参っちゃうよねぇ。このはの無茶ぶりにも。
でも、この役目はあやめには荷が重すぎるから、アタシがやり遂げないといけない。
それにしても、まさかこんなことをする羽目になるとは思ってもみなかった。
「ん? どうしたんだ?」
「え、……ああ、うん。ちょっと考え事をね」
あはは、と笑ってやり過ごす。
今、アタシはこのはに頼まれて、厄介な人物とゲームセンターを訪れていた。
その相手というのが、まさにアタシの隣でコインゲームに夢中の男の子。
かつて、マギウスの翼の目論見を潰し、あの銀羽根と激戦を繰り広げた少年の……コピー。
鏡の魔女の使い魔でもある彼の名前は逆沢君。
昨日、ななかさんを含めた四人と戦って、無傷で勝利した猛者だって話だ。
それも魔法少女を無力化する魔法を持っているとまで聞かされている。
まともに戦って勝ち目のある相手じゃない。
だから、そんな彼に足止めを任されたアタシが考えたは策は──……。
──逆ナンだった。
***
「ねえ、そこの君。よかったらこれからアタシと遊ばない?」
偶然を装って、アタシは神浜市の外縁部をうろついていた彼に声を掛けた。
逆沢君を見つけるのはそう難しいことじゃなかった。
ななかさんから共有してもらった情報によれば、逆沢君には行動を共にしているかごめちゃんという女の子が居る。
その子には鏡の魔女──瀬奈みことが取り憑いているって聞かされてる。
かごめちゃんが着ていた制服が神浜市外の学園のものらしく、そこへ神浜市内から通える通学路は限られている。
このはが可能性の高い通学路をいくつか割り出し、アタシは授業を早退して、そのルートを巡回する。
後は普段やってる魔女探しと同じ要領で、魔力の波長を探って見つけ出すだけ。
問題だったのは、向こうもこっちが魔力を持つ存在だとバレること。
魔力の流れを視認できるとかって話も聞いていたから、即座に戦闘を仕掛けられる展開も考慮していたんだけど……。
「ほっほーう。俺サマをナンパたぁ、オメー、見る目あんぜ。ほんじゃ、どこ行く? ゲーセン? ファミレス?」
思ったより簡単に乗ってきてくれた。
しかも、かなり上機嫌だった。
ななかさんたちは、彼を『戦闘狂に見えて頭の切れる難敵』と評価していたけど、アタシにはとてもそうは見えなかった。
とまあ、そんな形で一緒にゲームセンターまでやって来た。
奢ってあげると言ったら、逆沢君は無邪気に喜んでコイン落としゲームを選んだ。
何だかそういうところはあやめに似てる気がする。子供らしくて可愛い。
誘導する必要もなく、一番時間が潰せそうなものを選んでくれたことは素直にありがたかったのでアタシはひとまず安心して──今に至る。
「なあ」
「ん。何なに? メダル足りなくなっちゃった? 買って来ようか?」
逆沢君はアタシの顔を見て、言った。
「笑いたくない時まで無理に笑う必要なんてあんのか?」
思ってもみない言葉にアタシは面食らう。
「……え? アタシ、無理になんて笑ってないけど」
「あん? オメー、最初に会った時から貼り付けたような笑顔ずっと続けてたろ? 分かんだよ。俺サマも……そんな生き方してたヤツを一人知ってるかんな」
コイン落としを再開しつつ、彼は会話を続ける。
チャリンチャリンとメダルが
「他人の顔色伺って、嫌われねぇように、はみ出さねぇように考え方も発言もビビりながら答える。“どっちでもいい”なんて主体性のねぇ言葉を口癖にしてな」
「だから、アタシは……」
「何だ、
……違わない。
何も違わない。
けど。
「笑顔作ってたらいけない? 周りに合わせるのがそんなにいけないこと? ねぇ」
気が付いたら、そんな言葉を言っていた。
アタシは何をムキになってるんだろう。
笑って聞き流して、もっと別の話題でも話した方が簡単だし、何よりわざわざ喧嘩をするような真似をするメリットがない。
らしくないことをしている自覚はあった。
でも、彼の言葉を聞き流すことはできなかった。
自分の処世術を、ひいては生き方を否定されたようで我慢ができなかったからだ。
「それは別にいいんじゃねぇか? そういう生き方が好きってんなら構わねぇよ。他人に奉仕するのが趣味ってヤツも居るだろーしな。だがよ……」
黒い瞳がアタシを見つめる。
「オメーの
アタシの笑顔が防具?
好き好んで身に付けたものじゃない?
……そうかもしれない。ううん、多分事実だ。
『葉月さん、いいのよ。ここではそんな笑顔じゃなくて、もっと心から笑っていいのよ』
そういえば、院長先生も似たようなこと、言ってたっけ……。
つつじの家に引き取られるまでアタシは、そういう風にやり過ごしてきた。
両親が事故でこの世を去って独りぼっちになってからは、笑顔を作り続けることだけがアタシの生きるための手段だった。
明るくて、気が利く子だって思われたくて。
良い子だって言われたくて。
──違う。……アタシはただ見捨てられたくなかっただけだ。
その時の恐怖がずっと拭えなくて、未だに笑顔を浮かべるのが癖みたいに染み付いてた。
「必要なら、あるよ……。誰だって笑ってる子の方が一緒に居て楽しいって感じるでしょ?」
「いや、だからよ。何でオメーは他人のために笑わねぇとならねーんだよ」
台の上にコインの入ったカップを置いて、逆沢君はコイン落としの筐体に背を預ける。
「え? だって、そうじゃないと周りの人たちから嫌われて、孤立しちゃうでしょ」
「すりゃいいじゃねーか、孤立。不自由強いてくるようなヤツらなんざ、唾でも吐きかけてやりゃいいんだ。オメーはオメーのために生きてんだから」
当然だろ、と彼は言う。
堂々と誰に
「自分が一番。他人は二番、いや、三番……? てか、もっと下でいいな。むしろ、下から数えて一番ぐれーでいいだろ、うん。ともかく、俺サマはそういう気概で生きることにしてんだ。オメーはどうよ?」
「どうよって……アタシはそんな風に思えなかったよ。独りぼっちになるのは怖くて、辛いから……」
今までは言葉にしたこともなかった弱音が喉から這い出した。
言ってからすぐに否定されると思った。
駄目だと。そんな生き方は情けないと責められる。
身が自然と
だけど、彼はただ納得したように一つ頷いただけだった。
「そうかよ。だが、ここにはオメーが取り繕わなきゃなんねぇ相手はいねー。笑ってようが、キレてようが自由だぜ」
「でも、逆沢君が居るけど?」
「俺サマ相手に必要ねーだろ。だって、オメー、俺サマの敵なんだろ。敵に無理してまで笑顔向ける理由なんざねぇさ」
逆沢君はあっけらかんと言い放つ。
「……気付いてたの?」
「その制服、ななかと同じ学校のモンだよな? そんでもって、魔法少女の魔力の反応があるヤツがニコニコして寄って来たら、俺サマの正体知って近付いて来たって考えんだろ」
ま、その直前に全然俺サマのこと知らない魔法少女にも絡まれたから、見当違いって線もあったがよ、と彼は付け足した。
尚更、アタシは逆沢君のことが分からなくなる。
最初から敵対していることを知って、どうして誘いに乗って来たのか。
「そこまで分かっててどうして……アタシに着いて来たの?」
アタシのその問いに彼は珍しく視線を逸らして、照れくさそうに頬を指で掻く。
「んー、そうさなぁ。遊び誘ってくれたのが嬉しかった、つったら、オメー笑うか?」
……そっか。彼にはもう居ないんだ。
彼の本物が存在しているこの街には居場所と呼べる場所も、遊びに誘ってくれる友達も居ない。
ななかさんの話では彼は、中沢君としてななかさんと出会ったことも覚えていたそうだ。
だったら、彼はまるごと失ったようなものだ。
昔の、両親を失ったアタシのように……。
敵だと分かっていても、嬉しく思えてしまうほど。
それで寂しいとか、悲しいとかは思っていないのかもしれない。
でも、やっぱり人恋しいって感情は彼にもあるんだろう。
「アタシは……笑わない。笑わないよ」
分かるから。
その気持ちが分かるから。
……そんな彼にアタシたちは何をしようとしているの……?
逆沢君にとって、一緒に居たあのかごめって女の子とその中に居る瀬奈みことはアタシにとっての、このはやあやめみたいな存在じゃないの……?
「逆沢君……」
「ん、どした? ここで
駄目だ。
言っちゃ駄目。
これを言うってことはこのはへの明確な裏切り行為。
このはを裏切るつもりなの?
誤魔化して、この場をやり過ごして──。
「アタシは……ここであなたを足止めするように言われてた。かごめって子を狙うために……」
……言っちゃった。
何でだろ。アタシはもっと自分をコントロールするのが上手いって思ってたのに。
ごめん。このは……。
心の中で謝った。
そして、目の前の彼に対しても。
逆沢君はそれを聞いて、椅子から立ち上がり、アタシの方に近付いて──隣を通り過ぎる。
「……え?」
絶対に報復されると思っていたアタシは驚いて、振り返る。
「アタシを、殺さないの?」
「次に会ったら殺すかもな。今のオメーはただのデート相手だ。じゃあな、葉月。……それなりに楽しかったぜ」
彼は振り向くこともなく、そう言ってゲームセンターの自動ドアから出て行った。
一人になった後、近くのクレーンゲームのから流れる軽快なメロディだけが妙に白々しく鼓膜に響いた。
「うん。じゃあね。逆沢君」
多分、その“次”はすぐに来ると思うよ……。