『かごめ。君には魔法少女の素養がある。ボクと契約して、魔法少女になってよ。その代わり、どんな願い事だって叶えてあげられる。さあ、君の願いを言ってごらんよ』
「コイツ、自分の状況分かってモノ言ってんのか?」
キュゥべえは頭以外を埋められながら、私を魔法少女へ勧誘していた。
耳から生えている長い毛は二回ほど固結びで結われて、チョンマゲのような形で頭の上に固定されている。
何故、この状況になったのかというと……。
「契約契約うるせーな、コイツ。何されても契約を取り付けにくるか実験してやんぜ。へっへっへ」
道端で普通の人には見えないキュゥべえと立ち話をしていると、間違いなく奇異の目で見られてしまうため、私たちは近くの公園に場所を移した。
そこで逆沢さんの悪戯心に火が着いてしまったせいで、現在砂場に作った山に首から下を埋められることになった。
ちなみに当の逆沢さんは既に飽きてしまったらしく、一人滑り台を
「あの、何度も言ってるけど、魔法少女になるつもりはないよ」
『どうしてもかい? 君には叶えたい願いや解消したい悩みが一つも浮かばないのかい?』
なおも諦めずに根気強く話を続けてくる。
確かに私にはみことさんや逆沢さんたちのことで悩んでいるけど、それを願い事で解決するのは違う気がする。
二人とも自分勝手で攻撃的なところはある。でも、私がちゃんと話をすれば聞いてくれる。
そういうことを一足飛ばしで解決するのは、あまりにも誠意がない行いだ。
「ソイツ、まだ言ってんのかよ。もう五分近くほとんど同じやり取り繰り返してんぞ」
滑り台に飽きたのか、逆沢さんが砂場まで戻って来た。
『君は逆沢と言ったね。そろそろボクを砂山の中から解放してくれないかい?』
「その前にオメーがそのウザってー勧誘からかごめを解放すんのが筋だろ。ボケが」
埋もれたキュゥべえに向かって、舌を出して中指を立てる。
いつにも増して、喧嘩腰だ。
『それは承諾できないね。ようやく、神浜市にもう一度来られるようになったんだ。魔法少女の素養がある子を見逃す手はないよ』
「つっても、かごめはとっくに魔法少女のデメリット知ってんだ。宝石にされた挙句に、化け物になるって分かってんのに魔法少女になりたがるヤツなんていねーよ。いや、一部居たのか?」
それを聞いて、納得が言ったようにキュゥべえは言った。
『なるほどね。その事実を事前に知って魔法少女になる少女は稀だ。この街でも三人の少女を除けば、居ないに等しい』
淡々とした声音でそう語る。
つまりは、ソウルジェムの秘密も、魔法少女が魔女になる事実も意識的に隠しているということだった。
嘘は吐かないなんて、さっきまで言っていたのに不利益になる隠し事はあるなんて、卑怯だと思う。
「ってか、やっぱ都合悪いこと隠して騙してやがったんじゃねーか。詐欺野郎」
『聞かれなかったからね。その事実に対して質問があれば答えるよ。ボクたちには騙すなんて真似はしないからね』
「んじゃ、覚えとけ。不都合な事実を隠して契約させるってのは“騙してる”って言うんだぜ」
『分かったよ。その事実が彼女たちが不都合かどうか発覚したら教えることにするよ』
「かごめ。聞いたか? コイツ、なかなかのクソ野郎だぞ」
私に話を振って来た。
聞いていた感じだと、キュゥべえには罪悪感みたいなものはないようだし、言うだけ無駄な気がする。
「逆沢さんの言う通り、放置が正しかったみたいです……」
「でっしゃろ!」
……でっしゃろ!?
自分の意見の正当性が認められて、逆沢さんはご機嫌だ。
言葉選びもいつもより突飛だし。
というか、本当に遅刻してしまう前に、学校へ登校しないといけない。
「……もう行きましょう」
「おう。その前に最後の仕上げじゃい」
砂山をちょいちょいと指で弄り、逆沢さんが文字を刻む。
『だれもひろわないでくだてい』と平仮名で書かれていた。
『さ』と『て』を間違えていたけれど、それ以上に色々と間違えているので
『待ってよ。かごめ。ボクの話はまだ終わってないよ。それよりここから出してよ』
もう可哀想という感情は全然浮かんで来ない。
私の心、擦り切れちゃったのかな……?
「そこで何してるの?」
自分の良心が正常に動作しているのか不安を覚えていたところ、不意に誰かから声をかけられた。
振り返れば、白銀のセミロングヘアの女の子が居た。
すぐ
無表情の顔は今まで出会った女の子の中でも特に整っている。でも、冷たい瞳のせいで近寄りがたい雰囲気をしていた。
不意打ちで話しかけられたせいでしばらく鳴りを潜めていたあがり症がぶり返す。
「あ……えと……」
アルちゃんを持ち上げて腹話術の準備をする。だけど、それより先に逆沢さんが答えた。
「クソマスコットを砂場に封印してるんだ」
「クソマスコットって、あの顔だけ出てるキュゥべえのこと?」
「そうだ。ヤツはクソだ。不用意に触んなよ、かぶれるぜ」
『かぶれないよ。ボクにそんな性質はないよ』
どこから突っ込んだらいいのか判断に困るやり取りだった。
キュゥべえの名前を知って、認識していることから彼女もまた魔法少女みたいだけど、今まで見てきた子たちとは少し違う気がする。
「キュゥべえが見えるあなたは“何”?」
言葉からもキュゥべえと同じように感情が読み取れない。
でも、キュゥべえと違うのは冷淡な態度。何と言うか、周囲の世界を冷めた目で見ているような否定的な意思を感じる。
「何、と来たか。“誰”とか“何者”じゃなく、“何”。……つまり、俺サマを魔女や使い魔の類だって見てるワケだ。良い勘してんぜ、オメー」
「答えて」
「名乗ってほしけりゃ、オメーから名乗るこったな」
逆沢さんがそう返事をすると、彼女は素直に自分の名前を明かした。
「加賀見まさら。高校一年、十六歳。身長百六十二センチ。魔法少女よ」
何で身長まで言ったんだろう……?
「そこまで言ったら体重も言えよ。まいいや、俺サマは逆沢。生後一日。身長百六十一センチ。一応、カテゴリー的には鏡の魔女の使い魔ってとこだ」
彼女、まさらさんの表情が僅かに変化した。
ななかさんたちのように、みことさんと因縁でもあるんだろうか。
「加賀見の魔女……私?」
あ、これ、ただの聞き間違いだ。
「いや、オメーじゃねーわ。ほら、鏡屋敷ってあんだろ? そこに果てなしのミラーズって呼ばれてる結界の奥に居る魔女のことだよ」
「そう。あそこの魔女の使い魔……ああ、よく見れば、あなた。空に浮かぶ巨大な異空間の中でマギウスの“銀羽根”と戦ってた中分けの男の子にそっくり」
「何だ、オメー。あの場に居たんか。不本意ながら、その中分けのカスのコピーが俺サマだ」
私にはよく分からない話だったけど、内容から考えて中沢さんのことを知っているようだった。
とはいえ、一方的に戦う姿を見ていただけみたい。
「じゃあ、あなたは魔法少女の敵……?」
「おう。そうなるわな」
予備動作はなかった。
音もなかった。
完全に無音で彼女の姿は
「え……?」
思わず、声を上げた私は周囲を見回す。
滑り台の方にも、シーソーの方にもまさらさんの姿はない。
「逆沢さん、今……」
まさらさん、居なくなっちゃいましたよね?
そう聞こうとして、逆沢さんの方へ視線を向けた。
視界に入ったのは、ちょうど斜め後ろの空中から突き出された凶刃をトンファーで防いでいる光景だった。
「えぇ!?」
西洋風の短剣を握っているのは──まさらさん。
彼女は胸元がざっくりと開いた白を基調とした衣装。生地の透けた短いスカートの下にショートパンツというやや扇情的な格好をしていた。
「……っ」
そして、その顔には冷淡な無表情ではなく、驚愕の感情が垣間見える。
「何で……」
「透明化が解けてるの、ってか? それとも俺サマがオメーの不意打ちを華麗に防いでやったことか? どっちだろうと同じこった。ソイツは俺サマが強ぇーからよぉ!」
笑いながら刺突を受け止めたトンファーを勢いよく横へスライドさせた。
鋭利な短剣の刃先はその勢いを受けてへし折れる。
同時にまさらさんの身体は軽々と吹き飛ばされて、砂場の中へ落下した。
砂山に埋もれていたキュゥべえはその衝撃で周りの砂ごと転がり出される。
砂で汚れたまさらさんは、すぐに身を起こすと左目を右手で覆う。怪我をしたのかと思ったけど、それは違った。
揺らめく青の炎は彼女を包み、炎ごとその姿を掻き消した。
「まぐれだと思ったんか? 何度やっても同じことだぜ。俺サマの目には魔力の流れが見えてる。それ見りゃ、オメーの姿は……」
喋り続ける逆沢さんは、自分の右脇の虚空を無造作にトンファーで殴り付けた。
鈍い打撃音がして、揺らめく青い炎が目に映る。
剥がれ落ちる火の粉の内側からまさらさんの身体が現れ、片膝を突いた。
「──オメーの乳と一緒で丸出し同然ってワケよ。オーケイ?」
睨み上げるまさらさんの顔を、逆沢さんは白い歯を出した粗暴な笑みで迎える。
勝敗は既に決していた。
誰が見ても敗者と勝者は変わらない。
「んじゃ、殺すか」
トンファーを振り上げて、トドメを刺そうとする逆沢さんを私は慌てて押し留めた。
「いや、そんな簡単に命奪わないでくださいって」
「あん? 仕掛けてきたのはコイツだし、負けたのもコイツだ。命を奪うのは俺サマの自由だろーが」
蛮族の論理に私はたじろぐ。
絶対に現代社会にそぐわない精神構造をしている。
仮にも人間の精神構造を模して誕生した存在なら、お願いだからもう少し理性的であってほしい。
でも、こちらには対逆沢さん用の切り札がある。
「……<逆沢さん。ここは私に免じて、武器を収めてくれないかな?>」
私の言葉は届かなくてもアルちゃんの言葉なら……。
「オイオイ。アル・チャンと言えどもここは勝負の世界。命のやり取りをそう簡単になかったことにゃできねーよ」
駄目だった!
うう……このままだと朝の公園で殺人事件が起きちゃう……。
どうしよう。みことさん、出て来て説得してくれないかなぁ。
そんな風に私が悩んでいた時、簡素な電子音が鳴り響く。
スマホの呼び出し音のようだったけれど、私のものじゃない。
音の出る方へ視線を向けると、まさらさんに行き着く。
「……出てもいい?」
「おう。いいぜ。最後の会話くらいさせてやらぁ」
まさらさんがスカートの辺りをゴソゴソと弄ると、明らかに透けた薄い生地の中には収まらないスマホが出てくる。
魔法少女の衣装には、変身前に見に着けていたものを収納するスペースみたいなものがあるのかも。
それを耳に当てたまさらさんは命を握られている人間とは思えない落ち着いた声音で出た。
「もしもし」
『まさら! 今、どこに居るの!? ちょっと目を離したらどこかに居なくなってるし! 早くしないと私たち遅刻しちゃうよ?』
聞こえて来た声は女の子の声。まさらさんを気安く呼んでいるので多分、友達だ。
「遅刻するのは私だけ。こころは先に登校してて」
『もう~! またそんなこと言って。校門前で待ってるから、早くまさらも来てよ』
こころさん、と言うらしい彼女の友達には当然この状況も分かるはずがなく、可愛らしい文句を告げる。
こういうやり取りが何度となくされてきたんだろうと思わせる気心知れた会話だった。
「こころ」
『どうしたの? まだ時間かかりそう?』
「……ごめん」
『ら、らしくないよ。どうしたの、まさら? 何かトラブルでも……』
まさらさんが急に謝ったことで、電話口に居るこころさんが戸惑った声を上げる。
だけど、その通話はスマホを途中で奪い取った逆沢さんによって中断された。
「あー……オメーがまさらのダチか?」
『えっ、えっ? ど、どちらさま?』
「俺サマは逆沢ってモンでよ。ちっと道案内してもらってたんだわ。まさか、ダチと待ち合わせ中だとは思わなくてよ。悪かったな」
何を言い出すのかと戦々恐々としていたけど、彼が普段吐かない種類の嘘だった。
『あ、じゃあ、それでまさらは遅れそうになってるんですね』
「そういうこった。おかげさんでこっちは解決したんで、ダッシュですぐにオメーんとこ向かうってよ」
『良かったぁ。まさらに限ってそんなことはないと思ったけど、あの子、結構自分のことに無頓着だから何か危険な事件に巻き込まれたんじゃないかって心配しちゃって……あ、すみません。こんな話いきなり言われても困りますよね?』
「いんやぁ、……分かるぜぇ。まだ知り合って間もねぇが、命知らずっつーか何つーか危ういとこあるヤツだわ。ダチなら気に掛けるのも仕方ねぇって。大変だろーけど、厄介事に首突っ込まないように見張っといてくれや」
『はい。でも、まさらも自分から人助けなんてするんですね。珍しいっていうか、ちょっと意外』
「そう言ってやんなよ。案外、俺サマが男前だからかもしんねぇからな。んじゃ、ちゃっちゃと帰すんでちぃとばかし待っててやってくれや」
それだけ話をすると通話を終えて、スマホをまさらさんへ投げて返した。
黒のトンファーを光の粒へ変えると、逆沢さんはまさらさんへ背を向けた。
「ダチ、待たせてんなら最初に言えよ……。そのせいで顔も知らねーヤツが遅刻しちまうとこだっただろーが」
やってられないと言うかのように吐き捨てる。
「……何のつもり?」
「何のつもりと来たモンだ。話聞いてなかったんか? ダチ、待たせんなっつってんだよ」
「私がこころを待たせていることと、あなたが私を見逃す理由が繋がらない」
「俺サマは俺サマが納得したことしかしねぇんだよ。オメーを殺すのにゃあ納得してたが、それでオメーのダチが何も知らねーで待ちぼうけをかまされんのは納得できねぇ。そんだけだ」
まさらさんはその答えが腑に落ちていない様子だったけど、私はその言葉で彼の難解な性格がようやく理解できた。
人殺しに抵抗のない逆沢さんが、あれだけキュゥべえを殺したことを認めようとしなかったのは、その行いに納得してなかったからだ。
“納得するか、しないか”。
言ってしまえば、彼の匙加減でしかないけれど、彼にとっては行動を決める重要な指針なんだと思う。
神浜市の滅亡についてもそう。有無を言わせず、従わせることもできた私に、わざわざ滅亡への賛同を条件にしたのが顕著だ。
きっと、ななかさんたちを見逃したのも、かこさんが友達を売ることも仲間を見捨てることも納得せず、抗ったからだったんだろう。
「ほら。さっさと行けよ。遅刻すんぞ」
犬にでもやるようにしっしと追い払うように手を動かす逆沢さんだったが、魔法少女の衣装から制服に格好を戻したまさらさんは別段急ぐそぶりも見せない。
平坦な声でスマホの画面を見ながら言う。
「いや、遅刻はすると思う。ここから私の通ってる中央学園は離れているから魔法少女の足で走っても間に合わない」
「は……? クソボケェ! 早く言えよ!! 納得できねー嘘吐いたことになっちまうじゃねーかぁ!」
戦闘中でも見せない怒り方でまさらさんを肩へ担ぎ開けると、激しい勢いで公園の柵を飛び越した。
「逆沢さん!?」
「かごめ! オメーも早く登校しろ。俺サマはコイツを中央学園ってとこにぶち込んどく!」
ぶち込んではいけないと思う。
担がれているまさらさんは抵抗する様子もなく、無表情でスマホを弄っていた。
「……あと七分」
「上等だ、コラァ! ストップウォッチ決めとけ、オルァァァ!!」
やぶれかぶれになって激昂した逆沢さんは怒鳴り散らしながら、彼女を担いで中央区の方へ全速力で駆け出して行く。
速い……もう既に姿が見えない。
「って、私もぼうっとしてる場合じゃないっ」
急いで私も学校へ向かう。
最後に公園の中を見回したけど、そこにキュゥべえの姿はなかった。
まさらさんとの戦闘のどさくさ紛れて、どこかへ行ってしまったようだった。
もう、会わない方が嬉しいけど。
それでも何故だか私は、また彼と出会うような気がしてならなかった。
あけましておめでとうございます。
今年も時間がある時に更新していきたいです。