ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第三話『かごめとまやかし町の真実』①

 これは正しい人たちのための物語じゃない。

 

 これは魔法少女のために紡がれた物語じゃない。

 

 きっと全部間違っていて、きっと全部削除されるべき物語。

 

 記さなきゃいけないことはたくさんあるけど、順番に書くのなら、次はこのお話になる。

 

 まやかし町と呼ばれる大東区の小さな町で見て、聞いて、知った真実のお話。

 

 

 ***

 

 

 なんだか、実感が持てない……。

 大変なことに巻き込まれているという自覚はある。

 でも、魔法少女とか、神浜市を滅ぼす存在とか、急にそんな現実離れしたことを聞かされても、感情が追いつかない。

 もしかしたら、本当はまだ私はベッドで眠っていて、これは整合性ないただの夢なんじゃないかって思うくらいだ。

 

「ひど〜い、かごめちゃん。私たちとの出会いを、夢で片付けようとするなんて。こんなに近くに居るんだから、もっと私を感じてよ」

 

 口が勝手に動き出し、私じゃない声で(しゃべ)る。

 特技の腹話術じゃない。完全な別人の声音。

 

「み、みことさん。私の口を使うなら事前に言ってからにしてください……」

 

「うふふ、ごめんね。こんな楽しい反応してくれるお話相手は久しぶりだから、はしゃいじゃってるの。大目に見てよ」

 

「…………はあ」

 

 頭の中だけで完結させられるのに、わざわざ私の口を使って話すのは本当に意地悪だと思う。

 瀬奈みことさん。

 私の頭の中に居る神浜市の滅びを願う魔法少女。

 彼女の存在が、私にこの状況がどうしようもなく、現実なのだと突きつけてくる。

 みことさんの半身だという鏡の魔女。

 その鏡の魔女の結界は、大東区のとある町に繋がっていた。

 それがここ、西町。

 みことさんによれば、“まやかし町”の呼び名の方が通りは良いらしい。

 まやかし町の第一印象は……退廃的、だった。

 結界からすぐに出た場所が廃墟。剥き出しのタイルや割れた窓ガラス。

 空の木箱や段ボールの残骸が散らばっていて、埃と(ちり)がそこら中に積もっている。

 

「初めて吸うシャバの空気がこれかよ。幸先わりぃなぁ、オイ」

 

 逆沢さんは落ちていた木片を蹴り飛ばして、吐き捨てるようにそう言った。

 

「仕方ないでしょ。入り口を作れるのは私の使い魔が成長して魔女になった場所だけ。必然的に魔法少女が巡回しないような人気のないところになるの」

 

 みことさんがまた私の口を勝手に使って答える。

 もう文句を言う気も起きないので、私は口を挟まなかった。

 

「どこにでも行けるように見えて案外、制約があんだな」

 

「その代わり、一度魔女まで成長した使い魔が根付いた場所ならどこでも行けるの。遠く離れた地域にも、それこそ時代だって無視して行くことができる。……どう? 凄いと思わない」

 

「マジでスゲーじゃねーか! 神浜巡りなんてやめて、未来行こうぜ、未来。俺サマ、二十二世紀の猫型ロボットに会うのが夢だったんだ!」

 

 両目をキラキラと輝かせて、興奮する逆沢さん。

 えっと……神浜市を巡って、この街の行く末を決めるって、あなたが言い出したんですよね?

 そして、未来に行けるとしても、二十二世紀に猫型ロボットが出来ているかはまだ分からないと思う。

 

「駄目だよ。今は神浜巡りが先」

 

「ええ! そんなんどーでもいいじゃねぇか。未来に行って、一緒にホンワカパッパしようぜ!」

 

「ホンワカパッパしません」

 

 ホンワカパッパって何のことだろう……。

 謎の共通単語で会話する二人に心の距離を覚えつつ、私はアルちゃんを掲げて腹話術をする。

 

「<逆沢さん。ここに来て神浜巡りを止めるなんて我がままが過ぎるよ。この場は私に(めん)じて……ホンワカパッパは後回しにしてくれないかな?>」

 

 逆沢さんは腕組みをして、うんうん唸った後、肩を(すく)めてみせた。

 

「仕方ねぇな。アル・チャンにそこまで言われちゃ、二十二世紀の夢は後々の楽しみに取っておくか」

 

 ……逆沢さんの中で、アルちゃんの存在おっきいなぁ。

 その優しさの半分でいいから、みことさんに好き勝手身体を使われている私にも向けてほしい。

 

「さて、そうと決まればこんな廃墟に長居をしても無駄だ。ちゃっちゃと神浜巡り済ませちまおうや」

 

 それだけ言うと、彼はさっさと前方に見える開け放たれた出入口の方へ先に向かってしまう。

 気まぐれで奔放。逆沢さんは野良猫みたいな人だ。

 溜め息を吐いてから、その後に続こうとして、みことさんは喋った。

 

「ありがとうね、かごめちゃん。あなたがアキラちゃんを説得してくれるなんて思わなかったよ。本当は神浜巡りなんてしたくなったんでしょ?」

 

「え……まあ、それはそうなんですが。一応、約束したので」

 

 あのまま、神浜を滅ぼす滅ぼさないという話が流れてくれた方が私としては嬉しいけど、それはそれで別のわだかまりが残ってしまう。

 

「思ったよりも義理(がた)いんだね。ちょっと見直しちゃった」

 

「……自分でもちょっと融通が利かないなって思うところがありますけどね」

 

 ここに来て、一方的に喋っていることが多いみことさんと、初めて会話らしい会話ができた気がする。

 もしかしたら、この人を思い直させることだって、不可能じゃないかもしれない。

 そう考えたら次第にやる気が出て来た。

 

「じゃあ……一緒に神浜市の良いところ、見つけに行きましょう」

 

「それは違うわ。一緒に神浜市の滅ぼす根拠を探しに行くんだよ」

 

 そこだけはきっぱりと断りを入れてくる。

 ……うう。前途多難。

 頑な彼女の態度に肩を落としていると、既に廃墟の出入口から外へ出ていた逆沢さんからお叱りの声がかかる。

 

「おい、かごめ。何チンタラしてんだ。やる気あんのか」

 

「す、すぐ行きますって。……さっきまでほっぽり出そうとしてたのに」

 

 私も走って廃墟を後にする。

 外に出ると日はかなり沈んでいて、茜色に染まった空が見えた。どこからかカラスの鳴き声が聞こえる。

 私が逆沢さんの隣まで来ると、彼は何も言わずに歩き出す。

 歩幅を合わせてくれるので置いて行かれる心配はなかったものの、一体どこへ向かう気で居るのか不安だ。

 黙っていても向こうから話しかけてはくれない様子なので思い切って、聞いてみることにした。

 

「あの、逆沢さん……私たちはどこに向かってるんですか?」

 

「どこって。そりゃ、オメー…………どこなんだろうな?」

 

 まさかのノープランだった。

 何も考えていないようで、意外に物を考えていると見せかけて、やっぱり何も考えていなかった。

 段々、逆沢さんの人となりが分かってきた気がする。

 

「それなら寄ってほしいところがあるの」

 

 みことさんがそう言って、ある場所を私たちに告げた。

 その場所は彼女から出るには少し意外で、でも何故か少しだけしっくりくる施設だった。

 逆沢さんと私はお互いに目を合わせてから、そこへ向かうことに決めた。

 

 

 *

 

 

「ここか。みことが寄ってほしいっていう共同墓地ってのは」

 

 みことさんがリクエストした場所は大東区内にある共同墓地だった。

 墓地と言っても想像していた縦長の墓石が区画に分かれている日本形式のものじゃなく、横長のコンパクトな墓碑が芝生の上に間隔を空けて点在している西洋形式のものだった。

 

「そうだね。ここだよ」

 

「オメーの墓碑名がちゃんとあるか探しに来たんか?」

 

「それは前来た時に確認したからいいよ」

 

 二人の会話で私はハッと気付かされる。

 今のみことさんには肉体がない。当たり前のように元から肉体を持たない存在だと思っていたけど、多分、違う。

 みことさんは人として、死んだんだ。

 魔女と魔法少女の意識だけになってしまった彼女の肉体は、この墓地に埋まっている。

 

「かごめちゃん。悪いんだけど、“更紗(サラサ)帆奈(ハンナ)”って墓碑名探してくれる? 多分、この墓地のどこかに刻んであると思うから」

 

「は、はい……」

 

 私はみことさんに言われた通りに、更紗帆奈さんの名前を墓碑から探し始めた。

 

「オイ、みこと。何で俺サマには頼まねぇんだ?」

 

「アキラちゃんが墓碑を椅子(いす)代わりにして、踏ん反り返っているような子だからだよ」

 

 逆沢さんは、私たちを見下ろす形で手近な墓碑の上に脚を組んで眺めている。

 手伝う意思がある態度には到底思えない。

 

「いや、分かんねーぞ。試してみろよ。額を地べたに擦り付けて『お願いします、逆沢サマ〜』ってよ」

 

「あー、何か聞こえた気がするけど、きっとカラスの鳴き声ね。うん。無視無視」

 

「ゴルァ! 聞けや!」

 

 仲が悪いのか、それとも軽口を叩き合うくらいに気軽い仲なのか、二人はたわいもない口喧嘩を繰り広げていた。

 別に探さなくてもいいから、墓碑に乗ったり、騒いだりするのはやめてほしい。

 そうこうしている間に、共同墓地内の墓碑を一つずつ見ていた私は更紗帆奈さんの名前を発見した。

 

「あ。更紗帆奈さんの名前見つけましたよ、みことさん!」

 

 私がそうみことさんに言った時、共同墓地内に私たち以外の足音が聞こえた。

 

「更紗帆奈に、みこと……。よもや、その名をこの場所で聞くのはもはや偶然の一致では済まされませんね」

 

 凛とした声音に振り返った私は、刺すような鋭い視線を浴びた。

 臙脂(えんじ)色の髪の眼鏡をかけた女の子。

 

「オメーは確か……常盤(ときわ)ななか、だったか?」

 

「お久しぶりですね、中沢さん」

 

 逆沢さんの知り合いかと思ったが、彼女──ななかさんの反応からして、知り合いなのは中沢さんの方だろう。

 

「あなたがどうしてこの場に居合わせているのかは存じませんが、その少女は……危険分子です。引き渡して頂けないでしょうか?」

 

 小豆色のセーラー服が瞬時に別の衣装に変わる。

 ノースリーブのドレスに着物の袖を付け足したような、洋装と和装を掛け合わせた服装。掛けていた眼鏡も消えていた。

 危険分子って、私のこと……?

 言われてみれば、神浜を滅ぼそうとする人たちに協力している私は危険な存在だとは思うけど……でも、私自身は反対している立場な訳で……。

 どうすればいいのか分からなくなって、逆沢さんを見ると彼は墓碑の上から降りて、ななかさんの前へと歩いて行く。

 

「二つほど訂正しなきゃならねぇことがある。一つは俺サマとオメーは今日が初対面だ。二つ目は──俺サマの名前は()()だ! よーく覚えときな!」

 

 両手に黒のトンファーを作り出し、構えを取る。

 

「暗示の魔法で操られている、という訳ではないようですね。……良いでしょう。邪魔立てするなら容赦は致しません」

 

 一本の長い鞘の両端から長刀と短刀を引き抜き、ななかさんも臨戦態勢に入った。

 凶暴な笑みを浮かべる逆沢さんと、それを冷徹な眼差しで返すななかさん。

 両極端な二人の内、先に動いたのは意外にもななかさんの方だった。

 

「はあっ!」

 

 二刀の刃が白く夕日を反射してきらめいた。

 目も眩むような光は偶然の産物じゃなく、計算して作られたもの。

 

「うお、まぶしっ」

 

 反射した光を間近で受けた逆沢さんは左腕を上げて、顔を(かば)うように覆う。

 それを見越していた様子のななかさんは空いた左脇腹を目掛けて、長刀を滑らせた。

 だけど。

 

「……っ!」

 

 白刃は黒のトンファーに防がれた。

 言ってみれば、左手のトンファーを回して、長刀を受けただけのこと。

 けれど、完全に目眩しが決まった状態から攻撃を完全に防ぎ切るのは言うほど簡単なことじゃない。

 それくらいには素人の私でも分かる。

 短刀が今度は左の首元を狙って差し込まれる。

 しかし、それも上げたままの左手のトンファーで難なく、弾かれた。

 二撃が両方とも防がれたことで、ななかさんは後ろに大きく飛び退いて距離を取る。

 

「視界は奪ったつもりでしたが……」

 

「オメーが目を奪われるくれーのべっぴんなのは否定しねぇがよ。俺サマには魔力の流れを読み取る力があんのよ。たとえ、目が潰れたって、そいつは俺サマには手に取るように分かんのさ」

 

「なるほど。覚えておきましょう」

 

「んじゃ、続けよーぜ」

 

 両目を(つぶ)ってまま、逆沢さんがななかさんへ突進する。

 視界が塞がっているのに、その走りには一切の淀みはない。

 一段深く踏み込んだ後、逆沢さんのトンファーが前に突き出された。

 二本の刀を交差させて、防御の構えを取るななかさんだったけれど、それでも威力は削ぎ落とし切れなかった。

 身体を斜めに捻って、自分の左脇へ逆沢さんをずらすように受け流したものの、途中で握っていた長刀を地面に落とした。

 落ちた長刀の刀身には無数の(ひび)が入っていて、落下してすぐに砕け、細かい光に変化する。

 

「これが、否定の魔法……」

 

「冗談だろ? まだ使っちゃいねぇよ」

 

 トンファーを自分の肩を叩きながら、目を閉じた逆沢さんは歯を見せて笑う。

 両目が閉じていても、その獰猛な雰囲気は変わらない。むしろ、瞳が見えないからこそ、一層恐ろしさを感じさせる。

 さっきまでみことさんや私相手に文句を言っていた彼と同一人物とは思えないくらいだ。

 

「出し惜しみすんなよ。魔法少女には固有の魔法ってのがあんだろ? オメーがそいつを見せたら、こっちも魔法を使ってやってもいい」

 

「私の魔法はそういった用途で使うものではありませんので。それにこれ以上の交戦は無意味と判断しました」

 

「ほう、そいつは一体全体どうして?」

 

「現状、私一人の戦力ではあなたに勝つことはほぼ不可能だからです」

 

「バカヤロー! やる前から諦めるヤツがどこに居る! もっと情熱持って(タマ)取りに来いよ!」

 

 あ、考えなしに勢いだけで喋ってるところは普段の逆沢さんそのままだ。

 一体、この人はどの立場の誰目線で話しているんだろうか。あと、情熱持って来られたら、命を取られそうのは多分私……。

 逆沢さんの発言に混乱したのは私だけじゃなく、ななかさんもだったようで困惑した表情を浮かべていた。

 

「……あなたはよほどの戦闘狂なんですか?」

 

「いや、別に戦いが好きってワケじゃねーよ。だけどよ、こう、目に見えて余力があるのに負けるから挑戦しませんって消化不良じゃん? どうせなら、最後まで戦ってから諦めの台詞とか吐いてほしいワケよ。それこそ、腕とか頭とかちぎれて、スゲー頑張った努力の証が見えるような感じでよぉ」

 

「いくらソウルジェムが本体とはいえ、魔法少女でも頭がちぎれたら復活するのは困難だと思いますが……」

 

「お、そうなんか。んじゃあ、ちぎれかける一歩手前でいいや。そこまではやろうぜ。そしたら俺サマはスッキリするから」

 

 どこまでも自分本意で生きている逆沢さん。

 清々しいとさえ思えるその姿勢はいつだって私を唖然とさせる。

 でも、このまま放っておくと、ななかさんが文字通り手も足も出なくなるまで戦いをやめないだろう。

 私がとめなくちゃ……。

 遠巻きに戦闘を眺めていた私は二人に近寄りながら、話しかけた。

 

「ぎゃ、逆沢さん。ななかさんはもう降参してるんですから、この辺でやめましょうよ……」

 

「……いえ、確かに私は逆沢さんには勝てないとは言いましたが、降参するとは一言も言ってませんよ?」

 

 逆沢さんに向いていた瞳が私へと向けられる。

 瞳に籠められていたものは、本物の殺意。

 

「ひっ……」

 

 射竦(いすく)められた私に、短刀が投げつけられる。

 投擲(とうてき)された刃はまっすぐに私の頭を狙って飛んで来る。

 恐怖で身体は動かない。瞬きすることも許されず、迫り来る刃を見つめていた。

 切先が目と鼻の先にまで届いた時、フッと意識が沈み込み、自分が自分でなくなるような感覚に落ちていく。

 代わりに何か浮上していく。沈む私を押し退けるようにして。

 

『あらら、大変そうだね。かごめちゃん。私が代わってあげるわ』

 

 まるで他人事のように気楽に言う、みことさんの声が最後に聞こえた気がした。

 

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