ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 萱草色の浅慮

「お、おい。どこまで歩くつもりなんだ……? ほ、本当にこっちであってるの?」

 

 ぼくは前を歩く男──中沢に聞いた。 

 振り返ることもなく、そいつは歩きながら返事をする。

 

「ごめんな。何も手掛かりもないから、地道に歩き回って探すしかないんだ」

 

 ……悪いと思うなら、まずこっち向いて喋れよ。

 そう思ったけど、ここで怒り出すのも器が小さいみたいで嫌だし、何よりはぐむんが……。

 

「なんだか宝探しゲームみたいで、ちょっとワクワクするね」

 

「……うん」

 

 楽しそうにしているのを邪魔したくない。

 だけど、ぼくとしてはこの魔法も使えないただのザコ一般人に主導権を握られていることがムカつく。

 何の力もないザコの分際で前歩くなよ。後ろに付いてくるだろ、ふつー……。

 スマホでも弄っているのか、何度か手元をチラチラ確認している。

 呆れた。マップアプリを開いて、いちいち調べないとこの辺の地理も分からないなんて。

 でも、持ち方がなんか妙だ。身長差があるから肩越しだとよく見えないけど、()()()()()()()()()に握ってる。

 あれはまるで……。

 

「もう少し、先まで行ったら一旦休憩しようか」

 

 中沢はそれをズボンのポケットに押し込むと、ぼくたちの方を向いて、そう言った。

 

「え……あ、うん……」

 

 急に視線がぶつかりそうになった。

 ぼくは目を合わせないように逸らして(うなず)く。

 

「そうだね。近くに自販機ないかな。時雨ちゃんはのど、(かわ)いてない?」

 

「いや、ぼくは大丈夫……」

 

 はぐむんとの会話をするぼくを少しだけ眺めた後、中沢が言う。

 

「二人はどうして、力がほしいんだ?」

 

 馬鹿みたいな質問を真顔で聞いてくる。

 そんなことも分からないなんて、神経を疑う。

 

「あ、当たり前のこと聞くな……」

 

「当たり前のことって?」

 

「力が欲しくないやつなんて居ない……。力のあるやつが何だって決めるんだ。力のないやつはそ、それに従うしか、ない……」

 

 口に出してて嫌になってくる。

 そうだ。世の中、理不尽だ。

 力のないやつはいつだって嫌なことを押し付けられて、馬鹿にされて……いじめられる。

 居場所だって、ない。

 魔法少女になっても、その理不尽は無くならなかった。

 むしろ、魔法少女になってからの方が無力感は強くなった。

 でも、銀羽根の……あの絶対的な力さえ手に入れば、こんな気持ちとも決別できる。

 『特別』になれる。

 『優秀』になれる。

 そしたら……ぼくを()めてくれる。

 

「と、とにかく、力さえあれば、周りの目も変わるんだ」

 

「私も時雨ちゃんと同じ。自分に自信を持てるようになるために力がほしい」

 

 はぐむんもぼくの意見に賛成してくれた。

 やっぱりはぐむんだけだ。ぼくと同じ気持ちを共有してくれるのは。

 ほんの少しだけ胸に詰まっていた重苦しい気持ちが軽くなるのを感じる。

 

「そうなんだ。変わりたいんだな。二人とも」

 

「も、文句あるの……?」

 

 ぼくが目を合わせないようにして、凄むと中沢は首を横に振る。

 

「いや、別に。ただ、感心しただけだよ。あ、そろそろ着くよ」

 

 自分から話を振ってきたくせに、何だこいつ……。

 あれ……“着く”って言い方なんかおかしくない? 目的地があるみたいな表現だ。

 確かにもう少し歩いたら休憩しようとは話したけど……。

 どうにもしっくり来ない言い回しに違和感があった。

 だけど、はぐむんは全然気にしてない。ぼくの考え過ぎ……?

 

「あ。この場所って……」

 

 はぐむんの言葉でぼくも思い出す。

 

「記憶ミュージアムの、跡地……?」

 

 神浜記録博物館。通称、記憶ミュージアム。

 栄区にある古い音楽や映画などが観賞できたっていう閉館した博物館。

 だけど、マギウスの翼ならもっと別の意味を持つ。

 ここは『ウワサ』だった場所の一つ。

 顔無し手品師と白羽根だった巴……なんとかっていう魔法少女との戦闘で一部が破壊されてしまったが、まだ特徴的な外観は残っている。

 記憶ミュージアムは物理的な建物でもあったから、『ウワサ』としては完全に消滅しても、跡地自体は今も存在していた。

 中沢は入り口の鉄の門の方まで近付くと、両手でグッと押し込んだ。

 キィーっと耳障りな金属が擦れる音が響き、歪んだ鉄格子の門が開く。

 

「うん。中、入れそうだよ」

 

「……は? おまえ、何を言ってる……?」

 

 こいつは一体、何を言っているんだ?

 どうして、ぼくたちがこの廃墟に入らないといけない?

 夕陽で照らされた記憶ミュージアムは、外れた二枚扉の奥から真っ暗な闇を(のぞ)かせていた。

 見たくもないのに見てしまったホラー映画のCMのワンシーンにこういう光景があった気がする……。

 

「『銀羽根のカケラ』ってさ、多分、魔法少女でも入らないような場所にあると思うんだ。でも、本当に困った魔法少女なら探すような、そういう場所。特に元マギウスの翼が使っていた博物館なんて、まさにそうじゃないか?」

 

 うっ。中沢の言葉には一応、説得力がある。

 そう言えば、まだ灰羽根と呼ばれていた上条様はこの記憶ミュージアムを警護していたって話も聞いたことがある。

 少なくとも、普通の場所よりは可能性があるのは間違いない。

 チラッとぼくははぐむんの方を見る。

 はぐむんもまた、ぼくと同じようにこの廃墟が(かも)し出す不気味な雰囲気に尻込みしてるみたいだ。

 そ、それなら、やめておこう……。はぐむんも乗り気じゃないし。

 

「こ、ここに入るのは……」

 

「宮尾さん、“変わりたい”って言ってたよな? 安積さんも」

 

 中沢が門の鉄格子を端から順番に触りながら、振り向いて聞いてくる。

 

「“変わりたい”って、その気持ち。ただの願ってるだけでいいのか? 叶えなくてもいいのか?」

 

「ぼくは……ぼくは……」

 

 黒いぼんやりした中沢の瞳が、まるで鏡のようにぼくの顔を映している。

 そこに映り込んだ(おび)えた情けない自分の顔がブザマに見えた。

 感情を誤魔化(ごまか)すようにぼくは叫ぶ。

 

「“変わりたい”よ! 皆が認めてくれるぼくに、皆が褒めてくれるぼくに、なりたい! ううん、なるんだっ!」

 

 急に叫んだせいでのどが痛い。息も苦しい。

 でも、言った。言ってやった。

 口に出せずに溜まっていくだけの想いを声に出して、世界に放った。

 

「時雨ちゃん……。わ、私も“変わりたい”。落ちこぼれの私から、他人に誇れるような私になりたい!」

 

 はぐむんもぼくに共感して、続くように声を上げてくれた。

 それを聞いた中沢は、一言。

 

「じゃあ決まりだ」

 

 熱くも冷たくもないぬるま湯みたいな声で言う。

 逆にそれがぼくの気持ちを逆撫でした。

 ぼくは中沢を押し除けるようにして、記憶ミュージアムの鉄格子の内側へ入る。

 外れて半開きになった入り口の二枚扉の中へ。

 真っ暗な闇の中へ。

 勇気を出して、踏み込んだ。

 その、瞬間──。

 白い羽根が待った。

 闇の中でも分かるほどの濃い白。

 純白じゃない。ペンキや油絵の具みたいな濃い、濁りのあるドロッとした白色。

 どこからともなく湧き出した濁った白い無数の羽根は、ぼくとその周囲を包み込んで、視界を埋め尽くす。

 

「うわッ……。な、何!? 何が、起きてるの!? は、はぐむん?」

 

 次に感じたのは浮遊感。

 エレベーターの中で感じるあの感じを何倍も強くしたような感覚が、ぼくを襲う。

 悲鳴を上げる寸前、妙な浮遊感からは解放された。

 見えたのは、白い世界。

 形を変えて常に動き続ける白い地面と、白い天井。

 そこに点々と更に白い石像の一部のようなものが浮かんでいる。

 たとえば腕。たとえば足。たとえば頭の半分。

 ぼくの今立っている足元も、浮かんだその浮かんだ石像の一部だ。

 石でできた人体のパーツを、濁った白いプールにばら撒いて、浮かせているような異様な光景だった。

 魔女の結界やねむ様が作ったウワサ空間に似ている。だけど、違う。ここは……。

 

「本当にあったんだ……。『銀羽根のウワサ』。きっと、この場所のどこかに……あ」

 

 どこまでも広がる不定形の濁った空間の中で石像以外に浮いているものがある。

 白い石壇だ。

 ホテルフェントホープの聖堂にあった講壇に似ているような……いや、違う。デザインがまったく同じだ。

 灯花様が乗って演説していたあの講壇が石化して浮かんでいる。

 よく見回せば、石像もローブのようなものを身に着けているのが分かる。あれは黒羽根や白羽根の魔法少女を似せた石像だ。

 ここは、聖堂。濁った白いもので満たされたあの、フェントホープの聖堂を模して作られた空間なんだ。

 ……! 色が同じせいで最初は気付けなかったけど、石の講壇の上に何かある。

 

「白い羽根……?」

 

 白く白く、濁りに濁った手のひらより大きな羽根が講壇の上に置いてある。

 きっとあれが、『銀羽根のウワサ』のカケラ。ぼくたちが変わるための力……!

 

「あれがあれば、ぼくは……」

 

 石の講壇へ向かって踏み出そうとして、……止まる。

 これ、足を着けて大丈夫なの? 底なし沼のようにズブズブと沈んで行ったら? いや、もしかして、この浮かんだ石像みたいに石になっちゃうかも……?

 考えれば考えるほど怖い想像が止まらない。

 ぼくが何もできずに足踏みしていると、講壇を挟んで反対方向から場所から声が聞こえた。

 

「時雨ちゃーん」

 

「はぐむん!?」

 

 見れば、はぐむんが魔力で大きな両刃剣を作り出して、それを石像と石像の上に乗せていた。

 橋の代わりにして、その上を渡って来たようだった。……後ろには中沢の姿もある。

 

「やっぱり、はぐむんもこっちに来てたんだ」

 

「うん。時雨ちゃんとは少し離れた場所に居たんだ。中沢君は一緒だったけど」

 

「そっか、よかった。それより、武器を橋にするなんてすごくいいアイデアだね」

 

 ぼくの武器はスリングショットだから、同じ方法は使えないけど、それでも武器を足場にするなんて考え付かなかった。

 けど、はぐむんは目を中沢の方に向けて微笑む。

 

「褒めてくれるのは嬉しいけど、これは中沢君のアイデアなんだ」

 

「七海さんが武器で足場を作ってたの思い出してさ。同じことできないかって安積さんに聞いたら、ちょうど大剣を出せるって話だったから、できるんじゃないかと思って」

 

「……へー」

 

 褒めて損した。

 ザコ一般人のアイデアなんかを凄いって言ってしまったことがムカつく。

 

「時雨ちゃんと合流しようか?」

 

 はぐむんがそう提案してくれる。

 でも、ぼくは首を横に振って答えた。

 

「そこからなら、その講壇の方が近い。先にその上にある羽根を取って」

 

「分かった。見たところ、『ウワサ』の主みたいなのも居ないし、これを取れば元の場所に戻れるかもしれないよね?」

 

 はぐむんは魔力で両刃剣を作り、石の講壇までの道を作り出していく。

 大き過ぎて、振り回すには向いていない大剣だけど、人が通る橋としては安定性はバッチリだった。

 少し揺れてハラハラする瞬間もあったが、中沢が引き戻したりして、どうにかはぐむんは石の講壇の前に辿り着く。

 

「これが『銀羽根のウワサ』のカケラ……」

 

 はぐむんは手を伸ばした。

 その時だった。

 

「ありがとうな、安積さん」

 

 不意に中沢が感謝の言葉を言った。

 

「え?」

 

 はぐむんが振り返える。

 中沢はポケットから自然な動作で金槌を取り出して、振り上げた。

 あまりにもそれが何気ない動きのせいで、ぼくは声も上げられなかった。

 ただ、無表情な顔を浮かべたそいつは人形のように見えた。

 人形ははぐむんの頭に金槌を振り下ろした。

 

「は、はぐむんっ!!」

 

 親友の身体がぐらりと傾いて、そのままバランスを崩したまま、白い地面へ足を踏み外す。

 頭に受けた衝撃と身体が沈んでいく恐怖で、はぐむんは悲鳴を上げた。

 

「い、いやあああああぁぁぁ──っ!?」

 

「頑丈だな。弱いって言っても流石は魔法少女。その程度じゃ、気絶もできない。まあ、されたら剣が消えて、俺も落ちるからありがたいんだけどさ」

 

 中沢は持っていた金槌を捨てると、両刃剣でできた橋を渡り、石の壇上へ移る。

 屈み込んでから、そこにあった白い大きな羽根を手に取った。

 は……?

 意味が、分からなかった。

 何で、何で? どうして、そこでお前が……? だって、ぼくの魔法で無害だって確認したのに。

 中沢はもう片方のポケットから小さな手鏡を取り出す。

 

「みことさん。命令通り、きちんとやったよ」

 

 混乱する頭の中で、一つだけ理解する。

 ぼくの魔法はちゃんと見極められていた。

 こいつは……中沢自体は無害だったんだ。

 ハサミや包丁そのものと同じように、悪意を持って動かす存在が居なければ、ただの道具でしかなかったんだ。

 

『よくできたわね。私の無力なお人形さん。この場所にありそうだなーって思ってたけど、強くて純粋な願いを抱いた魔法少女って、なかなか居なかったの。でも、これで二つ目のカケラも手に入ったわ』

 

 手鏡に映る空色の髪の少女が、薄く口の端を引いて、笑っていた。

 愕然(がくぜん)として、打ちひしがれる。

 ぼくは……馬鹿だった。

 ぼくもまた、利用されるだけの道具だった。

 “変われない”。

 弱くて、愚かなまま、こうして誰かに使われるだけの自分を変えられない。

 それどころか、はぐむんまで巻き込んでしまった。

 ぼくは……“変われない”んだ。

 

「っ、う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

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