ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 鉄黒色の難航

「……それで、その、どうなんですか?」

 

「どうって、何のことかしらぁ?」

 

 (とぼ)けたような語尾を伸ばした口調で八雲さんは聞き返す。

 この状況でその返しはあんまりだ。俺が今どれだけ困っているかは既に伝えている。(わら)にも(すが)る気持ちでここまで来たのだ。

 ムッとなって俺は座っていた椅子から立ち上がって尋ねた。

 

「だから、俺がまた前みたいに否定の魔法を使えるようになるのか、ってことを聞いてるんですよ!」

 

「それは分からないわねぇ」

 

「…………」

 

「別にふざけている訳じゃないわぁ。本当に分からないの」

 

 八雲さんは回るタイプのスツールに腰掛け、クルクルと無駄に回転させながら俺の黒い宝石を眺めている。

 どうやら本当に俺をからかっている訳でも、もったい付けている訳でもないようだった。

 俺はがっくりと肩を落とす。

 神浜ミレナ座。

 新西区にある廃映画館を営業場所にした『調整屋』。

 それがここだ。

 ういちゃんに連れられ、環さんたちに心配をかけたことを誠心誠意謝った後、俺は自分が魔法を使えなくなったことを思い切って打ち明けてみた。

 驚かれはしたが、想像していたよりもずっと皆、親身になって俺の話を聞いてくれた。

 話を聞き終えた七海さんの「そういうことならみたまを頼ってみたらどうかしら」という案を受けて、俺は熟考の末、しばらくぶりにミレナ座へ顔を出すことにした。

 本当は学校休んででもすぐに向かうつもりだったのだが、今日は用事があるから夕方にならないと時間が取れないと言われ、仕方なく、学校に登校してから放課後に訪れることとなった。

 

「あのねぇ、中沢君。この宝石は、魔法少女のソウルジェムとは訳が違うのよぉ。ソウルジェムは魔法少女の魂そのもの。調整すれば、その魔法少女の見てきた過去や精神状況が分かる。でも、この宝石はあなたの魂じゃないわ。“彼”が残した魔力の残滓(ざんし)を無理やり纏めて固めただけのもの」

 

 むしろ、それで今まで当たり前のように魔法が使えていたことの方が不思議だわ、と八雲さんは評価する。

 

「やっぱり調整においては『先生』の方が私よりも一段上ねぇ」

 

「じゃ、じゃあ、メディロスさんなら、俺の魔法の力を取り戻せるってことですか!?」

 

 僅かな期待を持って、八雲さんに聞くとあっさりと首を横へ振った。

 

「それは無理だと思うわねぇ。だって、魔法が使えないのは宝石側の問題じゃなく、──あなたの方なんだから」

 

 八雲さんの瞳はどこまでも冷ややかだった。

 俺はその眼差しに気圧(けお)され、ウッと息を呑んだ。

 

「問題があるのは俺の方……?」

 

「自覚くらいはあるでしょう?」

 

 目を()らしつつ、俺は頷く。

 自覚があるか、だって? 

 あるに決まってる。

 俺の心には未だ偽物の俺に敗北した恐怖が鮮明に残っている。

 取り繕ってみてもそれは変わらない。

 

「中沢君。これは推測なんだけど、あなたが否定の魔法を使えていたのはこの宝石との間に、魔法少女でいうところの『コネクト』と同じような力が働いていたからだと思うわ」

 

「『コネクト』って、あの合体魔法のことですよね? ソウルジェムを調整された魔法少女同士だけができるっていう」

 

「間違いじゃないけど、私が言いたいのはそこじゃないわ。あれは互いに魔力……感情エネルギーを繋げることで一時的に精神を共有、同調させているの。文字通り、心を通わせるってことね」

 

 そう言われて俺は、今まで魔法を使っていた時の記憶を掘り起こす。

 ヌルオさんが俺の身体を借りていた頃はもちろん、自分だけで魔法を使えていた時も俺は常に近くでヌルオさんの存在を感じていた。

 あの人だったら、どう対処するか。

 あの人だったら、どう解決するか。

 俺の魂の在り方はまっすぐにヌルオさんへ伸びていた。

 魔法を使えていた時の俺は、確かにヌルオさんと繋がっていたのだと思う。

 だけど、偽物の俺に敗北したあの瞬間。

 この力を使う権利が、ヌルオさんの後継者としての資格があるのか、俺自身分からなくなった。

 自分で自分が信じられなくなってしまった。

 だから、その繋がりが途切れたのだろう。

 八雲さんは言う。

 

「もう一度あなたが魔法を取り戻すには、自分自身と向き合う必要があると思うわ。自分を見つめ直すことで解決の糸口が見つかるはずよ」

 

「自分自身を見つめ直す、ですか……?」

 

 そんなこと言われても、具体的にどうすればよいのかさっぱり分からない。

 それが顔に出ていたらしく、俺の表情を見て、八雲さんはよりはっきりした助言をくれた。

 

「そうねぇ……例えばだけど、今まで避けていた物事に挑戦するとか、苦手な相手と積極的にコミニケーションしてみるとか、かしら?」

 

 ……何だか自己啓発のセミナーみたいになってきたな。

 目標が現実的過ぎて、何だかちょっと魔法や奇跡の世界観から遠のいている気がする。

 避けていた物事、苦手な人……。

 一番苦手とするタイプの人間を思い浮かべてみる。

 攻撃的でこちらの話を聞いてくれない人だろうか。

 …………アリナ・グレイ?

 いや、あの人はどこに居るか分からないし、話を聞いてくれないどころじゃなく、根本的に会話が通じる類の存在じゃない。

 どっちかっていうと、魔女やウワサの怪物にカテゴリーしていいと思う。

 

「あとは、そうね。肉体と精神を極限状態にまで追い込むとか、生死の狭間を彷徨(さまよ)ってみるとか」

 

「難易度のハードルの上がり具合エグくないですか!?」

 

 自己啓発から生命の危機レベルに移行している。もうそれは自分を見つめ直すとかじゃなく、走馬灯で過去を振り返ってるだけだろ……。

 

「でも、中沢君は追い込まれないと真価を発揮できないタイプじゃない? お尻に火が点いてようやく動き出すっていうか」

 

「うっ……」

 

 反論し(づら)い。

 実際、キレーションランドで初めて俺の意思だけで否定の魔法を使った時も、ファントムワールドで変身できるようになった時も、他に頼れる相手が居ない危機的状況だった。

 そうなんだよなぁ。安全な場所だったり、助けてくれる誰かが傍に居ると、ついついそれに甘えてしまうのが俺だ。

 

「あ、この流れで言い出すのはちょっと申し訳ないんだけど」

 

「……何ですか?」

 

 わざとらしく、話を切り出してきた八雲さんに嫌な予感を抱きつつも尋ねた。

 

「“銀の塔”で生まれた『ウワサの銀羽根』。あなたのリジェクトを受けて消えたように見えたけど、実は分裂しただけで完全に消滅していなかったの。飛散した分体は神浜市に散ってどこかに(ひそ)んでいるわぁ」

 

「えっ!?」

 

「そうそう、銀羽根で思い出したわぁ。『先生』の口ぶりからマギウスの翼に恨みを持つ魔法少女たちが、そろそろ銀羽根が神浜市から消えたことを知って、報復に来るかもしれないらしいの」

 

「ええっ!?」

 

「それに加えて、あなたを完膚(かんぷ)なきまで叩きのめしたコピーの中沢君……どうやら鏡屋敷から抜け出しているらしくてねぇ。街中をうろついているって話よぉ」

 

「…………」

 

 コピーの俺……つまり、あの凶暴な偽物が街中を練り歩いている。

 その事実は、先に聞いた二つの悪いニュースを脳内から押し流すには充分過ぎるものだった。

 あいつが……自由に俺の生活圏に居る。

 頭の中に奴への恐怖と自分への不甲斐なさが膨らみ、強烈な吐き気となって俺を襲った。

 

「うっぷ……」

 

 込み上げてきた胃液を(こら)え、口元を押さえた。

 

「あら、少し意地悪が過ぎたかしらぁ。でも、遅かれ早かれあなたが直面しなければいけない事実よ」

 

 八雲さんは席を立つと、部屋の隅にある棚の引き出しから(たた)まれたエチケット袋を一つ取り出す。

 それを広げてから、俺に渡してくれた。

 俺はそれを受け取ると、遠慮なく喉から押し出される胃液と唾液の混合物を吐き出す。

 昼にほとんど食べなかったせいか、夕方近いせいか流れたのは粘り気のある胃液だけだった。

 吐き出すものがなくなっても、込み上げてくる吐き気は(おさ)まらない。

 

「神浜市は今危機に見舞われているわ。マギウスが起こしたウワサ騒動のレベルじゃなく、本当に街が滅ぶかどうかの瀬戸際よ」

 

 スツールに腰掛け直した八雲さんは腕組みをして、笑みを消して神妙な顔付きでそう語る。

 

「でも、俺は今、魔法が……」

 

「なら、取り戻しなさい。自分にできることを精一杯、頑張る。それがあなたの強みなんじゃないかしら? 少なくとも、“彼”に拒絶されて調整屋(ここ)でタダ働きさせてほしいって頼み込んで来た時のあなたはそうだったわぁ」

 

 言われて俺は気付かされる。

 そうだ。俺は、自分にできることから逃げずに一歩一歩前へ進んで行く。そう決めたはずだった。

 他人に何とかしてもらえなかったから何もやりません、なんていうのは逃げているのと変わらない。

 銀羽根の分体が何だ。

 他の街からの魔法少女が何だ。

 偽物の俺が居るから何だって言うんだ。

 

「八雲さん。ありがとうございます! 俺、目が覚めました!」

 

「それでこそ、この調整屋のマスコット“謎沢クン”の中の人よぉ」

 

 それは正直もう引退したいなぁ……。

 

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