ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第二十話『かごめと誓いの少女たち』③

 私と逆沢さんは今それぞれ奇妙な凧に乗って、空を飛んでいた。

 字面にすると、まるでメルヘンチックな絵本のような状況だけど、それを楽しんでいられるほど余裕はなかった。

 桃色の髪の魔法少女──ういちゃんの魔力で生み出されたこの凧は、想像していたよりもずっと速く飛行しているからだ。

 正直に言えば、幻想的な乗り物で空を飛んでみたいと憧れたことはあった。

 だけど、それは実際に空を飛ぶことを具体的に想像できていなかったからだ。

 地面から遠く離れた高度を、非科学的な乗り物に乗って、かなりの速度で移動する。……怖くないはずがない。

 一秒でもいいからこの状態から解放してほしいと願っていると、先行している凧に乗ったういちゃんの声が耳に響く。

 

「見えました。あそこです!」

 

 それまではなるべく下を見ないようにしていたけれど、目的地が見えたなら確認しなければいけない。

 ういちゃんが凧を操作しているとはいえ、最終的には自分の足で凧から降りることになる。

 少なくとも今の内に、着陸先を見ておく必要があった。

 

「ここって、工事現場……?」

 

 鉄パイプで組み上げられた仮設の足場や、乱雑に積み上げられた鉄骨の小山。

 ブルーシートの断片に倒れた三角コーン。瓦礫がはみ出したコンテナ。

 働いている作業員さんの姿はなく、どこもかしこも途中で投げ出されたような建物の骨組みだけが残されている。

 その区画の一箇所。工事用のフェンスに囲まれた路地の行き止まりに人影が見える。

 数は全員で八人くらい。

 絵本に出てくる魔女みたいなとんがり帽子を被った女の子が一人。その子を取り囲むように立つ、口元を赤い布で覆った少女たちが六人。

 そして、そこから数メートル離れた位置に立ち竦んでいる黒髪の男の子……。あれ? まさか……。

 私は真横を飛んでいる凧を反射的に見た。

 そこに居る逆沢さんと、瓜二つだったからだ。

 あれは逆沢さんのコピー元……中沢さんだ。

 逆沢さんも私と同じように気付いた様子で、忌々(いまいま)し気な視線を向けていた。

 

「ああ? 劣化原型(レッサーオリジン)のヤツ、ここで何してやがんだ?」

 

「あそこに居る男の人が、私の知り合いなんです! お願いします。あの人を……」

 

 ういちゃんが最後まで言い終わる前に、逆沢さんは動いていた。

 なんと凧が高度を下げる前に、その場から飛び降りたのだ。

 

「あ、え? ……ええっ!?」

 

 ういちゃんはその奇行に対し、驚愕の声を上げる。

 私は彼との付き合いから、何となく予想は付いていたため、それ程の驚きは感じなかった。

 むしろ、ういちゃんのリアクションを見て、『ああ、そういう反応するのが自然だよね』とちょっと安心さえする。

 

「逆沢さんなら大丈夫だから、とりあえず、私たちも下に降りよう」

 

「え……は、はい。そうですね」

 

 私はういちゃんに操作してもらい、凧の高度を緩やかに下げてもらう。

 そして、逆沢さんが落下した方へ目を向けた。

 当然ながら、突如空から降りて来た逆沢さんに全員が集中していた。

 段々と地面が近付くに連れて、口元を布で覆った少女たちが既にナイフのような武器を握っていることに気付いた。

 逆沢さんに警戒して出したのではなく、最初から取り囲んでいたとんがり帽子の女の子へ向けていたみたい。

 もしかしたら、かなり危機的状況にギリギリで割り込むことができたのかも……。

 少女の一人がナイフを構えて、警戒しながら逆沢さんへ問う。

 

「な、何者だ。お前……ん!? よく見るとそこに居る奴と顔が同じ!?」

 

「あ? 俺サマが何者かって?」

 

 予想通り、怪我一つなく地面へ着地していた逆沢さんは首を回して、凶暴に口の端を上げる。

 

「決まってんだろ。──通りすがりの乱暴者(フーリガン)だ!」

 

 ……そんな通りすがりは居てほしくないかなぁ。

 身体を前に傾け、逆沢さんは俊敏な足さばきでナイフを構えていた少女の懐に入る。

 一瞬で彼女の頭を鷲掴(わしづか)みにしたかと思うと、そのまま腕一本で持ち上げた。

 握っていたナイフが少女の手を離れ、地べたに転がって霧散するように消えた。

 

「いっ……がぁ!?」

 

 頭を掴まれて吊り上げられた少女は、握り潰されそうになっているのか掠れた悲鳴を漏らし、必死に逆沢さんの手を剥がそうと(もが)掻く。

 急な強襲に唖然としていた周りの少女たちもそれを聞いてすぐに正気を取り戻し、仲間を助けるために逆沢さんに向かっていった。

 

「お、お前! 仲間から手を離せ!」

 

「おう、いいぜ。そらっ」

 

 一番近くに居た別の少女へ、掴んでいた少女を押し付けるように投げた。

 バスケットボールでも投げるような軽い仕草に反して、少女の体は勢いよく彼の手から離れた。

 

「は? え、ちょっと!?」

 

 本当にすぐ仲間を解放するとは思っていなかったんだろう。

 いきなり放り投げられた仲間を受け止めるため、彼女は混乱しながら武器を捨てて全身で抱き留める。

 どうにか倒れずに、仲間を受け止めたその少女に対し……。

 

「やるじゃねぇか、オメー」

 

 賞賛の言葉と共に、容赦なく受け止めた仲間ごと蹴り飛ばす。

 潰れたような(うめ)き声を吐き出した二人の少女は、工事用フェンスへと叩き付けられた。

 激しい音を立てて、フェンスが(たわ)み、張り付いていた砂が周囲を舞った。

 ひ、ひどい……。もうこれじゃ、どちらが悪者だか分からない。

 

「お前……よくも!」

 

「この外道!」

 

「もう許さないからな!」

 

「死ねぇ!」

 

 目の前で仲間を傷付けられて、怒り心頭の残り四人が一斉に逆沢さんへ飛び掛かる。

 

「“お前”じゃねぇよ。逆沢さんだ。よーく……覚えとけ!」

 

 両手に黒いトンファーを作り出すと、腕を真っ直ぐに広げ、身体をコマ回しのコマのように一回転してみせた。

 四方から取り囲むように襲い掛かる少女たちを(まと)めて、弾き飛ばす。

 多分だけど誰か一人でも逆沢さんに飛び付いて攻撃する算段だったんだと思う。だけど、全員で飛び掛かったのは間違いだった。

 それぞれ彼女たちは空中で受け身も取れず、吹き飛ばされて最初の二人と同じように、工事用フェンスに叩き付けられて崩れ落ちる。

 

「さてと。身体もあったまってきたとこで、続きやろうや? まだソウルジェム(急所)には指一本触れちゃいねーんだ。さっさと立てよ、パーティーは始まったばかりだろ?」

 

 戦闘欲求に満ちた逆沢さんが挑発すると、それに対して口元を布で覆った少女たちは辛うじて、よろめきながら起き上がる。

 再び、六人全員が立ち上がるものの、さっきまでの威勢はすっかり鳴りを(ひそ)めていた。

 逆沢さんに向ける表情には戸惑いと怯えが(にじ)んでいる。

 その内の一人が脇腹を押さえて、痛みに呻きながらポツリと言葉を漏らす。

 

「うっ、何なんだ、お前……? 聞いてないぞ、こんな奴が神浜に居るなんて……」

 

 聞いてない……?

 彼女の発言に何か引っかかりを感じた時、ようやく私とういちゃんの乗った凧の降下が終わり、路地の手前に着陸する。

 私はういちゃんとほぼ同時に凧から降りて、立ち尽くしている中沢さんに声を掛けた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「中沢さん! 助けを呼んで来ました。怪我とかしてないですか?」

 

「……!」

 

 それまではまるで呆然と逆沢さんの方を見て固まっていた彼は、ういちゃんの言葉を聞いて、弾かれたように顔を動かした。

 振り向かれた顔には安堵や喜びは微塵も見られなかった。

 歯を食い(しば)り、降ろした手は固く握り締められ、震えていた。

 

「ういちゃんが、あいつを……あの偽物を連れて来たのかっ!?」

 

「え……?」

 

「よりにもよって、あんな偽物に助けを求めたのかって聞いてるんだよ!」

 

 張り上げた声には抑えきれない怒りの感情で満ちていた。

 中沢さんの目は涙の膜が薄っすらと覆っている。

 

「どうしてだよ! 何で俺の偽物なんかに頼るんだよ!?」

 

「わ、私はただ一番近くに居る魔力を持った人を探して、それで……」

 

「魔力!? ……ああ! そうだよ、俺は魔力ももう持ってない無力な一般人だよ! でも、俺だって、俺だってぇ!」

 

 駄目だと私は感じた。

 ういちゃんを問い詰めているようで、中沢さんはもうこちらの話を聞いていない。

 彼の中の激しい感情で頭が一杯なんだ。

 いきなり激昂した中沢さんにういちゃんはひたすら困惑している。

 黙って見て居られなくなり、私はういちゃんの手を引いて、中沢さんから引き離す。

 

「ういちゃん。今はちょっと、中沢さんが混乱してるみたいだから、少しそっとしておいてあげよう?」

 

 ういちゃんは私を見た後、一度だけ中沢さんへ振り返り、眉を下げて悲し気に頷く。

 

「分かりました……」

 

「待ってくれよ! 俺だって……俺だってなぁ!」

 

 まだ何か叫んでいたけど、私はそれには応じなかった。

 ういちゃんを連れて、逆沢さんが居る道の奥に向かう。

 中沢さんが何をそこまで感情的になっているのかは分からなかった。

 でも、あのまま放って置けば、彼がういちゃんを傷付けるような発言をしてしまうことは想像できた。

 それは彼にとっても良いことじゃないはずだ。

 私たちが逆沢さんの方へ進んでいくと、中沢さんはそれ以上追いかけて来ることはせず、その場所に縫い留められたかのように立ち竦んでいた。

 ういちゃんはまだ中沢さんのことを気にしているみたいで後ろ髪を引かれている様子だ。

 あえて、私は彼女の注意を引くため、状況を飲み込めず硬直しているとんがり帽子の女の子に大きな声をかけた。

 

「あなたは大丈夫ですか? 遠目でも襲われているように見えてましたけど」

 

「あ。わ、私は大丈夫なの……。でも、あの人、何者なの……? 男の子なのに魔力を持ってて、あんなに強いなんて。信じられないの」

 

「ああ。逆沢さんのことですか? えっと、あの人は……」

 

 説明しようとして逆沢さんの方へ目を移すと、彼は少女たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げと一方的に蹂躙(じゅうりん)している姿が見えた。

 力の差は歴然だった。逆沢さんはまだ否定の魔法を一度も使っていない。

 

「そーらそらそらぁ!」

 

「お、降ろせ!」

 

「降ろせよぉ!」

 

「助けてぇ!」

 

 文字通り、相手を手玉に取っている……というか、実際に三人くらい宙に投げて、人間ジャグリングしていた。

 首の辺りの布地を掴んでは物のように投げる。残りの三人がジャグリングされている少女を助けようと攻撃を仕掛けるものの、片足だけで逆沢さんから雑に蹴り飛ばされ、背後の工事用フェンスと激突する。

 

「物足りねーな。これじゃあ、殺したところでスカッとしねぇ……なぁッ!」

 

 ジャグリングもやり飽きたとばかりに、それぞれ立ち上がろうとしている少女へ投げて遊んでいた少女を一人ずつ投げ付ける。

 投げられた方も、投げ付けられた方も(かわ)せるはずもなく、正面衝突して、揉みくちゃに倒れた。

 こうして、戦闘とも呼べないワンサイドゲームは、始まった時と同じくらい唐突に終わりを告げる。

 

「もうオメーらはいいや。オメーらの親玉を呼べよ。連絡手段くれーあんだろ?」

 

 横転して立ち上がることもできずに居る少女たちは、それでも精一杯の威嚇をして叫ぶ。

 

「だっ、誰がお前のいうことなんか……」

 

「お。スマホ落ちてんじゃねーか」

 

 人間ジャグリングをされている内に服から落ちたのだろう。落ちていたスマートフォンをこれ幸いというように拾う。

 

「ああ! 私のスマホ……」

 

 地べたに横たわる少女の内の一人が悲し気な声を上げる。

 

「暗証番号が分からねぇーな。ん、でも、顔認証あんな。おい、面貸せ」

 

「やっやめ……」

 

 声を上げてしまった少女の前まで歩み寄ると、逆沢さんは胸倉を掴んで引きずり起こす。

 口元を覆っていた牙のような模様がある布を剥ぎ取り、有無を言わさず、少女の顔をスマートフォンに読み込ませる。

 ロック画面を解除が終わると、用が済んだとばかりに少女を投げ捨てる。

 

「これでよし。あ、これ、返すわ。要らんから」

 

 ついでに無理やり剥がした口布を倒れた少女の上へ放った。

 

「うっ……うう」

 

 あまりも乱雑に扱われた少女は無力感からか、とうとう涙ぐんで嗚咽(おえつ)を漏らす。

 本当に酷い……。

 やりたい放題が過ぎる。

 少女たちから完全に興味を失った逆沢さんは一瞥(いちべつ)することすらなく、画面を操作する。

 

「連絡帳は、っと……うーん。『ボス』とか『リーダー』とか分かり易く誰が親玉か登録してねぇな。じゃ、履歴で一番最近なのは……『次女(つぎおんな)さん』? あ? こりゃコードネームか何かか? ま、いいか、コイツで」

 

 画面を数回タッチした後、スピーカーモードにしたのか耳に当てることなく、大きなコール音が鳴る。

 コール音が二、三度繰り返された後、電話口からややハスキーな少女の声が聞こえた。

 

『おう。何だ? 定期連絡にしちゃ、ちょっと早めだな。何かマギウスに関する情報でも手に入れたか?』

 

「マギウスゥ? そんな小物よりももっと強ぇヤツがお待ちかねだぜ」

 

『……誰だ、お前は。何でこの電話で掛けてんだ?』

 

 逆沢さんの言葉を聞いて、ハスキーな声にドスが掛かる。

 

「俺サマは逆沢さんだ。このスマホは変なバンダナマスクの雑魚から奪った。その雑魚は今、俺サマの足元で仲良く地べたで転がってる」

 

『お前……!』

 

「お前じゃねぇ。“逆沢さん”だ。“つぎおんな”」

 

『は? つぎおんな……? それは“次女(じじょ)”って読むんだよ! ……いいか、アタシの名前は“樹里サマ”だ! 首洗って待ってろよ、逆沢ぁ!』

 

御託(ごたく)はいいから早く来いよ。新西区と北養区の境にある無駄にデカい放棄された工事現場跡地だ。それまでオメーの手下は生かしておいてやる。あんまりのんびりしてたら、コイツら殺すぞ」

 

 言いたいことだけ言い終わると、逆沢さんは通話を一方的に切って、スマホを悔しそうに泣いている少女へ屈む。

 

「スマホ、サンキュな」

 

 放り投げることなく、スマートフォンを差し出した。

 その丁寧さがかえって、少女に恐怖を与えたようで怯えた目で彼を見つめる。

 

「あん? 要らねーのか?」

 

「い、要るけど……」

 

 少女がスマートフォンを手に取ろうとした時、何気なく声を掛ける

 

「なあ」

 

「ひっ、な、何だ……」

 

「さっき電話に出た“樹里サマ”ってのは(つえ)ぇーのか?」

 

 そう尋ねると、一瞬前までの恐怖を忘れたかのように力強く彼女は言い放つ。

 

「強いに決まってる! 次女さんはお前なんかよりずっと強い!」

 

「そっか。じゃあ、弱かったら……オメーら、皆生きて返さねぇからな?」

 

 淡々と口にする言葉が決して脅しではないことを悟ったのだろう。

 地面に倒れ伏す彼女たちの顔は青ざめる。

 

「俺サマは嘘は(きれ)ぇだぜ?」

 

 落ち着いた口調。だけど、眼光だけはギラギラと真夏の太陽な熱気を秘めていた。

 

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