ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第四話『かごめとまやかし町の真実』②

 深い、深い、水底にいるような感覚。

 軽いようで、重たくて。温かいようで、冷たい。

 そんな場所に私は居た。

 真上には一つの映像が流れている。

 

「本当はもっと穏便な形で交代してもらおうって思ってたんだけどなぁ」

 

 みことさんの声だった。

 映っているのは裏返しにした手鏡だろうか。

 アンティークな装飾の施されたそれは素朴ながら洗練されたデザインに感じられた。

 裏面を向いた手鏡が動くと、そこに見えたのは短刀が突き刺さった肩を押さえるななかさんの姿だった。

 

「……ようやく正体を現しましたね。瀬奈みこと」

 

「その言い方だと私がこそこそ隠れていたみたいに聞こえるね。私は逃げてもいないし、隠れてもいない。単にあなたが私を見つけられなかっただけだよ。ななかちゃん」

 

「他人の身体まで乗っ取っておいて、よくも抜け抜けと……」

 

 他人の身体……?

 もしかして、それって。

 

「かごめちゃんのこと? んふふ。今はまだ相乗りってところだよ。運転手さんを代わってあげただけ」

 

 私の身体をみことさんが使ってる!?

 やっと状況が呑み込めてきた。

 私が短刀を投擲(とうてき)された瞬間にみことさんと意識が入れ替わったんだ。

 あの手鏡で刃を弾いた……? いや、それならあの角度でななかさんの肩に突き刺さるとは思えない。

 刃の軌道をそっくりそのまま()()()()()()()()()()は。

 

「まさか、魔法まで使えるようになっているとは……誤算でした」

 

「それは仕方ないよ。銀羽根……上条恭介ちゃんだっけ? あの子が生み出した膨大な魔力のおかげで薄れかけてた私は全盛期以上に魔力を取り戻せたんだ。思念体の状態でも全然魔力が枯渇する気がおきないなんて、私ですら驚きだもの」

 

 また知らない用語や名前が出てきた。だけど、話の内容からすると、みことさんは魔法少女だった頃よりもずっと力を得ていたらしい。

 あれ……? だったら、それこそ私の頭の中に居た時点で、私の身体も自由にできたんじゃ……。

 

「それじゃあ、お喋りはこのくらいにしてっと……アキラちゃん、やっちゃって〜」

 

 みことさんは一方的に会話を終わらせると、逆沢さんへの号令を出す。

 普段なら文句の一つでも言いそうな彼への対応だったが、この時ばかりは様子が違った。

 

「……ああ。今回だけは心底頭に来てっからよ。俺サマがこの手でヤるわ」

 

 眩んでいた視力は回復したようで閉じていた瞳は再び、見開かれる。

 二つの眼光には獰猛な荒々しさはなかった。

 そこにあったのは底冷えのする氷の眼差し。

 中沢さんの首を掴み上げていた時と同じ目。

 もう、殺すと決めてしまったあの嫌な目だった。

 

 

 体感時間にして、五秒くらいだろうか。実際に数えていた訳じゃないから、もっと早かったかもしれない。

 悲鳴も、絶叫も、掛け声も互いに一切上がらなかった。

 ただ、倒れているのがななかさんで、彼女を片足で踏み付けるように立っているのが逆沢さんだった。

 

「オメー……かごめを“他人の身体”だっつったな? んなら、あれがみこと本来の身体じゃねーことも、ましてや、そいつがオメーのために戦いを収めようとしたのも分かって殺しにかかったってワケだ」

 

 トンファーの持ち手を回して、長い棒の方をななかさんの顔へ突き付ける。

 

「目眩しみてーな戦術の駆け引きとは話が違うぜ。ありゃ、策とも言えねぇただの下衆な手管(てくだ)ってモンだ」

 

 え……? もしかして、逆沢さん。

 私が狙われたから怒ってるの……?

 あの身勝手の化身みたいな逆沢さんが、私のために?

 

「私は……」

 

 ななかさんが何か言い返そうとした時、トンファーの棒から弾丸のように金色のコインが飛び出す。

 倒れている彼女の真横の芝生に、半分埋まるほど深く突き刺さっていた。

 ちょうど髪に付いた花弁の花飾りのすぐ隣の位置に。

 

「つまらない言い訳だったら即殺す。時間稼ぎだと思ったら即殺す。それでも良けりゃ、口を開けよ。辞世の句ぐらい詠ましてやる」

 

 取り立てて大きな声でも、激しい語調でもなかった。

 淡々として機械的な問答。普段の逆沢らしくない台詞。

 だからこそ、その台詞が脅しではないと判断できた。

 そして、それがななかさんにも伝わったのだろう。

 お願い、逆沢さん……ななかさんの言葉で思い止まって!

 彼女は一度目を閉じて、一呼吸した後、大きく両目を開けてから言った。

 

「更紗帆奈は私の敵でした」

 

「そうか。じゃあ死……」

 

 ああ、駄目! このままじゃ本当にななかさんが殺されちゃう……!

 

「先に奪ったのは彼女の方だ!」

 

「…………ほう? 続けろ」

 

 あ。逆沢さんの声にちょっと感情戻ってきた。今の台詞は彼の琴線に触れたんだ。

 

「かつて、更紗帆奈は魔女を魔法で使役し、私の父……」

 

「親父サンの命を奪ったのか」

 

「いえ、私の父が何より大切にしていた“華心流”を奪ったんです」

 

「……変化球来たなぁ。カーブ、エグめのヤツ。何だ、そのカシンリューってのは?」

 

 逆沢さんの声音に若干の困惑が浮かぶ。

 ただ、私の方には“華心流”という単語に聞き覚えがあった。

 雑誌でも紹介されるような有名な華道の宗派、だったと思う。

 

「江戸の頃より続く華道の一門、と言えばお分かりになりますか?」

 

「わりぃがお分かりにならねー。まず、そのカドーって何だ? 茶道の親戚か何か? あの、茶を集団で(すす)るヤツの」

 

 多分、逆沢さんの元になった中沢さんが華道を知らなかったのだろう。

 女の子と違って、男の子は花に興味を持つ機会は少ないし、仕方ないとは思うけど。

 

「……“生け花”はご存知(ぞんじ)ですか?」

 

「おう。フラワーアレンジメントってヤツだろ。教育テレビ番組でご存知だぜ」

 

「生け花とフラワーアレンジメントは厳密には似て非なるものですが、この際その認識でいいでしょう。その名門が“華心流”。ここまではいいですか?」

 

 ななかさんは、逆沢さんがあまりに事前知識がないせいで色々と諦めながら説明している。

 その姿は、さながら出来の悪い生徒へ丁寧に勉強を教える家庭教師の先生のようだった。

 

「……なあ。ひょっとすると、この話まだ続くのか?」

 

「私はまだ華道の説明しか、していませんが!?」

 

「もう分かったぜ。つまりオメーの親父サンはフラワーなアレンジメントで奪われたんだろ? そういう感じのアレだ。そいつは大変カドーじゃあねーか。うーむ、悲劇」

 

「今までの説明をでたらめに覚えているだけじゃないですかっ!? 私が最期にする会話がこんなトンチンカンなんて、悲劇を越えて喜劇ですよ!」

 

「なら、喜ばしいじゃねーか」

 

 何なんだろう、この会話……。

 別にお互いふざけている訳じゃないのに、会話ってここまで通じ合わないものなんだ……。

 たとえ、足蹴にされても崩さなかったななかさんの冷徹な仮面は今や粉々に砕かれ、見る影もなかった。

 でも、これ、誰がななかさんの立場でもこうなるような気がする。

 この会話が人生最期にするものなら、冷静になんてなれないよ……。

 み、みことさん! もし聞いてたら、二人とめてあげてください! 見てられないです!

 

『そうだねぇ。他ならないかごめちゃんがそこまでお願いするなら聞いてあげようかな〜? でも、その代わり……もうしばらく身体の運転手さんを私が続けてもいいかな?』

 

 ……やっぱり聞いてた。聞いてた上で、私と取り引きしやすい状況に持ち込みたかったんだ。

 みことさんのこういうところはあまり好きになれそうにない。

 だけど、今はそれどころじゃない。

 わ、分かりました。私の身体まだ使ってていいです。だから、お願いします! 二人を!

 

『うんうん。分かったよ。かごめちゃんは優しいね。言質も取れたし、アキラちゃんが居る以上はななかちゃん一人じゃ脅威にはならない。よし、助けよっか』

 

 みことさんが一人勝ちする結果に釈然としない気持ちを抱きつつも、私は彼女に感謝する。

 これでななかさんは死なずに、逆沢さんは誰も殺さずに済む。

 

「アキラちゃん。やっぱり一旦ななかちゃんを殺すのはやめよう。人の命を無闇に奪うのはワルのすることだからね」

 

「それ、あらゆる意味でオメーが口にできる台詞か? まあ、俺サマも何だか萎え始めてたから別にいいけどよ」

 

 呆れた顔でななかさんの上から左足を退ける。

 すると、すぐにななかさんは身体をバネのように起こして、一瞬で立ち上がった。

 

「言っとくが、まだオメーの髪飾りに狙い付けてるぜ」

 

 視線は外しているものの、トンファーの棒はななかさんの花の意匠の髪飾りへと向いている。

 それにしても『頭』じゃなくて『髪飾り』に狙いを付けてる、なんてオシャレな言い回しは少し逆沢さんらしくない。

 不完全燃焼で皮肉を言いたい気分なんだと言われたら、それまでだけど。

 

「言われずとも、あなたの魔力感知の精度は存じ上げています。……ただ急な心変わりの理由をお聞きかせいただいても?」

 

「私たちはお互いに誤解があるって思うんだ。どう、みんなで一緒にお茶でもしない?」

 

 ななかさんは僅かに黙り込む。

 対照的に逆沢さんは鼻で笑った。

 

「共同墓地で茶会の誘いか? 知ってっか、みこと。芝生の芝を熱湯で煮出してもハーブティーにはならねーんだぜ?」

 

「味はだいたい近いと思うよ。ちょっと苦味と土くささが残るけど」

 

 みことさんの表情は意識の深層に居る私には(うかが)い知ることはできない。

 でも、声の実感から言って、──多分、真顔だ。

 しばらくの間、沈黙が舞い降りた。

 

「ハッ……っ。まるで試したことがあるみてぇな口振りじゃねーか」

 

 引きつった笑みで逆沢さんが聞かなくていいことを聞く。

 生唾を飲み込むくらい踏み込むの躊躇(ためら)ってるなら、その疑問は胸の奥でそっとしてあげてほしかった。

 

「なーんてね。実は飲み比べたことはないんだ。だから、味が近いかどうかは私の想像だよ」

 

(いささ)か反応に困る物言いでしたが、そういう意味だったのですね」

 

 ななかさんが安堵したように取り繕う。

 

「うん。飲んだことないから──本物のハーブティーの方」

 

「…………場所、移そうぜ。近くにファミレスとか、あるよな?」

 

 逆沢さんは目の焦点を左斜め下で固定して、完全に目を合わせる意思を放棄していた。

 流石にななかさんは、そこまで露骨なことはしていないけど、居心地の悪さを感じている様子が(うかが)える。

 

「ファミレス……ファミリーレストランですか。最近、友人たちに紹介していただいたチェーン店がこちらの区にも出店していた気が……」

 

「あっ、ちょっと二人とも待ってて。当初の目的果たさないと」

 

 みことさんは二人から離れて、さっき私が見つけた更紗帆奈さんの墓碑に歩み寄った。

 指先で彼女の墓碑名をなぞるように触れる。

 身体の操作をみことさんに一任している私にはその感触は伝わって来ないけど、きっとざらついていて、冷たい触り心地だったはず。

 なのに、みことさんはとても心地よさそうな声で(ささや)いた。

 

「私、やっぱり戻って来ちゃったよ。帆奈ちゃん」

 

 その声は懐かしそうでいて。嬉しそうでいて。

 そして、何故だかほんの少しだけ申し訳なさそうな響きを含んでいた。

 

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