ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第二十三話『かごめと甦る皆殺しの救世主』①

 これは正しい人たちのための物語じゃない。

 

 

 これは魔法少女のために紡がれた物語じゃない。

 

 

 きっと全部間違っていて、きっと全部削除されるべき物語。

 

 

 この時の私はまだ知らなかった。

 

 

 この街で生まれたどこまでも優しい殺戮の祈りの本質を。

 

 

 取り残された願いの行く宛を。

 

 

 魔法少女の解放を望んだ救世主の願いは、神浜の地で再び(よみがえ)る。

 

 

 魔法少女にとっての最悪の呪いとなって。

 

 

 

 ***

 

 

 

 無理を言って病院を即日退院させてもらった私は、お母さんと別れてからすぐ、飛び出すように中央区にある美雨さんのセーフハウスへ向かった。

 空は黒い絵の具を(こぼ)したように真っ黒だったけれど、街灯や看板照明の明かりや、建物の窓から覗く煌々(こうこう)とした光のせいで暗いという印象は受けない。

 歓楽街のように派手で目を引くような照明じゃなく、淡々とどこか無機質な明かりだけが街を至る所から照らしている。

 絵に描いたようなオフィス街区域、中央区。

 その一角にある小さな二階建ての事務所に私は向かっていた。

 蒼海幇が所有する建物は美雨さんが使っているセーフハウスだ。

 だけど、今は同盟を組む見返りに逆沢さんへ貸し出されている。

 逆沢さんはきっとそこに居るはずだ。

 言ってやるんだ。

 私は巻き込まれた訳でも、無理やり付き合わされた訳でもないって。

 勘違いしてる逆沢さんに言ってやる。

 私は────。

 

「やはり来てしまいましたか……」

 

 事務所に続く道の途中に、一人の少女が(たたず)んでいた。

 規則正しく道路脇に等間隔で並ぶ街灯に照らされた、その端正な横顔を私は見知っていた。

 

「ななかさん……」

 

 そこに居たのは和装の魔法少女、常盤ななかさんだった。

 彼女は氷のような無表情で聞いてきた。

 

「どうして来られたのですか? あなたはもうこの場所とは関係のない一般人です」

 

「私はただ、逆沢さんに会って話がしたくて……」

 

「お帰りください」

 

 最後まで言い終える前にななかさんは、にべもなく言い放つ。

 

「彼はあなたとは違う世界の存在です。(そば)に居続ければ次は包帯程度では済まないでしょう」

 

「お願いしますっ! ななかさん! 逆沢さんと話をさせてください! 私はどうしても言わなきゃいけないことがあるんです!」

 

 必死に頼み込む私に、ななかさんは両目を閉じて溜め息を吐いた。

 

「仕方ありませんね」

 

「ななかさん……。ありが」

 

 その台詞を聞いて、逆沢さんに会わせてくれるのだと思った。

 だけど、お礼を言おうとした私に光が跳ねた。

 それが街の明かりが反射した白刃の軌跡だと気付くのに数秒かかった。

 頭に巻かれていた包帯が、緩く解けて下へ落ちる。

 断ち切られた包帯は道路の上に音もなく転がって、私とななかさんの間を区切るように広がった。

 

「見えましたか?」

 

「…………」

 

「あなたが踏み込もうとしている場所は、これに対応しなければ命を落とす世界です」

 

「で、でも、私は」

 

「何度も同じことを言わせないでください。それとも、あなたも魔法少女になりますか? この──……」

 

 頭の左側に付いた花を模った髪飾りを、いや、その中心にある宝石を見せて言う。

 

「──ソウルジェムに、なりますか?」

 

「……それは」

 

「であれば、歓迎しましょう。逆沢さんにも会わせて差し上げますよ。どうです?」

 

 ななかさんの声は淡々としていた。

 私が選べないことを分かっている口ぶりだった。

 何かを言おうとして、なのに私の喉から言葉が出て来ない。

 それを見たななかさんは、背を向けて静かに事務所の方へと去って行った。

 地面に残された包帯だけが、未だ私と彼女たちを(へだ)てる境界線として残されていた。

 

『かごめ』

 

「……!」

 

 その場に()い留められた私を動かしたのは、新たに現れた声の主だった。

 猫ともウサギとも違うその生き物の名前は……。

 

「キュゥべえ……」

 

『やっと魔法少女になってくれる気になったんだね』

 

 いつの間にか私の数メートル先へ現れていたキュゥべえは、後ろ脚を折り畳(たた)むように歩道のアスファルトに座っている。

 

『それじゃあ、早速だけどボクと契約しようか。何でも一つ君の願い叶えてあげるよ。さあ、君の望みは何だい?』

 

 頭の中へ直接送り込まれるような声に、私は自然と復唱していた。

 

「私の願い……。私の望みは……」

 

 言われるがまま、答えようとしたその時。

 目の前に居たキュゥべえの身体が両断される。

 

「……っ!!」

 

 突如真横から飛来した光の刃によって、真っ二つに切断されたキュゥべえはアスファルトの上で崩れていく。

 あっという間に白いペースト状に変わっていくその残骸を、私はただ呆然と見つめることしかできなかった。

 

(あい)も変わらず、人が弱っているところに付け込む卑劣なやり口ね。キュゥべえ」

 

 コツコツと足音を立てて、脇にある通りからやって来たのは、蝶を()した薙刀を(たずさ)えたこのはさんだった。

 それに答えたのは街灯の上から降りて来た新たなキュゥべえ。

 

『酷いよ、このは。ボクはただ、必要とされているようだから来ただけなのに』

 

「それが弱味に付け込んでいると言っているのよ。分かったらさっさと消えなさい」

 

 これ以上は不要と言うかのように、このはさんは薙刀の切先をキュゥべえと向けた。

 少しの沈黙の後、平坦な口調でキュゥべえが言う。

 

『やれやれ。君たちはいつもそうだね。ボクと契約して願いを叶えておいて、一方的に搾取された被害者のようにボクを責める。訳が分からないよ』

 

「よく言うわね。自分たちに不利益な情報は都合よく秘匿(ひとく)する癖に。あれが公正な取り引きだったとは言わせないわ」

 

『必要ないと判断したから言わなかっただけだよ。……ああ、でも、それをあの人型の使い魔は嘘と再定義するように言っていたね。だけど、このは。あの時点で君に“魔法少女の願い”を使う以外の選択肢があったとは思えない。どの道、君はボクと契約するしかなかったのなら、やっぱり説明は不用だったと思うよ』

 

 平然と、悪びれることもなく、キュゥべえは自分の理屈を正当化させる。

 最初にあった時、基本的に相手の意見を否定しない逆沢さんがあれだけ『セコい』と連呼していた理由が、今ようやく()に落ちた。

 同じ目線に立っていないんだ。

 キュゥべえは常に私たちを見下している。

 だから、相手の意見を聞いているようで、聞き入れはしない。

 そもそも意図を汲み取ろうとする気がない。相手の意見を誘導して、自分の望む方に動かそうとしている。

 キュゥベえにとって、私たちは取り引き相手じゃなく、単なる装置なんだ。

 指定のお金を入れることで飲み物が買える自動販売機のように、願いという対価を与えることで魔法少女に変化するただの装置……。

 いや、ひょっとしたらキュゥべえの方が装置なのかもしれない。

 飲み物を間違って選んでしまっても、自動販売機はそれを気にしないのと同じ。

 どちらにせよ、相手への配慮や気遣いなんてものは存在しない。

 ただ無機質な冷たいやり取りがあるだけだ。

 

「キュゥべえ……」

 

『どうしたんだい、かごめ? 願い事は決まったのかい?』

 

 私が話しかけると、キュゥべえはこのはさんが見えなくなったように再び契約の話を持ちかけてくる。

 ガラス細工みたいな赤い両目へ、首を横に振って答えた。

 

「ううん。決まってない。少なくとも今はあなたに叶えてほしい願いはないよ」

 

『そうかい。それなら残念だけど、また今度の機会にするよ』

 

 そう答えて(きびす)を返すキュゥべえの様子は、とても残念がっている風には見えなかった。

 白くうねる尻尾が見えなくなると、このはさんは薙刀を魔力の光りへと(かえ)す。

 同時に服装を制服姿に戻してから、顔を私に向けた。

 

「──本気なの?」

 

「えっ……あ、私が魔法少女になることが、ですか?」

 

 一瞬だけ主語がないから、何のことか掴みかねたけれど、彼女がこの場で聞くのはそれ以外にない。

 コクリと頷くこのはさんは無言のまま、視線だけで私の言葉を促した。

 その圧力に()らされるように、私は視線を泳がせた。

 

「……まだ、迷ってます」

 

「だったら、やめておいた方がいい。迷うほどの余地があるのなら、きっと後悔することになるわ。……って、魔法少女になっている私が言えた道理じゃないけど」

 

「い、いえ! ……ちゃんと言ってもらって、ありがとうございます」

 

 首を左右にブンブン振って、私はひたすら恐縮する。

 キュゥべえの言葉に丸め込まれそうだった私を止めてくれた上、わざわざ警告までしてくれている。

 もう感謝しかない。

 

「それなら、いいんだけど……」

 

 このはさんはそう言うと、少し考え込んだ後に私に一つの提案を持ちかける。

 

「かごめさん。よかったらなんだけど、しばらく私たちと一緒に行動して魔法少女のことを学んでみない?」

 

「え? それってどういうことですか……?」

 

 思ってもない申し出に私は戸惑った。

 だけど、このはさんは理路整然と()べた。

 

「あなたがキュゥべえと契約して魔法少女になるにしろ、ならないにしろ、魔法少女がどういうものなのか知っておいた方がいいと思うの。自分がどういう存在になろうとしているのか理解した上で決断した方が……後悔は少なくなるから」

 

 後悔は少なくなる。

 その言葉はきっと、彼女自身が魔法少女の契約をしたことに何か思うところがあるからかもしれない。

 私はこのはさんのその提案に少しの間だけ考えてから、こう答えた。

 

「こちらこそ、お願いします。私に教えてください。私が魔法少女になる前に知らなきゃいけないことを……」

 

 私は知らないことばかりだった。

 知ったつもりで、分かった振りをして、逆沢さんの隣に居た。

 だけど、それじゃ駄目なんだ。

 本当の意味で、私が逆沢さんと共に歩くためには、魔法や奇跡の世界を知る必要がある。

 成り行きじゃなく、ちゃんと自分の意思で関わっていくって決めたから。

 

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