ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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断章 黒紫色の観測

 鼻歌を口ずさんで机に向かっていると、ケアトレーラー内に残っていたヨヅルが不思議そうに尋ねて来おった。

 

「どうされました、先生。随分と機嫌が良いように見えますが」

 

「そない機嫌良さそに見える? まあ、実際ご機嫌なんやけどな」

 

 そう答えるとヨヅルは何なんだこの人と言わんばかりの冷めた目で私を見てくる。

 いけずやなぁ。一体誰がこんな子に育ててもうたんか。……私やなぁ。

 私の話をはぐらかす癖に慣れ切ってしまったヨヅルはさっさと話の流れを修正する。

 

「意外ですね。あれだけ手間暇かけて計画したドッペルシステムの再構築には失敗したというのに」 

 

「ああ、それな。あんなん別に最初から期待してなかったわ」

 

「……どういうことですか?」

 

 軽い怒気の含んだ問い。

 あ。あかんな、これ。話の持っていきようによっては本気でヨヅルを怒らせてまう。

 私は咳払いをしてから(つと)めて、厳かな雰囲気で語り出す。

 

「ええか、ヨヅル。あれはあくまでみたまを(あざむ)くための虚言(フェイク)や」

 

「フェイク?」

 

「そや。考えてもみぃ。今更あんな不完全なシステム戻って来たところで誰が使いたがる? エンブリオだか何だかの代わりに銀羽根もどきを据えたところで、まともなソウルジェム浄化のシステムにはならんやろうしな」

 

 だから、初めからドッペルシステムの再構築なんかには微塵も興味は持てへんかった。

 私が興味を持ったのは、むしろ──。

 

「私が興味あったんは顔無し手品師……ヌルオいうたか。その記憶、いやもっと正確に言えば起源(ルーツ)やな」

 

 中沢君の中にあった残留したものやなく、もっと完全に近い状態のものを調べる必要があった。

 否定の魔法などという魔法少女と相反する力も興味をそそられたが、何より気になるのはその正体。

 中沢君やみたまから得た情報からは彼は人間。それも魔法少女のことを知っただけの少年だったという。

 

「果たして、彼の正体は何者なのか。ヨヅルかて、気になるやろ?」

 

「確かに興味は引かれますが……もはやその手掛かりは何も残っていませんよ? あの“銀の塔”が消滅した時にすべて無くなって…………。まさか、先生?」

 

「気付いたようやな。ほれ、これがあの茶番の本当の報酬や」

 

 机の上に置いたのは、透明なガラスの球状の瓶。

 元はドッペル症患者を隔離するためにマギウスが作り上げた容器らしいが、その用途から魔力の密閉性においては完璧といってええ。

 おかげで魔力の感知に()けたみたまや中沢君に悟られることなく、悠々と()()を持ち出せた。

 そう容器の中身は──黒い卵型の宝石。

 ヨヅルは目を伏せ、大きな溜め息を吐く。

 

「先生。最初から出し抜くつもりで神浜市の調整屋を利用した訳ですね?」

 

「あったり前や。この私が…… リヴィア・メディロスが誰か個人に肩入れするなんてあり得へん。調整屋は絶対中立。これは私が定めたルールやで」

 

 みたまが計画を持ち掛けてきた段階で、私はあの子に本懐を遂げさせるつもりは毛頭あらへんかった。

 情動で動く癖に他人に甘いところがあの子の欠点や。この容器一つ取ってもそう。ドッペルシステムの再構築でドッペル症の魔法少女が発生する可能性をちらつかせたら、自分から進んで用意してくれた。

 みたまに協力するふりをして、“銀の塔”からサルベージしたこの宝石を()(さら)う。

 本来の予定では、適当なところで不慮の事故を装って、銀羽根もどきを暴走させてうやむやにするつもりやったけど、想定以上に早く中沢君が最上階に辿り着いたせいで最終的にはアドリブで乗り切るはめになってもうた。

 

「とまあ、これで私がご機嫌の理由分かったやろ?」

 

「先生の性格の悪さもこれ以上にないほど理解致しました」

 

「何や今日はいつにも増していけずやなぁ。ああ、月出里(すだち)が居らんからか。そう言えば、この街でできた友達のとこ、行くいうとったなぁ」

 

 相方不在をこれ見よがしに突いてみせると、ヨヅルは眉間に皺を寄せる。

 この子もこの子で難儀やな。月出里みたいに友達の一人くらい作ればいいものを……まあ、難しいか。

 

「よし。じゃあ、さみしんぼのヨヅルは私と一緒に顔無し手品師の謎にでも迫ろうか?」

 

「結構です。調整以外で他人の過去を覗き見る趣味はありませんから」

 

 そっぽを向いて、どこかへ出て行ってしまう。

 ヨヅルは思った通りの行動してくれて助かる。これは私にとっての挑戦や。

 予想が正しければ、かの手品師のルーツはこの世界の外側にある。

 それを知ることで私は……。

 

「──大いなる意思の真意に触れられる」

 

 きっと、それが魔法少女として、調整屋として、私にできる最善のこと。

 意を決して、容器から黒い宝石を取り出して…………()()()

 

 

 ***

 

 

 最初に見えたのは、黒い髪の少年の物語やった。

 ごく普通、と表現するには少しばかり世の中に擦れていて、異様なほどに(さか)しくて、舌を巻くほど(したた)かやった。

 けど、そのことが彼にとって幸福に繋がることは皆無やった。

 彼は呆れ果てるくらいにひねくれている癖に、どうしようもないくらいに優しい子やったから。

 嘘が上手なのに、本当は嘘が嫌いで。

 打算が得意なのに、根っこの部分は誠実で。

 人が嫌いなのに、誰よりも他人の幸福を望んでいて。

 死にたがりでもないのに、いざとなったら自分の命をあっさりと切り捨ててしまえる。

 もっと愚かやったり、非道な性格しとったら、ずっと楽に生きていけたやろうに。

 そう思わずには居られないような難儀な子やった。

 魔法少女を知って、奇跡と魔法に触れた後もそれは変わらんかった。

 恋をして、好きな相手に愛されて、それでも彼は自分よりも他人の幸せを願ってしもた。

 魔法を嫌っとった彼は、その在り方まで捻じ曲げて、残り僅かな時間を費やして魔法使いになった。

 

『──彼女のための明日がほしい。例え、そこに僕が居なくても』

 

 最期まで自分のために生きることが下手なまま、人としての一生を終えてもうた。

 

 

 次に見えたのは、否定の魔法使いの物語やった。

 魔法なんてものを誰よりも嫌っとった少年は、ただの人間であることに誇りすら持っとった少年は、死んだ後さえ自分のために過ごせんかった。

 自分が愛した少女に似た子のために、自分へ恋した魔法少女に似た子のために、彼は乗り越えるべき敵として立ち塞がった。

 

『さあ、来い。魔法少女ども。お前たちの絶望(てき)はここに居る』

 

 自分の名前どころか、愛した少女の名前すら思い出せんようになってまで、彼は自分の想いを貫いた。

 魔法少女の神様にも正面から啖呵(たんか)を切って、その在り方を思い出させて、終いには残った自分ごと否定の魔法を譲り渡した。

 一文の得にもならん所業を魂だけになってもやり通した。

 

 

 ……呆れるわ。ホンマ呆れ果てるわ、こんな大馬鹿者。

 魔法少女の神様だとか、魔女を生まないための理だとか、並行世界の概念だとか、特大の情報が霞むくらいの馬鹿さ加減やで。

 これが顔無し手品師の正体か?

 この上、更に神浜市のために自分を使い潰したいうんか?

 (むご)すぎるにも限度があるやろ。こないな結末、魔法少女以下や。

 耐えられへん。

 何が一番耐えられへんのは、この大馬鹿者が納得してるちゅーことが分かってしまうからや。

 考えらへんレベルのお人よしやろ。どんだけ皮肉屋気取っとっても、端から見れば丸分かりや。

 あの諦め半分で生きてるようなみたまがどっぷり執着したのも腑に落ちたわ。

 珍しく心が掻き乱されている。規格外の大馬鹿者の過去を見たせいやと私は自分を納得させる。

 ん……?

 何や、これは。まだ閲覧していない記憶がまだ残っとる。

 時系列から考えれば、神浜市、いや、この世界に来る前のもの。

 彼が神様へ取り込まれた後の物語。

 本のページを(めく)るように、箱の蓋を剥がすように、私はその記憶を覗いた。

 

 

 まず、見えたんは翼やった。

 黒く、黒く、この世の闇よりもどす黒くて、どこか物悲しい黒い翼。

 激しい鳴動。

 少女の絶叫。

 揺れる視界と歪む世界。

 そして、伸ばされた手のひらが、何かが取り出している。

 抉り出され、引き剥がされていく感覚に身の毛がよだつ。

 

『……こんなものがあるから、貴女は』

 

 翼を持った少女は、無表情で引き抜いたそれを下へ。

 

『やめてぇぇぇ──!!』

 

 底の見えない下へと投げ捨てた。

 放り投げられた感覚。浮遊感と落下。

 下降する意識は暗転して……。

 

 

 砂嵐のようなノイズの後、場面が切り替わる。

 正常に戻った視界には、()()()()()()()()()()()少年が映し出されていた。

 

『……それで、僕の恋人に今、何が起きているのか。君は知っていると……?』

 

『簡単に言えば、統合。いや、収束といった方が正確かな? 概念化へと昇華した存在は物質として存在できなくなる。例外はあるけど、並行世界に存在する同一存在もその影響を受けて、世界から剥離される』

 

 氷柱のような眼差しを向ける少年は更に尋ねた。

 

『つまり、どこぞの馬鹿のせいで僕の恋人は存在が消えかかっているってことか?』

 

『話が早くて助かるよ。流石は並行世界の僕だ。それじゃあ、僕と協力してこの事態を……』

 

『何か、勘違いがあるようだから訂正しておくね。君が並行世界の僕だったとして──お前を無条件で信用する理由が一ミリでも増えたりはしないんだよ。お喋り無機物』

 

 艶のある黒髪の少年、夕田政夫はそう彼へと吐き捨てた。

 

 

 

 どういうこっちゃ……。

 何が起きとるんや。彼が並行世界の自分と話しとるちゅーことは分かる。

 その前に、一体何が起きて、こんなことになったんや?

 あの黒い翼の魔法少女は、確か……。

 場面が切り替わる、その寸前。

 視界が完全にブラックアウトした。

 視界だけじゃない。無音。無臭。自分のありとあらゆる感覚器官からの刺激が唐突に途絶えた。

 何や……?

 これは。

 一体何が……。

 今まで調整を何度となく行ったことはあったけど、こないなことは初めてのことやった。

 調整を……。

 今すぐ、調整を中断して、意識を浮上させ────……。

 

 

 

 

 

 

 お月さんがあった。

 

 

 

 

 

 すぐ近くに満月のお月さんがある。

 巨大で凹凸のない金色の月が視界一杯に広がっとった。

 綺麗やな、と場違いな感情が湧いたけど、その感情はすぐに別の物へと変化した。

 ……お月さんやない。

 そんなもんじゃ、あらへん。

 これは、これは……。

 

 

 目や。

 

 

 あまりにも巨大過ぎて、全体像すら想像もできひんくらいに極大の金色の瞳が私を見つめている。

 魔法少女の神様が居ると彼の記憶で知った時、もしも対面することができたなら文句の一つでも言うたろ思とった。

 何でまだ私んとこの世界は円環の理にしてくれんのやと。

 神様だっていうなら、もっと世界をまともにしてくれないんかと。

 やけど、そんな気も起きない。

 実際に直面して分かる。

 そういう類の対話をするような存在じゃない。

 もっと絶対で、もっと隔絶していて、理屈で相対できる立場じゃない。

 認識のスケールが違い過ぎる。

 アリと巨象どころの話やない。

 プレパラートの上に乗った微生物と、それを電子顕微鏡で観察する学者くらいレベルや。

 息を呑む私に“声”が響く。 

 

 

 あ な た は ち が う

 

 

 外側から響いているのか、内側から念話をしているのかも判別が付かない情報の波。

 自分という存在が個を保っているのか曖昧(あいまい)になるほど、世界の自分の境界が朧気(おぼろげ)や。

 例えるなら、液状にされて海に撒かれたような、意識が大きな存在に取り込まれて、希薄(きはく)になっていく心地。

 私が私でなくなっていく恐怖よりも、大いなる存在の一部になる安堵が勝る。

 

 

 こ れ は か え し て も ら う ね

 

 

 その“声”が流れた後、パリンと何が割れる音が聞こえた。

 一瞬で意識が引き戻され、音のした方へ目を向ける。

 そこには、机から落ちて砕けた空の容器が落ちとった。

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 自分が荒い息を吐いていることに数秒遅れて気付く。

 肌を伝って、服に染みこむ汗が、私を個として存在できてることを実感させる。

 手のひらにはもう黒い宝石はあらへんかった。

 探さなくとも分かる。

 あれは“回収”されたんや。

 もう、この世界のどこを探しても見つからん。

 それでええと思う。

 あるべき場所に、あるべきものが還った。

 そう思うことにする。

 

「私も大概不幸な人生やと思とったが、上には上が……下には下があるもんやなぁ」

 

 私はそんなことを考えつつ、二人の愛弟子が帰ってくる前に床に落ちたガラスの破片をゴミ箱へと捨てていく。

 脳裏に最後に見た記憶を思い浮かべる。

 結末どころか、導入すら見られんかったが、果たして彼は……彼らはどうなったんやろ。

 顔無し手品師が神浜へ来たということは、あの黒い翼の魔法少女を倒し、事態を収拾することができたちゅーことやろか。

 まあ、もう私には知ることもできへんことや。

 知ることのできない記憶。どこにも残らない記録。

 Off the Record(オフ・ザ・レコード)

 

「願わくば、あの子たちの未来に正当な報酬があらんことを」

 

 終わった過去ならいくら、私の魔法かて効果は及ばんはずや。

 やから、せめて、今回だけは祈らせてほしい。誰にも知られず、愚かで優しい少年の勝利を。

 




                                    おわり
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