ。

 

 肩口から鮮血を流しながら、テンユウは両面大鎌を振るった。が、そのいずれもが硬い甲殻に弾かれる。

 

「ぐっ、硬すぎ……!」

『ガハハッ! 我輩も驚いているところだ。まさかこれほどとはな!』

「くぅっ!」

 

 拳の猛打。その当たり判定は広い。夜の闇も相まって、かなり見にくい筈だ。躱しきれなかった棘がテンユウの布鎧を引っ掻き、その下の肌をも傷つける。

 一方的だ。

 

「くそ、どうにかならないのか!?」

 

 このままでは折角心通わせた少女が無惨に散る姿を目にしてしまう。何か加勢する方法は無いかと、俺は車内を漁る。

 そしてダッシュボードを開くと、パサリと冊子が落ちた。

 

「これは? ……マニュアルか!」

 

 なんで呪いやら仙術やらが出てくるところで急に現代らしい物があるのか分からないが、今は有り難い。これなら俺でも読める。

 猛スピードでページをめくり、目を走らせていく。機能説明……自動操縦……防壁……武装! これだ!

 

「スイッチ……これか!」

 

 俺は運転席に並んだスイッチを見つけ、それを思い切り押し込んだ。するとフロントガラスから見える風景に変化が起こる。カウルが割れ、中から機械が飛び出したのだ。それは銃口を備えた、灰色の火器だった。

 

「よっしゃ! これなら援護できる」

 

 銃刀法とかそういったのは今はどうでもいい!

 スイッチを押すと同時に運転席に出現したトリガー型のコントローラーで操作し、二人の戦いへと照準を向けた。メーターに混ざる鏡のような物の中心にバケウニを映し、俺はトリガーを引く。

 

「喰らえ!」

 

 ――だが、変化は起こらない。

 

「なんで!?」

 

 弾が入っていないのか!? だとしたらとんだ、でくの坊じゃ……!

 

「それ貸して!」

 

 だが俺が操作している内にマニュアルに目を通していたのか、霞澄が後ろから身体を乗り出してトリガーを掴む。

 

「多分、こう!」

 

 そして霞澄がトリガーを引くと、銃口から光の弾が飛び出した。

 

『なぬっ!? ぐぎゃあっ!』

 

 光弾は見事バケウニへ命中。その硬い甲殻を灼いた。

 俺は驚く。

 

「すげぇ! だけど、なんで!?」

「これ、弾には神通力が必要、だって。だから……はぁ、内人が使っても駄目なんだ」

 

 そう答える霞澄の息は荒い。

 

「はぁ、はぁ……これ、一発で結構吸われる……加減間違ったのかも。でも……」

 

 額に浮かんだ汗を拭った霞澄は、外を見つめる。そこには肩を押さえ、蹲るバケウニの姿があった。

 

『ぐ、うううぅぅ……』

 

 シュウシュウと煙を上げる黒い甲殻は、僅かだか罅割れていた。間違いなく痛打だ。

 

『おのれ……!』

 

 バケウニの視線が俺たちへ向けられる。当然だ。自分にダメージを与えた相手なのだから。

 だがそれは同時に、視線を逸らしたということでもある。

 

「はあああっ!」

『ぬぅっ!?』

 

 注意を怠ったことで、夜闇に溶け滑るように接近していたテンユウに気づけなかった。この戦いの直接的な敗因は、俺たちの攻撃では無くそちらだろう。

 振り上げられた鋭い三日月刃が、ギロチンめいてバケウニを襲う。さっきまでと違うのは、その一撃が罅を狙ったこと。

 

『なにぃっ!』

 

 だからこそ、刃が届いた。

 甲殻を割り砕き、断切し、凶悪な刃は身体の半ばまで食い込む。

 得物を握り締めたまま、テンユウは呟く。

 

「退魔覆滅技法」

 

 鎌刃が赤く輝く。まるで灼熱の炎に当てられたかの如く。

 

「――逢魔終月!!」

 

 夜を、裂くように赤い光が奔る。

 それが両面大鎌の軌跡だと気付いた時には――既に、バケウニの身体は両断されていた。

 

『がああぁぁっ……!』

 

 袈裟斬りにされたバケウニは、地に落ちると同時に爆発。その呪われた存在を散らした。

 爆炎に照らされるテンユウが呟く。

 

「――天誅、完了ね」

 

 長柄を地に突いて、零すようにして言った。

 それで今宵のお役目は、終わったのだ。

 

 

 

 ※

 

 

 

 変身を解除した少女に駆け寄る、同じ顔をした二人の少女とその後を追う男。

 それを木々に隠れて見つめる、一つの影があった。

 

 それは黒いコートに身を包み、渦模様の仮面で顔を覆っていた。故に、老若男女は判別出来ない。

 渦仮面はくぐもった声で小さく紡ぐ。

 

「単純な強化は、失敗か……なら次は、能力を加える方向で試すか」

 

 そう言って踵を返し、去って行く仮面の存在。

 その際に一度だけ振り返り、男に傷の手当てをされる少女を、いや三つ子たちを見つめる。

 

「……痛みを与えるのは本意では無い。だが、もうしばらくは我慢してもらおう」

 

 また、歩き出す。今度は顧みず、闇の中へと。

 

「間もなく、その痛苦からは解放されるのだからな」

 

 そう零す渦仮面の手には――鼬を模した仮面が握られていた。

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