仮面ライダービャクア外伝 仮面ライダーテンユウ   作:春風れっさー

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第九片 三界制覇

「急いで、二人とも!」

「霞澄、速すぎっ……!」

「待ってよ~」

 

 森の中を三人の少女は疾駆していた。内人からの通報を受け高天原邸を飛び出した三つ子たちだ。知らされた場所へ向かうべく、御伽装士として鍛えられた身体能力を存分に駆使して現場へと急いでいた。

 三人の中で一番足が速い霞澄が先陣を切り、二人が後に続く。

 やがて森が切れる。そこには荒れ地が広がっていた。

 

「着いた! ここが内人が言っていた採石場!」

 

 正しくは元、である。採算が取れなくなったことで放棄されたその場所は長年人の手を離れており、野分として海莉が潜伏するには打って付けであった。

 その一角に止められた車体を見て、日依が叫ぶ。

 

「あれ、トライユキオロシ!」

 

 赤青緑のラインが刻まれた白と灰の車体。間違いなく内人が乗ってきたトライユキオロシである。そして静久がその近辺にある崖に目を凝らすと、巧妙な術によって隠された洞窟が見つかった。

 

「入り口はっけ~ん。でも術に隠されているこの洞窟を、内人はどうやって見つけたんだろ~」

「それを考えるのは後!」

 

 入り口が分かったことで、日依が中へ飛び込もうとする。もし内人が化神と対峙していたら一刻の猶予も無いからだ。

 しかし急ぐ日依のその頭上を、影が覆ったことに霞澄が気付いた。

 

「日依、危ない!」

「っ!?」

 

 首根っこを掴まれて引き寄せられたことで、日依は先程まで自分がいたところに降り注ぐ鉄塊から間一髪で逃れることができた。石片と砂塵を舞い上げ着地したのは、鉄色をした化神だった。

 

「バケイカリ! ……いや」

 

 現われた恐るべき強敵の姿を見て霞澄は目を瞠る。が、すぐに首を横に振った。

 

「……アンタ、バケギツネだね」

『コココ、ご名答だコン』

 

 霞澄が正体を看破すると、バケイカリの西洋甲冑めいた身体が揺らぐ。蜃気楼が薄れるようにして消えたそこには、狐ソックリな風体をしたバケギツネが立っていた。

 

『どうして分かったコン?』

「バケイカリほどの圧力が、アンタには感じられないからだよ。アンタは精々、そこらの雑魚化神と同じくらいだし」

 

 バケギツネの正体を霞澄が見抜けたのは、バケギツネがバケイカリと比べ格が劣るからだった。並みの化神と一線を画すバケイカリと比較すると、どう見積もっても並み程度のバケギツネでは比べものにならない。初見では騙されてしまったが事前知識さえあれば、風格の違いを見抜くのは歴戦の御伽装士である三つ子には難しくは無かった。

 

『ココココ! それは確かに! コココココ!』

 

 だが変化が見抜かれても、格が低いと侮られてもバケギツネは怒る素振りすら見せなかった。むしろ高らかに笑い声を上げる。

 

「何がおかしいの」

『コココ! いやお前たちの言う通りだ。コチラの力ではそっちには及ばない。であれば、増せば(・・・)よい』

「……! まずい、静久、変身して!」

「え? あっ!」

 

 メイユウ対策の為、怨面は静久が持っていた。しかしそれが徒となる。バケギツネの狙いを察知した霞澄が声をかけるが、静久は一歩遅れてしまう。だが優れた第六感を持つ静久もすぐに気付いた。バケギツネの狙いが何であるか。

 

『残念ながらもう遅い! 冥く愛しき暗天舞台よ、我が客を誘え――!!』

 

 そう口上を述べた瞬間、バケギツネの身体から瘴気が噴出する。汚泥を煮詰めたかのようなドス黒い瘴気。それはあっという間に採石場全体へと広がり、更には空まで染め上げた。

 血のように塗り替えられた、赤い空。

 その空間の名を、三つ子は知っていた。

 

「暗天~!?」

「やばい、発動させちゃった……!」

 

 日依が口惜しげに臍を噛んだ。

 暗天。それは化神が持つ異空間を展開する能力である。

 昏い空気と赤き空が織りなす悪夢の如き世界。一度それを作り上げてしまえば、中にいる化神は劇的に強くなる。満ちた穢れが化神に活力を与えるのだ。弱い化神であっても立ち所に強化される。故に御伽装士は、化神が暗天を展開する隙を与えずに倒さなければならない。

 それを、許してしまった。

 

『コココ、この状況下でなら、コチラの変化の力は最高に高まる……』

 

 バケギツネの身体がグニャリと歪む。バケイカリに変わり、バケジャケに、バケトウダイに。制作途中の油粘土の如くその姿を自在に変化させていく。

 自由自在な変化と力を得たバケギツネは勝ち誇った。

 

『さあどの姿で蹂躙してやろうか!? 選ばせてやってもよかろうコン!』

「厄介な相手だね……」

「誰が行く~?」

 

 三人は素早く目配せし合い、日依が手を挙げた。

 

「私が行く。静久は、海姉ぇと戦う時の為に温存しなくちゃだから。それにさっきの戦いでの傷がまだ癒えていないし。あと石しかないここじゃ、霞澄の立体軌道も生かせない」

「……うん、任せた!」

「お願いね~」

 

 日依へバレッタを手渡し、二人はトライユキオロシへと後退していく。鍛え抜かれた戦士といえども化神と御伽装士の戦いにおいては無力に等しい。大人しく引き下がり、後は信じる。

 

「こんなところで立ち止まっていられない。今行くから、内人。――オン・ルドラ・ラン・ソワカ」

 

 この世で誰よりも信頼する姉妹の勝利を。

 

 

 ※

 

 

「――御伽装士、キュウユウだと。そんな物、私は知らない」

 

 変身した俺の姿――キュウユウを見て、海莉さんは呆然と呟く。

 

『当たり前でぇ。オレっちが秘匿されたのは明治の末期。もう百年以上前でぇ。しかも御守衆自らが隠そうって躍起になってらぁ、知らねぇのも無理はねぇぜ』

 

 頭の中で響く声が海莉さんの言葉を補足する。くっそ、有り難くはあるが五月蠅くもあるな。

 神社で話しかけてきた声。その正体がこの、俺が今被る怨面――丘鼬の怨面だった。

 封印されていた、三枚目の鼬の面。

 

 俺は頭の中で問いかける。

 

『ちゃんと戦えるんだろうな!』

『手前次第でぇ! オレっちは力を貸すだけ。引き出すのは全部お前さんの才覚。それが御伽装士ってもんでぇ!』

『くっ、正論だ……』

 

 反論の余地が無い言葉に俺は頷かざるを得ない。そう、俺はコイツに力を借り受けることでどうにか変身している状態だ。

 あの神社での出来事。それが何か琴線に触れたのか、俺はコイツに気に入られたらしい。自ら守り続けてきたあのお札での封印を破ってまで力を貸そうとは思うくらいに。だから俺は変身出来ていた。

 本来御伽装士になるには厳しい修行か、あるいは怨面と波長が合う必要がある。俺は御伽装士になるための修行は受けていないので、必然的に後者ということになる。しかし丘鼬に言わせると、俺は波長の面でもギリギリ及第点というくらいだそうだ。

 携帯の電波で言うと、アンテナ一本。

 それが俺と丘鼬の相性だ。

 

『おれっちは合わせてやれるがな、その分だけ全力は出せなくなる。そこはお前さんがかばあ(・・・)するしかねぇぜ!』

『カバーとか、横文字使えるんだな……』

『誰かさんらが寝床で乳繰りあってたからよぉ』

『乳繰りあってはいない……!』

 

 てか盗み聞きしていたのか、趣味悪ぃ。

 

「……いやそれでも私のやることは変わらない、か」

 

 俺(たち)がそんな会話をしていたことも露知らず、海莉さんはショックから立ち直り未だ震える怨面を手に取った。

 

『……ハッ、相変わらずだんまりかい、溟鼬よぉ』

 

 丘鼬が呆れている。どうやら溟鼬の怨面は寡黙なタチらしい。だから御守衆の転覆を企む海莉さんに従っているのか……いや、今は関係ない。戦うことに、変わりは無さそうだ。

 

「オン・ルドラ・ラン・ソワカ」

 

 呪文を唱えて面を被る。露出した首元に細波めいた赤い痣が浮かび上がった。

 

「フゥゥゥ……変身」

 

 俺より遥かに静かな苦悶の後、海莉さんの身体は青黒い渦に包まれる。それが弾けた後には、紺碧の戦士が参上していた。

 海莉さんの戦う姿にして裏切りの御伽装士、メイユウ。

 

「さて、深淵に沈めてやろう。……私も業が深いな」

「俺も含めて、今更だろ!」

 

 そう言って俺はメイユウへ躍りかかった。先制攻撃。拳を振り上げて殴りかかる。

 戦端を開き、俺から仕掛ける。それは俺なりの戦術だ。ハッキリ言って俺は三つ子や海莉さんと比べて遥かに弱い。何年、何十年も戦う為に鍛錬し実戦も積んできた相手と精々が喧嘩程度の俺とでは勝負にならないレベルの差がある。あって当然だ。体術での鬩ぎ合いでは、俺は遥かに劣る。

 だが戦いの勝敗という物はそれだけでは決まらない。作戦に、運。様々な物が作用して理不尽に決着する。その運を引き寄せる為の、先制攻撃!

 攻め立てて偶然を引っ張り出す! それに、俺に有利な条件だってある。それを引き出すためにも攻撃あるのみ!

 

「ハァッ!」

「グッ!」

 

 黄金の手甲に包まれた俺の拳をメイユウは肘を立ててガードする。だが攻撃を受け止めた筈なのにメイユウは苦悶の声をあげた。

 やっぱり。俺は狙い通りだとほくそ笑む。

 

「静久との戦いで受けた傷はまだ完治していないか! 当然だよな、まだ一日も経ってねぇ!」

 

 メイユウは万全じゃ無い。静久のテンユウとの連戦だ。強かなダメージを受けて撤退した海莉さんの傷はまだ癒えていない。そこに付け目がある!

 俺の狙いを悟ったメイユウが不快げに唸る。

 

「なる、ほど。存外小癪だなッ!」

「そうでもしねぇと勝てないならな!」

 

 俺はそのまま激しく攻め立てた。やはりメイユウの体術のキレは悪い。基礎を知っている三つ子と違って俺の格闘は読みにくいだろうが、それにしたって捌けていない。ダメージはかなり重いようだ。

 卑怯千万。このまま押し切る!

 

「だが、忘れているようだ」

「ッ! がっ!」

 

 しかしそんな油断の隙を突かれ、俺は足払いを食らって転倒した。いくらキレが悪くても腕前はやはり向こうが上だ。背中から地面に落ちて悶絶する俺を冷たく見下ろしながら、メイユウは右手を掲げた。

 

「退魔道具・溟渤の錫杖」

 

 手の中に瑠璃色の杖が収まる。まずいと思った俺はそれを奪い取ろうと手を伸ばすが、予測していたメイユウに蹴っ飛ばされてゴロゴロと転がされた。

 

「がっ、ぐふっ」

「私にはこの杖がある。――仙術・鎮静命水」

 

 俺が起き上がり体勢を立て直す僅かな間に、青い雫が迸りメイユウの身体へと吸い込まれていく。

 

「フゥゥ……これでマシになった」

「癒鈴のような回復? いや、痛み止めか」

 

 起き上がった俺はメイユウの様子を観察してそう判断した。流石は、様々な毒と薬を操る溟渤の錫杖だ。

 

「そうだ。万全では無いが充分。君の怨面を剥いで諦めさせるくらいにはな!」

 

 今度はメイユウが攻めるターンだ。俺は防御態勢をとる。

 痛みを和らげたメイユウの体術はキレを取り戻していた。交差させた腕のガードを杖術で払い、鋭いハイキックが俺の胸を穿つ。痛い、が、まだマシだ。

 

「チッ、硬いな!」

 

 メイユウが手応えの悪さに舌打ちをする。そう、キュウユウは重装甲だ。武者の如き甲冑は分厚く、易々と攻撃を通さない。重さのおかげで素早さはメイユウに及ばないが、どのみち素人の俺では追いつけなかっただろう。だから防御力の高いコチラの方が有り難い。

 反撃でメイユウに向かって拳を放つ。だがこれは杖で受け止められ流される。……武器のアドバンテージ分また実力が離された。コチラも、そろそろ持つか。

 

『丘鼬!』

『おう、持ってけ泥棒!』

 

 俺は手を掲げ、己の得物を呼び込んだ。

 

「退魔道具・崔嵬(さいかい)鎖鎌(くさりがま)!」

 

 そして両手の中に収まったのは、鎖で繋がった二本の鎌だった。日依の使う旱天の両面大鎌とは違い、片手用の短い鎌。ただし草刈りで使うような代物じゃ無い。その刃は、三つ叉に別れていた。

 橙の刃は、まるで獣の爪の如くも見える。

 これが俺の武器、崔嵬の鎖鎌だ。

 

「さあこれで条件は互角だ!」

 

 ジャラリと鎖を鳴らし、俺はメイユウに向かって飛びかかった。力任せに刃を振り下ろし、鉤爪の如く叩きつける。

 だがそれは杖で防がれた。

 

「互角? それはうぬぼれが過ぎるぞ内人くん!」

「だったら手数で勝負だ!」

 

 俺はもう片方の鎌を持ち上げ振るった。

 

「はあああぁぁっ!!」

「無駄だ!」

 

 またも防がれる。リーチが短く鎌の扱いに慣れてない俺じゃ、攻撃が読みやすいようだ。

 

『クソッ、おい丘鼬! 他の武器はないのか!?』

『一切ねぇ!! おれっちは侠気溢れる一本独鈷よぉ!』

『不器用って言うんだろうがそういうのは……!』

 

 このキュウユウに退魔道具は一つしか無いらしい。じゃあこのまま行くしかない!

 

「やってやらぁああぁぁぁっ!!」

「グ、この……っ!?」

 

 俺は諦めず、もう一度飛びかかった。一撃で通じないなら何度でも。錫杖が俺の急所を狙うのにも構わず、頑健さを盾に痛みを無視して攻め続けた。

 狂気的とすら言える俺の攻勢に、いなしながらメイユウが問う。

 

「何故そこまでする。あの子たちを苦しめる為に命を張る!?」

「アイツらはそれを望んでいる。誰かの為に戦うことを! 三人は前に進んだんだ、どうしてそれが分からない!?」

「それはお役目に追い立てられた所為だ! 強制された宿命。他を選ぶ余地など無かった!」

「違う、人々を守る為だ!」

「綺麗事でそうやって誤魔化して、どれだけの月日をゴミ溜めに捨てさせられた!? もっと豊かな青春が、あの子たちにはあったのに!!」

 

 もう海莉さんに理屈は通じなかった。思考が凝り固まり、凍り付いている。俺の言葉はタダでは届かない。力尽くで止めるしか無かった。

 メイユウの冷静な杖術は刃の悉くを弾いたが、俺は諦めず喰らい付いた。何度でも何度でも、通じるまで鎌を振るう。その姿は我を忘れた獣か、癇癪を起こした子どものように無様な戦い方だった。だがどの道、格好良く勝てるとは思っていない。泥臭くとも、不格好でも、勝つ。

 そして一念が、岩をも通す。

 

「グアッ!!」

 

 遂に杖の防御を乗り越え、メイユウの肩口に三条の傷が刻まれる。俺の連撃がメイユウの守りを突破したのだ。まずは、一撃。

 

「このまま畳みかける!」

「グ……負けるわけにはいかない……!」

 

 メイユウは傷を受けた反動を利用し大きく後退った。そのまま石突きを打ち付け、錫杖を鳴らす。しまった。あれは、仙術の予備動作か。

 

「仙術・白昼霧」

 

 白い雫が弾け、俺目掛け飛沫として迸る。確かあれは静久を昏倒させた技。喰らえば俺も同じように眠ってしまう。避けなければ……。

 

『いや構わねぇ! そのまま突っこみやがれ!』

『はぁ!?』

『いいから行きなつってんだ、べらぼうめぇ!』

 

 回避を選択しようとする俺を怨面の声が差し止める。このままじゃ眠って戦闘不能だぞ!?

 だがどの道、その声で止まってしまった俺にもう回避は間に合わない。一か八か、俺は白い飛沫の中に真正面から突っこんだ。

 黄金の鎧に跳ねる雫。そのほとんどをまともに被ってしまう。だが……それだけだった。

 

「……なにッ!?」

 

 メイユウの衝撃を受けたような声。驚きに身を固めて動けない間に、突っこんだ俺の斬撃はガードをすり抜けまともに入った。今度は胸甲を切り裂かれ、後退するメイユウ。だが俺も俺で、自分の身に起きたことが分からずそれ以上の追撃を行えなかった。

 怨面に問い質す。

 

『どういうことだ、何故仙術が効かない?』

『てやんでぇ! それはおれっちたち鼬面の三枚が、互いに三すくみの関係になってるからさぁ!』

 

 丘鼬の怨面曰く、三枚はある理由から同時に作られた為、互いが互いに安全装置としての役割も果たすべく強弱の関係を組み込まれたそうだ。仮にも呪いの品である怨面だ。そういう措置があるに越したことはない。

 例えば、メイユウはテンユウに強い。何故なら毒となる仙術と、鎧を打ち砕く槍の一撃があるからだ。現にこの二つを用いられてテンユウは苦戦を強いられた。変身者が海莉さんであることも大きな要因ではあるが。

 例えば、テンユウはキュウユウに強い。キュウユウは鎧がある分足が遅く、軽装で機動力のあるテンユウに追いつけないからだ。退魔道具の数の差も大きい。

 そして、キュウユウは……。

 

『おれっちの黄金甲冑は全ての状態異常を弾く! 決して穢れることの無くあらゆる邪を払う、無敵の鎧なのさぁ!』

 

 キュウユウは、メイユウに強い。その強みである毒も鎧砕きも、黄金の鎧が全て無効化するからだ。キュウユウの強みというのはほとんどがこの鎧に集約されているようで、その分優れた性能をしていた。頑健かつ、呪いを通さない。物理で上回られたら普通に切り裂かれるが、少なくとも搦め手は大体を無効化し、極めて強い。それがキュウユウという御伽装士だった。

 つまり今の俺は――相性で大きく勝っている。

 

「ありがてぇ……!」

 

 それはいいニュースだった。錫杖の仙術も、三叉槍の一撃も今の俺には効かない。それならば単純な殴り合い切り合いで勝負をつけられる。細い可能性が繋がった。

 

「はぁ、はぁ、ぐぅ……!」

 

 メイユウの切り裂かれた胸甲がカラカラと地に落ちる。深くは切れていない。だが鎧を剥がしたという確かな一撃だ。鎧の壊し合いなら、こっちが圧倒的有利。このまま押し切れるか……?

 

「仙術が効かない。御伽装士でそんな相手がいるとはね。……かくなる上は、ということか」

 

 そんなメイユウの呟きには、どこか諦めに近い覚悟が滲んでいた。嫌な予感がして俺は構えたまま問う。

 

「何をする気だ」

「簡単なことさ。そちらに術が効かずとも、私自身にかける分には有効だ」

「……ちっ」

 

 痛いところを突かれた。その通り俺への術は黄金の鎧で無効化できても、メイユウが自分に仙術をかける分には何の影響もない。

 

「ならば究極の術にて一息に勝負を決めてやればいいということ!」

 

 メイユウは思い切り錫杖を打ち付けた。すると地の底から湧き上がるようにして、黒い水が螺旋を描いてメイユウを覆った。

 

「これぞ、仙術――神便鬼毒酒(しんぺんきどくしゅ)!!」

 

 逆巻く黒い水は渦の底へ吸い込まれるようにメイユウの身体へと入っていった。それが全て収まった時、そこに立っていたメイユウは黒いオーラのような物を纏っていた。

 だが目に見える以上の変化を、目の前で相対する俺は感じ取っていた。

 

「一応聞こうか。何をした……?」

「単純な話さ。剛力、早足……身体能力を底上げするような仙術を、一度にこの身へ注ぎ込んだのさ」

「……なるほど、な」

 

 つまり今のメイユウは……尋常じゃない程強くなっている、ということか。

 

「効果が切れれば副作用で動けなくなるが――その前に君を倒せばいい!!」

 

 オーラに包まれたメイユウが地を蹴った。速い!

 

「カァアァッ!!」

「ぐおっ!?」

 

 怪鳥のような雄叫びを上げての杖の突き。それは分厚い胸甲で受け止めたが、それでも重い衝撃が全身に走った。生身なら貫通、いや木っ端微塵に弾けていると確信できる一撃。凄まじい腕力だ。

 反撃に苦し紛れの鎌を振るうが、素早い身のこなしで避けられてしまう。足も速い。

 なるほどこれは……手が付けられない。

 

「まるでケダモノだな……!」

「シャアァァ!!」

 

 人とは思えぬ獣じみた躍動で今一度跳ね上がり、メイユウも鋭い蹴りが俺の身体を穿った。咄嗟に躱したことで急所は外したが、爪先を受けた肩甲がひしゃげて弾け飛んだ。威力が上がっている。堅硬である筈の鎧ですら攻略されつつあった。仙術によって強化された身体が次第に馴染んでいる証拠だ。

 このまま動き回らせてはまずい。俺は片方の鎌の柄から手を離し、その間に渡る鎖を掴んだ。そしてまるでゴムを伸ばすように思い切り引き絞ると、金属でできている筈の鎖はあり得ないことに伸張した。

 これが崔嵬の鎖鎌の特性。テンユウが使う浮雲の脚絆と同じように、神通力によって伸びる鎖である。

 

「獣を捕らえるには鎖ってなァ!」

 

 俺はカウボーイのロープめいてそれを回転させると、メイユウに向かってそれを投じた。

 

「カァァッ……!」

 

 自身を絡め取るべく投げられたそれを、メイユウは冷静に見極めて躱す。獣じみた動きになろうとも、頭まで沸騰した訳では無い。心中はどこまでも冷徹なのだろう。

 だがただ単純に回避しただけで躱せるという判断は誤りだ。

 

「曲、が、れェ!!」

「グ!?」

 

 俺が鎖に力を籠めると、鎌の軌道は不自然にねじ曲がった。三つ叉の鎌は躱したメイユウを生き物のように追い背後に回ると、その背に刃を突き立てた。

 

「グアアァッ!?」

 

 鎌は爪のように食い込み、メイユウを捕まえた。

 神通力によって伸びる鎖は、意のままに操ることができた。こういうところも浮雲の脚絆と似ている。

 だがまったく同じようには戦えない。それは主に、俺自身の性能差が理由だった。

 

「く、結構持っていかれるな……!」

『てやんでぇ! 無理すんじゃねぇやい、お前さんじゃ大した量は捻り出せねぇんだからよぉ!』

 

 俺は正式な御伽装士じゃない。たまたま怨面が気まぐれで力を貸して、どうにか変身出来ているだけの男だ。御伽装士は長い鍛錬の果てになる物で、素人の俺が変身してもその機能を十全に扱える訳がない。その中でも特に、術や御伽装士の退魔道具を行使するような修行を積んでないのが痛かった。

 武器に特別な力を籠める度、魂その物が吸われるような虚脱感が俺を襲う。不可思議な力を扱うのに慣れていないからだ。だから霞澄のように紐を無限に伸ばすような真似は到底できなかった。

 あまり長くは戦えない。俺は早期の決着をつけるべく動き出す。

 

「お、おおおおぉぉ!!」

「グウウゥゥ……!!」

 

 俺は両腕に気合いを入れ、鎌が食い込んだメイユウを渾身の力で引いた。メイユウもまた強化された身体能力で拮抗する。それは綱引き、あるいはチェーンデスマッチのようだった。

 俺としては攻撃の届く範囲内にメイユウを引き込みたい。だが機動力のあるメイユウならばヒットアンドアウェイに徹した方が勝算は高かった。だからこそ抵抗し、引き合う。

 勝利を分かつ、意地の張り合い。

 

「ぐ、が、ああぁぁあああぁぁぁっ!!」

 

 それに勝ったのは――俺だった。

 

「カ、ァ、何ィ!?」

 

 全力で引く俺のパワーに負けメイユウの姿勢が崩れた。その理由はおそらく、単純な膂力の差だ。腕力を強化したメイユウよりも、キュウユウの腕力の方が強かった。機動力を捨てたキュウユウは膂力に優れた御伽装士なのだ。

 一度隙を見せれば後は脆い。メイユウは碌な抵抗もできなかった。

 

「はあぁぁあああぁぁぁっ!!」

 

 俺はその勢いのままメイユウを宙に向かって放り投げる。いくら瞬発力を含む身体能力を強化されたメイユウと言えど、空中で身動きは取れない。無防備な状態となったメイユウに向かい、俺は左手の鎌に意識を集中する。

 ここが、決め所だと理解していた。

 

「退魔覆滅技法――!」

 

 指を集約させるように三つ叉の鎌を束ねると、鎖が伸び螺旋状になって鎌を覆った。耐えず動いて回転するそれを現代ならば、なんと例えるか。

 ドリル。

 

「――星砕き!!」

 

 鉄鎖擦れ合う螺旋の力が、宙を舞うメイユウの身体を穿った。

 下から突き上げられたメイユウは火花を散らし、その回転力をまともに受け止めることになる。

 

「グ、アアアアァァァッ!!」

 

 装甲の薄いメイユウではどうすることもできない。削りきれる――そう俺が確信した瞬間だった。

 ガクンと、俺の身体から力が抜ける。

 

「ぐ……!」

 

 螺旋の形を保っていた鎖がほどけ、弾ける。それに巻き込まれメイユウの身体も吹き飛んだ。背中に刺さった鎌も外れ、あらぬ方向へと転がった。

 同時に俺は、膝をつく。

 

「限界、か……!」

 

 俺の御伽装士として戦える時間。それがリミットに達した。変身が解かれ、黄金の鎧は消える。

 身体にかかった負荷に耐える体力と魂から絞り出した神通力。それが底を尽き、俺は立ち上がれなかった。荒い息をつくことしかできない。継戦は不可能だ。

 弾かれたメイユウは少し離れたところで俯せに倒れていた。

 起き上がってくれるな。俺は祈った。

 

「……グ……」

 

 だが祈りは通じなかった。メイユウは苦しげな声を上げつつも、幽鬼のように立ち上がった。

 

「くそ……まだやる気かよ……」

「当たり、前だ。私が、あの子たちの……ぐっ!?」

 

 だが、それまでだった。一旦は起き上がったメイユウだったがそれで力尽きたのか、糸が切れたかのように背中から倒れ込んだ。地に伏せると同時に、変身が解除される。

 お互いの怨面は、地に転がった。

 相打ちだ。

 

 海莉さんは仰向けに天井を見上げながら呆然と呟いた。

 

「……何故、だ。どうして私は、倒れている」

「所詮は相性、だろ。俺の……運が良かっただけだ」

「違う。そんなちっぽけなことで、私の八年間が覆される訳がない。……君だ、内人くん」

 

 互いに満身創痍。もう口だけしか動かない。だからその言葉を、静かに聞いた。

 

「君が全てを狂わせたんだ。命を賭けた君の戦いが。その気迫が無ければ、私が勝っていた。……何故そうまでして戦ったんだ? ここに来たのは、丘鼬の怨面が溟鼬の怨面を見つけたからだろう。だがそこで戦いになると分かっていた筈だ。御伽装士の力があったところで必ず勝てる保証は無かった。それなのに、どうして君は……」

「戦う理由か、それは三つあるな」

 

 海莉さんに問われ、俺は一つ一つ数えた。

 

「一つは、俺の為。一つは、アンタの為」

 

 俺の放ってしまった不用意な言葉、その罪の精算。そして憧れの人にこれ以上罪を重ねて欲しくないという、俺の欲求。

 そして、もう一つ。

 

「――霞澄、日依、静久……アイツらに、付いていく為だ」

「……あの子、たちに?」

「ああ」

 

 俺は頷いた。まだ戦場だというのに不思議と笑えてしまえそうなくらい、力が抜けていた。

 

「霞澄はさ、昔は貴女の言う通りただお転婆なだけだったのかもしれない。けど今は、命を守ることに使命感を覚え、全部を救う為に駆けずり回っている。その顔は、見ていてとても清々しいくらいだよ」

 

 霞澄の顔を思い出す。不敵な笑み。真っ直ぐな眼差し。空を泳ぐ雲の如く当たり前に、人を助けることを選べる少女。いつだって真剣で、そこに迷いはない。

 

「日依はさ、普通の女の子らしい一面を持っているよ。でもそれ以上に愛情深くて、誰かが傷つくことに人一倍狼狽する。それは可哀想だろ。だったら戦わせてやらなきゃ」

 

 日依の顔を思い出す。怜悧な瞳。真っ赤に染まる顔色。降り注ぐ陽射しのように暖かく、誰かを想える優しい少女。人の気持ちに寄り添えるから、誰よりも激しく戦える。

 

「静久はさ、確かに戦うのが辛そうだった。苦しんで、病んで、何もかもを投げ出したくなってた。……それでも、二人と一緒に戦うことを選んだ。みんなで並ぶことを選択したんだ」

 

 そして、静久の顔を思い出す。掴み所のない性格。泥を吐くような慟哭。雨に打たれたように冷たくなっていた少女は、それでも姉たちに救われた。命を癒やす。もうその大切さをいつだって思い出せる。

 

 それが、俺の知っている三つ子の姿だ。

 

「――そう。みんなもう、前に進んでいる。貴女の知っているアイツらじゃ、無いんだ」

 

 確かにかつては、幼気な少女だったのかもしれない。辛い修行の果てに決めてしまった覚悟なのかもしれない。

 だがアイツらは、自分で選んだ。御伽装士として戦うことを。彼女たちなりの動機で。

 誰かに言われたからじゃない。自分がそう在りたいから。

 過去が辛くても、前に進んだんだ。

 

「……前、に」

「貴女も俺も、もうアイツらをどうこうできる立場じゃ無いってことだ。海莉さん。貴女のやってることはただのお節介で、三つ子は心の底ですら望んでいない」

「………」

 

 その現実を、俺は海莉さんに告げた。

 謀り、籠もり、人を傷つけてきた八年間。その全てが無意味だったという残酷な真実を。

 

「もう認めなきゃいけないんだ。貴女のしてきたことは無駄で、アイツらは……貴女がいなくても、進める」

「……そう、か」

 

 やがて海莉さんは、諦めたかのように呟いた。

 

「あの子たちにただ幸せであって欲しいというのは……私だけの、わがままだったのか」

 

 零れる言葉は、まるで初めて気付いたかのようで。

 俺はやっと彼女が間違った方へ走る足を止められたのだと確信した。

 

「あの子たちの苦しむ表情を見たく無かったのは、私だ。そこから目を逸らし、ただ逃げ出しただけの私だった。……ねぇ内人くん。私は、どうすれば良かったんだろう」

 

 憑き物が落ちた、というのだろうか。角が取れた、妙にサラサラとした声音で海莉さんは俺に問う。

 俺は、今度こそ間違えないように慎重に言葉を選んで答えた。

 

「……一緒に、いればよかったんですよ」

 

 ただそれだけで、救われた筈だ。

 三つ子は三人一緒だったから苦しみを乗り越えられた。ずっと傍にいたから、辛い修行にも宿命にも耐えられた。それだけで良かった筈なんだ。そんな人がもう一人いたら、もっとずっと救われた。

 何故なら、

 

「だって、それが付き人なんですから」

 

 俺たちの役目は、そうであるべきなのだ。

 

「……そう、か。久しく忘れていたな、自分がそうだったって」

 

 俺はどうにか立てるだけ息を整えて、仰向けに倒れた海莉さんへ近づいていく。天井を仰ぐ藍色の瞳は、気のせいかさっき見た時より澄んでいた。

 彼女を助け起こす為、俺は手を差し出した。

 

「なぁ、海莉さん。戻ろう、アイツらのところへ」

「……何を、今更」

「勿論全部が許される訳じゃない。でもどうにか貴女とアイツらが笑えるように、俺は頑張りたい。それは三人も、きっと望んでいる」

 

 海莉さんのしでかしたことは許されることじゃない。れっきとした悪事だ。たださっき彼女自身が述べたように他の地域での化神出現率が減っているのなら、そこでどうにか説得できるんじゃないだろうか。それに化神どうこうの法律が、現実にある訳でもないし。御守衆の掟とかは、そりゃあるんだろうが。

 だとしても、このまま三つ子と会えずじまいで終わるなんて。

 それだけは、俺も御免だった。

 

「だから、海莉さん――」

『――それは、困る』

 

 不意に洞窟に響いた声に、俺は弾かれたように振り返る。

 そこにいたのは、すり鉢状の空間を背に立つバケイカリだった。

 巨大な渦からの光を背負い、碇を手にした鉄色の化神は佇んでいた。

 

『我が主、それでは我はどうなる。我はバケイカヅチの核となるべく生まれてきた化神。計画の要にしてただその為だけに在る存在。貴女がここで計画を放棄しては、我はただの化神としてすら歪んだ者として彷徨することとなる』

「……バケイカリ……」

 

 名を呼ぶ海莉さんの声は、どこか悲しげだった。

 そうか。バケイカリ。コイツの姿がどこにも無いと思ったら、そういうことか。バケイカヅチの成立にはコイツの存在が必要だったんだ。海莉さんが手ずから育て上げた、この特製の化神が。

 

『なれば我は、その存在を全うする。御守衆に滅びをもたらすその役目、我は見事果たしてみせようぞ!!』

「なっ、バケイカリ、待て……!」

 

 海莉さんは止めようと手を伸ばした。だが、力ないそれが何かを及ぼせる訳も無し。

 バケイカリは制止を振り切り腕を広げ、すり鉢の中へと落ちていく。

 そして。

 

 裁きの雷が誕生した。

 

 

 ※

 

 

 

「退魔覆滅技法・逢魔終月!」

 

 赤き鎌刃が翻り、もはや滅茶苦茶になっていたバケギツネの身体を両断する。

 

『ガ、ギ、ココココココココォォォーーー!!』

 

 いくつもの化神に変化し様々な部位を何が何だか分からない程しっちゃかめっちゃかに生やし一人百鬼夜行と化したバケギツネは、旱天の両面大鎌によって胴体を切り裂かれるとようやく息絶えた。穢れを噴き出して爆発四散し、無に帰る。

 

「はぁ……手強い奴だった。まさかバケトウダイの腕とバケマリモのバネを組み合わせてロケットパンチをするなんて……」

「バケジャケとバケウニの活け作りコンボも厄介だったね~……ともあれお疲れ様~」

 

 強敵との死闘を終え、変身を解除した日依を労う静久。しかし霞澄はそのすぐ傍にて無言で空を見上げるばかりだった。

 

「? 霞澄ちゃん、どうしたの?」

「……暗天が晴れない」

 

 その言葉にハッとなって二人も空を仰ぐ。言われた通り、暗天の穢れた赤い空は元に戻っていなかった。

 

「な、なんで? 暗天を張った化神であるバケギツネは倒したのに? まだバケギツネが生きてるってこと~?」

「いや、確かに倒した。流石にあの手応えを間違える筈が無い」

 

 歴戦の三つ子は即座に相談し合ってその原因を探る。化神なら誰でも可能な暗天を許してしまったことは一度や二度では無い。しかし今回のように主である化神を倒しても解除されないケースは初めてだった。

 

「……もしかしたら」

 

 推測を述べるのは霞澄だった。

 

「乗っ取り、かも」

「え、乗っ取り?」

「うん。より力のある化神が暗天を上書きしたのかもしれない。あるいは引き継ぎ。折角展開された化神の世界を、有効活用する為に引き取った……」

「……ってことは」

「まだ化神がこの中にいるってこと~!?」

 

 その事に思い至った瞬間、三つ子は背中合わせになって警戒した。どの方向から来ても対処できるように。

 だが変化は、まず足元で起こった。

 

「……? 揺れてる?」

 

 最初は微かに。だがすぐに巨大な揺れとなった。

 地を揺るがす大地震。立っていられないほどの震動に三つ子は混乱する。

 

「これって!?」

「二人とも、大丈夫!?」

「平気……うっ!?」

 

 三人とも鍛えた体幹でどうにか踏ん張っていたが、その中で静久は突然頭を抱えて蹲ってしまった。

 

「静久!?」

「何、これ……すごい、穢れ。化神……でも、まるで……」

「静久、何を……」

「来る!!」

 

 そう静久が叫んだ瞬間、地震が止み、崖が崩れた。

 自然が作り上げた天然の城砦は内側から爆発するかのように砕け、岩と砂煙を上げて破壊される。その中から現われたのは、あまりにも巨大な異形だった。

 

 雲。それも暗雲と呼ばれるような昏い色をした物の塊。だがそれには頭や腕にも見えるような箇所があって、辛うじて人の上半身にも見えた。

 内に秘めた稲光によって明滅する身体からは、避雷針めいた針や鉄塔が生えている。そして頭部には、碇にも似た巨大な鉄仮面が付けられていた。

 仄暗い面頬の隙間から、一つ目を光らせている。

 それは、雷雲の巨人。古代に人が想像したかのような、人の及ばぬ暴威を人型に押し込めているかのようだった。

 

「な、何……!?」

「化神なの……?」

「……バケイカヅチだ」

 

 三つ子の疑問に答えたのは、這々の体で地下空間より逃げてきた内人だった。海莉に肩を貸しながら。

 

「内人、海姉ぇ!」

「無事だったんだ! よかったぁ……」

「あぁ……それより、アイツだ」

 

 駆け寄る三つ子に笑顔を見せながら、内人は巨人を顎で示した。

 

「あのバケイカヅチを空に上げちゃなんねぇ。そしたら御守衆の終わり、引いては日本の終わりだ」

「……どういうこと?」

「詳しい話は後にするが、絶対に倒さなきゃいけない奴ってことだ」

 

 苦々しい表情で内人はそう言った。それを見て三つ子も悟る。冗談でも何でも無いのだと。

 

「……幸い、まだ完全じゃない」

 

 内人の肩に寄りかかりながら、海莉は言う。

 

「完全に完成するより早く、内人くんは現われた。だから上空に昇るには穢れがまだ足りない。それを補う為にバケギツネの暗天を乗っ取ったんだ。この暗天の中で穢れを溜め、そして空へ飛び立つ為に」

「……とにかく、アイツを野放しにしちゃいけないってことだよね」

 

 海莉の言葉に、霞澄は頷いた。今は宿敵野分ではなく、自分たちの姉貴分である海姉ぇなのだと信じられたから。

 日依の手から怨面を取り、霞澄はバケイカヅチへ立ち向かおうとする。

 止めたのは静久だった。頭痛はもう収まっている。

 

「霞澄ちゃん!? 一人でアレと戦う気なの!?」

「決まってるでしょ。二人が戦ったんだから、次はアタシの番」

「……いくら何でも無茶だよ」

 

 日依は悲痛な表情でそう言った。しかし頭では分かっている。誰かが行かなくてはならないと。

 霞澄は笑った。

 

「怨面は一枚。変身出来るのは一人。だから誰かが行く。ずっと続けてきた、いつものことでしょ?」

「でも今回は流石に足りない。一人じゃあんな大きいの、どうにもできない!」

「静も、そう思う~……」

 

 それでも二人はなお引き留めようとした。戦わなきゃいけないのは御伽装士としての本能で分かっている。だけど霞澄一人を行かせていいものか。それはただ姉妹を見殺しにする行為なんじゃないか。理屈にならない感情が一人行かせることを躊躇わせる。

 

 そこに響いたのは、三つ子の知らない声だった。

 

『てやんでぇ、じれってぇ!!』

「へ?」

「ひゃっ?」

「え、怨面?」

 

 突如頭の中に浴びせられる怒鳴り声に、三つ子は揃って身を竦ませた。いち早くその正体に気付いたのは静久。何故ならずっと鳴り響いていた声と、同じ物だから。

 

『怨面が一枚じゃなきゃどうにでもなるってことだろぉ!?』

 

 そして内人、海莉の懐から鼬の怨面が浮き上がる。自分の持つ物とよく似たそれを、特に黄金の方を見て三つ子は驚愕する。

 

「え、三枚目!?」

「なんで、内人が?」

「それについては色々あったんだが……まぁ置いておけ。とにかくコイツは、丘鼬の怨面だ」

 

 何から話せばいいのか分からず、やはり後回しにした内人は丘鼬の怨面を見やった。

 

「どうする気だ、丘鼬」

『どうするもこうするもねぇやい! お嬢ちゃんたちがおれっちらを使えばいい!』

「え……」

 

 そう言って二枚の怨面は宙を滑ると天鼬の怨面を持つ霞澄以外の手に収まる。日依の手には丘鼬の怨面が。静久の手には溟鼬の怨面が。

 

「え、え?」

「できるのか」

『べらぼうめぇ! 少なくとも手前よりかは適性があらぁ!』

「ぐっ、それはそうか……」

 

 複雑な表情で内人は項垂れる。素人の内人よりかは、御伽装士として確かな経験を積んできた日依の方が扱えるのは当たり前の話だった。静久も同様だ。

 

「それなら……」

「三人一緒に戦える!」

 

 日依と静久は怨面を握り締めると、霞澄へと振り返る。

 これまでは三人の内一人が戦い、後の二人は見ているだけだった。戦う姉妹がどれだけ傷つこうとも怨面がなければ無力。忸怩たる思いで見つめるしかなかった。

 だが、今は違う。

 三人一緒に、肩を並べて戦える。

 

「やろう、霞澄!」

「三人で、アイツを止めよ~」

「日依、静久……うん、そうだね」

 

 霞澄もまた頷き、天鼬の怨面を手にして覚悟の表情を決めた。

 今こそ一丸となって脅威へと立ち向かうべきだと。

 

「やろう。……内人と海姉ぇはトライユキオロシへと避難して!」

「分かった、悔しいけどな。……丘鼬、日依を頼んだぞ」

『はっ、べらぼうめぇ! 手厚くさぽーと(・・・・)してやってやったろうが! 任せておきねぇ!』

「溟鼬の怨面、私が言えた義理では無いが……静久を、助けてやってくれ」

「海姉ぇ……」

『………』

 

 二人は怨面を託し、邪魔にならないようトライユキオロシへと避難して行く。それを見送って、三つ子はバケイカヅチに向かって並び立つ。

 ソックリな三人はソックリな面を手に、意外と慣れない光景に笑い合った。

 

「三人でこうするのって、結構新鮮だね」

「まぁね。でも、ずっと待ってたかも」

「じゃあその初めて、勝利で飾っちゃお~!」

 

 三人はそれぞれに怨面を構える。そして、同じ呪文を唱えた。

 

「「「オン・ルドラ・ラン・ソワカ!」」」

 

 高らかに響かせ怨面を被る三つ子。浮かび上がるは赤い痣。積年の呪詛が現実の苦痛となって襲い掛かり、少女たちの肢体を苛んだ。

 

「ク、アァァ……!」

 

 されどもグッと堪え、少女たちは凜と立つ。恩讐を乗り越えてこそ立てる、戦士として。

 

「「「変身!」」」

 

 姿が変わる。雲に包まれ、渦に呑まれ、砂嵐に巻き上げられて。

 それらが晴れた時、そこには三人の御伽装士が並んでいた。

 

「御伽装士、テンユウ参上! さあ、天誅よ!」

 

 霞澄変じるは灰と白の御伽装士テンユウ。着流しに身を包み尻尾を垂らし、獣の如く構える姿は志士の如く。

 ずっと一緒に戦ってきた力と共に。

 

「御伽装士、キュウユウここに。いざ、這い蹲ってもらうわ」

 

 日依変じるは黄金と黒の御伽装士キュウユウ。甲冑を纏い外套を羽織り、毅然と立つ姿は歴戦の武者のよう。

 内人から託された想いと共に。

 

「御伽装士、メイユウだよ~。さて、深淵に沈んじゃってね~」

 

 静久変じるは紺碧と水色の御伽装士メイユウ。流麗な布地を巻き付け荒波を渦巻かせ、悠然と佇む姿はさながら女神。

 海莉が抱え続けてきた願いと共に。

 

 御伽装士が並び立つ。同じ力、同じ心を、胸に。

 テンユウが率先して叫ぶ。

 

「さあ行こう! 三人一緒なら――絶対、負けない!」

「ええ!」

「うん!」

 

 そして三人は、一丸となってバケイカヅチへと走り出した。

 

 その光景をバケイカヅチは見下ろしていた。変身して向かってくる三人を、まるで地を這う虫けらを眺めるようにジッと見つめる。

 無理もない。それだけの比較が両者にはあった。

 

『この姿を見ても、なお立ち塞がるか……御伽装士よ』

 

 核となったバケイカリ――否、バケイカヅチはつまらなそうに言った。

 

『無意味なことよ。すぐに我は天へと昇り、誰も届かぬ果てへと征く。だがこの身体をうまく使えるようになるまでの、余興としてなら相手になってやる』

 

 穢れが溜まるまではまだ時間がかかる。その間はどうしてもこの害虫たちの相手をしなければならない。

 

『このバケイカヅチが、直々に裁きを下してやろう』

 

 新たな身体の慣らし運転も兼ねて、バケイカヅチはゆっくりとその体躯を持ち上げた。

 

 戦闘態勢をとるバケイカヅチ。

 一方で三人は、それどころでは無かった。

 

『お兄ちゃん! お姉ちゃん! 帰ってきてくれたんだね、また一緒に居てくれるんだ! 僕、ずっとずっとずっとずっとずぅーーーっと待ってたんだよ!!!』

『あぁ!? うるせぇぞわがまま坊主! 道中で聞いたけどなぁ、人様に迷惑を掛けるたぁ何事だ! 人間と比べりゃ歳いってんだから、少しは分別ってもんを持ちやがれ!』

『なんで、どうして? 僕は寂しかっただけなのに!!』

『………』

『手前もだこのだんまり娘! 悪ぃことに加担してやがるって分かるクセに黙々と従いやがって! なんで手前はそうも根性がねぇんだ! 説教してやらぁ二人ともそこに直りやがれ!!』

「「「だぁ! うるさい!!」」」

 

 頭の中で響く大喧嘩に、三つ子はウンザリした声を上げた。

 

「何コレ、怨面からの声ってこうなの? 静久はよく我慢したよね、アタシじゃ絶対無理!」

「いや、静的にもこれは過去イチうるさいよ~。っていうか天鼬って末っ子だったんだね……道理で子どもっぽい筈だよ~」

「てか丘鼬、一番まともだけど一番うるさい……」

 

 女三人寄れば姦しいと言うが、うるさいのはその少女に張り付く面の方だった。

 その煩わしさたるや、ずっと天鼬の怨面からの声に耐えてきた静久ですら音を上げている。

 

「アタシ、思いついちゃった。丘鼬の怨面が見つからなかった理由って、もしかして……」

「やめよう、それ。間抜けすぎて悲しくなるから」

 

 嫌な推測まで浮かぶ始末。ただそんな大はしゃぎも、バケイカヅチが巨大な腕を振り上げればなりを潜める。

 ちょっとした家のように太く大きなそれが降ってくるのを目にした三人は、一目散に回避を選択した。

 

「うあっ……!」

「ひゃあっ!」

 

 逃げ出したその跡に、轟音を上げて叩き落とされる雲の腕。もうもうと砂煙を上げるその着弾点がどうなったのかは、見るまでもない。

 当たれば必死だ。

 

「ど、どうしよう~。あんなの殴って倒せるのかな~?」

「いや、普通にやったら無理でしょ。弱点がある筈。霞澄、どこ狙えばいい?」

「アタシの勘だと……ズバリ、頭!」

 

 テンユウはビシッと指差した。その先には鉄仮面を被ったバケイカヅチの頭がある。

 だが当然、頂点であるそこは地上から一番遠い。

 

「……あそこまで登れって?」

「やるしか無いでしょ。それとも諦める?」

「それはないけど、さぁ!」

 

 再び振り下ろされた腕を躱し、キュウユウはバケイカヅチを見上げる。

 

「しょうがない、まずは挑戦だよね。――退魔道具・崔嵬の鎖鎌!」

 

 キュウユウは獣の爪めいた双鎌を呼び出し、鎖を鳴らしながら構えた。そして三度落とされようとする腕を、真正面から見上げる。

 テンユウはギョッとして問うた。

 

「何する気!?」

「ぶった切ってみる!」

「えぇ、そっちのが無茶でしょ……!」

 

 姉妹のために一番危ない場所に立とうとするのは、姿が変わっても同じだ。

 そんな無謀な挑戦をしようとするキュウユウの背後に立ったのはメイユウだ。

 

「大丈夫、静がいるから~。……退魔道具・溟渤の錫杖~!」

 

 メイユウの手に瑠璃の錫杖が収まる。そして地面に突き立てると、精神を集中して念じた。

 

「仙術……剛力命水!」

 

 その言葉と共に錫杖の突いた先から赤い雫が湧き上がり、キュウユウへと吸い込まれていく。全てを害を弾く黄金の鎧は、本人が受け入れさえすればすり抜けることができる。

 

「おお、力が漲る! 静久、天才!」

「えへへ~」

 

 実際、初めて扱う杖で初めての仙術を使いこなして見せれば天才と言って差し支えないだろう。力を漲らせ、キュウユウは迫り来る腕へと立ち向かう。

 背後には避ける気配も無いメイユウ。回避する必要も無いと、姉を信頼しているのだ。

 答えるべく、キュウユウは気炎を吐いた。

 

「はああああぁぁぁ……!」

 

 呼吸法によって集中を高め、キュウユウは腕を広げた。

 鎌の間に張っていた鎖が伸び、たちまち鎌の先端を覆っていく。それは鎌刃を伸張するように模った。まるで長大な六本の爪だ。

 そして鎖は激しく動き、火花を散らす。鎖の刃。つまりチェーンソー。

 

「退魔覆滅技法――星砕き・(れつ)!」

 

 爪が暗雲を切り裂いた。綿飴めいた見かけ程柔くは無い筈だが、それでもけたましい音を鳴らして回転する六本の刃は巨腕をズタズタに引き裂く。雲の肉体はインクの染みのような穢れとなって辺りへ飛び散った。

 会心の手応えにキュウユウは仮面の下で笑みを浮かべた。

 

「やった……!」

『オオオオォォォ……!』

 

 片腕を失い呻くバケイカヅチ。しかし次の瞬間には断面が盛り上がり、再生が始まっていた。

 

「げ、回復するんだ……」

「でも、隙はできた!」

 

 怯んだバケイカヅチ目掛け、二人に任せて力を温存していたテンユウが飛び出す。

 

「退魔道具・浮雲の脚絆!」

 

 得意の退魔道具を呼び出し、テンユウは緑の縄を巨躯へ向け真っ直ぐ伸ばした。縄はバケイカヅチから生える鉄塔の一つに巻き付き、テンユウの身体を引き上げる。

 

「霞澄ちゃん! ――仙術・早足命水!」

「サンキュー静久!」

 

 敵の懐へ飛び込む姉にメイユウは緑の雫を飛ばして援護する。そして、テンユウは雲の肉体、その胸上に着地した。

 

『オオォ……御伽装士ィ……』

「その声、バケイカリ? そっか、アンタがそんな姿に……」

 

 バケイカヅチの正体が何度も相対した仇敵であることを悟っても、テンユウのやることには変わりない。

 世の為、人の為に、討つ。それが御伽装士の抱く不変の信念。

 

「――はあっ!」

 

 目標となる頭部まではまだ遠い。テンユウは脚絆の縄を鉄塔や避雷針に巻き付け、立体軌道で駆け上がる。

 だがバケイカヅチもそれをただで見過ごさない。

 

『――カァアアァァッ!!』

「! うわっ!」

 

 バケイカヅチの目が輝くと、暗雲の身体から稲光が明滅する。それはいくつもの雷となって、テンユウを襲った。

 

「がっ!? ――まだまだぁ!」

 

 仙術の援護を得たテンユウのスピードは並外れているが、それでも電気には叶わない。幾重にも走る中の一条をまともに受け止めてしまう。……しかしテンユウは足を止めなかった。

 

「っ! ふっ! ――ぐうっ!!」

 

 避け、跳び、当たる。されど、走る。テンユウは愚直に繰り返す。一歩でも前に、バケイカヅチの頭へと近づく為に。己の身体を顧みず。

 

『オオォォ、何故だ……テンユウ』

「くっ、ふっ、何、がっ!」

『何故そこまで人を守ることに執着する。自己という存在が消えることを厭わぬ。……我は怖れたぞ。我という存在の価値がなくなることを。だがこの強靱な肉体があれば誰も我を打倒出来ぬ。我は究極の存在となれる。それを果たすべく今戦っている。だが貴様はそうでは無いのに命を賭ける。何故だ、家に強制されたからか?』

「……内情を、少しは知ってるみたいだけどさっ! アタシのことは何も知らないらしいね!」

 

 躱しながら、決して迫る足を止めることなくテンユウは答える。

 彼女の戦う理由。心に抱える本音。

 

「アタシ以外の誰にも傷ついて欲しくないだけに決まってるじゃん!!」

 

 そして、遂にバケイカヅチの鉄仮面へと肉迫する。真正面から己を見つめる一つ目と相対しながら、テンユウは叫んだ。

 

「退魔覆滅技法・暗雲一破!」

 

 縄が伸び、鉄仮面の一部に巻き付いてピンと張る。そしてテンユウを導くようにして、その足を引き込む。

 勢いを乗せた、鋭い蹴撃が炸裂する。だが――

 

『――非力だな』

「ぐっ!」

 

 その鉄仮面には、どれほどの傷もつけられていなかった。巨躯に相応しい巨大な仮面は近くで見れば城壁のように分厚く、聳えている。それを打ち破るには霞澄のテンユウではパワー不足だった。

 ただ鉄仮面を鐘のように鳴らしただけに終わったテンユウの必殺技を嘲笑い、バケイカヅチは一つ目を震わせた。

 

『結局は敵わぬのだ。この圧倒的な力の前には』

「ぎゃあっ!!」

 

 動きの止まったテンユウを雷が打つ。感電したテンユウは鉄仮面から剥がれるように転げ落ち、鉄塔の一つを掴むことでどうにか落下を免れた。

 

「ぐ、うぅ……」

『諦めろ。所詮は定命の者。御守衆を滅ぼすべく組み上げられたこの究極の肉体には敵わぬ。お前たちの命程度は、かつての我が主の命に従い見逃してやってもいい。だからその手を離し、運命を受け入れよ』

「……確かに、アンタは強いよ。これから成長でもしたら、もっと厄介になる。そしたら誰もが勝てなくなるかもしれない。……だけど、アンタがアンタである限り絶対にアタシたちに敵わない物がある」

『何?』

 

 困惑するバケイカヅチに、テンユウは悪戯げに笑った。

 

「シシッ! アタシたちは……独りじゃないってこと!」

 

 その瞬間、バケイカヅチは背後で鳴る鎖の音に気付いた。

 

『――真逆!』

 

 巨大故緩慢な動作で振り返るバケイカヅチの目に映ったのは、伸びた鎖を足場に己と同じ目線に立つ、槍を構えたメイユウの姿だった。

 

 テンユウがバケイカヅチの身体を派手に駆け上ったのは、注意を引き付ける為。メイユウが援護に回ったのは、力を温存する為。キュウユウはその為に、足場となって妹を送り出した。

 事前に作戦を決めていた訳では無い。全ては三つ子の相互理解がその場で導き出した、最適解の連携。

 ずっと共に戦ってきたからこそ通じた、彼女たちだけに許された戦い方。

 

「退魔覆滅技法――」

 

 メイユウが手にするのは黄色い鋼で打たれた退魔道具、狂濤の三叉槍。その穂先に蛍火の如き光が集まり、三つ叉の刃を染め上げていく。

 そして、言葉と共に放たれる。

 

「――波蝕!」

 

 槍先から飛び出した光の刃。それがバケイカヅチの鉄仮面に真正面から突き刺さると、その分厚いはずの表面に光の罅が走った。

 

『こ、これはァァァ!!』

「ふふ、海姉ぇに従属していたんだから知ってますよね~? この槍の前じゃ、鎧なんて無意味だって~」

 

 全てを削り取る波の力を持つ狂濤の三叉槍。その力が結実した技である波蝕は全ての鎧を無力化する。それがどんなに分厚かろうと、キュウユウのような呪いを弾く力を持たないならば。

 罅が末端まで届いた鉄仮面は薄氷のように砕け散った。

 晒されるのは雲と昏い闇が入り混じった醜悪な素顔。

 

『オオオォォォッ!!!』

 

 苦悶の声を上げバケイカヅチは大きくのたうった。巨躯を無茶苦茶に暴れさせ悶える。テンユウは堪らず振り落とされ、メイユウも巻き込まれる前に飛び降りた。

 

「っとぉ、おっとっと!」

「お、ナイスキャッチ!」

「さっすが日依ちゃ~ん!」

 

 落ちてきた二人をキュウユウは鎖で受け止め、三人は合流を果たす。

 

「はぁ、はぁ……じゅ、術の才能がない私じゃ鎖伸ばすだけでもキツい……」

「お疲れさま~。日依ちゃんにしては頑張ってたよ~。静ならまだイケるけど~」

「……静久、そういうところあるよね地味に。さて……で、アレ倒せたと思う?」

 

 三人は暴れ回るバケイカヅチを見上げた。ダメージは確かに受けているようだが、消滅の気配は見えなかった。

 そしてひとしきり暴れた後、ピタリと静かになって三人を睥睨した。その不穏な眼差しを受け、三つ子は言い合う。

 

「……怒らせただけに一票」

「静も一票~」

「アタシも。……賭けにならないね」

 

 そして、怒りの落雷が迸った。

 

「うわわわ~っ!!」

「ど、どうするの霞澄! 次の作戦は!?」

「ひゃっ! つ、次の作戦も何も、相手は一人でこっちは三人なんだからさっきみたいな連携を続けていけば倒せる筈……」

 

 その言葉が耳に届いたのか。あるいは先程の失態を学習した結果か。バケイカヅチの巨体、そのあちこちが盛り上がると、小さな粒が染み出すように大地へ落ちていく。

 千切られた綿めいた灰色の雲。それは地面に落ちると、人に近い形へ変化した。等身大の雲人。それが何体も何体も、採石場を埋め尽くすほどに。

 雲人の軍勢がまさしく雲霞の如く立ち並んだ。

 

「……うわぁ、これもしかして、アタシが余計なこと言ったから?」

「恨むからね、霞澄」

「でも実際、これどうする~?」

 

 軽口を叩きながらも三人の構えには緊張が走っていた。流石に多すぎる。手が足りない。

 万事休すといって過言では無い状況だった。

 

「どうしよっか……」

『てやんでぇ! だったらおれっちたちがもうちっとだけ力を貸してやろうかい!』

 

 弱音に近い霞澄に答えたのは丘鼬の声だった。

 

「キュウユウ?」

『! あれをやるんだねお兄ちゃん!! やった、やった、やった!!』

『うるせぇぞ坊主! ……お嬢ちゃんたち、心を一つに重ねる準備はいいか?』

「? よく分からない、けど……」

 

 霞澄は二人を見渡す。仮面の下に隠れて素顔は見えない。だが同じ顔が、同じ表情を浮かべている筈だった。

 共に戦う。その覚悟。

 

「いつでもできるよ。だって三つ子だもん」

『ハッ! 粋な返事だねぇ!』

 

 嬉しそうに丘鼬がそう言った瞬間、三人の変身は解かれた。

 

「え?」

「ちょっと~?」

 

 困惑する三つ子を余所に怨面たちは浮き上がると、三人の周囲を見定めるように回る。

 

『おれっちたちは、元々一つの怨面だったのさ』

 

 丘鼬が雲人の軍勢が迫る僅かな時間を利用して語る。

 曰く、三つの怨面は昔一枚の同じ怨面だったそうだ。

 銘は天鼬。それは平安初期に造られた旧き怨面の一つで、強大な力を持っていた。それ故厳しい戦いへと駆り出され、その身を磨り減らしていった。

 いくら超自然の品であろうと摩耗し、衰える。テンユウはいつしか壊れて制御を失い、どれだけの手練れであっても御しきることのできない怨面となってしまった。誰も被れない面では意味がない。天鼬の怨面は一度封印された。

 だがそれを江戸時代にて修復しようとした職人がいた。化神と戦う者たちの為に、一枚でも多くの怨面を拵えようとした者がいた。その為に封印を解き、天鼬を手に取った。

 しかし職人は悩んだ。失われた平安の技術で造られた天鼬の怨面。それを江戸の技術で完璧に直すには何もかもが足りなかった。知識、技、薄れてしまった呪詛。仮に直せたとして、それを制御しきれるのか。

 そこで思いついたのが、怨面を三つに分割することだった。

 

『そうして分かたれたのがおれっちらってことよぉ!!』

 

 職人は初代天鼬の怨面を三つに分割し、それぞれに天鼬、溟鼬、丘鼬と名付けた。そして三竦みとすることで制御を可能とし、見事かつての怨面は中興を果たしたのだ。

 だが一つ一つでは、かつての初代天鼬には遠く及ばないのも確かだった。

 

『だが――』

「……一つに重ねれば、初代の力が出せる?」

 

 霞澄のその言葉に、丘鼬は頷くように傾いだ。

 

『ああ。それでも普通なら強力すぎて制御が効かず、暴走してしちまう。だがよ、お嬢ちゃんたちなら、為せるかもしれねぇ』

「私たちなら……」

「三つ子、だから~?」

『その通りでぇ。意識がバラバラじゃなければ、あるいは。……しかしやっぱり無理かもしれねぇ。暴走の危険は皆無じゃねぇ。それでも、やるかい?』

 

 最後通告のように丘鼬が言う。

 三つ子の答えは、決まっていた。

 

「「「やる!」」」

『――ハッ、良い返事でぇ!』

 

 三つの怨面は、共鳴するように輝いた。回る速度は加速し、さながら光の輪の如く三人を囲う。

 

『我ら、古妖の似姿。三片の合同により、此処に盟約を破棄する』

『これは世を正す戦いである。これは人を救う戦いである。献身の勇者が立ち上がり、民草の自由を守る為の戦いである』

『あらゆる穢れを祓い、洗い清めるが我らの定め。尊き命を賭し、悪辣を滅するが我らの宿痾。故に我ら、その覚悟を以て一つとなろう』

『地よ』

『海よ』

『天よ』

『『『――三界よ、冀う。我ら――三身合一の力を解放せん』』』

 

 三つ子の身体が光に包まれる。否、それぞれが光になり始めたのだ。

 三人は薄れていく己の身体に困惑したが、それが悪しき物ではないと信じ覚悟を決めた表情で頷き合う。

 そして心のままに、同時に叫んだ。

 

『オン・ルドラ・ラン・サンカイ・ソワカ――!』

 

 声が重なり合う。霞澄、日依、静久。三人は完全に光となると、一つに重なった。そして浮遊していた怨面たちは、それぞれ肩と胸に装着される。

 光が晴れた時、そこにはまったく新しい戦士が参上していた。

 

 右肩には溟鼬の怨面。腕は紺碧に彩られた、肩口からは荒波が金糸で綴られし水色の布が外套の如く流れていた。海の力携えし右腕。

 左肩には丘鼬の怨面。腕は金色に煌めき、一の腕には小さくはあるが分厚い黄金の小盾が装備されていた。陸の力得し左腕。

 胸元には天鼬の怨面。胴から足にかけては灰と白に染まっている。着流しのような布鎧には金の雲が今にも動かんばかりに躍っていた。天の力司りし身体。

 そして後ろ腰からは先端だけが黒い白き尻尾が垂れ下がり、腰に巻かれるベルトのバックルは勾玉の形をした黄金の三つ点。

 頭部には新たな仮面を被っていた。灰、紺碧、黄金で縁取られた鼬の面。今までよりどこか厳めしく、そして大人びて見える覚悟の仮面だ。浮かぶ瞳は一切の色が浄化された白。そして頭の後ろからは一本ずつ七色に染まった布が計七本、羽根飾りめいてたなびいていた。

 

 三つの御伽装士が融合せし、テンユウの真の姿。

 その名も。

 

『御伽装士テンユウ・サンカイ! 三身合一、三界制覇の姿をここに!』

 

 三人の意志。三つの怨面。三界を総べし、万能の戦士。

 テンユウ・サンカイが時を超えて降臨した瞬間だった。

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