ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第二十五話『かごめと甦る皆殺しの救世主』③

「あのっ、このはさん! 実はさっき、知り合いの人を見かけたんです!」

 

 だから、何だと一蹴(いっしゅう)されるかと思った。

 反対に、どうしてあの時に言わなかったのかと問い詰められるかとも考えた。

 でも、このはさんはそのどちらでもなく、ただ静かに話を促してくれた。

 

「……どういうこと? もう少し詳しく話を聞かせてくれる?」

 

 私は中沢さんを見かけたこと。

 彼が知らない女の子を連れていたこと。

 上手く言えないけど、何故だか不吉な予感がしたことを、包み隠さずに説明した。

 

「うーん。でも、かごめちゃんが見た限り、別段、変な様子はなかったんだよね? だったら、気にしなくても……」

 

「何で葉月、そんな風に言うのっ! かごめ言ってんじゃん。フキツな感じしたって言ってんじゃん! だったら、何かあるかもしんないでしょ!」

 

 葉月さんは論理的に否定して、あやめさんは感覚的に肯定してくれた。

 このはさんは二人の意見を聞いた後、口を開く。

 

「確かに葉月の言う通り、確証はない。でも、かごめさんは思い付きでこういう発言をする人じゃないことは分かる。……念のため、その中沢って男の子を探してみましょう」

 

 かごめさんの思い過ごしならそれでいいわ、と彼女は例え間違っていたとしてもいいと言ってくれた。

 葉月さんとあやめさんもそれに頷いてくれる。

 私は救われた気持ちになった。

 勇気を出してよかった。

 伝える努力を投げ出さないでよかった。

 

「ありがとうございます……」

 

 来た道を戻り、私たちはさっき中沢さんを見かけた通りへ向かった。

 だけど、当然ながら同じ場所には居ない。

 やっぱり、あの時に言っておけば……。

 そう後悔した私に、葉月さんが背中を軽く叩く。

 

「かごめちゃん。中沢君ってどっち向きに歩いてたの?」

 

「え、あっち向き、です……」

 

 私が指で示すと、彼女はそちらの方を向く。

 

「うわ、よりによって、栄区方面か。広いファッション街に神浜一の繁華街……こりゃ目的地を探すの骨が折れそうだね」

 

 反対方面の水名区だったらある程度行く場所絞れそうだったんだけど……と葉月さんは苦い顔を浮かべた。

 

「ここは二手に分かれて探しましょう。葉月はあやめ、私とかごめさんでそれぜれ中沢君を探す。見つけたら、念話で連絡して集合。いいわね?」

 

 話し合って二組に分かれた後、私はあやめさんと一緒に栄区で中沢君の姿を探した。

 繁華街の辺りを見回すけど、中沢君も一緒に居た女の子も一向に見つけられない。

 もしかしたら、ここじゃないのかも……。

 

「このはさん。私、この地区はよく知らないんですけど、繁華街やファッション街以外には何があるんですか?」

 

「ランドマーク的なものがあるかってこと? そうね……。他には、確か古い博物館があった気がするわ。もう閉館したって話だけど」

 

 私はそれを聞いて、すぐに決めた。

 

「そこ……行ってみませんか?」

 

 確証どころか、確信も持てない。

 だけど。

 逆沢さんだったら、こう言う気がした。

 

『間違ってるかどうかなんざ知ったことじゃねーんだ。ここだって思ったんならとりあえず、突っ込む。そんだけだ』

 

 あのメチャクチャで、ハチャメチャな人なら、絶対こんなことを言う。

 自分は信じられなくても、自分の中の逆沢さんの言葉なら信じられる。

 このはさんは数秒だけ、私の顔をじっと見つめてから、溜め息を吐く。

 

「こんな行き当たりばったりは私の主義じゃないんだけど。いいわ、あなたの選択に乗ってあげる」

 

「ありがとうございます。このはさん!」

 

 

 ***

 

 

 閉館した博物館というのは繁華街の裏手にひっそりと息を殺すように(たたず)んでいた。

 建物の真ん中、辺りから屋根が崩れていて、まるで内側から巨大な砲弾で撃ち抜かれたみたいな外観を(てい)している。

 

「本当にここに居ると思うの? だとしたら何の目的で?」

 

「分かりません。でも、見てください。敷地に入るための門、開いてますよ」

 

 鉄格子でできた門は開け放たれている。

 あまり人が来ない場所と言っても、門が開いたままで放置されているのは変だ。

 閉館したとしても南京錠や鎖で入れないようにしてあるはず。

 そう私が言うと、このはさんは首を横へ振る。

 

「普通の街ならね。でも、神浜市は急速に大きくなった新興都市。閉鎖された施設の管理はかなり杜撰(ずさん)よ」

 

 私たちが勝手に倒壊寸前の廃屋をアジト代わりしていたのを知っているでしょう、と彼女は返す。

 それを言われると納得するしかない。

 うっ。何だか全部思い違いだったように感じてきた。

 

「はぁー。でも、ここまで来たからには一応調べておきましょう」

 

 私の自信喪失を感じ取りつつも、このはさんは門の内側へ足を踏み入れる。

 それに続いていくと、彼女は玄関の前で立ち止まる。

 入り口の二枚扉を静かに観察しているようだった。

 

「このはさん……?」

 

「……かごめさんの(かん)当たっていたかもしれないわ」

 

「え? あっ」

 

 扉の前にあるその場所だけ、積もった砂や(ちり)が散らされている。

 流石に足跡とまでは呼べないが、誰が通った痕跡としては十分だ。

 

「すぐに、二人を呼び……」

 

 このはさんがそう言いかけた瞬間だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 とっさに上を見上げるが鳥の姿なんてどこにもない。

 脳裏を(よぎ)ったのは、『哀憐(あいれん)のニグレド』の結界に入る前触れ。

 あの時は、黒い羽根が舞い降りてきた。

 だけど、何で……?

 『哀憐のニグレド』の時は、『魔法少女の願い』が反応して結界が開いた。

 このはさんに結界内に入るほどの願いがあるとは思えない。加えて、私自身は魔法少女ですらない。

 ……いや、外部(ここ)にある願いじゃないとしたら、ひょっして内部(むこう)にある願い?

 考えがまとまる前に、私の目の前は白い羽根に覆われ、そして────。

 気が付けば、白い世界に(いざな)われていた。

 不定形の濁った白。

 石膏(せっこう)でできた頭や手足のようなものが、浮かんでいる。

 温かみのない無機質な空間。

 『哀憐のニグレド』の世界が生命が死んでいく世界なら、この場所は生命が死に絶えた世界だろう。

 ぐらつく足元に目を落とすと、そこにあるのは石膏でできた像のようだった。

 仰向けに横倒しになったローブ服姿の少女像。

 宗教的なものなのかもしれない。踏んでいることに少し罪悪感が湧いたけど、今はそれどころじゃない。

 

「かごめさん!」

 

 このはさんが浮かんだ石膏像を飛び石代わりにして、私の方へ近付いていた。

 彼女の方が先に私を見つけてくれていたんだろう。

 

「このはさん。無事でしたか」

 

「状況は読めないけど、あなたも無事なようね。……ここは」

 

 私は以前あった哀憐のニグレドの話をすると、このはさんは顎に手を当てて考え込む。

 

「『銀羽根のウワサ』……。だとしたら、厄介どころの話じゃないわね。以前入った時は魔法少女に取り憑いたウワサの化け物が居たのよね?」

 

「はい。でも、今回は気になる点があって」

 

 話を続けようとした時、このはさんが手で(せい)した。

 

「待って。声が聞こえるわ。かごめさん、ちょっと大人しくしていて」

 

 そういうや否や、彼女は私を抱え上げて、石膏像を足場に飛んだ。

 言われた通りに私は身動きを取らず、されるがままで運ばれる。誰かさんのおかげで抱えられての移動になれてしまった。

 いくつかの石膏像を蹴って向かった先に、数人の人影が見える。

 探していた中沢さん。

 それに一緒に居た二人の女の子……二人とも独特の衣装を身に纏っている。恐らくは魔法少女だ。

 二人の内、浅緑色の片目が隠れたボブカットの子は膝を突いていて、薄茶色のポンパドールの子はぐったり横たわっている。

 そして、その二人を庇うように立っている魔法少女が一人。

 ピンク色の髪に白いフードの魔法少女──環いろはさんだ。

 

「どうして……ここに。な、何ではぐむんを助けてくれたの……? ぼくたちはユニオンにも入ってないのに……」

 

 浅緑色の髪の魔法少女が、いろはさんの背中に問いかける。

 いろはさんは振り返ることなく、彼女へ答えた。

 

「“誰か助けて”って願いが聞こえたから。あなたが呼んでくれたんだよね?」

 

「……それだけで? ぼくはただ、泣き叫んでただけなのに……」

 

「それだけ、なんて言わないで。知らない誰かに助けを求めるのって、すっごくすっごく勇気のいることだから。それにね」

 

 ローブを大きく広げて、いろはさんは言った。

 

「言葉にしなくても想いは届くよ。……だから、中沢君。あなたも、助けてって願うことは悪いことじゃないんだよ!」

 

 真正面に居る中沢君へと、言葉の対象を移す。

 私たちはその辺りで、中沢君といろはさん双方から五、六メートルほど離れた位置の足場に降り立った。

 ちょうど、私たちと二人の位置を直線で結ぶと正三角形になるような構図だ。

 いろはさんの後ろに居る浅緑色の髪の魔法少女は私たちへ目を向けるけれど、いろはさんも中沢さんもこちらに顔を向ける気配もない。

 二人とも、気付いてないはずないのに……。

 

「助け? 別に要らないよ。必要ない。俺は人形。俺は道具。命令さえあればそれでいい。何も考えたくないし、何も感じたくない」

 

 気の抜けた覇気のない声。

 それこそ、人形が腹話術でも受けて喋っているみたいな感情の(こも)っていない台詞。

 冷えた声音じゃない。本当に温かくも冷たくもない言葉。

 

「中沢君は人形なんかじゃ……っ!」

 

 なおもいろはさんは、彼に呼びかけ続ける。

 

『しっつこいなぁ〜もう。要らないって言われてるでしょ? 善意の押し売りは嫌われちゃうからやめた方がいいよ』

 

 鈴の音のように透き通る、なのに、どこか気だるげな声。

 その声を聞いた瞬間、思わず私は名前を呼んでいた。

 

「みこと、さん……」

 

 中沢さんが(かか)げた小さな手鏡から、懐かしささえ感じさせる少女の顔が映されていた。

 

『久しぶりね、かごめちゃん。また会えて残念だよ』

 

 このはさんがゆっくりと私を足場に下ろしてから、魔力で薙刀を生成する。

 その瞳には怒気が(にじ)んでいた。

 

「瀬奈みこと……ようやく会えたわね」

 

 蒼い蝶の(はね)(かたど)った刃が中沢君へと向けられる。

 

「ここで、更紗帆奈から続く災いの根を刈り取らせてもらうわ」

 

 駄目だ。ずっと探していたみことさんを前にして、このはさんは自制が効かない。

 操られている様子の中沢君ごと攻撃するつもりだ。

 

「駄目です、このはさん! みことさんの言葉に耳を貸さないでください!」

 

 私が(なだ)めようとすると、すかさず、手鏡の中でみことさんがからかうように言葉を投げる。

 

『誰かと思ったら、あなた…… 帆奈ちゃんが潰そうとした孤児院の子ね。ねぇ、覚えてなぁい? 私、少しの間だけど、あなたの中に居たのよ。私への憎しみを利用して、かごめちゃんを殺してもらおうって思ってね。でも、結局できなかった』

 

 子供らしく、けれど、妖艶に彼女は語る。

 

『思ったほど、本気じゃなかったのかな?』

 

「っ……望み通りにしてあげるわ!」

 

 激昂(げっこう)するこのはさんは、薙刀をバトンのように回し、手鏡の方へ振り投げた。

 彼女の手から離れた薙刀は、回転しながら円を描く。

 刃を持ったブーメランと化したそれは、手鏡を持った中沢君ごと切り裂こうと飛翔した。

 もう止められない。最悪の光景を想像して、目を閉じかけた。

 だけど、回転する蒼刃は中沢君を傷付けることなく、大きく軌道を()らせる。

 

「どうして、止めるの!?」

 

 ピンクの光矢が薙刀を弾いていた。

 弾かれた薙刀は無常にも白濁した地面に落ちて、沈んでいく。

 

「中沢君は、私の……私たちの仲間だから!」

 

 左腕に付いたボウガンを構えたいろはさんがそう返す。

 手鏡の中でみことさんが口元を押さえて、堪えきれないとでも言うかのように笑った。

 

『ふふっ。おかし〜。仲間だってぇ。な・か・ま。ふふっふふふっ。一昔前の青春ドラマのワンシーンみたいっ』

 

 この場に居るすべてを嘲笑(あざわら)うその笑顔はとても綺麗で、そのことが何より許せなかった。

 

「みことさん! こんなこと、もうやめてください!」

 

『かごめちゃんまでそのノリなの? まあ、いいよ。こっちの目的は終わってるんだから。お人形さん、“カケラ”を鏡の中に入れてちょうだい。そしたら、こっち側で受け取れるから』

 

 私の言葉も彼女には届かない。

 ただただ白けた様子で中沢さんへ命令を飛ばす。

 しかし、中沢さんは動かない。

 

『……? どうしたの、お人形さん。聞こえなかった? さっさと“カケラ”を鏡に……』

 

 (いぶか)しげにみことさんは再度、命じる。

 けれど、中沢さんは一向に反応しない。

 もしかして、いろはさんの言葉を聞いて(あらが)ってくれているの……!

 淡い期待を抱いた私は、中沢さんの顔を見る。

 そこには両目を皿のように見開き、何度も口を開閉させる異様な形相があった。

 

「…………!」

 

 私は反射的に視線を逸らす。

 逸らした先で中沢さんのもう片方の手が目に入る。

 白く濁り、(よど)んだ羽根が()()していた。

 

『まさか、“カケラ”が……? ううん、そんなはずない! この力は魔法少女にしか反応しないはずだよ!』

 

 戸惑うみことさんの反応に、私の思考はある仮説に辿り着く。

 何故、魔法少女でもない私やウワサ空間に入る条件を満たしていないこのはさんが、この場所に引きずり込まれたのか。

 それはきっと、いろはさんの言った通り、あの浅緑色の髪の魔法少女が願ったからだ。

 彼女の『誰かに助けてほしい』という強い願いに羽根が応えたんだ。

 でも、それならそもそも魔法少女の願いに反応する理由は?

 多分だけど、願いの内容じゃなく、願うが叶うことが重要なのかもしれない。

 願いが叶ったという状況こそが何かの条件なんだと思う。

 例えば……それは容器を水で満たすように。

 例えば……それは穴を土で埋めるように。

 例えば……それは傷を皮膚で塞ぐように。

 欠けてしまったものを、魔法少女の願いで(おぎな)おうとしているように感じる。

 

『い、言うことを聞きなさい! あなたは私の命令を聞いていれば……』

 

「──黙れよ」

 

 心臓の鼓動のように、脈動する羽根が激しい輝きを放つ。

 

「俺は、魔女の望みなんか聞いてあげない」

 

 手鏡の持ち手を握り潰す。

 鏡部分が折れて、真下に落ちた。

 鏡に映るみことさんは目を見開いて、“彼”を見つめた。

 

『あなたは、誰!?』

 

 落ちた鏡を白い靴底が踏み砕く。

 鏡面が粉々割れる、硬くて嫌な音が響いた。

 

「俺は中沢アキラ。そして、『悲憤のアルベド』」

 

 白く濁ったテールコートに黒い手袋。

 逆沢さんの姿を反転されたようなカラーリング。

 中沢さん……いや、『悲憤のアルベド』はそこに居た。

 

「中沢君……?」

 

 名前を呼ぶいろはさんの方へ、彼は歩み寄る

 白いヘドロのような沈む地面を、舗装された道路みたいに優雅に踏み鳴らして。

 

「環さん。俺、魔法を取り戻せたんだよ。ようやく、無くした力を手に入れられた」

 

 さっきまでの異常な様子とは打って変わって、穏やかな口調でそう言った。

 いろはさんは、緊張の糸が解かれたみたいで、安堵の笑みを浮かべた。

 

「よ、よかった。正気に戻ったんだね」

 

「うん。それで俺なりに、ユニオンのためにできることを考えたんだ」

 

 もういろはさんのすぐ前まで来ているのに、彼はまだ歩みを止めない。

 酷く嫌な予感がした。

 

「そんな風に考えてくれてたんだ。それで、どんなこと?」

 

 いろはさんが問いかけたと同時、彼女の後ろで庇われていた浅緑色の髪の魔法少女が叫ぶ。

 

「に、逃げて……! ぼくの魔法が反応してる! そいつ、“危険”だって……っ!」

 

「……え? それって、どういう……」

 

 困惑して、振り返ろうとしたいろはさんに、目と鼻の先まで近寄っていた『悲憤のアルベド』が世間話のように続けた。

 

「手始めに、ユニオンの魔法少女を皆殺しにしてあげようと思ってさ」

 




なかざわ「おれは しょうきに もどった」
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