第二十二話『かごめと振り返りの夢』
「ん……ここは……?」
目を開けた先で飛び込んで来た光景は、満天の星空だった。
視界一面が暗い闇の中で数え切れない小さな星の光が
まるで真っ暗で広大なドームの
「綺麗……」
「気に入って頂けて嬉しいです。私も好きなんですよね、この景色」
私の独白に答えたのは音もなく隣に現れていた、コメンテーターさんことまばゆさん。
あれ? まばゆさんが居るってことは……。
「ここは夢の中、ですよね? いつの間に眠ったんですか?」
「眠った、というか……眠らされたと言いますか……。覚えてません? かごめさんが最後に見た情景」
「最後に見た……? あっ!」
言われて、私は思い出した。
確か、真上から崩れた鉄パイプの足場が雪崩のように降り注いでいた。
「ま、まさか、私あの時に死んじゃったんじゃ……」
最悪の予想が頭を過ぎる。
だけど、まばゆさんは目を首を横へ振った。
「死んではいません。ただ、無事と言っていいかは分かりません。かごめさんがこの場所に来ているということは、今もかごめさんは意識を失っているということですから」
「そうなんですか……」
ホッと胸を
何にせよ、まだ死んでいないなら一安心だ。
「まあ、そういうことなので意識が戻るまでの間、こちらで少しお話しましょう」
まばゆさんは後ろを指差す。
そこには中央が背もたれになっているタイプのラウンドのベンチが置かれていた。
彼女は先に腰掛けると、自分の横のスペースに座るよう
「どうぞ、こちらに」
「はあ……。じゃあ、お言葉に甘えて」
自分でも状況に
それを確認してまばゆさんは話を始めた。
「かごめさん。まず状況をおさらいしておきましょうか。あなたはこの街の崩壊を止めるために魔法少女たちと出会い、因果を溜めている。ここまではいいですよね?」
「そうですね」
私はコクリと頷いた。
たくさんの魔法少女と出会って、彼女たちの“想いを繋ぐ”。
そうすることで私の持つ因果……運命力みたいなものの総量を増大させる。
それが未来で起きる神浜市の崩壊を止める手立てになる。
最初にまばゆさんと出会った時に言われたことだ。
「でも、あの時はよく分からなかったから触れなかったんですけど、“魔法少女たちの想いを繋ぐ”って具体的にどうすればいいんですか?」
「良い質問ですね、かごめさん! 実はですねぇ……それを今回話そうと思っていたところだったんです。ちょっ~と待っててください。あ、あれ……事前に用意してたカンペが……」
まばゆさんはベンチの下に隠していた学生鞄を引きずり出して、何やらゴソゴソと中身を漁り始めた。
というか、まばゆさん、カンペなんて用意してたんだ……。
鞄から大量の黒い長方形のカセットのようなものをいくつも取り出してはベンチの上に積み重ねている。確か、ビデオテープって言うDVDより前の映像記録用の媒体だ。昔、お婆ちゃんの家で見た覚えがある。
「……くっ、見つからない……。ああ、もう! どうして、カッコよく決めさせてくれないかなぁ!?」
格好良さを求めていたのなら気の毒だけど、もう既に色々と手遅れだと思う……。
しばらく、ぶつくさ文句を吐きながら、鞄をひっくり返して中を探っていたまばゆさんだったが、突如パッと表情を輝かせてクシャクシャになったA4サイズの用紙を引っ張り出す。
「やっと見つけた! こんな下まで入り込んでるなんて。でも、よかった〜」
「見つかって良かったですね」
「はい! ……じゃなくて、コホン。えー、かごめさん。“魔法少女の想いを繋ぐ”というのはですね、つまるところ、『彼女たちの感情を記録すること』なんです」
カンペをチラチラと見ながら、まばゆさんはそう語る。……もういっそのこと、それをベンチに広げて一緒に見ながら話した方がいいんじゃないだろうか。
「感情の記録、ですか?」
「はい。まあ、平たく言えば話を聞いてあげて、それを文書なり映像なりに記録しておくことと言いますか…………あれ? これ、もうやってもらってますよね?」
「えっ、あ……そうですね」
神浜市に対する意見という限定的な話題であれば、魔法少女たちから聞いて回っている。
カンペを握ったまま、ピシッと石になったように固まるまばゆさん。
数秒の沈黙が永遠にも感じられた。
居た
「……いいでしょう。では、次の議題です!」
「えっ、次……?」
強引な話の転換。
というか会議だったんだ、これ……。
そんな私の感情を置き去りにして、気を取り直したまばゆさんは、カンペを片手にとうとうと語り出す。
「『かごめさんがいつまで経っても環いろはさんと合流できない件について』。はいこれ、どう思いますか?」
バラエティ番組の司会者みたいなテンションで質問がやって来る。
ミステリアス路線はもう影も形も残っていない。
「どう、と言われましても……。それは出会うきっかけがなかっただけじゃ……」
私の答えにまばゆさんは食い気味に反応する。
「そう! そうなんですよ、かごめさん! “きっかけがなかった”。でも、今は違います。環いろはさんの妹のういちゃんと出会いました。つまり……きっかけはできた!」
熱弁する彼女に、思わずたじたじになってしまう。
そんな私の態度を尻目に彼女はなおも語りを続けた。
「いや~、ホンット、
「ひょっとして、中沢さんのことですか?」
「そうそう。そんな名前の子ですよ」
ここで中沢さんの名前が急に出て来たことが気になり、私は口を挟む。
逆沢さんならまだしも、彼の存在が大局に関わってくるとは申し訳ないけれど思えなかった。
その考えが私の表情に出ていたのか、まばゆさんは補足するように告げる。
「彼自身には何の特異性もありません。特別頭が良い訳でも、特殊な可能性を持っている訳でもないです。至って平凡……どこにでも居るごくごく普通の男子中学生でしかありません」
酷い言いよう……。
でも、だったらますます、さっきのまばゆさんの発言と噛み合わない。
「そうですね~……例えるなら、中沢君は川面に投げられた石ころのようなものです。石ころ自体に価値も希少性もない。だけど、その石ころが水面に立てる波紋が周囲に大きな影響を及ぼす、と言ったところでしょうか。バタフライ効果って言って分かります?」
「いえ、分かりません……」
「世界の反対側で一匹の蝶々の羽ばたきが、巡り巡って竜巻を起こすという現象です。余談ですけど、このバタフライ効果をモチーフにした映画の『バタフライエフェクト』はかなりオススメです。というのもこの映画……」
「ま、待ってください。その話は今は置いておきませんか?」
余談の方が本題を呑み込んでしまいそうになったため、私は慌てて止めた。
まばゆさんは少し残念そうにしつつも、脱線し掛けた話を戻す。
「まあ、中沢君の行動が色んなことに影響を与えているという話です。かごめさんが行動を共にしているコピーも──」
「逆沢さんです。『コピー』じゃなくて、『逆沢さん』です」
「え? あ、ああ……逆沢、君もその一つです。あんな厄介な存在を作り出す原因になっておいて、当の本人は魔法を使えなくなるなんて。ホラー映画の序盤に出て来て、トラブルだけ起こして死ぬ第一被害者みたいな少年ですよ、まったく」
魔法を使えない……?
そういえば、中沢さん本人も「魔力ももう持ってない無力な一般人」と自分のことを言っていた気がする。
「あの、まばゆさんはどこまで神浜市のことを知っているんですか? ……それに前に私のことを神様候補と言っていたのは……」
「それに関しては私の、いえ、『私たち』の願望込みでの発言なんですけどね。ああ。そろそろ、時間ですね」
「時間って何の?」
私の質問に曖昧に答えた彼女は、話の流れを強引に打ち切って言う。
「とにかく、ういちゃんと出会いをきっかけにして、環いろはさんたちと合流してください。今、覚えていてほしいのはそれだけです。それでは、またの機会にお会いしましょう」
一方的に別れを告げるまばゆさんに、私はまだ聞きたいことが沢山あった。
だけど、それを口にする前に私の意識は浮上し、現実世界に引き戻される。
星空の世界が破れ、白い光が視界に広がり、そして──。
「……あれ?」
見覚えのない高い天井。
白っぽい壁とベージュのカーテン。
すぐに部屋じゃないことに気付いた。
学校の保健室に似ているけど、それも違う。
何気なく、頭に手をやるとズキンと痛みが走った。
「痛っ……」
触れると分かる。この感触、頭に包帯が巻かれている。
「気が付いたの? かごめ」
「お母さん……?」
話を聞くと私は神浜市内の病院に運び込まれたらしい。
「びっくりしたわ。急に男の子から電話がかかって来て、あなたの娘さんが工事現場跡地で怪我をしたって聞かされて」
「ごめんね。心配かけて。それでその男の子って、もしかして逆沢さんのこと?」
「そうそう。病院まで連れて来てくれたのもその逆沢君って男の子よ」
ぼんやりする意識の中で思い出す。
そうだ。私は工事現場で上から落ちてくる鉄パイプを見て、それから私を庇うように押し倒す逆沢さんが……。
「うっ……痛っ」
頭に痛みが走り、思考を遮断させる。
お母さんはそんな私の手を握った。
「まだ寝てなさい。重症じゃないって言っても頭を打ったんだから」
「うん……。それより、逆沢さんは?」
病室の中を見回すが、彼の姿はどこにもない。
すると、お母さんが一枚の四つ折りにした紙切れを差し出した。
「これは?」
「その子が、かごめに渡してくれって置いていったの。中身は見てないわ」
私は上半身を起こして、それを受け取る。
中を開くと、ボールペンで走り書きされた短い文章が見えた。
『今まで連れ回して悪かった。オメーはもう二度と魔法少女には関わるな。俺サマのことは忘れてくれ』
たったそれだけが書かれていた。
それを読んだ私は、すぐにその紙をクシャクシャに丸めていた。
「か、かごめ……。どうしたの?」
お母さんは心配そうに私を見つめていたけれど、今はそんなことよりも胸の中で熱く煮え
許せなかった。
どうしても、許せなかった。
こんな手紙一つ残して、勝手に別れを告げることも。
今まで自分と一緒に居たことがまるで全部間違いだったとでいうような口ぶりも。
何もかもが納得できなかった。
生まれて初めて感じるほどの怒りが、私を突き動かしていた。
「……お母さん。私の着替え、持って来てくれてる?」
「え、ええ。だけど、かごめ。どうしたの?」
「大丈夫だよ。ただ、どうしても会って話さなくちゃいけない人が居るから」
「会うって、今から……? 駄目よ、まだ安静にしていないと。今度じゃ駄目なの?」
「うん。今じゃないと駄目なの」
自分でもビックリしている。
お母さんにこんなに強く自分のしたいことを言う私に。
こんなにも常識外れなことを言う私に。
そして、そんな自分の変化が嫌じゃない私に。
枕元に置いてあったアルちゃんをギュッと抱き締めて、誓うように呟いた。
「行こう、アルちゃん。一緒に逆沢さんへ文句を言いに」
馬鹿だって。
あなたはとんでもない大馬鹿だって。
思いっきり大きな声で言ってやろう。
心の底から叱ってやるんだ。