ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第十話『かごめとつつじの花の少女たち』②

 霧の道をこのはさん──名前以外まったく知らない魔法少女に連れられて、私はどこかへと(いざな)われていた。

 どうしよう……。本当にこのまま、連れて行かれて大丈夫なのか分からない。

 何度も私の頭の中に居るみことさんに呼びかけてみてはいるけど、反応は一切返って来ない。スマホでいう着信拒否をされてるみたいだった。

 ここは私だけで切り抜けないと行けない。

 腕に抱えたアルちゃんをギュッと抱きしめ、覚悟を決める。

 

「あの……私、どこへ連れて行かれるんですか?」

 

「あなたを始末しても後処理ができる場所」

 

「えっ……」

 

「冗談よ」

 

「……そ、そうですよね。はは……」

 

「でも、あながち間違いとも言い切れないわ」

 

 ど、どっちなの?

 前を歩くこのはさんの真意がまったく読み取れない。

 着いてくるよう私に言ってからはずっと背中を向けて顔も合わせてくれないので、表情から気持ちを()み取ることもできなかった。

 手持ちぶさたになり、視線を彷徨(さまよ)わせてはみるものの、周囲は相変わらず、濃い霧で覆われていて数メートル先も見通せない。

 神浜市に引っ越して日が浅く、土地勘のない私にはもうこの場所がどこかも予想が付かなかった。

 気まずい空気の中、逆沢さんが助けに来てくれることをひたすら祈り続けた。

 永遠にも思えた移動時間だったけれど、それも遂に終わりが訪れる。

 

「着いたわ。ここよ」

 

「えっ、ここって……」

 

 潮が引くように辺りを包み込んでいた霧が次第に晴れ、見えてきた場所は──一軒の廃屋だった。

 窓が格子(こうし)状のステンドグラスになっていて、オシャレな風貌の建物名残りを見せてはいるものの、肝心のガラスはすべて砕かれ、残った格子は牢獄のように映った。

 雨風に晒され続けた外側の壁は所々に(ひび)が入り、全体的に黒っぽく変色している。

 玄関のドアは蝶番(ちょうつがい)が外れていて、入り口に立て掛けてあるだけだった。

 

「私とその仲間が使っていたアジトの一つよ。早く中へ入りなさい」

 

 冷たく言い放つこのはさんは、立て掛けてあるドアをずらして、隙間から入るよう命じる。

 この場で逆らって逃げたところで、力尽くで連れ戻されるだけだろう。

 私は大人しく彼女に言う通りにして、アジトの中へと足を踏み入れた。

 

「靴は脱がなくていいわ。そのまま上がって」

 

 室内も壊れた家具が床を転がり、ガラス片は散らばっていて、外観同様酷いあり様だった。

 辛うじて、足の踏み場はあるけれど、とても生活するような場所じゃないことは一目瞭然だ。

 

(くつろ)げるところじゃないけれど、別にお客様として招待したのだからいいわよね? とりあえず、どこかに座って」

 

「あ、はい……」

 

 私は頷いた後、部屋の中を見回して座れそうなソファに腰掛ける。

 お尻を乗せた途端、ギシッと床が(きし)んだ。

 ビックリしてとっさに腰を浮かそうしたけど、このはさんに失礼な気がして、大人しく座り直す。

 その様子をじっと見つめていたこのはさんは、やがて口を開いた。

 

「あなたは……自分が何でこんな目に()ってるのか理解してるの?」

 

「ど、どうでしょうか……。私の頭の中に居るみことさんや逆沢さんと一緒だからって狙われてるってことは分かってますけど……」

 

「けど?」

 

「どうしても、みことさんたちが魔法少女の皆さんに襲われるほど悪い人だって思えないんです」

 

 このはさんの瞳に明確な怒気が宿る。

 ……分かっていた。

 きっと彼女もななかさんたちと同じように、みことさんやその友達だっていう帆奈さんから酷い仕打ちを受けたのだろう。

 みことさんたちに理不尽に傷付けられ、貶められた過去があるのだろう。

 でも。

 それは私のみことさんたちへの感情とは無関係だ。

 私は公平じゃないし、平等でもない。

 

「私の知ってるみことさんは、確かに自分勝手なところがあります。気分屋で言ってることも独り言なのか、話しかけているのか曖昧なことばかりです。でも、私のことを考えて、尊重してくれることだってありました」

 

「……ストックホルム症候群って知ってるかしら?」

 

「えっ?」

 

 急に差し込まれた話題に思わず、疑問符が出た。

 このはさんはそんな私の態度も気に留めず、話を続ける。

 

「誘拐や監禁された被害者が犯人に対して好意的な印象を持つ心的外傷後ストレス障害。あなたは、()()よ」

 

「……私が正常な精神状態じゃないって言いたいんですか?」

 

「他に取りようがあるの? それともその程度の会話も成り立たないほど正気を失っているのかしら?」

 

 棘を隠そうともしない言葉に、私は押し黙った。

 それをこのはさんは反論できなくなったと見たようで、更に言葉を重ねる。

 

「更紗帆奈は救いようのない外道だったわ。魔女を操って私や私の大切な家族が暮らしていた孤児院を取り潰そうとした。魔法少女襲撃事件を起こし、その濡れ衣を私たちに着せようとしたこともあった。その更紗帆奈と親交が深かった瀬奈みことも同じく最低の魔法少女よ」

 

 帆奈さんがこのはさんにした悪行は分かった。

 それでも私は彼女の意見に同意することはできなかった。

 

「このはさんが帆奈さんにされたことは分かりました。帆奈さんを恨む気持ちも理解できます。でも、このはさんはみことさんに直接何かされた訳じゃないんですよね? だったら、みことさんのことまで悪く言うのは……違う気がします」

 

 悪い人と友達だから、悪い人だって決め付けるのはおかしい。

 それはみことさん自身を見ての発言じゃない。

 

「このはさん。あなたはみことさんと話をしたことはありますか? みことさんのこと、どこまで知ってるんですか? もしも、まだみことさんをよく知らないなら……」

 

「……もう、いいわ」

 

「え?」

 

「──もういいって言ったの」

 

 私の台詞を断つようにこのはさんはそう告げた。

 その顔には怒りを通り越し、強張った無表情だけが浮かんでいた。

 蝶の(はね)を模した刃が私の首筋に突き付けられる。

 

「あなたが理不尽に従わされているなら助けてあげようと思った……。でも、自分の意思で瀬奈みことの肩を持つのなら……あなたは私の、私たちの敵よ!」

 

 薙刀の柄を握り締める彼女は平坦な声音から一転して語気を荒げ、そう叫ぶ。

 真正面から自分に向けられた殺意に身が竦み、心臓が恐怖で激しく脈動する。

 目を閉じたいほど怖いのに、瞬きをすることもできない。

 見開かれて乾いた目からじわりと涙が(にじ)み出る。

 

「私は、私たちを脅かすものを決して許さない! 瀬奈みこと共々、ここで死になさい!」

 

 助けて……。

 お願い、助けて……!

 脳裏に浮かんだ名前を震える声で呼ぶ。

 

「逆沢さんっ……助けて!」

 

 ここには居ない彼の名前を叫んでいた。

 一秒も経たずにその返答が、どこからともなく返って来る。

 

(おう)ともよ」

 

 檻のような格子が窓枠から室内に吹き飛ばされ、埃と日差しと共に人影が入って来る。

 黒い燕尾服と中分けの髪形が特徴的な男の子。

 このはさんが視線を彼へと伸ばす。

 

「どうして、ここに……!」

 

「悪党ってのはどこにでも湧くモンだろ? なあ、正義の魔法少女(ヒロイン)サンよぉ」

 

 白い手袋に握られた漆黒のトンファーが背後から差し込む光を反射して、(あや)しく光る。

 

「悪党、見参──ってとこだ! 暴れさせてもらうぜぇ!」

 

 逆光を受けた彼の笑みはいつなく、凶暴に歪んでいた。

 

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