これは正しい人たちのための物語じゃない。
これは魔法少女のために紡がれた物語じゃない。
きっと全部間違っていて、きっと全部削除されるべき物語。
ここからが本当の始まり。今まではただのプロローグ。
本当に知らなければならないことを、私は改めて、見て、聞いて、そして、知ることになった。
誰かの心に踏み込むのが、一体どれだけ大変なことなのかを。
***
「はぁぁ〜〜〜……」
開口一番、とても大きな溜め息に出迎えられた私は夢の中に居た。
毎回、景色も場所も違うけれど、目の前に立っているコメンテーターさんの存在が、ここを現実ではない夢の世界だと理解させてくれた。
そこは学校だった。
当然、私の通っている学校とは違う。
四角く仕切られた空間に学習用の机が規則正しく並んでいる。
黒板の代わりにホワイトボードが置かれていて、学習用の机にはノートパソコンが付属されている。
最も目を引くのは廊下側の壁だった。
透明なガラス張りになった壁に、同じく透明な引き戸が付いている。
廊下を挟んだ向かい側の教室が丸見えだ。
水槽に入れられているような錯覚さえ感じてくる。
本当にこんな妙な内装の学校がこの世のどこかにあるのかな?
そんなことを考えていた私は、コメンテーターさんのじっとりした不満そうな視線に気付いて、彼女の方へ向き直る。
コメンテーターさんはやや
多分、それがこの学校の指定の制服なんだと思う。
ホワイトボードの前で、コメンテーターさんは咳払いを一つしてから言った。
「……かごめさん」
「え、はい」
「色々と言いたい事はあるんですけども! ……まずは座ってください」
ややテンションの安定しない彼女は、一番近い席を指差す。
私はその圧力に押されてながら、ひとまず従うことにした。
指定した椅子に着席したことを見届けたコメンテーターさんは、背にしていたホワイトボードに専用のペンで文字を書き込んでいく。
キュキュッとペンがホワイトボードを擦ったかと思うと、一列の文章が書き込まれていた。
そこには『神様育成チャート』と書かれている。
「私はね、チャートを組んでいたんですよ。神浜市を、いや、すべての魔法少女を救うためのチャートを!」
「……は、はあ」
「でも、かごめさんは全然チャートに沿ってくれない! と言うか、私が想定もしてない動きをするせいで修正もできないくらいボロボロなんですよ、私のチャートは!」
言っている意味の半分も理解できなかったけど、私の行動に対して怒っていることだけは分かった。
落ち着いてもらうためにも、私は謝罪の言葉を口にする。
「あの、ごめんなさい」
「いえ! 謝ってほしいんじゃないんです。ただ、オリチャーが……あまりにオリチャーが酷くて、もう、なんて言うか、把握しきれないんですよ! 何ですか、環いろはさんと合流するのってそんな難しいですか。おまけに一緒にいた瀬奈みことは見失うしで、私にも何が起きてるのか追い切れないんです。こう、何て言うか、主要登場人物同士がすれ違ったまま、シーンだけが進んでいくようなもどかしい映画と言いますか……どうしたら、こうなるんですか!?」
早口で
私はただどうしたものか悩んでいると、教室の引き戸がガラリと開き、小さな白髪の女の子が入室する。
「そこまでにするのです、まばゆ」
「まばゆ?」
白髪の女の子の台詞に聞き慣れない単語が含まれていたので復唱する。
すると、コメンテーターさんは強烈な衝撃でも受けたように叫ぶ。
「うわぁぁぁーー! 何で……何で本名呼んじゃうんですかぁ! 神秘的で謎めいていた私のキャラクター像がぁ……!」
どうやら、まばゆさんと言うのがコメンテーターさんの本名だったらしい。
……うーん。謎はあったかもしれないけど、神秘的ではなかったかなぁ。
「まばゆ。諦めるのです。そんなキャラクター造型最初から作れてないのです」
「あー、また、本名言ったぁ! 酷い、酷すぎますよ!」
コメンテーターさん改めて、まばゆさんは抗議の声を上げるが、白髪の女の子は気にも留めない。
私の方に向き直り、すぐ隣まで近寄るとペコリと頭を下げた。
「初めまして、になるのです。なぎさはなぎさなのです」
なぎさはなぎさ……?
あ、ひょっとして一人称が名前なのかな。
少し考え込んでしまったけど、恐らくはそれで間違いと思う。
「なぎささん。私は……」
「それはもう知ってるのです。佐鳥かごめ。とにかく、今はなぎさたちの話を聞いてほしいのです」
この夢の中の世界では私は有名人なのかも知れない。
そして、人権はあんまりない気がする。
「まばゆのオンボロチャートの話は一旦忘れて、重要なことだけ伝えるのです」
「オンボロじゃないでーす! 天才名軍師が丹精込めて作った神様育成チャート……」
「少しは黙るのです! ……かごめ。現実の世界にはこっち側で聞いた記憶はほとんど持ち込めないですが、これから言う言葉だけは覚えておくのです。準備はいいですか?」
「は、はい」
「じゃあ、教えるのです。──……”ハネを壊す”のです」
「ハネ? ハネってあの、鳥の背中から生えてるあの羽のことですか?」
なぎささんにそう聞き返したところで、視界は電源を落としたテレビの画面のようにプツリと消えて──……。
目を覚ました時の私には
「あれ……学校の、夢? 何か言われてたような……何か、壊す? ハナ? で合ってたかな?」
思い出そうとすれば、するほど意識が
ベッドから降りると、登校するための朝の準備に取り掛かる。
夢の記憶など遠い彼方に追いやって、私は放課後に神浜市でやらなければいけないことを思い出していた。
「まずは、みことさんを探さないと……」
そして、もし私の言動が彼女を傷付けたのなら謝って、仲直りしないといけない。
学生鞄に授業で使うためのものとは別に一冊ノートを入れる。
『神浜市の未来について』。
そう銘打ったノートの中身は神浜市で暮らす魔法少女たちから聞いた話だ。
倒壊したこのはさんたちのアジトから、無事学生鞄を回収できた私は、彼女たちから神浜の話を聞かせてもらった。
このはさん、葉月さん、あやめさんの三人は家族を失い、神浜市にある児童養護施設『つつじの家』に引き取られて、出会った。
三人は優しい院長先生の下で仲の良い姉妹のようになっていったが、ある時、神浜市にある『つつじの家』を含めた児童養護施設が取り潰されそうになった。
国側の利益のため、廃統合される。その政策によって、つつじの家はなくなり掛けた。
だけど、このはさんたち三人がそれぞれ願い事をすることで彼女たちは「つつじの家」を守り切った。
帆奈さんによって無差別魔法少女襲撃犯として、二回ほど他の魔法少女から誤解を受け、襲われたりしたこともあったものの、他の魔法少女たちの協力もあり、平穏な生活を取り戻したそうだ。
そんな矢先に、帆奈さんの友達であり、鏡の魔女の半身だというみことさんが再び、生活圏に現れたことでこのはさんたちは気が気じゃなかったはずだ。
みことさんが私から抜け出たこともあって、今回の騒動は謝ってくれたけれど、彼女たちの境遇を考えれば仕方がないことだとも思う。
神浜市に対する印象も聞いたが、「新興都市ということもあって、国側からの利益を優先するような政策を受け易い街」だと答えてくれた。
ちなみに回答してくれたのはこのはさんだけで、葉月さんは笑ってはぐらかされた。一応、あまり質問の内容を理解していないあやめさんも「うまく言えないけど、他の街よりずるい大人が多い気がする」という感想を付け足してくれた。
三人とも神浜市自体を好ましいと感じてはいないものの、ここでの生活や交友関係は大切にしているようだった。
もしみことさんが居たら、『これは滅び側に三票ね』とでも言ったかもしれない。
三人との戦いで誰の命も奪えなかったことに納得していなかった逆沢さんは、私が神浜を滅ぼすかどうかを決めるかのノートで記録していると呆れたような目で私を眺めていた。
「かごめ。みことのヤツはオメーを見殺しにして逃げたんだぜ。なのにまだ律儀にアイツとの取り決め守るつもりなんかよ? もう無効試合でいいだろ」
そう言って、肩を
私も確かにそう思う。
神浜市を滅ぼしたいって想いもみことさん側の都合だ。
でも、今は私が知りたいからやっている。
何がみことさんを街の滅亡願望まで抱かせたのか、本当に神浜市は滅びた方が良い街なのか。
私はきっと、みことさんの絶望に触れたいんだと思う。
短い間だけど、私の中に居た彼女と心から分かり合いたい。
次に会えたなら、今度はみことさんとちゃんとした友達になりたい。
彼女が悪い人でも、酷いことを企んでいるのだとしても、もう私とみことの間には繋がりができてしまったのだから。