ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第十話『中沢君と迷惑なメール』②

 結局俺はあの後、高さに気圧(けお)されて、電波塔の上から自分の身体を自由落下させることができなかった。

 ヌルオさんは俺を責めることはなかったが、自己嫌悪でしばらくへこみそうになる。

 電波塔から飛び降りる以外の方法を見つけるため、ヌルオさんは中央区に残って探してくれているが、自分の不甲斐なさを庇ってもらうばかりで申し訳なかった。

 そんな恥ずかしい俺でも学校には登校はしなければならない。

 授業を上の空で聞き、昼休みまでぼんやりとして過ごした。

 そして、昼食を友達数人と机を揃えて食べ終わった俺は屋上へまでやって来た。

 未だ消えかけの名前が残る絶交階段を上り、鉄柵で囲われた縁まで向かうと真下を見下ろしてみる。

 高い。下で動く人たちが手のひらサイズに見えるほどだ。

 だが、中央区の電波塔はこの場所よりも更に高かった。

 高所に対する恐怖を克服するために屋上で訓練しようと思ったのだが、余計に怖くなってしまった。

 

「……あんた、自殺でもするつもり?」

 

 不意に聞こえた声につられて、振り返る。

 入り口の上、塔屋の部分に水波先輩が積み上がった大量の椅子と机を背景に仁王立ちしていた。

 

「水波先輩……。久しぶりですね」

 

 その山盛りに積まれた椅子と机は何なんだろうか。崩れてきそうで大変不安だ。

 

「久しぶり。えーと、中分け?」

 

「……中沢です」

 

「そう、それ」

 

 確かに中分けヘアだけども、その間違え方は酷いと思う。

 もっともこの人的には俺の名前など覚える価値もないのだろうけど。

 本気で心配している訳でもないだろうが、一応、断っておく。

 

「別に自殺するつもりなんてないですよ。ただ、ここより高いところから飛び降りる心構えがほしくて」

 

「えっ……。な、何言ってんの、あんた……」

 

 駄目だ。この説明だと逆に心が病んでおかしくなったように聞こえてしまう。

 事実、水波先輩は引きつった顔でこちらを見つめていた。

 誤魔化さないと……。

 

「バ、バンジージャンプ的な意味合いですよ。バンジー的な」

 

「はあ、そう。まあ、興味ないからいいわ。それよりあんた、暇なんでしょ。ちょっと話聞きなさい」

 

「え、いや、高い場所に慣れるために屋上に来たんですが……」

 

 俺だって転校してきた時とは違う。ノーというべき時にはノーと言える男に……。

 

「 ひ ま よ ねぇ ?」

 

「……すみません、間違えてました。暇でした」

 

 ……なれていなかった。

 恫喝するように見下ろす水波先輩の迫力に屈し、泣く泣く愚痴を聞かせられる羽目になった。

 そこから時間にして二十分近く、友達の秋野かえでという子が勝手に転校して、ろくに連絡もして来ない話を主観マシマシで語られた。

 

「どうせ、レナが何か言っちゃったのよ。レナ、嫌われ者だからね」

 

「はあ……そうなんですか」

 

「そこは否定しなさいよ! 気が利かない後輩なんだから!」

 

 理不尽な理由で切れられ、俺は泣きそうになっていた。

 そんなこと言われても話したのが二回目の異性の先輩に望むような答えを出せる訳がない。

 だが、言われたからには大人しく従うだけだ。

 

「そ、そんなことないですよ。水波先輩は嫌われ者なんかじゃないです」

 

「取って付けたような慰めなんて要らないわ!」

 

 うわぁぁぁぁん。この先輩嫌だよぉ。会話していたくないよぉ!

 思わず、幼児退行しそうなくらい酷い。そりゃ、友達だって疎遠になるのも頷ける。

 

「ふう……。言いたいこと言ってすっきりしたわ」

 

 そうでしょうね。これだけ振り回せば、もう充分ですよね。

 もう残りの休み時間五分しか残っていない。

 これでは訓練も何もないだろう。

 

「お礼にレナが何かしてあげるわ。感謝しなさい」

 

 何も要らないです、と口走りかけたが、それはそれで逆鱗に触れかねない。

 俺は少し考えてから言った。

 

「じゃあ、何か噂話知らないですか? 最近神浜で流行ってる奴で」

 

「何だあんたも噂話を調べてるの? いいわ。別の子にも話した奴だけど。あんた、“透明人間の噂”って知ってる?」

 

 それから話してくれた噂は俺の知らないものだった。

 元々はクラスで存在感が薄いってだけの少女。

 その少女は話すのが苦手で話しかけても曖昧に笑うだけで、ろくな会話が成り立たなかった。

 その内、誰もが少女に話しかけなくなると、次第に身体がどんどん透き通っていき、最後には本当の透明人間になってしまった。

 短めのホラーのような話だが、『会話をしても曖昧に笑うだけ』という部分には親近感が()いた。

 

「そこにいても、誰にも気付かれない。誰にも話しかけられない。空気みたいな、透明な存在。それが“透明人間の噂”」

 

「へえ……。そんな噂があったんですね。ありがとうございます」

 

 お礼を言うと気をよくしたのか、別の話を続けてくれた。

 

「ふふん。まあね、レナは事情通だから。あとは、ひとりぼっちの最果てっていう噂も知ってるわ」

 

「あ、そっちは俺も名前だけは知ってます」

 

 水波先輩は俺に見せるようにスマートフォンの画面を向けた。

 中身にはよくみるようなどこかのサイトでログ化されたスレッド。

 内容としては、“ひとりぼっちの最果てに行く方法”がどうこうと書かれていて具体的なものは一つもなかった。

 だが、最後に『欠けてしまった心を持って。変わってしまった世界を超えて。ひとりぼっちの最果てに来て』という詩とリンクのURLが貼ってあった。

 

「リンク先は?」

 

「サイトはもう消えてたわ。まあ、噂のネタなんてこの程度ってことでしょ」

 

 水波先輩はそう言って、スマートフォンをスカートのポケットにしまった。

 ひとりぼっちの最果てに行く方法。それこそがヌルオさんが言っていた電波塔からの飛び降りなのかもしれない。

 だとすれば、これ以外に方法はない可能性が非常に高い。

 やっぱり、ウワサを消すためには飛ぶしかないのか……。

 

「頑張んなさいよ。飛ぶんでしょ」

 

「えっ……!?」

 

 水波先輩、まさか魔法か何かで俺の心を読んだのか……!?

 内心を見透かされたかと思い、焦った俺だが水波先輩の次の言葉で安心する。

 

「バンジージャンプ。絶対成功させなさいよ」

 

「あ、はい」

 

 この人も大概、純粋な人なのかも知れない。

 そう思うとあんまり嫌いになれなくなってしまった。

 

 

 ***

 

 

 放課後、中央区に再びやって来た俺は、ヌルオさんの姿を探しつつも改めて街並みを見て歩いた。

 銀行、証券会社、商社、新聞社、テレビ局まで、色々な企業が集まっているオフィス街。

 だが、その中に木製の十字架にVの文字を加えたようなものや石碑、ローブを纏う女性の石像などのオブジェがまとめて置かれている場所があった。

 ビル街の真ん中に海外の宗教的な世界遺産をそのまま持ってきたような感じだ。

 現実感のある日常風景に無理やり非日常を取り入れたような、アンバランスな雰囲気が漂っている。

 

「何だ、この場所……」

 

『中沢君。ちょうどいいところに来たね』

 

 脳内に響くヌルオさんの声に反応し、俺は周囲を見渡す。

 すると、建ち並ぶ石像の一体の頭上に黒いウサギの姿があった。

 彼は俺の肩まで降りて来ると、念話で呼びかける。

 

『あそこの端を歩いている子に見覚えがあるだろう?』

 

『あいつは……』

 

 前脚で指された方向には忘れもしないマギウスの翼の天音月夜の顔があった。

 薄紫色の制服を着て歩いている彼女は、こちらに気付いている様子はない。

 

『そして、その少し後ろの物陰』

 

『物陰? ……あ』

 

 天音月夜から少し離れた物陰に、如何にもこっそり後を付けていますといった素振りで歩く環さんが居た。

 俺よりも早く彼女の姿を見つけて、尾行していたのだろう。

 

『中沢君』

 

『分かってる』

 

 俺は身体をヌルオさんに明け渡し、意識を奥に沈める。

 手品師の姿になったヌルオさんは尾行する環さんの後を付けて行く。

 日中だと目立ちそうな見た目だが、幸いにも場違いな状況的なオブジェが乱立するこの地区では死角は山ほどあった。

 環さんは当然、天音月夜にも気取られることなく、二人が建物まで入るところを観察する。

 セントラルタワーの文字が刻まれたプレートを見てから、ヌルオさんは突入した。

 恐ろしいほど長い階段が伸びていて、絶交階段のあの異空間を思い起こさせた。

 まさか現実でもこんなに長い階段があるなんて。

 あのワープじみた空間移動を使えば随分と楽になる気がするが……。

 

「あれは魔力のある空間内でしか使えないよ。空間を否定の魔法で消してゼロにしているだけだから。現実世界じゃ使えない」

 

 現実世界では使えないのか。

 意外に不便だと思ったが、ヌルオさんは言う。

 

「本来、魔法なんてない方がいいのさ。こんな力は()()()()でしかない。人間が人間らしく暮らすには邪魔なものだよ」

 

 淡々とした口調だが、この上ない嫌悪感がその台詞から感じられた。

 だから、彼は魔法を否定するのだろう。

 こんなものはあってはならない、あるべきじゃない。

 だから、ウワサも魔女も魔法少女さえも彼は否定できるのだ。

 馬鹿みたいに長い階段と呆れるほど広い中央スペースを渡り、再度階段を上り続ける。

 ようやく屋上まで辿り着くと、そこはパソコンのペイントツールでカラフルな色彩に変えた異様な世界が待ち受けていた。

 鉄柵の向こうには紐を握ったモノクロの手が生えている。

 一目で分かる異常な空間。

 そこに居たのはフード姿の環さんと横笛を握る天音月夜。

 そして、横顔の肖像が描かれた巨大なブローチに飾りの付いた短冊が合わさったような奇妙なものが浮遊している。

 あれはウワサ……いや、魔女だろうか?

 ウワサは一応は異形だが、それでも形はわかりやすいデザインをしていた。

 しかし、前回のものと同じで、浮かぶそれは言葉で形容することも難しい不可解な姿をしている。

 まあ、どちらにせよ、倒さないとならない存在なのは同じことだろう。

 

「ヌルオさん! どうして、ここに?」

 

「ひっ、顔無し手品師……」

 

 ヌルオさんの登場で驚く環さんに青ざめる天音月夜。

 だが、一早く立ち返ったのは天音月夜の方だった。

 

「こ、ここで会ったが百年目でございます!」

 

 前と同じように魔女を操っているようで短冊部分から伸びた黒い蔦状のものがヌルオさんへ伸ばされる。

 伸びた何本もの黒い蔦状の触手が彼を襲うが、それらが届く前に打ち振われたステッキが触れた場所から消し去っていく。

 掠ることなく、掻き消えるそれは修正液をかけられた書き損じのように見えた。

 

「これならどうでございますか?」

 

 巨大なウニのような棘だらけの球体がいくつも放たれ、飛んでくる。

 即座にステッキを大きな布に変えたヌルオさんは、それを広げて転がってくる巨大ウニに被せるように覆ってみせた。

 言うまでも跡形もなく、布地に消えて、何も残らない。

 

「くぅっ。かくなる上は……戦略的撤退でございます!」

 

 魔女を残して逃げ去ろうとする天音月夜。

 

「何度も逃がすと思う?」

 

 しかし、そう易々と逃亡を許すほど、ヌルオさんは甘くはなかった。

 投げられた黒いステッキが彼女のすぐ隣で開いて布になる。

 そして、布の中央から白い手袋をした腕が飛び出した。

 

「ひぃぃぃ!」

 

 腕に肩を掴まれた彼女は悲鳴を上げながら、布の中に引きずり込まれ――。

 ヌルオさんが手を差し入れていたシルクハットの内側から、引っ張り出されるように取り出される。

 明らかに彼女の身体よりも小さな隙間から、少女の身体が引き出さられるとヌルオさんはシルクハットを頭に被り直す。

 これもさっき話してくれた空間の否定というだろう。

 現実世界では使えないが、この異空間内部ではヌルオさんの魔法は十全に発揮することができる。

 司令塔を失って暴れ出す魔女は無茶苦茶に伸ばした触手を環さんへと伸ばすが、ヌルオさんの手から投げ放たれた黒いステッキが肖像のブローチを貫通する。

 同時に異常な背景が消え、夕焼け空が顔を出した。

 

「あの、今回も助けてくれてありがとうございました」

 

 助けてもらったことにお礼を言いつつ、何でこのタイミングで突然現れたのか少し釈然としない表情を浮かべていた。

 

「礼には及ばないよ。それの代わり少し手伝ってもらえる?」

 

 地面に座り込んで、怯えた表情をしている天音月夜に目を向けながら、ヌルオさんは含みを持たせて答えた。

 その後、少し離れてから環さんに小声で相談をする。

 

「ご、拷問の相談でございますか……?」

 

 目の前で行われる密談に恐怖する天音月夜は二人に尋ねるが、それに答える者は居ない。

 だが、話された内容は拷問などではなかった。

 

「これからちょっと交渉術をこいつにかけて情報を引き出す。良い警官(グッドコップ)悪い警官(バッドコップ)って奴なんだけど知ってる?」

 

「し、知らないですけど、私に協力できることあるんですか?」

 

「別に難しいものじゃない。僕が悪い警官(バッドコップ)……つまり、相手を否定して敵になる役をする。君は良い警官(グッドコップ)、相手に共感して味方になる役をする。僕はあいつを傷付けて、不安や反感を引き出すから、君はちょうどいいタイミングで共感して助け船を出すんだ。ここまではいい?」

 

「はい。つまり、私はあの子に優しい言葉をかければいいんですね?」

 

「グッド。呑み込みが早くて助かるよ」

 

「でも、よかったです」

 

「何が?」

 

「ヌルオさんがあの子に酷いことをする気じゃないみたいで。本当に拷問とかするつもりなら、私にこういうことをさせる必要ないですし」

 

「……これだから根が善人の子は。拷問で苦しみから逃れるために適当なこと言われても困るから、こっちにしただけだよ」

 

 僅かに言い淀んだ後、ヌルオさんは少し早口で誤魔化すように言い切った。

 その態度がおかしかったのか、環さんは笑みをこぼした。

 

「ふふ……。なんか、ちょっとだけヌルオさんのこと、分かったような気がします」

 

 二人の密談が終わった後、改めて警戒心と恐怖で震える天音月夜に向き直る。

 隣に並ぶ環さんはさっきのヌルオさんの素直じゃない答えがよほどおかしかったのかまだ少し笑っていた。

 

「ひいっ、この状況で笑っているでございます……恐ろしいでございます……」

 

 天音月夜は、ヌルオさん以上に笑う環さんの反応に恐れ(おのの)いていた。

 確かに拷問する相手が睨んでいる時よりもにこやかに笑っていた方が怖いのは分かる。後者の方が何考えているのか分からないので遥かに怖い。

 大丈夫だろうか。バッドコップとクレイジーサイココップになっていないだろうか。

 

「さて、知ってることを洗いざらい話してもらえる? どうしてこんな場所で魔女なんか出して何をしていたの?  “ひとりぼっちの最果てのウワサ”に関係しているの? それが魔法少女の解放とやらにどう関連してる訳?」

 

「……これが必要なことだからでございます。それ以上はお答えすることはできないでございます」

 

 この期に及んで情報をひた隠しにする。

 それが白羽根としての矜持なのか、純粋に話してしまったことで組織を追われることを恐れているのかは、俺には判断できなかった。

 

「そう。言えないんだね。じゃあ、君のそっくりさんに聞こうか。少し君より体形が幼かったから妹さんかな? 彼女だったら僕らの質問に答えてくれそうだなぁ?」

 

 (いや)らしく語調を伸ばして、ヌルオさんはそう告げる。

 

「月咲ちゃんには手を出さないで! それだけはやめてほしいでございます! あの子は……たった一人だけの大切な妹なのでございます!」

 

 必死で妹だけは守ろうとする天音月夜に環さんは思うところがあるのか、同情的な視線を向けていた。

 だが、更にバッドコップの否定は続く。

 

「大切な妹、ね。そうかそうか、それなら大事にしたいだろうね。……ところで話は変わるけど、君らが守るウワサが(さら)った一般人の中に誰かの大切な妹は居なかった?」

 

「……っ、それは」

 

 天音月夜の顔色が変わった。

 

「姉を信頼する優しい妹は? 妹を大切に思う姉はどう? そういった優しくて思わず守りたくなるような子たちは、君らが間接的に行方不明にさせた人間の中に一人たりとも居なかったって聞いてるんだよ……」

 

「…………」

 

 二の句が継げず、俯く彼女を完全に否定し尽くす言葉が降り注ぐ。

 

「都合のいい時だけ、まともな人情ひけらかすんじゃない! 誰かの大切な家族を奪っておいて、自分の家族には手を出さないで? たった一人の妹を守りたい? ははっ、笑わせてくれるね」

 

「そんな……私はっ」

 

「言ってあげなよ。今も泣きながら帰らない家族の無事を祈っている人たちに。『あなたたちの家族はもう永遠に帰ってきませんけどぉ! 私は大切な妹を、いつまでもいつまでもぉ、守り続けていきますぅ!』 ってね」

 

「そこまで、考えていた、わけ、じゃぁ……」

 

 否定するための苛烈な台詞。

 けれど、それは決して偽らざるヌルオさんの本音なのだろう。

 俺は間違っていた。あの時、新聞の記事で心を痛めていたのは俺以上に彼の方だったのだ。

 それを“俺のウワサと戦う気概を確かめたかった”なんて、勘違いも(はなは)だしい。

 だが、それを俺は呑み込んだ。

 これは交渉術。相手の口を割らせるのが目的なのだ。

 ちらりとヌルオさんの視界が環さんに向けられる。

 今だよ! 環さん。優しい言葉で彼女を懐柔させるんだ!

 期待を込めて、環さんを見つめる。

 彼女の唇から流れ出る言葉は……。

 

「許せない、です……そんな風に誰かの大切な家族を奪ったかもしれないのに、知らないなんて言葉で済ませるのは……」

 

「ちがっ、わた……」

 

 天音月夜をまっすぐな怒りが追い詰める。

 真摯な環さんの言葉は彼女の心を矢のように穿(うが)ち、滝のように流れ出す涙でまともに喋ることもできない。

 ……あれ?

 何かおかしいぞ。優しい言葉をかけるはずのグッドコップはいずこ?

 

「そんな風に人の命を、弄んで……あなたたちマギウスの翼は!」

 

「ストップストップ。ちょっとあっちで話そうか。環さん」

 

 ヌルオさんの制止が入り、怒りで震える環さんの背中を押して強制的に二人を引き離した。

 再び、小声での密談を始める。 

 

「……何で追撃したの? 君の役目はグッドコップだよね? 共感しながら優しい言葉をかけるんだったよね?」

 

「できませんでした……。私にも『うい』って妹が行方不明で、今もその子を探しているですけど。もしウワサにういが被害にあってたらって思ったら怒りが込み上げてきて……」

 

 そうだったのか。

 心情を考えれば、無理もないが、それでもまさか温和そうな環さんがここまで人を否定する言葉を吐くなんて思いもしなかった。

 多分、ヌルオさんですら完全に予想外のできごとだったのだろう。

 配役をミスした映画監督ばりに額を押さえている。

 

「よし、じゃあ、役割を交代しよう。今度は君がバッドコップで、僕がグッドコップだ。いいね?」

 

「はい。それなら……できそうです」

 

 しゃくり上げて泣いている天音月夜の傍にそそくさと戻った二人は、テイク2とばかりに話し始める。

 

「ねえ、君」

 

「なっ、ひっく、なんで、ひっく、ござい、ますか……? これ以上、ひっく、わたしを、ひっく、追い詰めたいで、ひっく、ござい、ひっく、ますか……?」

 

「さっきは言い過ぎたよ。何も知らなかったんだよね? それに君らの組織全体でやったことを、まるで君一人のせいにしたのも間違ってた。お互いによく知らないから、きつい言い方になっちゃったんだ。ごめんね」

 

 まずは先ほどのことを謝罪し、相手を落ち着かせることから始める。

 隣に回って屈みこみ、(なだ)めるように声音で話すヌルオさん。

 

「君一人の責任じゃない。組織の決定に個人の意思が挟めないこともあるだろう。だからね、僕は君のことが知りたいんだ」

 

「私の……?」

 

「そう、君のこと。それから君がしてきたこと。これからしようとしていること。それを教えてほしい。その後、僕のことを話すから」

 

「それなら……あ。で、でも……そうしたら、私、大目玉を喰らってしまうでございます……」

 

 穏やかで優しい話し方にあれだけ酷い言葉のナイフで滅多刺しにされた天音月夜も段々と気が緩んでいく。

 声音だけじゃなく、息継ぎの仕方。話題のずらし方。すべてが計算されたかのような完璧な喋り。

 思惑が分かっている俺ですら感情が穏やかになっていくのを感じるほどだ。

 

「そっか。それじゃあ、話せないよね」

 

「はい……申し訳ございません」

 

 そこでヌルオさんはちらりと環さんに目配(めくば)せする。

 そうか、ここで「何で話せないの!」と環さんが怒りをぶつけることで、天音月夜を脅し、そこに優しくヌルオさんが付け込むつもりだ。

 よし! 今度こそ頼んだよ、環さん!

 

「そうですよね。無理強いはできないですよね」

 

 ほんわかした表情で話に入ってくるグッドコップ。

 あれ、グッドコップ!? グッドコップ二人居るよ! バッドコップはどこ? 帰っちゃったの!?

 和やかな雰囲気で形成される三人。

 

「ちょっとごめんね。環さん……こっち」

 

「あ、はーい」

 

 また天音月夜と若干離れた位置で二人が密談を始める。

 ヌルオさんは僅かに苛立ちを交えた声音で静かに聞く。

 

「……何で追従したの? 君の役割バッドコップだったよね? さっきまでの怒りはどこへ消えたの?」

 

「いや、ヌルオさんの話を聞いていたら、確かに言い過ぎたかなって思って。さっきまで感じていた怒りがスッと落ちていって」

 

「落とすな。大事に抱えてろ」

 

「でも、私、そこまで怒るの得意じゃなくて」

 

「……じゃあ、何でバッドコップやるって言ったの?」

 

「あの時の私ならできるかなって思ったんです」

 

 申し訳なそうに環さんは頬を掻いた。

 その気持ちは分からなくもない。

 話術によって感情がコントロールされたのは天音月夜だけではなく、環さんや俺も同じだった。

 事実、ヌルオさんの扇動力(せんどうりょく)があまりにも強すぎて、俺もまたさっきまで感じていた天音月夜への怒りが薄れかけている。

 元々、怒りを持続させることに慣れていない人間なら尚更だろう。

 ヌルオさんは再び、頭を抱えた。

 

「拷問しよっか、もう……」

 

「諦めないでください。ヌルオさんなら絶対できます!」

 

「できてないの君だけどね。じゃあ、もう見てるだけでいいから」

 

「はい。お願いします」

 

 もはや刑事役でもなくなった環さんを連れて、再度天音月夜の近くに戻る。

 彼女は逃げ出そうする素振りも見せず、下手をすると待っていたかのようにヌルオさんに話しかける。

 

「私は天音月夜でございます。マギウスの翼の幹部、白羽根をしているでございます」

 

「……ああ。ひょっとして怒られない範囲で話そうとしてくれてる?」

 

「はい! 筝曲(そうきょく)、毛筆、舞踊などの稽古に勤しんでおりまして、いずれも優秀な成績を収めているのでございます。水名女学園でも筝曲部の部長を務めていて……」

 

 プライベートなことをやたらと語り始めていた。

 ひょっとしてダブルコップ攻撃によって、感情が乱高下して、思考がバグってしまったのかもしれない。

 これは逆にチャンスなのでは……?

 ヌルオさんもそう考えたようで、優しい声で相槌を打ち、自己紹介を交えながら、徐々に話題を変えていく。

 

「僕はヌルオ。よろしくね。天音さん」

 

「はい。あ、私は月咲ちゃんと違って、離婚した母親に引き取られたので本名は明槻(あかつき)月夜でございます」

 

「じゃあ、明槻月夜さんだね。複雑な家庭事情みたいだけど、妹さんと仲良さそうでよかったよ」

 

「はい! 月咲ちゃんは私にとって唯一の存在でございます!」

 

「でも、本名も悪くない名前だね。月が二つも入っている上に呼び方も合わせると三つになる」

 

「ああ、そう言われるとそうでございます!」

 

 嬉しそうに他人にそう簡単に教えてはいけない事情までもペラペラと話している。

 それを自然に受け答えしつつ、相手の喜びそうな言葉を選びながら、ヌルオさんは会話を操作していた。

 

「それで何で今日はここに来たの? 今日はせっかくの習い事がない日なんだろう」

 

「セントラルタワーの屋上の管理は私と月咲ちゃんに一任されているので、見回りをしないといけないでございます」

 

「それは大変だね。ゆっくり休んでいたい時だってあるだろうに。何かの管理? 頻繁にやらないといけないことなの?」

 

「はい。そうなのでございますよ、ヌルオさん! 何しろここは……」

 

「ここは?」

 

「“ひとりぼっちの最果ての出口”でございますから」

 

 核心に触れるような台詞が彼女の口から出る。

 環さんが思わず、口を挟ませようとするがそれを視線で制して、ヌルオさんは何気ない態度で話を続けた。

 

「へえ。出口ってことは入口にもなり得るってこと?」

 

 離れたヘリポートの中心に二本脚で立ってる奇妙なパラボラアンテナの方を向いて言う。

 

「そうでございます。そこの電波塔から飛び降りさせるための引き寄せアンテナの管理も私たちの役目でございます」

 

「ああ、あの二本脚が付いたアンテナね。なるほどね、確かに定期的に人が飛び降りに来ないと成り立たないウワサだもんね。自殺志願者が居ない場合はどうするのかと思ったけど、故意に装置で引き寄せて、飛び降りさせてたんだ。頭いいね」

 

 そこまで言ってしまってから自分が取り返しのつかないことを話していることにようやく、気付いた様子で硬直する。

 引きつった顔でヌルオさんと環さんの方を見つめた。

 

「あの、その……このことは……」

 

 俺にはヌルオさんがどんな顔をしているのか分からない。せいぜい視線の向きが分かる程度だ。だが、今回はとても邪悪な笑みを浮かべていそうな、そんな気がしていた。

 

「貴重なお話ありがとう。水名女学園筝曲部(そうきょくぶ)部長、明槻(あかつき)月夜(つくよ)さん」

 

 




今回手間取ったのがアニメ十話に出てきたアンテナの存在がいまいちよく分からなかったことでした。
アニメ感想で考察をしているサイトを見て、ようやく把握できましたが、初見だとよく分からない部分が多いです。

なので、若干違っても許して頂けると幸いです。

※ウワサに関しての被害を行方不明という形に修正しました。
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