ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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特別編『中沢君とウワサの亡霊』⑪

 俺は自分を凡人だと思っている。

 根本的に英雄や救世主には程遠い。

 主役を買って出るタイプではないし、脇役でも荷が重い。

 せいぜいがエキストラ。その他大勢がいいところ。スポットライトから一番遠い場所に居る存在。

 それでも俺は自分にできることから逃げずに一歩一歩前へ進んで行く。

 

 

「さよならナゾー! また来てほしいナゾー! みたまお姉さんの助手兼マスコット、謎沢クンだナゾー!」

 

 ……でも、これは何か違わないか!?

 銀羽根を撃破し、銀の塔が消えてから既に一週間が経っていた。

 俺は神浜ミレナ座で調整屋の雑用をして……いや、させられていた。

 

「違うわぁ。“謎沢クン”じゃなくて、“謎沢クン・スーパーフェニックス”よぉ。デザインが違うの。デザインが」

 

「え? あ、ホントナゾッ!? よく見ると何か変な模様が追加されてよりキモくなってるナゾッ!?」

 

 店内にある姿見で確認すると、顔から全体にかけて何学的なライン状の模様があり、前よりも気持ちの悪さに拍車がかかっている。あと、なぜか白目を剥いていて怖い。

 

「キモい、じゃないわ。キモカワイイよぉ」

 

 八雲さんは俺をイジめてストレスが解消できているのか、大変ご機嫌だった。

 

「最近はボランティアで魔法少女たちを調整してあげたから疲れるわぁ」

 

「いや、それ、銀の塔を作るためにソウルジェムを細工したのを直してるだけですよね?」

 

 銀の塔での一件が終わった後、八雲さんは計画のために利用した魔法少女たちをボランティアと称して、調整し直すという活動をしていた。

 元黒羽根だけあって、グリーフシードを自力で集められない彼女たちはいたく感動していたが、事情を知っている俺からすると悪事の隠蔽も兼ねての行動だと知っているので突っ込みたくて仕方がなかった。

 

「嫌ねぇ。人聞きが悪い。ちゃんと調整もしてるわ。というか、口調戻ってるわよ?」

 

「……みたまお姉さんほどあくどい人、謎沢、知らないナゾ」

 

 それでもわざわざ一人一人呼び出して調整してあげた辺り、この人なりの誠意なんだろうなとは思う。

 先ほどの謎沢クンSF(スーパーフェニックス)をドン引きした顔で見つつ帰って行った魔法少女で一応、全員分完了したらしく八雲さんはソファへ、もたれ掛かる。

 

「謎沢クン、外の看板、クローズドにしておいて」

 

「うち、看板ないナゾ」

 

「ないなら作って。板から作って」

 

「えー……」

 

 えげつない扱き使い方をする八雲さんに、呆れつつも俺は店じまいの支度をする。

 だが、それより一歩早く、調整屋に入店するお客さんが居た。

 

「こんにちは、みたまさん。…………あ、中沢君か、これ。こ、こんにちは」

 

「いらっしゃいませナゾ。環さん」

 

 来店したのは環さんだった。

 謎沢クンSFを見て、一瞬硬直した後、俺だと気付いてぎこちない笑顔で挨拶をくれる。……やっぱりこのマスコット怖いよなぁ?

 

「今日はもう調整屋さん、やってないの。また明日にしてくれないかしらぁ」

 

 仮にも客商売をやっているとは思えない雑な対応。

 しかし、自業自得とはいえ、連日大勢の魔法少女を調整して疲れているのは事実だ。

 代わりに俺が環さんへ謝罪とお客様対応をこなす。

 

「ごめんなさいナゾ。今日はもう調整の仕事は終わってしまったナゾ。明日の予約なら取れるナゾ。このヒアリングシートに希望の調整内容と都合の良い時間と緊急の連絡先を記載してほしいナゾ」

 

「ううん、今日は調整に来たんじゃないの。ちょっとみたまさんにお話しがあって」

 

 あ。とうとう悪事がバレて、マギアユニオンの代表として八雲さんを糾弾しに来たのか。

 こんな日が来るんじゃないかなとは薄々感じていたが、やはり罪が裁きが下されるものなんだなぁ。

 八雲さんの年貢の納め時にしんみりしていると、環さんはソファの方まで進んで、頭を下げた。

 

「みたまさん、ねむちゃんを助けてくれてありがとうございます。ねむちゃんからお話聞きました」

 

 ん? 話の流れが妙だぞ。

 

「蘇ったウワサがねむちゃんを苦しめていたなんて知りませんでした。それをみたまさんが桜子さんと一緒に解決してくれたんですよね。私、お姉ちゃんなのにそれを気付くこともできなかったなんて」

 

 え、おかしいおかしい。

 何か事実ねじ曲がって伝わってないか。

 

「ねぇ、いろはちゃん。その話……ねむちゃんから聞いたのよね? どういう風に言われたのか、聞いてもいいかしら」

 

「え、はい。桜子さんが体調の悪くなって、調整屋に連れて行ってくれて。それで、みたまさんが原因を調査しに桜子さんと一緒に出掛けて、解決したって……あれ、何か間違ってました?」

 

 俺……省かれてる。

 そして、みたまさんが黒幕なのになぜか解決した立役者になってる……。

 でも、桜子さんじゃなくて、柊ねむから聞いたってことは多分──。

 

「ええ、何も間違ってないわぁ。もしねむちゃんに何かあったら遠慮なく言ってね」

 

 のほほんとした笑顔で抜け抜けと答える八雲さん。

 環さんもそれを疑うことなく、信じている様子なので俺はそれ以上言及しなかった。

 

「それじゃあ、私は帰ります。お休みのところ、ごめんなさい。あ、そうだ。中沢君」

 

 お礼を言い終わった後、調整屋から出て行こうとする環さんは思い出したように俺を呼んだ。

 

「何ナゾかー?」

 

「ユニオンに加わってくれてありがとうね。明日は南凪区にある“ミラーズ”の調査に行くけど、一緒に来てくれる?」

 

「もちろんナゾ。お手伝いできることがあれば協力するナゾ」

 

「よかった。フェリシアちゃんも喜ぶよ。それじゃあ、調整屋さんのバイト頑張って」

 

 朗らかで明るい笑顔を振りまいて、環さんは去って行った。

 俺は着ぐるみマスコットの中で複雑な表情を浮かべ、手を振って見送る。

 

「謎沢くんSF、ユニオンに入ったのね」

 

「話すのそこですか。どっちかっていうと桜子さんと柊ねむの話でしょ。思いっきり誤魔化してもらって申し訳なさとか感じないんですか?」

 

「別に感じないわねぇ。向こうだって、隠した方が丸く収まるって思っての行動でしょう? そもそもウワサそのものはあの子が生み出したものだし、神浜市に降り注いだ魔力も元を辿ればマギウスの翼が原因なのだから感謝する筋合いは特にないわぁ」

 

「もうやだ、この人……」

 

 罪悪感とか持たない人種なんだろうか。

 何でこんな人の下でバイトをしてるんだか自分でも分からない。というか、給料も出ないから、実質ボランティアだし。

 呆れ果てて、肩を落とす俺を見て、八雲さんはクスクスと笑みを漏らす。

 

「まあ、次に来た時には少しオマケしてあげてもいいかもしれないわねぇ」

 

「そうしてあげてください。じゃあ、俺は掃除でもしてるんで」

 

「あ、そう言えば、あなたがミラーズに明日行くって言ってたわねぇ?」

 

 会話を終わらせようとした時、八雲さんは急に話題を変えた。

 基本的に無駄に人をからかう悪癖があるが、こういう時の八雲さんは真面目な話をすることが多い。

 

「はい、そうですけど」

 

「気を付けた方がいいわぁ。あそこは鏡の魔女の結界。でも普通の魔女の結界とは明らかに違う。誰かが訪れるたびにその構造を不規則に変えていくの」

 

「あんまり危険じゃないからって、ずっと放置されてる魔女なんですね、確か。メチャクチャ広くってどれだけ奥へ降りても魔女に会えないから、マギウスの翼も放置してたって話は聞いてます」

 

「それもだけど、あそこの最大の特徴は……」

 

 八雲さんが話を続けようとした時、俺のスマートフォンが鳴り響く。

 通知先を見ると母さんからだった。

 画面の端に目を向ければ、既に門限の十八時を過ぎていた。

 

「すいません。母親からの電話です。多分、帰りが遅いって怒られます……」

 

「じゃあ、これで上がっていいわ」

 

「ありがとうございます」

 

 俺は八雲さんにお礼を言ってから、電話に出て予想通り叱られる。

 平謝りして、すぐに帰宅すると伝えたものの、お小遣いカットは(まぬが)れないだろう。

 トホホな気分で着ぐるみマスコットから制服に着替えた後、そういえば八雲さんと話の途中だったことを思い出す。

 だが、俺が着替えを終わらせて戻った頃には、彼女はソファの上で寝息を立てていた。

 わざわざ起こすのも悪いと思ったので、俺はそのまま退店することにした。

 

「クローズドの看板、頑張って作ってみるかなぁ」

 

 閉じた調整屋の扉を見ながら、どこに看板を引っ掛けるべきかと頭を悩ませる。

 やれることからコツコツと。

 俺は英雄にも救世主にもなれはしないけど、自分にできる精一杯をやっていく。

 全てを背負うつもりなんてこれっぽっちもない。でも、自分がやれることからは逃げたりしないから。

 

「俺なりに頑張っていくよ、ヌルオさん……」

 

 右手の中指に嵌った指輪へ目を落とす。

 指をトンと当てて指輪の形状を黒い宝石に変化させた。

 僅かだが大きさが縮み、端の部分が欠けていた。

 考えるまでもなく、リジェクトを使った代償だろう。

 否定の魔法を使い続ければ、いつしかヌルオさんが残してくれたこの力は消えてしまう。

 だけど、それでも構わない。

 心に残ったこの掛け替えのない記憶(ナノカレコード)が消えないのなら、無力な一般人に戻っても俺は俺の“ちょうどいい”をやっていける。

 自分の後悔と憧れに別れを告げて、俺は自分の帰るべき場所へ歩いて行く。

 一歩一歩進んで行く。

 これからも、いつまでも。

 中庸の道を。

 




これにて、中沢君の物語は完結です。
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