ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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特別編『中沢君とウワサの亡霊』⑨

「……俺にどうしろって言うんですか?」

 

「そう難しいことじゃないわ。この部屋の中央にある低い台座があるでしょう。そこへあなたが持っている彼の一部を載せなさい」

 

 八雲さんはそう言って、部屋の中央を指差した。

 視線を向けると、確かに魔法陣の中心に背の低い台座らしきものが安置されている。

 俺はゆっくりと台座の方へと歩み寄って行く。

 

「|中沢!|」

 

 桜子さんが呼び止めようとしたが、それを(さえぎ)るように篠目さんと佐和さんが立ち塞がる。

 

「|……どいて|」

 

「申し訳ありませんが、それは出来かねます」

 

「ふんふふっふ。ふんふっふふ!」

 

「『ごめんね。だけど、ちょっとそこで大人しく見ててね』と申しております」

 

「そういうことや。元気な子を見るんは好きやけど、あんまりはしゃぎ回られると……困るしなぁ。ほな、こういうのはどうや?」

 

 メディロスさんが指を鳴らすと、桜子さんの足下から(よど)んだ銀色の鎖が生まれ、彼女の手足を拘束する。

 両手両足を鎖で繋がれた桜子さんはすぐにそれを引き剥がそうと手を伸ばすが……。

 

「|この鎖……振り解けない……。まさか、この魔力は|」

 

「分かるやろ? その鎖はどれだけの魔力を使こうても『ウワサ(アンタ)』には絶対解けんようになってる。この塔に満ちる“銀羽根の魔力”はそういう性質のもんなんや。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 メディロスさんは眼鏡のツルを指で持ち上げ、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「|……! じゃあ、私も今までのウワサたちのように……|」

 

 俺も足を止めかけたが、一転して朗らかな声音でメディロスさんは手を広げておどけてみせた。

 

「安心しぃや。流石の私もそこまで鬼やあらへんて。ちゃあんと混ざらんよう調整しとる。大人しゅうしてくれれば悪いようにはせえへんから」

 

 少なくともこの場で桜子さんをどうこうするつもりはない様子だった。

 ほんの少し後ろ髪を引かれたが、桜子さんが三人の魔法少女に足止めされている内に、台座の(もと)まで辿り着く。

 間近で見ると、台座の中央は小さな(くぼ)みがあり、そこから細い溝がいくつも広がっている。

 溝は台座の上だけなく、床の大きな魔法陣とも繋がっていた。

 この窪みに黒い宝石を()め込めば、否定の魔力が溝を通って流れ出すのだろう。

 そうすれば……。

 

 そうすれば、もう一度ヌルオさんに──会える……!

 叶うのなら、また会いたい。

 会って話したい。

 話したいこと、聞いてほしいこと、数えきれないくらい沢山ある。

 そして、また。

 

 逃げそうになる俺を(しか)ってほしい。

 

 めげそうになる俺を勇気づけてほしい。

 

 倒れそうになる俺を支えてほしい。

 

 迷いそうになる俺を導いてほしい。

 

「俺は……俺は心の底でずっと願ってた。もう一度、ヌルオさんに会うことを」

 

 白い手袋に覆われた俺の指が、蝶ネクタイに付いた黒いブローチに触れる。

 

「|中沢! だめ、やめてっ。それだけはやめて!|」

 

 後ろで桜子さんが彼女らしくない大声をあげた。ジャラリと彼女を留める鎖が鳴る。

 俺の(そば)に立つ八雲さんは薄く口元を引いて、見守っている。

 その瞳は仄暗(ほのぐら)い期待の光で満ちていた。

 

「その願い、すぐに叶うわ。あなたが失ったすべてを取り戻せる」

 

 

「……いいや、それは叶わないよ」

 

 

 手元にトンファーを具現化させ、台座へと力の限り振り下ろした。

 鈍い音と共にトンファーが窪みを抉るように突き刺さり、溝が(ひび)割れへと変わる。

 否定の魔力ではなく、強化された純粋な筋力が、台座を粉々へ叩き割った。

 破片が足元に散らばる。消えることも、分解されることもなく、瓦礫(がれき)として転がった。

 

「な、ぜ……?」

 

 両目を限界まで見開いた八雲さんが驚愕に染まった顔を向けていた。

 驚きは、一瞬で怒りへ、そして憎悪へと変化する。

 激しい憎しみの籠った視線をぶつけ、牙を剥く肉食獣のように獰猛に叫んだ。

 

「どうして!? どうしてっ、すべてを……すべてを取り戻せるチャンスだったのに!?」

 

 俺はそれを静かに見つめ返す。

 心は驚くほど落ち着いていた。

 だけど、同時に酷く熱い感情がまっすぐ広がっていた。

 

「もう、持ってる」

 

「…………っ!?」

 

「俺は、何も失ってなんかいない」

 

 この塔を上って、今まで戦ってきたウワサともう一度向き合って、思い出した。

 ヌルオさんとの記憶を。かけがえのない記録を。

 

「ヌルオさんからもらったものなら、俺の心にしっかり刻まれている。だから、俺は……何一つ失くしたものなんてないんだ!」

 

 ここに、この場所に立っている俺自身がヌルオさんが遺してくれたものだったんだ。

 それを理解しようともせず、俺はやる気をなくして、勝手に不貞腐(ふてくさ)れていた。

 もう(そば)に居てはくれないけど、まだ俺はあの人と一緒に戦っている。

 

「……何を言ってるの。話を聞いていなかった? あと少しで彼を蘇らせることができたっていうのにっ」

 

「死んだ()()は生き返らない。ヌルオさんはあの時に死んだんだ。それを無理やり捻じ曲げようとするなんて、そんなの、ただの命の冒涜(ぼうとく)だ」

 

 電池入りの玩具みたいに(もてあそ)んでいいものじゃない。

 どれだけ大切だったとしても、そんなモノのようにヌルオさんの命を扱う八雲さんの行動は認められない。

 

「レコードが、彼の意思がこの場所に眠っているのに、それを見す見す諦めろって言うのっ!?」

 

あの人の意思(レコード)なら(ここ)にある。今だってちゃんと回ってる。八雲さん。アンタは違うのかよ?」

 

 俺が知らないヌルオさんとの思い出だってあるはずだろう。

 どうして、それを大切にできなかったんだよ。

 八雲さんには八雲さんだけのレコードがあったのに、どうしてその価値を信じてやれなかったんだよ……。

 こんな滅茶苦茶な方法を取る前に誰か教えてやらなかったのかよ!

 

「……あなたに、あなたに何が分かるっていうの!? 魔法少女(わたしたち)の絶望を知って、避けていたあなたにっ!」

 

 興奮した様子で感情的に叫ぶ八雲さんに、俺は歯噛(はが)みした。

 ……ああ、そうか。

 誰か教えてやらなかったのか、じゃない。

 どれだけ他人事なんだ。

 この期に及んで俺は、八雲さんの気持ちを知ろうともしていなかった。

 彼女の傍には居なかったんだ。

 同じ喪失感でうちひしがれる誰かが。同じ苦しみで前に進めなくなる誰かが。

 同じ悲しみを共有し合える誰かが。

 ……俺が、せめてヌルオさんの宝石を手に入れた時に会いに行っていれば、ここまで八雲さんが凶行に走ることもなかったかもしれない。

 そう思うとやるせない。

 

「八雲さん。俺は……」

 

「要らないわ。あなたの弁明なんて聞く気も起きない。興味ないもの。だけど、……そうね。最後にあなたへ一つ意趣返しをするのも悪くないわぁ」

 

 俺の言葉を遮って、八雲さんは片手を真上に挙げた。

 その瞬間、天井がボコボコと泡立つように膨らんでいく。

 それはさながらストローから息を吹き入れたシェイクにも似た光景だった。石造りとは思えないほど、容易く天井は流動的に変形する。

 メディロスさんはそれを見て、苦虫を嚙み潰したような顔を作る。

 

「みたま……何やってんねん。“銀羽根”はまだ最終調整が終わってへんやろ! 顔無し手品師が手に入らんくても、中核を別のもんで代用して計画を練り直せば、まだドッペルシステムの再構築は……」

 

「そんなもの、どうだっていいわぁ。私が欲しかったのは()だけだもの。もう手に入らないなら、何もかも台無しにしようってだけよ」

 

 非難の声をどこ吹く風で受け流し、八雲さんは自暴自棄な笑みを浮かべる。

 大きく舌打ちを打った後、メディロスさんは二人の魔法少女へ目配せをした。

 言葉なく、同時に頷いた篠目さんと佐和さんは即座にその場から離脱し、部屋の端にある壁に触れる。すると、緩やかに壁の形が変わり、扉一枚分くらいのトンネルが現れた。

 篠目さんが一瞬だけこちらを振り返り、胸の辺りを押さえたお辞儀(じぎ)をして、佐和さんと共にそこから去って行く。

 一人残ったメディロスさんは八雲さんを冷めきった目で(にら)み付けた。

 

「アホの癇癪(かんしゃく)には付き合ってられへん。みたま、ピュエラケアの調整屋としての依頼はここまでや」

 

「どうぞ、お帰りください。先生。引き止めるつもりはありませんよ」

 

「ボケが。そうやないやろ。ささっと報酬払わんかい。こっちの目的はおじゃんになってもうて、この上タダ働きまでさせられたら堪らんわ」

 

 八雲さんは片腕を挙げたまま、面倒そうに上着の内側を漁り、グリーフシードを三つ取り出すと視線すら向けずにメディロスさんへ投げ渡す。

 

「……おおきに。最後に忠告したる。私らみたいな魔法少女が何か執着したって身を(ほろ)ぼすだけやで」

 

「ご忠告どうも。御帰りはあちらです」

みたま

 小さく鼻を鳴らした後、視線を俺へ移してメディロスさんは尋ねた。

 

「中沢くん。アンタは何でみたまを黙って見とるん? 今、どついたら“銀羽根”が形成する前に止めれるで」

 

「止めますよ。でも、それは八雲さんの全力を出した後です。八雲さんの全力に、俺の全力をぶつけて、止めます。じゃないと、きっとお互い胸につかえたものが取れませんから」

 

「何じゃそら。ま、別に私は止めへんけど。おっと、その前に」

 

 彼女はパチンと指を鳴らす。

 すると、桜子さんを縛っていた鎖がドロドロに融けて、床に染みこんだ。

 

「|鎖が……|」

 

「それじゃ、私らはこれで帰らせてもらうわ」

 

 壁にできたトンネルから退出しようと背を向けたメディロスさんに俺は声をかけた。

 

「メディロスさん」

 

「何や?」

 

「あなたも神浜市でまだ何か企んでいるなら、それも俺が止めます」

 

「ふっ、ええよ。みたまの癇癪でこの街が滅んでなかったら、やけどな」

 

 立ち去ったメディロスさんから、俺は八雲さんへと目を向ける。

 彼女は煮え(たぎ)るような怒りの色で俺を突き刺す。

 

「……随分と舐められたものね。だったら、お望み通り、私の全力の憎しみ、その身で受け止めなさい!」

 

 床が揺れる。壁が(きし)む。

 空間全体が振動を発するように捻じれていくのが分かる。

 魔力の流れが収束し、一つの形を作り上げる。

 天井から生み落とされたそれは俺の前へ降り立つ。

 くすんだ銀色の仮面。白銀のローブ。

 魔法少女の救世主にして、虐殺者。

 唯一の人工魔法使い(ファントム)

 俺の親友が残した絶望の幻影。

 ──銀の魔王がそこに居た。

 

「……『銀羽根』!」

 

 表情をもたない銀の仮面が、機械仕掛けの人形のように不自然な挙動で頭を曲げた。

 

『アアアアアアアアァァァァァァァ!!』

 

 破裂音にも似た叫びを(ほとばし)らせる。

 (ひるがえ)ったローブの真下から濁った銀の糸鋸が跳ねるよう飛び出し、俺へと振り下ろされた。

 とっさにトンファーでそれを受け止めた。

 重い一撃。僅かでも気を逸らせば、途端に膝を突きそうになるほどだ。

 だけど、これが黒羽根の魔法少女たちが望んだ存在で、八雲さんの全力の憎悪。

 だったら、それは……。

 身体を捻り、力の向きをずらして受け流す。同時に逸れた銀羽根の胴へ前蹴りを打ち込んだ。

 

「俺が、全力で否定してやらないといけないよなぁ!?」

 

 後退(あとずさ)りよろめくが、銀羽根は倒れることなく、糸鋸を構える。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァアアアアアアア──!!』

 

 理性なく()える魔王に、萎縮しかける心を奮い立たせ、俺は笑う。

 あえて、笑う。

 負けないように。大丈夫だって自分に言い聞かせるように。

 

「亡霊退治だ! かかって来いよ!」

 

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