ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第十八話『かごめと誓いの少女たち』①

 これは正しい人たちのための物語じゃない。

 

 

 これは魔法少女のために紡がれた物語じゃない。

 

 

 きっと全部間違っていて、きっと全部削除されるべき物語。

 

 

 私は誰かを本気で憎んだことはない。心の底から誰かを恨んだこともない。

 

 

 だから、彼女たちの気持ちに共感することも、理解することもできなかった。

 

 

 だけど、彼女たちの想いを否定する気も、嫌悪する気も起きなかった。

 

 

 私にできることは知ることだけ。

 

 

 そこに確かにあった感情の痕跡を。

 

 

 そこに確かにあった誓いの(あか)しを。

 

 

 ただ覚えておくことだけ。

 

 

 

 ***

 

 

 私は川の水で冷え切っていた身体をシャワーで温めてから、浴室から出た。

 こころさんの胸に刺さっていた短剣を抜いた時に付いた血も洗い流せて、ようやく人心地(ひとごこち)がつく。

 洗面所でバスタオルで(しずく)(ぬぐ)ってから、着替えると、リビングに行き、替えの下着や着替えのジャージまで用意してくれたななかさんにお礼を言う。

 

「あの、ななかさん。シャワーありがとうございます」

 

「いえいえ。お構いなく。あのまま、濡れた状態でお話しという訳にもいきませんので。それに、お礼なら私ではなく美雨(メイユイ)さんにお願いします。ここは彼女の組織のセーフハウスですから」

 

 今の彼女は和風の魔法少女の衣装ではなく、小豆色の制服姿で眼鏡を掛けていた。

 正座をして、ちゃぶ台にお茶の準備をしている姿は庶民的なはずなのにどこか気品を感じさせ、育ちの良さが(にじ)み出ている。

 コンビニで着替えをポンと購入してくれた辺り、裕福なのは間違いないだろう。

 私は彼女の(そば)で壁に背中を預けている美雨さんにもお礼を言った。

 

「美雨さん、ありがとうございます」

 

「気にする必要ないヨ。こっちの都合で振り回しているからネ。それより……そっちの二人も警戒してないでシャワーどうカ?」

 

 美雨さんが視線を向けた先には、部屋の隅。

 中央学園のセーラー服に格好を戻したまさらさんとこころさんが少しだけ張り詰めたような表情で座っている。

 

「結構よ。変身を解けば、服も(かわ)く。タオルで髪を拭けば、それで充分」

 

「私も……ちょっとここで無防備になる気は起きないかな?」

 

 二人のすぐ後ろには、目を閉じた逆沢さんが寝かされている。

 意識は戻らず、目を閉じたまま、微動(びどう)だにしない。荒い呼吸は治まったけど、その分、静か過ぎて心配になってしまう。

 ちゃぶ台の周りに座っていたあきらさんとかこさんがその様子を見て、困ったように口を出す。

 

「ボクらも意識のない相手に何かするつもりはないから、そこまで目の敵にしないでほしいんだけど……」

 

「はい……。確かに逆沢さんとは以前戦いましたけど、最終的には見逃してもらいましたし」

 

 すると、まさらさんが視線をななかさんへ移して言う。

 

「あなたたち二人はそうかもしれないけど。そっちの人は信用ならない」

 

「嫌われたものですね。ですが、逆沢さんが戦闘不能な状況は確かに好機だと思っています」

 

「……!」

 

 こころさんの表情に明確な緊張が走る。

 まさらさんも僅かに片膝を持ち上げ、すぐに立ち上がれる姿勢を取った。

 張り詰めた雰囲気の中、ななかさんが急須(きゅうす)で人数分の紙コップに注ぐ音だけが響く。

 

「勘違いしないでください。本当に襲撃するつもりなら、あの川原で戦闘をし()けています。わざわざ、ここまで連れて来たのはお互いに情報を共有したいからです」

 

 粗茶ですが、とななかさんが紙コップの一つを私に差し出した。

 

「あ。どうも……」

 

 手渡されて、つい受け取ってしまったけど、飲んで大丈夫だろうか。

 一度は私はななかさんに殺されかけたことを思い出す。

 ……いや、ここまで来たのなら最後まで信じ抜こう。

 私は覚悟を決めて、その場で正座してから、紙コップへ口を付ける。

 風味のあるお茶が口内に広がり、じんわりと口の中を温めてくれた。

 

「……美味しいです」

 

 私が素直に感想を述べると、ななかさんはフッと優しく微笑んだ。

 

「それは何よりです。では、そろそろ本題に入りましょう」

 

「あ、はい」

 

 私は一瞬だけまさらさんへ視線を向ける。

 彼女は私の眼差しに小さく頷いて返してくれた。

 話してもいいということだろう。

 私は瀬奈みことさんが私の中からまさらさんへ移動したことから、ウワサ空間であった出来事までをできる限り、()(つま)んで話した。

 ななかさんは途中で疑問を挟むことなく、一通り話し終えるまで黙って耳を傾けていた。

 

「なるほど。『銀羽根』が残した力に失われたはずのドッペル化、それに瀬奈みことの実体化……どれも良いニュースとは言えませんね」

 

「待って。こっちも一つ聞きたいことがある」

 

 今まで沈黙していたまさらさんがそこで急に口を開く。

 

「……何でしょうか? まさらさん」

 

「どうして、私たちがニグレドのウワサ空間から出た時、あなたたちはあの川原に居たの? いくら何でもタイミングが良すぎる」

 

 確かにそうだ。

 まるで待機していたかのように、ななかさんたちはあの場所に現れた。

 ……ううん。もしかして……。

 ななかさんは、僅かに間を置いてから答える。

 

「かごめさんたちの後を付けていました。川原で別の空間に移動する瞬間も目撃していたので、あの場所の付近で見張っていました……これで疑問は解決しましたか?」

 

 やっぱりななかさんは今日、私たちをずっと遠くから観察していたんだ。

 まさらさんはななかさんが答えると、間髪入れずに質問をする。

 

「何でかごめたちを尾行していたの?」

 

「瀬奈みことを宿した人間とその使い魔が街中を徘徊(はいかい)していれば、魔法少女として監視するのは当然では?」

 

「それは嘘ね」

 

 質問を返すななかさんの言葉を、まさらさんは両断する。

 

「嘘? ……なぜそう言い切れるのですか?」

 

「だって、あなたたちはあの魔法少女と通じている。彼女から、既にかごめの中から瀬奈みことが逃げたこと自体は聞いていたんじゃないの?」

 

 あの魔法少女……このはさんのことだろうか。

 でも、ななかさんとこのはさんが繋がっているなんて、流石に何の確証もないんじゃ……。

 そう考えたのは、ななかさんも同じだったようで、お茶を静かに(すす)りながら回答する。

 

「言いがかりですね。私がこのはさんと通じているなんて、一体何の確証があって……」

 

「このは……彼女はこのはという名前なのね。私は()()()()()()としか言っていない。私は彼女に名前を名乗ったけれど、彼女は答えてくれなかったから」

 

「…………」

 

「それで、名前も挙げてないのにその名前が出てくるのはどうして?」

 

 無表情でまさらさんは問い詰める。

 ななかさんは、手に持った紙コップをちゃぶ台に置いてから溜め息を吐く。

 

「してやられましたね。ポーカーフェイスで淡々と詰めてくるから、どこまで知っているのか見誤りました。いいでしょう。私たちが尾行していたのは逆沢さんです。このはさんたちとの戦いでどのくらい消耗しているかを調べるためでした」

 

「このはに、かごめを襲うように指示したのもあなたね?」

 

「それは流石に言いがかりですね。私は瀬奈みことが佐鳥かごめという一般人の中に居るとしか伝えていませんよ。別に彼女たちと情報共有はしていますが、部下でも仲間でもないです。ただ、強いて言うなら、“更紗帆奈”の被害にあった魔法少女として共闘したことがある程度の仲です」

 

「でも、このはがかごめを狙うと分かっていて情報を流した。最終的には逆沢とこのはが戦って、消耗させてくれることを期待して。だから、次の日に消耗具合を(うかが)って、あわよくば弱った逆沢を仕留める機会を狙っていた」

 

「……結果的にそうなってしまった、としか言えません。瀬奈みことの守護者をする逆沢さんが目障りだったのは事実ですし、このはさんたちが代わりにその排除を買って出てくれたことへ感謝もしています。……ただ先ほども申し上げた通り、弱ったところを狙うのが目的なら川原で強襲していました」

 

 淡々と問いただすまさらさんに、ななかさんは根負けしたのか、すべてを洗いざらい話してくれた。

 私はそこでようやく、初対面のこのはさんたちが私たちのことをある程度知っていたのか腑に落ちた。

 ななかさんがこのはさんに私を襲わせたとまでは思わないけど、多少なりともそういう目論見があったのは間違いないだろう。

 一旦話を終えたななかさんは私に向かって、姿勢を正してから、頭を下げた。

 

「かごめさん。瀬奈みことの件があったとはいえ、あなたを危険な目に遭わせたことは言い訳のしようがないことです。本当に申し訳ありません」

 

「え、そんな……何も謝らなくても」

 

 別に私としては、ななかさんの企みを批難する気は起きなかった。

 最初は巻き込まれただけだった。でも、それは最初だけ。今は自分の意思でみことさんの味方をした。

 みことさんの友達に傷付けられた魔法少女たちから見れば、敵だと思われるのは当然だ。

 

「瀬奈みことは実体化して肉体を得たことでかごめさんや逆沢さんを切り捨てたのでしょう。それなら、こちらとしても逆沢さんを排除する理由はない。いや、むしろ、今は共通の敵を持つ者として手を組みたいとさえ思っています」

 

「共通の敵……?」

 

 その言葉に私は引っかかりを覚える。

 私がみことさんと敵対している。ななかさんはそう思っているんだろう。

 実際、私はみことさんに切り捨てられ、彼女から死んでほしいとさえ願われている。

 それでもまだ、私は彼女を憎しみも恨みも抱けなかった。

 多分、彼女の身の上話を聞いて、どんな人間か知ったせいだ。

 

「私は……みことさんのことを敵だとは思っていません。やっぱり私はあの人のことを憎み切れないです」

 

「本気で言っているのですか? あなたは瀬奈みことの都合で利用され、身勝手な理屈で切り捨てられたんですよ? かごめさん、あなたは間違っています」

 

「間違いかどうか決めるのは、オメーじゃねぇ。かごめ自身だろ」

 

 話に割り込んで来たその声は──。

 

「逆沢さん!」

 

 この場に居る全員の視線が、意識を取り戻した逆沢さんへ注がれた。

 彼は上体を起こすと胡座(あぐら)をかいて座る。

 片目を(つむ)り、欠伸(あくび)を一つしてから、堂々とした不敵な笑みを私たちへ向けた。

 

「人が寝てるとこでゴチャゴチャとうるせーよ、オメーら」

 

 私はちゃぶ台に紙コップを置いてから、すぐに近寄った。

 ガードしていたまさらさんとこころさんが気を遣って、場所を空けてくれたので、逆沢さんのすぐ前に座る。

 

「身体とか、大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫か、だとぉ? かごめ。オメー、俺サマを誰だと思ってやがんだ」

 

「逆沢さんです」

 

「分かってんじゃねーか! そう、逆沢さんなんだよ。逆沢さんはなぁ、無敵なんだよ! なんせ(つえ)ぇからな!」

 

 ビシッと人差し指を私の額に突き付けて、よく分からない理屈を堂々と語る。

 ……つまり、一体どういうことなんですか。さっきとは違う意味で大丈夫か問いたくなってくる。

 

「おう。ななか。オメー、自分の都合ばっか語ってんじゃねぇーよ。どう思うか、どう決めるかは本人次第だ。()げぇかよ?」

 

「身勝手の化身のようなあなたに(さと)されると傷付きますね……。ですが、(いささ)か結論を急かしてしまったことはこちらに非があります。かごめさん、重ねてお詫び致します」

 

 再度、私に深々と頭を下げるななかさんに、私はあたふたしてしまう。

 

「え、いや。そ、そんなに謝らないでください。私も、おかしなことを言っているって自覚はありますし……」

 

「そうネ。ななか。仮にも集団の長が軽々しく頭を下げるものじゃないヨ」

 

 美雨さんはチームを率いているななかさんが何度も私に謝ることが我慢ならないようで、彼女の行動を(いさ)めた。

 

「美雨さんの言いたいことは分かります。ただ、ある程度誠意を見せなければならない場面なら、頭くらいは下げますよ」

 

「ふん……勝手にするネ」

 

 肩を(すく)めて、美雨さんはそっぽを向いた。

 分かり易く態度には出さないけど、リーダーとしてななかさんへ敬意を抱いているのだろう。

 まさらさんたちのような対等な“友達”でも、このはさんたちのような親密な“家族”でもなく、明確に上下関係のある“仲間”。

 同じ魔法少女でも繋がりの形はそれぞれ違うんだ。

 逆沢さんはそんな風に感心していた私を他所(よそ)にななかさんへ話しかけた。

 

「んなことよりよぉ、ななか。オメー、さっき共通の敵がどうこうって話してやがったな?」

 

「ええ。それが何か?」

 

「それはみことのこと……だけじゃねぇーんだろ?」

 

「……どうして、そう思うのですか?」

 

「その腹の探り合いみてーのはさっき散々まさらにやり込められてたばっかだろ。まだやんのかよ?」

 

 さっきのまさらさんとのやり取りを聞いていたようで、逆沢さんは呆れたような半目でななかさんを見る。

 

「……直情的なようで案外、あなたも狡猾ですね。狸寝入りで話し合いに参加せずに冷静に私が持つ情報を探っていたと」

 

「いや、コイツよく喋んなぁとしか思わんかったわ。難儀な性格してんな、オメーも。(かん)だよ、勘」

 

「勘、ですか? 本当にそれだけ?」

 

 更に上目遣いで詰問するななかさんに、面倒くさそうに耳の穴へ小指を入れながら返答する。

 

「マジでメンドイ女だな。あー……このはたち使ってまで俺サマの排除しようとしてた割りに、手のひら返しが早過ぎんだよ。だが、『銀羽根』の残した力についてはついさっき知ったような口ぶりだった。なら、俺サマを味方に引き入れたい理由なんざ大体想像付くだろ」

 

「逆沢さん。少しあなたを見くびっていたようです。直情的で暴れることしか考えていないようで、意外と知恵も回る」

 

「……あのよ、ななか。オメー、みこととは違うベクトルで会話下手クソだかんな。そこんとこ、自覚しとけよ」

 

 私も聞いているだけで大体、ななかさんのことが分かってきた。

 この人の場合、みことさんと違って理路整然としているけど、相手にばかり話させて、逐一品定めをしようとしている節がある。

 

「んで、どうなんだよ」

 

「いいでしょう。どの道、この情報は共有しようと思っていました」

 

 ななかさんは、自分のスマートフォンを操作して、画面一杯に写真を拡大してみせた。

 神浜市内で撮ったと思われる写真だ。そこに映っているのは、数人の少女の姿。

 

「何だ、コイツら。同じ格好して、流行ってんのか?」

 

 逆沢さんの言った通り、少女たちは一様に同じ格好をしていた。

 赤地に黒のラインが入ったノースリーブのベスト型の上着と黒いズボン。

 極めつけは、口元を隠すように巻いている“牙が生えた口”の模様をした赤いバンダナ。

 

「神浜市の外から訪れた魔法少女たちです。観光に来たように見えますか?」

 

「いいや。そりゃねぇーな。コイツら、目が違う。今すぐにでも暴れ出したいが、グッと堪えてる。そういう目だ」

 

 逆沢さんは画面に触れて画像を拡大させる。近付いた少女たちの横顔は皆、一応に荒んでいるように見えた。

 

「同意見です。私は彼女たちは尖兵と見ています。神浜市へ……引いては神浜に住む魔法少女たちへ大規模な抗争を仕掛けるための尖兵だと」

 

 補足するようにななかさんは付け足した。

 

「何より、彼女たちに対し、私の固有魔法が反応を示しました」

 

 確か前に彼女は逆沢さんへ言っていた。

 自分の固有魔法は『真の敵を見極める力』だと。

 

「逆沢さん。改めて、お願いします。私たちに協力して、この“共通の敵”と戦ってくれませんか?」

 

 眼鏡のレンズ越しに見えるななかさんの二つの瞳には強い意思が宿っていた。

 

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