ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 露草色の没溺/群青色の懸念

 自室にて、日課になっている明日の授業の予習を淡々とこなしていると、余計な茶々が入ってくる。

 

『わあ。ちゃんと予習とかやってるんだ。偉いねー』

 

 廃屋での戦闘から撤退してから、どうにも調子がおかしい。

 確かにあの戦いでは逆沢に手傷は負わせられなかったけれど、こちらも後を引くようなダメージを受けてはいなかった。

 取り分け、痛みがある訳でもないので放置していたが、それでも昨日から“幻聴”が酷くなってきた。

 

『ねぇねぇ、まさらちゃん。そろそろ、私の存在を認めてよ。私は間違いなく、あなたの中に居るの』

 

 幻聴の名前は瀬奈みこと。

 鏡の魔女の半身。かつて魔法少女だった何か。

 佐鳥かごめの頭の中に居たはずの彼女は、どうやったのか私の中へと乗り移ってきたらしい。

 

「私に話しかけないで」

 

『つれないこと言わないで。今はあなたと私は一心同体なんだもの。まさらちゃんの気持ちだって、まさらちゃん以上に分かっちゃうくらいに』

 

 普段なら無視できる戯言(ざれごと)だった。

 だけど、私の心は私にすら全容を把握することは不可能なもの。

 それを私以上に理解しているなんて、冗談でも聞き捨てならない。

 

「だったら言ってみて。私の心が分かるのなら、私が何を望んでいるのかを」

 

 凪のように静寂だった私の精神に僅かだが波紋が生まれた。

 思考の中で笑うように一人の名をあげる。

 

『逆沢アキラちゃん』

 

 石を投げ込まれた水面に波紋が広がる。

 (とどこお)りなく、動いてノートに回答を(つづ)っていたシャーペンは気付けば止まっていた。

 

『あの子と戦闘(あそび)だけが、空っぽだったまさらちゃんの心を動かした。楽しかったんじゃない? ワクワクしたんじゃない? あ。ひょっとしたらドキドキした?』

 

 (かん)に障る好奇を含んだ声音。

 だけど、頭の中で響くその不快な声を遮断(シャットアウト)する(すべ)はない。

 何より、他人からどう思われようと動じたことのない私が、明確に不快感を受けているという事実が私をより動揺させた。

 

「だとしてもあなたには関係ない」

 

『関係ないことないと思うなぁ。だって、アキラちゃんは私の作ったコピー人間、使い魔なんだから。そ・れ・よ・り』

 

 瀬奈みことはわざとらしく、台詞を区切って殊更、強調するように言う。

 

『まさらちゃんはアキラちゃんの否定の魔法を防げないんだから、次に戦ったら確実に殺されちゃうよ? あの子の性格上、今度は逃してくれないと思う』

 

「それこそ、あなたには関係ないわ」

 

『いいの? 終わっちゃうんだよ。まさらちゃんのワクワクも、ドキドキも、やっと手に入れた夢中になれるものなのに、それで本当にいいの?』

 

 瀬奈みことの物言いは疑問の(てい)でありながら、私の心中を勝手に推し(はか)るものだった。

 単なる挑発。扇動。答えたところで向こうの有利な方へ誘導されるだけ。

 なのに私は答えていた。

 もう、既に私は彼女の魔法に掛けられていたのかもしれない。

 

「言い訳がない。もう少しで、もう少しで何か分かる気がするのに……」

 

 この心に(とも)るほんの僅かな炎のような熱の意味を理解できるかもしれないのに、諦めきれない。

 私は知りたい。

 私は感じたい。

 メリットも、デメリットも超えた感情を。

 その感情を何と呼ぶのかを。

 

『それなら良い方法があるよ』

 

「……え?」

 

 待っていたかのように、瀬奈みことは語り出す。

 この流れに持っていくまでに勿体(もったい)付けていた本題を。

 

『この神浜市のどこかにあるんだ。アキラちゃんの“否定の魔法”を防ぐための〈秘密のキーアイテム〉。ねぇねぇ? それを手に入れようよ』

 

 私がその問いにどう答えたかは言うまでもなかった。

 なぜ彼女が自分の使い魔を打倒しようとする私に協力するのかなどどうでもよかった。

 きっと、この時の私は熱に浮かされていたのだろう。

 希望という名の熱に。

 いつの間にか机の上に置いていたスマートフォンが揺れていた。

 集中するためにバイブモードにしていたから、着信に気が付かなかったみたいだ。

 画面にはこころの名前が表示されていた。

 いつもなら当たり前に出ていたその着信に、なぜだか出る気が起きなかった。

 

『それじゃあ、探しましょうか。銀の魔王が残した、魔法少女のための力を』

 

 きっと。

 きっと、それは私が自分のやりたいことを見つけられたからだと思う。

 

「ええ。そうね……」

 

 気が付けば、着信の振動は止まっていた。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

「それでぇ? 私が呼び出されたのはどうしてかしらぁ。今、調整屋さんは出張サービスしてないのよ。みーんなの調整屋さんだからぁ」

 

 春でもないのに満開の桜の舞う奇妙な場所に私は居た。

 それが『万年桜のウワサ』のウワサ空間だと以前、宴会を行った時に教えてもらっていた。

 

「それともぉ、私への個人的な報復、かしらぁ? “柊ねむ”ちゃん」

 

 この場に居るのは私の他に、ウワサ空間の主である万年桜のウワサこと桜子ちゃん、元マギウスの里見灯花ちゃん、そして、柊ねむちゃん。

 私の言葉にすぐに反応したのは言われた本人ではなく、灯花ちゃんの方だった。

 

「よくそんな態度を取って居られるわね! あなたが創った“銀の塔”のせいでねむは……」

 

「いいよ。灯花。その話はもう付いている。それに多くの魔法少女や街の人を犠牲にしようとしていたボクら、マギウスが言えた台詞じゃないしね」

 

 近代的な丸みのある車椅子に座ったまま、ねむちゃんは灯花ちゃんを(なだ)めた。

 恐らくは私が行った実験の後遺症の影響だ。

 それでも言葉通り、ねむちゃんの言葉には恨みの陰はない。

 

「でも、来てもらったのは、その件に付随してるんだ」

 

「どういうことかしらぁ」

 

「ここから先はボクよりも彼女に話してもらった方がいいだろうね。桜子、お願いするよ」

 

 ねむちゃんに促され、二人の傍に控えていた桜子ちゃんが口を開く。

 

「|八雲みたま。あの“銀の塔”で生まれた『ウワサの銀羽根』を覚えている?|」

 

「……ええ。あれを忘れるほど私も恥知らずじゃないわ」

 

 どの口が、灯花ちゃんが口を挟もうとしたけれど、そっとねむちゃんが口を手で塞いで止める。

 別に詰られるのはいいけど、この子もこの子で自分のやったことをしっかり自覚しているのかしら……?

 桜子ちゃんは周囲の反応に取り合わず、話を続ける。

 

「|否定の魔法の魔力を注がれて調整を受けた『ウワサの銀羽根』は否定の魔法に耐性を得て、別の何かに進化しようとしていた|」

 

「ええ」

 

 それも覚えている。

 先生や元黒羽根の魔法少女たちを巻き込んで、ウワサの残骸を再構築した上で、中沢君に否定の魔法でそれらを倒させた。

 すべては“あの人”を取り戻すための計画だったけど、結果、生まれたのは否定の魔法とも融合した“銀羽根の亡霊”だった。

 

「でも、中沢君の『リジェクト』で完全に『ウワサの銀羽根』は進化しきる前に消滅したはずよ」

 

 現に銀の塔は崩壊して、消滅。計画に利用してしまった黒羽根の少女たちのソウルジェムも再調整し直した。

 全部、綺麗に片付いたはず。

 

「|その認識は誤り。確かに『ウワサの銀羽根』は『リジェクト』を受けて、ウワサとしての形を保てなくなった。でも、離散した魔力は完全に消滅することなく、神浜市内に分かれて、留まっている|」

 

「! ……そんな。いえ、そうね。否定の魔法に耐性があるのなら『リジェクト』にも抵抗できてもおかしくない……」

 

 でも、だとしたら私や魔法少女たちの魔力感知に引っかからないのは不自然だ。

 まるで意図して隠れて……。

 

「機会を(うかが)ってるみたい。そう思うだろう、調整屋みたま」

 

 ねむちゃんの意見に私は少し黙り込んだ後、頷いた。

 

「ボクも同意見だ。何せ、ウワサを作っていたボク自身、現存しているウワサは桜子だけだと思っていたからね。ようやく最近、僅かな違和感を(とら)えたに過ぎない」

 

「離散したって言ってたわね。つまり、複数体の『ウワサの銀羽根』がこの街に潜んでいるってことなの?」

 

 想像するだけで、冷や汗が滲む。

 あれはもう、私の手からもコントロールを離れている。

 無差別に魔法少女を殺そうとする誰にも止められない、魔女以上の脅威だ。

 最悪の想像をして顔色を変えた私を見て、ねむちゃんは首を横へ振る。

 

「君が考えているほど、まだ事態は深刻ではないよ。『リジェクト』を受けた『ウワサの銀羽根』も残りはしたが、健在ではなかったと見ている。正確な観測は難しいけど、恐らくは四つ、いや三つ程度に別れ、その力も大きく落ちているだろう」

 

 そうでなければ魔法少女救済を掲げて魔法少女への無差別な殺戮を始めているだろうからね、と彼女は付け足した。

 三つ。

 弱体化したとはいえ、あらゆる物を融かし、一体化する融合の魔法を持つ何かが三つも存在している。

 

「この情報……マギアユニオンには?」

 

「まだだよ。お姉さんたちは鏡屋敷の探索やユニオンを取りまとめていくので手一杯だからね」

 

「元マギウスでやらかしたワタクシやねむは魔法少女としてユニオンに関わることも許されていないしね」

 

 灯花ちゃんの言葉にねむちゃんも同意する。

 確か、そういう取り決めがマギアユニオン内であったような気がする。一応、私も参加していたけど、あくまでオブサーバーだったから、そこまではっきりと覚えていなかったけど。

 

「じゃあ、鏡屋敷の件の方はあなたたちは知らないのね」

 

「そっちでも何かあったの?」

 

「鏡の魔女の一部……というより魔法少女としての半身、瀬奈みことが一般人に寄生して鏡屋敷から脱走したの。更に中沢君のコピーまで護衛に連れてね」

 

「大問題じゃない!? それでみふゆが何か電話で騒いでいたのね」

 

 灯花ちゃんは期待通りのオーバーなリアクションをしてくれた。

 こんな状況じゃなければ、スマホで写真でも撮影したいところだけど、今はそれどころじゃない。

 

「それと悪いニュースがもう一本」

 

「まだあるの!? いい加減にして! ワタクシのお腹はもう一杯よ!」

 

「いやいや。聞いてもらわないとみたま困るわぁ。……これは最近、来なくなったバイトのマスコット君からなんだけど」

 

「調整屋のところのバイトって確か、その中沢とかいう少年だったね」

 

「否定の魔法、使えなくなっちゃったんだって……」

 

 電話で聞いた要領を得ない説明だったけれど、掻い摘んでまとめると、コピーにコテンパンにされた恐怖心から変身することもできなくなったらしい。

 

「ええええええ~~!?」

 

 灯花ちゃんやねむちゃんも珍しいぐらいの動揺を見せてくれた。

 ここまで年相応の反応を見せてくれるなんて、かなりのレアね。なんて、逃避したような思考が浮かんでくる。

 更に言えば、もう一つ懸念事項があった。

 以前、計画時に先生と話した時に聞いた内容。

 

『あんなぁ、みたま。そろそろこの街、魔法少女の抗争の中心になるわ』

 

 どういうことか、と聞いた私に先生は端的に答えた。

 

『マギウスの崩壊……もっと言うんなら銀羽根の死が近隣の街まで広がってんねん』

 

 マギウスの守護者“銀羽根”上条恭介はマギウスの翼に敵意を持つ者たちへの牽制(けんせい)になっていった。

 それが見滝原市でワルプルギスの夜と激闘の末に相打ちになった。

 そういった内容で広まっているそうだ。

 実際には上条君は魔法を失っただけで生きているのだけれど、それを知っているのはこの街の魔法少女だけだろう。

 矛先が力を失った彼に向かないためにもそれでいいと思っていたけど、それにより、銀羽根の恐怖から未然に防がれていたマギウスの翼への報復の可能性が生まれた。

 特に魔女を他の街から呼び寄せていたことは、今では、知らない魔法少女の方が少ないことらしい。

 ドッペルシステムという旨味の消えた神浜市に来る魔法少女は大幅に減り、別の街からマギウスの翼に加入していた魔法少女も去り、街としては魔法少女の数が正常化した今、果たして、恨みを持つ者たちはどう考えるか。

 ……考えたくないわねぇ。これ以上の厄介事は。

 少なくとも、早いところ、ウチの役立たずのマスコット君には魔法を取り戻してもらわないと。

 中央にある万年桜の花びらが揺れる。

 作られたウワサの空間は、この街の状況とは裏腹にどこまでも心地よい風を漂わせていた。

 

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