私は映画を見ていた。
とても怖い映画。
街が燃えている。空が鳴いている。
建物は薙ぎ倒され、そこら中には横たわる人影があった。
悲鳴。怒号。喚き声。
阿鼻叫喚の地獄絵図がそこには広がっていた。
「ひどい……こんなのって……」
「あんまり、ですよね」
ポツリとこぼれた私の
思わず、ビクッと肩を
私から見て、三つほど間を空けた座席に誰かが座っていた。
私と同年代ぐらいの女の子。
黄緑色の長い髪には癖があり、毛先が四方八方に向いている。
左右非対称の前髪は、片方の目元まですっぽりと覆い隠すくらい伸びていた。
私はそこで自分が映画館に居ること。そして、その女の子と私を除いた座席に誰も座っていないことに気付く。
「ここ……映画館?」
「そうですよ。ここは私とあなた以外貸し切りの映画館です。だから、本来はお喋り厳禁な上映中でも話をして大丈夫なんです。本来なら上映中の会話とか絶対、ぜーったいダメですけどね!」
黄緑色の髪の女の子は、謎めいた外見とは裏腹にコミカルな雰囲気で念押しする。
とても実感のこもった叫びだったので、私は逆らわずにコクコク頷いた。
「よろしい! じゃあ……んー、どこから話したらいいんでしょうかね? こういうの、あんまり得意じゃないんですよねー。本当なら美樹さんの仕事だったんですけど。勝手に居なくなっちゃったもんだから、私におハツが回って来たっていうか……」
「…………その、できれば最初からお願いします」
「最初からですか。そうですね……あの酷い映画のことから話しましょうか」
黄緑色の髪の女の子は視線を前方のスクリーンへと向ける。
私も彼女にならって、同じように前を向いた。
劇場のスクリーンには破壊と混沌を映像化した街並みが変わらず、流れている。
あれ……?
さっきまでは衝撃的な映像に意識が向いて、気が付かなかったけれど、あの壊れている建物は……。
「ああ。気付いちゃいましたか。そうです、この滅亡する街は神浜なんです」
スクリーンを見ているはずの彼女は、私の心を見透かしたように言った。
「そしてですね。この映像は映画なんかじゃ、ありません。これは少し先で起きる未来です」
「え……」
「まあ、
あまりにもあっさり話す黄緑色の髪の女の子に、私は言葉を失う。
ふざけているようにも、嘘や冗談を言っている訳じゃないと何故だか感じられた。
「ねぇ、
私は名乗ってもいない名前を呼ばれたことよりも、ついさっきまで感情豊かに話していた声音が急に平坦なものへ変わったことに恐怖を感じた。
怖いのに。逃げ出したいのに。
どうしても、聞かないでいることはできなかった。
「私に……変えられるんですか? この未来を」
「ええ。変えられます。でも、あくまで可能性があるだけですけどね」
「何であなたはそんなことを知ってるんですか? 一体あなたは誰なんですか?」
私は黄緑色の髪の女の子の方を向き、不安と共にそう尋ねた。
「ふふふ……良いですね良いですね。
視線の先では何だかとても嬉しそうに頬を弛めた顔があった。
纏っていた神秘的は既に影も形もなく、霧散していて、不安や恐怖よりも先に困惑が来る。
目が合った瞬間、黄緑色の髪の女の子はハッと正気に戻って咳払いを一つした。
「こほん…………。未来は変えられます。でも、あくまで可能性があるだけですけどね」
「え? それはさっきも言ってましたよね……?」
「リテイクを要求します。さっきのはナシにしてください。テンションが激上がりして変なこと口走ってしまったんです。後生ですからもう一度、チャンスをくださいお願いしますぅ……」
半泣きになってお願いしてくる。もうミステリアスさの片鱗も感じられない。
断るのも可哀そうになったので私は彼女に合わせることにした。
「えと……な、何であなたはそんなことを知ってるんですか? い、一体あなたは誰なんですか?」
機嫌を良くした黄緑色の髪の女の子は一瞬目を輝かせてから、頭を左右にブンブン振った後、澄ました表情を作る。
「私が何者か……。それは今はお教えする訳にはいきません。そうですね、ナビゲーター……いや、ここはコメンテーターとでも名乗っておきましょうか」
「はあ……コメンテーターさん?」
コメンテーターさんは意味深な笑みを浮かべて、スクリーンを指で指し示す。
すると、映し出されていた映像が切り替わった。
スクリーンには白い猫のような生き物がこちらを見上げている姿が映っていた。
「これからあなたには魔法少女になるように契約を持ちかけてくる
「魔法少女……?」
「端的に言うと、人知れず人間を襲う魔女という怪物と戦う女の子、ってところですね。まあ、細かい説明は
にわかには信じられない話ではあったが、今の私には自分でも意外なほどすんなりと受け入れられた。
コメンテーターさんの話によると、そのキュゥべえという存在は、願い事を何でも一つ叶える代わりに魔法少女になって魔女と戦ってほしいと頼んでくるのだそうだ。
「その、キュゥべえと契約する願い事で、神浜市を救えたりは……」
「しないですねぇ。十中八九、今の佐鳥さんの因果だと……完全な形で願いを叶えるには至らないでしょう。抽象的な願い事は叶った判定がかなりガバいですから中途半端にそれっぽいことが起きてハイおしまい、みたいな」
「因果って何ですか?」
「良い質問ですねぇ。佐鳥さん」
新しい単語が出たので尋ねると、コメンテーターさんはピンと人差し指を立てて、明るく朗らかな調子で話し出す。
ミステリアス路線はもう忘れてしまった様子だったけれど、私はあえて触れなかった。
「ここで言う因果というのは、“生まれながらに背負っている運命”みたいなものですね。ざっくり言い換えると運命力、ってとこでしょうか。魔法少女の素養とも言えます。例えるなら映画の主人公は高くて、モブなら低いみたいな?」
「じゃあ、因果の量が少ない私は魔法少女にはならない方がいいんですか?」
「現時点では魔法少女にはならないでください。あなたが魔法少女になるのは因果を集めた後です」
「え? 因果って生まれながらに背負った運命なんですよね? 後から集めることってできるものなんですか?」
コメンテーターさんの話では既に決まった要素のように思えたけど、違うのかな。
「普通の方法だと大きく変動させることは無理ですね。時間をループさせたりだとか、時空を越えたりだとか、無茶苦茶なことをしないと難しいでしょう」
「じゃあ、どうやって……?」
「たくさんの魔法少女と出会って、彼女たちの想いを繋いでください。その繋がりがやがてはあなたの因果となるでしょう。一つ一つの因果は小さくても、
それはとても遠回りな道のりに聞こえた。
ただ、魔法少女たちと出会っただけで、それで私の因果を集められるのか。
この滅びの神浜市を救うことができるのか。
私には分からなかった。
そんな不安の感情がコメンテーターさんにも伝わってしまったのか、彼女は少しだけ悩むように風に額に指を当てて、それから言った。
「焦らなくても大丈夫です。滅びの未来はまだ先のこと。それにですね、ボッチの私が言うのもなんですけど、人との出会いってケッコー運命変わりますよ? 魔法少女だった時も……そうじゃなくなった後も、誰かと出会って対話すると自分の中に新しい自分を発見できるんです」
「コメンテーターさんも魔法少女なんですか?」
「ううん。その質問は……ちょっと答えるのが難しいですねぇ。そうだとも言えますし、そうじゃないとも言える。今は神様の使い……つまり、パシリですね!」
満面の笑みでそう彼女は答えた。
……笑顔で言う台詞じゃない気がする。でも、私はそれよりも彼女の言った言葉に引っかかった。
「神様、ですか? 神様が居るなら、私なんかじゃなくてその神様が神浜市を救ってくれないんですか?」
「ああ、それはできなんですよ。ちょっとワケアリで。でも、ほら、こうして私みたいなパシリを使って世界をよくしようとはしてますよ? ……ホントですよ?」
分かり易いほど、コメンテーターさんは目線を逸らして言う。
最後の方は喋っている本人も自信なさそうに声が
聞いちゃいけないことを聞いてしまったのかもしれない。
申し訳なくなって、私は話題を切り替えた。
「えっと、じゃあ、私は魔法少女に会えばいいんですよね? どこに行けば会えるんですか?」
「あ。それならまずは鏡屋敷に向かってください。そこで環いろはって名前の魔法少女に会えます」
鏡屋敷。そこなら知っている。
確か南凪区にある有名な廃墟だ。
屋敷の中に入ったら、出て来れなくなったなんて話も聞いたことがある。
「その環いろはさんってどんな人ですか。見た目とか顔とか……」
名前しか分からないと見かけても気付かない可能性があるから、環いろはさんの外見をコメンテーターさんに聞いた。
すると、そんなことを聞かれると思っていなかったのか凄く困惑した表情をする。
「えっ。私も見たことないからなぁ。えっと……髪はピンク? らしいです。ああっ、もう美樹さんがちゃんと引き継いでくれないから。うーんと、えーと……きっと会えます。会えますから! 頑張って探してみてください!」
悩んだ末にコメンテーターさんは開き直って、説明を放棄した。
質問の答えを投げ出された私はどうしたものかと思ったけれど、これ以上質問を重ねても相手を困らせるだけだと思い、湧いた疑問を呑み込んだ。
「それじゃあ、名残惜しいですが、ここら辺でお別れです。目が覚めたら、私との話はほとんど覚えてないかもしれませんが、『キュゥべえと契約しない』、『鏡屋敷に向かう』。この二点だけは必ず守ってください。約束ですよ?」
「目が覚めたら……?」
聞き返した私の耳にジリリリとベル音が響き、次第に大きくなっていく。
視界が暗転する寸前。
「……期待していますよ。次代の神様候補さん」
コメンテーターさんの声が聞こえた気がした。
***
ぼんやりした頭で目を擦って、私は目覚まし時計のアラームを止める。
何か夢を見ていた気がする。
どんな夢だったっけ……。
約束。そう、約束をする夢。
「そう。鏡屋敷に、行かなきゃ……」
ただそれだけは頭に残っていた。
忘れない内に『南凪区に向かう』と机の上の日記帳に書いた。
「あとは……きょ、きょーべー? と契約しない……。きょーべーって誰だろう? 悪い人なのかな?」
更に『きょーべーと契約しない』と書き足した後、首を傾げる。
そもそもこの約束は誰と交わしたものなのかも覚えていない。夢のことなのだから気にする必要はないかもしれないけど、どうにもそうは思えなかった。
「アルちゃん。どう思う?」
私は一番の親友であるぬいぐるみのアルちゃんに話し掛けた。
当然、返事は返って来るわけもないので、その返事も私が考える。
「<約束は 守らないと駄目だよ>」
「うん。だよね。じゃあ、学校終わった後、南凪区の鏡屋敷に行ってみよう」
「<いいね。賛成だよ>」
こうして、夢の中での約束を守るため、私は今日、ほんの少しだけ放課後に冒険してみることに決めたのだった。