ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 鉄黒色の失望

 俺は逃げていた。

 力の限り逃げていた。

 精いっぱい逃げていた。

 

 ──何から?

 

 そんなの決まってる。

 俺自身からだ。

 俺が、俺を否定してしまう事実からだ。

 逃げ出したかった。

 

『中沢さん! 助けを呼んで来ました。怪我とかしてないですか?』

 

 ――どうして俺じゃないんだ?

 

 違う。考えるな。

 頭を空っぽにして今は走れ。

 

『何だ、コイツ? 欠片も魔力を感じない』

 

 ――どうして俺はこんなに無力なんだ。

 

 やめろ。思考するな。

 ただただ走れ。

 

『知らねーよ、そんな雑魚。偶然居合わせた一般人だろ』

 

 ――どうして俺はこんなに惨めなんだ。

 

 うるさい。いいから走れ。

 少しでも遠くに。少しでも離れるんだ。

 

 ――どうして俺は……。

 

『失せろっつってのが聞こえないのか?』

 

 ――こんなにも、無価値なんだ……!

 

「うっ、ううっ! うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ──!!」

 

 (のど)の奥から叫び声を吐き続けながら、俺はめちゃくちゃに走り続けた。

 周りの景色なんて目に入らなかった。

 何も見えなかった。何も聞こえなかった。

 喚いて、騒いで、ひたすら逃げ続けた。

 

「うわああああああああぁぁ、あっ……!」

 

 爪先に何かが当たった感触。その途端に身体が浮いた。

 地面がいきなり垂直に迫ってくる。

 (つまづ)いたのだと気付いた時には、俺は湿った土の上に顔から激突した。

 カビ臭い土が鼻と口の中に潜り込んでくる。

 息苦しいと感じるより、大地と衝突した痛みが顔面で()ぜ、一拍遅れて身体の前面にすべてへ広がった。

 視界で火花が散って、一瞬だけ真っ白になる。

 

「ふぐぅっ……」

 

 涙が(こぼ)れ落ちる。

 痛くて。

 情けなくて。

 何より……悔しくて、俺は泣いた。

 『顔無し手品師』。

 それはヌルオさんと、俺を指す呼び名だった。

 だった、はずなんだ。

 

「うぅっぐぅぅ……」

 

 奪われた。

 俺の偽物に。

 あんな化け物に。

 俺の大切な、何よりも代え難いものが奪われてしまった。

 立ち上がることもできないほど痛くて堪らないのに、この惨めで虚しい思考だけは止まらない。

 

「ひっぐっ、うぅぅぅ……!」

 

 血の混じった鼻水と涙が、土と合わさって汚らしい泥になっていく。

 消えたい。

 消えてしまいたい。

 こんな出来損ないの自分なんて今すぐになくなってほしい。

 そうやって俺は地面に這い(つくば)って泣き続けた。

 どれくらいの時間そうしていたのかは分からないが、少しだけ周囲の状況を把握する余裕が出てきた俺はあることに気付く。

 今、俺は土の上に居る。

 コンクリートでも、アスファルトでもなく、普通の土だ。

 顔を上げて周りを見ると、そこには背の低い草や木々がまばらに生えている。

 その更に先にはなだらかな斜面が続き、樹木が密度も比例して上がっていた。

 つまりは山。

 いつの間にか当初の目的地だった北養区まで辿り着いていた訳だ。

 俺はここで自分と向き合うつもりだった。

 

「は、はは……何だよ、それ……」

 

 向き合ったところで、惨めな自分が見えてくるだけだ。

 結局、何も変わらない。それが嫌ってほど分かった。

 分からされた。

 俺は、俺自身に失望したんだ。

 凄かったのはヌルオさんで、否定の魔法で、俺じゃない。

 同じ能力があれば、偽物にも勝てない。

 だから、魔法が使えなくなったんだ。

 俺が使う必要がないから……いや。

 

「俺に、この魔法を使う資格がないからだ……」

 

 中指に嵌った黒い宝石の指輪を見る。

 光らない訳だ。魔力が使えないのも当然だ。

 その資格がない。その権利がない。

 だって、俺はこんなにも──無価値なんだから。

 

「……立てないよ。もう」

 

 完全に心が折れて、気力が尽きていた。

 でも、いいや。

 どうせ、誰も俺に期待してやしない。

 ういちゃんだって、偽物の……コピーの俺を頼った。

 俺に救われたと、俺をヒーローだと言ってくれたあの子でさえ、俺を見限ったんだ。

 きっと、みんな、何にもできない俺に愛想を尽かすだろう。

 そう思うと悲しいのに、なぜだか笑えてきた。

 

「はは、死んじまえよ。中沢(おれ)……。頼むから、もう死んじまえ……」

 

 生きていたくなかった。これ以上、醜態(しゅうたい)(さら)す自分に耐えられなかった。

 

「それならその命、私にちょうだい」

 

 不意に聞こえた誰かの声に俺は、顔を上げる。

 見上げると空色の髪の少女が、俺を覗き込むような姿勢で見下ろしていた。

 長い髪を耳の前で緩く二つ結びにした特徴的な髪形。

 見覚えのない彼女は、俺に囁くように言った。

 

「私があなたの使い道を見つけてあげる」

 

「俺の、使い道……?」

 

 あるのか……?

 こんな俺に使い道なんてものが。

 必要としてくれる人が。

 本当に……。

 

「……本当、なのか?」

 

「ええ。ホントよ。だって、私って嘘が嫌いだもの。で、どうする? くれるの、あなたの命」

 

 鈴のような声で彼女は尋ねる。

 彼女が誰かなんてどうでもよかった。

 俺を必要としてくれるなら、誰だっていい。

 

「本当に俺に価値をくれるって言うんなら……俺の命、あなたにあげるよ」

 

「……それじゃあ、契約成立ね。これからあなたは私の道具。私の命令は絶対だから。()()()()()()()()

 

 彼女の瞳が淡い光を灯す。

 その途端にグラリと俺の意識が揺れる。

 痛みが嘘のように消えて、身体が軽くなった気がした。

 鉛のように動かなかった肉体が、今は羽根のように軽々と動く。

 起き上がった俺は、彼女に聞いた。

 

「それで、俺は何をすればいいんだ?」

 

「そうね。それなら、まずは探し物からお願いしようかしら」

 

「探し物……?」

 

「そう。この街のどこかにある、『銀羽根』の欠片……それを見つけてほしいの」

 

 銀羽根の欠片……。上条の力のことだろうか。

 それが神浜市のどこかにあるのか。……まあ、そんなことはどうでもいい。

 

「それはどこにあるんだ? どうやって探せばいい?」

 

「欠片は魔法少女の願いに反応するの。不満を持ってたり、強い願いを抱いている魔法少女を見つけてきて」

 

「分かった」

 

「よろしくね、私の都合の良いお人形さん」

 

 彼女は薄く笑って俺にそう言った。

 ああ。そうだ。俺は人形。彼女の言うことは絶対だ。

 良かった。これで俺はもう、何も余計なことを考えずに済む。

 もう、何も望まずに済む。

 もう、自分に失望せずに済むんだ。

 本当に良かった。

 本当に……。

 

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