「あ、そうだ。一応、これも回収しておこうか」
取り返しのつかないミスをしてしまったことに放心している天音月夜(旧姓)を尻目に、ヌルオさんは思い出したように魔女が消えた場所に行くと、落ちていた黒くて小さなものを拾いあげた。
上部と下部に黒い棘が生えた球体。側面には模様なものが描かれているがオブジェの一種だろうか。
それを環さんへ差し出す。
「環さん。これ、君にあげるよ」
「えっ? グリーフシード……。もらえませんよ。今回、私は何もしてませんから。それに水名神社の時に助けてもらった時から私のソウルジェム、なんだか
今回は落ち着いた状況なので俺でもしっかりと単語を聞き取ることができた。
どうやら“グリーンシールド”と“総務事務”ではなく、“グリーフシード”と“ソウルジェム”と言うらしい。
えーと、じゃあ、ソウルジェムっていうのが魔法少女についている宝石のことで、濁るとドッペルとかいう魔女やウワサに似た怪物になるのか。
じゃあ、グリーフシードって何なんだろう。佐倉さんは報酬としてマギウスの翼から受け取ろうとしていたようだけど。
「……そう、でも一応、持ってた方がいいんじゃない。今の君が必要としなくても、君の周りで必要な魔法少女が出てくるかもしれないしね。君ら、魔法少女はグリーフシードで定期的にソウルジェムを浄化しないと魔法が使えなくなるんだろう?」
わざわざ、ヌルオさんは俺にも分かりやすく、説明するように話してくれた。
そのせいで若干、会話として違和感が出てしまったが、環さんはそれよりも別のことが気になったようでヌルオさんに聞いてくる。
「それはヌルオさんも一緒なんじゃないですか?」
「僕は魔法少女じゃないからね。魔法を使っても宝石は濁らないし、必要ないんだ。放っとくと穢れを溜め込んでもう一度魔女に
「そこまで言うならいただいておきますね。ありがとうございます」
「どういたしまして」
ヌルオさんからグリーフシードを受け取ると、環さんはいそいそと衣装の中にしまう。
その時に突如着信音が鳴り響く。
慌てて、環さんは衣装からスマートフォンの引っ張り出した。
「すいません。迷惑メールが最近、頻繁に届いてきて」
「どこかで聞いたような台詞だね。アドレス、ネットに流出しちゃっているんじゃない?」
「差出人が不明なんですけど、誰かを監禁してるって内容で。あ、そうだ。明槻さん」
何かを思い出した様子の環さんは天音月夜に本名で尋ねた。
放心していた彼女はその呼びかけでハッと正気に戻って、怒る。
「そちらの名前で呼ばないでほしいでございます! ……で、何でございますか?」
「誰かを監禁してるってメールを何通も送ってきたのはあなたですか?」
「メールなんて知らないのでございますが、監禁というなら……あ」
また何か秘匿情報を口走りかけたのか、彼女は焦った様子で口を押えた。
「今更何か隠すことが他にあるの? さっき話した内容が知られたら君は組織の裏切り者だよ。環さんは魔法少女の友達が多いからね。あーッという間に情報が拡散しちゃうかもしれないね」
ヌルオさんが援護をするように脅しをかける。
ぐぬぬと唸りつつも、もはや手遅れだと気付き、大人しく口を割った。
「……二葉さな、という魔法少女をひとりぼっちの最果てに監禁しているでございます」
「二葉さな……それがこのメールの差出人なの?」
「私に聞かれても困るでござますー!」
やけくそになって叫ぶ天音月夜。
一度はウワサの餌にされかけた身だが、ここまで振り回されているとちょっと同情を禁じ得ない。
環さんはちょっと悩みつつ、差出人のメールとにらめっこしているようだった。
その姿を見ていると、俺のメールもこの件に関係していたりしないだろうかという疑問が湧いてくる。
ヌルオさんはそれを受けて、魔法少女たちから距離を取ってから、面倒くさそうに俺のスマートフォンを衣装の裏から取り出す。
わざわざゴミ箱に入れたメールの件名を一通ずつ確認してくれた。
『あなたがウワサを消して回っているウワサですか』
目を見張りたくなるようの件名。
それは俺以上にヌルオさんが穏やかではいられない内容だった。
俺のスマートフォンにそのメールが送られていたということは、差出人はヌルオさんと俺の関係性を知っているということ。
だが、彼は分かりやすく反応などすることなく、淀みのない動作で件名を確認していく。
『どうか助けてください』
『私を消してください』
『私が監禁している子を助けて』
『あなたなら私を跡形もなく、消すことができます』
『私が居る彼女を解放することができません』
『彼女の世界を狭めてしまう』
『彼女の未来を取り上げてしまう』
『彼女には他に生きていくべき場所があるのに』
『大好きな彼女を』
『どうか助けてください』
『お願いします』
『お願いします』
『お願いします』
懇願するように、祈るようにずっと『お願いします』という件名がいくつも続いていた。
ヌルオさんはそれを僅かな間眺めていた後、最後に届いたメールをメールボックスに戻した後、返信する。
内容は一文字もない。
ただ件名にだけ短い文章が書かれていた。
『任せて』
返信し終えるとスマートフォンを戻し、天音月夜の元へ詰め寄った。
「いますぐ僕をひとりぼっちの最果てに送ってもらえる?」
***
そこはベージュと黒が目立つのマーブル模様の世界がどこまでも続いていた。
だが、決して暗くはない。むしろ、ほどよい明るさが全体を照らしている。
果ての見えない天井からはサンキャッチャーに似た球体のガラスが付いたインテリアが数えきれないほど吊るされている。
緑色のツインテールの少女はそこに居た。
薄紫色の天音月夜が来ていたものと同じ制服を着て、
その表情はとても監禁されていたとは思えないほどに明るく幸せそうだった。
だが、ヌルオさんと環さんの存在に気が付くと、目を丸くしてから、怯えるように立ち上がって叫ぶ。
「アイちゃん!? 知らない人が居るよ!」
「あなたが、二葉さなちゃん……?」
「何で、名前を……」
いきなり現れた二人に警戒していたが、名前を呼ばれると驚いて、環さんの顔を呆然と眺めた。
『さな。怖がらないで。彼らは私が呼びました』
声と共に白い服を着た濃い緑髪の巨大な女性が空中から投影される。
これがウワサの本体……そして、あのメールの差出人。
『初めまして。私はアイです。私の声に応えてくださり、本当にありがとうございます』
顔もないのっぺらぼうの女巨人。
けれど、前にヌルオさんが倒したウワサと違い、明らかに知性があるように見える。
他のウワサも知能はあったが、どこか機械的で会話が成立しなかった。
「初めまして。招待状をもらったのに今まで来るのが遅くなって悪かったね。僕の名前はヌルオ」
ウワサと見るや即座に攻撃を仕掛けていたヌルオさんが、恭しい頭を下げて自己紹介をしていた。
ここまで柔らかい対応は魔法少女たちにすらしていなかったので、俺は驚いた。
『“
「僕を表す名前なんてそれで充分ってだけだよ」
アイさんのよく分からない台詞にヌルオさんはそう答える。
え……。ヌルオさんの名前っていろは歌から適当に付けたものじゃなかったのか? そんな深い意味があったのか? まあ、ヌルオさんなら皮肉を名前に込めた方がらしいと言えばらしいが。
「初めまして、アイさん。私は環いろはです」
『初めまして、環いろはさん。どちらか一人でも来てくれたらと思っていましたが、二人とも来てくださるとは想定もしていませんでした。嬉しいです』
「ア、アイちゃん……この人たちは?」
状況が掴めず、戸惑っていた二葉さんは不安そうにアイさんへ尋ねた。
アイさんはそんな彼女に優しく、そして、どこか寂し気に答える。
『彼らはさなを助けに来てくれた方たちです……』
「助ける、って。私、何も困ってないよ!? 何で、そんな……」
『さな。そろそろこの関係を終わりにしましょう。やっと……あなたを見つけてくれる人が来ました』
「……何、言ってるの? 全然分からないよ! 私はここに居るだけで幸せなのに!」
分からない。そう言いつつも二葉さんは、アイさんが何を言おうとしているのか、分かっているように見えた。
だからこそ、言わせないように精一杯声を上げて、会話を打ち切ろうとしている。
目も口もないアイさんの顔は表情なんてものはない。けれど、とても辛そうに映った。
『私はウワサ。いつか消えてしまう人工知能。さなは、私とではなく人と共にいるべきなのです』
「そんなの勝手に決めないでよ! 私は居たくてここに居るの。ここじゃないと、息ができないの。ここじゃないと――」
絞り出すように叫ぶ。
「誰にも……見てもらえないの……!」
その言葉を聞いて、俺はもう一つの噂を思い出す。
そこにいても、誰にも気付かれない。誰にも話しかけられない。空気みたいな、透明な存在。
それが“透明人間の噂”。
もしかして、二葉さんが透明人間なのか……?
『さな。聞いてください』
「やだ。聞かないよ! 私はここがいい! アイちゃんと一緒がいい! ずっと、このままここで……」
「それが無理だから、彼女は僕らにメールを寄こしたんだろう」
二人の口論にとうとうヌルオさんが割り込んだ。
二葉さんの目がヌルオさんの目と合い、すぐに逸らす。
「……行きませんよ、私。外の世界には絶対に戻りたくありません」
制服のスカートの
「ここにしか、私の居場所は……ないんです」
「そう。でも、僕はウワサを消しに来たんだ。アイさんとはここでお別れだね」
ヌルオさんはそういって、ステッキを生み出し、アイさんに突き付けた。
投影された
「やめて!」
「どうして? ああ、彼女が居なくなれば、この空間が維持できなくなるから?」
悲鳴のように声を上げる二葉さんに、ヌルオさんは意地悪く尋ねる。
「違うよ! アイちゃんとお別れしたくないから! 一緒に居たいからだよ! だから、止めてよ! アイちゃんを殺さないで!」
「どうして好きなの? 自分のことが視認できるから? 君にとって都合がいいから? まあ、ウワサだもんね。自分の思い通りにならない人間相手より気楽だよねぇ?」
「違う……違うよ! アイちゃんだからだよ! 優しくて! 思いやりがあって! 私が教えたこと全部私より上手になっても私のこと馬鹿になんかしなくって! 大好きな……アイちゃんだからだよぉ!」
首を振って二葉ちゃんは思いの丈を吐き出す。
目じり涙を薄っすらと溜めながら、ヌルオの目を見て、睨みつけてくる。
「さなちゃん……。ヌルオさん、それ以上は……」
堪えられなくなり、環さんはヌルオさんを止めようとする。
だが、それを遮って彼は言った。
「そのアイさん、殺そうとしているのは君だよ。二葉さん」
「……私が? どうして私がアイちゃんを殺すなんて……」
何を言っている分からないとヌルオさんを見た。
ヌルオさんはまっすぐにその視線を返す。
「君の大好きなアイさんは、今の君を見過ごすの? 大切な人が隔離されている状況を喜ぶの? 自分が消えた時に本当に独りなってしまう君を認めると本気で思ってる?」
「…………それは」
「彼女の心を殺そうとしているのは君だ。彼女の在り方を否定しているのは君だ。大好きな彼女の想いを踏み躙っているのは他ならない君なんだよ。二葉さな」
ヌルオさんは二葉さんに突き付ける。
ステッキなどよりも激しい痛みを与える残酷な事実を。
「友達なんだろう? 大好きな相手なんだろう? なら、聞いてあげなよ。受け入れられないことでも、
彼はどこまでも厳しい。そして、どこまでも優しい。
親切だからこそ、ヌルオさんは相手が理解するまで嚙み砕いて分かるまで付き合う。
それは言葉を送る相手が、真意を理解してくれると信じているから。
二葉さんはそこでゆっくりと目を瞑る。
「……ヌルオさん。私は外の世界が怖いです。できることならずっとここでアイちゃんと一緒に暮らして居たいです」
「そう……」
「でも……アイちゃんの想いを踏み躙りたくないです。私にくれた優しさを否定なんかしたくないです」
開かれた瞳はどこまでもまっすぐで、会ったばかりの時とは印象がまったく違って見えた。
はっきりとした想いを告白する彼女から目が離せない。
「私を、連れて行ってくれますか?」
「ようやくだね」
アイさんに向けていたステッキを下ろして、身体ごと二葉さんに向き直る。
「ようやく、僕を見てくれた」
「まだ、怖いです。外の世界も、あなたも……」
「でも、君は目を逸らすことはあっても、目を閉ざすことはしないはずだよ。君がまっすぐに見続ける限り、きっと世界も君を見続けるだろう。それに……」
ちらりと環さんに視線を向ける。
「友達募集中のお人好しの魔法少女が、ちょうどここに一人居る」
「さなちゃん。さっきも一回名乗ったけど、環いろは。よろしくね」
グッドコップにもバッドコップにもなれなかった環さんだったが、二葉さんを迎える
『……さな』
「アイちゃん。アイちゃんがしてくれたことなら受け入れるよ。でも、もう少しだけ私と一緒に遊んで! 外に行ってもくじけないように! アイちゃんのこと、忘れないように!」
『はい……私も……。私もさなと遊びたいです。最後に思い出を、ください』
ホログラムのような淡い発光を放つアイさんの身体が、小さな二葉さんの身体を抱きしめる。
よかった……。もちろん、ヌルオさんのことは信じていたけれど、ここまで大団円にまとまるとは思っていなかった。
環さんも優しい笑顔を二人に向けている。
穏やかな気持ちで俺はヌルオさんの視点からそれを眺めていた。
「そんなこと、アリナ的にバッドなんですケド」
知らない声が聞こえた。
上から翼を広げた鳥を簡略化したようなシルエットが浮かぶ。
そこから現れたのは、黒い軍服にアクセサリーがついた帽子をかぶった服装の少女。
軍帽の下で長い黄緑色の髪がなびく。
「まさか、ウワサに裏切られるなんて、アリナ的にアンベリバボー。ほんとワンダーなこともあるヨネ」
英語が雑に混ざったような滅茶苦茶な口調で、少女はケタケタと愉快そうに笑った。
ひとしきり笑い終わると大きく息を吐き出し、静かに怒りを秘めた表情で呟く。
「ウッフッフッフッフッフッ……アッハハハハ……はぁ……ウザいんですケド?」
あまりにも両極端に感情が切り替わる様に俺は恐怖を覚えた。
苦々しい声音でアイさんが彼女の名を呼ぶ。
『……アリナ・グレイ……』
この辺で切っておかないと分量がやばくなりそうなので切ります。
正直、次回が一番描きたかった話です。