ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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断章 空色の退屈

 ……ああ、つまらない。退屈だわ。

 鏡に映し出された私は目の前に居る彼女へ尋ねた。

 

『ねえ、アリナちゃん。ずっとこんな場所に隠れているのもつまらなくない?』

 

「べっつに~。それにアリナはランナウェイしているつもりはないんですケド。ただ、ファインディングされると面倒だから、アリナは人目に付かないプレイスにムーブしてるダケ。アンダスタン?」

 

 黄緑色の髪の魔法少女、アリナ・グレイは私の問いに気怠げな様子でそう返す。

 赤い高級そうなソファに寝そべって、広げた大量のお菓子を一つ手に取り、口にした。

 (あい)も変わらず、魔力で作った黄緑色の箱から好きな物を取り出しては、私の結界内を我が物顔で散らかしている。

 そこら中に発光する黄緑色の箱が大量に積み上げられていて、ここがまるで自分のテリトリーであるかのように占拠していた。

 

『分かっているわ。あなたはとても強い魔法少女だもの。逃げ隠れする理由はないわ』

 

 いい加減この子のご機嫌取りも面倒になって来た。

 私をこの結界の最奥まで()()()()()()()()ことには感謝してあげてもいいけれど、こうも言うことを聞いてくれないと辟易(へきえき)するしかない。

 不完全とはいえ、ようやく実体化までこぎつけたけど、今の私にはあともう一歩助けが必要だ。

 そう。計画に必要な賛同者が──。

 

『でもね、アリナちゃん。そろそろ、回答をもらえないかしら。ここに来てからそれなり経つでしょう? 結論だって出たんじゃない?』

 

「あー、神浜をデストロイするって話? アリナ的にはノーセンキューなんだヨネー。滅亡のアートにはもうチャームをフィーリングできないカラ」

 

 お菓子の袋を逆さまにして、アリナちゃんは残っていた中身を咀嚼(そしゃく)してみせた。

 

「今、アリナが一番にエキサイトするのは希望。どんなにナンセンスな明日でも見限らずにストレートに進むマインド。それが今のアリナが目指すテーマ。だ・か・ら、神浜をデストロイされるのはアリナ的にはスーパーバッドなんですケド」

 

 …………は?

 希望? 

 何それ。意味が分からない。

 アリナちゃんが何を言っているのか私には全然理解できない。

 

『おかしなこと言うのね。私をここまで連れて来てくれたあなたが……希望? 私の想いに共感して、一緒に神浜を滅ぼしてくれるんじゃなかったの?』

 

 この私、瀬奈みことを──鏡の魔女と別たれた意識(ココロ)を果てなしのミラーズまで送り届けておいて、今更何を言っているのか。

 彼女の意図が掴めない。

 何より、あの上条恭介の“銀の街”の魔力のおかげで活性化できた私を受け入れたことに説明が付かない。

 私が(いぶか)しんでいると、飲み干したいちごミルクのパックを握り潰したアリナちゃんは、平然と答える。

 

「このプレイスまでナビゲートさせるために、アリナはアナタを利用(ユーズ)しただけ。普通(ジェネラリー)な方法じゃあ、鏡の魔女まで辿り着けないカラ」

 

 アリナちゃんが結界内の奥にある扉を見つめる。

 最後の扉。結界の最深部。

 鏡の魔女が居る場所。

 肉体を失って久しい私だけど、背筋の凍る思いを感じた。

 

「アリナの目的は鏡の魔女とアナタをデストロイすること。アナタが活性化したのはキョースケがシルバーシティなんて駄作のアートをメイキングしたせい。……弟子の不始末(ミスマネージメント)は師匠が付けないとだヨネ?」

 

 既に結界の中で大量に生み出されていたアリナちゃんの武器が……発光する黄緑色の箱が浮かび上がる。

 まさか、今まで怠けていたふりをしていたのは、魔女の私(鏡の魔女)を一撃で葬り去る火力を作り出すためだったっていうの……!?

 鏡の魔女ごとこの最深部を消し飛ばすために……!?

 

『どうして……あなただって、こんな世界滅んだ方がいいって考えてたじゃない! あなたの中に間借りしていた私は知ってる。誰よりも滅びを見たいと思ってたでしょ? 私の意識がはっきりとしない頃から、ずっとそれだけは感じてた。アリナちゃんなら私に共感してくれるって! 同じ景色を望んでくれるって!』

 

 ソファから立ち上がったアリナちゃんは真っ直ぐに立ち、鏡の魔女が(こも)る扉へ向けて、狙いを定める。

 

「…………アナタがどれだけアリナのことを知っているのかは知らないけど、アリナの心を決めるのはアリナだけ。何をして、その結果、何をフィーリングするかはアリナだけの自由(フリーダム)。このワードは受け売りだけど、気に入ってる。アリナはアリナが決めたテーマを表現するダケ」

 

 ああ、そう……。そうなの、アリナちゃん。

 アリナちゃんも他の魔法少女と同じなのね。

 希望とか、勇気とか、愛とか、そんなものを掲げてキラキラしてる側の人間。

 

「最後に言い残したいワードはある? あるなら、アリナがヒアリングしてあげる」

 

『アリナちゃん……』

 

 最後の言葉まで聴いてくれるなんて、慈悲深い魔法少女になったしまったのね。

 なら、聴いてもらおう。覚えていてもらおう。

 

『あなた……つまらないわ』

 

 黄緑色の箱が分割され、その内側から緑の光線が放たれた。

 狙い澄ました一撃は見事に標的へと吸い込まれるように命中する。

 そう、──()()()()()()()()()()()──。

 

「あッ……がっ……」

 

 結界内に浮かんでいた大量の黄緑色の箱が、一つを残して掻き消える。

 何が起きたのか理解できないといった顔でアリナちゃんはうつ伏せに倒れていた。

 両方の目を見開いて、顔を私が映る鏡へと向けている。

 足音がして、浮かんだ箱を引き連れたその子がやって来る。

 

『紹介するわね。こちら、()()()()()()()()

 

「ハロー、本物(オリジン)。ナチュラルボーン・マッド・アーティスト、アリナ・グレイだヨ」

 

「アリナの、偽物(コピー)……!?」

 

 想像通りの反応をしてくれるアリナちゃんを見下ろして、溜飲(りゅういん)を下げる。

 

『もしもの時のために用意していたのよ。時間を有効に使っていたのはあなただけじゃなかったってこと。でも、こんな使い方をするつもりはなかったんだけどね』

 

 仕方ないじゃない?

 先に裏切ったのはアリナちゃんの方なんだもの。

 本当は迎撃用の戦力として、使い魔に型を取らせていたのだけれど、こんなにもすぐに使う羽目になるとは思わなかった。

 

『アリナちゃん。今なら許してあげる。もう一度、私に計画に賛同してくれるかしら?』

 

 当然、許す気なんてない。

 ただ無様に命乞いをするアリナちゃんが見たいだけ。

 自分が正しいって、正義の味方面をする魔法少女を踏み(にじ)ってやりたいだけ。

 泣き喚いて間違っていたと言うアリナちゃんを殺せたなら、このどんよりとした気持ちが少しだけ晴れるかもしれない。

 

「……アリナが選んだアンサーに、間違いなんてないんだヨネ」

 

 だけど、彼女は命乞いどころか、太々(ふてぶて)しく笑みさえ浮かべてみせた。

 

『……コピーアリナ。そいつを踏み付けて。思いっきり強く』

 

「アイアーイ。アハハッ。無様なフールガールだヨネ、オリジン」

 

 光線を受けて衣装が焼け落ち、(ただ)れた背中にコピーアリナのブーツが落ちる。

 痛覚を遮断できなかったのか、彼女は抑えた悲鳴を漏らす。

 踏み締めたコピーアリナの足がアリナちゃんの背中に押し込まれる。

 ミシミシと背骨が軋む音さえ、聞こえて来そうな有り様だ。

 

『ねぇ、聞こえなかったわ。アリナちゃん。もう一度言って?』

 

 こいつの心を折る。

 暗示の魔法で操るのは簡単かもしれないけど、それじゃあ、私の気持ちが収まらない。

 心を折って、抱えた矜持さえも差し出させて、私が正しいことを証明しないと許せない。

 

『引きずり起こしなさい! そいつに痛みと恐怖を教えてあげて!』

 

「エキサイティングな提案! オリジンをアリナのアートに変えられるなんて、ドリームみたいだヨネ!」

 

 髪を掴んで無理やり起こされたアリナちゃんの帽子が落ちる。

 コピーアリナの拳が彼女の顔に叩き込まれる瞬間、ポツリと漏らした。

 

「……だって、アリナはクレイジーで……マッドで……」

 

 私は見た。

 アリナちゃんが落とした帽子の内側に、黄緑色の箱が分割される光景を。

 

『コピーアリナ! 避け……っ』

 

「誰よりもフリーダムなアーティスト、なんだカラ……」

 

 緑の光線が跳ね、コピーアリナの首から上が消し飛ぶ。

 頭を失ったコピーはゼリー人間の使い魔に戻り、魔力の粒子に分解された。

 乱れた髪の下からアリナちゃんの瞳が覗く。

 殴られた拍子に口の中を切ったらしく、赤い(しずく)を口の端から垂らして、立ち上がった。

 今にも倒れそうなほど、左右に揺らいでいる。

 だけど、その瞳だけは爛々(らんらん)と狂気じみた輝きに満ちていた。

 

『……やってくれたわね、アリナちゃん。でも、その身体で私と戦って勝てると思うの? 私を鏡の魔女と一緒に葬るつもりだったらしいけど、私に実体化まで許したのは間違いだったね』

 

 アリナちゃんに寄生していた時なら部が悪かったけど、結界の最奥ならこうして実体化できる。

 対して、アリナちゃんは不意打ちを受けて、痛めつけられてボロボロ。一撃で鏡の魔女ごと私を倒すために、大量に魔力を消費したのも今となってはミスだった。

 

「アハハッ。みことって、アリナのこと、全然アンダスタンしてないんだヨネ……。勝手に酔い痴れて、勝手に評価して、勝手に失望して……まるで昔のアリナを見てるみたい……」

 

 私が昔のアリナちゃんみたいだって?

 何それ。ばっかみたい。

 私は全然アリナちゃんとは違う。まったく違う。完全に間違ってる。

 

「だから、他の誰かじゃなくて、アリナがデストロイしてあげたかったケド。ちょっとインポッシブルみたい」

 

『はは……そうよ! あなたには何もできない! 私も、鏡の魔女も、神浜の滅亡計画も止められない!』

 

「……イエス。だから、アリナは希望を託すことにしたんだヨネ」

 

 ペロリと口元から流れた血を舐め取る。

 彼女の両目には未だ絶望の二文字は浮かんでいない。

 攻撃を仕掛けるつもり……? でも、私の暗示の魔法で支配してあげれば彼女が何をしようとしても無駄。

 アリナちゃんを暗示の魔法をかけようと彼女の目を見つめたその時、黄緑色の壁が足元から()り上がる。

 

「なっ……」

 

 ハニカムタイルのように小さな六角形で組み上げたような壁は一瞬で四方からアリナちゃんを覆い、巨大なドーム状の隔壁となった。

 ちょうど最深部の扉ごと陣取るような形で(ふさ)いでいる。

 

『まさか。自分ごと鏡の魔女への扉を封印するつもりだっていうの……!?』

 

『そういうワケ。……あなたは魔女のボディにコンタクトすることはこれでインポッシブル。例え──アリナが魔女になっても……この結界は絶対にリリースしない』

 

 頭に響いたアリナちゃん、いや、アリナ・グレイの声。

 ふざけないで。せっかく、ここまで来て、私の計画が台無しにされるなんて……そんなの許せる訳がない!

 

『結界を解いて! 解きなさいよ! あなただって、こんな場所でひっそりと死にたくないでしょ? 誰にも見られない芸術作品なんて価値はないんでしょ? ねえ!? 答えて、アリナ・グレイ!』

 

『……こんな作品がアリナの遺作なんて不満(ディスサティスファクション)だけど。誰かも見てなくても、誰も知らなくても……これがアリナの見つけたたった一つのアンサーだから……。…………ああ、でも、そうだ……借りてた漫画、返し忘れちゃっ……た……』

 

 そこで声は不自然にプツリと途切れ、二度と繋がることはなかった。

 私は呆然と目の前にある黄緑色のドームを眺めた。

 そんな……。

 ここまで来て、私の最高の滅びは……。

 たった一つの願いは果たされないっていうの……?

 もう私が果たしたかった想いは、完成されないで終わるの……?

 アリナ・グレイは結界を自ら解くことはない。

 魔女になった後も、恐らくこの結界だけは維持し続けるだろう。

 この結界を消滅させる手段は私にはない。

 

 …………いや、私にはなくてもこの神浜には、ある。

 

 “否定の魔法”。

 あらゆる魔法を消す力。

 それを持つ、存在を私は知っている。

 

「中沢アキラ……。あの少年のコピーを作れれば、私の願いは果たされる……」

 

 まだ終わっていない。

 決して、終わらせてはいけない。

 神浜をこの手で滅ぼすまで私の願いは終わらない。

 

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