ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第十三話『かごめとつつじの花の少女たち』⑤

 

「「「──『コネクト』──!」」」

 

 三人の魔法少女の魔法の力が繋がり、収束し、形作っていたものは“巨大な花弁”。

 先端が五つに裂け、漏斗型の特徴的な形状はつつじの花を思わせた。

 でも、それはあくまでもデザインとしての要素に過ぎない。

 実際はもっと攻撃的で、もっと直接的な兵器……──“大砲”だった。

 花弁を模した大砲は三人の足元で(つる)のように絡まる魔法陣から立体的に伸びている。

 “つつじ”によく似た花弁の大砲は狙いを定めて、逆沢さんへと粒子状の魔力を解き放った。

 それは……──。

 

「蝶……?」

 

 魔力の鱗粉を振り撒きながら、花弁の大砲から飛び立った巨大な蝶。

 淡く青、黄色、ピンクの順にネオンサインのように発光する幻想的な姿とは裏腹に、鋭利な刃状の(はね)を持ち、霧と雷を纏った巨蝶(きょちょう)

 羽ばたく巨蝶は、霧と雷を噴射しながら、逆沢さんへジェット機のように飛翔する。

 発生した濃霧は巨蝶の輪郭を覆い隠し、帯電する雷が電磁波となって、巨蝶を保護膜へと変わる。

 霧はこのはさんの魔法だった。なら、雷の方は葉月さんの魔法だろう。

 逆沢さんに魔力の流れを読ませず、迎撃の隙を許さないつもりなんだろう。

 そして、その両方の魔法には、あやめさんの“残す力”……『守護の魔法』が付与されているはずだ。

 

「これが私たち、“家族”の絆! 更紗帆奈に何度も踏み(にじ)られてきた私たちの怒り! その身を(もっ)て思い知りなさいっ!!」

 

 コインの弾の“点”での魔法攻撃、トンファーでの“線”での物理攻撃。どちらにも対応させた三人の合わせ技だ。

 絶対的な防御を誇る巨蝶が、正面に立つ逆沢さんの身体を吹き飛ばす様は容易に想像できた。

 

「逆沢さ……」

 

 だけど……。

 だけど、逆沢さんは笑っていた。

 楽しげに、気分良く、溢れ出しそうな笑みが滲み出ていた。

 まるで、見たかった映画の上映をようやく観られた子供のように。

 もしくは、心待ちにしていた球技の試合にやっと参加が認められた選手のように。

 

「やっぱりいいモンだよなぁ。本気を出していい場面ってのはよぉ!」

 

 右手に握られていた黒いトンファーを逆さまのシルクハットへと変える。同時に左手の親指が一枚のコインを弾いてみせた。

 コインは弧を描いてシルクハットの中へぽとりと落ちる。

 簡素な動作とは裏腹にその瞬間、シルクハットの内側から噴き上がるように金色が放出された。

 

「──『マイザーズ・ドリーム』……!」

 

 質量保存の法則を無視して、シルクハットから湧き出し続ける金色のコインは、まさしく逆沢さんが放った『欲張りな夢(マイザーズ・ドリーム)』という名が相応しい魔法だった。

 際限なく噴き出し続けるコインは中空で渦を巻き、金色の濁流のように巨蝶へと押し寄せる。

 射撃を翻弄するための濃霧が裂け、打撃を防ぐための雷撃が削ぎ落とされていく姿は、巨大なミキサーに掛けられたガラス細工のように見えた。

 残酷なまでの物量が、巨蝶を守る防壁ごと削り取っていく。

 

「そんな……私たちの、魔法が……。想いの力がっ……」

 

 膨れ上がるコインの渦は、とうとう巨蝶の霧と雷の防壁を喰らい尽くし、美しい(はね)(ついば)もうと流れ込む。

 愕然と言葉を漏らすこのはさん。

 

「こ、このは! 葉月! だ、大丈夫だよね? あちしたち、このまま負けたりなんかしないんだよね……?」

 

 動揺と混乱から現実を受け入れられず、頼りになる姉たちに安心できる言葉を求めるあやめさん。

 

「…………」

 

 そして、目を(つむ)ってから、何か覚悟を決めたように目をゆっくりと開く葉月さん。

 

「ごめん。二人とも」

 

「……葉月?」

 

「葉月……ごめんって、何を……?」

 

「本当はさ。三人で生き残りたかったんだけど、やっぱそれ無理みたい。だから、ここでお別れだねーってこと」

 

 明るいトーンの声。大きくも小さくもない至って普通の声量。

 だけど、それは彼女が最後に被った強がりという名の仮面だった。

 繋いでいた二人の手を、振り払うように外すと葉月さんは前方へ大きく飛び込んだ。

 つまり、膨大なコインの竜巻の渦へとその身を投じる。

 文字通り、自殺行為としか呼べないそれを、残された二人は絶叫と共に見送ることしかできなかった。

 

「べらぼうじゃねーか、葉月よぉ! オメーだけはしっかり『俺サマの』敵やってんじゃねぇかよ!」

 

 逆沢さんだけはその行為に称賛の言葉を投げかけた。

 葉月さんはコインの濁流の隙間を縫うように、手を伸ばす。

 翅を(むし)られ、潰れかけた巨蝶の背へと。

 伸ばされた手のひらは、発光する巨蝶の胴体に届き、指先で掴み取るように触れた。

 

「届いて! ……『コネクト』っ!」

 

 形を失いつつあった合体魔法(コネクト)で創り上げられた巨蝶に再度、繋ぐ(コネクト)

 巨蝶の背中に触れた葉月さんの手のひらが波紋のように広がって、輝きと共に摩耗していた外皮が剥がれ落ちる。

 すると脱皮した内側からは、柄の長い斧が現れた。

 鋭いフォルムだった巨蝶の翅をそのまま、刃の斧へと打ち直したかのような幅広の両刃斧。

 バチバチと電気の爆ぜる音がしたかと思うと、葉月さんは両刃斧から発せられる電気を全身に浴びる。

 剥がれ落ちた外皮が僅かに作った隙間を、電気を帯びた葉月さんは滑るように擦り抜けて進んで行った。

 流れるコインの弾が掠める度、雷撃の膜が破れ、一瞬だけ減速するも両刃斧を担いだ葉月さんは前進を続け──そして……。

 金色の濁流を、コインの嵐を、見事に踏み越えてみせた。

 でも、それは代償としてはあまりにも大きなものだった。

 

「はあ……はあ……」

 

 熱を含んだ荒い息。乱れた髪の一部は額から流れた血で顔に貼り付いている。

 アイドルのように(きら)びやかだった黄色を基調とした衣装は所々引きちぎれ、ゆったりとした純白の肌着は真っ赤な血を(にじ)ませていた。

 

「大したモンだ。何回、意識が飛んだ? ()()が起きる度に繋ぎ直すなんて考えたな、オメー」

 

 シルクハットを黒布へ変えてから、トンファーへ戻した逆沢さんは葉月さんに尋ねる。

 “断線”……? 肉体とソウルジェムの繋がりが切れることを言っているの?

 

「……数えてないよ。電流を身体の外側と内側に流し続けただけ……」

 

 そうだ。逆沢さんはこう言っていた。

 『魔力を流してやりゃ、流れはまた繋ぎ直せる』。

 葉月さんの魔法は雷。肉体とソウルジェムを魔力の電流で途切れる度に繋ぎ直したってこと?

 でも、そんな魔力が葉月さん一人に(まかな)えるものなの?

 私の内心の問いは、すぐに葉月さんの一言で氷解した。

 

「……幸い、『バッテリー』はあったしね」

 

 葉月さんは視線を両刃斧へと向ける。

 柄は欠けて短くなり、刃の片側は砕けて、(ひび)だらけのそれは武器だと言われなければ退廃的な芸術作品か何かに見えた。

 そうか。あの両刃斧は逆沢さんへ立ち向かうための武器じゃなくて、否定の魔法の嵐を抜けるための燃料だったんだ……。

 

「でも、容量はギリギリだったみてーだぞ。ほれ」

 

 (あご)で逆沢さんが示すと、葉月さんが担いでいた両刃斧の(ひび)は更に広がって、粉々に砕け、魔力の粒子になって消えた。

 

「自前のがまだちょっと残ってるから」

 

 グッと空の手を握り締めると、三日月状の刃が付いた片刃の斧が彼女の手に納まった。

 

「葉月!」

 

「あちしたちも……!」

 

 まだ中空を流れるコインの浮遊帯を挟んでこのはさんとあやめさんも、マイザーズ・ドリームを越えようとするが、それを葉月さんの声が制した。

 

「来ないでッ!」

 

「……葉月」

 

「ごめん……大きな声出して。でも、二人はそこで黙って見守っててよ。……アタシが、この報復の連鎖をここで終わらせるとこ」

 

 葉月さんは二人に振り返ることなく、片刃の斧を構えて、逆沢さんを見据える。

 

「さあ、お喋りはこの辺でおしまい……。じゃあ、しよっか?」

 

「葉月。オメー……」

 

「ん? 何かな」

 

「イイ顔で(わら)ってんぜ。媚びた笑顔なんざ、話にならねーとびきり怒りの笑顔ってヤツだ」

 

「そりゃそうでしょ。アタシはー……このはを傷付けられたことにも、あやめを殴られたことにも、とびっきり怒ってるんだから! でも、見せてるのは逆沢くんにだけだからいいよね?」

 

「たりめーだろ。何せ、俺サマはオメーの敵なんだからな」

 

 そこには二人だけの、逆沢さんと葉月さんだけに理解できる空気があった。

 私には分からないし、知る権利もない何かがそこには確かにあった。

 二人の武器が交差したのは一瞬だった。

 

 振り下ろされた刃を真横から黒いトンファーが打ち砕いた。

 既に限界を迎えていた葉月さんの身体は直撃さえしなかった打撃の余波で倒れゆく。

 このはさんとあやめさんが、コインの雨の向こう側で叫ぶが外野の声など逆沢さんには届かない。

 ポケットから取り出した一枚のコインが仰向けに倒れる葉月さんへ弾かれた。

 

「ブチ込んでやるよ。……オメーからの(もら)いモンだ」

 

 指弾で撃たれたその()()()()()()()()()コインは額に衝突する。

 

「あつッ…………このコイン……?」

 

「ゲーセンのヤツ。一枚だけ取っておいたんだ。記念にやるよ」

 

 魔力で作り出されたものとは違う、メダルゲームのコインが床へ転がって、その場に小さな音を立てて落ちた。

 

「アタシの……アタシたちの、負けか」

 

 崩れかけの天井を仰いだ葉月さんがそういうと、逆沢さんは頷いた。

 

「そうだな。俺サマの勝ちだ」

 

 白手袋の手でパチンと指を鳴らすと、このはさんたちと分断していたコインの渦は消えてなくなる。

 

「葉月!」

 

 遮られていた二人はそれに気付くと、すぐに倒れている葉月さんに駆け寄った。

 葉月さんはそんな二人を見て、小さく笑った。

 

「ごめん、二人とも。アタシ、負けちゃった……」

 

「ううん。そんなことないよ! 葉月は負けてない! 負けてないんだから!」

 

「葉月……。こめんなさい。私が無謀な戦いに挑んだせいで、あなたがこんなにも傷付いて……」

 

 しばらく、それを眺めていた逆沢さんは、無情にも彼女たちに告げる。

 

「それじゃ、負けたオメーらはまとめて殺すけどいいよな? そういう話だったし」

 

「ぎゃ、逆沢さん!」

 

 流石にその言葉には黙って居られなくなった私は彼に物申(ものもう)す。

 

「もういいじゃないですか!? 勝負は付きましたよ。私も無事なんですし」

 

「いや、喧嘩売ってきたのは向こうだし、殺す理由があるなら殺すぞ、俺サマは」

 

 駄目だ。聞いてくれる気がしない。

 ななかさんの時みたいに満足して、殺意を抑えてくれるかと期待していたけど、無理そうだ。

 

「……殺すなら、私だけにして。葉月もあやめも私が勝手に巻き込んだだけよ」

 

 このはさんは身を呈して、葉月さんたちを庇うように手を広げる。

 だが、逆沢さんにそんな都合は通用しない。

 

「オメーだけ殺したところで、残りの二人が報復に来るだけだろ。まとめて殺しといてやるよ。そっちの方が後腐れないし、オメーらだって家族みんなで手を取り合って死ねるだろ」

 

 相変わらず、思考回路が蛮族のそれだ。

 怒りと憎しみとかじゃなく、三人まとめて殺した方が三人の心情的にも満足してるだろうと本気思ってるのが見て取れる。

 

「……このは。いいよ、そういうの。巻き込まれたなんて思ってないから」

 

「あちしも。このは一人を犠牲にして生き延びたいとか思わないよ!」

 

「ほれ。家族もこう言ってんぞ。ゴチャゴチャ言わずにまとめ死んどけ。な?」

 

 何で真顔で諭すように死を(すす)めてるんだろ、この人……。死神なの?

 このはさんはその言葉を呑み込むことを最後まで躊躇していたけど、最後に一つだけ付け加えるように言った。

 

「なら、せめて、最期に瀬奈みことと話をさせて。文句の一つでも言わないと納得なんてできない」

 

「んー。まあ、そりゃそうか。おっし、いいぜ。冥途(めいど)土産(みやげ)くれーは欲しいだろうしな。オメーらを殺すのはみことと話させた後だ」

 

 顔を私の方へ向けると、(こと)もなげに言う。

 

「おい、かごめ。みことと変わってやれ。ちょいと話すくらいはさせろ。文句言いてぇのは俺サマもだし」

 

「え。は、はい……。みことさん、みことさん、聞いてましたよね? そういう訳で表に出て来てください……」

 

 目を瞑って、私は頭の中のみことさんを呼ぶ。

 しかし、どれだけ待っても、彼女が私の表層に現れる予兆はない。

 

「ったく、しゃーねーな。ちょっとかごめ。目ん中、見せろ」

 

 私が答える前に顎を掴まれ、目の中を覗き込まれる。

 男子の顔がここまで接近したのは生まれて初めてのことだった。

 顔が火が出るかと思うほど、恥ずかしさが湧き上がるけど、逆沢さんの腕力を振り解ける訳もなく、私はマネキンのように硬直することしかできなかった。

 

「おい、みこと。みことー。みこっちゃーん。…………ん? みこっちゃん、居ねぇぞ!?」

 

「え、ええ? ど、どういうことですか、それ!?」

 

 みことさんが私の中に居ないって、それはつまり……。

 逆沢さんはすぐに他の魔法少女たちの顔を掴んで目の中を覗き込む。

 

「あなた、何を……うっ」

 

「居ねぇ!」

 

「ちょっと、逆沢くん……んっ」

 

「居ねぇ!」

 

「わわっ、そういうの、待って……あ」

 

「コイツの中にも居ねぇ! あいつ、マジでどこ行きやがった!?」

 

 羞恥心(しゅうちしん)が落ち着いてきた私は、今の状況を冷静に判断する。

 みことさんは私の心の中に入っていた。ということは、別の人にも同じように乗り移ることができるってことだ。

 ここに居る人以外でそんな相手は……あ!

 私と同じ結論に行き着いたようで逆沢さんもポカンとした顔で私を見つめる。

 

「まさら、だよなぁ?」

 

「ですよね……」

 

 多分、まさらさんが乱入した時にどうやったのかは分からないけど、まさらさんの中に乗り換えたんだ。

 更に考えるなら、私がこのはさんに殺されかけた時にこのはさんに乗り移ってから、まさらさんにまた乗り換えたのかもしれない。

 それなら、私が殺されかけた時に何の抵抗もしなかったことにも説明が付く。

 少しは仲良くなったと思っていたけど、やっぱりみことさんは『魔女』なのだ。

 あたふたし始めた私たちを葉月さんが何やら物珍しそうに眺めていたが、何か(ひらめ)いたように目を見開いた。

 

「……ねぇ。結局、今は瀬奈みこととは話せないってことでいいんだよね?」

 

「まあ、な」

 

「じゃあさ、逆沢くん。アタシらのこと、まだ殺せないよね?」

 

「……まあ、そういうことになっちまう、か? いや、でもあんだけ殺す殺すって息巻いて、キル数ゼロってのはなぁ……」

 

 すごく嫌そうな表情で自分の顎に指で挟んで、悩んでいる逆沢さんへにやにや笑みを浮かべた葉月さんが聞く。

 

「あー、そっかそっか。アタシら殺すのは瀬奈みことと話させた後って言ってたけど、前言撤回しちゃうんだ。いいよ、それも逆沢くんの選択だもんね。魔法少女内で嘘つき呼ばわりされてるキュゥべえも、嘘だけは吐かなかったんだけどなー」

 

「ぬううううううううう!? オメー、俺サマがビー玉アイズのマスコット以下呼ばわりする気かよ?」

 

 上手い! (あお)られる逆沢さんだが、この人は自分の意図していない悪事に対しては普通に嫌悪感を抱く。

 

「ビー玉アイズ……? よく分からないけど、まあ、そういうことだよねー。じゃあ、サクッとアタシらをまとめて殺して……」

 

「あああああ! わーったよ。分かったよ。みこととオメーらを話させるまでは殺さねぇ! これでいいよな?」

 

 頭を掻き毟って、そういうと葉月さんは嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「えー、いいの? ありがとう、逆沢くん。いやー、君と話してると新しい笑顔が出来て、楽しいなっ」

 

「あー、クッソ。それもこれも全部みことのせいだ。あのボケ、見つけ出してやっからな!」

 

 すっかり葉月さんの口車に乗せられて、逆沢さんは三人の殺害を一旦取りやめた。

 苛立ち紛れに地団駄を踏む彼だが、ミシミシと身の危険を感じる軋みが床や柱から響き始め、全員一斉に気付いた。

 

「オイ、これ……」

 

「あー、ヤバいかもねぇ……」

 

「早く脱出するわ。あやめ、まだ動ける?」

 

「あ、うん。じゃあ、葉月はあちしが背負うよ」

 

 いそいそと脱出の準備を始める私たちだったけれど、散々大規模な魔法が衝突し合っていた廃屋は既に限界を迎えていた。

 

「だー。もう、オンボロ屋敷が! ドイツもコイツも俺サマに乗れ!」

 

「わー」

 

「へ、変なところ、掴まないで」

 

「ボロボロなのはアタシも同じだから優しくね」

 

 怒り心頭の逆沢さんは私を含め、魔法少女三人を脇と肩で担ぎ出すとバキバキと床を砕きながら、壁の大穴から飛び出した。

 遂に家屋が倒壊したのは丁度、逆沢さんが全速力で五十メートルほど離れた後だった。

 小脇に担がれた私は同じく、逆の脇に抱えられたこのはさんと視線が合う。

 彼女は気まずそうに私を見た後、少しだけ口を閉じてから、ポツリと漏らした。

 

「ごめんなさい。怒りをぶつけるのはあなたではなく、瀬奈みことだったのに……」

 

「あ、えっと……。それは私も意地を張っちゃったっていうか」

 

「でも、命を奪おうとしたことは短慮だったわ。本当にごめんなさい」

 

「分かりました。でも、やっぱり私は私の言ったこと曲げるつもりないんです。このはさんも家族を守るために意見を曲げられない訳で……」

 

 手に持っていたアルちゃんのぬいぐるみをグイっと顔の前に突き出して言う。

 

「<ここはお互い悪かったってことでいいんじゃないかな? かごめちゃんもそう思ってるよ>」

 

「えっ。何それ、腹話術?」

 

「<私はアルラウネのアルちゃん。かごめちゃんの一番の友達なんだよ。よろしくね>」

 

「……ふふ。それなら、かごめさんの一番の友達のアドバイスに従っておくことにするわ」

 

 こうして、このはさんと和解をしていると、担いでいる逆沢さんが突っ込みを入れる。

 

「オメーら、呑気すんのはいいけどよ。わりとヤベーぞ、隣の家も廃屋かもしれねーが、ドミノ倒しみてーになってんぞ」

 

 逆沢さんに促され、見れば倒壊した廃屋は潰れて、隣の敷地の塀を突き破り、崩れた木片が倒れ込んでいた。

 生き延びた安心感よりも目の前の酷い損壊状態に顔が青くなる。

 

「あ」

 

「どうした、かごめ?」

 

「学生鞄……多分、まだ屋内です……」

 

「オイオイ。掘り返すのかよ。多分、そろそろ消防車とかパトカーとか来んぞ、アレ」

 

「う、うう……」

 

「て、手伝うわ。手伝うから、ね!」

 

「あちしも!」

 

 私たちは急いで倒壊した廃墟へ戻り、泣きながら学生鞄を探すはめになった。

 必死に木くずやガラスを皆で退けながら、私はふと意識が別の方向を向く。

 

 それにしても、みことさん、どこへ行っちゃったんだろう……。

 




アザレア編 一旦完結。
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