ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第九話『かごめとつつじの花の少女たち』①

『学校って嫌な場所だよね。まるで自分の形を皆と同じ形に強要されてるみたい』

 

 放課後になって教室から出ようとした時、ポツリとみことさんが私の頭の中で呟いた。

 大人しくしてくれたのはありがたかったけど、ずっと何も反応がないのも不安だったので私はホッと胸を撫で下ろす。

 同じ形……。言われてみれば、同じ制服を着て、一斉に授業をするっていうのは全員を均一な姿にしているようにも思えるかも。

 

『だよね。かごめちゃんに分かってもらえて嬉しいな』

 

 独り言のような回答を求めないことばかり言うみことさんには珍しく、同意を受けて嬉しそうな声音を響かせる。

 

『まだ普通の人間だった頃の私も周囲に合わせて、皆の望むような人間を演じてたんだ。おかげで友達って言える子は学校ではできなかった。私の友達になってくれたのは……ただ一人だけ』

 

『それが帆奈さんですか?』

 

 私が脳内で聞くと(せき)を切ったように彼女は饒舌(じょうぜつ)に語り出す。

 

『そう! そうなの! 帆奈ちゃんだけが私に寄り添ってくれた。帆奈ちゃんだけが私の味方をしてくれた。……あのななかちゃんが言っていた悪い帆奈ちゃんはほんの一部を切り取って見ただけ。全然帆奈ちゃんの本質じゃないんだよ! どっちかっていうとね、あの子は私よりもずっと考えて行動してて賢いな~って感心することも凄く多くて……』

 

『ちょ、ちょっとみことさん。お話するのは一旦家に帰ってからでいいですか? そういう話はもう少し落ち着いた場所で聞かせてください』

 

 熱心な帆奈さん語りに気圧され、私が話を遮るとみことさんはハッと気付いて謝ってくる。

 

『あ。ごめんね~。私、友達少なくて、自分の言いたいことを上手く伝えるの苦手みたいなんだ。かごめちゃん……引いちゃった?』

 

 やや不安げにそう聞かれたので、私はとっさに否定した。

 

『い、いえ、引いてなんかいないです。それだけ話したい友達が居るって素敵なことだと思いますし』

 

『良かった~。かごめちゃんに嫌われるのは嫌だったぁ。せっかく最近仲良くなれてきたなーって思ってたから』

 

 意外だった。

 みことさんが私からの好意を気にしてるなんて思ってもみなかった。

 

『酷いな。最初は本当にただ利用するつもりだったけど、今は違うよ。かごめちゃん、私のこと気にかけてくれてるし、そういうことをしてくれる人には私だって嫌われたくないよ』

 

『ご、ごめんなさい。別に批難とかじゃなくて、本当に意外だったもので……』

 

 廊下を通り、階段を下りながら私は彼女に弁解する。

 思えば、逆沢さんが騒がしくてじっくりみことさんと話す時間がなかった。

 彼女が何を思って、どういう性格なのか私はあまり知らない。この機会に色々聞いてみよう。

 靴箱で上履きからローファーに履き替えた私は、みことさんに尋ねてみた。

 

『帆奈さんのことは後で聞くとして、先にみことさんの話を聞かせてもらっていいですか?』

 

『私のこと? うーん。そうだね。案外、自分のことってなると説明が難しいな~。あ、でも、私がこの街を滅ぼしたいと思ってる理由くらいは知っておいてほしいかな』

 

 そう言って、話し出したのはみことさんの過去だった。

 みことさんは大東区にある団地に家族で住んでいた。

 でも、それは幸せな家庭とは程遠いものだった。

 みことさんのお父さんは奔放な性格で外に愛人を作っていて、家に帰ってくる時はお母さんと言い争いする時だけ。

 お父さんはろくにお金を家に入れないせいで家計はいつも火の車。満足にご飯を食べていた頃が思い出せないくらいひもじい毎日を過ごしていた。

 学校ではそんな貧困な家庭を知られたくないあまり、無理をして明るく気の利く人間を演じていた。でも、結局、金銭的な理由からクラスメイトと放課後に遊ぶこともできないせいで距離を取らなくてはいけなかった。

 家にも、学校にも、みことさんの居場所はなかった。

 どこにもみことさんを認めてくれる場所はなかった。

 

『本当はね? 本当は父親(あの人)を殺そうと思ったんだ。父親(あの人)が居なくなればお母さんも私も幸せになれるんじゃないかって。お母さんにもらったクシャクシャの千円札握り締めて、包丁でも買おうと思って……』

 

 私はそれを黙って聞いていた。

 否定も肯定もせず、ただ黙ってみことさんが紡いでくれる言葉を待った。

 

『でも、できなかった。色々と……昔の思い出しちゃったら何だかできなくなってて。だから、キュゥべえとの契約で願ったの。“父親(あの人)が家から居なくなってほしい”って。それが叶って、ああ、これで私とお母さんは幸せになれる。そう思ったの』

 

『そうは……ならなかったんですね?』

 

『うん……。今度はお母さんが父親(あの人)みたいに遊び歩くようになっちゃってね。面白いよね? あれだけ責めていた父親(あの人)と同じことし出したんだよ。根っこの部分は似たもの夫婦ってことだったのかな? あはは。もう笑っちゃう!』

 

 ころころと鈴の音のように笑うみことさんは、また道化の仮面を被っていた。

 傷付いて傷付いて、それを誤魔化すように笑う。

 

『もっと笑えるのは私だけどね。暗示の魔法を近所の人に使って、娘の振りをしてた。幸せな家族ごっこ。でも、やっぱり無理が出た。所詮は偽物の家族だもん、当然だよね? 私は空しくなっちゃってさ、魔法少女としての自分に打ち込んだの。そこで出会ったのが──帆奈ちゃんだった』

 

 空っぽで嘘で塗り固めたみことさんを、帆奈さんだけが認めてくれた。

 帆奈さんだけがみことさんの居場所になってくれた。

 だけど、みことさんは自分に魔法をかけ続けていた。

 “幸せな家族のイメージ”。理想の幸せな家庭を思い続けた。

 

『幸せだって思い続けてないと耐えられなかったのかな? もう、魔法少女だった時の私の心は思い出せないんだ。まるで見たことあるドラマの内容をそのまま、口にしてるみたい。変なの。自分のことなのにおかしいよね?』

 

 まるで悲しみ方さえ忘れてしまったように彼女は笑う。

 私はそれが何よりも悲しく思えてならなかった。

 

『だけど、これだけは覚えてるんだ。私が魔女になった時の感情。“こんな私を産み出した憎い街を、世界を消し去ってしまいたい”って気持ち。“心の形も歪まされて私は死んでいくのに、知らない顔でキラキラしている世界を私の手で滅ぼしたい”って想い……ううん。“私が滅ぼさないといけないんだ”って想いだけは今でもはっきりと思い出せる。そのためだけに私はここに居るの。どうしようもないくらい大嫌いなこの世界に必死でしがみ付いてるの』

 

 彼女の空っぽだった器に注がれたのは、深い憎しみだった。

 使命感すら感じるほどの強い憎悪。

 それがみことさんが神浜市を滅ぼしたいと思ってる理由。

 私はその理由を聞いて、思ったことを素直に伝える。

 

『ありがとうございます』

 

『……え?』

 

『みことさんの過去とか感情とか、話してくださってありがとうございます』

 

 他人に聞かせたい内容ではないのに、彼女は私にそれを話してくれた。

 私に聞いてほしいとまで彼女が心を開いてくれた事実がまず嬉しかった。

 

『もう、何だか調子狂っちゃうよ。……ありがとう、なんて誰かに言われたのいつ以来だろ? それもこんな風に純粋か気持ちを伝えられたのは……』

 

 大きな戸惑いと、ほんの僅かな喜びを含んだ声でみことさんは呟いた。

 私はそれが微笑ましくて、クスッと口元が(ほころ)んでしまう。

 それに反応して、彼女が怒りを見せた。

 

『あー。私をからかってたんだね。かごめちゃんのイジワル!』

 

『ち、違いますよ。これはみことさんが照れてたのが可愛らしくて……』

 

『ふんっ、だ。もう知らない! かごめちゃんもアキラちゃんと同じで私のこと、馬鹿にして!』

 

『みことさん? ……みことさん!』

 

 どれだけ彼女の名前を心の中で呼んでも反応がない。

 完全に私との対話を拒絶している。

 失敗しちゃった……。

 何でもっとちゃんとみことさんのこと、考えてあげられなかったんだろう。

 せっかく、私に心を開いてくれたのに。

 人付き合い、相変わらず下手なままだ。

 肩を落として校門を出て、私はぼんやりと足を動かす。

 俯いて地面を見つめ、しばらくただただ歩いた。

 

「あ……」

 

 そういえば、逆沢さんが護衛のために迎えに来てくれると言っていたことを思い出す。

 少し校門の前で待っていてあげるべきだったかもしれない。

 一旦、学校まで戻った方がいいかな?

 そう思って顔を上げた時、周囲は真っ白になっていた。

 

「え、な……何、これ。霧……?」

 

 前が見えないくらいに濃い霧が漂っている。

 住宅街でこんな霧が発生するなんて、どう考えたって不自然だ。

 コツッ、コツッ。

 硬い靴で地面を叩く足音が聞こえてきた。

 足音は次第に私へ近付いて来る。

 

「あなたが、かごめさんね?」

 

 名前を呼ばれた。

 声に聞き覚えはない。

 

「だ、誰ですかっ……?」

 

 目の前の霧の上に、すうっと人影が映った。

 私は身を引いて、縮こまらせる。

 逃げた方がいい? でも、視界も霧で覆われてる中で走るのは困難だ。

 本当にここがさっきまで居た街中なのかも怪しい。もしかしたら、別の空間に来てしまった可能性だってある。

 そうこうしている内に人影はすぐ近くにまで近付いて来て、霧の中から姿を現す。

 

「初めまして。私は静海(しずみ)このは。突然だけど、私と一緒に来てもらえるかしら?」

 

 頭の右側に濃い青緑色の特徴的な花状の飾りを付けた女の子は鋭い眼差しを向けて、そう名乗る。

 手に持っているのは蝶の(はね)を模した刃が両端に付いた槍……いや、薙刀?

 ただ、分かるのは目の前の彼女が魔法少女であること。

 そして、私に対して、決して良い感情を抱いていないことだけだった。

 

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