ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第十三話『中沢君と噂の守り人』①

 これは俺が語るある短い記録の物語。

 これは俺の知るある僅かな魔法の物語。

 更に綴るとするなら、この話を外すことはできないだろう。

 ある友達と再会。

 思いがけない戸惑いの出会いが、自分自身を見つめ直すきっかけを作ってくれた。

 

 

 ***

 

 

「あ、もしもし、俺だよ。中沢。久しぶり」

 

 友達。絆。繋がり。

 中央区から家に戻った俺は二葉さんとアイさんの種族を超えた友情に感化され、翌日、久しぶりに見滝原市の友達へ連絡を取っていた。

 連絡先にある前の学校のクラスメイトに片っ端から掛けていく。

 元気にしていたか、とか最近何か面白いことがなかったか、とかそんな他愛もない話をしたかった。

 

『中沢……? あー、小学生の頃に転校した。よっちゃんか?』

 

「いや、見滝原中で同じクラスだった中沢だよ! 誰だよ、よっちゃんって! まだ転校してから一ヶ月経ってないぞ……」

 

『中沢、中沢……あー、ハイハイ。思い出したわ。上条の後くっ付いてた中分けか』

 

 そう返されて、俺は言葉に詰まって固まった。

 通話中のクラスメイトはそれに気付かずに話し続ける。

 

『そういや、お前転校してたんだな。悪い悪い、あんま印象ないから、マジで誰だか分かんなかったわ』

 

 悪気はないんだろう。ただ、ありのままのことを伝えているだけなんだろう。

 だからこそ、俺は何も言えなかった。

 そう思われているのは、きっと俺がずっと曖昧な態度で、頼りになるクラスメイトの取り巻きで居たからだ。

 仲間外れになるのが嫌で、話題にも付いて行けないのに傍で何となく、混ざっていたからだ。

 

『番号交換してたんだっけ。あ、そういや、何の用で電話して来たんだ?』

 

「……あ、ちょっと近況が……いや、ごめん。何でもない」

 

『何だよ。相変わらず、曖昧な奴だな。用がないなら切るぞ』

 

「うん……」

 

 通話終了の音を聞きながら、自分の前のクラスでの認識を思い出していた。

 特別嫌われてもいなければ、特別好かれてもいない。居ても居なくても変わらないそんな立ち位置の人間。

 "透明人間”は、俺もだった。

 いや、違う。曖昧なところだけは覚えられている()()()()()()()()()()()中途半端が、俺だったのだ。

 この神浜市に来て、ヌルオさんと一緒にウワサと戦う手伝いをして、忘れていた。

 悲しさはなかった。涙を流すにはあまりにも小さ過ぎる事柄だった。

 ただ、虚脱感だけが残っている。

 スマートフォンの画面にはクラスメイトの連絡先が名前順に並んでいた。

 この内、どのくらいが、俺を覚えているのだろうか。

 この内、どのくらいが、俺を友達と呼んでくれるだろうか。

 名前を開く見るのが怖くなり、画面を閉じようとしたが、操作を間違えて一つの名前にタップする。

 画面に表示されたのは『上条恭介』の文字。

 顔が良くて、頭が良くて、女子に人気で、音楽の才能があって、おまけに実家がお金持ちの、完璧な男子。

 自分と比べることすら馬鹿馬鹿しくなるほど、特別を絵に描いたような同級生。

 上条は中途半端な俺にも優しくて、分け隔てなく接してくれた。

 あいつなら、きっと俺を友達だと言ってくれるはずだ。

 そう思って、番号部分を押し、電話を掛けた。

 

「もしもし、上条……? 俺、中沢だけど」

 

『中沢?』

 

 やっぱり覚えてないのかと肩を落としかけたが、すぐにそれは杞憂(きゆう)に終わる。

 

『久しぶりだね。神浜に引っ越したんだったよね。そっちではうまく馴染めてるかい?』

 

 ジワッと涙が(にじ)んで来た。

 そうだ。俺はこういうことを聞かれたかったんだ。

 

「お、おう……。色々あったけど、楽しくやれてるよ」

 

『鼻を(すす)る音が聞こえたけど、大丈夫かい? 風邪とか引いてない?』

 

 涙ぐんだ時に鼻を啜る音が聞こえてしまったようだ。

 慌てて、彼に言い(つくろ)う。

 

「い、いや、花粉症だよ。上条の方はどうなんだ? ほら、退院して怪我治って、またバイオリン弾いてるんだろ?」

 

 すると、やや間があった。

 まずい話を振ってしまっただろうか?

 事故で動かなくなった左手が奇跡的に完治したという話だったが、また悪くなったのか?

 

『……弾いてるよ。僕の手は今も演奏を奏でてくれている。本当に、ありがたいよ……』

 

「お前のリハビリの成果だろ? 良かったじゃないか」

 

『違うんだよ、中沢……奇跡だったんだよ。僕の手は奇跡で治ったんだ』

 

 随分と信心深いことを言うんだなと思ったが、口にはしなかった。

 神にまで感謝する謙虚なところも彼がモテる要素の一つなのかもしれない。

 それよりもさっきから声のトーンが低いことが気になる。やっぱり何か良くないことがあったのではないだろうか。

 

「あのさ、上条。お前、最近何かあったんじゃあ……」

 

『ごめん、中沢。そろそろ切らないと。話せてよかったよ。またね』

 

 上条は俺の台詞に被せるように、唐突に別れの挨拶を言って、通話を切断した。

 通話終了のツーツーという音だけが残される。

 身内に不幸でも起きたのだろうか。

 だとしたら、生半可な気持ちでは立ち入れない。

 心の内で上条にエールを送った。

 頑張れよ……。俺も応援してるから。

 

「うんしょっと……うん? スマートフォンを片手にぼんやりして、どうしたの? またえっちなサイトでマルウェアもらった?」

 

「あれは冤罪(えんざい)だっただろ! 違うよ、友達にエールを送ってたの!」

 

 半開きになっていた窓から入って来て、早々に払拭されたはずの疑いを掛けるヌルオさん。

 短い前脚で開け閉めをする黒ウサギのような姿は可愛らしいが、その性格は少しも可愛げがない。

 

「中沢君。思ってることは言葉にしないと伝わらないよ。まして、相手の見えないところでそんなことをしても、ただの自己満足だよ」

 

「うぐっ……」

 

 正論だが、容姿がない言葉だ。

 円な瞳の小動物に言われると更に威力が増している気がする。

 文句くらい痛くなるが、言葉でヌルオさんに挑むなんて、無謀を通り越した自殺行為だ。

 ここは受け流して、話を変えるのが正解だろう。

 

「ヌルオさんはどこに行ってたんだ?」

 

「二葉さんのところ。彼女がどうなったか見て来たんだ」

 

 そう言って、部屋にあったウェットティッシュを一枚抜いて脚を拭く。

 こういうところが義理堅い人だ。

 アイさんとの約束は二葉さんを外の世界へ連れ出すこと。

 だが、律義なヌルオさんにとっては、彼女のその後も見守るつもりなのだろう。

 

「家族のところに帰ったんだろ?」

 

 俺の言葉に一瞬キョトンとしたが、何かを理解したようにヌルオさんは言う。

 

「それは無理だよ。彼女は願いごとの奇跡によって姿を透明にしてしまったから、魔法少女や魔力を持つ存在以外には認識されない」

 

「ええ、だって、俺には普通に見えて……。ああ! まさか、あれはヌルオさんの視点を通していたから見えてただけ?」

 

「そうだよ。二葉さんを視認することは今の中沢君には不可能だね」

 

 きっぱりと言われ、衝撃を受ける。

 透明人間の噂は比喩みたいなものじゃなかったのか。

 待てよ。そもそも“願い事”とか“奇跡”って何なんだ。アリナ・グレイとの戦いの時もそんなことを言っていた気がするけど、あの時は気にしている余裕はなかった。

 思い切って聞いてみると、ヌルオさんはあっさりと答えてくれる。

 

「魔法少女は、キュゥべえっていう存在に願い事を一つ叶えてもらうことと引き換えになるものなんだよ。それが魔法少女のいうところの、“奇跡”ってやつさ」

 

「へえー、なんかファンタジーだなぁ」

 

「その代わり、魔女という化け物を定期的に倒し続けないといけないノルマを()される。それがキュゥべえのいうところの“契約”ってやつさ」

 

「うぇー……、なんか生々しいなぁ」

 

 魔法少女って大変なんだな。

 もっとファンシーなものだと思っていたけど、聞いてる限りはあんまり良いものじゃなさそうだ。

 

「ちなみにもっと詳しく知りたい? 気分悪くなると思うけど」

 

「いいや、俺にはそこまで関係ないし。それより二葉さんは結局どうしてるんだ? 家族の元に帰れないならどこに住む気なんだよ?」

 

 少女ですらない俺が、気分悪くしてまで聞く必要はない。

 それより、ヌルオさんが見てきた二葉さんの状況の方が気になった。

 

「今、彼女は七海やちよの自宅で暮らすみたいだよ」

 

「深月ちゃんや環さんも居候してるんだろ。随分、大所帯だな。七海さんの家って、ひょっとしてお金持ちなのか?」

 

 そう尋ねると、ヌルオさんは首を縦に振る。

 

「多分ね。自宅もかなり大きな屋敷だったよ。あれだけ大きければ、維持費はもちろん、光熱費だって馬鹿にならないだろうね」

 

 やっぱり魔法や奇跡があろうと、資本社会で最も強いのはお金なんだろう。

 それはそうと、二葉さんの居場所が見つかったのは良い知らせだ。

 

「魔法少女は魔法少女に任せるとして、僕らは噂を消しに行こう」

 

「新しい噂を仕入れたのか! 早く、聞かせてよ!」

 

 二つ目の良い知らせを聞き、俺のテンションが跳ね上がる。

 最近はウワサの調査を手伝っている時が一番楽しい。

 誰かの役に立っていると唯一実感できる瞬間だからだ。

 危険も恐怖もあるけれど、それ以上に充実感がある。

 だが、俺の態度にヌルオさんは長い耳を折り曲げ、難色を示す。

 

「……そんな浮ついた様子の君を連れて行くのは不安なんだけど」

 

「浮ついてなんかないって。ただ、そのやる気があるんだ。今の俺には。だから、な? 頼むよ、ヌルオさん」

 

「その言葉を信じるよ……。今回は(さかえ)区の記憶ミュージアムの噂を狙う。そろそろマギウスの翼も本腰を入れて僕らを潰しに来ると思う。今まで以上に覚悟を決める必要があるよ」

 

 栄区。

 ファッション街や神浜で一番大きな繁華街をがある華やかな地区だ。

 雑誌で見て、いつか行ってみたいと思いつつも、ついつい自分には似合わないような気がして足が遠のいてしまう、そういう認識の場所。

 

「ちなみにどんな噂話なんだ?」

 

「廃墟になった博物館で、昔の記憶を展示してるって話らしいよ。その保管してる記憶を見た人間は記憶に影響を受けるとか。……まあ、記憶なんてそこまで大事なものかね」

 

 その含みのある態度に気になり、聞いてみる。

 

「いや、記憶は大事だろ? ヌルオさんだって大切な記憶の一つや二つあるんじゃないのか?」

 

生憎(あいにく)、僕には記憶らしい記憶はないよ。あるのは魔法や奇跡が大嫌いってことと、その他諸々(もろもろ)の知識くらいのものさ」

 

「えっ!? 初耳なんだけど」

 

 とんでもない事実をさらっと言うヌルオさん。

 それはまあ、そもそもの話。俺は彼がどういう存在なのかも分からない。

 ウワサのように思えるが、どうにも何か違うような気がする。

 そうだ! 記憶がないのなら……。

 

「これから作っていけばいいんじゃないか? ウワサ退治が全部終わったら、どこか遊びに行かない?」

 

「どこかって……どこに?」

 

「えーと……どう、だな。うーん……」

 

 そう聞かれて言葉に詰まる。

 これだよ……。俺の嫌なところは。

 何かを決めるのが下手クソで、結局ろくな案も出せやしない。

 見っともなく、ウンウン(うな)っていると、クスっと小さくヌルオさんが笑った。

 

「いいね。行こうか、そのどこかが決められたらね」

 

「え? 本当か! じゃ、じゃあさ、良さそうな神浜のスポット調べておくよ」

 

「楽しみにしてるよ」

 

 俺は初めてウワサ退治より、その後のことが楽しみになってきた。

 今の内に神浜の詳しい雑誌とかネットで調べておこうか。そういえば、南凪(みなみなぎ)区にアミューズメントパークがあるとか聞いた気がする。

 そわそわとスマートフォンを操作して、遊び場所を真剣に調べてブックマークを付けていく。

 だから、俺はヌルオさんが何か小さく呟いた言葉をうまく聞き取れなかった。

 

「……もしも、そんな時間が残されてたらね」

 

「ん? 何か言った? それともリクエストがあったりする?」

 

「いや。雨が降って来たなって」

 

 ヌルオさんが入ってきた窓の外は灰色の雨がポツポツと降り始めていた。

 少し、また少しと勢いを強めた雨はその(しずく)の数を増やし、雨音を大きくしていく。

 

「本当だね。じゃあ、傘を持って行かないと……いや、レインコートの方がいいのか?」

 

 俺が雨具を用意している中、ヌルオさんは静かに外の雨を眺めていた。

 

 

 ***

 

 

 廃墟を探すのはさぞ大変だろうと思ったが、栄区には思ったほど廃墟と呼べる建物はなく、四十分もせずに記憶ミュージアムは見つかった。

 薄汚れたその白い建物は無数についた窓ガラスが割れ、中央についた男性の顔面のようなアートも半壊し、内側の鉄筋がだらしなく露出していた。

 辛うじて、建物としての外装を留めているが、それ尚更、過去の立派な博物館だったのだろうと思わせて、より一層(わび)しさを感じさせた。

 傘を閉じて、入口に立つ。

 大きな門は流石に鍵でもかかっているかと思ったが、少し強く押しただけであっさりと開いた。

 俺は、すぐに警戒し、身体をヌルオさんに明け渡す。

 ヌルオさんはステッキを作り出し、警戒しながら歩を進めた。

 少し明度があがった場所には、巨大な引き出しが()り出した棚のような壁。

 アクションゲームのステージのような滑稽で、奇妙なその壁の引き出しの一つから人影が飛び降りる。

 

「来ると思っていたよ。顔無し手品師……」

 

 どこかで聞き覚えのある声で灰色のローブの人物は喋る。

 

「僕はマギウスの翼の“灰羽根”」

 

 フードを捲るとそこから出たのは、暗い銀色の髪と瞳。

 ……嘘だろ? 何で……。

 見覚えのある顔が、見覚えのない表情で言う。

 

「上条恭介……。お前を消す者だよ」

 

 何で、お前がそんなことをしているんだよ……!

 そこで立ち塞がるように(たたず)むのは、紛れもなく、俺の友達。

 ――上条恭介だった。

 

「……魔法少女っていうのは人材不足なの? まさか、男の子まで居るとは思わなかったよ」

 

 ヌルオさんの皮肉さえも、空々しく聞こえた。

 俺の心はこれ以上に動揺していた。けれど、それは身体を操るヌルオさんには何の関係もない。

 耳も目も普段よりもずっと感度よく、情報を拾う。

 

「僕は魔法少女じゃない」

 

 上条はローブを払うように広げ、左腕を突きだすと、顔の近くに持ってくる。

 (そで)から見えたのは、皮膚に埋め込まれた正方形の半透明の宝石。

 その宝石の内側には、灰色のカビの胞子のようなものが内包されている。

 カビの胞子……!?

 色こそ違うが想起したのは、アリナ・グレイが生み出そうとしていたドッペルの片鱗。

 上条は、自分の顔を手のひらを撫でるように、手を振る。

 通過した手のひらの下には、白い仮面が顔の右半分を覆っていた。

 あの白い仮面は……環さんが巨大鳥の化け物になる時についていたものと似ている。

 

「マギウスが作った人工魔法使い――『ファントム』。それが僕だ」

 

 はだけたローブの下には、白い気泡に似た粒のような模様のあるくすんだ銀色のタキシード。

 手には青白いバイオリンとその弓が握られていた。

 

「顔無し手品師。お前のためだけにリサイタルを開いてやる。さあ、マギウスの翼(ぼくら)怒り()を知れ!」

 




上条の設定を色々煮詰めていたので難産でした。
詳しい彼の設定はまた作中で出したいと思いますので、今はまだ秘密です。
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