ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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今回は幕間です。

この小説は基本的に中沢君の一人称視点なので、それ以外の状況を描く方法を模索した結果、別のキャラクター視点で外伝をすることにしました。


外伝 灰色の羽根

 いつまでこんなことを続けていればいいのだろうか。

 これを続けていれば、本当に彼女を救うことができるのだろうか。

 確証はない。確信はない。

 でも、希望はある。

 そうでなければ、僕はきっと自分を保てない。

 抱えたバイオリンを弾き鳴らす。

 感情を抑え、慰安の音色を奏で続ける。傾聴する者を(しず)めるために。

 そのために家族にも友達にも何も言わず、知らない土地へ一人留まる覚悟をしたのだ。

 この神浜の地で、僕は僕のすべてを使って、大切な彼女の未来を守ってみせる。

 たとえ、こんな化け物に僕の演奏を捧げることになろうとも……。

 

『――――――――――……………』

 

 壁に繋がれた、目蓋(まぶた)()い付けられた巨大な()のような化け物を見上げる。

 立派な地下聖堂の中で黒く(よど)んだ穢れが、それから絶え間なく湧き出していた。

 何度目にしてもこの(おぞ)ましい姿には慣れることがなかった。

 彼女もいずれこんな醜く巨大な何かになってしまうかもしれないと思うと、不安で仕方がない。

 だが、“これ”が彼女を解放するたった一つの手立てなら、心を殺して育て続けるしかない。

 僕は地下聖堂を後にして、集会へと向かう。

 あの子たちは“お茶会みたいなもの”と呼んでいたがとてもそんな楽しそうなものじゃない。

 階段を上がり聖堂から出ると、入り口前に集まっていた黒いローブの少女たちが道を開ける。

 無言で作った道の端に寄り、一斉に頭を下げた。いい加減見慣れた光景に何の感慨も湧いて来ない。

 だが、今回は通り過ぎる時、小さなひそひそ話が聞こえてきた。

 

「何で男の子がここにいるの……? ここって魔法少女だけの組織じゃあ……」

 

「しっ、言葉遣いに気をつけなさい。新入りのあなたは知らないだろうけど、あの人は“灰羽根”様なの。良いから黙って頭を下げてなさい」

 

「灰羽根……? 黒羽根のその上が白羽根様で、更に上がマギウス様なんでしょ? そんな役職聞いた覚えないけど」

 

「あの方だけしか居ない特別な役職だからね。でも、私らの上司なんだから絶対に粗相(そそう)のないようにしなさいよ」

 

 興味がないので通り過ぎる。

 僕だって、好きなこんな場所に居る訳ではない。

 帰れるなら今すぐにでも見滝原に……家族の元に帰りたい。

 聖堂を出て、その脇の庭園にあるテーブルへ行くと、アカデミックドレスを着た小学生くらいの少女が僕に労いの言葉をかけた。

 

「イブの慰安、ご苦労だったね。君の奏でる音色できっとあの子も安定したことだろう」

 

 酷くゆっくりとした眠そうな声で(ひいらぎ)ねむは喋り終わる。

 僕は頭を下げて、一礼した。

 

「お役に立てて光栄です。マギウス」

 

 百メートル近くある蛾の化け物に対して「あの子」と呼ぶこの少女の感性は正直言って理解できない。

 大量に飼育していた魔女と同じように、計画に必要な道具くらいの認識だと思っていた。

 

(かしこ)まる必要はないよ、ポイゾナスバイオリニスト。君はマギウスの翼において、いや、歴史上においても特別な存在なのだから」

 

 相変わらず、よく分からない呼称を付けるのは好きな子だ。

 それでも他二人のマギウスよりはずっと付き合いやすいので助かっている。

 視線を彼女から外して、気付く。

 一番厄介なマギウスはまだこの場に居ない。

 

「アリナさんの姿がないですけど、彼女はまた遅刻ですか?」

 

 その問いに柊ねむではなく、最後のマギウスが答えてくれた。

 

「アトリエに籠って絵でも書いてるんでしょ。昨日帰ってきた時にはやたらとハイテンションだったから、あなたもしばらく会わない方がいいわよ」

 

「……そうします。『完成した作品』の僕にはあまり興味はないって言ってましたけど」

 

「あなた、アリナの言うことをまともに聞くのやめた方がいいわよ?」

 

 頭に大きな黒いリボンを付けた、柊ねむと同年代くらいの赤と黒を基調としたフリルドレスの少女が歯に衣着せぬ発言で返した。

 見た目はともかく堂に入った尊大な態度と口調は年下とは思えない。

 

「……まあ、そうですね。一応、僕は彼女の直属ってことになってますけど」

 

「未完成だった時のことでしょ。アリナも、もう気にしてないわよ」

 

 一言断ってから椅子に腰かける。

 今まで黙っていた白羽根の少女の内、最近入ってきたばかりの方がポットから紅茶を僕の前に差し出した。

 金髪のロールヘアの少女を見て、僕は僅かに顔を(しか)めた。

 巴マミ。見滝原からやって来た魔法少女。

 彼女のせいで、僕の幼馴染はこの不条理な魔法の世界へ足を踏み入れてしまう切っ掛けを作ったのだ。

 あえて口には出さないが、しこりのように胸に残る不満があった。

 彼女もそれを知っているために、僕の存在を知ってからばつが悪そうにしている。

 

「……どうも」

 

「どう、いたしまして……」

 

 悪気があった訳ではないのは知っている。

 僕と同じように、自分のせいで魔法少女になってしまった少女への贖罪のため、マギウスへ加入したのを知ってもこのわだかまりは消えそうにない。

 もう一人の白羽根の少女が、お菓子スタンドの隣の空いたスペースに神浜市の地図を広げた。

 梓みふゆ。マギウスの翼でも古参にあたる大学生くらいの魔法少女だ。

 彼女は地図上にピンを刺していき、深刻そうな顔で話し始めた。

 

「昨夜とうとう……ひとりぼっちの最果ての噂も消えてしまいました」

 

 地図上には四か所、ピンが立っている。

 絶交階段の噂。

 口寄せ神社の噂。

 フクロウ幸運水の噂。

 そして、ひとりぼっちの最果ての噂。

 その四か所が落とされたのだ。

 特にフクロウ幸運水の噂とひとりぼっちの最果ての噂が消えたのは痛手だ。

 フクロウ幸運水は一度に大勢の欲深な大人たちを集めるのに最適だった。

 ひとりぼっちの最果てはエンブリオ・イブの餌である魔女を飼育する場所として、これ以上にない隠し場所だった。

 おかげでお腹を空かせたあれを、今まで以上に演奏で鎮める頻度が増えた。

 

「七海さんたちに討たれたウワサは、これで四つ目。これ以上数が減るのは避けたいわね……」

 

 マミさんが地図に目を落として、苦虫を嚙み潰したような表情で漏らす。

 何を甘いことを言っているんだ、この人は……!

 

「ウワサを消し続けているのは、ほぼ例の“顔無し手品師”なんでしょう。どうして、いつまでも手をこまねいているんですか!?」

 

 ぬるま湯のような煮え切らない態度に思わず、左手を握りしめ、テーブルを叩く。

 僕のティーカップが振動で倒れ、こぼれた紅茶がテーブルの上を侵食するように流れた。

 神浜の地図に液体が染みていき、徐々に茶色の変わり果てる。

 膝の上に滴る紅茶の熱すら今は感じない。

 

「簡単なことでしょう? 今度はこっちが消しましょう。それで話は終わります」

 

「……気持ちは同じよ。彼は一筋縄ではいかないわ。それに一部の魔法少女もウワサを消すのに加担している。ここは彼らに我々の理念を説いて、穏便な方法で……」

 

「その間に、一体いくつのウワサが消されるんですか!?」

 

 (なだ)めようとするみふゆさんに食って掛かる。

 彼女は目を伏せて押し黙ってしまう。

 分かっている。この人が僕以上にこの計画に賭けていることを。

 それでもここまで大規模なことをしておいて、今更、半端なことを言い出す彼女が許せなかった。

 倒れたティーカップを握りしめ、手のひらの中で砕く。

 

「……それなら僕がやりますよ。手品師退治を。邪魔をするなら魔法少女だって」

 

「それは……」

 

「いいんじゃない? やらせてあげれば」

 

 みふゆさんが何かを言いかけたが、実質的な最高指導者・里見(さとみ)灯花(とうか)が悠然と笑みを浮かべた。

 彼女が許可を出せば、白羽根の立場では何も言える訳もなく、みふゆさんは口を閉ざした。

 

「わたくしが直々に命令してあげる。……マギウスの一人、里見灯花が命じます。“灰羽根”上条恭介。顔無し手品師の討伐をしなさい」

 

「……心得ました」

 

 テーブルの上で握りしめていた左手を開く。

 灰色に変色し、半ば液状に融解したティーカップの残骸をテーブルに乗せた。

 邪魔者は消してみせる。

 僕の幼馴染で、大切な親友の……さやかの未来を奪う者は誰であっても許さない。

 彼女がくれた献身的な僕への友情に応えるためにも。

 腐り落ち、跡形もなく、溶け切るまで――毒をくれてやる。

 待っていろ、顔無し手品師……。

 

「それより、キョースケ」

 

「はい。何でしょうか?」

 

「弁っ償しなさいよ! そのカップ、お気に入りだったんだから!」

 

 テーブルに身を乗り出した里見灯花は、僕にふくれっ面で怒りをぶつけてきた。

 

「あ、ああ……はい。すみません」

 

 参ったな。口座の残高、あんまり残ってないのに……。

 




※サブタイトルを幕間ではなく、外伝としました。
理由としては、そちらの方が中沢君の記録として、より相応しいと意味合いだからです。
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