ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第十六話『かごめと後悔の羽根』③

 ネズミ、カエル、鳥、犬、猫、あらゆる小動物の死んでいた。

 敷き詰められ、積み上げられた無数の死骸の山。そのどれも黒ずんで腐って歪んでいる。

 気分が悪くなるような光景に私は吐き気を覚えて、口を押さえる。

 

「うっ……」

 

 そんな私を気遣うように、逆沢さんは繋いだ手を引いて自分の方へと寄せた。

 

「かごめ。気持ち悪りぃなら周り見ねー方がいい。代わりに俺サマの頼れる背中でも見とけ」

 

「……はい。でも、大丈夫です」

 

「そうかよ。なら、気張りな。ここはウワサ空間。敵のテリトリーだ」

 

 無理強いせずに逆沢さんは前を向く。

 私はその間に周囲を見回して、状況把握に(つと)めた。

 腐り落ち、骨を露出させて、散らばるそれらは見た目のグロテスクさと裏腹にまったくの現実味を感じさせない。

 (ただよ)っているはずの腐臭や、群がってくる(はえ)が存在していないせいだ。

 緻密な絵画か、精巧なオブジェで悪趣味な彩りを添えた、悪夢のような空間。

 それがこの場所の感想だった。

 

「あれ? そういえば、こころさんは?」

 

 近くに彼女の姿がないことに気付いて、私は逆沢さんに聞いた。

 彼は真ん中ぐらいで引きちぎれた黒い布をひらひらと揺らしながら答える。

 

「ここに来る寸前に(はぐ)れちまった。転移が不発になる可能性を考えて、否定の魔法を()めなかったのが裏目に出たぜ。多分、俺サマたちが来れたのは空間の浅い場所だ。こころは深部辺りまで引っ張り込まれたみてーだ」

 

「じゃあ、こころさんは今一人で居るってことですか!?」

 

「落ち着けよ。ウワサ空間に入っちまったらこっちのモンだ。こころの魔力反応のパターンもさっき変身した時に覚えた。そんじゃ、いっちょ()()ぜ」

 

 ニヤリと不敵に笑う逆沢さんに、私はハッと思い出す。

 逆沢さんの“魔力で満たされた空間内”であれば、自在に空間や距離を否定して転移することができる。

 

「クックック。最短距離でショートカットだ。わざわざ引き離してった意味がねぇっつーことを思い知らせてやんぜ」

 

 ひらりと黒い布が私ごと逆沢さんの全身を包み、次に布が剥がれた時には周囲の光景はまた変化をしていた。

 今度は開けた場所だった。

 背景には相変わらず、腐敗し、崩れた小さな生き物たちの死骸の山脈が(そび)え立っている。

 だけど、一番最初に目に入ってきたのは……。

 

「こころさん!」

 

 魔法少女の衣装を(まと)うこころさんの後ろ姿。そして──。

 

「逆沢、佐鳥かごめ。あなたたちも来ていたの……。魔法少女でもないあなたたちが入って来るのは想定外」

 

 私たちやこころさんが、ずっと探し回っていたまさらさんの姿だった。

 無事だったんですね、と安心して声を掛けようとして、違和感が()ぎる。

 ──どうして、こころさんはこちらへ背を向けたまま、無反応なのか。

 その疑問はすぐに解けた。

 最悪の形で。

 ぐらりとこころさんの身体が傾いたかと思うと、仰向けに倒れ込む。

 彼女の胸元には、短剣が深々と突き立てられていた。

 何度か見た西洋風の白い短剣。

 

「っう……何で、まさら……?」

 

 お腹を押さえて苦悶(くもん)の表情で呟くこころさん。

 そんな友達の姿に対し、まさらさんは酷く残念そうな眼差しを向ける。

 

「こころ。あなた、()()()()()()のね。あのままだったら、その首に付いたソウルジェムを一瞬で砕いてあげられたのに」

 

「な、んで……?」

 

 理解ができず、問い続けるこころさんにまさらさんは至極当然のように答える。

 

「可哀想なあなたを解放してあげたかったからに決まっているわ。魔法少女は生きているだけで辛く、苦しいのだから、一刻も早く救済が必要なの」

 

 その表情はいつもの鉄面皮の無表情ではなかった。

 深い同情と憐憫(れんびん)に満ちた悲しげな顔は、あまりにもまさらさんらしくなかった。

 

「……オメー。“誰”だ?」

 

 逆沢さんが端的に聞いた。

 

「……? 何を言ってるの? 私は加賀見まさらよ」

 

 (あわ)れみの表情を変えないまま、そう答える。

 逆沢さんは私と繋いでいた手を離し、ゆっくりと彼女へ近付きながら、首を横へ振った。

 

「いいや、(ちげ)ぇーな。未だに魔法少女を殺して『解放』だと『救済』だの(のたま)うヤツは、俺サマは一人……いや、一体しか知らねぇーなぁ……」

 

 脚が早まる。

 歩幅が小刻みに変わり、二人の距離が瞬く間に縮まった。

 駆け足へと変化した逆沢さんが跳んだ。

 その左手には既に黒のトンファーが握り締められていた。

 

「──『ウワサの銀羽根』さんよぉ!」

 

 跳ねた勢いを殺さず、宙で振り上げられたトンファーの打突がまさらさんの顔面に目掛けて放たれる。

 

「違うわ。その呼び方は違う。だって、それは……あなたに『リジェクト』される前の()だから」

 

「……ちっ」

 

 衝突の間際、黒く(よど)んだ半透明の球体がまさらさんの顔を守る様に現れた。

 接触したトンファーの先端がどろりと腐り落ちた。

 寸前でトンファーを手放していた逆沢さんの左手は無事だったものの、浮かぶ球体に触れたトンファーは腐敗するように融けかけて、地面へ落ちる。

 

「私は拒絶され、砕かれ、分たれた三枚の羽根の一つ。そして、力を求める加賀見まさらと一体になった存在。そう……名前が必要なら、こう名乗りましょう」

 

 まさらさんの衣装に濁った黒がライン状に入ったかと思うと、背中から片翼の翼が生まれる。

 顔の左半分を翼に似た仮面が多い隠すように出現する。

 

「ニグレド──『哀憐(あいれん)のニグレド』。魔法少女を(あわ)れみ、腐敗の死を与える者」

 

 変わり果てたまさらさんを他所(よそ)に、着地した逆沢さんは倒れているこころさんを回収して、大きく後退した。

 

「まさら……」

 

「今の聞いたろ。アイツはまさらの身体を使っちゃいるが、まさらじゃねぇ。ニグレドとかいうバケモンだ。……にしても『腐敗の魔法』たぁ、懐かしいモン引っ張り出してきやがったな」

 

 逆沢さんはこころさんを私の方まで運んでくると、彼女を私へと(たく)す。

 

「かごめ。よく聞け。普通の人間なら余裕で致命傷だが、魔法少女のこころはこんなんじゃ死なねー。幸い、『腐敗の魔法』もこの短剣には使われてねぇみてーだ。こころを落ち着かせて、魔力で治癒させながら、ゆっくりと短剣を引き抜け。ゆっくりとな。いきなり、引き抜いたら血がべらぼーに出るから気を付けろ」

 

 それだけ言うと、逆沢さんは私の返事も待たずにまさらさん、いえ、『哀憐(あいれん)のニグレド』と名乗る化け物へと向かって行く。

 そんなことを急に任されても困ると泣き言を言いたい気持ちだったけど、今のこころさんは外傷だけじゃなく、友達に殺されかけた精神的な傷を負っている。

 今、この場で一番辛いのは彼女だ。私が弱音を吐く訳にはいかない。

 

「こころさん! 聞いてましたか? 逆沢さんの指示通り、少しずつ短剣を抜きます。傷の治癒はできそうですか?」

 

「ま、さらが……わたしを、殺すって……」

 

 駄目だ。精神的なショックが強過ぎて、まだ呆然としている。

 無理もない。この状況は想定していた最悪の更に上なんだ。

 拒絶どころの話ではなく、明確な殺意を大切な友達から向けられて平常心を保てる方が異常だ。

 

「こころさん! 聞いてください! まさらさんは、今、化け物に乗っ取られているんです! だから、あなたを刺したのはまさらさんじゃないんです!」

 

 彼女の手を握って何度も根気強く、こころさんに声を掛ける。

 すると、次第に正気が戻ってきてくれたようで私の手を握り返して、こちらを見た。

 

「かごめちゃん。……ありがと。大丈夫。私、どうかしてた。まさらが、あのまさらが同情なんて向ける訳ないもん。あれはまさらじゃない」

 

「こころさん、良かった。魔力で治癒できますか? 短剣は私が少しずつ引っ張りますから、治しながら抜きましょう」

 

「うん。手伝い、お願いするね。少しずつ、引き抜いて……っ」

 

 短剣とはいえ、刃が肉を刺し貫いている状態だ。痛くないはずがない。

 それでも気丈に笑うこころさんに私は尊敬の念を感じた。

 彼女の指示に従って、少しずつ刃を抜く。

 これはかなりの力作業だ。その上、微細な調整が必要になる。

 すぐ近くで金属同士がぶつかり合うような硬質な音が響いている。

 逆沢さんが戦っているんだ。

 私はそちらには目を向けることなく、自分の作業に集中する。

 大丈夫。攻撃は私たちの方には来ない。

 逆沢さんがそんなこと、許す訳がない。

 

「あと、少しですからね。頑張ってください」

 

 胸元の傷口からは刃を引っ張る度に赤い血が(にじ)み出す。

 柄を握る私の手も垂れてくる血と、自分の汗でどろどろに汚れていた。

 滑って、一気に引き抜かないように細心の注意で私は短剣を抜いていく。

 最後まで気を散らすことなく、短剣を引き抜き終わると私は脱力して倒れそうになっていた。

 

「ありがと、かごめちゃん。もう大丈夫」

 

 そう言って笑顔を見せるこころさんだったが、私には無理をしているように見えた。

 

「こころさん。私のために無理して笑顔を作る理由はないですよ」

 

「……無理なんかじゃ……ううん。そうだよね。辛い時に笑って誤魔化すの癖になってたみたい。ホントは結構泣きたい気分。でも、今は逆沢さんに協力しないと」

 

 確かに胸の傷は塞がったように見える。

 でも、こころさんは今もまだ不安定なままだ。

 だったら、せめて彼女を勇気付ける言葉を掛けてあげたい。

 

「こころさん」

 

「かごめちゃんはもっと安全な場所で隠れてて。私が逆沢さんの助力に……」

 

「その前に聞いてください」

 

「何を?」

 

 私は短剣を引き抜いている間に考えていたことを彼女へ伝える。

 多分だけど、間違ってはいないと思うことだから。

 

「逆沢さんはニグレドがこころさんを刺したって言ってましたけど、それでもまさらさんは抵抗したんじゃないですか?」

 

「え、どういうこと……?」

 

「まさらさんが抵抗したから、こころさんのソウルジェムを一瞬で砕けなかった。それにあの『腐敗の魔法』も短剣には使われていないじゃないですか」

 

 もしも初撃が外れたとしても、魔法が()められていたら、さっきのトンファーのように腐り落ちていたはずだ。

 『哀憐(あいれん)のニグレド』はこころさんが一歩下がったから、偶然外れたかのように言っていたけど、私は違うと思う。

 

「身体を操られていたとしても、まさらさんはこころさんを守ろうとしたんです。私は、そう思います!」

 

 静かに私の話を聞いていたこころさんは微笑みを浮かべた。

 今度は無理のない自然体の笑みだった。

 

「かごめちゃんってさ、すごいよ」

 

「え?」

 

「だって魔法少女でもないのにこんなに強い心を持って、魔力もない言葉で私を癒そうとしてくれる。ホントにすごいって思うよ」

 

 立ち上がった彼女の足はしっかりと地面を踏み締める。

 私に背中を向けて言う。

 

「そんなすごいとこ、見せられたら魔法少女の私が見っともないとこなんて見せてられないよ」

 

 魔法少女は走り出す。

 友達を迎えに行くために。

 自分の願いを叶えに行くために。

 私はそれを見守る。

 この戦いがどういう結末になるのだとしても、目を逸らさずに見続ける。

 

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