幸せになりたい。
そう願うことは悪いことなんだろうか。
皆誰もが思ってることなのに。
皆当たり前に願ってることなのに。
私だけがそうなれない。
できて、当然のことができなくて。
解けて、普通の問題が分からなくて。
自分がどれだけ落ちこぼれているのかいつも思い知らされる。
魔法少女になっても。
マギウスの翼に入っても。
それだけは変わらない。
変わってくれない。
世界はずっと灰色で。私はずっと埋もれたまま。
そう思ってた。
あの人に出会う前は。
『僕が君たち魔法少女を解放してみせる』
銀羽根──上条恭介様。
テレビに出てくるタレントよりも整った顔。
街頭演説の政治家なんかよりも誠実さの籠った声。
何より、本当に心の底から私たち魔法少女の幸せを願ってくれた。
私たち黒羽根を……ううん、弱くて何もできない私を許してくれた。
マギウスの方たちも、パパもママも、学校の友達も。
皆、認めてくれない私を上条様だけは認めてくれた。
だけど、……今はもうあの人はこの街に居ない。
自分の街へと帰って行ってしまったから。
あの時は、それでいいと思った。
充分過ぎるほど許してもらって、満たされた気持ちになれてたから。
その優しさだけで頑張って行けると思った。
でも、それは勘違いだった。
とんだ思い違いだった。考えなしだった。
当たり前のような日常が、何の変哲もない毎日が、私の自信をじわじわと削っていった。
『何でこんなこともできないの?』『しっかりしてよ。もう高校生なんだから』『もう少し頑張れよ。そんなんじゃロクな進路に進めないぞ』
上条様が注いでくれた優しさや思いやりが、ボロボロと心の端からこぼれていく気がした。
少しずつこぼれ落ちて、心の中に詰まっていた大切なものが減っていくようだった。
気が付けば、私は前の嫌いな自分に戻っていた。
いや、もっと酷い。
だって、知ってしまった。
助けてくれる誰かの存在を。許してくれるその安心感を。
私は知ってしまったから。
だから、また探している。
私を救ってくれる誰かの存在を。
***
「はぐむん。……もう一度、ぼくたちで、マギウスの翼を作り直さない……?」
「えっ……? 時雨ちゃん、それ……本気で言っているの?」
スマホで呼び出されて、私たちは黒羽根時代に使っていた廃工場の一つに集まっていた。
“ホテルフェントホープのウワサ”の出入り口の一つとして機能していたこの場所は、未だにウワサとしての性質が残っているようであまり人が近寄らない。
そこで私は同じ元黒羽根だった
「うん……。他の子はユニオンに言っちゃったけど、ぼくは多分……ああいう集団には、なじめないと思う」
「ああいうって……?」
「……無神経で、無自覚で、自分たちが強いって理解してない奴ら」
「それは……」
違うと否定したかった。
ユニオンの中核を担っている和泉さんは元白羽根だった人だ。
今はユニオンだけど、元羽根だった子たちの悩み相談もしてくれていると聞いた。
「いや、そうだね……私たちとは違う、ね」
時雨ちゃんの本当に言いたいことは、そこじゃない。
私たちみたいな本当に弱くてどうしようもない魔法少女に理解してくれても、そこに共感はない。
根本的な断絶が私たち弱者と、和泉さんたち強者の間にはある。
同じ魔法少女だからこそ感じてしまう優劣の差。
伏し目がちだった時雨ちゃんはまっすぐに私を見つめた。
「だからさ……ぼくはもう一度、マギウスの翼を作り直したいんだ。ぼくらが本当の意味で胸を張れる場所を作りたい」
「それはマギウスの方たちに立ち上がってもらうってこと?」
「ううん。……それも考えたけど、マギウスたちは最後にぼくらを見捨てた。信用ならない」
「だったら、どうするの? 二人だけでマギウスの翼を作り直せるの?」
私たち二人だけじゃ、何もできない。
できるとしたら、お互いを慰め合うことだけ。
「……それは……」
言い淀んだ時雨ちゃんは、視線を工場の床へ落とした。
私も同じように下を向く。
砂と
カツンと硬い鉄板を踏む音が聞こえた。
弾かれたように時雨ちゃんが顔を上げて音のした方向を向く。
「だ、誰っ……!?」
私も同じようにそちらへ視線を動かした。
魔女を探しに来た魔法少女かと思ったけど、違った。
「ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ」
両手を上げて、無抵抗のポーズをしたのは中学生くらいの男の子。
これといって特徴のない顔立ちだけど、前分けの髪形は見たことがある。
「あなたは……上条様と戦ってた『顔無し手品師』!」
「な、何しに来た……。まさか、今の話聞いてたのか?」
時雨ちゃんは武器のスリングショットを作り出して構える。
警戒するのも当然だ。何て言っても相手はあの上条様を追い詰め、マギウスの翼崩壊のきっかけを作った存在。
私たちのような弱い魔法少女二人だけでどうにかなる相手じゃない。
「いや、待ってくれ。今の俺は何の力もない一般人だ。ほら、魔力なんてカケラも感じないだろ?」
「…………ほんとだ。全然魔力を感じない」
時雨は魔力反応を探って、驚いたように瞬きをする。
私も今の彼からは魔力を感じ取ることができなかった。
「だから、俺は無力なただの中学生なんだって。あなたたちみたいな魔法少女よりもずっと弱い存在なんだ」
「ぼくたちより……弱い? そ、そうか。で、でも、念のため」
時雨ちゃんは目を閉じて、固有魔法を使用する。
その魔法は『相手が害のある存在かを見極める』というもの。
攻撃力も、応用性もないけれど、こういう時には何よりも役立つ魔法だ。
「時雨ちゃん。どう?」
「……うん。はぐむん、大丈夫。こいつは無害みたい……」
「最初から、そう言ってるだろ? 俺は弱くて何もできない一般人なんだから」
表情は笑っているものの、私にはどこか
時雨ちゃんの方は、自分よりも弱い存在を前にホッとしたような顔をになり、スリングショットを下ろしてから聞く。
「だったら、その雑魚の一般人が、何の用だよ……!」
「いやね、もしかしたら何かお手伝いできるんじゃないかと思ってさ。あなたたちは強い力が必要なんじゃないか?」
「強い、力……?」
私がポツリと繰り返すように呟いた言葉に、前分けの男の子は
「そう。強い力だよ。あなたたちがよく知ってる力でもある」
「何のことを言ってる……?」
「“銀羽根”の力」
「……!」
「正確には“銀羽根のウワサ”の力だけど。その力がまだ神浜市に眠ってるんだって」
時雨ちゃんは一も二もなく、彼の言葉に飛び付いた。
「く、詳しく」
「うん。むしろ、聞いてほしいんだ。あなたたちが居場所を失ったのも俺が原因みたいなものだから」
そう言って、前分けの男の子は教えてくれた。
“銀羽根のウワサ”のカケラの話を。
強い魔法少女の願いに引かれて、呼び起こされる上条様が残した遺産。
時雨ちゃんだけじゃなく、私も夢中になって聞き入った。
本当はもっと疑うべきなのかもしれない。もっと警戒するべき内容なのかもしれない。
キュゥべえに契約を持ちかけらた時のように、騙されないとも限らないのに。
それでも。
それでも、私たちにとってその話は夢のようだった。
もしも本当に上条様の力が、あの銀羽根と呼ばれたその力が、手にできるのなら。
今度こそ、特別になれるかもしれない。
今度こそ、自分を認められるようになるかもしれない。
今度こそ……私は幸せになれるのかもしれない。