ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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中沢君「前回までのあらすじ。かごめは、このはによって彼女のアジトである廃墟に連れて来られていた。瀬奈みことを恨むこのはは、瀬奈みことを庇うようなかごめの言動に激昂し、彼女を敵として排除しようとする。絶体絶命の大ピンチに現れたのは不敵に笑う逆沢だった……。っていうか、あの、俺、序盤でボコられてから、しばらく出番ないんだけど一体いつになったら──」


第十一話『かごめとつつじの花の少女たち』③

「……葉月を、どうしたの?」

 

 私の喉元(のどもと)に薙刀の刃を突き付けたままの状態で、このはさんは逆沢さんへ問う。

 

「どーしたもこーしたもあるかよ。俺サマがここに居るってこたぁ、()()()()()()()()(みな)まで言わすなよ」

 

 野暮な台詞だとせせら笑う逆沢さん。

 そこには紛れもなく、挑発の意図が含まれていた。

 戦闘中に軽口を(たしな)むことはあっても、ここまではっきりと相手の神経を逆撫でするような発言するのは聞いた試しがなかった。

 

「あなた、葉月を……ッ!」

 

「オメーよぉ。んな反応するぐれーなら、一人で俺サマの相手させんなよ」

 

「うるさいッ。そんなこと、あなたには関係ないでしょう!? ……いいわ。だったら、あなたには目の前で大切な人を失う気持ちを味合わせてあげる!」

 

 激昂(げっこう)したこのはさんは感情に任せて、蝶の翅を模した刃を私の首筋へと滑らせる。

 逆沢さんと私たちの間にはまだ五メートル以上の距離がある。対して、私の首筋と刃の切先は五ミリもない。ほとんど触れるか触れないかの間隔だ。

 薄い首筋の肉なんて簡単に切り裂かれて、私は命を落とす……──はずだった。

 蝶の()ばたきは、止められていた。

 私の首元に刃は届かない。

 まるで、見えない板にでも阻まれたように。

 見えない板……?

 不可視の、魔法……まさか。

 

「憎まれっ子世に(はばか)るたぁ、昔のヤツもよく言ったモンだよな。わりぃが、俺サマ一人で来たんじゃねーのよ。ここ見つけるまでにバッタリ会ってな。いやはや、人の出会いってのも案外馬鹿にゃできねーよな?」

 

 逆沢さんはその場から動かずに皮肉気な顔で言う。

 予想外の出来事にこのはさんは表情を引きつらせる。

 

「あなたは……!?」

 

 その問いに不可視の炎が揺らぎ、静かな口調で答えが返って来る。

 

「加賀見まさら。高校一年、十六歳。身長百六十二センチ。魔法少女よ」

 

 姿を現しながら、聞いたことのあるプロフィールを読み上げたのは公園で逆沢さんと戦った、不可視の魔法を使う魔法少女……まさらさんだった。

 

「あなた、魔法少女でありながら魔女に味方するなんて一体どういうつもりなのッ!?」

 

「理由を挙げるなら──」

 

 短剣の刃の腹で薙刀の切っ先を受けたまま、まさらさんはさらりと答える。

 

「今日、遅刻せずに済んだお礼」

 

「何の話よ!」

 

「こっちの話」

 

 噛み合わないやり取りの間にまさらさんが振り向くことなく、(かかと)を使って私が座っているソファをひっくり返す。

 ソファごと真後ろに転がった私は短く声を上げた。

 とっさに腕の中から零れ落ちそうになるアルちゃんをぎゅっと抱き締める。

 

「わっ」

 

 倒れた私の後ろ襟首をむんずと掴んで、引き上げたのは音もなく移動していた逆沢さん。

 猫みたいに持ち上げられた私を自分の足元へゆっくりと降ろした。

 

「かごめ。オメーよぅ、俺サマが迎えに来るまで待ってろつったろ」

 

「……ごめんなさい」

 

 怒られると思い、俯いて視線を床に落とす。

 すると、逆沢さんは怒るどころか苦笑を漏らした。

 

「オイオイ。そこは俺サマが遅いからってキレるとこだろーが。律義に謝る必要はねぇって」

 

「でも……」

 

「いいっていいって。つーか、みことのヤツは何してたんだよ? あいつが居りゃ、ここまで大ピンチにならなかったろ」

 

 私はみことさんを怒らせて会話を拒絶された状態であることを簡単に説明した。

 それを聞いた逆沢さんは大きく溜め息を吐いて、乱雑に頭を掻き(むし)る。

 

「アイツ、ガキかよ。……ガキだったわ。んじゃ、やっぱオメーは悪くねーな」

 

「逆沢さん……あの」

 

 助けにきてくれて、ありがとうございます。

 そう言おうとして、顔を上げた時、逆沢さんの表情は凍てつくような横顔が見えた。

 普段の感情豊かな彼からは想像もできないぞっとするほど冷淡な表情。

 私は知っている。

 彼がこの顔をするのは……明確に相手を殺すと決めた時だ。

 酷薄な眼差しの先では、まさらさんとこのはさんがお互いの武器で(しのぎ)を削る戦闘を繰り広げている。

 武器の間合いで言えば、薙刀を扱うこのはさんの方が圧倒的有利。だけど、まさらさんはあえて付かず離れずの白兵戦に持ち込んでいる。

 大振りな斬撃はもちろん、刺突であっても相手との距離が一定以上あることが不可欠。

 結果、小振りな斬撃を身体を引きながら放つしかなくなる。まさらさんはそれを見越して、一歩踏み込んで距離を取らせず、攻撃を短剣で(さば)いていく。

 加えて、床板が脆くなっていることと、散乱した家具の残骸のせいで二人とも思うように動けず、結果、膠着(こうちゃく)状態が続いていた。

 そこへ……。

 

「まさら、選手交代だ」

 

 割り込むように金色の軌跡が差し挟まれる。

 

「ソイツの相手は俺サマがする。今朝の貸しなら充分返してもらった。オメーはもう帰って寝ていいぞ」

 

「……それなら、私との決着は?」

 

 まさらさんは顔を動かさないまま、視線だけを逆沢さんに投げかける。

 

「ああ、そういや、そんなんあったな。んー……よし。じゃあ、こうしようや。オメーら二人がかりで来いよ。そっちの方が手っ取り早い」

 

 え!? どういう理屈?

 

「乗った」

 

 ええ!? 乗るの……?

 提案されたとはいえ、一応味方として来たのに敵に回るって、どういう心境なの!? 

 

「オメーもそれでいいか? あ、そういや、まだ名前聞いてなかったな。何て呼べばいい?」

 

 当のこのはさんは私と同じように混乱していて、やっぱり状況の変化に着いて行けていない。

 

「あなたたち……何を言ってるの? 何を企んで……」

 

「あー、もう。ゴチャゴチャうるせぇな。分かり易く言ってやんよ。……『今から殺しに行くからぁ』……『全力で殺しに来いよぉ』━━ってことで以上!」

 

 それだけ言い切ると、逆沢さんは凄まじく凶暴な笑みを浮かべて、このはさんへ突進していく。

 

「……っ、狂ってるわ!」

 

「誉め言葉だぜ。どこぞの誰かさんよぉ!」

 

 笑い声を上げて、飛び掛かる逆沢さんはまさに電光石火。

 身体を屈め、腰を落として接近する姿は猫科の猛獣を思い起させた。

 薙刀の柄を握るこのはさんは受け止め切れないと悟ったのか、即座に霧の魔法を展開させた。

 一瞬で白む視界。私は薄目を凝らして、逆沢さんの姿を探すけれど、もう何も見えない。

 部屋中に充満した霧は完全に辺りを覆い隠し、距離感や方向感覚さえ奪い去っていた。

 でも、逆沢さんには魔力の流れを感知できる能力がある。

 きっと、この霧の中でも私と違って、周囲を把握することが……。

 ……待って。

 この霧が魔力で生み出されたものなら。

 密閉状態の中で充満しているのは魔力ってことじゃないの……? その中で流れなんて、本当に把握できるの?

 このはさんの魔法は、逆沢さんの感知能力の天敵なんじゃないの……?

 そして、敵は彼女だけじゃない。

 私を助けてくれたまさらさんも、逆沢さんと戦う意志を見せていた。

 何も見えない霧の中で、姿を隠す魔法が逆沢さんに牙を剥く。

 想像できる限り、最悪の組み合わせだ。

 その時、激しい剣戟音が鼓膜に響いた。

 音の方向を見ても当然白い霧が厚い壁のように覆っているだけで、他は何も分からない。

 だけど、それからほんのわずか数秒の後、突然あれだけ辺りを覆い尽くしていた急激に霧が薄まっていく。

 視界が開けた先で私の目に映ったものは──背後から短剣の刃を突き立てられ、正面から薙刀を受けている逆沢さんの姿だった。

 

「逆沢さんッ!?」

 

 悲鳴に似た声が思わず、喉から(こぼ)れ落ちる。

 今まで一度として、彼が攻撃を受けた姿なんて見たことはなかったから。

 

「あん。どーしたよ。んなでっけぇ声出して」

 

「いや、どうしたって……逆沢さんが、刺されて……」

 

 あれ……? よく見ると、逆沢さんの身体には出血している様子はない。

 ただ、背中から胸にかけて黒い布を巻き付けていた。

 短剣と薙刀の刃が突き刺さった部分はちょうど、その布に包まれた箇所だ。

 

「見えて……なかったはず。なのに……」

 

 短剣を逆沢さんの背中に押し当てていたまさらさんがそう呟く。

 

「ああ。魔力の流れを見る俺サマには、魔法の霧ん中で透明化するオメーを捉えることはできなかったよ。即席コンビにしちゃあ、ナイスプレーだったわ。でもよぉ、“魔法の霧で満たしたこの狭い空間”ってこたぁよ、俺サマの『否定の魔法』の独壇場ってことなんだぜ?」

 

 逆沢さんがそう言った後、足元に残っていた霧も薄っすらと消え始める。

 

「……っ!」

 

 霧で隠されていたまさらさんと、このはさんの靴。

 その片方の靴を()()()()()()()()()()()()()()()

 いや、よく見れば床には黒い布が逆沢さんを中心に()かれている。

 これも、逆沢さんが魔法で生み出したものだ。

 そこでようやく、逆沢さんの言葉の意味が頭に染みこんで来た。

 このはさんの霧の魔法で満たされたこの場所は、()わば魔女の結界内と同じく、“魔力でできた空間”。

 だったら、魔力を否定する逆沢さんの魔法で布をワープゲートのようにすることだって可能だ。

 まさらさんが短剣を引き抜くと、彼女の足に突き刺さった刃が敷かれた布からも引っ込んだ。

 このはさんも同じようにするものの、短剣と薙刀では刃渡りが違い過ぎた。傷の深さの差でこのはさんは膝を突く。

 対して、傷の浅かったまさらさんは足から血を流しつつも、大きく距離を取る。

 

「でも、私が、背中を狙うことまでは分からなかったはず」

 

 まさらさんの言葉に、逆沢さんは何でもないことのように返した。

 

「だな。だから、胸から背中にかけてグルっと布を巻いたワケだ。頭狙いで来たら、流石に風圧で分かるし、手足狙って、せっかくのアドバンテージを潰すのはねぇと思ったからな」

 

「……つまりは山勘?」

 

「そういうこった」

 

 足元に広げていた布を拾い、身体に巻き付けていた布も解くと、その二枚を黒いトンファーへと変化させた。

 

「そんじゃ、再開と行こうや。ほら、二人とも足の傷なんざ早く治せよ。魔力さえあれば、治せんだろ?」

 

「…………」

 

 ちらりとまさらさんは、このはさんの方に目を向ける。私も同じようにこのはさんを見た。

 彼女は魔力で足を治癒している様子だったが、すぐには治せそうにない。

 

「ここでやるのは得策とは思えない」

 

「だから何だよ。逃がすとでも?」

 

「さっき、そっちの魔法少女の子と戦ってた時に気付いたけど、この廃墟、床板が抜けそうな場所がいくつかあって……」

 

 無事な方の足で床を踏み抜き、空いた板の隙間にするりと身体を滑り込ませる。

 瞬時にトンファーの先から金色のコインを連射する逆沢さんだったが、数発床に舌打ちを一つした。

 

「モグラかよ。ったく、抜け目ねぇな。まあ、いいか。だが……」

 

 視線を膝を突いているこのはさんへと戻す。

 

「オメーは逃がさねーけどな」

 

 その目は冷めた眼差しをしていた。

 

「……くっ」

 

 まだ傷が治り切っていない様子だったが、このはさんは立ち上がって薙刀を構える。

 未だ刃に残っていた血を払ってから、切っ先を逆沢さんへ向けた。

 

「私だって、逃げるつもりはないわ……葉月を殺したあなたを、絶対に許さない!」

 

 怒りの籠った瞳を逆沢さんへと突き付けたこのはさんが、大きく踏み込もうとしたその時……。

 

「ちょっと待ってー!」

 

 壁に開いた穴から二人の少女が飛び込んで来た。

 サイドテールの金髪の女の子と、ツインテールのピンク髪の女の子だ。

 二人はこのはさんの両脇に立つ。

 このはさんは、目を丸くして金髪の方の女の子を凝視した。

 

「葉月……あなた、あの使い魔に殺されたんじゃ……」

 

「ええ? どういう伝わり方してたら、そうなるの? 死んでない死んでない。ほら、見て。アタシ、ピンピンしてるから」

 

 そう言って、葉月と呼ばれた彼女は両手を腰に当てて、胸を張るようにポージングする。

 胸元が大きく開いているゆったりした格好も相まって、バストの大きさが目に付いた。まさらさんも扇情的だったけど、この人も凄い衣装をしてる……。

 

「それより、このは! どういうこと!? アジトに向かう途中で葉月から聞いたけど、あちしにだけナイショで何しようとしての? 仲間外れなんてヒドいよ!」

 

「あやめ……。ごめんなさい。でも、これは私がよく考えた上で決めたことなの」

 

 あやめというらしいピンク髪の女の子は、このはさんの台詞により感情的になって、責め立てる。

 

「だからって、相談の一つもないの。酷いよ! このははいつもそうじゃん。勝手に一人で抱え込んで、勝手に一人で解決しようとして……」

 

「はいはい。あやめもそこまでにしといて。アタシだって隠してたんだし……。あと、そろそろ、向こうさんも(しび)れを切らして襲って来そうだしね」

 

 揉め始めた場を収めるように葉月さんは、逆沢さんに目線を向けて、魔力で斧を作り出す。

 

「助かるわ、葉月。そろそろマジで殴りに行こうと思ってたとこだからよ。んじゃ、もういいよな? 結構フラストレーション溜まってっから、本気めでシバかせてもらうぜ」

 

「あー。もう話し合いとかする気はナシ?」

 

「ナシナシ。ナシのすけ」

 

 とぼけた台詞とは裏腹に弾かれたように、逆沢さんは直立から前傾姿勢で走り出す。

 

「二人とも構えて!」

 

 このはさんの叫びで、葉月さんとあやめさんの表情が一瞬で変わる。

 弛みかけていた雰囲気は、戦場の空気へと戻っていた。

 




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