ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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特別編『中沢君とウワサの亡霊』⑩

 それは酷く幻想的な光景だった。

 澱んだ銀の魔力が大小様々な刃になって空間を駆け巡る。

 さながら、それは凶器で再現した桜吹雪。だが、どれだけ美しく見えても本質は触れるものを全てを斬り刻み、融かし尽くす殺意の花弁。

 刃の一片一片が即死をもたらす死神の指先。捕まったら最後、文字通り跡形もなくなる。

 俺は魔力の流れを読み、接近する刃をどうにかトンファーで消滅させ、距離のある刃は何とかコインで迎撃する。

 攻勢に転じる余裕なんて欠片(カケラ)もない。紙一重の防戦だ。

 加えて更に刃の嵐の中、銀羽根の糸鋸が俺を襲う。

 

『ァァアアアアアアアアアアアアァァァアアアアアアアア──!!』

 

「くっ……」

 

 宙を舞う刃は銀羽根の身体をすり抜けて、俺の元まで飛来してくる。

 俺にとっては一発でも当たれば終わりの刃の吹雪も、向こうにとっては何ら影響を受けない背景のようなもの。

 こちらはトンファーで糸鋸の斬撃を受け止めると、同時に飛んでくる刃の対処もしなければならない。

 

「あらあらぁ。さっきまでの威勢はどこに行ったのかしらぁ? でも、情けなくて臆病なあなたにはお似合いよ、中沢君」

 

 銀羽根の肩越しに安全圏まで離れていた八雲さんの(あざけ)りが見えた。

 俺が手も足も出ない様を眺め、激しい怒りと暗い喜びが同居した表情を浮かべている。

 

「あなたは彼とは違う。彼のような圧倒的な魔力の強さもなければ、知略に満ちた戦術もない。彼の力がなければ何にもできない。無力な子供。それがあなたよ。中沢君」

 

 苦笑いが漏れた。

 ……ああ、そうかもな。

 俺も思うよ。ずっと思ってるよ。

 俺とヌルオさんの違いなんか嫌になるくらい感じている。

 でも、その違いは八雲さんの言うようなものとは違う気がする。

 もっと違う場所にあるもの……。

 銀羽根の猛攻をギリギリで防ぎながら、キレーションランドでの戦闘を思い出す。

 あの時、ヌルオさんは完全に場を支配して、上条の攻撃を(さば)き切っていた。

 彼の中で見ていただけだった時ですら神業のように感じたが、自分でやる羽目になってますます凄さを理解させられる。

 魔力や戦術が、じゃない。そんなものは些細(ささい)な違いでしかない。

 致命的な差を感じるのは度胸。

 恐怖を捻じ伏せ、前に進もうとする強い意志。

 そうだ。俺とヌルオさんを大きく(へだ)てるのは覚悟の差だけだ。

 それなら。

 それなら、あの人はどうやってその覚悟を持ったのか。

 

 ──……そうか。

 

 カチリと頭の中で何かが噛み合う音がした。

 今までの知識が、これまでの経験が、パズルのピースのように当てはまっていく。

 ヌルオさんを神聖視して、必要以上に自分を卑下していた頃の俺には分からなかったが、今なら分かる。

 きっと、あの人も同じだったんだ。

 恐怖や絶望を感じなかったはずがない。

 最初から特別だった訳じゃない。

 特別で()()()としたから、特別に()()()

 だったら、俺にも同じことができる。

 できるはずだ。

 だって。

 

『君になら必ずできる……ううん、きっと君にしかできない』

 

 ヌルオさんが言ってくれたから。

 

『信じてるよ、中沢アキラ君』

 

 信じて託してくれた想い(チカラ)があるから。

 

 そう思った瞬間、俺の感覚が大きく広がった。

 周囲を取り巻く魔力の流れが手に取るように分かる。

 視線を向けるまでもなく、死角から飛来する刃を親指で弾いた数枚のコインで消滅させる。

 飛び掛かる銀羽根の一刀を左手のトンファーの表面で滑らせて受け流し、右手のトンファーで反撃の一打を放つ。

 次の動作が自然と頭に浮かび、それに合わせて身体がなだらかに動く。

 カウンター気味に放った打撃は銀羽根の仮面へと吸い寄せられる。

 殴打の感触がトンファーを通して、俺の指先に伝達される寸前、銀羽根は大きく後退させた。

 結果、俺の反撃は僅かに仮面を掠めただけに終わる。

 だが、それは初めて銀羽根が明確な回避行動を取った瞬間だった。

 距離が開いた隙を見逃しはしない。すかさず、周囲の刃をばら撒いたコインで撃墜し、銀羽根の布陣を一掃する。

 

「何が……変わったっていうの?」

 

 思わずこぼしたような八雲さんの呟きに俺はこう返す。

 

「何も変わってないですよ。ただ、思い出しただけ。ヌルオさんが俺にくれたものの意味を」

 

「……何もできない無力なあなたが、調子に乗らないで!」

 

 八雲さんが腕を振るう。

 前に立つ銀羽根は連動するかのように背中から銀色の輪を生やした。

 透明な入れ物に注がれた水銀みたいに緩やかに銀羽根の背後で浮かぶ歯車。

 直立していた澱んだ銀色の姿が()()()。魔力で強化された視界でさえ残像しか追えない。

 超高速移動。

 キレーションランドの大聖堂で上条が見せた能力。

 ヌルオさんすら最後まで攻略できなかった圧倒的な速度。

 

「だけど、それも上条が使ってこその力だ」

 

 銀の刃を片付ける際に、多めにばら撒いたコインを魔力の流れに沿って発動させる。

 

『アアアァ……!?』

 

 宙を駆け巡る銀羽根を真下から襲う、否定の魔法の地雷原。

 どれほどの力を得ても警戒心を忘れなかった上条であれば、決して通じなかった小細工だ。

 そして、致命傷に届かない攻撃で立ち止まるようなミスも、あいつなら絶対に犯さなかった。

 超高速移動を止め、下から攻撃を防ぐために防御姿勢になっていた銀羽根を俺は逃さない。

 トンファーを握り締め、俺の右斜め後方の宙に留まる銀羽根へ向けて、跳んだ。

 

「っ、……融合の魔法で防ぎなさい!」

 

 八雲さんが魔法を使って防御の指示を出す。

 言われるがまま、銀羽根は俺から身を守るために触れたものを融かす銀の防壁を張った。

 本物の銀羽根なら絶対にしない二度目のミス。

 銀の魔法と超高速移動は併用できない。銀羽根は回避という選択を失った。

 

「上条なら、確実にここで反撃に打って出てましたよ」

 

 左手のトンファーを数枚のコインに変え、指先で弾く。

 防壁に衝突する寸前にコインが消え、防壁の内側へとワープ移動する。

 『メルティング・ポイント』。

 ありったけの否定の魔法を込めたコインが銀の防壁をすり抜けていく。

 地面に俺の足が降り立った時──、防壁が融け崩れ、銀色の身体が落下した。

 

「……あり得ない。あり得ないわ。彼すら倒した銀羽根が中沢君に負けるなんて……」

 

「八雲さん」

 

「……っ」

 

 狼狽(うろた)える八雲さんに俺は静かに語りかけた。

 

「俺だって分かりますよ。頼りになる誰かに手を引いてもらいたいって気持ち」

 

「何を、言ってるの?」

 

「本当は辛くて、虚しくて、何もする気が起きなくて。そんな時、またあの人が手を差し伸べてくれたらって、ずっと心の底で思ってた」

 

 銀羽根を再び望んだマギウスの翼の魔法少女たちもきっと同じだったはずだ。

 傷付いていたんだ。

 心の中身がボロボロになって、自分一人では歩けなくなっていた。

 そんな時にかつて自分を導いてくれた誰かを求めるのはごく普通のことだ。

 

「でも、こんな方法は間違ってる。傷ついてても、ボロボロになってても、その人からもらったものを思い出して、辛くても歩き出さなきゃ行けないんだ」

 

「……綺麗事ね。それができないから、私はここまでやったっていうのに」

 

 皮肉めいた笑み。だけど、そこには俺への敵意はなく、現実に疲れ切った感情だけが見て取れた。

 

「だったら、傍に居る誰かに相談してくださいよ。環さんたちだっていいし、俺だって……愚痴(グチ)くらいなら聞けますよ」

 

「私が中沢君に?」

 

 ここまでの暴挙に及んだのに、とでも言いたげな視線に苦笑する。

 

「これでも俺、感謝してるんですよ。八雲さんのところで働かせてもらったから、俺はヌルオさんとの接点が切れなかった。着ぐるみマスコットにされて変な踊りさせられましたけど、あのおかげで嫌でも体力付きましたし」

 

 ヌルオさんが俺を戦いから遠ざけた時、ミレナ座で働かせてもらったことを俺は忘れていない。

 この人が俺のことを嫌いでも、なんだかんだで親切してもらった。

 その恩くらいは返しても罰は当たらないだろう。

 

「やり直せると思うの? また、私は自分の気持ちに耐えられなくなったらあなたを裏切るわよ」

 

「えー……裏切らないでくださいよ。まあ、でも、そしたら、またこんな風に説得しに来ますよ」

 

 素直に答えてくれないのがこの人らしい。

 まっとうな善人でもない。結構悪辣で、かなり身勝手で、でもほどほどに親切。

 八雲さんはそういう人だ。

 

「|中沢……|」

 

 端の方まで避難していた桜子さんが、俺に声を掛けてくる。 

 

「あ、桜子さん。一応、和解っぽいムードなんだけど、桜子さんも八雲さんを許してくれるか? 許せないって気持ちもあると思うけど、八雲さんこれで結構優しいところも……」

 

「|そうじゃない。まだ、終わってない|」

 

「……え?」

 

「|まだ、銀羽根は消えていない|」

 

 桜子さんの言葉を聞いて、俺は振り返る。

 そこにはまだ澱んだ銀の人影が立ちあがって、俺を見ていた。

 砕けた銀の仮面から、より濃い銀色の翼が何枚も生えていた。

 

「……っ!?」

 

 前衛的な芸術作品のように、仮面の下から翼を生やしたその顔は、言い表し切れない悍ましさと不安感を抱かせる。

 

『……救わないと。魔法少女を、僕が、救ってあげないと……』

 

 獣のような叫び声とは打って変わって、静かで理性的な声音。

 

『僕が……殺して、救ってあげないと……』

 

 しかし、致命的に壊れてしまった者の声。

 ゾワっと全身の産毛が逆立つ。

 俺は間違いなく、否定の魔法を放った。

 仮面の損傷から見て、命中したことは疑う余地もない。

 

「八雲さん!?」

 

「ち、違う。私はもう何もしてないわ」

 

 俺と同じように動揺している八雲さんを見て、彼女が何もしていないことを確信する。

 なら、どうして、ヤツはまだ存在している!?

 

「|あれはきっと、否定の魔法に耐性ができてる。銀の塔で流れた否定の魔法と融合して、もっと別の何かに()()しようとしてるの|」

 

「進化だって……? そんな馬鹿な」

 

 いや、あり得なくはないのか。ここは神様にまでなりかけた上条の魔力で作られた場所。

 むしろ、その場所で神様(上条)を模して生まれたあれが、普通のウワサと同じはずがない。

 

『僕が、皆を救わないと……いけないんだ!』

 

 翼を生やした銀羽根は俺に糸鋸で斬りかかる。

 それをトンファーで防ぎ、その姿を観察する。

 ローブの内側が膨張し、大小の翼が身体のあちこちから生え出ている。

 だが、その翼は固形と液体の中間で作られていて、激しい動作の度に融けて、地面へ落ちていく。

 まるで血を流しながら戦う姿に、俺は心が痛くなる。

 

「それじゃあ……救いになんかならないんだよ」

 

『じゃあ、どうやったら、彼女たちは救われる!? 彼女たちの心は一体どうすれば救われるんだよ!』

 

「救われるとか、救われないとかじゃないんだよ。誰か一人が凄い力でどうにかするような問題じゃないだろ、それは!」

 

 泣きたくなった。

 こいつは上条ではない。

 上条の代わりに救世主をやらされてるただのウワサだ。

 でも、その願いだけは本物と変わらない。

 まだ、魔法少女救済の祈りだけはこんな場所で必死に苦しみ続けていた。

 そんなありさまに俺はつい本音を漏らした。

 

「俺さ、魔法少女って実をいうと、そんな同情的に見られないんだよ」

 

『何を言ってるんだ! 彼女たちは、自分の命を魔女と戦っている少女たちなんだ! それを……』

 

「でも、ほとんどの魔法少女って願い事を叶えてもらうことと引き換えになったんだろ?」

 

 確かに中には魔女から普通の人を守るために魔法少女になった子や、誰かのために願い事を使った魔法少女も居るのだろう。

 だけど、どの子も願いを叶えて、魔法少女になったはずだ。

 

「願い事を叶えて得したことは一切言わないのに、自分が魔法少女になって損したことは声高に叫ぶ。それってちょっとズルくないか?」

 

 去年、親戚の集まりでクレジットカードの使い過ぎで借金した従兄弟のお兄さんの話が出た。

 カードを作った時に調子に乗って好きなものを買い込んで、それが原因で勘当寸前まで行ったという話だ。

 今は真面目に働いているけど、お給料はほどんど借金の返済で消えていくそうだ。

 可哀想だとは思う。でも、自業自得だとも思う。

 俺にとって、そのお兄さんと魔法少女はそこまで変わらないと思う。

 

「全部が全部自業自得だとまでは言わないけど、魔法少女がこの世の不幸を背負い込んだ存在かって言われると、素直に頷けないんだよ」

 

『……それでも彼女たちが死んでいるんだ。お前はそれが当然だとでも言いたいのか! 願いを叶えたから魔女になって死ねとでも言う気なのか!!』

 

「いや、そこまでは言わないよ。被害者面したくなる気持ちも分からないでもないしな。でも、アンタが何もかも魔法少女の不幸を背負い込むほどのものじゃない。これ、上条にも言ったけどさ」

 

 ──俺たちは魔法少女じゃないんだ。あくまで部外者なんだよ。

 

「部外者にできる範囲のことを、できる範囲でやっていけばいいんだ。俺も魔法少女を知ってる人間としては逃げない。だから、もう……アンタもう殺戮の救済なんてしなくていいんだ」

 

 刃先を左手のトンファーを滑らせ、力の流れをずらし、跳ね除ける。

 がら空きになった銀羽根の胸に俺は右手のトンファーを打ち込んだ。

 

『……っ』

 

「──『拒絶する(リジェクト)』」

 

 優しく、哀れな亡霊を否定する。

 消え失せるその一瞬前に、銀羽根は何か呟いた。

 俺へ恨み言だったのか、魔法少女への謝罪だったのかは分からない。

 それでも、その言葉は確かに誰かへ向けられたものだった。

 




次回、エピローグ
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